第１６話
梅雨が終わり、13の月に入った５日の朝、真っ白な４頭の馬に引かれた白い馬車が蛇の国の表門をくぐって行った。
中から降りてきたのは、白いローブに身を包んだ４人の男女であったが、いずれも結構年配だった。４人はそのまま
王の間に入って行った。その者たちは聖地からの使者だった。ガーベラが降臨したゆりに会いにわざわざ遠い所から
馬車でやってきたのだ。すでに手紙でその旨を受け取っていたため、ゆりもその日はかなり気合を入れて化粧をして
もらったりきれいなドレスを着せてもらったりしたのだが、やはり４人はゆりを見て少し拍子抜けしたような
顔をしたのだった。女神がどんな美女に降りたのか楽しみにしていたのだろうに、と内心ゆりもこんな私に
降りちゃって悪いわねという申し訳ない気持ちになっている。
白髪頭の男が前に出てラクシュミに一通りの挨拶をした。ラクシュミも挨拶をして、遠い所をご苦労様というようなねぎらいの言葉をかけて、ゆりを紹介した。
「ガーベラ様が降臨されたのは本当に久しぶりの事ですので、我々としても大変うれしい事です」男はゆりを見て言った。拍子抜けした４人だったが、すぐにゆりを見てにこやかな表情を浮かべていた。
「あのう・・・疑わないんですか？私に本当に女神様が降りたのか」
ゆりが疑問に思って聞いた。４人はきょとんとした顔をした。
「疑いませんよ。我々には、神が降りた方はわかりますので」
「そうなんですか？」
「はい、王妃様の頭上に金色の輝きがわずかに残っておられますので、わかります」
「え？そうなんですか？」
ゆりは思わず上を向いた。だが何も見えなかった。
「実は聖地ではガーベラ様の宮殿にクーリーフン様がお出ましになられまして、興奮した女性たちがもうばたばた倒れてしまいまして、かなりの大騒ぎになったんですよ」
男はにこやかに笑いながら言った。
「クーリーフン？」
「クーリーフン様はガーベラ様と虹の神ラーズ様との間にできた御子様ですよ。背中に翼が生えた絶世の美男子
でして、愛の神です。一目見るだけで、女性はみな心を奪われてしまいます。ガーベラ様が降りられると、
かなりの確率でクーリーフン様も現れるのですよ」
「へーそうなんですか・・・」
絶世の美女という言葉はよく聞くが、絶世の美男子とはどれほど美男なのだろう。ゆりは興味津々だった。
「ところで、なんで私に女神様が降りたんでしょうか？」ゆりは聞いてみた。
「外見は、女神様とは似ても似つかないのに」
「それは王妃様の魂がガーベラ様に似ていたからだと思われます」
「魂？」
「たとえば、王妃様は、かなり異性の人気がある方なのではないですか？恋人が数人いらっしゃると
街の人たちに聞きましたが」
ゆりはぎくりとした。
「ですが、皆争うわけでもなく、仲良くなさってる。街の人たちも、そういう王妃様を一切軽蔑することはなく
むしろ尊敬して愛している。これぞ女神の性質というものですよ。一般的に言って、夫のほかに恋人が大勢いる
という女性は、あまり尊敬されませんからね」
「そりゃそうですね・・・」
ゆりは冷や汗をかいていた。
「普通は、複数の異性と愛し合えるということもありません。そこには必ず争いが起こるものですから。王妃様には
この女性は独り占めできないと思わせる何かがあるのではないでしょうか。そういうところがガーベラ様と似て
いらっしゃる所だと思われます。誇りに思われてください」
「はあ・・・・」
なにやら複雑な気分だった。
ゆりは使者たちから、腰くらいの高さの大理石でできた素敵なガーベラ像や、ガーベラの腰帯やら、化粧水やら花の苗木やら本をもらった。どれも聖地で売られている物のようだ。聖地には大きな芸術工房のようなものがあり、
様々な神グッズが作られているらしい。巡礼者たちが土産物として買っていくものから、王族が注文して
作る高級品などもあるらしい。
ガーベラ像は裸で髪に手をあてている仕草をしているものだが、かなり精巧に作られた美しい物だったので皆が見える食堂に飾ることにした。
「素敵ねー」
「きれいだねー」
「いいねー」
食堂に集まった子供たちは喜んだ。
「しかし・・・見事なスタイルだねえ・・・」
ゆりが感心して言った。
豊満な胸、くびれた腰、悩ましいおしり。長い足・・・・どれも素晴らしい。
「だって女神様だもんね」
シスが言った。
ゆりは手に持っていた腰帯をアナスターシャに渡した。
「これあなたにあげる」
「ええーいいのー？」
腰帯は、よく見るとかなり細かい刺繍がされているもので、鳥と花の刺繍がされていた。縁には金糸の模様があり
結構豪華そうなものだ。
「私よりあなたが大人になってした方が似合うから、大事にとっておきなさい」
「わーいわーい」
アナスターシャは自分の腰にぐるりと巻いた。
「どう？どう？」
腰に手をあててポーズを取っている。
「でかすぎだねー」
「似合うよー」
シスは手をたたいて喜んであげた。
「他には花の苗木もらったから植えてもらおうねー」
「うん」
「じゃあ食事にしてもらおうか。緊張しておなかすいちゃった」
ゆりは聖地からの使者がくるというので昨日から緊張して朝もたいして食べられなかった。
「そーだ。ハザーク様が元気になってたよ」ラギが言った。
「そうなの。後で見に行こうかな」
ハザークは塔を破壊してしまったので、塔が元に戻るまでは城の中の一室にいた。壁に体をぶつけた衝撃で
頭の後ろや背中が痛くなり、しばらくベッドの上で寝ていたようだ。
しかしあのハザーク様が頭にたんこぶなんてね・・・ぷぷっ
想像しただけで笑いがこみ上げてくるゆりだった。
午後、ハザークがいる城の二階の客間に行くと、部屋の中には数匹の蛇と、二人の侍女がいた。「あら、王妃様こんにちは」
「こんにちは。ハザーク様どうですか？」
「寝室いにらっしゃいますよ」
ゆりは部屋の奥にある寝室に行った。でかいベッドにハザークは寝ていた。布団はかけていない。
「たんこぶ治りました？」
ゆりは笑いながら近づいた。
「だいぶ治った」
「そうですか。よかったですね」
ゆりはベッドの横にあった丸イスに腰を下ろした。
ハザークはじっとゆりを見つめて、こっちに来いと言った。
「こっちってそこベッドじゃないですか。何言ってるんですか」
「いいじゃないか」
「よかないです」
ハザークはすねたようにゆりを見ていた。
「・・・・」
女神フィーバーはまだ収まってない。儀式の男達も、皆妙に熱っぽい視線を送ってくる。
女神の時、恋人たちとハザークには唇にキスして回ったとゆりは後で聞かされてぎょっとした。
それはゆりの心にいた男たちだから女神がサービスでそうしたのか謎だが、ラクシュミだけは頬にされた
だけだったのでえらく悔しがっていた。気絶してもいいから唇にされたかったようだ。
実際ラクシュミが気絶したら結界も消えてしまうので、そこは女神が気を遣ったのだろうか。
「あれから皆に竪琴聴かせてくれって言われて困ってるんですよねー」ゆりはため息交じりに言った。
「それはやめた方がいいな。聴いてがっかりするからな」
ハザークがあっさり言った。
「女神の竪琴聞きたかったなあ・・・」
「我も聞きたかった。侍女らは聞いたらしいぞ。すごかったって言ってたぞ」
「そうなんだ・・・」
ゆりはもしかして女神が入った効果で竪琴うまくなってるかも、と思って弾いてみたが、竪琴の腕は一向に
変わってなかった。
「女神様も才能のかけらくらい置いていってくれてもいいのになあ・・・」
「まあ・・・いいんじゃないのか？お前は下手なくらいで、それよりも王妃、こっちに来い」
「それはだめですって」
「我がこんなに頼んでるのに・・・・」
ハザークは横目でじっと見ている。
ゆりの顔が引きつった。
なんだかハザークがえらいすねた顔をしていた。いつの間にこんな顔をマスターしたんだろう。
王様も変だけどハザーク様も変だ。
「私はもう女神じゃないんですよ」「わかってる。お前でいいから抱きたい」
「お前でいいからって・・・私そんな気ないんですから・・・ただでさえ昨日も王様に迫られたし、っていうか
毎日迫られてるんですからハザーク様まで勘弁してください」
「・・・・」
ハザークは目を真ん丸くした。
「毎日？」
「そうですよ。女神が降りてからずっと」
あれから月に関係なくラクシュミとのラブラブデーが続いていた。最初の５日ほどは喜んでいたが、それが10日になると、さすがにあれ？と思い出し、15日になるともう勘弁してくれ状態だった。さすがにまずいと
思ったのは、ラギが王様の気が薄くなってると言ったからだった。終わったあともラクシュミはゆりを抱きしめて
ずっと寝ていたので、知らない内に、ゆりは随分気を吸い取ってしまったらしい。最近では夜逃げまくる始末だ。
結婚して１８年目にして、まさかラクシュミに抱かないでという羽目になるとは、思ってもいなかったゆりだった。
「それはお前の体の中が変わったからじゃないのか？」「一緒ですよ」
「どうでもいいから抱きたい」
「どうでもって・・・だめですよ」
「冷たい女だ。そういう事を言うなら、我は自分の権利を行使するからな」「権利を行使って？」
「次の儀式からは、その前にお前を抱くぞ。元々そういう儀式だし」
「え・・・そんなんやだ！」
「絶対そうする」
「・・・」
ゆりの頬が引きつった。
「やならこっちこい、な」
ハザークに流し目を送られて、ゆりはしぶしぶベッドに上がった。
するとハザークはえらく喜んでゆりを抱きしめた。
ハザーク様・・・こんな性格だったかな？なんだかえらく性格変わってない？
「心なしか前よりお前の顔が可愛く見える」
「そうですか・・・」
「好きだ」
「はあ・・・」
「なんでため息つくんだ」
「いえ、別に・・・触るだけで勘弁してほしんですけど」
「だめだ」
ゆりはしっかりハザークに抱かれてしまった。
アー参ったなあ・・・更にだるい・・・
その後お風呂に飛ばしてもらい、お風呂から出てきたゆりはため息をつきつつ歩いていた。あれだけ好かれてしまうと、どうも断りきれない。
ああいうハザーク様ってなんかかわいいけど・・
ラクシュミが「私とハザークは似たようなものだ」と言ったせいか、どうもハザークと引っ付くことに罪悪感が芽生えなくなっていた。
自分の部屋の廊下まで行った時、向こう側からミカエルが歩いてくるのが見えてぎょっと後ずさり、ゆりは曲がり角に戻った。
「王妃。何してるんですか？」ミカエルが飛んできてゆりの横に来た。
「え・・・別に・・・」
ちぇ、見えてたのか・・・
ゆりは心の中で舌打ちした。「お風呂入ったんですか？」
「え？うん。」
「いいにおいですね。」
ミカエルも意味ありげにゆりをじっと見ていた。
「ミカエル何してるの？」
「もちろん愛しい王妃に会いにきたんですよ」
「・・・いや、もうどの男とも当分会いたくない」
「何言ってるんです。王妃ってば」
ミカエルはそのままゆりに触れて別室に移動した。
「ミカエル、本当に私そんな気ないんだって」「じゃあ口付けだけ、ね」
「うー」
ミカエルはゆりに熱烈に口付け、唇を離した時にはゆりの左目は変わっていた。
「こっちならいいですね」
ミカエルはにこやかに言ってゆりの腕をひっぱった。
「えーよかないよ！私もいや！」
ゆりがあわてて手を離した。
「どうしてそんな冷たいんです？」
「冷たくないよ。もう、私だって疲れてるし」
「じゃあ服脱がないでいいですから。ねえ」
「ううー・・・」
ミカエルはベッドの上でしばらくゆりを抱きしめていた。
全く・・・最近じゃ逃げる事覚えちゃって・・・・私がいるの本当は気づいてるんじゃないのかな。
あんまりラクシュミとの夜が毎晩激しいので黒目のゆりは疲れたらさっさと逃げて、こっちのゆりが否応なしに出ていた。といっても、体は一緒なので向こうがだるければこちらもだるい。こっちのゆりとてラクシュミに
抱かれるのは大好きなのだが、毎晩となるとさすがに疲れていた。その上儀式の男たちも、引っ付きたいという
視線を向けてくる。今まではラクシュミが時々しか相手してくれなかったから他の男たちともひっついてたが
こうなってくると、だれとも引っ付きたくなくなる。だが、冷たくすると男達がすねてしまうので、どちらの
ゆりも冷たくしきれなかった。
ミカエルは何気にゆりのスカートの中に手を入れようとするのでゆりがその都度手を外に出していた。
「ねえ、王妃、一番最初に私の所に来てくれたってのは、男たちの中では一番私を想ってるからですよね？」ミカエルがゆりの髪をなでながら聞いてきた。
「ううん。気のせい」
ゆりはあっさり言った。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃないですか」
「別に恥ずかしがってないよ」
「ひどいな・・・」
ミカエルがすねた顔をした。
「そういうこと言うと、強引に抱いちゃいますからね」
ミカエルがすねた目で言ってくる。
「わかったわかった。ミカエルが一番」
「ですよね」
ミカエルは機嫌を直してゆりを抱きしめていた。
全く・・・みんな女神熱にかかっちゃって・・・
男達の目にはまだぼんやりと絶世の美女の姿でも映っているようだ。
その夜、ゆりはラギのベッドで一緒に寝ていた。すると夜中からだを揺り動かされて、目を開けると、銀色の長い髪がうっすら光って見えた。
ゆりは思わず「げっ」と言った。
「げとはなんだ。」
「いえ・・・別に・・・」
ゆりの左目は黄色と黒になっていた。黒目のゆりは深く寝てしまっている。
「なんでここにいるんだ」
「なんでって、ラギが一緒に寝ようって言ったから・・・」
「僕そんなこと言ってない」
目が開けたラギがすかさず言った。
「ア、裏切り者！」
とゆり。
「こっちに来い！」
ラクシュミはゆりの腕に触れて強引に自分の寝室に移動した。
「毎晩言ってるだろう。ちゃんとここで待ってろ！」
「王様もたまには早く寝たら？疲れてるんだから」
ゆりがむっとした顔で言う。
「お前らを抱かないと眠れない」
「なんでよ」
「さあ、なんでかそうなんだ」
ラクシュミはゆりの腕をひっぱった。
「もーやりすぎはよくないよ。ほどほどにしないと」
「今までは散々抱いてほしそうにしてたくせになんなんだ」
「それは王様が10日にいっぺんくらいしかしなかったせいじゃない。」
「じゃあ毎日抱かれてうれしいだろ？」
「うれしくないよ！」
「こんなにお前達を愛してるのになんでうれしくないんだ！」
しまいにはラクシュミに睨まれる始末だった。
「いや・・・愛されるのはうれしいけど・・・・」
「そうだろ？なら早く脱げ」
ラクシュミは言いながらもゆりの服を脱がしにかかっている。
「もー一度だけだよー」
「わかったわかった。じゃあ続きは明日の朝な」
「えー朝はないよ。今一度だけで終わり！」
「お前、わがままだぞ」
「わがままはそっちよ！」
「お前、私のことを愛してるのか愛してないのかどっちだ」
「そりゃ愛してるよ。」
「なら言うことを聞け！」
「もー・・・・」
ラクシュミはゆりの下着も剥ぎ取り、上に乗った。そして交わりの月にしかしないような熱烈な口付けを
したのだった。ラクシュミのゆりに対する愛情度はかなり増しているようだ。それはゆりにも分かり、
うれしいのだが、何事にも限度というものがある。結局その夜も何度も抱かれてしまった。
降りたのが愛欲の女神だから愛と性欲があがっているのかそれは謎だが、こういうやりとりは13の月の末ほどまで続き、どちらのゆりもかなり疲れてげっそりしていた。年が明けるとラクシュミは落ち着いたが、
その代わり、待ってましたとばかりに恋人たちの攻撃が始まり、ゆりはたじたじになっていた。
もー女神様なんて二度とごめんよ！！
そう思ったゆりだったが、ラクシュミが落ち着いたら落ち着いたで、「王様に迫られまくるのも面白かったなあ」と思う、二人のゆりだった。
つづく