お願いします・・・ハザーク様・・・
私はどうしてもこの子を次の王にしたいんです。
力をお貸しください。
どうか・・・お願いします・・・
第２４話
12の月に入り、今年も梅雨がやってきた。じめじめとして湿気が高くて不快指数があがっていたが、ゆりは他の理由で
ちょっといらついていた。ここ２，３日、誰かの気が欲しくてしょうがなくなっていた。まるで吸血鬼のように「気を
よこせ〜」という状態だった。
朝ミカエルにもらい、昼ミルキダスにもらい、夕方ジュノーにもらっていた。
「あーまいったなあ。一日３人はもらいすぎよねー」
ゆりは長椅子の上でジュノーに引っ付いて言った。
「双子なんですからしょうがないですよ」
「うーん・・・」
一日３人にもらっていると、すぐ全員回ってしまう。あまり短期間でもらいすぎるのはよくないために、やはり他の人からも
もらわなきゃいけない。
「昨日はユリウスとイシュタールとヴィラからもらったからなあ。明日は他の人からもらわなきゃ」
「がんばってください。王妃」
「イヤー私よりも、気をとられる皆の方が大変のような気がするけど。私はただもらうだけだし」
ジュノーは優しくゆりのおなかをなでた。
「前みたいに王妃に話しかけたりはまだないんですか？」
「そういうのはまだないよ。アナスターシャも試してるけど、まだお話は無理みたい」
「そうですか。ああ、早くあれにならないかな・・・」
「・・・この前あんなことあったからあれはちょっと怖いなあ・・」
「いつも王妃に降りてくる女蛇は、皆優しい性格ですけどね、まあ、たまたまですよ」
「そうだといいけどね」
ジュノーはにこにこしてゆりのおなかをなでていた。
儀式はちょっと怖いけど、このまま気の欲求が続くのも困りものだ・・・
その時、扉がノックされてアナスターシャとシスが部屋に入ってきた。
「母様まだ気ほしい？私があげようか？」
「僕もあげるよ」
「うーん。いいよ。あなたたちは修行にいそしみなさい」
「うー」
アナスターシャはゆりのおなかにべたっと耳を引っ付けた。
「何か言ってる？」
「ううん。寝てるみたい」
「そうなの」
「僕も僕も」
シスがアナスターシャの肩を揺らして、代わりにシスがゆりのおなかにくっついた。
「あのねー、父様がね、赤ちゃん達の名前３人で考えなさいって言ったのよ」
アナスターシャがうれしそうに言った。
「そうなの。素敵な名前考えてね」
ゆりがにっこり笑って言った。
「うん。いろいろ考えてるんだよね。でも名前って難しいねー」
「妹は可愛い名前にしてあげなきゃ」
「姫は本当に妹ができるのがうれしそうですね」
ジュノーが微笑んで言うと、アナスターシャはにまっと笑った。
「二人で同じ服着るのよー」
「そうですか」
その時扉がノックされて、アナスターシャが扉を開けた。すると、ハザークの侍女が立っていた。
「こんにちは」
アナスターシャが言うと、侍女も「こんにちは」と言った。
「あれ？どうしたの？侍女さん」
ゆりが顔を見て言うと、侍女は少し微笑んだ。
「別に用事はないのですが、王妃様のお加減がどうかと思いまして・・・」
「気が欲しい以外は普通よ」
「そうですか・・・それではまた10日に参ります」
そう言って侍女はそのまま去って行った。
「？何か用事があったんじゃないのかな？」
ゆりは首をかしげた。
「大勢いたからじゃないんですか？」
ジュノーが言う。
「そうかな」
「今の人はヴァリーンさんだよ」
とシスが言った。
ゆりがぎょっとした。
「え？皆の名前覚えたの？っていうか見分けつくの？」
「うん・・・母様見分けつかないの？」
シスはそっちの方が意外そうに聞いた。
「だって・・・皆同じだし・・・大体・・・」
「違うよ。所々」
アナスターシャにまで言われてゆりはがーんとショックを受けた。
「母様は目が悪いから見分けるの無理だって、ハザーク様が言ってたよ」
アナスターシャが言った。
「ハザーク様が言ってたって、アナスターシャいついったの？ハザーク様のところ」
「たまに行ってるよ。少し話してさっと返ってくるの」
「へー」
「でもハザーク様に会うと、胸がどきどきしてちょっと怖いよ。まだ」
シスが言った。
「ふーん・・・それは知らなかった」
「あれって肝試しみたいね」
とアナスターシャが言った。
肝試しねえ・・・・まあそれはいいとして、侍女さん何の用だったんだろ・・・あさって竪琴の日だから聞いてみよう。
「王妃、すいません。そろそろ無理です」
「あ、ごめんごめん」
ぼんやりしていたら、ジュノーの気を吸いまくってしまったらしい。ゆりはからだを離した。
「大丈夫ですか？まだ欲しいですか？」
「ううん。もう大丈夫みたいよ」
今日は３人にもらって落ち着いたようだった。
次の日の朝起きると、気が欲しいというような感じはなかった。３日もらいまくっておちついたようだ。
侍女に今日はどうしますかと聞かれてゆりは迷ったが、「今日はいいみたい」と侍女に告げた。
シャナーンは呼んでほしそうにしていたが、そのうちまた気が欲しくなった時に呼ぼうと思ったのだ。雨も降っていたし、
その日はおとなしく部屋で竪琴の練習をした。
そして次の日の朝、ハザークの侍女が竪琴を教えに来てくれたので、休憩時間に入り、ゆりはそれとなく聞いてみた。
「おとついヴァリーンさんが部屋にたずねに来てくれたんだけど、何か用じゃなかったのかな？何も言わずにいっちゃった
けど」
今目の前にいる侍女が、おとつい会った侍女と同じかどうかわからなかったが、とりあえずそう聞いてみた。
「そうですか。ただ王妃様に会いにきただけでしょう。」
侍女はそうとだけ言った。
「ならいいけど・・・」
午後ハザークの部屋に行ったが、ハザークは別に普通だった。その日は少し話だけして部屋を出た。
まあ普通そうだし、なんでもなかったみたい。
そう思い、ゆりはさほど気にしなかった。
だがその数日後、ラギはたまたまゆりの部屋の前の廊下に、ハザークの侍女がぼんやり立っているのを発見した。
「どうしたんですか？」
ラギは侍女に近づいて聞いた。
「実は、もう一人の王妃様のほうに用があるんです」
「そうなんですか？いいですよ。変えてあげますよ」
ラギはノックしてゆりの部屋に入った。ゆりは竪琴を弾いていた。
「母さん、もう一人の母さん」
そういうと、ゆりの左目がぱっと変わった。
「何？」
「ハザーク様の侍女さんが母さんに用があるって」
「私に？」
ゆりが廊下に出ると、侍女が立っていた。
「用って何？」
「ハザーク様が、王妃様に用があるようなんです」
「私に？」
ゆりは首をひねった。
自分の方に用があるとはどういう用なのだろう。
「まあいいですけど、じゃあ今から行きますか」
ゆりがそういうと、侍女はゆりの腕をそっと握った。
「あの、申し訳ありませんが、話の内容を後で教えていただけませんか？」
侍女は少し不安げにそういった。
ゆりが部屋に行くと、ハザークは起き上がり、侍女は出て行った。
「珍しいですね。私に話なんて」
ゆりはそう言ってハザークの横に座った。
「話って何ですか？」
「実は、お前の子供の力を上げる方法がもうひとつある」
ハザークは冷静な表情でゆりを見つめて言った。
「え？子供の力？」
「ああ。言おうか言うまいか、迷っていたんだが・・・言うことにした」
「へえ、何ですか？」
ハザークはぼそっと言った。
ゆりの表情が固まった。
「今なんていいました？」
ゆりは聞き返した。ハザークの言った意味はわかったのだが、理解したくなかった。
「我の肉を食えば子供の力があがる」
ハザークはもう一度同じことを言った。
ゆりの顔はひきつっていた。いやーん。冗談ばっかり、と笑い飛ばせる状況ではなかった。ハザークは真面目な顔をして
ゆりを見ていた。
「お前が欲しいならやる」
ハザークは続けてそういった。
「何で私に言うんです」
ゆりは横目でハザークを見て聞いた。
「向こうには無理だろう。だからお前に言ってる」
「あのね・・・私だってそんなことしたかないです！」
ゆりはハザークの耳元でどなった。
「そんな大声を出さなくても聞こえる」
「向こうなら優しくてできないけど、私なら平気で食えると思ったんですか？見損なってもらっちゃ困りますよ。」
「何で怒る」
「私はそこまで非道じゃありませんよ」
ゆりはハザークを睨んでいた。そう思われていたことがショックだった。
「そんなこと言ってない。別に我は死ぬわけでもない。お前は子供の力をあげたくないのか？」
「もう十分あがってますよ。別にいいですよ」
「なんでだ？」
ハザークはどうも理解できないようだった。
いかん・・・想像したら気分悪くなってきた・・・ん？ちょっと待って・・・
ゆりはひとつの疑問が浮かんだ。そう言うという事は、だれかが試したということだ。
「・・・今まで何人かにあげたんですか？」
「いや、一人だけだ」
「どうしてそういう事になったんです？」
「王妃が欲しいと言ったからやったんだ」
「それで子供の力があがったんですか？」
「ああ・・・かなりあがった・・・」
ゆりはため息をついた。
王妃は王の子供を孕むと蛇を食べるという習慣があった。確かに、同じ蛇ならば、力が強いハザークの肉の方が
効き目はありそうだが、考えただけでぞっとする。向こうのゆりが聞けば悲鳴をあげるだろうが、こちらのゆりとて
喜んでそんなことはできない。
「ハザーク様、その人のこと愛してたんですか？」
「・・・わからない。」
「わからないのになぜそこまでしたんです」
「さあ・・・」
「じゃあなぜ私にそんなこと言う気になったんです」
「王妃のために何かしたいと思ったからだ」
「十分いろいろしてくれてますよ。気をもらうだけで十分です」
「お前なんで怒ってるんだ」
ハザークは心底わからないようだった。
「いいですか？おなかの子供にとっては気をくれる男はみんなお父さんみたいなもんです。お父さんの肉を食ったおかげで
力があがって、子供が喜ぶと思うんですか？」
「そんなこと言わなきゃいいだろ。」
「言わなきゃいいとかいう問題じゃありません！」
「母親なら、子供のために何でもしてやりたいと思わないのか？」
「ハザーク様はそんなに自分を犠牲にしたいんですか？」
「別にそういうわけではないが・・・」
あっちの私が好きだから何かをしたいという気持ちはわかるが・・・
この人はそういう方法でしか愛情を示せない人なのかな・・・・
「ハザーク様ってなんだか悲しい人ですね」
ゆりはちょっとしんみりして言った。
「悲しい？」
「とにかく、その話はもう二度と聞きたくありません。胎教に悪いからやめてください」
「いいのか？」
「もういいんです。それじゃ」
ゆりはとっとと部屋を出て行った。
やれやれ・・・全く何考えてるんだ・・・それよりも、ハザーク様にそんなこと言ったバカ女はだれなんだ。
ゆりはハザークの部屋の下の階にある扉をノックした。そこは侍女たちの部屋なのだ。侍女はすぐに出てきた。
「私の部屋に行く？」
「はい」
ゆりは一人の侍女と自分の部屋に飛んで、自分の侍女を出して二人きりになった。そして先ほどのことを話したのだった。
「やはりそうでしたか・・・」
侍女はため息交じりに言って視線を伏せた。
「誰なの？その女って」
「およそ4500年ほど前の王妃です。名前はヴァネッサ。私達は、あの女だけは許す事ができません」
侍女はゆりを見つめて言った。瞳にはわずかに怒りの色が浮かんでいた。
「当時、王妃は３人おりまして、そのうちの二人が同時期に王の子供を身ごもったのです。ヴァネッサよりももう一人の
王妃の方が力があったので、普通ならばそちらの王妃の子供の方が力があるはずでした。それでヴァネッサは
ハザーク様に取り入ったんです。どちらの王妃も一度はハザーク様とそういう仲になり、子供の力をあげてもらっていた
のですが、ヴァネッサはどうにかして自分の子供の力をもっとあげたかったのでしょう。毎日のようにハザーク様の元を
訪れては、ハザーク様を好きな振りをしていました」
「好きな振り？」
「私たちも嫌な予感はしていたのですが・・・まさかあんな事をなさるとは思いもよらずに。ヴァネッサは大変美しい
女でしたし、何度も閨を共にするうちに、ハザーク様もかなりの情を持ってしまわれたのだと思います。ある日、ハザーク
様の腕が血に染まっておりました。私達が泣きながら問いただすと、ただ「すまない」と。それ以来ヴァネッサはハザーク様
の元を訪れる事はありませんでした。それで事の真相に気づいたのです」
「・・・・」
侍女の頬には涙が流れていた。
ゆりもその場面を想像するだけで悲しくなってきた。
その女にとっては、ハザーク様はただの蛇でしかなかったんだ・・・
「それで、その女の子供の方が力があがって次の王になったの？」
「そうです。かなりの効果があったようです」
「悲しい話だね。侍女さんらも悲しかっただろうね」
想像するだけで胸が痛かった。
「傷は100年もの間治りませんでしたから、とても悲しかったです」
「そんなに・・・痛かっただろうね・・・」
「最近ハザーク様が考えこんでおられるようでしたので、まさかその事を言うのではとひやひやしていたんです。王妃様に
情を持つ事は良いことだとは思うのですが・・・」
「私だって傷ついたハザーク様は見たくないよ。気もらうだけで十分よ」
「そうですか」
「私、ハザーク様はこの国で一番綺麗な蛇だと思ってるんだよ。傷なんてつけて欲しくないよ」
侍女が出て行った後も、ゆりはなんだか心が沈んでしまい、しばらく考え込んでいた。
ハザーク様、ヴァネッサって王妃の事を、かなり好きだったんだろうな・・・
好きな女に泣きながら訴えられれば、そこまでしてしまいたくなったのかもしれないけど・・・
二度と会いにこなくなって、一体どう思ったんだろう・・・ショックだったかな。切ない話だなあ・・・
だけど・・・もしそのうちに、食えとか言って肉もってきたらどうしよう・・・それも怖い・・・
ゆりはぞっとしたので、夜ラクシュミにハザークの事を話したのだった。
話を聞いたラクシュミも、かなりぞっとしていた。
「おぞましい話だ」
「どうもそれがハザーク様の究極の愛情っぽいよ」
「究極の愛情？」
ラクシュミの眉間にはかなり皺がよっていた。
「ハザークはザクート王の息子なんだぞ。半分は人の血が入ってるんだぞ」
「え？そうなの？」
ゆりはびっくりして目を見開いた。
「全然似てないねえ」
「お前、食うんじゃないぞ？」
ラクシュミに真顔で言われて、ゆりの頬が引きつった。
「あのね、食うわけないでしょ！ただ心配なのよ。自分で腕とか切りそうで」
「明日話してみる」
「そうしてください」
全く・・・なんで私がそこまですると思うわけ・・・ひどい・・・・
「私はそんなに非道な女じゃないのにい・・・」
ゆりは小声でぶつくさ言っていた。
次の日の夜、ラクシュミはハザークの部屋を訪れた。ハザークは薄暗い部屋で長椅子で寝そべっていた。
「ハザーク、ゆりに聞いたぞ」
ラクシュミがそういうと、ハザークはしばらく間をおいてからラクシュミを見上げた。
「王妃がなぜ怒ったのかわからない」
「普通の女なら怒るだろう。それを聞いて喜ぶような女なら、私はゆりを好きになってないぞ」
「・・・・」
ラクシュミは椅子を長椅子の側に持ってきて座った。
「もう二度と、だれにも言うんじゃないぞ」
「・・・なんで王妃が怒った」
「どちらのゆりにとっても、お前はただの蛇じゃない。お前の事が好きだから怒ったんだ」
「・・・・王妃に悲しい人だと言われた。前にも同じように言われた」
「ん？」
あれは・・・ヴァネッサではないもう一人の王妃だった。子供が生まれた後にやってきた。
「その腕はどうしたんです？」
王妃は我の腕の傷に気づいて聞いてきた。
「ちょっと怪我をした」
「・・・ヴァネッサに何かしましたね？」
「・・・・お前にはすまないことをした」
「・・・悲しい人ですね。ヴァネッサは、ハザーク様のことを愛してはおりませんのに・・・」
「・・・」
愛されたい、と思ってしたことではないから別にかまわなかった。
ただ、望みをかなえてやりたかっただけだ。
「お前は怒っているだろうな」
「怒ってはいません。ハザーク様の侍女達と一緒で、悲しいだけです。もう二度とそんなことをしてはいけませんよ」
「お前は欲しくなかったのか？」
「交わった男の肉など私には食べられません。」
王妃は悲しそうにそういった。
「あの時は泣きながらすがられて、そうしてもいいと思ったんだ。今回は自分から思った」
「ゆりにすれば迷惑だぞ」
「なんでだ？子供の力が上がれば、お前もうれしいだろう？」
「そんな理由であがってうれしいわけないだろ。逆に悲しいぞ私は」
「・・・何かしたかったんだ」
「十分いろいろしてくれてるじゃないか。私もゆりも、子供たちも、お前が傷ついている姿なんて見たくないんだぞ」
「・・・・わかった、もう言わない」
「約束だぞ」
「ああ」
好きだからそうしてもいいと思ったのだが・・・間違いだったのだろうか・・・
いつもの王妃には無理でも、もう一人の王妃の方なら喜ぶと思ったんだが・・・
「母親とは、子供のためになら何でもしたくなるものなのです。」
ヴァネッサはそう言っていた。
誰もがそう思うわけではないのだろうが、どちらの王妃もそうは思わないのか・・・
翌朝、ベッドの上で目を覚ましたハザークは横にゆりが座っていたのでぎょっとした。ゆりの左目は蛇の目に変わっていた。
「おはよ〜ハザーク様」
ゆりは笑顔だった。
「どうしたんだ？」
「私肉はいらないけど、ハザーク様には他に欲しいものがあるの」
「なんだ？」
「快楽」
「・・・快楽？」
「そ。快楽がほし〜い」
ゆりはハザークに抱きついた。するとハザークはどろんと大きな蛇の姿に変わってしまった。
「あーそういう反撃にでるわけ。別にいいよーめげないもーん」
ゆりはハザークの体に両手と両足を巻きつけた。
ー・・・苦しいぞ・・・
蛇のままだとしゃべれないので、思念で話してきた。
「なら人に変わったら？」
ゆりが楽しそうに言った。
ーお前・・・昨日の事怒ってるのか？
「怒ってないけど傷ついた。私虫も殺せないような優しい王妃様だと周りに思われてると思ってたのに・・・」
ー別にお前をひどい女だと言ったつもりはない。
「あっちは抱いても私を抱くのはそんなにやなわけ？」
ーそういうわけじゃない。ただ突然でびっくりしただけだ。
「じゃあ人に戻って」
ハザークは人の姿に戻った。ゆりは顔を寄せてハザークに口付けた。
「私だってハザーク様のこと好きだよ」
「・・・・」
「だから抱かれたい」
「・・・他に子供の力を上げる方法はもうないんだぞ？」
「子供のことはもういいんだってば。見返りが欲しいわけじゃないの。ただ仲良くしたいだけ」
「それでいいのか？なら遠慮なく抱くぞ？」
「うん」
「本当に見返りはなくていいだな？」
「しつこいよ・・・」
ゆりがにらんだ。
「お前はそういう女だと思ってたんだ」
「だからそれが誤解だって・・・」
「そうなのか？」
「でもできたら抱かれながら気欲しいな」
ゆりがにこっと笑って言うと、ハザークがにらんだ。
「別にやならいいですよ」
「まあ、いいぞ、それくらいなら」
ハザークはゆりの頬をなでて体に腕を回した。
それからしばらくして、黒目のゆりが目を覚ました。周りを見ると、自分の部屋の長椅子で寝ていたようだった。
「ふああ」とゆりは大きなあくびをした。
いつの間に寝たんだっけ。なんだか体がだるいなー
ゆりは首をならしながら体をおこして大きく伸びした。まさか朝っぱらからハザークといちゃついていたなどとこちらのゆり
は知らなかったが、なんだか体がもやもやするなと感じていた。
窓を見ると雨粒があたっていた。今日も雨だ。
うーん。こういう変な気分の時は、だれか降りてきそうだなあ。水蛇ちゃんとかが・・・
そんなことを思っていたら、扉がノックされた。ゆりが開けてみると、フリットが立っていた。その時、ゆりはすっと
誰かが入ってくるのを感じた。
「あ。やっぱりきた」
「え？」
フリットが瞬いた。
「今日は大丈夫ですか？気」
「うん。大丈夫だけど、フリットに側にいてほしいな」
「いいですよ？」
「雨の中でいちゃいちゃしよー」
ゆりはフリットの腕を抱きしめていた。
「え、それはちょっと・・・あれ？誰か降りたんですか？」
「うん。そーみたい。」
「水蛇さん？」
「あたりみたい」
「そうですか」
たまに降りてくる水蛇さんは、長い髪の男が好きとかでフリットのことが結構好きらしかった。
「水に濡れたいな」
「外はだめですよ。お風呂に入ったらいいですよ。ね」
「うん。一緒にきて。ね。ね」
「はい」
こうして、双子ができて初めての儀式が起こったのだった。
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