番外編1 ある日のミルキダス
その日も儀式が起こった。儀式といっても王妃であるゆりはまだ妊娠中ではなく、いわば予行練習のようなものだ。
ゆりにとってはなんの良いこともないが、男たちにとっては時々のプレゼントのようなものだった。その日降りてきたの
は水蛇で、ゆりは最初シャナーンを入れることで躊躇していたようだが8人の男相手に途中からゆりものりのりだった。
蛇の一族は基本的にあまり性欲がすごい方ではない。赤い月でもなければそう女と交わったりということもなく、性の
衝動を抑えきれずにむらむらくるということもあんまりない。それが赤い月には一気に爆発するのかと思えば、中には
やはりそう性欲を感じない連中だっている。ミカエルやハインリヒは性欲が強い方に入るだろう。
その男達が儀式となれば目の色を変えて今日は性欲を感じないから参加しないということもなくみな集まってくるのは
どういうことなのか。
それは皆それぞれに王妃であるゆりに愛情を感じているというのもあるだろう。
儀式での異様な雰囲気が好きという理由もある。
儀式には誰でも参加できるわけでもなく、また定期的にあるわけではない。次はいつあるやら誰にも全くわかりはしない
のだ。呼ばれる男達は皆王妃の恋人ということになっているし、最初の方から参加している連中は、20年経っても
変わらず呼ばれることをうれしいと感じていた。
ああ、まだ王妃は私のことを気にかけてくれている。
そう思うと、儀式の後は数日ご機嫌になるミルキダスだった。
そんなミルキダスを見て娘達は、「王妃様と仲良くしたの?よかったね」などと目ざとく言ってくるのだった。
何でそんなことがわかるのかミルキダスには全く分からないが、やはり女というものは小さくても勘が鋭いようだ。
自分の父親が王妃の恋人達の中でも地味な存在なのはよくわかっているようで、捨てられないといいね、と心配してい
たと母親達から聞かされた時にはさすがにびっくりしたミルキダスだった。
儀式もどきがあって5日後、朝城から出てきたミルキダスは、視界に白い髪の女が見えてぎょっとした。
女はそのままミルキダスに近づいてきた。
「おはようございます。ミルキダス様」
それはハザークの侍女の一人だった。
「お、おはようございます・・・」
ミルキダスは答えた。
「ハザーク様がお呼びです。時間があいた時にいらしてください」
「はい」
ミルキダスはそういって侍女から離れて瞬間移動した。
ああ・・・またか・・・
北の砦に移動していたミルキダスの気は重かった。
実はハザークに呼ばれるのは一度や二度ではない。これで5度目だ。その理由は毎回同じなので今回も同じだろう。
ミルキダスには苦手な人が一人だけいる。それはハザークに他ならない。別にハザークが嫌いということではない。
むしろ王であるラクシュミと同じように尊敬しているし、畏怖も感じているのだが、相手がなんとも言いにくいことばか
り聞いてくるので苦手なのだった。
最初にハザークに呼ばれたのはまだゆりがハザークといい仲になる前の事だった。その時のことを思い出すと今でも
赤面してしまう。あの出来事は、ミルキダスの中の人生で困ったランキングベスト5には入っているだろう。
たまたま城の周りの庭園にいたミルキダスの前に、ふっとハザークが現れたのだった。
「そこの赤い蛇の男、ちょっとこい」
その時は直接ハザークに呼ばれて塔にいったのだった。ハザークには肌にある蛇が見えているらしく、人の認識も
蛇の色でしているようだ。その時は一体何の用なのか、ミルキダスにはさっぱりわからなかった。
部屋の中でミルキダスは長椅子に座るハザークの前に、椅子で座らされた。すると思いもかけないことを問われたのだっ
た。
「お前王妃の恋人なんだろう?儀式にも何度も参加してるな。儀式では一体何してるんだ」
「は?」
ぎ・・・・儀式?
ミルキダスの顔は引きつり、口は少しあいていた。
「王妃と交わってるんだろ?」
「え・・・いえ・・・いえいえいえいえ」
ミルキダスは激しく動揺して左手を左右に振っていた。
「じゃあ何してる」
ハザークは冷静な口調で聞いてきた。
儀式の事については、他の人に聞かれることもあるので男達の間では口裏を合わせて嘘をついていたりしたのだが、
なにせ相手が悪かった。口付けしかしてませんと言い逃れができるとも思えないし、ハザーク相手に嘘をつくなど
ミルキダスにはできなかった。
「何といわれましても・・・」
「男と女が裸でいてお互い興奮しているんだ。何もしないのはおかしい」
「はあ・・・」
「本当は交わってるんだろ?王妃の記憶がないわけで」
「いえ・・・そこまでは・・・」
「じゃあどういう風に行われているんだ?」
「その・・・」
「はっきり言え」
はっきり・・・あれをはっきり言えと?!
ミルキダスは珍しく汗をかいていた。
どうして私にそんなこと聞くんだろう。ミカエル殿にでも聞けばいいのに。
ミルキダスはそう思った。
「あの・・・王に聞かれたらどうですか。私の口からはとても・・・」
ミルキダスは困ったようにいった。
「王に聞いてもはっきりとは答えないんだ。それに王は参加しているわけでもないし、だからお前に聞いてる。」
「ですが・・・私の口からは・・・」
「別によってたかって王妃をなぶりものにしているわけでもないのだろう?なぜいえない」
ハザークはどうにも引きそうになく、ミルキダスが話すまではここから出て行かれそうになかった。
「そのう・・・お互いに・・・愛撫をしあってます」
ミルキダスは恥ずかしそうにいった。
「もっと具体的に」
具体的?!
ミルキダスの表情は極限まで引きつっていた。
「お前達も興奮しまくってるんだろう?それだけですんでるのはおかしい」
「ですが、本当にそれだけです。王妃は、王以外には抱かれてません。本人がそう望んではいないので」
「・・・」
ハザークは納得行かない様子でミルキダスを見つめていた。
「本当はお前達が抱きたくないんじゃないのか?王妃は見目麗しいという外見ではないからな」
「そ、そんなことはありません」
「私が知る限りでは、巫女は皆儀式では男と交わっていたぞ。あれだけ王妃が儀式をできているのは、何か理由がある
はずだ。王妃は男達と交わらずに満足してるのか?」
「は・・はい・・・」
「お前達もか?」
「はい」
「愛撫ってどうやってる」
「・・・・」
それだけは言いたくなかったミルキダスだったが、長い問答の末、とうとう白状させられて、「手と口でされてます」と
言ってしまった。それを聞いたハザークはなぜか「かわいそうに・・・」とつぶやいたのだった。
一体何がかわいそうなのか、ミルキダスは疑問だったが、とりあえずその日はそれで開放されたのだった。
2度目のお呼びは、それからまもなくのことだった。
今度は何を問われるのだろう。げんなりしながらも塔に行くと、王妃との関係についていろいろ問われたのだった。
どっちの王妃と親しいのか、とか他の男達はどうなのかと。
だからそんなこと私に聞かないでください。そういいたかったが、言えなかった。
ハザーク様は王妃の事がかなり気にかかっているんだな・・・
それだけはかなり感じられる。
その理由自体は微笑ましいのだが、ハザークに会うたびにミルキダスは冷や汗をかいていた。
3度目のお呼びはそれから10年以上後のことだった。珍しい女蛇が降りてきた儀式の後のことだ。
その儀式では、王妃に口付けをされたりちょっと触られたりするだけで男達は昇天させられた。
ミカエルやジュノーなどは後でぶーぶーいっていたが、あの女蛇はあれっきり降りてきてはいない。
儀式自体はとてもあっさりしたものだったので、ハザークのお呼びも前の二度ほど嫌ではなかった。
しかし儀式の様子を問われて、「私達は口付けされるだけで興奮の絶頂を感じてしまいました」などと
なんとも恥ずかしい言葉を言わねばならなかった。
ハザークは意外そうな顔をしていたが、やがてそうか、とちょっとうれしそうな顔をした。
「あの、ハザーク様は、王妃が我々と儀式をするのが、嫌なんですか?」
ミルキダスは初めてハザークに問いかけてみた。
「別に嫌ということはない。今回はちょっと気になっただけだ」
ハザークはそういった。
「そうですか」
ミルキダスはちょっとほっとしていた。嫌でたまらないといわれたら、こっちとしても困ってしまう。
4度目の呼び出しはハインリヒをゆりが連れ帰ってから間もなくの事だった。
どっちの王妃と仲が良いのか、とかどの程度の仲の良さなのか、と聞かれたのだが、そんなことミルキダスが
詳しく知るわけもない。しょうがないから適当に答えた。
「黒い蛇がいる男は昔から性欲が強いと決まってる・・」
とハザークはぶつぶついっていた。
「もう一人の王妃が気に入りそうな男だ・・・・」
確かにハインリヒは見た目も良く、力も強い。一族の女達がこぞってきゃーきゃーいってたくらいだ。なにせ
古代の世界で一番の騎士だったのだから仕方ない。王妃が気に入るのも道理だろう。
「王妃は過去の世界でも男と交わっていないといっていたが・・・お前どう思う」
「はあ・・・王妃がそうおっしゃられたのなら、そうだと思います」
どうせならハインリヒ殿を呼び出して問い詰めてください。
といいたかったが、やっぱり言えないミルキダスだった。
そして今回のお呼び出し。
ミルキダスはその日の夕方ハザークの元に行った。
「ああ、来たか赤い蛇の男」
ハザークはミルキダスをみていった。
未だに名前で呼んでもらえないし・・・
「あの、今回は何の用でしょうか・・・」
「ああ、儀式のことでちょっと聞きたい」
やっぱり・・・
「男が8人になったそうだな。若い男なんだろ?王妃といつから仲が良いんだ?」
「つい最近の事だと思います」
とミルキダスは答えた。そういえば以前にもシャナーンは儀式に参加した事があったとミルキダスは思い出したが、
その時はたまたまだったので、当時はそこまで仲良くなってなかったはずだ。
「ふーん。そうなのか。それでどっちの王妃の方が仲が良いんだ?」
「それはよくわかりませんが・・・どちらともほどほどの仲の良さのようです」
「ほどほど?ほどほどとはどの程度だ?」
とハザークはたずねた。
「あのう・・・私も王妃の生活を監視してるわけではありませんので・・・」
ゆりの侍女の方がそこらはよっぽど詳しいだろう。
「どうせなら王妃に聞かれたらいかがですか?」
ととうとうミルキダスはいってみた。二人は仲良くしているのだから、それくらい聞いたらいいだろう。
「それはどうも嫌だ。我が王妃の事をすごく好きで嫉妬してるようじゃないか」
すごく好きで嫉妬してるじゃないですか・・・
とミルキダスは突っ込みたかった。
「まあいい、その若い男と特別仲が良いわけじゃないんだな」
「はい」
「そうか。行ってもいいぞ」
「失礼します」
ミルキダスはそそくさと出て行った。
しかしハザーク様も人間らしい感情をお持ちなんだな・・・
ハザークをちょっと身近に感じたものの、できることなら次は他の人に聞いてください、と思うミルキダスだった。
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