建国祭が終わり、次の日の朝、ゆりはとても重要な事をラクシュミに言い忘れていたと気づいた。
「王様、ザクート様がね、子供は男と女の双子だって言ったよ」
ラクシュミが目を覚ましてから、ゆりはそう告げた。ラクシュミは上体を起こしてゆりを見た。
「男と女の双子？」
「うん。そう言った」
「・・・・そうなのか。男と女がいっぺんにできるのか。すごいな」
「アナスターシャに妹ができるからよかった」
ゆりは微笑んで言った。
第21話
ゆりは朝食の時間その話を子供たちにもした。すると、皆大喜びだったが、女の子がもう一人できるので
アナスターシャの喜びは大きかった。
「やったあ！妹ができる！」
「よかったねえ。姉様」
シスが微笑んで言った。
「わーい。わーい！」
アナスターシャはゆりのおなかに抱きついて外に出て行った。
「すごいなあ。男の子と女の子ができるなんて。楽しみだなあ」
ラギもにこにこだ。
「妹は姉様にあげてもいいけど弟は僕らがもらおうねー」
「うん」
シスが言い、ラギがうなずいた。二人もうれしそうだ。
「あ、そうだ、母さん、ハザーク様のところに一緒にいってよ。ザクート様がね、僕に日記をくれるって言ったんだよ」
「日記？」
ゆりは目を真ん丸くした。
「うん。ハザーク様に預けてるから、もらえって」
「日記って・・・ザクート様が書いた日記？それってだいぶ昔のものでしょう？無事残ってるの？」
「わからないけど、一緒に行って」
「いいよ」
「僕も行きたいなあ。いいかな？」
シスも言いだして、子供たちはラクシュミに朝の挨拶をした後ゆりと一緒にハザークの塔に向かった。
アナスターシャはこなかった。妹ができる興奮でそれどころではなく、城の中で会う人みんなに「妹ができるの」
と言ってるようだった。これだけ期待して妹ができなかったら、アナスターシャはきっと泣くだろう。
まあ、ザクート様に間違いはないだろうけど・・・
「シスはハザーク様に会うの久しぶりね」
ゆりが言うとシスはうなずいた。
アナスターシャとシスは、赤ちゃんの時に会ったっきりだ。
「ハザーク様は優しくていい人だよ。なんと言っても母さんの竪琴を最後まで聞いてくれるんだから」
ラギが自信満々で言った。
「これ、なんで母さんの竪琴を最後まで聞いたら優しい人になるわけ？」
「だってさー・・・」
「失礼ねえ。最近はましなのに」
塔の階段を登っていきノックすると侍女が顔を出した。今日は竪琴の日だったが儀式の次の日だったので休みになっている。
「おはよう、ハザーク様、おきてます？」
「まだお休みですの」
「そうですか、ではまた後できますね」
「宝箱の件なら聞いておりますよ。もう出しておりますから、どうぞ」
侍女はそう言って中にいれてくれた。
「宝箱？」
シスとラギは首をかしげながら中に入った。部屋の中には侍女はもう一人いた。
「おはようございます」
侍女が微笑んで言ってくれた。
「おはよう」
子供たちも「おはようございます」と挨拶をした。
部屋の隅に、長細い箱が置かれていた。それは木と金属でできた重厚なつくりで、長さは１メートル50センチほどは
あっただろうか。高さは30センチほど奥行きも同じくらいので平べったい箱だ。箱の上の部分には植物の模様の装飾が
ほどこされていたし、確かに宝箱っぽかった。シスもラギも、しげしげとそれを見ている。
「結構大きいね」
「どうぞ、あけてもいいですよ」
侍女に言われて、ゆりはしゃがんでその蓋を開けてみた。蓋だけでも結構重い。
「わー！！！！」
ラギとシスが歓声をあげた。
その中には、斜めに２本の剣が置かれていた。ラギはそれよりも、剣の間に置かれている分厚い本に目を留めた。
本は全部で10冊ほど入っていて、どれも古そうだった。そして革張りの豪華なノートもでてきた。
「それがザクート様の日記？」
「そうみたいだよ。日付がはいってるもん」
ラギはノートをめくっていた。ページのあちこちに日付が入っている。文字はかなりの達筆だった。古代語で書かれて
いるようだった。
「すごいなあ。この本全部もらってもいいんですかあ？」
ラギは興奮のあまり頬を紅潮させて侍女に聞いた。
「どうぞ。」
「でも、これ綺麗過ぎませんか？一万年前のノートがこんなに綺麗に残ってるなんて・・・」
ゆりはどうしても納得いかない。
「ザクート様が魔法をかけてらしたからですよ。そうでなければ今まで残る事はありえませんから。昨晩、その魔法を
解除していかれましたから。王が箱に入れた時のままなのですよ」
「魔法・・・すごいのがあるんだねえ」
シスは一本の剣を手にとって見ていた。それは鞘に納まっていたが、柄の部分は黒くて、蛇の模様が描かれていた。
柄の先っちょは丸くなっていて、水晶のような物がはめ込まれている。
「すごいな・・・これ・・・」
「すごいねえ。きれいだね」
「すごい・・・すごい・・・」
ラギはその場に座り込んで分厚い本を手に取っていた。もう夢中だ。
「すごい！すごいよ！辞書だ！辞書がある！やったあ！」
「ラギ、興奮しすぎたら血管切れるよ？」
ゆりが心配げに言った。
「母さん！こ、これは！この辞書は今はもうないんだよ！すごいんだよ！これ！」
ラギが分厚い本を示して言った。
「落ち着きなさいって、目が血走ってるわよ」
「僕これ欲しいなあ・・・」
シスは剣を抱きしめて言った。まだ子供なので当然鞘から抜くことはできない。
「もらえばいいじゃない。剣２本あるからアナスターシャとシスでもらいなさいよ。」
「いいのかなあ。もらっちゃって」
「いいんじゃない？ザクート様がくれるって言ったんでしょ？」
「ザクート様は、日記をくれるとしか言ってなかったけど・・・・」
そういいながらも、シスはその剣がとても欲しいのか、ずっと腕に抱いていた。
ゆりはもう一本の剣を手にとっていた。シスのよりも刀身が細身のようだ。
「これもきれいねえ。鞘に蛇がいるし」
どちらの剣も鞘は銀でできていて、ちゃんと腰に下げられるように金具もついていた。
その時ハザークが奥の部屋からやってきた。
なんだかすごく眠そうだった。
「すいません。騒がしくて」
ゆりが謝った。
「ハザーク様、僕これもらってもいいんですか？」
シスはハザークを見上げて聞いた。
「ん？ああ、いんじゃないか？箱ごとそっちにもってけ」
ハザークがそっけなく言うと、シスはとてもうれしそうな顔をした。
「誰かに運んでもらおう」
シスはラクシュミに思念を飛ばして、ミカエルに来てもらい、力で王の間にもっていってもらった。
シスとラギはハザークにお礼を言って出て行った。
「ありがとうございました。それじゃまたきますね」
ゆりがそう言って横を向いた時、
「王妃、ちょっとこっちを向け」
とハザークが言い、ゆりは顔を向けた。
「はい？」
ハザークはゆりの目をじっと見た。
「・・・気のせいか・・ちょっと目がおかしいような気がした」
「？」
「行っていいぞ」
ゆりは部屋の外にいたシスに瞬間移動で王の間に連れて行ってもらった。
王の間にはアナスターシャも来ていた。
「わースゴーい。これ本当にもらってもいいのー？ミカエル抜いてみて！」
アナスターシャに言われて、ミカエルは細身の剣の方を抜いてみた。
銀色の刀身は光り輝いていた。
「綺麗な剣だな・・・」
ラクシュミが言った。刀身には一匹の蛇が彫られていた。
「ミカエルーこれも抜いてー！」
シスがもう一本の剣を出した。
「いいですよ」
ミカエルは剣を鞘にしまってアナスターシャに渡して、シスの剣を抜いた。
「それも綺麗だな」
本に熱中していたラギが顔をあげた。刀身の周りに、光り輝くオーラが見えた。
「それって魔法の剣じゃないかな」
ラギが言った。
「そうかもしれませんね。昔は腕の良い職人がたくさんいて、魔力がある武器を作ったそうですからね」
ミカエルが言った。今はそういう職人はいないし、そういう武器もない。
「へーすごいねえ。でもなんでこんなすごいのをくれたのかな？」
ゆりが首をかしげた。
ミカエルは刀身を鞘にしまい、シスに渡した。シスはとてもうれしそうにそれを受け取った。
「ザクート様が王妃を気に入ったからじゃないんですか？」
ミカエルが横目でゆりを見て聞いた。
「え？それは違うよー」
ゆりが真っ赤な顔をした。
「二人とも大人になるまで大事にしておくんだぞ。」
ラクシュミが言い、シスとアナスターシャは「はい」と返事をした。
「僕この辞書古代語の先生らに見せたいなあ」
「呼んでおいてあげますよ。本は後で王子の部屋に運んであげますから」
「ありがとう。ミカエル」
ラギはとりあえず２冊ほど本を持って出て行った。シスとアナスターシャ、ゆりも一緒に出て行った。
「姫がもらった剣には見覚えがあります」
ミカエルがラクシュミに言った。
「ん？」
「最初の戦いの時、銀の鎧を着た女戦士が持っていた剣ですよ」
「ああ、そういえば・・・ならばあれはザクート王が下さったものだったのか？」
「そうなりますね」
「しかしなぜ、王は今までとっておいたんだろうな。しかも、あの子らになぜやったんだ？」
「さあ・・・気に入ったからでは？」
「不思議だな・・・まあ、ありがたいことだからいいけどな」
ザクート王にとっては３人の子供たちは、単なる王の子供に過ぎないはずだが・・・
なぜ長い間封印していたものを子供たちにやる気になったのかそれが不思議だった。
午後になり、一台の馬車が猛スピードで城にやってきて、その中から４人の男達が出てきてあわてて城の中に
入って行った。男たちは走るようにラギの部屋に行き、扉をノックした。
「あ！先生！」
扉を開けたラギが言った。
「王子！本当ですか？昔の本が出てきたって！」
「本当だよ。それ」
男たちはラギの机の上に積んである分厚い本を見た。
そして、それぞれ手にとってみた。
「すごい！古代語第1期と２期の辞書じゃないですか！！！！」
「すごい！」
「すごーい！」
男たちは古代語に情熱を燃やす研究者達だった。自分たちが見たこともないほどの古い本が出てきたと聞けば、
どんな用事があろうとすっ飛んでくる連中だった。みんなの目は極限まで見開かれていた。
「それから先生、すごいものが本に挟まっていたんですよ！」
ラギは折りたたまれた紙を見せた。それは広げると５枚あった。
紙はすごく大きくて、細かい文字がびっしり書かれていた。
「こっこれは！」
「古代叙事詩じゃないですか！！！！」
「そうですよ。数えたら100以上詩があったんですよ！これは完全古代叙事詩ですよ。きっと！」
ラギが興奮した様子で言った。
「すごい！完全版がお目にかかれるとは！」
「なんということだ・・・」
部屋にお茶を運んできたミラはぎょっとたじろいだ。部屋の中を見ると、４人の男たちがわんわん泣いていたから
だった。
「王子！皆でこれを訳しましょう！古代叙事詩を復活させましょう！」
「うん！」
ラギは大きくうなずいた。
研究者達の悲願だった古代叙事詩の復活の夢が、とうとう現実身を帯びてきたのだった。
ミラはその後ゆりの部屋に行き、男達が大泣きしていた話をした。
「へー。よっぽどすごい本だったんだねえ」
「まあ、そんなに大昔の本は、買おうにも買えませんからね。」
ミラが言った。研究者たちが狂喜乱舞するのもわかる。
「そうよね。ザクート様に感謝しなきゃ・・・」
「お会いしたかったですわー。どんなに素敵な方なんでしょう」
ミラは胸の前で手をあわせて想像した。
「王様並に素敵だよー」
「あーお会いしたかった」
「次に会えるとしたら、100年後？」
私そのころには結構なおばさんじゃん。儀式は無理ね。
ゆりはそう思った。
「ちょっと昼寝するね。昨日あんまり寝てないから」
「はい」
ゆりはそのまま寝室に行き、眠った。
すぐ眠りについたのだが、変な夢を見た。
石で作られた小高い所に、大きな丸いベッドのようなものが乗っていた。隅に４本の柱があり、上に平べったい
屋根がある。
ベッドの上には青い髪の裸の女が一人いて、複数の裸の男たちが女に群がっていたのだった。
げ・・これってもしかして・・・儀式？
そこはどうみても外だった。空は青々としているし、離れたところに街のようなものも見えるし、綺麗にそびえる
城も見えた。この外の景色と、男女の光景はそぐわない。
ベッドの上にいる女はあえぎ声をあげていて、男たちも同様だった。
一人が女を抱いて、他の男たちは女に口付けたり肌に触れたりしていた。
ゆりは少し離れたところからそれを見ていたのだった。
普通の恋人達が愛し合っているというような感じではない。やはり儀式か何かだろう。
この石の建物は、祭壇か何かだろうか。
昔はこんな風に外で儀式したのかな・・・
ゆりは変な夢を見たなあ、と思いつつ目を覚ました。
昔の巫女の記憶なのかなあ・・・うーん・・・
その場はそれで終わったのだが、ゆりはその夜も、似たような夢を見た。そしてその夢は毎晩繰り返されたのだった。
あーもういや！なんで毎晩同じ夢ばっかり見るのよ！
それが１０日も続くと、ゆりはかなりうんざりしていた。毎晩同じ官能映画を見ているような気分だ。しかも
モザイクもない。どこか他に行こうにも、ゆりは夢の中では自分で場所は移動できなかった。
目をふさいでも映像が脳裏に浮かんでくるし、耳をふさいでもあえぎ声が聞こえてくる。
いい加減にして！
その晩も、ゆりは同じ場所に来てしまい、うんざりして眉をひそめた。だが、その日はどこか違っていた。いつもは
青い髪の女がいたのだが、今日は黒い髪の女だった。見知らぬ男に抱かれてあえいでいる女の顔は・・・・
え・・・・あれは・・・私！？
それは紛れもない自分の顔。
嘘でしょ！？どうして？なんで？
ゆりははっと目を覚ました。
額にはびっしょり汗をかいていた。
部屋の中は真っ暗だった。まだ夜は明けていない。
どうしてあんな夢を・・・
得体の知れない恐怖を感じてゆりは布団の中でうずくまった。だが、眠るのが怖くて、それきり眠れなかった。
夜が明けた朝、ゆりはいつもように子供たちと一緒に朝食を食べていた。
子供たちは明るくしていたのでゆりも無理に笑顔を作っていた。
あれは夢だ。単なる夢。
そう自分に言い聞かせて。
「ねえ、母様、もう一人の母様」
アナスターシャがゆりを見て言った。いつもならば、子供たちが呼びかければゆりはぱっと変わるのだが、その日は
変わらなかった。ゆりはきょとんとした顔をしてアナスターシャを見た。
「え？もう一人って？」
「？」
アナスターシャは首をかしげて、シスとラギは目を合わせた。
「ううん。別になんでもない」
アナスターシャはそう言ってごまかした。
ーおかしいね。もう一人の母さんがでてこない
ーこんな事初めてよ。いつもはすぐ変わるのに
ーおかしいねえ・・・
子供たちは思念を交し合い、不思議がった。
ーねえ、最近もう一人の母様見た？
アナスターシャが二人に聞いた。
ーここんところ見てないよ
シスが返した。
ー建国祭の前には見たけど・・・
ラギが思い出すように言った。
ー今日は21日だから、あれから12日経ってるね・・・
とシス。
もう一人のゆりは、ラクシュミの前には現れなくても時々子供たちには顔を見せていて、10日以上３人とも会わないと
いうのは今までないことだった。
ー父様ならあってるかもしれないよ。聞いてみようよ
ーそうね
子供たちは朝食後、ラクシュミへの朝の挨拶の時、もう一人のゆりの事を聞いた。
「そういえば私も建国祭からは会ってないな・・・」
ラクシュミが答えた。
「だがお前達が誰も会ってないのはおかしいな。後でゆりを呼び出してみよう」
ラクシュミは子供たちが去った後、ゆりを王の間に呼んだ。
そして「ゆり、最近調子はどうだ？」と聞いたのだった。
「別に普通よ。やあねえ、さっき会ったじゃない」
ゆりは笑って言った。今日は同じ部屋で寝ていたし、当然ラクシュミも朝ゆりの顔は見たのだが。
「朝は話をしなかったからな、ちょっと側にこい」
ゆりがラクシュミに近づいた。ラクシュミはゆりの頬に触れて、左目のあたりにふれた。
そして「ゆり・・・」と呼びかけた。
「はい？」
「・・・・」
ゆりの目は変わらなかった。いつもはすぐに出てくるのだが、出てこない。
ラクシュミもおかしいと感じた。今までラクシュミが呼んで出てこなかったことはない。
ラクシュミはゆりの顔から手を離した。
「最近おかしいことはないか？」
「何もないよ」
「そうか、ならいいんだが、もう行ってもいいぞ」
「変な王様」
ゆりは王の間を出て行った。
どうして出てこないんだ？
ゆりの様子は普通に見えたので、ラクシュミにはわけがわからなかった。
だが何か嫌な予感がするな・・・
今までの経験上、黒目のゆりの状態がおかしいと、もう一人のゆりも正常ではいられなくなるのだ。
私の呼びかけに答えないとは・・
ゆりに何か起こっているのか？
ラクシュミは一応ミカエルら儀式の男たちにも思念で聞いてみた。だが、最近はだれももう一人のゆりは見てないと
思念を返してきた。
ラクシュミがぼんやり考えていると、番兵に瞬間移動させられて、ラギが近くにきた。
「どうした？」
「僕思い出したんですけど、儀式の時には、もう一人の母さんもザクート様にお会いしたんだと思います。だって、
ザクート様、12人の女って言ってたから」
「そういえばそう言ってたな」
女は１１人しかいなかった。もう一人いたとすれば、もう一人のゆりしかいない。
「するとそれが最後か。あれから何かあったのか？」
その時、フレイがぱっと王の間に現れた。
「王妃の様子がおかしとか？」
「そうなんだ。お前、ちょっと診察してみてくれ」
「はい。そういえば、５日ほど前に診察した時は妙な事をおっしゃられてましたよ。嫌な夢ばかり見るので、
夢見がよくなる薬がないかと」
「夢？どんな夢だ」
「さあ、そこまではおっしゃいませんでしたが・・・」
「今からあってそれとなく聞いてみてくれ」
「わかりました」
フレイは去って行った。
「お前は心配しなくていい。そのうちもう一人のゆりも出てくるからな」
ラクシュミがラギを安心させるように言った。ラギは「はい」と言って王の間を出て行った。
フレイはゆりを診察して、ついでのように「この前の夢の事はどうなりましたか？」と聞いてみた。
するとゆりは「もう見なくなった」とフレイに言った。
「そうですか。それはよかったです。一体どのような夢だったんですか？」
フレイは続けて聞いてみた。
「別に、どうという事はない夢だよ。おばけに追いかけられる夢」
ゆりは冗談のように言い、フレイにはそれっきり何も言わなかった。
その夜、ラクシュミは寝室でもう一度ゆりを呼んでみたのだが、やっぱりゆりは出てこなかった。
次の日の朝、ラクシュミが目を覚ますと、ゆりはぼんやり座っていた。
「ゆり、どうしたんだ？」
「早めに目が覚めて・・・」
「・・・・」
ラクシュミが起き上がり、ゆりの腕に触れようとした。するとゆりはからだを離してそれを避けた。
「なぜ逃げる？」
「え・・・別に・・・」
「こっちに来い」
手を出すと、ゆりは横に首を振った。
「ゆり、お前、私に何か隠してることがあるんじゃないのか？」
「何もないよ。」
「ならなぜ触れられるのが嫌なんだ？」
「・・・・心を読まれるのはいや」
ゆりは顔を横に向けて言った。
「・・・ゆり、私はお前を心配してるんだぞ？」
「別に何も心配することはないよ。やだな。」
ゆりは笑ってベッドから降りた。
「本当に何もないのか？」
「何もないよ」
ゆりはラクシュミに笑顔を見せて寝室を出て行った。
何もないなら心を読まれてもいいだろうに・・・
その夜から、ゆりはラクシュミの寝室にも来なくなり、自分の寝室で眠るようになった。
ラクシュミが冗談のように「お前が抱きたいからこっちに来い」といっても、「そういう気分じゃないの」と
言って拒絶するようになったのだった。
「妊娠のせいでちょっと情緒不安定になられてるだけかもしれませんが・・・」
フレイがラクシュミに言った。
「それならいいんだが・・・どうも違う気がする」
強引に触れて心を読むこともできるのだが、今は妊娠中なだけに、あまりゆりが嫌がることもできず、
ラクシュミは儀式の男達とミラを呼び出して、「誰でもいいからゆりの心の内を聞き出してくれ」と
そう言ったのだった。
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