８の月に入り、城の前には建国祭のための祭壇が築かれてはじめていた。土台の所ができたところだ。
ゆりは離れたところでそれを眺めていた。
建国祭の話は聞いていた。子供たちは必死になって亡くなった王様の名前を覚えている。
なんだろう・・・何かひっかかるのよね・・・建国祭・・・
頭の中で何度もその単語を反芻したが、よくわからない。
建国祭・・・
空を見上げると、曇り空だった。
やっぱりわからないなあ・・・
ゆりはそのまま城に戻った。
第20話
アナスターシャの部屋に行ってみると、子供たちが３人集まってぶつぶつ言っていた。
「アズミール様・レガーテ様・ユニシス様・・・・え・・・と・・・グリ・・・グリグリ？」
「グリグル様だよー」
シスがつっこんだ。
「やってるねー」
ゆりも３人と同じテーブルの周りの椅子に座った。
「もーだめ。15人でお手上げ」
アナスターシャがバンとテーブルをたたいて言った。
「大体建国祭なんだから、初代の王様だけでいいと思うけどなあ」
「まあいいじゃない。ついでに今までの王様全員に祈りを捧げても」
ゆりが言った。自分は覚えないからのんきなものだ。
「でもすごいよねー王様一杯いたんだね。女王様もいたんだよ。１５人」
シスが言った。
「へーそうなんだ・・・」
「じゃあ私１６人目ね」
アナスターシャが言った。
「最初の王もすごいけど、やっぱり一番すごい王様は、ザクート王かなあ、母さんザクート王にお会いしたことあったよね」
ラギが目を輝かせて言った。
「あるよ。２回あったよ。すっごい美形だよ。王様と同じくらいすごい素敵な人よ」
「いいなあ。僕もお会いしたいなあ」
「２０歳で王位についたんだもんね。すごいよねー」
ラギに続きアナスターシャが言った。２０歳で先代の王の力を超えていたというのだから、その力は想像もできない。
「どんなに偉大な人なんだろうなあ・・・」
シスも宙を見つめて言った。子供らは歴史の授業で重要な王の勉強もしている。ザクート王のことも当然いろいろ習った
らしい。剣の達人で魔法の達人、魔力も気の力も、歴代の王最強だったらしい。ゆりもそのくらいは聞いている。
「・・・ザクート王に会えるかもしれないよ」
ゆりは突然そう言い出し、子供たちが顔を向けた。
「建国祭で儀式をすれば、ザクート王が現れるのよ」
「え？本当なの？」
アナスターシャが聞いた。
「儀式って何の儀式？」
ラギが聞いたとき、ゆりははっと目を開いた。
「私今何言った？」
「建国祭で儀式したらザクート王が現れるって言ったよ」
「え？」
ゆりは全然記憶になかった。
「母様、本当にザクート様来るの？」
「本当？」
子供たちは興味津々だ。
「え・・・さあ・・・」
ゆりは首をひねり、部屋を出た。
建国祭で儀式をしたらザクート王が現れる？
ゆりは自分でもなぜそんなことを口走ったのか、わからなかった。
初代の王様が現れるのなら分かるが、なぜザクート王が現れるのか。
もしかして、だれか降りた？
建国祭のことが、この前頻繁にその気になっていた事と何か関係があるのだろうか。
あれからゆりは男たちとはひっついてない。ユリウスとアナスターシャ、シスに気をもらったからだ。
子供たちは大人ほど気はもらえないが、それほど気を欲してもいなかったので、それで十分だった。
うーん建国祭の時、昔は巫女が何か儀式でもしたのかなあ・・・
王様に一緒にハザーク様のところに行ってもらおうかな。
事が事だけに、自分一人で聞くのも気がとがめて、ゆりは王の間に行き、ラクシュミに一緒にハザークの元に行って
もらったのだった。
ラクシュミが儀式の事を聞くと、起き上がったハザークは、あまり面白くなさそうな顔をしていた。
「今年が100年の節目だったのか・・・」
「昔は巫女が何かしたのか？」
ラクシュミが聞いた。ハザークはしばらく無言だった。ラクシュミとゆりは椅子に座っている。
あまり長い間無言だったので、「おい、ハザーク」とラクシュミがせかした。
「あれは儀式とは言っても単なる遊びだ。別にやる必要はない」
「遊び？」
「・・・・内容を知りたいなら教えてやってもいいがな。知りたいのか？王妃」
ハザークがゆりを見た。
「それは、知りたいです。」
「・・・一人の巫女を真ん中におき、その周りを10人の女が座り、ザクート王を呼び出す。現れた王はまず巫女と交わり、
周りの女と交わるのだ。」
ゆりとラクシュミはしばし沈黙した。
「それって何の儀式なんだ？」
やがてラクシュミが聞いた。
「ただの遊びだと言っただろ？ザクートがただ、死後も女と交わりたかったからそういう儀式をやらせただけだ、建国祭に
やるのがちょうどいいと言ってな」
ゆりはラクシュミを見た。ラクシュミは驚いたように目を見開いている。
ハザークは右手をあげて侍女に指示を出した。侍女がお茶を入れてもってきた。
ハザークはお茶を飲んでいる。侍女はゆりとラクシュミにもお茶を入れてくれた。
「それをしたらどうなるんだ？まさか女を抱いて終わりなのか？」
「それなりに良いことはあるが、お前、王妃にやらせるのか？」
「・・・・ゆり、お前どう思う？」
ラクシュミがゆりを見て聞いた。
「ザクート様って、死んだのに女抱けるんですか？」
ゆりとしてはそこが一番の疑問だった。
死んでからも女を抱きたいってのがよくわからない。
「抱けるぞ。もちろん子供はできないがな。儀式で呼び出された時だけ、ザクートはそれなりの姿を保つ事ができるのだ」
「はあ・・・でも１１人の女の人抱くなんて・・・」
「実は儀式の時お前に降りる女蛇は、全部ザクートの恋人だ。建国祭の儀式では、その中の１１人が降りてくる。巫女だけ
ではなく周りの女にも女蛇が降りる。だから、女蛇は儀式をやりたがってお前に知らせてきたんだろう」
「はあ・・・なるほど・・・じゃあやらなかったら、後々蛇霊神の儀式で困るんじゃないんですか？降りてこないかも」
「さあ、それはしらんが・・・お前やりたいのか？」
「やりたいもやりたくないもないですよ。女蛇に嫌われたら、この子たちが困ります」
ゆりは自分のおなかをなでた。蛇霊神の儀式が一度もできなかったら、子供らの力にも影響が出てくる。
「儀式をやったらどんな良いことがあるんだ？」
ラクシュミがハザークに聞いた。
「抱かれた女は力が強まる。ザクートにはそういう力があった。死後もその力は健在だ。遊びの褒美に力をあげてくれる」
「それはすごいな・・・」
「まあやりたかったらやればいい。神官の家系が絶えてからその儀式はやられてはいない。呼べば喜ぶだろうな」
ハザークは言ってからお茶を飲んだ。
ザクート王に抱かれる儀式・・・
実感がない事だったので、いいとも悪いとも思えなかった。なにせ相手は幽霊だ。
幽霊に抱かれるってのはどうなんだろう・・・
ゆりは以前であったザクートの姿を思い浮かべていた。どうやらイメージとはだいぶ違う人のようだ。
「・・・もし儀式をやるとして、１０人の女の人がいるんでしょう？赤い月でもないのに大丈夫かな」
「それは大丈夫だろう。ザクートは、女をその気にさせることにかけては天才的だ。あれに抱かれて嫌がる女なんて
いない」
「へー・・・すごいんですね」
「なんだか想像していた王の姿と、だいぶ違うな」
ラクシュミがぼそりと言った。
「ザクート王って、すごく女好きだったんですか？」
「ザクートは確かに女が好きだが、女もザクートが好きだった。他族の女にもかなり好かれていた。龍族の姫がザクートに
恋をしてしまい、自国の男との結婚を拒んで死んだ。それが今の争いの引き金でもある。」
「え？」
ゆりとラクシュミの言葉は同時だった。
「王は、龍族の姫に手を出したのか？」
そんな話は今まで聞いたことがなかった。歴史書にも、当然書かれてはいない。
「いや、ただ見つめて挨拶しただけだ。それでころっといってしまった。姫が死んだと聞かされて、あれ以来ザクートは
他の一族の女には顔を見せないようにした。その当時の龍王は、死ぬ間際に蛇の一族の滅亡を願い、それが今まで
尾を引いているんだ。」
「知らなかった・・・」
「だから今まで恨まれてるんだ・・・」
まさか、二つの一族の間にそんなことがあったとは。
だけど、それでザクート王を恨むってのはかわいそうな気がする。自分は全然そんな気なかったんだから。
生前も強烈に魅力的な人だったんだなあ・・・
「まあ、やるなりやらないなり、好きにすればいい」
ハザークは最後にそういった。
塔を出て王の間に戻った後、ラクシュミは、お前が嫌ならやらなくてもいいとゆりに言った。
儀式か・・・まさかそういう内容だとはびっくりだけど・・・どうしよう・・
まあ、まだ間があるから少し考えてみよう・・・
ゆりはそう思い、自分の部屋に戻った。
それから毎日、ゆりは城の前の祭壇ができる様子を眺めていた。
そうすると、ゆり自身、すごくザクート王に会いたくなってきた。
みんなザクート王の恋人だったんだ・・・それなら、やっぱり会いたいよねえ・・・
しばらく会えなかったんだから、なおさら。
儀式やろうかな。なんだかやってもいいような気になってきた。
相手は生身の人間ではない。それを思えばちょっと不気味な気もしたが、初対面ではなく、今まで２度あってザクートと
話をして好意を感じていたことが、ゆりの気を楽にさせていた。
考えてみれば蛇のハザーク様でも結構平気だし・・・幽霊でも平気かも。
どっちみち、儀式をやらないと女蛇たちに恨まれそうだし・・・
８日の夜、寝室でゆりはラクシュミに儀式をやってもいいと言った。
「大丈夫か？」
「うん・・・王様は？その後も、ちゃんと私を愛してくれる？」
「ああ」
「それなら大丈夫。でも10人女の子集まるかな？」
「どうだろうな」
と思ったラクシュミだったが、一族の女たちにその事を言うと、力が上がるということは伏せていたものの、
かなり志願者は多かった。
物語でしか読んだことのない王に、みな興味を引かれたようだ。
公平にくじ引きで決められて、１０人の女がそろった。
ゆりは１０日の日、ハザークに竪琴を披露して、ハザークの横に座り、儀式をやる事を告げた。
「そうか・・・・」
ハザークはそれしか言わなかったが、一瞬視線を伏せた。すぐに元に戻ったのだが、ゆりはやってほしくないのかな？と
そう感じた。
「ごめんね。ハザーク様」
「なぜ謝る？」
「なんとなく・・・」
「・・・・」
しばしの沈黙があった。
「王妃、お前は力をあげてもらっても仕方がない。子供たちの力をあげてもらえ」
「え・・・そういう事もできるんですか？」
「多分、ザクートはお前の腹の中の子供にも力を与えてくれる。久々に呼ばれて大満足してるはずだから、上の二人の
子供の力もあげて欲しいというんだ。」
「そんなに一杯は贅沢じゃないですか？」
「いいんだ。必ず全員抱き終わった後に言うんだぞ。力をあげてくれといわなくてもいい、子供たちに顔を見せてやって
ほしいと言ったらいい。そうしたら、勝手に何かしてくれるだろう」
「わかりました・・・」
ゆりはハザークに寄り添った。ハザークはゆりの体に腕を回して、しばらくゆりを抱きしめていた。
儀式をやる、と決めてからは、儀式の男たちにあっても変な気分になることはなかった。
「今日は前のように熱烈にならないんですか？」
気をもらっていたらミカエルが残念そうに聞いてきた。
「今日はなりません」
「残念ですねえ・・・」
「いいの」
「儀式の事、聞きましたよ。」
ミカエルの顔が真面目になった。
「そう・・・」
一族の女たちには言ってるし、いろいろ他にばれても仕方がない。
「王妃、ザクート王にほれないでくださいよ」
ミカエルはゆりの頭をなでながら言った。
「そういえばミカエルも一度会ってたんだっけ」
「すごくいい男でしたからね。心配です」
「大丈夫だよ。いい男にちょっとは免疫できたから。周り皆いい男だし」
「絶対ですよ？」
「うん」
９の月に入り、城の前の祭壇は出来上がった。ゆりは階段を登り、最上段に乗ってみた。上の部分には火を炊く場所がある。
そこだけは石で囲まれていた。
祭壇から地面を見ると結構高かった。
「うわ、めまいしそう」
ゆりの横にアナスターシャがぱっとやってきた。
「できたんだねー」
「ちゃんと王様の名前覚えた？」
「全員無理だよ。途中からは紙見ながら言うの」
「そう」
風が二人の髪を揺らした。
そんなにでかい祭壇ではないので、ここで儀式をやるのは無理だ。
やっぱり広間かな。
そんなことを考えていたら、
「ねえ、母様はどんな儀式するの？」
とアナスターシャが聞いてきた。
「え？さあ、それは内緒」
ゆりはどぎまぎして言った。
「でも、ザクート様に、あなたたちに会ってって頼んでみるからね」
「わー楽しみーおめかししなきゃねー」
「そうだね」
アナスターシャは楽しそうだった。
まあいいや、為せばなる、か。私よりも、他の１０人の女の子のほうがどきどきかもね。
そうこうしているうちに９日の日がやってきた。この日は大きな街ではダンスパーティーや様々なイベントが開かれて
建国のお祝いが催された。夕方になると、いよいよ城の前の祭壇に火が灯された。
正装したアナスターシャは祭壇に上がって、教えられた通りに初代の王の名前を呼んで祈りを捧げた。そして
次に代々の王の名前をよんでいった。アナスターシャは半分くらいの名前と順番を覚えていたのだが、かなり緊張して
いたせいで頭の中が真っ白になってしまい、結局全部紙を見ながら言っていた。
シスとラギは、祭壇の下で間違えはしないかとはらはらどきどきしながらそれを聞いていた。
ようやく全員の名前が呼び終わり、二人はほっと胸をなでおろした。
「代々の王の御霊よ、安らかに眠りたまえ」
そう言ってアナスターシャの言葉は終わった。
ーよかったねえ。
ー本当だね。ほっとしたよ。僕らまで緊張したよねー。
ー全くだねえ
シスとラギは思念で話をした。
アナスターシャは全て言い終えたことにほっとして、くるりと体の向きを変えて歩いて行き、階段を下りようとした。
だが、緊張から開放されたせいか足がもつれてしまい、階段でずっこけた。
「ぎゃっ！」
「あー姫！」
下で見ていた戦士が声を上げてあわてて瞬間移動して、転げ落ちようとするアナスターシャの体を捕まえた。
「あーあ」
「何かやらないと気がすまないんだから」
ラギとシスは同時に顔に手をあてた。
それより少し前、ゆりと10人の女たちは湯浴みをして髪を整えて、軽く化粧もして王の間の横の広間にいた。
下着はつけずに、皆同じような脱ぎやすい薄い水色の服を着ている。広間には大きなじゅうたんがひかれて、皆裸足だった。
10人の女たちは、髪の色も様々だったが、皆一様に緊張していた。
「大丈夫？」
ゆりはちょっと聞いてみた。
「どきどきですね。どんな素敵な方なんでしょう」
「早くお会いしたい・・・」
「結構大丈夫そうだね」
「ただ・・・ザクート様が気に入ってくださらなかったらと思うと心配です」
「気に入ってくださらなかったらどうしましょう」
「大丈夫だよ。皆美人だから、気に入ってくれるよ」
扉がノックされて、ユリウスが顔を出した。
「王妃、あちらは終わりました」
「そう、わかった。ありがとう」
いよいよこちらの儀式が始まる。といっても、どうやって儀式をやるのか、ゆりとしても行き当たりばったり的な所が
あった。なにせ初めてな上に、いつものように男たちはいない。しかも、女達の前でそれぞれ抱かれるのだから、
考えたら恥ずかしい事この上ない。
「とりあえず、部屋の中ちょっと暗くしようか。明るかったら恥ずかしいし」
「そうですね」
ゆりは円状に置かれているろうそくの灯りのいくつかを消して、部屋の中を少し暗くした。
そして、ゆりを真ん中に女たちは周りに座った。
ゆりはどきどきしながら目を閉じて心の内で念じた。
さあ、降りてきて。
ザクート王を呼び出しましょう。
すっと誰かが降りてくる感覚があった。
『古の契約通り姿を現したまえ、我らが王よ。麗しきそのお姿を、もう一度、我らが前に！』
ゆりの口から出た言葉は古代語だった。ゆり自身、言いながらも意味は全くわからなかった。
言葉が終わった瞬間、部屋の灯りがぱっと消えて、部屋が真っ暗になった。そしてすぐに灯りは元に戻り、
ゆりの前に、光り輝くような麗しい男が立っていたのだった。
「この儀式は本当に久しぶりだ。うれしいぞ」
男は女達を見回して言った。心に響くような魅力的な声をしていた。
肩にかかるほどの銀の髪、金色に輝く瞳。若々しく、あまりに美しいその相貌に、ゆりも、周りの女たちもしばしうっとり
と見とれてしまった。そこにいたのは、まぎれもなく、古の伝説王ザクートだった。金糸で縫われた豪華な衣装に身を
包んでいるが衣装に全く負けていない。
見る者全てを圧倒するほどの風格は、王者でしかありえない。額には金色の帯のようなものをつけていた。
ザクートはゆりに近づいてゆりの右手をそっととった。
「久しぶりだな。王妃、元気そうでなによりだ」
「ザクート様、お会いしとうございました・・・」
ゆりの瞳から涙が一粒零れ落ちた。
ゆりの中にいた女蛇が発した言葉のようだった。
「久しぶりだな。我が女神たちよ。順番に可愛がってやるからな。待っておれ」
ザクートは周りの女達を見回して言った。
そしてゆりの頬に触れた。ちゃんと頬に手が触れる感触があった。
「よしよし」
ザクートはゆりの体を抱きしめた。
抱きしめられると安堵感が心を覆った。
「名前はなんというのだ？」
抱きしめたまま、優しく聞かれた。
「ゆり、です」
「ゆり、意味があるのか？」
「白い花の名前です」
「そうか、お前のようにさぞかしかわいらしい花なのだろうな」
ザクートはゆりの両肩から服をずらした。服はするりと下に落ちて、裸になった。ゆりが見ると、
ザクートの服もいつの間にやら消えていた。顔を見上げると優しく微笑んでいた。
顔が近づいてきて口付けをされた。
肌に優しくなでられていた。
「いいな、お前の肌は、柔らかくて、とても気持ちがいい。唇の感触もとてもいいぞ。それにかわいらしい唇だな」
ゆりは口付けされただけでもううっとりしてしまっていた。目の前の男から感じるのは、性欲ではなく、愛情だった。
優しい言葉も、肌をなでる手にも、感じられるのは愛だった。
私はこの人に愛されてる。
そう感じた。やがて体は横たえられて、ゆりは自覚もないままに抱かれていた。抱かれているという感覚すらなかった。
ずっと愛撫されているような感覚で、あまりに優しくて、幸福な気分にさせられた。周りに女たちがいるというのも
全く気にならない。
やがて体が離されて、体の上に脱いだ服がかけられた。
「お前はとても良い体をしているな。お前を抱けてとてもうれしかったぞ」
ザクートはそう言ってゆりの頬をなでた。ゆりは横になったままぼんやりしている。
ザクートは周りの女に目を向けて、手でおいで、と一人を呼んだ。
薄い水色がかった銀色の髪の女が、真ん中にやってきた。ザクートはその女の髪をなでた。
「美しい髪だな。名前はなんという？」
「ダイアナです」
「ダイアナ。美しい名前だな。そういう名前の花の妖精がいたな。きっとお前のような美しい顔をしていたのだろうな。」
ザクートは優しく言って女を抱きしめて、やがて抱いた。女達は誰一人として嫌がることはなく、まるで愛しい男に抱かれる
かのように幸福感を感じていた。ザクートは全ての女に同じように優しく接して、褒め称えて、優しく愛したのだった。
女達の中には、それぞれ女蛇が入っているようだったが、ゆりにはわからなかった。ザクートは女達自身の名前を呼んで、
それぞれの体の部分をほめては、愛しんでいた。
出会ったばかりの女達を、どうしてここまで想えるのか、不思議なほどだった。
なんだか泣けてくる・・・なんてすごい人なんだろう・・・
やがて、全ての女を抱き終わった後、ザクートはぼんやり座っていたゆりの元にやってきた。
「王妃」
「はい？」
ザクートはゆりの左目をなでた。
「お前も出ておいて」
そういうと、ゆりの左目が黄色と黒に変わった。ザクートは微笑んだ。
「美しい瞳だな。おいで、」
「ザクート様・・・」
ゆりはザクートに抱きついた。ザクートはゆりに口付けて、同じようにこちらのゆりも抱いた。
「幸せです・・・とても・・・」
「私も幸せだぞ。王妃・・・」
ザクートはゆりの頬をなでて体を離した。ゆりの目はぱっと普通の目に戻った。
「さて・・」
立ち上がったザクートの身は、再び豪華な衣装に包まれていた。
「これからお前達に愛の証を授けよう。うーん。お前は、おなかの子供に力をやる方がいいな。」
ザクートはゆりの側に腰を下ろしておなかに手をあてた。
「男と女の双子とは珍しいな」
「え・・・」
ゆりはきょとんとした顔をした。
男と女の双子？
手を当てられた部分がじんわり熱くなってきた。ザクートは両手でおなかを包み込むのようになでて、手を離した。
「これでいい。ダイアナおいで」
ザクートが呼ぶと、ダイアナはザクートに近づいた。女達はみな服を着ている。
ザクートはダイアナの体を抱きしめた。しばし抱きしめて体を離した。
「次は、ナタリー、おいで」
ザクートは全員の名前を覚えていて、一人一人を呼んで同じように抱きしめた。女達は何をされたのかわからずに、
不思議そうな顔をしている。
全員を抱きしめた後、ザクートが言った。
「お前たちには力を使いやすくしてやった。瞬間移動の速さはかなり上がったと思う、危ないことがあったらすぐ逃げる
んだぞ？いいな」
「はい・・」
女たちはうっとりした顔で返事をした。
「皆幸せになるんだぞ」
ザクートは優しく微笑んで言った。
「あの・・・ザクート様・・」
ゆりは思い切って声を出した。
「ん？なんだ？王妃」
ザクートが顔を向けた。
「できたら、私の子供たちにも、お顔を見せてあげてほしいのですが・・・みんなザクート様を一目見たくてしょうが
ないんです」
「・・・いいぞ。皆王の間にいるな。行ってこよう」
「ありがとうございます」
「ではな、皆、長生きするんだぞ」
ザクートはそう言って姿を消した。女達はぺたんと座り込み、そのまま横になり、目を閉じた。
一方王の間では、ラクシュミの周りに子供たちがいた。
「本当にザクート様に会えるかなあ」
アナスターシャが言った。
「お会いしたいねー」
子供たちは皆かなりそわそわしている。
「私はあんまり会いたくないが・・・」
ラクシュミが椅子にひじをついてぼつりと言った。
「どうして？父様」
アナスターシャが聞いた。
「恥ずかしいからだ」
「別に恥ずかしくないよー」
子供らが落ち着きなく椅子の周りを回っていると、やがて、一人の男がぱっと王の間に現れて、子供らは
びっくりして固まってしまった。
あまりにすさまじい気に、ラクシュミは目を見開いた。
「ザクート王！」
ザクートは微笑んだ。子供たちは驚きのあまり口も目も大きく開けている。
ラクシュミは椅子から降りてひざをついた。そうせずにはいられなかった。子供たちもそれに習う。
「座ったままでいい。王よ」
ザクートは手で制した。
「いえ・・・」
「一族の数も、随分減ってしまったのだな・・・」
ザクートが寂しげにぽつりと言った。
「申し訳ございません」
「王のせいではなかろう。随分苦労しているのだろうな・・・」
「・・・」
すごい。とてもじゃないが、顔を見ることができない。
ラギの手が震えていた。
さすがは古の伝説王だ・・・死んでこんなにすごいなんて、生前はどんなんだったんだろう。
「12人の女たちは皆かわいらしかった。今日は久々によい思いができた。おお、お前が、あの時腹にいた子か。
大きくなったな。こっちにこい」
ザクートがアナスターシャを見ていった。アナスターシャは瞬きし、ザクートによっていった。ザクートが優しく、
アナスターシャの頬をなでる。
「美しい娘だ。名前はなんという？」
「アナスターシャです」
「アナスターシャ・・・その名前の王妃がいたな。それからつけたのだな」
「はい・・」
アナスターシャの頬は、赤く染まっていた。
「どうやらお前は力の使い方が下手なようだな」
ザクートはアナスターシャの胸の間に親指をあてた。アナスターシャの体がびくんと揺れた。
「これでいい。次はお前、ここにこい」
シスを見ていう。
「お前もだな」
ザクートは、シスの胸元にも指をあてた。シスの体もびくんと痙攣した。
「それからお前は・・・」
ザクートはラギをみた。
「・・・」
ラギもザクートを見上げる。
「・・・賢そうな子供だな。お前には私の日記をやろう」
「ザクート様の、日記！？」
ラギはびっくりして体をそらせた。
「ハザークに私の持ち物を預けてあるから、それをもらえ。」
「はい！」
「それではこの辺で。王よ、楽しい夜をありがとう。わが一族に、永久の繁栄を」
ザクートの姿は消えた。
子供たちもラクシュミも、しばらくぼんやりしていた。
やがてラクシュミは立ち上がった。
「すごい方だ・・・」
女好きはさておき、あの気の力はすごい。
ラクシュミでさえそう思わずにはいられなかった。
生前の王の力と今の私の力を比較したら、おそらく私の力は10分の1もないのではないだろうか。
それほどに凄まじい・・・
「ねー？」
ぼーっとしているアナスターシャの目の前に、ラギは手を振った。
「ザクート様・・・す・て・き・・・」
アナスターシャの頬はピンクに染まっていた
「ああ。あの方と結婚したい」
「そりゃ無理だよ」
ラギがあっさり言った。
「じゃあああいうすごい方と結婚したい」
「それも無理だよ。」
「じゃあああいう顔の人と結婚したい」
「無理」
「夢見るくらいいいじゃないのよ！」
アナスターシャがむくれて言った。
「だって無理だもん」
「あの王の時代、一体どれほどすごい時代だったんでしょうかね。父様」
シスがアナスターシャを無視してラクシュミに聞いた。
「そうだな・・・見当もつかないな」
蛇の一族が龍の一族すらもしのいでいた時代。
そのころには力がある者も大勢いただろうし、一族全体の力も相当強かったのだろう。
「亡くなって１万年近くにもなるというのに、まだあれだけの力をお持ちとは・・・」
ラクシュミは脱帽したように首を振った。
そのころ、ハザークは、自室の窓から外を眺めていた。建国祭のため、城の外のあちこちにもかがり火が燃やされていた。
亡くなった者たちの霊を慰めるという意味合いも含まれている。
「元気そうだな。ハザーク」
目の前にぱっと現れた男はザクートだった。ザクートは塔の外の宙に浮いている。
「よかったな。久々に呼ばれて」
「ああ。とても楽しかった。酒はあるか？」
「ああ。用意してある」
ザクートは微笑んだ。
テーブルの上にも下にも大量の酒の瓶がおかれている。
二人は椅子に座った。
「死んでも欲の尽きぬやつだな」
ハザークがあきれたように言った。
「こればかりはやめられんな」
ザクートは酒瓶をあけ、直接瓶から酒を飲んでいた。
「あまり力のあるものがいないな。だいぶ、力が薄れたのだな」
「・・・」
「あの小さい耳の王妃はいい体をしていた。お前、交わったんだろう？」
ザクートがハザークの顔を見る。
「・・・ああ」
「女はいい。どの女も実にかわいい。可愛くない女なんて世の中にはいないな」
ザクートはしみじみと言った。酒はすでに飲み干し、二本目だ。
「久しぶりの酒もうまいなあ・・・」
「一体酒はどこに入るんだ？」
ハザークは不思議そうに聞いた。
「そうだ、王の息子に私が預けていた物を渡してやれ。あいつにやる事にした」
「預けていた物？」
「昔預けたろう。宝箱。まさか捨てたんじゃないだろうな」
ザクートは微妙に眉をひそめた。
「・・・ああ・・あれか・・・なぜやる気になったんだ」
「ふふん・・・」
ザクートがにんまり笑った。
「久しぶりに女を抱けて相当うれしかったんだな」
ハザークはあきれたように言った。
「それもある。まあ、頃合いだからな」
「どうせつまらない物が入ってるんだろう」
「まあ、それは開けてからのお楽しみだ」
ザクートは笑って酒を飲んだ。
「100年後にはあの王妃はまだ生きているだろうな。次が楽しみだ。アナスターシャも美しく成長しているだろうし。
それに腹の中にいた女の子の顔も見たい」
どこまでも、女にしか興味がないザクートだった。
その夜、ゆりは王の寝室にいたものの、しばらく眠れずにぼんやりしていた。それはラクシュミも同じだった。
儀式のあと眠ってしまったのだが、しばらくすると皆目を覚ました。女たちは皆幸せそうな顔をしていて、
儀式に参加できてよかったとそう言った。
「王様、ザクート様って、神話の神様みたいな人ねえ」
ゆりが言った。
「そうだな。そういう域に達しているな」
ラクシュミも同意した。
まるでガーベラのように、触れた女全てがザクート王のとりこになってしまってもおかしくない。
それほどのすごい魅力を感じた。
心が吸い込まれてしまいそうな瞳をしていたもの。
ザクート様に心を奪われた龍族の姫の気持ちもわかるような気がするな・・・
あの時・・つい王様のこと忘れちゃってたけど・・・相手は神様だから、まあいいよね。
でも永遠の秘密にしとこうっと。
ゆりはそう心に誓い、目を閉じた。
すすむ