第１５話


時間は少しさかのぼり、北の国境にいたミカエルがゆりに出会ったのは、ヴィクターがラクシュミに思念を
送るだいぶ前だった。国境にある建物の中にいたミカエルは、突然目の前にゆりが現れたのでびっくりした。
しかし、それは本当にゆりなのかどうか疑問だった。ゆりの目は青くなっていたし、なんだか様子が変だった。
体の回りに金色のオーラまで見える。
「王妃？」
ミカエルはゆりの顔をのぞきこんだ。ゆりはにっこり笑った。
「ミ・・・ミカエル・・・」
「？」
ゆりの声が違っていた。ゆりはミカエルの首に腕を回した。

ミカエルはぎょっと目を見開いた。目の前に、ものすごい金色の巻き毛の、絶世の美女の姿が見えた気がしたから
だった。
美女はそのままちゅっとミカエルにキスした。ミカエルはぼんやりした顔でそのまま下に崩れて、床の上に
寝転んで気を失った。
３人の戦士らがその部屋に入ってきてぎょとした。目の前に王妃がいるし、ミカエルは倒れているしで
何がなんやらわからない。
ゆりはニコニコした顔で戦士らに近づいて、それぞれの頬を優しくなでた。すると男たちはみんなその場に
崩れてしまった。ゆりは通りがかる戦士らの頬をなでては倒れさせ、国境にあった馬に乗り、移動した。
それを見てぎょっとした戦士の一人がヴィクターに思念を送ったのだ。


「ラララーララララ〜」
ゆりはなにやら歌いながら移動していた。すると小鳥が飛んできてゆりの肩に乗ってきた。馬はたったか
歩いている。その横を馬車が逆に通り過ぎて行ったが、やがて御者は馬車を止めた。
そして目元を押さえた。なんだかすごい金色の髪の美女がいたような気がしたからだった。気のせいだな、そう思い
御者は馬車を走らせた。



その頃、この世界の西にある聖地と呼ばれる大陸では、女神ガーベラの宮殿が輝きを放ち、神官や巫女たち、
世界各地からの巡礼者たちがこぞってガーベラの宮殿に集まり、ざわめいていた。
「おお、久方ぶりのガーベラ様の降臨だ！」
「一体どこの国に降られたのか」
「うらやましい！」
「わしもガーベラ様が見たい！」
「わしもじゃ！」
「見たいーーーー！」

愛欲の女神ガーベラは、慈愛の女神ダーナと１，２を争うほどの美貌の女神であり、その美しさは多くの男神をも
とりこにしたという伝説の女神だった。ガーベラは優しい女神で、男性のファンももちろん多いが、美を求める女性達
からも、絶大なる支持があった。そのため、宮殿の周りには女性の信者たちも多く来て「美を分けてくださいませ〜」
と口々に言っていた。実際に神々が世界のどこかに降りると、それぞれの宮殿が光り輝き、神が降りたことがわかる
ことになっているのだ。


まさかそんなにすごい女神がゆりに降りているなど、ラクシュミも子供たちも知る由もない。王の間の子供たちは
突然母親が消えてしまったので不安そうな顔をしていたし、ラクシュミは戦士らに思念を送り探せ探せと言って
いたが、一向にゆりは捕まらなかった。なぜなら、ゆりを見つけた戦士らはみんなゆりにぼんやりして頬を触られたり
キスされては骨抜きにさせられていたからだった。


馬で大きな街についたゆりは、大通りをスキップしていた。かなりご機嫌でるんるんだ。街の人たちは、
皆立ち止まりゆりを見ていた。ゆりの頭の上には金色の光が上っていたし、体の回りも金色のオーラが取り巻いて
いた。どう見ても普通ではない。ゆりは人々の中に、頭をスカーフで覆っている若い女性に目を留めて、
近づいて行った。その女性の頬には大きなあざのようなものがあった。
ゆりはその女性の頬をなでなでして離れて行った。
「？」
頬をなでられた女性はきょとんとしたが、その横にいた母親が、「あざがなくなってる！」と言ってぎょっとした。
「え？本当？」
娘が驚いて聞いた。
「本当だよ。なくなってるよ！」
人々がざわめいて娘の顔を見た。スカーフを取った娘の頬にはあざの欠片もない。

ゆりはさっさと通りを歩いていたが、やがてイシュタールと３人の戦士らが現れた。
「王妃！こんな所にいたんですか！？」
イシュタールは、ゆりの様子がちょっとおかしかったが、とりあえずいたのでほっとした。
「イ・・・イシュタール・・」
「え？」
ゆりはぐいっとイシュタールの腕を引いて、ちゅっと唇に口付けた。

「・・・・」
イシュタールは豪華な金色の髪の美女を幻のように見ながらばたりと倒れた。
「あー！イシュタール様！」
戦士らがぎょっとする。
ゆりはにこにこしながら戦士らを手で呼んでいた。
「・・・・」
男たちはふらふらと引き寄せられて、それぞれ頬にキスされてぱたりと倒れた。

ゆりはそのままぱっと姿を消した。


街の人々はざわめいたが、倒れた戦士らは別に死んではいなかった。皆頬を真っ赤に染めてぼうっとしている。

「あれは女神様に違いない！」
誰かが言った。
「金色に輝いていたからな。きっと女神様じゃ！」
「ありがたや」
「ありがたや」
街の人たちは皆手を合わせて拝んでいた。


そのころ、北の国境に来たフリットとジュノーは、建物の中で倒れている男達を見てぎょっとした。
その中にはミカエルもいる。
「一体何があったんだ？」
フリットが元気な戦士に聞いた。
「さあ、皆口々に王妃が王妃がというばかりで・・・」
「おい、ミカエル！何があったんだ！？」
フリットはミカエルをゆすっておこした。
「ああ・・・王妃・・・愛してる・・」
ミカエルはフリットを見てぼんやりした顔で言った。
「だめだこりゃ」
「ですが何か王妃に関係ありそうですねえ」
とジュノー。
「・・・なんかアルパの街が騒がしいようだ。将軍が行ったようだが・・・・」
フリットはヴィクターに思念を送ってみたが、思念は返ってこなかった。ヴィクターはゆりに出会ってすっかり
気絶させられていた。
「敵の様子はないんだがなあ・・・」
ジュノーがあっと言った。目の前にぱっとゆりが現れたからだった。
「王妃！一体・・・あれ？」
ゆりはにこにこしながらジュノーに近づいた。
「ジュノー・・」
「？？？」
ゆりの目は青くなっていて金色のオーラが出ていたのでジュノーは首をかしげた。
ゆりは背伸びをしてジュノーの肩に手をかけて、ちゅっとジュノーにキスした。
ジュノーはそのままがくんとひざを折って倒れたのでフリットは目を見開いた。
「えええええ！何がどうなって・・・」
ゆりはにっこりとフリットを見た。
「フリット・・・」
「え・・・」
ゆりはフリットの手を引っ張り、前のめりになった所にキスした。


フリットはなんともいえない幸せな気分に陥り、そのままばたりと倒れた。
その瞬間、「王妃が・・・ああ・・・」という中途半端な思念をラクシュミに送っていたために、
それを受けたラクシュミはわけがわからなかった。

「ああってなんだ。ああって！」
フリットからはそれっきり思念はこなかった。

「一体母さんに何があったのかな」
「うーん。無事だといいけど・・・」
「母様・・・」
子供らは一様に心配し、ザメハとフレイも同様だった。それぞれ別の者たちに思念を飛ばしている。
「王、北のアルパの町で、女神が来たとえらい騒ぎになってるようですが」
他の者と思念のやりとりをしていたフレイが言った。
「女神？」
「女神が触れた男たちがばたばた倒れてるようです。」
「死んだのか」
「いえいえ。ぼんやりしてるだけみたいですよ」
「女神？どの女神だ？」
「さあ、そこまでは・・・」
「そういえば、ヴィクターから思念がこなくなったな・・・」
ラクシュミがつぶやいた時、ミルキダスから、ヴィクターが倒れてぼんやりしているという思念が届いた。
ラクシュミはミルキダスに女神の事を調べろと思念を送った。


女神よりも王妃はどこに行ったんだろう。ミルキダスがそう思っていると、誰かに右手を握られて横を向いた。
見るとゆりがいた。
「王妃！どこにいたんですか！？」
ミルキダスが目を見開いた。
「ミ・・・ミルキダス・・・」
「え？」
ゆりはそのまま腕をひっぱってかがんだミルキダスの唇にちゅっとキスをした。

ー王妃が・・・・ここに・・・・


ミルキダスは半端な思念を送ったままぱたりといってしまった。ゆりの周りには人垣ができていた。
皆遠巻きにゆりを眺めている。ゆりはにっこり笑って歌を歌いだした。その言葉は、人々には意味不明だったが、
そのあまりに澄んだ歌声に、人々は涙を流し、中には号泣している者さえいた。
ゆりは歌が終わるとどこかに消えた。
「ああ、女神様！」
「女神様ー！」



「ミルキダスもだめになった・・・本当に女神が降りたのか？誰に降りたんだ？」
「王様・・・それは、母さんに降りたんじゃないんですか？」
ラギの指摘にラクシュミはえっとした顔をした
「ゆりに？」
「だって母さんは巫女なんでしょ？」
「そうだが・・・」
「皆の話を統合すると、どうもそのようですよ。王」
フレイが言った。
「どの女神が降りたのでしょうなあ。」
ザメハが両手の指を組んでわくわくした顔で言った。なにせ女神が降りるなんてめったにない事なのだ。
「わしは初めてですよ。女神様に会うなんて！」
「ヒルデリアならいいな」
とラクシュミが言った。ヒルデリアは出産の女神。一族の出産率が低いこの一族には願ってもない女神だ。
「わしが思うに、ダーナかガーベラじゃないかと思うんですが・・・男たちが触れられてばたばた倒れたというのは
あの二人のどっちかじゃないかと思うんですがねえ」
フレイがあごひげに触れながら言った。
「二人とも、ただ見つめただけで人間の男をとりこにしてしまうそうですから。」
「ダーナ・・・」
「ガーベラ・・・」
「すごーい。早く見たい！女神様みたいよー！父様！」
アナスターシャが興奮してラクシュミの腕をゆすった。
「どんな美女なんだろうねえ」
「楽しみだなあ」
ラギとシスの顔がほんわかしてきた。
「ダーナもガーベラも竪琴の名手だぞ。おい！竪琴もってこい！」
ラクシュミの目も輝いてきた。


そのころハザークの塔では
「王妃様見つかったのでしょうかねえ」
侍女がお茶を入れながらハザークに聞いていた。
「どこかにいるだろう。誰かが連れ去ったわけでもなし・・・」
ハザークは長椅子に座っていた。その時、ハザークの目の前にぱっとゆりが現れた。
「王妃・・・・？」
「あら？王妃様・・・？」
ゆりの姿が奇妙だったので、ハザークも侍女も首を少しかしげた。
「ハザーク・・・・」
ゆりはそう言ってハザークのひざの上に乗って座り、ハザークにちゅっとキスした。
「・・・・」

次の瞬間、ハザークの塔から「ドゴン！」という凄まじい音がして、近くにいた戦士らが驚いてやってきた。
塔の上の方からボタボタ石の塊が落ちてきて、崩れた部分から、巨大な金色の蛇の首がのぞいていた。
「ああ！ハザーク様！？」
「一体何があったんだ！？」


ー王！ハザーク様の塔が破壊されてます！

「え？ハザークの塔が破壊！？」
ラクシュミが驚いて立ち上がった。
ーあ・・・庭園に王妃が！
「ゆりが庭にいるらしいぞ！」
「エー？本当？」
アナスターシャは竪琴を持ったまま消えて、ラギはシスにくっつき、二人も消えた。
「私も行く！」
ラクシュミが思わず言うと、フレイとザメハがとめた。
「だめです！」
「いいじゃないか100年に一度くらい外出ても！」
「王妃をここに連れてきますから！」
「絶対にここにいてください！」
と言い残して、フレイもザメハも消えてしまった。
「ひどい・・・私も女神がみたい・・・」
ラクシュミは一人椅子に座っていた。


ゆりは庭園の中を歌を歌いながら歩いていた。アナスターシャやシス、ラギは、遠巻きにそれを見ていた。
時刻はすでに夕暮れ時だった。あたりは薄暗くなっている。
「綺麗な声ねえ」
「本当だ。母様の声じゃない」
「すごい・・・」
そこにヴィラもやってきた。
「王妃無事だったんですね。心配したんですよ。本当に」
「母様に女神が降りたんだよー」
シスがヴィラに説明した。
「そうなんですか？なんだか金色に輝いてますねえ」
「すごい綺麗な人が見えるよ。」
ラギが言った。
「おしりまで金色の髪があって、とにかくすっごいきれいだ・・・」
そこにフレイとザメハもやってきてゆりを眺めた。
「ダーナかガーベラか、どっちでしょうねえ」
「どっちでもいいですな・・・どちらも美女だし」
二人はぶつぶつ言っていた。その時ゆりがこちらを見て寄ってきた。
「あっ来る・・・」
近づいてきたゆりはじーっとヴィラを見て、「ヴィラ」と言った。
そして皆の前で顔を寄せてちゅっとキスした。
ヴィラはぼんやりした顔でそのまま下に崩れた。
「あらら」
とアナスターシャ。
「ねえ、ダーナ？」
ラギは聞いてみた。するとゆりはきょとんとした顔をしていた。
「ガーベラ？」
そう聞くと、ゆりはうなずいた。
「わあ、ガーベラだ。」
「ガーベラ様・・・・」
老人二人がため息交じりに言った。頬は赤くなっている。
ゆりはフレイとザメハの頬をなでなでした。すると二人はそのまま下に崩れた。
「すごーい。ねえ、ガーベラ様、竪琴弾いて」
アナスターシャは竪琴をゆりに渡した。
ゆりはそれを受け取り、ボノボン爪弾いた。そして草の上に腰を下ろして、竪琴を奏でたのだった。
その素晴らしき旋律に、子供たちは泣いた。
ゆりは竪琴にのせて歌も歌いだした。透明感あふれる歌声が当たりに響くと、どこからともなく鳥が飛んできて、
蛇たちもよってきた。城の中にいた女達も集まってきた。
アナスターシャは泣きながらヴィラやザメハたちをゆすった。これを聞き逃すと一生損だと思ったのだ。


その旋律はまさに、天上の音楽とでもいえるかのような美しさだった。


ラギも、アナスターシャも他のものたちも、ぼろぼろ涙を流している。歌の歌詞は、古い古代語であった。
意味がわからなくても、思いはなぜか通じた。

まるで胸がぎゅっと締め付けられるような、そんな気持ち。それは、愛情のようなものであり、切ない思いでもあった。

「はあ・・・・」

すべての者たちが同じように感動し、涙を流している。

心の奥底に眠っていた思いがあふれだす。

そこはもう城の庭園ではなく、草原であり、時には一面の花畑のようでもあり、神々の楽園だった。

神々の世界が目の前に浮かんできた。

美しい鳥たちが飛んでいく

川辺では、美しい女神たちが水浴をしている。

天駆ける馬車には、美しい男神アリアスが乗っている。

その情景が、ありありと浮かんでは消えていく。

女神ガーベラの歌声は、風にのり、結界の外の者たちの心にも届いていた。敵でさえ、思わずたたずみ、
耳をすませるほどに。音楽というものが、これほど人の心を打ち震えさせるとは。


―ううううう。すごいよう。父様・・・

―感動・・・・


アナスターシャとシスは泣きながらラクシュミに思念を送っていた。ラクシュミは無言だった。


ー父様泣きそうになってるよ。
ーかわいそうだね。母様を王の間に連れて行こうよ
ーそうね
アナスターシャはぱっとゆりに触れて移動した。
「みんな続きは王の間で」
シスが皆にいい、皆ぞろぞろ移動した。

ゆりは、場所が変わったのできょとんとした顔をした。

そしていすに座るラクシュミを見つめた。
「ゆり・・・」
ラクシュミはゆりの姿が光り輝いてるのを見た。
「ラ・・ラクシュミ・・・」
ゆりはそういった。
ゆりはにこりと微笑んですとんと下に座り、竪琴を奏でた。

それは、ラクシュミが今まで聞いたことがないほどの、見事な旋律だった。どんな楽師でさえこの女神には
太刀打ちできまい。そして、その曲にのる歌声のなんという透明感。

普段のゆりの声ではなかった。まるで違う、まさに女神の歌声に、ラクシュミはしばらく呆然と聞きほれていた。
王の間に集まってきた者たちは、誰一人として、声も発せずに、ただ、皆竪琴の曲と、歌に耳を忍ばせていた。

母親のぬくもり、愛、嫉妬。欲望。

そんな感情が入り混じる。

やがて、女神ガーベラは口を閉じて、竪琴を置いた。そして、一同がぼんやりしている間に、女神はすっとラクシュミ
の元に移動した。
「あ」
ラギが言った時には、女神はラクシュミの頬にキスをして姿を消した。

―ミ・ラヴィディス

ラクシュミは、そんな声を聞いたような気がした。

「王様！」
「父様大丈夫！？」
子供たちがぎょっとしてラクシュミに近寄った。ラクシュミは気絶せず、ただぼんやりしていた。

「あれ？母様どこ行ったんだろう」
アナスターシャがぽつりと言った。


ゆりは庭園にある神々の像のガーベラの下のところに倒れていた。


部屋に運ばれたゆりはその後すぐ目を覚ました。ゆりは事のあらましを聞いたものの、自分に女神が降りて竪琴を
奏でたなど、とても信用できない。
「まさかあ。そんなばかなあ」
「本当なんですよ。すっごい竪琴だったんですよ」
とミラが言った。
ゆりが食堂に行くと、子供らは３人共いたがみんなぼんやりていた。
「大丈夫？あなたたち」
「はあ・・・女神様・・・」
シスが言った。
「すごかったのよ。ほんと音楽で感動するってあれね」
とアナスターシャ。
「めちゃくちゃきれいだったよ。すっごい髪で、顔なんてめちゃくちゃきれいだったんだよー」
ラギも興奮していた。
「へー」
ゆり自身竪琴も聞いてないし女神も見てないので、へーとしか言えない。
「でも、どうして女神様が降りたのかな？」
アナスターシャが疑問に思って聞いた。
「女神降りるまで何してたの？母さん」
ラギが聞いた。
「えーと、ハザーク様の塔を出てから、庭園をぶらついて、神々の像の所歩いてた。そういえば、女の像がぴかって
光ったような気がする。その後記憶がないなあ」
「じゃあそれがガーベラ様の像だったのかなー」
とシス。
「母さんすごいや。女神様降ろしちゃうなんて、僕見直したな」
ラギが尊敬するように言った。
「え？そう？」
なんだかよくわからないが、ラギに尊敬されるって事は喜ばしい。

「でもすごかったなあ。僕ガーベラ様のファンになっちゃったよ」
シスが宙を見ながら言った。
「僕も」
とラギ。
「私もー」
とアナスターシャまで言い出した。

みんな宙を見ている。食事をするにも気がそぞろだ。スープを飲みながらも、だらだらたらしている。
こんな子供たちの姿は初めてだ。

「よっぽどすごかったのねえ。私も聞きたかったなあ」
ゆりもため息交じりに言った。

「所で王様はどうしてるの？」

横の侍女に聞く。

「もうずっと休憩されてます。今日は皆様お仕事どころではないのですわ」

侍女が言った。


ゆりがお風呂に入って寝室に行くと、ラクシュミはすでにいた。

「早いわね。王様」

ラクシュミは、うつぶせになったまま、ゆりに顔を向けた。

「大丈夫？王様」
「・・・はあ・・・」
ラクシュミは大きなため息をついた。
「女神様いなくなって残念？」
ゆりが聞く。
「ああ・・・だが・・あんな女がいたのでは、私は仕事なんぞできない。」
「そんなに魅力的だったの」
「ああ・・・こい」
ラクシュミはゆりの腕を引っ張ってベッドに乗せて、上に乗った。そして、服を脱がせて肌に触れた。
「・・・ああ・・・」
ラクシュミが切なげに言う。ラクシュミはゆりの体をまさぐりながら、交わった。
そして、しばらく口付けた。
「ハザークが塔を破壊したらしいぞ」
「え？」
「女神にキスされて本体に戻ってしまったらしい。本当はかなり大きな蛇だからな。」
「ひょえー・・・どんだけでかいの」
「・・・」
「あの・・王様・・・ずっとのってると重いんだけど・・・」
「うーん・・・離れたくない」
「えー・・・？」
こんなラクシュミを見るのは初めてである。

ラクシュミはしばらくゆりの胸の上に顔を乗せていた。
「しかし、あの竪琴を聞いてしまったら、もう二度と他のを聞いていいとは思えないだろうな・・・」
ラクシュミはぽつりとつぶやいた。
「そんなによかったの？」
「ああ」
「侍女よりも？」
「比べ物にならん」
「セレーンよりも？」
「違う。全然違う」
「聞きたかったなあ」
とゆり。
「はあ・・・今日は眠れそうにない・・・」
ラクシュミは、ため息交じりに言った。

―ミ・ラヴィディス

古代語では、私の愛しい人という意味である。ゆりが想っていたからそういったのか、よくわからないが、
その言葉が長くラクシュミの心にとどまっていた。


金色の豪華な巻き毛。青い澄んだ瞳。整った美貌。愛欲の女神というからさぞかし妖艶な女かと思ったが、
そうでもなく、欲望を感じるのがはばかれるような神々しい女神だった。


胸が痛い・・・

ただ、一目見ただけで、こんな気持ちにさせられるとは。

降りたのがゆりでよかった。他の女だったらと思うと恐ろしい・・・



ラクシュミは、朝までゆりの体を抱きしめて離さず、ゆりは苦笑して、ラクシュミの体をなでていた。
相手が女神様じゃ嫉妬するのもばからしい。



女神はすっかりいなくなってしまったが、その後も女神フィーバーは続いた。ゆりが現れたアルパの街では
ガーベラの像を作る計画まで持ち上がったし、女神が見れなかったほかの街の連中はとても悔しがった。

城の中で出会う男たちは、皆ゆりを見て頬を染めている。侍女らもぼんやりしていたし、子供らもまだ
ぼんやりしていた。ラクシュミもどこか上の空だ。

「みんなこんなぼんやりしていていいわけ？なんだか切羽詰ってたんじゃなかったの？」
ゆりはちょっと不安になった。
こんな時に敵に攻められたらまずいんじゃないだろうか。ゆりでさえそう思っていたが、
梅雨に入りかかった12の月の上旬ごろ、思わぬ朗報が飛び込んできた。

龍の国が戦を延期したとの知らせが舞い込んできたのだった。
横槍を入れたのは、聖地からの使者だった。蛇の国に女神ガーベラが降臨された以上は、最低10年は
蛇の国を攻めるのを控えてもらいたいというものだった。聖地のガーベラの宮殿が輝いてから、聖地の者は、
どこにガーベラが降りたのか情報を集めていたのだ。そして蛇の国だと知ったのだった。

龍王はそれを受け入れた。内心は嫌だったろうが、受け入れざるを得なかったのにはわけがある。
龍の国では軍神ハロルドを奉っており毎年軍神に捧げる祭りがあるほどで、戦いの前には軍神ハロルドに
祈りも捧げることになっていた。
女神ガーベラには多くの恋人がいたが、その一人が軍神ハロルドだった。
まさかハロルドが恋人が降りた国に攻めることを快く思うわけもない。ハロルドの怒りをかうことを恐れた
龍王は、戦の延期を了承したのだった。


それを知ったラクシュミはおおいに喜び、ゆりを抱きしめて、「お前はなんていい王妃なんだ。お前ほど素晴らしい
王妃は世界中どこを探してもいないぞ」とべたぼめしてゆりをぎょっとさせたのだった。


すすむ