番外編2 ある日の子供達
その夜、フリットが屋敷に戻ると娘のソフィアがたったと駆け寄ってきた。
「お父さん、どう、これ、似合う?」
ソフィアはフリットの前でくるっと回転した。水色のドレスのすそがひらひらと舞い上がった。
フリットが初めてみるドレスだった。
「ああ、とても似合うぞ、どうしたんだ?」
「おばあちゃまに作っていただいたの」
「そうか。」
「明日学校に来て行くのよ」
「それを?」
明らかにちょっと派手な余所行きのドレスで、学校に着て行くような服装ではない。
「明日学校で何かあったっけか?」
フリットは首をひねった。
「明日ねーシス様がお忍びでいらっしゃるの」
ソフィアは胸元で両手を合わせてうれしそうにいった。
「そうなのか?お忍びって・・・ばれてる時点で全然お忍びじゃないが・・・」
「お話ができるといいなあ・・・」
そういいつつソフィアは廊下をかけていった。
フリットが居間の方に行くとフリットの母親であるロアンナがお茶を飲んでいた。
「あらお帰りなさい」
「また服を作ってくれたんですね。」
「女の子っていいわよねーあなたは顔は女の子みたいだったけどいろいろ着せようとすると嫌がるからつまんなかったわ」
ロアンナはしみじみといった。一時は城にあがり、王妃であるゆりの世話役や侍女らの指導などをしていたが、今では
もっぱら孫の世話が生きがいになっている。
「当たり前ですよ。なんで男なのにドレスなんて着なきゃならないんです」
フリットがソファに座りつついった。
「似合ってたのに」
「そういう問題じゃないですよ」
フリットは今でもやさしい顔だちをしているが、子供の頃は更に女の子でもおかしくない顔立ちだった。
ラクシュミにはよく「お前が女だったらどんなによかったか・・・」と愚痴られたものだが、子供の頃ミカエルらと
湖で泳いでいる時などは、「お前といると女の子といるみたいで微妙な気持ちになるなあ」と言われたものだった。
「しかしソフィアも王子様に憧れる年頃なんですねえ」
ソフィアは今年18歳になる。18といっても大人になるのが50歳くらいからなのでまだまだ子供だ。恋だの愛だのを感じる
年齢ではない。
「王子様は別格よ。シス様は競争激しそうだからねー。ソフィアががんばってくれればいいけどー」
ロアンナは妄想気味にいった。大人になった二人の姿でも想像しているのだろう。
「まあ私はお相手はロイ様でもいいと思うけど」
「ロイ様」
『フリットー今日からおじいちゃんだね。あははははは』
ソフィアとの間にできた子供をだっこしつつフリットに言うロイを想像し、
「私はシス様とくっついてほしいです」
とフリットは思わずいったのだった。
さてその次の日、学校ではえらい騒ぎになっていた。
なんとほとんどの女の子が青や水色の服を着ていたのだ。
「女って単純だな・・・」
それを見てヴィラの子供ヴィンセントがぼそりとつぶやいた。なぜ青系統の服を着ていたかというと、シスが前に
好きな色を聞かれて、「空の色が好きだな」といったからだった。
そのために今日シスが来ると聞いた女の子達は頭に水色のリボンを結んだり、水色のワンピースを着たりと服にも
気合が入っている。
街ではさぞかし青系の布地が売れたことだろう。
すでに王子様の恋人の座争奪戦は始まっているようだ。
「王子様は大変だね」
ジュノーの息子クリスはちょっと同情するようにいった。シスとしては男の子同士で話をしたりしたいらしいのだが、
なかなかそうもいかないようだ。今日も別に女の子に顔を見せにくるわけではなく、男の子同士で剣の練習を一緒にし
ようというものだった。シスはすでに剣の使い方も習っていて、学校でもそういう授業がある。
ミカエルの息子ラリーなどはやはり剣技は抜群にうまく、たまには子供同士で一緒にと思ってのことだった。
授業の間も女の子達はそわそわ落ち着かない。午後になり、窓の近くに座っていた者達が校庭にどどどと女の子達が
走っていくのを見た。
「どうやらいらっしゃったみたいよ!」
「私達も行かなきゃ!」
こうなれば授業どころではない。教室にいた女の子達まで飛び出していき、後に残ったのは男の子と数人の女の子
だけになった。
「やれやれ・・・」
と教師がつぶやいた。
「シス様無事かな・・・」
2階の窓の所から下を眺めつつラリーがいった。校庭には青系の服を着た女の子達が群がっている。
「シス様は優しいからなあ・・・無碍にするってことができないんだよな・・・」
とヴィンセント。いざとなれば瞬間移動で逃げる事もできるのだが、心根が優しいシスは逃げるという事はあんまり
考えてはいないようだ。
「ははは、今日も壮絶だねえ」
「ラギ様」
教室の中にラギが入ってきた。シスと一緒にやってきたようだ。
ラギは楽しそうに校庭を眺めている。ラギは力があんまりないため女の子達に騒がれることはなかった。
「やあ」
ラギはラリー達ににこりと笑った。
「アナスターシャ様はいらっしゃらないんですか?」
ヴィンセントが聞いた。男の子達としては、やはりアナスターシャに会いたいという気持ちが強いようだ。
「姉さんはプリモと遊ぶって行っちゃったよ。最近ようやくちょっと飛ぶようになったからさ」
プリモはゆりが神の国から連れ帰った面白い柄の天馬の事だ。
「そうですか。残念ですねえ・・・」
ラギは教室の後ろの方で座っている同じ顔の黒髪の女の子達に目を向けた。ミルキダスの子供達だ。
二人とも肩の中央までの長さのウエーブがかかった髪だ。くりっとした目のかわいらしい顔立ちだった。
「クララとリリーは行かないの?」
「私達は別に・・・」
「どうせ無理ですし・・・」
「そんなことないよ。二人ともかわいいし」
ラギが微笑んでいった。二人ともミルキダスの控えめな性格を受け継いだようだ。
クララとリリーは顔を合わせてラギを見て微笑んだ。
「ラギ様ここ教えてください」
「いいよ」
ラギが近寄ると、二人は古代語の本を手に持っていた。
「発音が難しくて・・・」
「ここはね」
ラギは二人の前に座って説明を始めた。
その頃校庭では、女の子達に囲まれたシスが引きつった笑みを浮かべていた。これも王族の努めとラギに諭されて
愛想を振り向いていたが、物には限度というものがある。
なぜみんな同じ色の服を着てるんだろう???
それすらも不思議なシスだった。
「シス様こっち向いてー!」
「素敵ー!」
「きゃー!」
とあちこちから黄色い声援が飛んでいる。
「あのう・・・僕そろそろ行ってもいいかな?」
シスの声はすっかり黄色い声援に消されてしまっていた。
「ちょっとそれくらいにしなさいよ」
「そうよシス様が可愛そうでしょ」
と周りにいた女の子達よりも一回り大きい女の子達がやってきて女の子達をかきわけながらいった。
大人になるかならないかという少女達だ。
「さあ、シス様こっちへ」
「私達と一緒に行きましょう」
「ちょっと!シス様をどこに連れて行くのよ!」
「そーよそーよ!あなた達なんて、シス様が大人になるころにはもう恋人だっているでしょ!」
と負けじと若い子らが詰め寄った。
「あらあ、私たちだって十分間に合うわよ」
「ねえシス様」
「・・・・はい・・・」
年上の女の子達に脅迫めいた笑みを浮かべて言われて、シスは思わずうなずいた。
「ほらあ、シス様は年上の女の好きだって」
「そこまで言ってないでしょ!」
「そーよそーよ!何よ!派手な化粧までしちゃって!」
もう逃げよう・・・
シスは女の子達が争っている内にさささっと逃げていった。
「あ、ようやく逃げる気になられようだぞ」
「助けよう」
上で見ていたラリーやヴィンセント、クリスはそれを見て移動して行った。
「シス様こっちこっちー!」
「あ!皆!」
シスは木の影にラリー達を見つけて微笑みを浮かべ、一緒に建物の中へと移動した。
「今日は大人は誰もついてこなかったんですか?」
クリスが聞いた。
「いいや、ハインリヒと一緒だったけど、いつも助けてくれないんだよ。全く」
「そうですか・・・」
「修練場に行きましょう」
「うん。そうしよう」
シスはようやく目的である剣の手合わせをラリー達とすることができた。しかしすぐに女の子達が駆けつけてきて
建物の周りは女の子達で埋め尽くされた。
シスの相手をしていたラリーには「シス様のお顔に傷をつけたらぶっ飛ばす!」とかいう野次まで飛んでいる。
普段は黄色い声援が飛ぶ側のラリーだが、今日ばかりはそういうわけにもいかないらしい。
女の集団って怖い・・・・・
シスでなくてもそう思った3人だった。
「ありがとうございます。とってもわかりやすかったです」
教室の方では、一通り教えてもらったクララとリリーがラギに御礼を言っていた。
「ううん。二人ともよくがんばってるね」
「家ではたまにお父さんに教えてもらってるんです」
「そうなんだ。ミルキダスも結構古代語得意だもんね」
クララとリリーは顔を合わせてラギを見た。
「ラギ様、私たち二人のどちらがいいですか?」
クララの言葉にラギはきょとんとした顔をした。
「え?どちらって?どういうこと?」
「私達、どちらかを将来ラギ様の恋人にしてもらおうかと思ってー」
「もちろんラギ様が嫌じゃなかったらですけど」
「え・・・えー???」
ラギの顔が一気に真っ赤になった。
「ラギ様って大人になっても優しそうだし」
「いろんなこと教えてもらえるし」
「何言ってるの。だめだよ。僕なんて。力ないんだから」
ラギがあわてていった。
「びっくりするなあ。もう。二人とも相手はいくらでもいるじゃないか」
「お母さん達が、どっちかならいいって」
「3人目も産まれるしー・・・お父さんはラギ様のこと実の息子のように可愛く思ってるからいいっていってました」
「えー・・・・」
ラギの顔がもっと真っ赤になった。
「まだ先の話ですけど・・・」
「考えておいてくださいね。ラギ様」
二人はあどけない顔で笑っていた。
「まいったなあ・・・もう・・・君らの両親も何考えてるんだか・・・」
ラギは照れたように頭をかいた。
その日の夕方、夕食時にゆりは今日の出来事を子供らに聞いていた。
「はあ・・・今日はなんだか疲れちゃったよー」
シスが疲れたようにいった。
「まあまあ人気があるってのはいいことよ。たまにくらい皆に顔見せてあげなさいよ」
ゆりはのんきにいった。
「男の子達は姉様に会いたがってたよ」
シスがアナスターシャにいった。
「私?私じゃあみんな剣の相手なんてしてくれないでしょ?」
とアナスターシャ。アナスターシャも剣技を習っているが、さすがにラリーやヴィンセントもアナスターシャを相手に
するのは嫌だろう。
「そうじゃなくて顔みたいってさ」
「ふうん」
「あら、どうしたの?ラギ、全然食べてないじゃない」
ゆりがラギに気づいていった。ラギは皿の上の食べ物にちょっと手をつけただけでぼんやりしている。
「今日はもういいや。ご馳走様」
ラギはそういって食堂を出て行った。
「何かおやつ食べた?」
ゆりがシスに聞くとシスは首を横に振った。
そしてその夜、フリットが屋敷に帰ると居間ではぶすっとした顔のソフィアが座っていた。
「その顔じゃ、シス様とお話は無理だったようだな」
フリットは笑いながらいった。
「失敗だったわ。みんな青いドレス着てたんじゃ全然目立たないんだもの。」
「そうらしいな。ははは」
学校の様子はすでにフリットにも伝わっていた。
「ねーおとうさーん、シス様とお話したいよー」
ソフィアはすがるようにフリットを見上げた。
「ん?だめだめ。そういうこすい手は使っちゃだめだぞ」
ソフィアの思いを見破ったフリットは手を横に振った。
「ちぇ」
フリットは王妃の恋人だしその気になればシスをソフィアにあわせる事もできるのだが、それは反則というものだった。
「大人になるまで中身を磨く事だな。シス様の目に止まるように。お前は力の素質があるんだから」
「はーい。きっとすごい女性になってやる!」
「そうそう。がんばれ」
フリットは娘の頭をなでた。
「あー参ったなあ・・・眠れないな・・・」
ラギは布団の中に入ったままつぶやいた。どうにも寝付けない。
昼間の二人の言葉がどうにも気になってしまったのだった。
まあまだ子供だし・・・大人になれば欲が出てくるかもしれないしなあ・・・
冗談として受け取っておいた方がいいよね・・・
でも二人ともあのミルキダスの子供だしな、大人になってもあのまんまおっとりしてそうだな・・・
でもミルキダスも真面目にそう思ってるのかな。
ミルキダスが自分を可愛く思ってるのはラギも知っていたが、まさか自分の娘とくっついてもいいとまで思っていると
は思っていなかった。
自分にはそんなに力はないために、子供ができたとしても、たいして力がない子供が産まれる可能性だってある。
だけど・・・ちょっとうれしかったかな・・・
力のある女性と自分がくっつくわけにはいかないだろうと思ったラギだったが、今回の申し出は、まんざらうれしく
ないこともないラギだった。
終わり