瞬間移動で城の南側に移動してきたイシュタールは、庭園と城の間の開けた場所にアナスターシャとシスが
向かい合って立っているのに気づいた。二人は交互に両手を出して「えい！」と言っていた。
言われた方は体に薄い水色の膜を作っている。
おお。シールドをはっているのか・・・
イシュタールはそれに気づいた。どうやら一人が攻撃して、攻撃される方は防御の魔法をかけてそれを防いでいる
らしい。防御の魔法というものは結界の魔法と似ている。二人共自分で自分を守る術を身につけたようだ。
二人でああいうことをされるようになったとは・・・大きくなったものだ。
イシュタールは微笑ましく見つめていた。
イシュタールにとっては二人とも、この前生まれたばかりの子供のようなものだ。それなのに今では二人とも
瞬間移動もお手のものだし、ああして力を使うことだってできる。
大人になったらどれほどの力を持つのだろう。
二人を見守っていたイシュタールの目があっと見開かれた。
アナスターシャの前髪に、ぼっと火が見えたからだった。
「あ！」
「わっ！熱っ！あちちち！」
アナスターシャはびっくりして足踏みしている。
「姫！」
イシュタールがあわてて側に行き、アナスターシャの髪を手でかきあげて火を消した。
「姉様大丈夫？！」
シスが走り寄った。
「け、怪我ないですか？怪我！」
イシュタールはアナスターシャのおでこをなでた。
「熱かったよう。」
「と、とりあえず救護室にいきましょう！」
やけどでもあったら大変とイシュタールはあわててアナスターシャを移動させた。
「ごめんねえ。姉様」
シスはぽつりと言った。
第１１話
「ぎゃあああああああ！」
「ひいいいいいいい！」
「ひえええええ！」
まさに絹を引き裂くような女達の悲鳴が部屋に響いた。
それは、アナスターシャの侍女たちが発した声だった。
イシュタールと一緒に部屋に入ってきたアナスターシャの前髪の半分がなくなっていた。それに驚いたのだ。
「ど、どうなさったのです！それは」
「何があったのです！？」
侍女たちはこの世の終わりのような顔でアナスターシャに走り寄った。
「ちょっとシスと遊んでたら失敗したの」
「え？シス様がそんなことを！？」
「第一王女のアナスターシャ様にそんなことをするなんて！」
「ひどいです！」
「いえ・・・あの・・・肌に傷はありませんから」
イシュタールが口をはさむと、３人いた侍女がきっとイシュタールをにらんだ。
「当然じゃないですか！」
「そうです！お顔に傷でも残れば私は生きてません！」
「私だって！」
「あの・・・・」
「大丈夫だよ。髪こげただけだから、イシュタールがすぐに助けてくれたし」
アナスターシャが侍女たちをなだめるように言うと、さらに侍女たちの目が釣りあがった。
「何でもっと早く助けないんです！」
「そうです！助けるのが遅すぎです！！」
「すいません・・・・」
侍女らの剣幕に押されて、たじろぎっぱなしのイシュタールだった。
幸いアナスターシャの肌に怪我はなかった。ただ前髪がこげただけのようだった。それでもアナスターシャの
侍女らには一大事だったようだ。
イシュタールは部屋から出て、横のシスの部屋をノックした。
そこにも３人の侍女がいた。シスはしょんぼりした顔でいすに座っていた。
「大丈夫ですよ。姫君に怪我はありませんから」
イシュタールはシスに近づいて、しゃがんで言った。
「でも、髪こがしちゃった」
「もう気に病まないでください。王子がしょんぼりしていると、私たちまで悲しくなります」
「そうですよ」
侍女らも慰めるように言った。
「うん・・・」
一応王にご報告せねば・・・
イシュタールが王の間の前に行くと、「今王女の侍女らが入っていかれました」と番兵に言われてイシュタールは
ぎょっとした。
王の間の中では、ラクシュミが侍女らの剣幕におされていた。
「シス様にはもっとアナスターシャ様を姉君として敬っていただきたいです！」
「そうです！姫様に万一の事でもあったらどうなさるんです！」
聞けば前髪がなくなっただけだというのに、まるで指が一本なくなったかのような騒ぎようだった。
アナスターシャとシスの侍女は、ゆりの侍女とは違い、全員一族の女性たちだった。皆それぞれ
目の中にいれてもいいほどにアナスターシャやシスを可愛がっている。それだけに今回の事は黙ってはいられ
なかったようだ。
「アナスターシャはきれいな服を着て座ってればいいだけの王女ではない。大きくなれば戦いにだって参加しなければ
ならないかもしれないんだぞ。それくらいで大騒ぎするんじゃない」
ラクシュミが言うと、侍女らの顔が蒼白になった。
「戦い？」
「私達の姫様が・・・・」
「ああ・・・」
３人はふらふらになりながら出て行った。
話を聞いたゆりは仕立て屋に頼んで、頭に飾るものをいろいろもってきてもらった。ゆりは自分の部屋でそれを
いろいろアナスターシャの額にはめてみていた。
きれいな布でできたヘアバンドがあったので、それを額にはめておでこを出して前髪をかくすと、前髪が半分ないのも
きにならない。
「うん。かわいいかわいい。これいいよ」
「本当？」
「うん。もう危ない遊びしちゃだめよ」
ゆりは話を聞いても「えっ」と言っただけで悲鳴をあげたりはしなかった。シスはいたずらでそうしたわけでもないし
二人のそういう遊びは、アナスターシャの方が誘っているというのもわかっている。
「・・・ちゃんと防いだつもりだったんだけどな・・・」
アナスターシャは自分のおでこをなでた。
ゆりの部屋にはラギも来ていた。
「何で失敗したの？」
ラギが聞いた。
「うーん。前髪の浮いてた部分が、シールドの外に出てたみたい。肌にぴったりくっつくようにしてたから、
髪までわかんなかった」
「あらら」
「危ないわねーだめでしょ。アナスターシャの侍女が悲鳴あげたみたいじゃない」
「うん。イシュタールが泣きそうになってた」
「かわいそうに・・・」
「僕にーをみてこようっと」
ラギは部屋を出て行って、シスの部屋にいった。部屋の中にはシスはいなかった。侍女がこっそり
寝室の方ですよと教えてくれた。寝室をのぞくと、布団がこんもりあがっている。布団の中で丸くなってるようだ。
「にー泣いてるの？」
ラギは近づいて布団をめくった。
「泣いてないよ」
シスはしょげてるだけのようだ。
「ねーは大丈夫だよ。怒ってないから」
「ふうん・・・」
「本当だよ」
その後ゆりも来た。ゆりも同じようにシスを慰めたのだが、姉を傷つけたのがよっぽどショックだったのか、
シスは夕食の時間にも食堂に顔を見せなかった。自分の部屋で食べると侍女に言ったようだ。
シスの部屋にアナスターシャがぱっと現れた。
机の上には、手をつけてない食事が置かれていた。
「あんたまだしょげてるの？」
アナスターシャは寝室に行き、布団をめくった。シスはまだ布団の中で丸まっていたのだった。
「大丈夫だって何回も言ったじゃない」
「だって・・・」
アナスターシャは思念でシスに大丈夫だと言ったのだった。
「私がやろうって言ったんだから。別に傷ついてないんだから、泣かないの」
「泣いてないよ。僕」
「しょうがないわね。今日はお姉様が一緒に寝て慰めてあげる」
「え・・・」
「だから泣かないの」
「泣いてないってば」
「お風呂はいろうよ。じゃあね」
アナスターシャはさっさと出て行った。子供たちは３人共お風呂に入り、アナスターシャの部屋に集まった。
そしていつものようにトランプで遊んだ。アナスターシャの髪は不ぞろいになっていたが、本人はたいして
気にしてないようだった。その前髪を見ると、ちょっと気分がしょげるシスだった。
ーラギ・・・姉様が僕と一緒に寝るっていうんだよ。ラギも一緒に寝ようよ
ーやだ
シスが言うと、ラギはつれなく思念を返した。
トランプが終わり、アナスターシャがラギに聞いた。
「ラギも一緒に寝る？」
「ううん。いい。今日はにーを慰めてあげてね」
ラギは逃げるように部屋を出て行った。
「じゃあねよー」
「僕もいいってばー」
アナスターシャは一緒に部屋を出て行こうとしたシスの襟元をつかんだ。
「せっかく私が慰めてあげるっていってるでしょ」
「僕もう落ち込んでないもん」
「いいからいいから。そういって一人になったら泣くでしょ？」
「泣いてないのに」
強引に寝室に連れて行かれたので、シスは仕方なくアナスターシャの横で寝た。
「いい子いい子。泣かないのよ」
アナスターシャはシスの頭をなでていた。
泣いてないのに・・・
だが、自分の前髪が半分なくなっても、全く自分を責めない姉に、シスはかなりほっとしていた。
「姉様の優しいところ好きだな」
シスがいうと、アナスターシャはにんまり笑った。
「そうでしょ？私は優しい姉様よ。だから気にせずにまた遊んでね。あの遊びはあんたとしかできないんだから」
「・・・・」
「ぐへっ！」
夜中シスは自分の声で目が覚めた。おなかに何かがぶつかる感触がした。おなかの上に足が乗っていた。
アナスターシャが足でシスのおなかを蹴ったのだった。
だから姉様と寝るのやなのに・・・もしかして、やっぱり怒ってるのかな。
そう思ったシスだったが、アナスターシャはぐーぐー寝ていた。
やっぱり寝相が悪いだけのようだ。布団も全部蹴っ飛ばして寝ている。
しょうがないなあ・・・・
シスは姉の体に布団をかけてやり、寝た。
「うっ」
今度は顔にばちんと何かがあたった。自分の顔の上に、アナスターシャの手が乗っていた。
「あれ？」
朝アナスターシャが起きた時には、ベッドに真横になっていて、シスの姿はどこにもなかった。
シスは夜中アナスターシャにたたかれたり蹴られたりして、自分の部屋に逃げたからだった。
「イシュタールも大変だったね」
次の日、部屋にきたイシュタールにゆりが同情するように言った。
「すいませんでした。王妃、私が早くに止めていれば・・・」
イシュタールは頭をかきながらいった。
「イシュタールのせいじゃないよ。王様も別に怒らなかったでしょ？」
「はい・・」
イシュタールは侍女らの後、王の間に入っていったのだが、ラクシュミは別に怒らなかった。
怒っているのはアナスターシャの侍女だけだ。
「ちょっと時間ある？気もらってもいい？」
「いいですよ」
イシュタールが快く言ってくれたので、ゆりは長椅子でイシュタールに寄り添った。
「ですが、王女はちゃんとシールドで防いでいたんですが、なんでああなったんだか」
「肌にぴったりはってたから、髪が浮いてる所がシールドになってなかったみたいよ」
「そうなんですか。そこまで気づきませんでした。」
「アナスターシャっておっちょこちょいなところあるよね。誰に似たんだろ」
「・・・・」
それは王妃ですよ。とイシュタールは言わずに黙っていた。
交わりの月から２月ほどが過ぎた。アナスターシャの前髪はまだそろってはいなくて、額にいろいろ飾りをして
隠している。今度こそは大丈夫と嫌がるシスをまた遊びにさそっていた。
一人で眠っていたゆりも、王の寝室で寝るようになっていたが、交わりの月の時のようにべったり引っ付いて
寝てはいない。
ゆりは毎日竪琴の練習もしていて、ハザークにも月に一度は聞かせていた。最近では部屋で練習していても侍女
に上手になられましたね、とほめられるようになった。上手とはいっても前と比べてということだが。
ハザークもあれ以来抱きたいとも言われずに、普通に竪琴を披露するだけだった。
ゆりとしては王妃らしい気になるためにハザークからも気が欲しい所だったが、欲しいといえばなんだか
変な答えが返ってきそうだったので、言い出せずに、他の男たちからもらっている。
ミルキダスはずっと誤解したままだった。誤解を解くにはいろいろ説明もせねばならないので、ゆりとしては
それも恥ずかしく、そのままにしている。
暦が６の月に入ったある日、ゆりの部屋にラギが入ってきた。ゆりは竪琴の練習をしていたが、
ラギが「ねえ、母さん、もう一人の母さん」というと、ゆりの左目が黄色と黒に変わった。
「どうしたの？」
「ほれ香水できたんだよ。はいこれ」
ラギはそういうと、背中にまわしていた手を前に出した。手の上に、
赤い小瓶が乗っていた。
「本当にできたの？」
「うん。だからハザーク様に使ってみて。これ使ったら、きっとハザーク様母さんが好きになって一杯
気くれるよ」
「大丈夫なの？」
ゆりは怪訝な目でラギを見た。
「大丈夫だよ。蛇一杯ためしたから」
「・・・そりゃハザーク様は蛇だけどさあ・・・」
蛇相手にどうやってほれ香水なる者を試したのか、ゆりにはなぞだった。
「研究所の人も、よくできたってほめてくれたよ」
「・・・大丈夫かなあ。本当に」
研究所の人たちも何を考えてこんなの作らせたんだか。
ゆりは小瓶の蓋をあけて、中の匂いをかいでみた。
「・・・王様の匂いに似てるわね」
中から匂ってくるのは甘ったるいような花のにおいだったが、ラクシュミが発する匂いにも似てるようなきがした。
「そうだよ。」
「それなら別につけなくても私はこの匂いだし・・・」
「他にもいろいろ入ってるんだよ。試してみてよう。一応人にも試したよ。みんな効いたって言ってた」
「え！？」
「シェリルにも試してもらったんだよ」
「そうなの」
シェリルというのはゆりの侍女だった。ゆりの侍女はラギの世話もしているのだ。
ゆりはさっそくシェリルを呼び出した。
「本当にラギの香水試したの？」
そう聞くと、シェリルの頬がぽっと赤くなった。
「はい。もう・・・すごかったです」
「す・・・すごかった？」
ゆりの目が見開いた。
「はい、私の恋人は、４分の一一族の血が入ってるんですけど、交わりの月でもないのに、もう、ほんと
朝まで離してくれなくて、あやうく仕事に遅れる所でした」
シェリルはなんだかうれしそうだった。シェリルは一族の女性ではないので、交わりの月以外で男に触れられても
平気なたちらしい。
「・・・・」
これ本当に効くんだ・・・
今夜試してみようかな・・・・
ハザーク様はとりあえず置いておいて、王様に試してみようっと♪
ゆりはるんるん気分で、その夜寝室で香水を体に少しつけた。
ベッドの上でどきどきして待っていたら、ラクシュミがやってきた。
交わりの月以来、どちらのゆりも抱かれてはいない。
「王様」
ゆりはベッドに上がったラクシュミに引っ付いた。
ラクシュミは少し首をかしげた。
「何の匂いだ？それ」
ゆりはぎくりとした。
「新しい香水。やな匂い？」
「・・・うーん・・・嫌なにおいだ」
ラクシュミはうなった後そういった。
あら。王様には効かないみたい。まあ子供が作ったものだからしょうがないか・・・
「そうなんだ。残念」
ゆりは体を離した。すると、ラクシュミがゆりの手をぎゅっとつかんだ。
「え！！」
ゆりはぎょっとラクシュミを見た。ラクシュミの瞳が違っていた。目がつりあがり、淡い金色の眼球に、濃い金色の
縦線がついていた。
「王様？」
それは、交わりの月の時の変化した時の瞳だった。
しかし、交わりの月の時とは様子が違う。ラクシュミはじっとゆりを凝視していた。
「あの・・・」
ラクシュミはゆりをそのまま倒して上にのった。
「お、王様！？」
「お前を愛してる」
「え・・・」
「愛しすぎて・・・なんだかおかしくなりそうだ」
「え・・・・」
おかしく・・・・？
ラクシュミの肌には、どんどんうろこの模様が浮かんで行った。
「愛してる。もうお前を誰にも触らせたくない。お前に触れた男は殺してやる」
「え！？」
ラクシュミはゆりのスカートをあげて下着に手をかけた。
「お、お、王様！？」
ラクシュミは怖いくらいにじっとゆりを見つめながら、服を脱がしている。
なんか怖い・・・だれこれ！？交わりの月の時もこんなにならないのに！！
ゆりが驚いている間に、ラクシュミはゆりの服を脱がして、裸にしていた。
「し、しっかりして王様！なんだか変よ！」
「何が変だ。こんなにお前を愛してるのに」
ラクシュミは自分の服を脱ぎ、ゆりの上に再び覆いかぶさった。
「ぎゃ！」
「何がぎゃだ。まさか嫌なのかお前」
「嫌じゃないけど・・・なんだか目怖い・・・」
「喜んで受け入れろ」
ラクシュミの指が、足の付け根をまさぐってきた。
そして早々に体を押し付けて挿入してきた。
「あ・・・・」
「どこ見てるんだ。ゆり、ちゃんと私を見ろ」
ラクシュミは横を向いていたゆりの顔を自分の方に向かせた。
「私を愛してるのか？」
「愛してる・・」
「なら言い続けろ、朝まで」
「え！」
「何がえだ。何か文句でもあるのか？それとも他に愛してる男でもいるのか？いってみろ。すぐ殺してやるから」
ラクシュミは変化した瞳でにらみつけるようにゆりをじっとみていた。
「いえ・・・私は王様だけですう」
ゆりはさすがに目の前のラクシュミが怖かった。
「愛してる愛してる。王様愛してる・・・」
ラクシュミの手が、ゆりの胸をなでた。
「お前の柔らかい肌に、私の名前を刻みたいな・・・」
「え！やだ！痛いじゃない！」
「愛してると言い続けろといっただろ？お前はなんで愛する私の言うことを聞かないんだ！」
ラクシュミがきっとゆりをにらんで言った。胸もぎゅっとつかまれている。
「愛してるーだからもう許して」
「だめだ。ほら、今度はお前が動け。私に抱かれてうれしいだろ？もっとうれしそうな顔をしろ」
「うれしいからもう勘弁して・・・」
「愛してるといえといってるだろう。それとも愛してないのか？」
「愛してる。愛してる・・・」
もーだれか助けて！
かなり長い間からだは捕らわれて抱かれ続け、体が離された時には、カーテンの外は白じんでいた。
ラクシュミは眠ったが、ゆりはぐったりしていた。
変化したラクシュミに抱かれ続けることはともかく、愛してると言わされ続けてのどはからから、
しかも怖いことをいろいろ言われて精神的に疲れていた。「もう王などやめてお前と部屋に引きこもる」
そういわれた時には、さすがにゆりは喜べなかった。愛しすぎにもほどがあるだろう。
なんなんだこの王様は・・・愛っていうか・・・変じゃん。
この香水ハザーク様に使ったら、一体私はどうなっちゃうんだ！
もー疲れたー
ゆりは布団をかぶって寝た。
「父様、父様起きて」
ラクシュミは娘の声で目を覚ました。
「ん？」
「もう王の間に入る時間よ。どうしたの？こんなに寝坊するなんて珍しいね」
ベッドの横にアナスターシャがいた。
ラクシュミは首をふった。なんだかすごく体が疲れていた。
横を見るとゆりも寝ていた。
「わかった。起きる」
「それじゃね」
アナスターシャは瞬間移動で出て行った。ラクシュミは上体を起こして首をかしげた。
「うーん・・・なんだか頭が重いな・・・・ゆり、ゆり、起きろ」
ラクシュミはゆりをゆすっておこした。
「うーん・・・」
両方黒目のゆりが目を覚ました。
「王様、なんだか体だるい」
「ん？どうしたんだその声」
ゆりの声はひどくがらがらだった。
「あれ？なんで？」
「私もひどく体がだるい。」
裸で寝てるし・・・
しかも全く覚えてないな・・・
「うーん・・・だるい・・・・起きたくない・・・」
ゆりはうなるように言った。
ラクシュミは頭をかいてベッドから降りた。
「お前は寝てろ」
「うん・・・」
結局、昨晩の事はラクシュミの記憶にはなかった。
なんだか妙な夢を見た気がするが・・・・覚えてないな・・・
ラクシュミは軽く朝食を食べて身支度をして王の間に行った。だが頭はずっとすっきりしなかった。
ゆりはかなり遅くに起きて、自分の部屋で遅い食事を食べた。
うーん。一体何があったんだろ。謎だ。
なんだかのどは痛いし、体はだるいし・・・
ゆりは足元にきた蛇のルーを両手でつかんで思わず自分の額にぺたっと体をあてた。
「うーん。ひゃっこい」
「大丈夫ですか？風邪の引き始めかもしれませんよ」
ミラが心配げに言った。
「そうかな。のどが痛いのも風邪のせいかも。」
「フレイ様呼びましょうか？」
「ううん。いいよ。私よりも王様がなんだかだるそうだったから心配だな」
「そうですねえ。あんなに寝坊されるなんて珍しいですねえ」
「大丈夫かな」
ゆりはルーを下に降ろした。その時ゆりの左目が黄色と黒に変わった。
「・・・ちょっとラギ呼んできてくれる？」
ゆりはミラに言った。
しばらくしてラギがやってきて、ゆりはラギと二人っきりになり、椅子に座らせた。
「昨日もらったあれの事なんだけど、ためしに王様に使ったらえらい目にあったわよ」
「え？」
「だめよ。あんな危険なものを他の人にもあげたりしたら。」
「・・・えらい目って？」
ラギが首をかしげて聞いた。
「つまり・・・王様が私を愛しすぎておかしくなっちゃったの。」
「？あれはハザーク様に使うためのだよ。」
「ハザーク様が私を愛しすぎたら困るの」
「どうして？」
「どうしてって・・・」
「愛しすぎたらだめなの？」
「人の感情ってのはほどほどがいいの。なんでもすぎるのはよくないの。」
ラギは首を傾げ続けていた。そこはまだ子供。大人の感情の深い部分までは理解できない。
「他に試した人は何も言ってなかった？」
「別に。みんな普通に効いたっていっただけだよ。好きだって一杯いわれたって」
「そう・・・おかしわね。子供のあんたに遠慮して言わなかっただけかもよ」
「・・・そういえば、研究者の人が、一族の血が濃いほど効くかもっていってたよ。王様は濃いから効きすぎたのかも」
「ハザーク様なんて蛇そのものなんだから、効きすぎたら私が危険じゃないよ。」
「そうなの？僕よくわかんなかった。好きになったら気一杯くれるって思った」
「そんなに無理に気もらわなくてもいいから。あれはもう誰にも使っちゃだめよ。わかった？」
「はあい」
「あんたは子供なんだから、もっと子供らしい事考えなさい。わかったわね。」
「でも・・・母さんにもっと金ぴかになってほしいな・・・」
ラギは少し口を尖らせて言った。
「そのうち金ぴかになるから。もういっていいわよ」
「うん」
ラギは出て行き、ゆりはため息をついて机に付した。
今日はどうもだめだ・・・寝ようっと。
ゆりは寝室に行き、そのまま眠った。
「あーあ。失敗しちゃった。」
部屋に戻ったラギは口を尖らせて、床にいた青と赤のしまの蛇を首に巻いた。
うーん。難しいな・・・好きすぎたらだめだなんて・・・全然思わなかった。
ちょっと好きになるくらいじゃないとだめなのかな。ちょっと好きって、どの程度なんだろう。
難しいなあ・・・
生まれて初めての失敗にラギはうーんと考え込んでしまった。
６の月の１０日の日、ゆりは一緒に行くというラギを連れて、ハザークのところに竪琴を弾きに行った。
「どう？ラギ、だいぶうまくなったでしょ？」
ゆりが聞くと、ラギは「少しはね」といった。その日は侍女はだれもいなかった。
「あんた本当にかわいくないわね」
「ハザーク様はなんで母さんの竪琴聞きたいんですか？母さんが好きだから？」
椅子に座っていたラギが長椅子で寝そべってるハザークを見て聞いた。ゆりは突然の息子の発言にぎょっとした。
「あんた何聞いてるの。そんな事聞かないの！」
「なんで？」
「なんでも！」
「下手な竪琴もたまにはいいんだぞ。毎日聞くのはいやだがな」
ハザークは冷静な口調で言った。
「なんなら毎日来て弾きますけど？」
ゆりが横目で睨んで言った。
「母さんもハザーク様が好きなんでしょ？なんで恋人にならないの？」
ラギが不思議そうな目でゆりを見て聞いた。
「え・・・・」
「好きすぎて恥ずかしいと恋人になれないの？」
「ラギ、ちょっと口閉じなさい」
ゆりがラギの口を閉じようとすると、さっとラギは逃げてハザークの長椅子の後ろに行った。
「ちょっとだけ好きじゃないと恋人にはなれないの？ねえねえ」
「黙りなさい！それ以上言うと後でお尻ぺんぺんよ！」
ラギは長椅子の後ろに身を隠した。
全くなんなのこの子は！
ゆりは長椅子の後ろに行った。すると、ラギはさっと逃げて行く。
「ハザーク様は母さんに気あげてもいいって言ってるのに、なんでもらわないの？」
「黙れって言ってるでしょ！」
ゆりが思わずどなった。
「王妃、うるさいぞ」
ハザークがゆりを見て言った。
「すいません」
「・・・・うわーん・・・！！」
ラギが声を上げて泣き出した。
「ラ・・・ラギ、何で泣いてるの」
「うわーん。僕は、僕は・・・母さんの外見が全く王妃様らしくないから、せめて気だけでも王妃様らしくなって
ほしいだけなのに」
ラギはわーわー泣き出している。
「・・・・ラギ・・・」
なんだか久しぶりにラギに大泣きされて、ゆりはかなりびっくりした。
「うわーん・・・うわーん・・・」
「・・・金ぴかな気なら王様からもらってるでしょ。ハザーク様にまでお願いしないの」
「でも、ハザーク様いいって言ったもん！」
ラギは泣きながらゆりを見た。
「迷惑でしょ！」
「別にいいぞ。たまにやるくらいなら」
ハザークが口を挟んだ。
「我は寝室でならやってもいいって言っただろ？嫌がったのはお前だ」
「・・・ハザーク様・・・」
ゆりの顔が引きつった。
「ほら、いいって言ってるじゃないか。なんでハザーク様の好意を受け取らないんだよ」
「好意って・・・こういうのは好意じゃないの」
ゆりがあわてて言う。
「じゃあ何？」
「・・・・」
まさかこんな子供に説明もできない。
「他の人からは気もらうじゃないか。なんでハザーク様はだめなの？」
「それは・・・」
「もううるさい。いつまで言い合う気なんだ」
ハザークがうるさそうに言った。
「すいません。もう行きますから」
ゆりが走り寄ってラギを捕まえようとすると、ラギは違う方向に逃げた。
「ラギ！いい加減にしなさい！」
「ハザーク様、今から母さんに気くれます？」
ラギはハザークの側で聞いた。
「ラギ！」
「母さんはハザーク様が嫌いなの！？」
「え・・・嫌いじゃないよ。好きだよ。」
「ならなんでだめなの？」
「・・・わかったわよ。ハザーク様に気もらうから、あんたもう帰りなさい！」
ゆりはとうとういった。
「うん。絶対だからね。」
「・・・なんでそんなに気もらってほしいの」
「だって。ハザーク様の気は、すごいんだもん。他の人とは比べ物にならないくらい強くてきれいで金ぴかなんだよ」
「わかった。もうわかったから」
ゆりが疲れたように言うと、ラギは「さようなら」とハザークに言って去って行った。
「・・・すいませんね。騒がしくして・・・」
「・・・」
ハザークは迷惑そうに眉をひそめていた。
「・・・・」
部屋の中を静寂が漂った。
しくしくしくしく・・・・これからどうしよう・・・
絶対だよと言われてしまったからには、気をもらわなければならない。
ハザークは立ち上がり、ゆりに言った。
「来い、気をやるから」
そう言ってさっさとハザークは奥の扉を開けて行ってしまった。その奥は、寝室なのだ。
ど・・・どーしよう・・・・
ゆりは冷や汗を流しながらしばらくたたずんでいた。
そのころラギは、「やったあ。うまくいったぞ。これで母さんも恥ずかしがらずに気をもらうだろう。」と思いながら
にこやかにお城に戻って行った。
すすむ