第63話
７の月にユリウスとジェナサイトの子供フランツが生まれてからというもの、ゆりは毎日のように子供の様子を聞いていた。
病院から退院したユリウスは自分の屋敷でしばらく安静にしている。赤ん坊の面倒は屋敷の使用人達がしていて、ジェナサイトも
しょっちゅう様子を見に行っているようだ。一緒に住んだらどうだ？と周りにはちゃかされているらしい。
ユリウスはもう出産はこりごりだ、と言っているようだが、あの仲の良い２人の事ならば、その内また子供が出来ることもあるかも
しれないと思うゆりだった。
「子供っていいよねー」
「そうですね」
「イシュタールはジュメとどうなの？そろそろ赤い月とか・・・」
ゆりは今イシュタールにひっついて気をもらっていた。
「さあ、ジュメはどうなんでしょうね。まだ何も言われてませんが」
イシュタールは自分から積極的に女性に迫る方ではない。たいてい受身だ。その上一族の女性は出産すると、たいてい10年くらいは
その気にならないようだ。ジュメにそういうお伺いも立ててないのだろう。
「そっか。まだ10年にもならないもんね」
「はい」
「王様じゃないけど、皆の子供ができると本当にうれしくって」
他の女性が自分の恋人の子供を生んで心底うれしいと思えるのだから、すっかりこっちの価値観に染まったもんだとゆりは思っていた。
「私も赤ん坊を一杯見るとうれしくなりますよ。その者達が未来を担っていくんですから」
「そうね」
「おなかの御子様はかなり強い力を発するようになりましたね。産まれるのがほんと楽しみですよ」
イシュタールは優しく微笑んでいた。
「この子王様の前には結構現れてるらしいんだけど、最近子供らの前には出てないみたい。おとなしーってアナスターシャが言ってた。
上の双子はかくれんぼ好きだったから」
「そうですか」
「皆個性があるから今度はどんな子が産まれるかほんと楽しみ」
「本当ですね」
イシュタールはうれしそうなゆりの顔をまぶしげに見つめていた。
結局あれ以降その年は儀式は起きなかった。ミカエルはゆりの肌の蛇に好きだと言われたいとゆりを誘いまくってがんばっていたが、
蛇は「好き」ということはなかった。「うふふ」と蛇に笑われた時にはミカエルはさすがにがっくり来ていた。
まるで魔性の女のようだ。
「ひどい王妃、私への愛はもう冷めたんですね・・・」
ミカエルは恨めしげに言っていた。
「え？最初からミカエルへの愛なんてあったかな？」
ゆりもつい憎まれ口をたたいている。
「昔は私の子供生みたいほど私のこと愛してたのに」
「え・・・あれは・・・」
「愛ってやっぱり冷めるものなんですね」
ミカエルはしょげていた。
蛇の文句を言われても・・・・
「あのねー根本的に、好きでもない男の前に蛇も出て行かないから。ミカエルが好きだからうふふって言ったのよ」
「そうですか？」
「うん」
「ならいいですけど」
ミカエルはちょっと浮上していた。
まったく２人も子供がいる男とは思えない。昔はもっと落ち着いた大人の男だと思っていたんだけどなあ・・・・
あれは幻想だったのか、とゆりは思った。まあミカエルはこういうところがかわいらしくもあるのだが。
「いや、ミカエルじゃなくて私が好きだから出てきたんじゃないんですか？」
ミカエルの反対側で言っていたのはハインリヒだった。今日は鉢合わせてしまったのだった。そして３人でいちゃいちゃっとしてしまった。
「王妃もいい加減ミカエルのこと飽きたんでしょ？見てればわかります」
「ええ！？」
ミカエルとゆりの声は同時だった。
「いきなり何言ってるの。首絞めるわよ」
とゆりが言った。
「そうだそうだ。王妃が飽きたのはお前の方じゃないのか。この勘違い騎士め」
「うるさい」
ハインリヒが指から子蛇を飛ばした。それは氷のような蛇だった。
「何すんだ」
ミカエルはその蛇をぺっと叩き落した。
「はいはいそこまで。ハー様もミー様もやめなさい！」
ゆりは両手を出して２人を制したのだった。この２人、変な時には一致団結するくせに、仲が良いやら悪いやらわからない。
「ああ、前みたいに王妃が夜忍んで来てくれないかな〜」
ハインリヒがぼそっと言った。
「前みたいに？どーいう事ですか。王妃！」
ミカエルはまじで怒っていた。
「ちょ、ちょっと、そんな事してないわよ。ハインリヒの幻想よ！」
ゆりはあせって言っていた。実際忍んで行った記憶もない。
「変な事言わないでよ！ハー」
「ハーってのはやめてくださいよ。なかったかなあ。私の夢だったかな？すいません。ミカエルにだけは内緒って事でしたね」
「王妃！」
「バカハー！」
ゆりはハインリヒを枕でぶん殴った。
そんなこんなでゆりと恋人達の仲は相変わらずだったが、たいした大事件もおきずに年は暮れた。神の国にたまに行くこともあったが、
そちらでもたいした事件もおきなかった。新年を迎えて赤い月が迫るころ、とうとうゆりのおなかは膨らんできたのだった。
どうやら丸３年くらいで産まれそうだ。
おなかが大きくなってきたので、赤い月にもラクシュミは遠慮してゆりを抱かなかった。
「ゆり・・・本当にお前を愛している。一杯子供産んでくれてありがとう」
赤い月の夜、ラクシュミは優しくゆりにそう言った。変化はしていない。いつものラクシュミの姿だ。
「おうひゃま・・・・」
ゆりは頬を軽くつねられていたので変な声を出していた。なぜか去年に続き今年も頬をつねられている。
「あのー？」
「なんだ？愛しい妻よ」
「わたし何かしたっけ？おうひゃまをおこらへるようなこと」
「おこらへる？」
ゆりはラクシュミの手を頬からはずした。
「怒らせるようなことなにかした？」
「いいや。思い当たることはないぞ」
「本当に？」
「ああ、ない。思い当たる節でもあるのか？」
逆にラクシュミが聞いていた。
「別にないと思うけど・・・」
恋人達との仲も前からで、今更むっとされるようなことでもない。
「じゃあなんで頬つねるの？」
「さあなあ、ちょっと心に引っかかることがあるかもしれない」
「引っかかることって？」
「つまりな、お前が素晴らしくもてる事を誇りに思う反面、誰にも相手にされない方がいいな、と思う気持ちもどこかにあるのだ。
心の中で葛藤があるわけだ」
「はあ・・・」
「だが怒りたいと思っているわけではない。何もしないのもちょっと癪に障るから、つねっていたのだ」
「はあ・・・ようするに嫉妬してると思えばいいわけですか？」
「まあ、そういうことだ」
「なら好きなだけつねってください」
「そうか」
ラクシュミはまたぷにっとゆりの頬をつねっていた。
赤い月の王様は相変わらず面白い。そしてなんだかかわいい
「おうひゃま愛してる」
「もっと言ってくれ・・・」
今年の赤い月はこのような感じで過ぎて行った。
３の月も終わる頃、ゆりのおなかは結構でかくなっていた。毎日誰かが来ておなかを触って行く。
「王妃・・・・もう少しですね。がんばってくださいね」
シャナーンがゆりを気遣うように言った。
「うん。がんばるよ」
「今回は私も王妃に気を送りますからね」
「本当？王様が今回は争いはないだろうって言ってたから、皆これるんだ」
龍の国にその気配はないし、王族の子供が生まれるという感覚にラクシュミは慣れたと言っていた。
「その時が来たら部屋の外で祈ってます」
「うん、心強いよ」
シャナーンはゆりを軽く抱きしめて口付けをして去って行った。
今回も産む時は大変なんだろうなあ・・・あれさえなけりゃいいのに・・・
出産の苦しみだけはどうにも逃れようがない。
ユリウスもフランツと一緒に来てくれた。子供は結構でかくなっていた。どうやら顔立ちはユリウスに似てきたようだ。かわいらしい
男の子になりそうだ。
あのユリウスもがんばったんだから私もがんばらなきゃ・・・・
毎日のようにそう思うゆりだった。
子供は最近話しかけてこなかった。産まれる準備に入っているのかもしれない。
そんな頃、休憩中のラクシュミの元にラギがやってきた。ラギは２人っきりで話があるといい、ラクシュミは侍女を下がらせた。
「あのー・・・」
「なんだ？」
「その・・・」
ラギは座りもせずに立ったまま頭をかいていた。
「何かあったのか？」
「そうじゃないんですが・・・ミシェイラのことなんですけど・・・」
「ミシェイラがどうかしたのか？」
「どうもしてないんですけど・・・あの・・・ちょっと気になることが・・・・」
かなりいいにくそうだった。それでラクシュミはピンときた。
「ああ、気が変だということか？どうもミシェイラはハザークの血が混じってるんじゃないかと思うんだが・・・」
「え？！」
「その事できたんじゃないのか？」
「そうなんですか？本当なんですか？ハザーク様の子供なんですか！？」
「私の子供でもあると思う」
「そんな事可能なんですか？」
ラギの目は真ん丸くなっていた。
「可能かどうかはしらないが、ミシェイラの気は上の子らとはちょっと違うからなあ、ハザークの気が多いせいだけでもないと思う」
「すごいや！！」
ラギは拳を握り締めて感動していた。
「ってことはミシェイラはあのザクート様の濃い血も引いてるって事ですかー？うわーすごいや！すごい事だ！ひゃっほう！」
ひゃっほう？
ラギは飛び上がらんばかりに喜んでいた。普通ならここは喜ぶ所ではない。「お母さんひどい！」とか言うのが普通の子供の反応だが、
ラギは普通の子供ではなかった。ハザークの父親がザクート王だというのもとっくに知っているようだ。
「すごいや！一体どんな子になるんだろう！？」
ラギは一人で興奮していた。
「皆に言うんじゃないぞ。なぜかハザークも気づいていないんだからな」
「え？そうなんですか？」
「ああ」
「分かりました。失礼します」
ラギはにこにこで出て行った。目がすこぶるいいはずのハザークだが、その事には全く気づいた様子はない。気づいても言っていない
だけかもしれないが、今の所ラクシュミとラギが気づいただけだった。ミシェイラの気はかなり強くなってきているのでラギも気づいたの
だろうが、他の者が見てもそこまでは気づいてはいない。
しかし同じ事を考えるとは、ラギは確かに私に性格が似てるかも
そう思ったラクシュミだった。
４の月に入りその３日、とうとうゆりに陣痛が来た。別の部屋にゆりに気をあげるための男達が集められた。子供達もいる。
「王妃・・・がんばって！」
「王妃・・・・」
「お母さんがんばって！」
「母様がんばって！」
皆が祈る中、夕方近くになり、ようやくゆりはミシェイラをこの世に産んだのだった。ゆりはそのあまりのつらさに、
「最後最後最後！もうこれが最後ー！！！」
と叫んでいた。
「女の御子様ですよ！王妃！」
フレイが叫んでいたがゆりはもうぐったりして声も聞こえていなかった。部屋の中に男達と子供達が入ってきてそれぞれがゆりの
手をしっかりと握り、ゆりに気を与えた。男達の後にはハザークもやってきた。
かなり薄くなったゆりの気はじょじょに回復したが、体力まで全て回復するというわけにはいかなかった。
「ゆり、がんばったな」
ラクシュミがゆりの髪をなでながら言った。
「お前はえらい」
ゆりは少しだけうなずいていた。
赤ん坊は綺麗に洗われて皆に披露された。ミシェイラは銀色の髪をしていた。
「すごいかわいー！」
「かわいいねー」
「本当にかわいいね」
子供達は感動し、ラギだけは「すごいすごい」を連発していた。ミシェイラだけを見て確信に変わったのだった。
確かにハザーク様の気も感じる。こんな不思議な事が起こるなんて・・・
ゆりに気を与えた男達は感動のあまり涙ぐみ、廊下に出た。
「何度見てもいいものだ・・・」
「本当ですね」
イシュタールに続いてジュノーが言った。
「王妃はすごい。本当にすごい」
ミカエルの言葉に皆うなずいていた。
「かわいい御子様だ。ああ、ディラン達にも教えてあげたい・・・」
ハインリヒがつぶやいた。
「結局蛇ちゃんに『好き』と言われなかった・・・それだけが残念だ・・・」
ミカエルはそんな事もつぶやいていた。出産と同時にあのいろいろな色の蛇も消えてしまったのだ。次の妊娠までゆりの肌に蛇が
浮かぶことはないのだ。それを思うと残念のような気もする。
「私言われましたよ」
ヴィラが横で言ってミカエルの顔が驚愕に変わった。
「嘘だろ！？」
「もっとも好き？と聞かれたんですがね。好きは好きです」
ヴィラは勝ち誇ったように笑っていた。たまに自尊心が強いミカエルに勝つとヴィラもうれしいらしい。
「実は私も言われた」
「私も」
「私も好き？って聞かれましたよ」
フリットにイシュタール、ジュノーまで言い出した。この３人は蛇目のゆりとくっついたようだ。驚くミカエルはミルキダスとシャナーンを
見た。
「わ・・・私も・・・」
ミルキダスはうつむいて頬を染めていた。
「私も聞かれました」
シャナーンが言った。
「なにー？ってことは、聞かれてないのは変態騎士と私だけ？」
ハインリヒが「ん？」と眉をひそめた。
「誰が変態騎士だ」
「ひどい王妃・・・」
「まあまあ分かりきってるから聞かなかったんですよ」
ジュノーが慰めるように言っていた。
「そうだそうだ。今日はめでたい日だ。皆でミシェイラ様誕生を祝おう」
フリットがミカエルの背中をばんとたたき、一同はその場から立ち去ったのだった。
ーエル、かわいい女の御子様だよ。王妃も無事だよ
シャナーンはエルバートに思念を送っていた。
ー本当に？よかった！よかった！
エルバートも喜んでいた。
国中に王の子供が無事誕生したというニュースが巡り、国民達も喜びに沸いた。城にいた女達は廊下のあちこちに皿に入ったお酒を
置いて行った。今日は蛇達もお酒を飲んで祝うのだ。
アナスターシャ達も宴会だと言って食堂で酒を飲みだした。
「ほんとすごいよーすごいよすごいよー」
ラギの横ではシスが「そうだねそうだね」と同意していた。
「ほんとすごい事なんだよ。シスにー」
「そうだよねーすごいよねー」
「すごいんだよーほんとうに！」
「ラギ酔ってるんじゃない？」
珍しくハイになっているラギにアナスターシャが聞いた。
落ち着いてから、ラクシュミはゆりの身体をゆりの寝室へと運んだ。ゆりを侍女らに任せて、ラクシュミは眠っているミシェイラを
抱っこしてハザークに言った。
「お前の侍女らにも見せてやろう」
「侍女らにか？別に今日じゃなくても」
「まあいいじゃないか」
ラクシュミはハザークの塔に飛んだ。そして白い髪の侍女らに赤ん坊を見せてやった。
「まあかわいらしい・・・」
「本当に・・・・」
「王にそっくりですね・・・」
ラクシュミは侍女らが５人そろってるのを見るのは初めてだった。侍女らは口々にお祝いの言葉をラクシュミに言った。
「お前は何か言う事はないのか？」
ラクシュミは侍女らの後ろにいたハザークに聞いた。
「ん？ああ、おめでとう。よかったな」
「それだけか？」
「お前に似て美人になるだろう」
ハザークは薄く微笑んで言っていた。
気づいてないのか？
ハザークは驚いている様子もない。
分からないはずはないだろうになあ・・・
そんな可能性は全くないだろうと思っているからだろうか
まあいいか。分からないなら分からないままで
「じゃあな」
ラクシュミはミシェイラを連れて移動した。
「王はよっぽどうれしかったのですねえ。私たちにも見せに来てくださるなんて」
侍女が言っていた。
「そうだな。あの子は強くなりそうだからうれしいんだろう」
ハザークはそう思っていた。
出産でかなりの体力を消耗したゆりはしばらくベッドで安静にする毎日だった。毎度の事ながら、出産というものはすごいものだと
気づかされる。ミシェイラはどうも寂しがりやのようで、夜はラクシュミの所で寝ることもあるようだった。昼間はたいていゆりの横に
いる。一人部屋はいやらしい。
「本当にかわいらしいですねー」
ミラがミシェイラを見つめていった。
「かわいいよねーアナスターシャを思い出すよね」
「はい」
「かわいい赤ちゃん」
すべすべのほっぺをつつくとミシェイラは目を開けた。瞳はきらきら輝いていた。
「王妃ってば最後最後って叫ばれてましたよ。何度も何度も」
ミラが出産の時のことを思い出して笑っていた。
「だってさあ、半端じゃないのよあの痛み。死ぬかと思ったー死ななくて良かったよ」
「そういいつつ、また妊娠されそうな気がしますが」
「まあ何年後かにはわからないけどね」
ゆりも笑っていた。
「それにしてもラギってばミシェイラ見るたびにすごいすごい言ってるけどなんなのあれ」
「さあ？」
「あのーよろしいですか？」
伺うように顔を見せたのはエルバートだった。
「あ、エルいいよー」
「王妃ご苦労様でした」
エルバートはうれしそうにゆりの横に来た。そして横にいる赤ん坊を見た。
「ああ、本当にかわいらしいですね」
「ありがとう」
エルバートはゆりを気遣い、その日はお祝いだけ言って去っていった。
ーあの子変だな
カーライルが言った。
「え？どこがですか？」
ー・・・気のせいかな？
「？？？」
カーライルはそれきり何も言わなかったのでエルバートも問わなかった。
７の月になるころには、ゆりは普通に部屋から出歩けるようになっていた。出産前の体力も取り戻しつつあるが、まだまだ体は
元には戻ってはいない。庭園に行くにも誰かに瞬間移動で送ってもらっている。
ミシェイラはゆりにべったりで、時々ラクシュミを恋しがって泣いている。どうも一番ラクシュミの側にいたいようだ。
ミシェイラにとっては儀式の男達は今回はトーではなかったらしい。男達はちょっとがっかりしたようだ。
ミシェイラの侍女も4人決まった。
侍女らはゆりの部屋を行ったりきたりしている。ミシェイラがほとんどここにいるからだ。
ある日の昼間、ゆりは椅子に座ってミシェイラを抱っこしていた。その前ではナナミが歌を歌っている。
ミシェイラはにこにこして聞いていた。
「ミシェイラいい子いい子」
歌が終わりナナミがミシェイラの髪をなでるとミシェイラはきゃはっと笑った。最近は笑うようになった。
「私ねーよ。ねー」
「分かってるよねーミシェイラ」
「あー」
「あれ？」
ナナミが何かに気づいてミシェイラに顔を寄せた。
「あれ？」
ゆりもそれに気づいた。ナナミがミシェイラの髪の房を横によけると、下の方に短い金色の髪が見えた。
「わーキンキンだ。パパと同じだ」
「え？」
「いいなあ。ミシェイラいいなあ。私もキンキンがいいなあ」
ゆりは固まっていた。
「なんで？どうなってんの？」
ゆりはミシェイラの髪をあちこちよけてみた。びっしり金髪があるというわけではなかった。両方の耳の上辺りに金髪の髪が
ちょんちょん生えている。今まで全く気づかなかった。
なぜに金髪？
上に銀色の髪があるので隠すと見えないが、下には確かに金色の髪がある。その時鼻歌交じりにラギが部屋にやってきた。
「すごいミシェイラ今日も元気かーい？」
ラギは相変わらずハイだった。
「ラギにー、ミシェイラキンキンの髪があるのよ。私もキンキンにして」
ナナミが言った。
「ん？キンキンって？」
ゆりは石像のように固まったままだった。
「ほらほら、みてみてー」
ナナミはミシェイラの髪をちょいちょい横によけている。
「あ、ほんとだ。金色の髪だ」
ラギがそれを見て言った。
「ねえ、これって・・・どーいうこと？」
ゆりが真面目な顔で聞いた。
「えー・・・僕から言うのもなあ・・・父様から聞いた方がいんじゃないかな？」
「何か知ってるの？教えて！」
ゆりはラギの服をつかんでいた。
「ミシェイラ、ハザーク様の血入ってるんだって」
ラギはすんなり白状した。
「へーそうなんだ。だからキンキンの髪が・・・・えーーーーー！何それ！どーいうこと！？」
ゆりは思わずミシェイラを抱えて立ち上がっていた。
「一体どういうこと！？」
「だからハザーク様は、今回本当のパパみたいだよ」
「何それ、何なのそれ、何それ」
ゆりは早口で言っていた。
「なんであんた知ってるの！？」
「父さんも知ってるよ。ばれるまで黙ってようってことになってた」
「はー！！！！！？？？」
「ふぎゃー・・・・ふぎゃあああああ」
ゆりが興奮して声を張り上げたのでミシェイラが泣き出した。
「まー静かにしなきゃだめですよ」
ナナミがたしなめるように言った。
「どうしよ！どーしよ！なんで？この子ハザーク様の子供なの？」
「お父さんの血も入ってるよ。厳密に言うと、母一人父二人ってことだよ。母さんさすが器用だね」
ラギは微笑んでゆりの腕を軽く小突いた。
「なんで？なんでこうなったの？」
「そこまで僕は知らないよ」
ゆりがうろうろしているのでラギはミシェイラを受け取ってあやした。
「ふぎゃあああああ・・・・ふぎゃああああああ・・・」
「よしよし、いい子いい子」
「それって本当のことなの？」
ゆりの左目は蛇の目になっていた。
「そうみたいだよ」
「ハザーク様知ってるの？」
「知らないみたいだよ」
「・・・・」
「ふぎゃあああああああ・・・・・」
「あーもーだめだ。お父さんに会いたいんだね。会いに行こう」
ラギはミシェイラを抱いて出て行った。
ゆりはぽつんとその場に立ち尽くしていた。
「ナナミもパパの子供でしょ？」
ナナミは無邪気に聞いていた。
その日の夕方、ゆりはミシェイラを抱っこしてハザークの元に行った。ミシェイラは今眠っている。
ゆりはなんだか難しい顔でハザークの横に腰を下ろした。ここに来るのは久しぶりだった。
「元気になったのか王妃」
「はい、かなり。ねえハザーク様、これ見て」
ゆりはミシェイラの金色の髪を見せた。ハザークは無表情でそれを見ていた。
「どうしたんだそれ」
「この子ハザーク様の子供でもあるんだって」
ガチャンと音がした。侍女がティーセットを床に落とした音だった。
「ほ、本当ですか？王妃様！？」
「だって、これ見て」
侍女もあわてて近づいてきて金色の髪を見た。
「まー！大変大変大変！」
侍女は部屋を出て行った。ゆりはハザークを見た。ハザークはミシェイラの頭に視線をとどめたまま固まっていた。
「ハザーク様・・・・大丈夫？」
「ばかな、まさかそんなことないだろう。この子は王の子だぞ。王の気を感じる」
ハザークは引きつった笑いを浮かべていた。
「だから、王様とハザーク様の血が入ってるんだってば」
「そんなばかな」
「これがその証拠ですよ」
「ばかな・・・・ばかな・・・・」
どうやらハザークは激しく動揺しているようだった。そんな事考えたこともなかったのだろう。
部屋の中に白い髪の侍女が５人なだれこんできた。
「きゃー本当だわ！金色の髪だわ！」
「すごい！すごいわ」
「すごいですわ。王妃様！」
「すごいすごい！」
侍女らはラギ同様すごいすごいと言っていた。ゆりは侍女らにミシェイラを渡した。
「すごい！」
「なんてことでしょう！」
喜ぶ侍女らをよそに、ハザークは固まっている。
「ばかな・・・・」
まだ信じられないようだった。
「王はなんと言ってる？怒ってないのか？」
「王様はだいぶ前から知ってたって。まあいいんじゃないかって言ってた」
「・・・・」
ゆりが拍子抜けするほど、ラクシュミは気楽に言ったのだった。あれだけ気楽に言われると悩むのもばからしい。
ゆりはなぜこんなことになったのか記憶を手繰ってみた。
そういえば・・・赤い月の初日、昼間にハザーク様とひっついたことあったな。あれが原因なのかな？
それしか原因は思い当たらなかった。ハザークは長い生の中で何人もの人間の女性を抱いたのだろうが、子供は一人もできなかった
ようだ。何かの拍子にラクシュミの血と混じり、子供ができてしまったということらしい。
まさに奇跡よねえ・・・・そんな事が起こる確率なんて・・・・何万分の一くらいじゃないのかなあ・・・
確かに、ハザーク様の子供生んでみたいなーと思ったこともあったけどなあ・・・実際にできちゃうなんて・・・
「すごいわ！」
「そういわれればハザーク様に似てますわ！」
「いえ、そっくりですわ！」
侍女らは大喜びで涙も流していた。これだけ喜ばれると、ゆりとしてもうれしい気分になる。ちょっと微妙だが。
動揺しすぎたハザークは、いつの間にか大蛇に変わってしまった。
夜、ラクシュミが一人夕食を食べていると、突然部屋にハザークが現れた。ハザークは立ったまま、挨拶するでもなくじっと
ラクシュミを見つめていた。
ラクシュミが手を軽くあげると侍女らはささっと部屋を出て行った。
「どうしたんだ？」
「・・・・・」
ラクシュミは杯を持って酒を飲んだ。
「びっくりした・・・・」
「お前気づくの遅いぞ。目がいいはずなのになぜ気づかない」
「全く思わなかったからだ」
「まあよかったな。これで子育てにも精が入るな」
ラクシュミは冗談交じりに言った。
「・・・・王は怒ってないのか？」
ハザークは戸惑っているようだ。
「別に。強い子供は大歓迎だからな」
「・・・・寿命はどうなるんだろう。我のように長生きしたらかわいそうだ」
「お前がその分長生きすればいい」
「ばかな。我はもういつ死んでもおかしくないんだぞ」
ハザークはその心配をしていたのだった。
「大丈夫だ。一人ぼっちになることはない。王族はわんさか出来る予定だしな」
「・・・・」
「まあ座れ、酒でも飲もう」
ラクシュミは違う杯に酒をついでハザークの前に置いた。ようやくハザークは腰を下ろした。
「まさか今頃子供ができるなんて・・・」
「素直に喜べ。めでたいことだ」
「まさかこんなことが・・・・」
ハザークはまだ信じられないようだった。
「まさかハザーク様の血引いてるなんてねーどうなってるの？この子」
「すごいんだよーすごい子なんだよー」
アナスターシャの疑問にラギはただすごいを連発していた。
「ねー私もキンキンになりたいよう」
ナナミがアナスターシャの服を引っ張っている。
「そう言われたって無理よ。無理」
「なんで！？」
「黒でいいじゃない。私も混じってたらもっと強くなったかなあ」
「すごいですわー」
「本当にすごいですわー」
ミシェイラの周りには子供らとハザークの侍女らもいた。侍女らはほんとうれしそうだ。
あんなうれしそうな侍女らの顔を見るのは初めてだ。
「すごいよねー」
「ほんとすごいですわー」
ラギと侍女らはすごいすごい言い合っている。
「すごい族が増えた」
アナスターシャがぼそりと言った。
「どんな子になるか楽しみだねー」
シスもにこにこしていた。
「すごいのー？僕よりすごいのー？」
とロイが聞いた。
「ロイもすごいけど、この子もすごいんだよー」
とラギ。
「もーすごいは聞き飽きた！禁止にして！」
「だってすごいんだよー」
ラギはしつこく言ってアナスターシャに口をふさがれていた。
ハザークの血が混じっているという事実を知っても、ラギ以外の子供もたいして気にしてもいない。
ラクシュミもそうだ。「罪悪感を感じなくてもいいぞ」とラクシュミはゆりに言ったのだった。
本当にそれでいいのかな？と思ったゆりだったが、皆喜んでいるくらいなので、一人罪の意識にさいなまれるというのも変だ。
「だが今の所、ミシェイラはハザークよりも私の方が好きみたいだがな」
とラクシュミは笑っていた。
「この目の感じはハザーク様にそっくりですわ」
「このかわいいお手手だってそうですわ」
「そうかなあ？」
「うれしいですわー大きくなったらきっとハザーク様そっくりのすごい美少女になりますわー」
「母様にそっくりかもよ？」
「母様にそっくりでもかわいいよ」
アナスターシャの言葉にシスが言った。
とにかく皆楽しそうだ。
皆のやり取りを少し離れた所から見ていたゆりは、「まあいいか」と一言つぶやいたのだった。
こうしてゆりとラクシュミの子供は、ちょっといわく付きのミシェイラを入れて６人になったのだった。
終わり
第６部終了しました。
ゆりちゃん６人もよく産んだね。ご苦労様。そしてここまで読んだ皆さんもご苦労様でした。
７部でお会いしましょう〜
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