眠るのが怖い。
夢を見るのが怖い。
夢の中に行くと、大勢の男に抱かれている自分がいる。
夢の中の自分は喜んでいる。
快楽をむさぼって楽しんでいる。
もしかして、あれは私の心の中にある願望なのだろうか。
本当はああされたいと思っているのだろうか。
あの夢を最後まで見たら、私はどうなってしまうのだろう・・・・
あれを望んでしまいそうな気がする。
怖い・・・
眠るのが怖い・・・
第２２話
ゆりの異変は、もちろんずっと側にいるゆりの侍女たちも気づいて心配してきた。ゆりの顔色は日ましに悪くなっていたし、
目の下にはひどいくまができていたからだ。どうも眠っていないようだ、と侍女らもきづいて、それとなく理由を聞いてみた
のだが、ゆりはなんでもないとしか言わなかった。
子供らが聞いても言おうとしない。
ゆりは顔色の悪さを化粧でごまかしていたが、もう隠せない状態にまでなっていた。
「王妃、どうして話してくださらないんです？王妃のそんな姿を見るのは、本当に辛いんですよ？」
ジュノーが悲しげにゆりに訴えたのだが、
「最近ちょっと眠れないだけなの。ごめんね。心配しないで」
ゆりはジュノーだけではなく、他の男達にもそう言って、何も話そうとしなかった。
「どうして眠れないんです？」
「わからない・・・妊娠のせいできっと、気が高ぶってるのかな？」
「王妃・・・」
ゆりの体は眠りたくてしょうがなかった。だが、眠るとあの夢をみてしまうために、うつらうつらとしてははっと起きる
という事を繰り返していた。
「ゆり・・・私はお前のなんなんだ？一番信頼できる存在ではないのか？」
あんまりゆりの顔色が悪くなってきたので、ラクシュミは思いあまってゆりに言った。
「どうして私に言ってくれないんだ」
「王様・・・・」
ゆりは夜中だというのに、寝室ではなく、灯りをつけて自分の部屋の椅子に座っていた。
「最近寝付きが悪いだけなの。本当よ」
「どうして眠れないんだ？」
「自分でもわからない」
「ゆり・・・」
「ごめんなさい。心配かけて。そのうちに元に戻るから・・・」
ラクシュミは少し寂しそうにゆりを見て姿を消した。
「う・・・・」
ゆりの瞳からぼろぼろと涙が流れてきた。
一番愛している人に、あんな夢の事を知られたくはない。
今度こそ軽蔑される。
絶対知られたくない・・・
ラクシュミはゆりの部屋から出てハザークの塔に飛んだ。そしてハザークにゆりの様子がおかしいと告げたのだった。
「私や他の者にも、子供たちにも、理由を話そうとしないんだ」
「いつからだ？」
「よくわからないのだが、あのザクート王の儀式の後、もう一人のゆりがさっぱり出てこなくなって、それからじょじょに
おかしくなったんだ。どうも眠れないらしい」
「眠れない・・・」
ハザークは、宝箱の時ゆりにあったっきりで、それから会ってはいなかった。今日は10の月の15日。ゆりは竪琴の日も
休んでいたし、10日もここにやってきはしなかった。
「ちょっとあってみよう」
ハザークが起き上がり言った。
「頼む」
ハザークはゆりの部屋に飛んだ。部屋で本を読んでいたゆりは、突然現れたハザークにびっくりした。
「王妃、ひどい顔だな」
「・・・」
ゆりは目をそらした。そして椅子から立ち上がり、部屋の隅に移動した。
ゆりはなぜかハザークに会いたくなかった。
「何のようですか？」
「お前がおかしいと聞いて様子を見に来た」
「別に普通です」
ハザークが近づこうとすると、ゆりはさっと逃げた。
「どうして逃げるのだ？」
「・・・・」
ゆりはハザークと目をあわそうともしない。
「眠れないのなら我が眠らせてやろう」
「いや！」
ゆりは大きな声で言った。
「なぜ嫌なんだ？」
「眠ったら夢を見るから眠りたくない」
「夢？」
「ほっておいてください」
「・・・なら別の夢を見せてやろう」
「え？」
部屋の中にハザークの侍女が二人現れた。二人共竪琴を持っている。
侍女たちは長椅子に座り、そろって竪琴を奏でた。
「楽園の曲だ。一面の花畑。お前好きだろう？」
侍女たちは歌も歌いだした。美しい曲を聴いていたら、ゆりは猛烈に眠くなってきた。
体がずるりと下に下がるのを、ハザークは近づいて抱きとめた。ゆりは目を閉じていた。
ハザークはそのままゆりを抱き上げてベッドに移動して、侍女らも後に続き、寝室で竪琴を奏で続けたのだった。
ー王、とりあえず眠らせたぞ。明日理由を聞いてみる
ハザークはラクシュミに思念を送った。
ーありがとう。ハザーク・・・
ゆりは安らかな表情を浮かべて眠っていた。
朝になり、ゆりは目を覚ました。なんだかしばらくぶりにぐっすり眠ったような気がした。
竪琴の曲が聞こえてきて、ゆりははっと体を起こした。
二人の女は、ようやく手を止めた。
「まさか、一晩中弾いていたの？」
ゆりの頬を涙がつたった。
「おきになさいますな。」
「私たちは、あなたのことが、とても好きなのですから」
侍女は微笑んで言った。ゆりの横には金色の大きな蛇がいた。
こんなに皆に心配をかけて・・・
ゆりは涙をぬぐった。
「ハザーク様。そのままの姿で、聞いてほしいんですけど」
ハザークは了解するように舌を出した。
王の間では、神妙な顔つきの子供たちとラクシュミ、ミカエルもいた。
朝子供たちがゆりの姿を見に行ったときは、ゆりは眠っていた。どうやら竪琴の曲が、よいように作用したのだろう。
だが、まさか毎晩誰かに竪琴を弾いてもらうわけにもいかない。原因を突き止めなければ。
「そんなにひどい夢なのかしら」
アナスターシャが言う。
「・・・」
王の間にハザークが現れた。
「ありがとう。お前のおかげで、ゆりは眠れたようだな」
「・・・」
ハザークは無言だった。
「ゆりの様子はどうだ？」
「だいぶ落ち着いた。」
「そうか・・・アナスターシャ、お前たちは部屋に行ってろ」
ラクシュミはアナスターシャを見て言った。
「え？でも・・・」
「シス、連れて行け」
「はい。行こう。姉様」
シスはアナスターシャとラギに触れて瞬間移動した。ミカエルはラクシュミの横でひざを突いている。
「・・・願望が夢に現れる、ということがあるのか？」
ハザークが聞いた。
「我にはよくわからないのだが」
「そういうこともあるだろうがな」
「王妃はお前には言いたくないようだが、言ったほうがいいのか？」
「言ってくれ」
「・・・複数の男と交わる夢を見るといっていた。体の感触が、ひどく生々しいから、夢をみたくないそうだ」
「・・・それも儀式に関係あるのか？」
「しらん」
「・・・」
ラクシュミは顔に手をあてた。
「そういう夢を毎晩見るのか？」
「そのようだ」
「いくらなんでも毎晩見るってのはおかしいだろう」
「もうひとつの可能性がある」
ハザークはぽつりと言った。
「ザクートの時に王妃に降りてきた女蛇、あれがまだ出て行っていないのかもしれない」
「何？」
「それで夢を見せて、男と交わるように仕向けさせているのかもしれない。あれは好色な女だからな」
「どうやれば出る？」
「方法はあるが、無理やり出させるのはやめておいたほうがいい。一応は女神だ。ザクートが言うにはな。それに、
お前や我の前には、決してでてこないぞ？」
「はあ・・・じゃあどうすればいいのだ」
「男たちに抱かせてみるほかないな。いれば、その時に出てくるはずだ。出てこなければ、王妃の願望ということだろう」
ラクシュミは考えるように目を閉じた。
ミカエルは悲痛な表情を浮かべている。
「女蛇がいる可能性のほうが高いがな。王妃は我を避けていた。」
自分を避けるのは存在がばれるのがいやだからだ、ハザークはそう感じた。
その時、ラクシュミの元にヴィラから思念が届いた。
「ゆりがヴィラを呼んだらしい。少し様子をみよう。何か気づくかもしれない」
ラクシュミが言った。
ゆりの部屋にはヴィラとジュノーが来ていた。
二人はゆりがすっきりした顔をしていたので、少し安心した。
「王妃、今日は顔色がいいですね」
「昨日ぐっすり眠ったから」
ゆりが微笑んで言い、二人の手を取った。
「ねえ、寝室に来て」
「王妃、もう具合はいいんですか？」
ヴィラが聞いた。
「うん。これから儀式するの。子供のためにも、蛇を入れないと。だから他の男達も呼んで」
ゆりは上目遣いの目で二人を見て言った。
ジュノーとヴィラは一瞬目を合わせた。
「王妃、久しぶりだし、ちょっとだけ３人で楽しみましょう。ね？」
ジュノーがそう言ってゆりを軽く抱きしめた。
「んー、まあいいけど・・・」
「そうしましょう。他の男達は後で呼びますから」
ヴィラもいい、３人はそのままゆりの寝室へと移動した。
ジュノーは優しくゆりを抱きしめて口付けて、服を脱がせた。ゆりは積極的にジュノーに口付けている。
ヴィラはゆりの様子をじっと眺めていた。
やがて、ジュノーがゆりの胸に触れて、体を愛撫していくと、ゆりは素直に感じていた。
「ねえ、どうして怖い顔で見てるの？」
ゆりがふいにヴィラを見て聞いた。
「あなたが綺麗だから見てるだけですよ？」
ヴィラが笑みを作って言った。
「私綺麗？」
ゆりが自分の肌に触れているジュノーに聞いた。
「きれいですよ。とても」
「抱きたい？」
「抱きたいですよ。そりゃ」
「じゃあ、抱いて。私ジュノーとひとつになりたい」
「・・・王妃・・・」
ゆりはジュノーの腰に足を絡めて体を寄せた。
「どうしたんですか？いつもはそんなこと言わないのに」
ヴィラが聞いた。
「好きな男と抱き合いたいのは当然でしょ？だから皆と抱き合いたいの」
ゆりの手はジュノーのズボンを脱がそうとまでしていた。
ヴィラはラクシュミに思念を飛ばした。
「ゆりの様子がおかしいようだ」
ラクシュミが壁際の長いすに寝そべっているハザークに言った。
「好きな飲み物を聞いてみろ」
ハザークが言う。
「抱くなら私が先ですよ。王妃」
ヴィラがゆりの体を引っ張って抱きしめた。
「一杯抱いて」
「いいですよ。いっぱい抱いて上げます。だから、その前にひとつ教えてください。・・・・・あなたの好きな
飲み物はなんですか？」
「ジャムラ」
ゆりが言ってはっとした。
「あなた、だれです？」
ヴィラが鋭い瞳でゆりを見つめて言う。ゆりは目を閉じた。そして、そのまま意識を失った。
「やはりゆりの中に潜んでいたんだな？」
ラクシュミがハザークを見て言う。
「そのようだな。」
「あの・・・ジャムラとはなんですか？」
ずっとラクシュミの横で控えていたミカエルが聞いた。
「昔あった酒だ。今はない」
「・・・どうやってだす？」
「欲望をかなえてやるほかはない。かなえば出すのはたやすい。だが、多少の男では・・・」
「・・・他に方法はないのか？正気に戻ったとき、覚えていたらどうする。おかしくなってしまうぞ。
儀式でも、男にそこまでさせないのに」
「・・・」
ハザークは考えるように目を閉じた。そして、しばらくして体を起こして立ち上がった。
「ひとつ、試してみるか。ちょっとまっていろ」
ハザークは姿を消した。
「王、ヴィクター将軍です」
番兵が言った。
「いれろ」
ラクシュミはゆりのことばかり考えているわけにもいかなかった。
ゆりの寝室では、ゆりは服を着せられてベッドで寝ていた。一人ヴィラが付き添っている。
ゆりは目を開けた。左目は、蛇の瞳になっていた。
「王妃！」
「ヴィラ・・・だれかいる」
ゆりはすぐにヴィラを見ていった。不安げな瞳だった。
「さっきの女？」
「心の底に閉じ込められて出れなかった。言うこときかないで」
「わかっています」
ゆりは目を閉じた。ヴィラは悲痛な表情を浮かべてゆりの頬をなでた。
ハザークが王の間に戻ってきたのは1時間後のことだった。
「うまくいった」
ハザークが言う。
「？」
その直後、王の間に霊体が現れた。
「王・・・」
ラクシュミがその姿を見て驚愕のあまり目を見開いた。それはザクート王だった。傍らにいたミカエルも同様に驚いている。
「一体何の用だ。せっかく眠ったところだったのに」
ザクートはあくびをして頭をかいた。
「お前の女が王妃の中にとどまって困っているんだ。なんとかしろ」
ハザークが言った。
「私の女とはどの女だ」
「この前の儀式で降りてきた女蛇のことだ。」
「それが困ってるとは？」
「いろんな男と寝たがって困ってるのだ」
「満足させればでるんじゃないのか？」
ザクートはあっさり言った。
「今の王妃には苦痛だ。王妃は、巫女でも王以外とは交わりたくないのだ。もともとお前の遊びのせいだ。あの女を
どうにかして出させろ」
「・・・そうなのか。すまなかったな。だが・・・私が言ったくらいで出るかな。今の私は、女を抱くこともできないしな」
ザクートの霊体はかなり透けていた。前のときとは、違うようだった。
その時、ザクートはちらりとミカエルを見た。
「お前、立て」
「は？はい」
ミカエルが立ち上がる。ザクートはすっとミカエルに近づいた。そして、ザクートの姿が消えたとき、ミカエルの瞳は、
金色に輝いていた。
「これならなんとかなりそうだ」
ミカエルに入ったザクートが言った。
「とりあえずあってみよう。王、すまなかったな。こちらで何とかするから許してくれ」
ザクートがラクシュミを見ていった。
「・・はあ・・・」
ザクートはハザークと共に消えた。
ゆりの部屋では、眠るゆりのそばに、子供たちとヴィラがいた。４人共心配そうにゆりを見つめている。
そこへ、ハザークとミカエルに乗り移ったザクートが現れた。
４人共ミカエルの様子がおかしいのに気づいた。ミカエルの瞳が鮮やかな金色に輝いていたからだ。
「子供たちはしばらくでていてくれないか？お前達の母親は、必ず普通に戻すゆえに」
ミカエルの口から発せられた言葉に、４人共ぎょっとした。
「子供たちは出ろ」
とハザーク
「どうしていつものけものにするのよ！」
アナスターシャが抗議するように言った。
「お前の母親のためだ。」
「姉様、いこう」
シスが腕をひいた。
「絶対に、母様を元に戻してくれるの？」
「約束する」
ミカエルに乗り移ったザクートが言った。
ザクートはベッドの傍らに腰を下ろして、ゆりを見下ろした。ヴィラはベッドの横で控えている。
そして、奇妙な顔でミカエルの姿を見ている。
「王妃、起きるがいい」
ザクートはゆりの両方のまぶたに触れた。ゆりが目を開けた。
「ミカエル・・？」
ザクートはゆりの頬をなでた。優しく。
「気分はどうだ？」
「・・・」
「よしよし、もうしばらく眠っているか。」
もう一度、ザクートはゆりのまぶたに触れた。ゆりは目を閉じた。
一方子供たちはアナスターシャの部屋で落ち着かない様子だった。
「さっきのミカエル変だったねえ」
シスが言った。
「あれはミカエルじゃないよ。どう考えても」
とラギ。
「あーもう！いらいらするー！」
アナスターシャは部屋の中をうろうろ歩き回っていた。
「落ち着いてよ。ねー」
「落ち着かない！！」
「・・・・やっぱりいるな」
ゆりを眠らせた後、ザクートが言った。
「心の奥底に入り込んでる。説得しても出て行きそうにないなあ・・やっぱり抱くしかないかな」
ザクートは頭をかいた。
「あのう・・・」
ヴィラが恐る恐る口を挟んだ。
「ん？」
ザクートがヴィラをみる。
「先ほど、もうひとりのゆり様が現れまして、決して言うことを聞かないでくれとおっしゃってました。」
「そうか・・・ならば王妃の体を使うのは、やめたほうがいいな。うーん」
「他の女につかせることはできないのか？」
ハザークが聞く。
「・・・この前の儀式の女たちを使うか。おい、王に言って、夜までに女たちを集めてもらってくれないか？」
「はい」
「それから、男も、この体もそんなにはもたないだろうからなあ。うーん。男は9人、適当に見繕っといてくれ」
「はあ」
「じゃあ夜にしよう。ハザーク、それまで酒を飲ませろ」
「・・・はあ・・」
ハザークがため息をついた。
「先ほどのことを王に伝えてくれ」
ザクートはそういって姿を消した。
ハザークも消える。
ヴィラは侍女にゆりを任せてラクシュミの元に行った。そして先ほどのことを報告した。
「そうか・・・わかった」
「あの・・・ミカエル殿の中にいたのは・・」
「ザクート王だ」
「やはりそうですか・・・・なんというか・・・想像していた方と違いますね・・・」
「男は適当でいいのか。お前も入るか？」
「え？いえ、いいです」
ヴィラは逃げるように王の間から出て行った。
ザクートはハザークの塔で、あびるように酒を飲んでいる。横では侍女たちが酒を渡していた。ザクートは、
一人の侍女をひざに乗せた。
「お前たちは何千年たっても変わらないな。美しい・・・」
「まあ、ほほほ」
「ザクート様ったら・・・」
侍女のウエストに触れながら、右手では酒の瓶を口に運んでいる。
「そういえば、お前は、女の蛇しか触らなかったな・・」
ハザークはあきれたように眺めていた。
「当たり前だ。男なんかには触れたくない」
「ヴァリーン、口移しで飲ませてくれ」
ザクートは、ひざの上にいる白い髪の女に言った。
「ザクート様ったら・・・」
「いいではないか。な。お願いだ。」
ザクートがせつなげに頼むと、侍女はちらりとハザークを見た。
「好きにさせてやれ。」
ハザークがいう。
侍女が、お酒を口に入れてザクートに口付けた。ザクートは酒を受け取り、侍女と舌をからめた。
「美味だ。この美しいからだも味わってみたいな・・・」
「今から体を使うな」
ハザークがいう。
「そうだった。ならば、唇だけ」
侍女に口付ける。その時扉がノックされた。
他の侍女が出ると、３人の子供たちが立っていた。
子供たちは部屋の中にいれてもらった。
「あの・・・古代魔法の事とか教えていただけないでしょうか」
ラギが椅子に座っているザクートを見て聞いた。ザクート王が降りていると聞いて、いてもたってもいられなかったのだ。
ザクートのひざの上にはまだ侍女が乗っている。
「私はちょっと今忙し・・・・」
「こら」
ハザークがザクートの言葉をさえぎった。
「それくらいのことはしろ。あれだけ迷惑をかけたんだからな」
「ぐ・・・わかった。では、少し教えてやるか」
子供たちの瞳が輝いた。
ザクートは侍女をおろして子供たちと姿を消した。
ザクートは食堂の椅子に座り、子供たちの質問に答えていた。
ザクートはよってきた蛇の頭を優しくなでていた。どうやらメスだったようだ。
「ザクート様、古代魔法を、私たちが使うことってできないんでしょうか？」
アナスターシャが聞いた。
「今は全然伝わってないのか？」
「一族の力が減って古代魔法を使えるものがいなくなり、魔法はかなり廃れたんです。私達も使えるようになりたいん
です！」
「古代魔法を使うには古代叙事詩をすべて覚えたほうがいい。もちろん古代語を理解する事も必要だ。古代の言葉には魔力
が秘められている。」
「ザクート様、どうして古代語と古代叙事詩は廃れてしまったんでしょう。あんなに大事なものなのに」
ラギが不思議そうに聞いた。
「さあなあ、私もよくは知らないが・・・世の流れというものではないのか？何も力が薄まっているのは蛇の一族だけの
話ではないだろう。」
「そうですが・・・蛇の一族は数が少ないから、対抗するには力を引き上げないと・・・・」
「まずは古代叙事詩を解読する事だな。あれをそらんじることができるようになれば、古代魔法の根本もおのずとわかる。
呪文も自然に口から出てくる」
「え・・・そんなにすごいんですか？古代叙事詩って」
アナスターシャが驚いて聞いた。
「あの・・・古代叙事詩の発音がよくわからないんですが・・・教えていただけませんか？」
ラギが聞いた。机の上には宝箱の中の本に挟まっていた古代叙事詩の紙がある。
「できたら正しい訳も・・・」
「それはだめだな。辞書があっただろ？自分で訳せ。」
「はい・・・・」
「発音のわからない所はハザークに聞け。古い古代語はすっかり忘れてるかもしれないが、発音くらいは覚えてるだろう」
アナスターシャとシスは微妙な顔をした。
「ハザークが怖いのか？」
ザクートが笑みを浮かべて聞いた。
「はい、怖いです」
アナスターシャが素直に言った。
「僕も・・・ちょっと怖いです」
シスも答えた。
「僕は、そんなに怖くないですよ。優しい人だから」
とラギ。
「ハザークは、一見冷たそうに見えるが、ああ見えてかなり情の深い男だぞ。現に、今の王にもかなりの愛情を注いでる
のが私にはよくわかるぞ」
「どういうことですか？」
アナスターシャが聞く。
「気づかないのか？王の結界の補正を、ハザークはずっとしている。あれには結界を作る力はないが、それに穴があかない
ように補助する力があるようだ。おそらくは、今の王が王座についたころから、ずっとしてやっていたんだろう。さすがに
王は気づいてるだろうがな」
三人は目を合わせた。
「あまり人と関わりたがらない男だが、自分を慕う者をそう無碍にはしないと思うぞ。恐れずに話しかけてみたらいい。」
「はい」
三人はそれぞれ返事をした。
「宝箱の中に、いいものが入ってたろ？」
「あ、あの綺麗な剣ですか？」
「もってこい、剣の説明をしてやろう」
アナスターシャとシスの目が輝いた。二人はすぐに剣を持ってきて、ザクートに渡した。
アナスターシャがもらった剣は、聖剣イレイザという剣で、シスがもらった剣は聖剣ダ・ムーという名前がついていた。
それぞれ魔法の力が込められていて、イレイザには蛇の霊たちが宿り、ダ・ムーには、味方の防御力をあげる力が
あるということだった。３人は熱心にザクートの言葉を聞いていた。この剣を使うには、強い精神力と、魔力の向上が
欠かせない。やはり、アナスターシャは苦手な古代語にも力を入れなければならないようだと自分でも感じていた。
説明が終わり、ラギが聞いてみた。
「あの・・・どうして僕らに宝箱を下さったんですか？」
今思えば不思議な事だった。
「それは私の予知能力のせいだ」
「予知？」
「ああ。私には予知能力があった。今はもうないが、生前様々な未来を予知した。一族の力がかなり薄まることも
予知していた」
「・・・どうして警告しなかったんですか？古代叙事詩や、古代語を廃らせないようにと」
たまに現れるザクートが警告していたならば、それらも廃れなかったかもしれない、とラギはちょっと思ったのだった。
「問題はそこだけでもないし、正直に言うと、別に将来のことはどうでもよかった。だってそうだろう？３千年、５千年先
を心配したってしょうがないじゃないか」
「まあ、それはそうかもしれませんが・・・」
「ではなんで私達に剣とか本を下さったんですか？」
アナスターシャが聞いた。
「この剣を使って戦う、大人になったお前達の姿が見えたからだ。どうしてそれがお前達だと思ったかというと、
金色の瞳を持った者が他にも数人見えたからだ。あれだけ子供を産むのは、今の王妃しかいないだろ？
だからあの箱を置いておいたのだ」
ザクートの言葉に、３人はほえーと感嘆するように口を開けていた。
まあ・・・本当はそういう理由ではないのだが・・・・
予知したのがその場面だけだったのなら、ザクートはそこまでする気にはならなかった。
戦いの場面とさらに、その子らと楽しそうにしているハザークの姿が見えたからだった。
だからそういう気になったのだ。
「さて、もう夕方か。久しぶりに、何かおいしいものでも食わせてくれないか？」
「はい」
アナスターシャがうなずいた。
夜になり、広間に10人の女と男たちが集められた。そこへザクートが現れた。もちろん姿はミカエルなのだが、
女たちの頬が染まった。
「お前たち、今日は他の男の体を借りて交わることになるが、よいか？」
「はい」
女たちは迷う事なく返事をした。
ザクートは女たちの頬をなでている。
「再びお前たちの肌に触れられるとは、なんという幸運なのだろうな。」
男たちは皆緊張した顔をしている。
ザクートはラクシュミの元に近づいた。その腕の中には、眠ったままのゆりがいる。
ラクシュミは部屋の隅の椅子に座っていた。
「王は、王妃の体をずっと捕まえていてくれ。何があっても離さぬように」
「わかりました」
ラクシュミが答える。ザクートは、ゆりのまぶたに触れた。
「目覚めよ。王妃」
ゆりの目が開いた。
「ここは・・？王様？皆、何してるの？」
ゆりは体をおこして、きょろきょろと周りを見た。
ザクートはゆりの頬をなでた。
「女神よ。王妃の中にいるのはわかっているのだぞ。」
「・・・？」
ゆりはきょとんとした顔をしていた。
「ミカエル、何いってるの？」
「私が誰かわからぬとは、随分つれないのではないか？」
「・・・王・・・」
ゆりの目が見開いた。
「王妃の体がすっかり居心地がよくなってしまったのだな？だが、お前は王妃の中にはずっといられないのだ。
出てくる気はないか？」
「・・・何を言っているのかわからない。」
「わからなければいい。今日は私は王妃は抱かない。それでもそこにいるか？」
「・・・・」
ゆりがラクシュミのひざから降りようとする。ラクシュミはゆりの体をとられて離さない。
「なんの儀式なの？どうして王が・・・」
「お前を昇天させるための儀式だ。だが・・・そこにいたのではお前は参加できないな」
ザクートは淡々と告げてゆりからはなれた。
「王！どういうことなの？！離して！」
ゆりがもがく。
ザクートは一人の女の腕を取り、抱き寄せた。
「ザクート様・・・」
「サリナ。この前見たときよりも、いっそう美しくなったな。」
顔を寄せて言う。
「名前を、覚えていてくださったのですね」
サリナがうれしそうに言った。
「当たり前だろう。お前の美しい顔も、体も、どこが一番感じるかも全部覚えているぞ」
ザクートは優しくサリナの服を脱がしながら言う。
「ああ・・・ザクート様・・・」
「お前も、私の服を脱がしてくれ」
ザクートは耳元でささやいた。
やがて、サリナのあえぎ声が、広間に響き渡る。まさか一族の女が交わりの月でもないのに、あんなにも淫らな声を
あげるとは、男たちはあっけにとられていた。女たちは頬を染めて順番を待っている。
「ああ・・・ザクート様・・・ああ・・はあん・・・」
女の肌には、はっきりと蛇紋が現れている。
「ああ・・ああ・・・！」
やがて女は達して、体を離された。
だが、女の体は再び抱きしめられた。
「今日は、もっといっぱい抱いてやるからな。」
「ああ・・・うれしい・・・」
「そうか。本当にお前はかわいらしい・・」
ゆりは、その様子をじっと見ていた。頬を上気させて足をすりよせている。
「王様・・・お願い・・・離して・・・」
ゆりが言った。
「だめだ」
「あああ・・・あああ・・・・気持ちいい！愛してます！ザクート様！」
サリナは、いろんな態勢で抱かれていた。
やがて、ザクートはサリナの体をゆっくりと下に下ろした。サリナは、至福の表情を浮かべている。
ザクートはゆりを見た。
「どうしたのだ？したいのだろう？ならば、この女たちに入るがいい。いろんな男に抱かれるよりも、私にされるほうが
よっぽどよいだろうに。さて、体を変えよう。お前、こっちにこい」
ザクートは、男の一人を呼び、体を取り替えた。ミカエルの体は床に崩れた。男の瞳が金色に輝く。
「さあ、次は、フィリア、こい」
「はい・・・」
フィリアはザクートによっていった。
「おや、お前、髪型が前とは変わったな？」
「えええ、そんなことまで覚えてらしたのですか？」
「当然だろう。今の髪型も、とてもよく似合っている。だが、お前の体で一番美しいのは、この、唇だ」
ザクートはフィリアの唇を指で触れた。
「なんと美しい形であろうか。そばでみると、口付けずにはいられない。」
「ザクート様・・・」
「さあ・・口付けてくれ・・・」
「え・・・ですが・・そんな恐れ多いことは・・・」
「何を言う。美しいお前の前では私の心は奴隷も同然だ。お前から口付けてほしいのだ」
「ザクート様！」
フィリアはザクートに抱きつき唇を寄せた。その手はザクートの服にかかり、脱がしている。
「愛してます。ザクート様」
「私もだ。お前を愛してる。さあ、私にお前の声を聞かせてくれ。」
ザクートはフィリアを裸にして、抱いた。
「あ・・・・あああ・・・・」
ゆりの体ががくりと前のめりになり、ラクシュミが支えた。
どうやら女蛇は行ったようだった。
「王・・・ザクート王・・」
「ふふふ、女神よ。お前も女たちと一緒に、かわいがってやるぞ。」
「ああ・・・・ああああ！」
ザクートは何度も繰り返して、やがて、10人目の女を何度も抱いた後、言った。
「どうだ？女神よ。とても楽しかっただろう？」
女がこくこくとうなずく。
「満足したか？」
こくんとうなずいた。
「もうこんな悪さをするんじゃないぞ？私も次は怒るからな？」
またうなずく。
「では、これで天に帰るな？」
大きくうなずいた。
「よし。では帰れ」
女が目を閉じた。ザクートは抱きしめていた女の体を下ろした。そして、息を吐いた。
「終わった。王よ。王妃を苦しませてすまなかったな」
ザクートはラクシュミを見ていった。
「いえ・・・」
ラクシュミは途中からあっけにとられている。
「では私は、しばらくまた眠るとしよう」
ザクートの霊体がふっと男の体から出た。男の体はがくりと床に落ちた。
「ザクート様・・・」
女たちが、悲しそうに見つめていた。
「泣くな。私まで悲しくなるではないか。笑ってくれ。お前たちの笑顔を胸に、私は眠りたい」
「はい・・・」
女たちが微笑むと、ザクートは微笑んだ。
「美しいぞ。私の女神たちよ。では、さらばだ」
ザクートの霊体は消えてしまった。
こうして女たちの心に愛を残し、ザクートは再び眠りについたのだった。
儀式が終わってしばらくして、ラクシュミはハザークの部屋にいた。
ゆりは自分の部屋で安らかな顔で眠っている。
「驚いた」
ラクシュミがぼそっといい、ハザークがくっくと笑った。
「あれほど馬鹿な男もおらんだろう？」
二人は座って酒を飲んでいる。
「よくもまあ、あれだけ女をほめられるものだ。しかも自分が奴隷だなどと」
王である者の言う言葉とは思えない。それよりも、あの性欲には驚くばかりだ。
「ふふふ。世辞ではなく本気で言ってるんだからな。あきれるばかりだ。」
「ザクート王に王妃は何人いた？」
「王妃といえる存在はいなかった。女は皆恋人のようなものだったからな。」
「よく体がもったもんだ」
あきれるやら感心するやら、だ。
それだけ恋人がいたザクートだったが、歴史書によれば、子供は二人しかいない。
「なあ、ハザーク、お前は・・・ザクート王の血縁か何かじゃないのか？」
ラクシュミは真面目な顔で聞いた。
そうでなければ、あれだけ気安い仲になれるだろうか、そう思ったのだ。
「どうなんだ？お前の両親は、本当に蛇なのか？」
「・・・それについてはあまり答えたくないな。あれの息子でよかったことは、あんまりないからな」
「やはりそうなのか・・・だからお前にも似たような力があるんだな」
他人の力を引き上げる能力、それはザクート王譲りだとすれば、納得できる。
「なら、竪琴の下手な女というのは誰なんだ？この際教えてくれ」
ラクシュミは楽しそうに聞いた。
「・・・・」
「お前が好きだった女なのか？」
「ザクートの母親だ。子供だった我を捕まえてはへたくそな竪琴を聞かせていた。変な女だった。」
「ヒューリア様なのか・・・」
ザクート王が伝説の偉大な王ならば、彼を産んだ母親も、やはり伝説の母親だった。
「今思えば、王妃に少し似てるかもな。ヒューリアも、見かけは美人という風貌ではなかった。だが、妙に無邪気な所が
あって、男心を揺さぶるような所があったようだ。だから男達にも人気があった。」
「なら、ザクート王の顔は父親譲りなのか？」
「それがそうでもない。どちらとも似てないんだ。ザクートは。ヒューリアはかなりの特異体質で、赤い月にはかなりの
淫気を発して、男たちをひきつけてどうにもならなかった。だから王は他の男とも交わらせたのだが、あの淫気には蛇たちも
あてられていた。金色の瞳は紛れもなく父王譲りなのだろうが、力の桁は違っていたからな。いろんな血が混じってそう
なったのかよくわからないが・・・」
「とにかくあの性欲には恐れ入ったな。そこは似なくてよかったな」
「・・・冗談じゃない」
ハザークは横を向いて言った。ラクシュミは苦笑した。
「まあなんにせよ、ゆりが普通に戻ってよかった」
ラクシュミはしみじみと言った。
ゆりは夢も見なくなり、すっかり元に戻り、もう一人のゆりも出て来るようになった。子供たちもほっと胸をなでおろし、
侍女たちも、周りの男たちも同様に安堵した。
ゆりはなんだか食欲が出てきて、毎日結構な食事を食べる日々だった。子供はようやく安定期に入り、二つの気が感じ
られるようになったようだ。
あの事件から５日ほど過ぎて、気をあげに来てくれたフリットにゆりが聞いた。
「ねえ、ミカエルは元気なの？全然こないけど・・」
男達は皆元気になったゆりに会いにきたのだが、いつも真っ先に来るミカエルは来てなかった。
「実はまだ寝込んでるんですよ。ザクート王が入った後遺症みたいで」
「えー？大丈夫なの？」
「ただひどくだるいだけですから心配しないでください」
「そう・・・大変だったんだね」
体を奪われて、知らない間に女まで抱いていたミカエルは、ベッドでまだうーんとうなっていたのだった。
すすむ