その年の交わりの月は、夜ラクシュミは変化しなかった。抱くのも数回で、そう激しくもせずに、ゆりの体をいたわるように気を遣っているかのようだった。ゆりのおなかはちょっと下腹がぽてっと出ていたし、ラクシュミも、腹の子供のことを考えると、
そう盛り上がる気持ちにもなれなかった。
「王様が避妊してくれないからだよ。くすん・・・」蛇の目のゆりにはそうまで言われ、ラクシュミとしても、なんとも答えようもなかった。今まではできなかったからできないと
思っていた、というのも言い訳にはならない。
「すまないことをしたと思ってるんだ。お前にではなく、子供に」
「ちゃんと王様の子供として育ててね。じゃないと暴れるから」
「わかってる」
「交わりの月終わっても覚えててね」
「ああ」
今回のゆりの妊娠については、街の者たちは知らされていないし、一族の中でも、上の方の者しか知らない。厳重に秘密にしているわけでもないので、知れたら知れたでいい、くらいのものだ。
幸い、一族の者たちは、ゆりにかなりの好意を抱いているので、たとえ子供に力がなくても、王族として育てるのに異論はない
ようだった。「王子なら内政面で活躍していただければよいではないですか」と内政責任者のジェダンなども言うほどだ。
この子供が一人目の子供というのなら、周りも何かと言ったかもしれないが、ゆりはすでに力がある子供を二人産んでいたのでさほどの動揺もないようだった。
この子供がどのような人生を歩むのか・・・
それは親であるラクシュミ自身にもまだわからなかった。
第２話
交わりの月が終わってしばらくして、ミルキダスがゆりの部屋を訪れた。「これどうぞ」
「ありがとう」
ミルキダスは黄色の花の花束をもってきてくれた。
「いいにおいね」
小ぶりでかわいらしい花だった。ミルキダスはちらりとゆりのおなかを見た。
「目立つ？ちょっと大きくなったから」
「いえ・・・すいません・・・」
ミルキダスは頭をかいた。
「あの・・・・気いりませんか？」
「じゃあもらおうかな」
別に子供は気が欲しがってるわけではなかったが、ゆりとしては、気をもらっていたら、子供にもいいことがあるかもという
思いもちょっとはあった。
侍女は花束を受け取って部屋を出て行き、ゆりはミルキダスと一緒に長椅子で座った。
儀式の男達は、皆ゆりの妊娠のことは知っているし、たまにいろんな男が部屋を訪ねてくるが、さすがに今回は儀式の「ぎ」の字も誰もださない。
ゆりが引っ付くと、相変わらずミルキダスは頬を赤くしていた。こういうところは全然変わらない。
「子供たち元気？」
「ええ、元気に走ってますよ」
「見たいなー」
ミルキダスには女の子が二人いる。双子のようにそっくりの女の子だ。イシュタールにはまだ子供はいないが、他の皆の子供は
４歳くらい。アナスターシャとそんなには変わらない。
「子供は城にあまり連れてこれませんので・・・」
「みんな子供できてもあんまり変わらないね。」
「はあ・・・王妃も変わらないですよ。」
「そうかな」
「いつまでもかわいいです」
ミルキダスは目をそらせて恥ずかしげに言った。
「ミルキダスも可愛い」
しばらくひっついていたら、ゆりの左目がぱっと蛇の目に変わった。
「大丈夫ですか？王妃」
ミルキダスがそう聞くと、ゆりはうなずいた。
「王妃・・・あなたの子供は、私の子供のようなものですから」
ミルキダスがそういうと、ゆりは微笑んだ。
「ありがとう」
ゆりは顔を寄せて、ミルキダスに口付けた。
つい盛り上がり、二人でそのまま熱い口付けを交わしていたら、部屋の中にぱっとアナスターシャが現れて、
ミルキダスはあわててゆりからはなれた。
「だめでしょー、ちゃんとノックして入らないと」ゆりはあまり動じもせずに言った。
「へへへ、ごめんなさい。赤ちゃんに会いにきたのー」
アナスターシャはゆりに抱きついておなかに耳を寄せた。ゆりがラクシュミ以外の男と引っ付いているのを見ても、どうとも
思っていないようだ。
ゆりはアナスターシャの頭をなでた。銀色の髪はまっすぐのストレートでさらさらしている。
「赤ちゃん何か言ってる？」ゆりが聞くと、アナスターシャは首を横に振った。
「何も言ってないよ」
「そう」
アナスターシャはしばらくそうしていたが、やがてゆりから離れた。
「じゃあいこうっと。ちゅーの続きしていいよー」
アナスターシャはそういって消えた。
「・・・」
ミルキダスはゆりから離れた姿勢のまま、固まっていた。
ゆりのおなかは、月日と共にどんどん膨らんで行った。食欲も増して、食事とは別にかなりのおやつも食べている。
アナスターシャは、毎日ふいにやってきては、ゆりのおなかにべたっとくっついていた。
「何か言ってる？」そうゆりが聞くと、「何も言ってないよ」と言った。
やはり、シスのようにはいかないらしい。
「ねえ、アナスターシャ、この子、瞬間移動とかできなくても、可愛がってあげてくれる？」ゆりがそう聞くと、アナスターシャは「うん」とうなずいた。
ああよかった。いい子に育って。
「あーシスが呼んでる。母様も一緒にいこう」「うん」
アナスターシャはゆりを連れて瞬間移動して、シスの部屋で、シスとおなかの子供に絵本を読んで聞かせた。
アナスターシャはお話が終わった後、しばらくじーとしていた。
「？」アナスターシャの視線はゆりのおなかに注がれている。
「どうしたの？」
「練習してるの」
「練習？」
「うん」
ゆりは何の？と聞こうとしたが、アナスターシャがやけに真剣な目でゆりのおなかを見ていたので、黙っていた。
しばらくして、アナスターシャはぱっと立ち上がった。「シスと散歩しようっと」
「大丈夫？おとさないでね」
「うん。大丈夫よ」
アナスターシャは小さな体で赤ん坊をダッコして、ぱっと消えた。
アナスターシャは庭のあちこちを移動して、王の間の前までやってきた。「これは姫君。いらっしゃいませ」
番兵たちがにこやかに挨拶した。
「中に入ってもいい？」
「いいですよ。今はフリット様だけですから」
アナスターシャは瞬間移動で中に入った。
「おや、アナスターシャ様、シス様も」
フリットは、小さいアナスターシャとダッコしている赤ん坊を見て微笑んだ。
フリットはシスを受け取り、腕に抱いた。シスはきらきら光る目でフリットを見た。
「トー」
「本当のトーはあちらにおりますよ」
フリットはシスにラクシュミが見えるように体の位置を変えた。
「トーいっぱい」
「まだ一杯なんですね」
フリットは苦笑した。
「ねー父様、おなかの中の赤ちゃん、名前つけないの？」
アナスターシャがラクシュミのひざにぱっと乗り、聞いた。
「男か女かわかったのか？」
「わかんない。」
「どっちかわからないと、決めようがないだろう」
「うーん・・・」
アナスターシャは首をかしげていた。
「あーあぶー」シスはフリットに揺らされて、機嫌がよさそうにしていた。時々言葉を話すが、まださほどはしゃべらない。
「じゃあ、両方の名前考えるのじゃだめ？」「別に産まれてからでいいだろう」
「でもー・・・」
「二つの名前で呼んだら赤ん坊が混乱するだろう」
「そうかなあ・・・」
アナスターシャはぴょんとひざから飛び降りた。
「じゃあもう行こうっと」
「シス様は私が連れて行きますよ。」
フリットが言い、アナスターシャはフリットと共に移動した。
名前か・・・・
男か女、果たしてどちらで産まれるだろうか・・・
ぼんやりしていたら、フレイが入ってきた。「王妃様を診てきましたが、順調のようですよ」
「そうか」
「・・・・何か悩まれているのですか？」
ラクシュミがぼんやりしていたので、フレイが聞いた。
「アナスターシャが赤ん坊の名前を考えろというので、少し考えていただけだ。」
「お名前ですか」
「まだ男か女かわからないがな・・・」
「男のお子様でしたら、ラギという名前はいかがですか？」
「ラギ？」
「古代語で、知性という意味ですから」
「ラギか・・・・」
その年が終わるころには、ゆりのおなかはかなり大きくなり、ゆりは歩くのもしんどいほどになっていた。儀式らしきものもまるっきり起こらなかった。
「もしかしたらお産まれになるのがかなり早いかもしれませんね」フレイがそういった。
「ああ・・・もーどうしよう。こんな太っちゃって」
ゆりは自分でもわかるほど、体重が増加していた。
元に戻らなかったらどうしよう・・・・
顔は丸くなってたし、手足もぽちゃっとしてきた。でも食欲もまだ減らない。
上の二人の時は、いくら食べても平気だったのに、今回は全体的にだんだんと太っていた。おなかだけではなく、体中が。ゆりとしてはかなり悲しい。
「はー・・・ううう」
「大丈夫ですよ。赤ちゃんが生まれたら、元に戻りますから」
ミラは優しくゆりを慰める日々だ。
部屋の扉がノックされて、ミラが出るとミカエルがいた。「あのーミカエル様、しつこく言ってますけど、王妃様は今は・・・・」
ミラは扉を閉めて、廊下でミカエルに話をした。
「どうしてずっとだめなんだ？９の月から全然王妃は会ってくださらないじゃないか」
「・・・そうでしたか？でも、ずっとご気分が優れませんので」
とミラは説明した。
ゆりはしばらくミカエルどころか他の男とも会っていない。ここに来るのはゆりの侍女とユリウスやジュメ、アナスターシャ
くらいだった。幸い子供は誰の気もほしがってないので、ゆりはしばらくユリウス以外から気ももらってない。
ラクシュミだけは会わないわけにもいかないからあっているが、ゆりは今はラクシュミにも会いたくなかった。
かなり太りだしたのが９の月くらいからだった。それまでは、ちょっと太ったかな？程度だったのに、今では見るからに丸く
なっている。
「ミカエル様だけではないんですよ。他の方ともお会いになってませんから」
「なんでだ。王妃に会いたい」
ミカエルはミラをじーと見つめて言った。
「そんな目で訴えてもだめです！」
ミラは強く言って追い返した。
ミラが部屋に戻ると、ゆりはため息をついていた。
「全くもうミカエルったらしつっこいんだから。他の人は来ないのに」「ですが、これも王妃様を愛すればゆえですからねー」
ミラはミカエルからもらったお菓子をゆりに渡した。
うーミカエルめ、こんな嫌がらせを・・・
と思いつつも、ゆりはお菓子の箱を開けていた。「いつになったら食欲減るんだろう」
「少し、散歩なされたらどうですか？」
「・・・・ううう・・絶対誰も来ない場所ないかな」
「・・・はあ・・・」
ここまで太ってしまっては、庭園で誰かにばったり会うのもいやだった。王の侍女とばったりってなことにでもなったら最悪だ。絶対影で笑われるに決まっている。
体操でもするしかないかな。ちぇ
このことを虎の国のアヤコに手紙で送ったら、結構うけた。アヤコはまだ二人目の兆候はないようだ。
この前虫が大量発生して、蚊取り線香が良くきいたと書いてあった。そんなのこの世界にあったの？と聞くと、前に未来の息子が虎の国に行った時にどうやら渡したようだ。蚊取り線香の切れ端が手紙と一緒に入っていた。
それはちゃんと緑色で、匂いをかぐと、蚊取り線香の懐かしい匂いがした。
もしかして・・・未来で誰かが開発したのかも。
ゆりはそう思い、何十年かの未来まで、大事にとっておくことにした。
一方、ミカエルは王の休憩室で、ラクシュミにゆりが会いたがらない理由を問いただしていた。だが、ラクシュミは何度聞かれても、それについては答えてない。
「もしかして・・・病気でずっと寝込んでいるのではないでしょうね」
あまりにひどい状態で会いたくないのでは？とミカエルは思ったのだった。ちなみに、ミカエルはユリウスやジュメ、フレイにも
聞いていたが、ユリウスは話すら聞かないし、他の二人は別に元気ですよ、と言っていた。ゆりの侍女たちも話さない。
「そんなことはない。元気すぎるほど元気だぞ」とラクシュミは言った。
「じゃあなんであってくれないんです？」
「別にいいじゃないか、お前にだけ会わないわけじゃないんだろ」
「あやしい・・・本当は、私にだけあってないんじゃないですよね」
ミカエルはそこまで疑っていた。
「お子様のことがショックで寝込んでいるのでは？」
「そんなことはない。」
「・・・側にいてあげたいのに・・・」
「ゆりが会いたくないといってるんだろ？一番の恋人なら、ゆりの要望くらい聞いてやれ」
ラクシュミがそういうと、ミカエルは渋い顔でラクシュミをにらんでいた。
ラクシュミでさえ、ゆりが嫌がるので２．３日に一度ゆりの顔を見る程度だった。しかも夜中に。夜中でもラクシュミは夜目がきくのでゆりの姿は見えている。
ラクシュミとしては、ゆりの今の姿を別にブサイクだ、とも思っていない。子供を妊娠しているからそうなっているので、
寝室で一緒に寝たって別にかまわないくらいだ。ただ、ゆりが嫌がるからそうしないだけだ。
ゆりの姿を嫌ってはいなかったが、ただ、何かの丸っこい動物のようだ、とは思っていた。
もし、浴室に落ちてきたのがあの姿だったなら、王妃にしたのかどうかはかなり微妙だ。
誰に聞いても王妃の情報が得られないので、ミカエルは仕方なく、最後の手段に出ることにした。数日後、アナスターシャの部屋を訪れたのだ。アナスターシャは部屋で一人の女性と向かい合って二人で浮いていた。
力を持続させる練習をしていたのだ。
それが終わり、ミカエルはアナスターシャにでかいお菓子の箱を渡した。「どうぞ」
「わーありがとー」
アナスターシャは早速お菓子を開けて食べていた。中には、いろんな色の紙で包まれた飴が山のように入っていた。
ミカエルは目配せして、部屋にいた侍女らを外に出した。
「姫は毎日母君には会われてますよね？」「うん。会ってるよ」
「最近お元気ですか？」
「元気だよ」
「どこか、変わられた様子は」
「別にー」
「本当ですか？前の王妃と、今の王妃、どこか違ってません？」
「丸くなったよ」
「丸く？」
「うん」
「・・・・」
ミカエルは首をひねった。
妊娠のせいでおなかは丸くなっているだろうけれど、そんなにひどくでかくなっているのだろうか。
「姫、お願いがあるんですが・・・」「ん？」
ゆりは、部屋にきたアナスターシャに連れられてシスの部屋に行き、そこにいた男の顔を見てぎょっとした。「げっミカエル！」
ミカエルは、丸っこいゆりを見て、唖然としていた。
「まさか・・・・アナスターシャをだしに使ったわね！？」
ゆりは怒ってそういった。
「母様怒ってるの？」
アナスターシャがゆりを見て聞いた。
「え？お、怒ってないよ」
ゆりがぎくっとして言った。この姿を男に見られたくない女心など、幼いアナスターシャにはまだ理解できない。
「そうなの？遊んでこようね。シス」
アナスターシャはシスをダッコして消えた。
「・・・・」
ミカエルがあまりに唖然とした顔をしていたので、ゆりは口を尖らせた。
「何よ！気がすんだでしょ！ひどいよもう！」
なんだか泣きたくなってきた。
「王妃・・・・かわいいですね」「は？」
「なんだか、丸っこい動物みたいでかわいいですねえ。よかった。心労でげっそりやつれてるかと思いましたよ」
ミカエルはにこやかに近づいてきた。
ゆりは引きつった顔で後ずさった。
「ぽちゃっとしてかわいいですねえ」
ミカエルはゆりを抱きしめて背中をなでた。
「アー柔らかい」
「ミカエル、こういう体格の人、いやでしょ？」
「え。これくらいで嫌いになるようじゃ、愛してるってことにはならないんじゃないですか？私は、王妃がどんな姿でも愛してます
よ」
「はあ・・・・」
「本当に柔らかいですね。食べたいくらいです」
「・・・・」
ゆりとしては複雑だった。他にこうまでしてゆりに会いたがった男はいないし、その意味ではミカエルが一番ゆりのことを愛しているといえないこともないが・・・
乙女心はかなり傷ついた。
ゆりはミカエルと別れて自分の部屋に戻り、部屋にいた侍女に言った。
「イシュタールに伝言してくれない？ミカエルを３発ほどぶん殴れって」「はあ・・・」
「あ、顔はだめよ。体にして体に」
「わかりました」
侍女は王妃様の言葉なのでそのままイシュタールに伝えた。
イシュタールがミカエルを３発殴ったかどうかは定かではない。
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