梅雨が終わり、晴れの日が数日続き今年もあっという間に１３の月に入ってしまった。
今年は結構いろいろな事があったなあ・・・私が妊娠したし、ジュメに子供ができたり、アヤコさんも妊娠したし・・・
ザクート王のこともあったし・・・
ゆりは今年あった出来事を振り返っていた。
南の庭園の方をぶらぶらしていたら、数人の年配の男の人がしゃがんで草を刈っていた。
「ご苦労様」
ゆりが声をかけると、皆笑顔で頭を下げた。
「これは王妃様」
「結構あちこち草が伸びてるね。全部刈るの大変ね」
「へえ、仕事ですから」
城の周りの庭園は、いつも綺麗に整備されている。ちゃんと庭師が数人いて花壇の花を変えたりもしてくれていた。
同じ花壇でも、ゆりが退屈しないようにたまに花が変えられたりもしている。梅雨の間、結構草が生えてしまったらしい。
ゆりは奥の花壇の方に、水色っぽい髪の男が背を向けて立っているのを見た。
ゆりは近づいて行き、声をかけた。
「こんにちは、シャナーン」
すると男は振り向いて、驚いたような顔をして、次に微笑んだ。
「こんにちは、王妃」
「お花見てたの？」
「はい。」
というとシャナーンはちょっと恥ずかしそうに頬を染めた。目の前にあるのは王の花壇だった。結構大輪の花が咲いている。
「実は、私はこの花が好きなんです」
というと、シャナーンは大輪の豪華な花ではなく、下のほうに密集して生えていた丈の低い小さな花を指差した。
花びらは５枚で、ピンク色だった。芝桜をもう少し小さくしたような花が細い茎についている。
「この花？」
ゆりはしゃがんで花を見た。
「シャラの花というんですよ。雑草のようなもので、いつも梅雨が明けて気がつくとどこかに生えてるんです。」
「かわいいね」
ゆりが微笑んだ。
「はい、かわいいんです」
二人はしばらく花を見つめていた。そういわれれば、毎年梅雨が明けるとどこかに咲いていたのをゆりも見かけていた。
今まであまり気にかけたことはなかったのだが。
二人で微笑んで花を眺めていたら、すごく和やかな気持ちになってきた。
いいねえ。こういう風にお花を眺めるってのも・・
二人がぼんやりしていると、横から二人の女が近づいてきたので、二人は花壇から少し離れた。
やってきたのは王の侍女だった。
「こんにちは。王妃様」
二人はゆりに挨拶をして、ゆりもこんにちはと返した。二人は休憩室や王の間に飾る花を取りに来たのだろう。花壇に入って
行った。それはいいのだが、シャラの花を踏みつけて行ったのでゆりはむっとした。
「それ踏まないで。見てたんだから」
ゆりが注意すると、二人は顔を向けて、下を見てから「すいません」と言った。そして花を何本か切って去って行った。
ゆりは花壇に近づいて花の上にかかった土を払ってやった。
「王妃、御手が汚れますから」
シャナーンが驚いて言った。
「いいよ。別に。どうやら大丈夫だったみたい」
「王妃・・・」
「そうだ、このお花抜かれないように言っておこう」
「え、いいんですよ。別に」
「いいじゃない。私もこの花気に入ったんだもん」
ゆりはシャナーンに微笑んで言ったのだった。
第26話
ゆりが部屋に戻ると、ユリウスとジュメがいたのでゆりはぱっとうれしそうな顔をした。
「来てたんだー」
「こんにちは。王妃」
「こんにちは」
二人の前にはお茶とお菓子がおいてあった。
「どう？ジュメ調子は」
「順調のようですよ。自分ではよくわかりませんが」
「そう」
ゆりはにこにこしてジュメのおなかをみた。この中にはイシュタールの子供がいるのだ。
一時は、ジュメにイシュタールをあげてもいいと真面目に思っていたゆりだったが、あの後、ザクート王の儀式の前兆で
イシュタールと熱々になってしまったりでそういう事が言い出せなくなってしまっていた。この前は蛇霊神の儀式で
引っ付いたし、ジュメには悪いがイシュタールとの仲もそのまま続きそうだ。
「実はちょっと困ったことが・・・」
ジュメが言うと、ユリウスがぷっと笑った。
「困った事？」
「あれからイシュタール様が時々来るんです」
ゆりはきょとんとした。
「それが何で困るの？」
「それでおなかを触ろうとするんです」
「いいじゃない。別にそのくらい」
ユリウスはおかしそうに笑っていた。
「なんだかやたら気恥ずかしいんですよ・・・」
ジュメは困ったように言っていた。
「イシュタール殿は、ジュメがあんまり逃げるから嫌われてると思ってるようなんですよ。なんで嫌いなのに交わりの月
を誘ってきたんだろうって悩んでるみたいです」
「ええー」
「嫌いじゃないんですよ。ただ、恥ずかしいですよ。」
「別にいいじゃない。あんまり逃げちゃかわいそうよ。イシュタールだって自分の子供が気になるし、ジュメのことだって
気になるよ」
「はあ・・・最近は訓練所で訓練するだけで怒られるし・・・」
「まああと２年くらいの辛抱だよ。」
「はあ・・・」
侍女がゆりの分のお茶とお菓子を持ってきてくれて、ゆりは侍女にこっそりとつぶやいた。侍女はそのまま出て行った。
「食欲はどう？ちゃんとある？」
「はい、毎日部屋に食べきれないほどの食べ物が届きます」
「へえ、イシュタールから？」
「イシュタール殿からもですが、他の人からも。一人じゃ食べきれないんで食堂に持って行って皆にも食べてもらってたんで
すが・・・他の女の子達が太っちゃって、最近じゃ甘い物もって行くと睨まれるんですよ」
ゆりはおかしそうに笑った。
「ジュメったらまだ寮にいるのね」
「あまり広い所は落ち着きませんからね」
「私のとこに来てもいいのに。どうせ部屋が余ってるから」
ユリウスが言った。
「まあ、慣れたところにいるほうがいいかもね。新しい所だと落ち着かないかもしれないから」
「そうなんですよ」
３人でしばらく話していたら、部屋の扉がノックされた。ゆりが扉をあけると、イシュタールが立っていた。
「どうぞどうぞ」
「あ！」
ジュメは入ってきたイシュタールにぎょっとした。
ユリウスは面白そうな顔をしている。
「ジュメ・・・」
イシュタールが驚いて中にいたジュメを見た。
「王妃・・ま、まさか・・・」
「私が呼んじゃった」
「えーそんなあ・・・」
ジュメの顔は真っ赤になっていた。
「だってイシュタールが誤解したままじゃかわいそうでしょ？」
「はあ」
「誤解？」
イシュタールがゆりに聞いた。
「イシュタールが行くとジュメが逃げるんでしょ？」
「はい・・・」
「別にイシュタールが嫌いで逃げるんじゃないんだよ。イシュタールのこと好きで恥ずかしくて逃げてるだけだから
ね。嫌いで逃げてるんじゃないから」
ゆりが笑顔で言うと、ジュメの顔が引きつっていた。
「好きでも逃げるんですか？」
イシュタールが奇妙げに眉をひそめて聞いた。
「そうよ。好きでも逃げるの」
「そうなのか？」
イシュタールがジュメを見て聞いた。
「・・・」
ジュメは口を開けたままだったので、ユリウスが変わりに「好きで逃げてるんです」と言った。
「実はジュメは何年も前からイシュタール殿と交わりの月を過ごしたいと思ってたんですが、どうせ無理だろうと
思って言わなかったんです。それで前回はようやく勇気を出して声をかけたんですよ」
ユリウスにあっさり言われてジュメは両手で自分の頬をはさんでいた。「裏切り者〜」とジュメからユリウスに思念が飛んで
いたが、ユリウスは無視した。
「私はてっきり嫌われてると思ったぞ。あんまり逃げるからしばらく会いに行かない方がいいのかと思ってたんだ」
「すいません」
ジュメは目を伏せて言った。顔はやっぱり真っ赤だった。
「せっかく縁があってこうなったんだからたまには二人でじっくり話をしたら？ねえ、ジュメ」
「え・・・話ですか・・・」
「イシュタールはジュメに話ないの？」
「ジュメが逃げてたもんで・・・」
「だめよ。二人で話しなさい。赤ちゃんは二人の赤ちゃんなんだからね。どっかの開いてる部屋にでも行って」
「えー」
「ジュメ、王妃様の命令ですよ」
ユリウスがいい、ジュメはかなり困った様子でイシュタールと出て行った。
「ジュメってかわいいねえ」
「そうですね」
「本当は、イシュタールやミカエルらもそれぞれの彼女らと仲良くやって私から離れるのがいいんだろうなと
思うんだけどね・・・」
ゆりはお茶を飲んでからしみじみと言った。
「どうしてですか？彼らは喜んで王妃の恋人でいるんですから、いいのではないですか？」
「そうだけどね、もっと愛情がある恋人同士が増えればいいなって思うんだなー。この国にも」
「愛情ですか・・・強い相手と交わって子孫を残したいというのは本能ですから、それが愛情なのかどうなのか、
皆よくわからないのかもしれませんね。たとえばジュメも、イシュタール殿に好意はありますが、彼が弱い男だったなら
好意をもったかどうかわからないですし」
「まあねえ・・・」
「それぞれが幸せならいいのではないでしょうか。」
「幸せかあ・・・」
まあ今の所、だれからも恨まれてないのが救いね・・・
ゆりは目の前にいるユリウスをちらりと見た。
ユリウスも、そのうちに誰かを自然に好きになったらいいなあ・・・
ゆりはそう思ったのだった。
夕食の時間になり食堂に行くと、アナスターシャとラギしかいなかった。
「シスはどうしたの？」
「今日は外に誰かと行ったから、遅くなってるんじゃない？」
アナスターシャが言った。
「そうなの。じゃあ先に食べてようか」
３人で先に食事を始めた。
「母さん、この前のきのこのテンプラがまた食べたいな」
ラギが言った。
「そうだね。今度またきのこ狩りに行こうね」
アナスターシャは一人その話題には反応しなかった。
「ねえラギ、ザクート王の日記どうなったの？訳した？」
アナスターシャが思い出したようにラギに聞いた。
「そういえば日記もらったんだっけ。すごい事書いてあった？」
ゆりもすっかり忘れていた。
「すごいといえばすごい事書いてたよ。ザクート王ってすごくもてたんだねえ。女性の話ばっかり書いてた。」
「え・・・」
「今日はこういう女の子と過ごしたとか、赤い月の時は女の子の順番決めるのが大変だとか、もてすぎても大変なんだね」
「・・・・」
ゆりの顔は引きつっていた。
「それ、あんた読んじゃだめよ。」
「なんで？」
「教育上よくないわよ。大人になってから読みなさい」
「もう全部読んじゃったもん」
ザクート王、子供にそんな日記読ませてどうする気なんですか・・・
「訳本を売ったら？売れるんじゃない？」
アナスターシャが言った。
「だめよ。ザクート王の伝説が変な方向に行くでしょ」
「でも素敵だからもてるんだよー。ただのもてもて王じゃないよ」
とラギ。
「素敵だったよねー。またお会いしたいなー。」
アナスターシャの頬が染まっていた。あんまり小さいころから超美形ばっかり見ていると、大人になってから婿選びが大変
そうだ。
３人の食事も終わりに近づいてきた時、食堂にふらりとラクシュミが入ってきた。
「あれ？王様珍しい格好してるねえ」
ゆりはラクシュミを見て驚いた。いつもの王の服ではなく、黒のズボンに襟の大きい長めの茶色い上着を着ていた。
腰には幅広のベルトをはめている。貴族の格好っぽくて上品な感じだ。
「そういう格好も素敵よ」
「・・・・」
アナスターシャとラギはちょっと首をかしげてラクシュミを見ていた。
「あのー実は僕なんだけど・・・」
とラクシュミが言った。
「僕？」
「・・・僕はシスなんだよ。母様」
「やだもう面白い冗談」
ゆりは笑っていたが、ラギの手からスプーンが落ちてガチャリと音がした。
「にーなんでそうなったの！？」
「シスー？なんで？なんでシスが先に大人になるの！？」
二人は興奮した様子でいい、シスだと言い張るラクシュミに近づいてしげしげと見つめた。
「すごーい。王様そっくりだ！」
「本当！気持ち悪い！」
とアナスターシャ。
「順番からいったら私が先なのになんでよー！」
「まだ大人になるの随分早いよ。どっちも」
とラギは言いながら、長い銀色の髪を軽く引っ張っていた。
「痛いよ」
「本物だ・・・」
「二人共何言ってるの？冗談でしょう？王様」
ゆり一人信じられなかった。どっから見ても王様そっくりだ。
「これはシスにーだよ。よく見てよ。王様はこんな顔しないよ」
ラギが言った。そういわれれば、えらく困ったような顔をして頬もちょっと赤くなってる。
ラクシュミは確かにこんな顔はしないが。
「父様よりちょっと若いよね」
「確かにじっくり見ればそうだけど・・・」
その時ラクシュミがぱっと食堂に入ってきた。アナスターシャが呼んだようだ。ラクシュミはシスを見て「うわっ！」と
のけぞった。
「ど、どうしたんだ。シス！」
ゆりはラクシュミとシスを両方見て、思わず椅子から落ちそうになった。
「わ、母さん大丈夫？」
「シス？なんでー？」
「とりあえず、僕おなかすいた」
ラクシュミそっくりのシスは声もそっくりにそういった。
やがてシスの元に食事が運ばれてきたのだが、運んできた侍女は、ラクシュミと同じ顔をもうひとつ見て、びっくりして
皿を落としそうになり大変だった。
「参ったなあもう・・・」
シスは困ったように言ってパンをかじった。子供らとゆりはラクシュミとシスをひっきりなしに見比べて、
ラクシュミは奇妙に眉を寄せてシスを眺めていた。
「あの・・皆に見られると恥ずかしいんだけど・・・」
「すごく気持ち悪い。一体何があったんだ」
ラクシュミが聞いた。これだけ自分に似た顔が別にあるというのは実に奇妙な感じだった。髪のうねり具合まで
よく似ている。
「それがねー、今日南西の方の森にいたんだよね。そしたら上から何かでかい花が落ちてきて、一杯黄色い花粉みたいなのを
かぶったんだよ。げほげほ言ってる間に気づいたらでかくなっちゃってたんだよね。」
「えーそれってどういう花？そんな花聞いたことないよ！」
ラギは大興奮していた。
「私も大きくなる！それどこにあるの？！」
アナスターシャが立ち上がり言った。
「何言ってるんだ。だめだ」
とラクシュミ。
「シス、お願いだからその顔でネーとかダヨネとか言わないでくれる？」
ゆり一人的が外れたことを言っていた。
「そういわれてもさー」
シスは困ったように頭をかいていた。見かけはでかくなっても中身は元のままなのだから仕方がない。
だが、周りからすれば実に奇妙だ。
「・・・そういえば、その花なんだか聞いたことあるぞ。昔子供らが大人に変身して遊んだとか・・今はもう
ないと思っていたが、まだあったんだなあ。確か、変身花、だったか？」
ラクシュミが思い出したように言った。
「えらくわかりやすい名前だね」
とゆり。
「多分一日か二日で戻ると思うぞ」
「僕そんな花知りませんでしたよ。にー明日その場所に連れて行ってよ」
ラギが興奮した様子で言った。
「いいよ」
「私も！私も行く！」
とアナスターシャ。
「お前はだめだ。男達が興奮したらどうするんだ」
「えーシスの場合は女達が興奮しないの？」
アナスターシャが口を尖らせて言った。
「シス、だれにもばれないでここ戻ってきた？」
ゆりが聞くと、シスの顔が真っ赤になった。
「いやーん。王様が赤くなってる〜」
ゆりが思わず黄色い声を出した。
「何で私もいるのに間違えるんだ」
ラクシュミが不思議そうに聞く。
「だって、つい・・・」
その時扉がノックされて、こっそり扉を開けて中をのぞいたのは番兵だった。
「失礼します」
「どうかしたか」
ラクシュミが聞いた。
「それが・・・女性達がわんさか集まって、シス様にあわせて欲しいと騒いでるんですが・・・・？？？」
番兵は中にいたラクシュミそっくりのシスを見て、えっと言う顔をした。
「もう話が広まってるんだ」
ゆりが驚いた。
「それが、でかくなった後南の砦に運ばれたんだけど・・・そこにいた女の子達にギャーギャー言われて参ったんだよ・・」
「こりゃ楽しくなってきたね」
「本当。シス、女の子に顔見せてあげなきゃ」
ラギに続いてアナスターシャが言った。二人ともえらくうれしそうだ。
「やだよ。僕はいかない」
シスは椅子の背に両手を回して言った。
「行くのよ！」
「やだ！」
「あ！あれ何？」
アナスターシャが部屋の隅を指した。シスが気を取られた瞬間、アナスターシャは強引にシスを瞬間移動させた。
「僕も行こうっと！」
ラギは走って行った。
「・・・」
ゆりは頬を染めてしばらくぼんやりしていた。ラクシュミが駄々をこねたようで新鮮だったのだ。
あんな王様もかわいい〜たまには駄々こねてほし〜い
「こら、お前何自分の息子に欲情してるんだ」
ラクシュミはそんなゆりを見ていい、ゆりが「え！」と真っ赤な顔をした。
「別に欲情なんてしてないよ！」
「だめだぞ。近親相姦は禁止だからな」
ラクシュミに真面目な顔で言われてしまい、そんな気はなかったゆりは返答に困った。
「それよりも王様、シス助けてあげなくていいの？女性軍団にわやくちゃにされるかも」
「そうだな。行ってこよう」
ラクシュミも消えた。
あーシスって大きくなったらああなるのかあ・・・王様似にもほどがあるけど・・・あれだけ似るなんてなあ・・・
ああ、遺伝子って怖い！
またまたぼんやりしていたら扉がノックされて開いた。外には侍女らが一杯いた。
「シス様は・・・」
「王の間に行ったよー」
「そうですか・・・」
どうやら話を聞きつけて皆来たらしい。
王の間では、すでに興奮した女性たちの黄色い声が飛び交っていた。
「きゃー素敵！！！」
「王にそっくり・・・素敵ー！」
「きゃー」
「シス様〜」
シスは女達に一斉に見つめられて逃げたかったが、アナスターシャにしっかり押さえられて逃げるに逃げられなかった。
「ぼ・・・僕もう・・・」
「まあまあ、いいじゃない。顔見せてあげるくらい」
アナスターシャは笑いをこらえるのに必死だ。
怖いよー誰か助けてー
シスが青い顔で悲鳴をあげていると、ラクシュミが現れた。
「お前達何やってるんだ」
ラクシュミが女達を見回して言った。
「シスはちょっとの間大人になっちゃっただけだ。すぐ子供に戻るんだぞ」
「それでもいいんです。お顔が見たかっただけです」
「ああ、並ぶと本当にそっくり・・・」
「うっとり・・・」
「・・・もう帰れ」
ラクシュミが言うと、女達は皆不満そうに口を尖らせた。
「もうちょっとシス様のお顔が見たいです」
「もうちょっとだけ。お願いです。王〜」
「そう言っても、シスの顔が青くなってるぞ。女嫌いになったらどうするんだ」
「そんな・・・」
「くすんくすん・・・」
「王の意地悪」
「せめて王がもう少し、私達に興味を持ってくださったら・・・」
「そうですう。私たち、寂しいんです」
「王が全然私達を相手にしてくださらないから・・・」
なぜか話がラクシュミにまで飛び火して、ラクシュミの顔が引きつった。
「しょうがない、シス、笑って手でも振ってやれ」
「え・・・・」
「ほら、笑って笑って」
とアナスターシャ。
シスは引きつった笑いを浮かべて手を振った。
「きゃー素敵ー」
女たちは黄色い悲鳴をあげて、前の方から帰って行った。
「大丈夫でしょうか。シス様、女嫌いになっちゃうかも」
扉のところにいた番兵が側にいたラギに言った。
「まあ、これも素敵な王子様に生まれた宿命だから、しょうがないんじゃないかな」
「はあ・・・」
「しかしすごいよね。背もほぼ一緒だし、母さんの血はどこに入ってるんだろうね」
ラギは不思議でたまらなかった。それについては番兵はさすがに何も言わなかった。
しばらくして、ようやく後ろの方にいた女たちもシスの顔を見て去って行った。
女達は皆うれしそうだった。
シスはどっと疲れた表情をしていた。
「大丈夫か？シス」
「僕・・・大人になるのが怖いです」
シスは涙目で言っていた。
「父様が大人になった時もすごかった？」
アナスターシャがラクシュミに聞いてみた。
「私の時は、こういう雰囲気じゃなかったぞ。」
「そうなの？」
「僕もう疲れた。部屋に戻る」
シスは消えた。
だが、部屋に戻ったら戻ったらでシスの侍女たちが黄色い悲鳴をあげて、シスはなかなか気が休まらなかった。
「あの・・・御髪を洗うのをお手伝いしましょうか？」
侍女らに頬を染めて言われて、シスは即効辞退した。
「いいよ。ラギに手伝ってもらうから」
「そうですか？」
侍女らは残念そうだった。
シスはたいていラギと一緒にお風呂に入っている。時にはアナスターシャも加わり３人で入ることもある。
大きな風呂なので子供が３人入ってもまだ余裕があるのだ。
シスは長い髪を一人で洗う自信がなかったので、その夜は強制的にラギをお風呂に連れて行った。
一緒にお風呂に入ったラギは、なんだか恥ずかしかった。自分の父であるラクシュミとは、一緒にお風呂に入ったことなど
ない。
「女の子は集団になると怖いね」
シスが言った。
「しょうがないよ。にーは素敵だからね。とても」
「素敵なのは父様のような気がするけど・・・・」
「にーはにーでかっこいいよ。」
「大人って大変だな。なんだかずっと子供でいたいよ」
「ははは、まあ大人になるまでまだだいぶあるからさ」
「自分でもこんなに父様に似ちゃうなんてびっくりだよ。砦でも散々皆にそっくりだって言われたよ。それで握手して
くれだの髪に触らせてくれだの言われたよ。女の子だけでなく男からも」
ラギは笑っていた。皆の気持ちはわかるような気がする。
「せっかくだからお父様って言う練習したら？」
シスがにやっとして言った。
「えーいいよー」
ラギは恥ずかしげに顔を半分ほど湯の中に沈めたのだった。
浴槽から出て、ラギはシスの髪を洗ったのだが、髪は腰くらいまであったために、子供のラギにはかなりの重労働だった。
「父様はどうしてるのかなあ」
「侍女らが洗うんじゃないの？」
「僕は大人になったら髪は短くしよう」
シスが言った。
「でも長いのも似合ってるからいいんじゃない？きれいだし」
「よくないよ。自分で洗えないってのはやだなあ。女の人に洗ってもらうなんて恥ずかしいよ」
浴室から出たら出たで髪を乾かすのがまた大変だった。シスは面倒だったので部屋に戻ると髪をタオルにはさんで
頭に巻いていた。しかしタオルに入りきらずに髪の先っちょがかなり出ている。寝間着や下着はラクシュミの新しいのを
もらって着ていた。その姿を見たアナスターシャは大笑いした。
「何その頭！」
「面倒くさいから」
「ぶぶぶぶぶ」
「全く・・・姉様はひどいよ」
シスは横目でアナスターシャをにらんだ。
「まあいいじゃないの。女の子達も喜んでたし。すぐ元に戻るって」
「早く子供に戻りたいよ・・・」
シスはため息交じりに言った。アナスターシャはシスの姿があまりにおかしかったのでまたぷぷっと笑った。
大人って大変だな。いろんな意味で・・・
なんだかとっても疲れたシスは髪が乾くと布団に入って目を閉じた。
しばらくすると、だれかがこっそり部屋の中に入ってきて、もぞもぞと布団に入ってきた。
シスが目をあけると、横にゆりがいた。ゆりの左目は蛇の目になっている。
「なんだ、母様か」
「へへ、シス〜こんなに素敵になって、母さんうれしい！」
ゆりはシスに抱きついた。
「母様・・・」
「王様と同じ匂いがちょっとするね」
「母様の方がいいにおいだよ」
ゆりはシスに抱きついていたので、シスはゆりの背中をなでていた。シスにすれば、相手は自分の母親なので、
いやらしい気持ちのかけらもない。
「母様の体は柔らかいね。」
ゆりはちゅっとシスの頬にキスした。
「ねえ、このままここで寝てもいい？」
「別にいいよ」
「母さん幸せ・・・」
「僕も幸せだよ。３人だっこしてるみたいでさ」
「ふふふ・・・」
「こら」
その時、横から声が聞こえた。ゆりが恐る恐る顔をむけると、ベッドの横にラクシュミが腰に手を当てて立っていた。
「お前こんな所で何やってるんだ！」
ラクシュミがゆりを見下ろして言った。
「何って、ただ親子で抱擁を・・・」
「お前の抱擁はやりすぎだ！こっちに来い！」
ラクシュミはゆりの体をシスから離してベッドから降ろした。
「きゃいん！」
ゆりが犬のような声をあげた。シスはただきょとんとしている。
「いいじゃないの。親子で一緒に寝るくらい」
「だめだ。」
「あーん。シスー！」
「じゃあな。ゆっくり寝ろ」
ラクシュミはゆりを連れて行った。
「？」
シスは首をかしげたが、まあいいや、と思い目を閉じた。
だが、早くに目が覚めてしまい、いろいろ考えている内に眠れなくなってしまった。
朝方、ラギはベッドの上で目を覚まして、横に長い銀色の髪が見えてのでぎょっとした。
「うわ！びっくりした！」
シスが顔を向けた。シスはベッドに座ってラギに背中を向けていたのだ。
「にーどうしたの？いつからいたの」
ラギは心臓の辺りを押さえて言った。
「なんだか眠れなかったんだ」
シスはそういうと、暗い表情をした。ラギは上半身を起こしてシスの横に座った。
「どうしたのさ」
「・・・・僕は、大人になったのにあんまり強くなってない」
シスがボソッと言った。
「・・・・」
「父様はきっとがっかりしただろうな・・・」
シスはしょんぼりして言った。すると、涙まで流れてきて、ラギまで悲しくなってしまった。
「泣かないでよ。僕も悲しいじゃないか・・・」
「ごめん・・・」
「８歳で急に大人になったから、力もそんなに上がってないんだよ。実際には、後40年以上あるんだし、その間に
修行したりして、それで力だって上がっていくんだから、今悲しむ必要ないよ」
「そうかなあ」
「そうだよ。」
「外見だけが父様に似たんじゃ悲しいよ」
「大丈夫だよ。これからだよ。これから」
ラギはシスの背中をなでた。
「ありがとう。ちょっと安心した」
「よかった。」
ラギが微笑んで、ようやくシスも笑顔を見せた。
朝、ゆりが食堂に行くと、シスはまだ大人のままだった。昨日と違って髪は後ろで綺麗に結んであった。
「王様って髪結んでも素敵なんだなあ・・・」
「僕シスだよ」
「わかってるよ。いつ元に戻るのかな」
「早く戻りたいよ」
「にー昨日の花探しに連れて行ってよ」
ラギが言った。
「いいよ」
「私もー」
アナスターシャが言うと、シスが横目で睨んだ。
「姉様は勉強してなよ」
「ぐ・・・」
どうやら昨日の事をまだうらんでるらしい。
「なんだかその顔で言われると、逆らえない・・・」
「二人で大丈夫？」
ゆりは心配して言った。
「大丈夫だよ」
「ちゃんと王様には言うのよ」
「はーい」
その後、シスとラギは外に出かけていき、アナスターシャは一人ぶつぶつ言いながら勉強した。
「なんていうか、幸せな気分ですねえ」
部屋に戻ると侍女のミラが頬を染めて言った。ゆりの侍女達も皆シスを見に行っていた。
「遺伝ってすごいね。なんか感動するよ。本当に」
ゆりもしみじみと言った。
「そうだ、この面白いことをアヤコさんに教えてあげよう」
ゆりは手紙を書いて送ってもらい、その後は竪琴の練習にいそしんだ。
シスとラギは昼食の時間ごろ帰ってきて、ゆりとアナスターシャはその花というのを見せてもらった。
「探したんだけどこれしか見つからなかったんだ」
ラギは言いながら布の袋を開けた。つるのようなものと大きめの花が一つ出てきた。
「ひまわりみたいな花ねえ」
花びらは黄色くて、真ん中の部分が大きく、黄色い花粉のようなものが一杯ついていた。
「私も大人になりたいー」
アナスターシャが足踏みして言った。
「父様にだめって言われたからだめだよ」
「えー」
「大人が花粉かぶったらどうなるの？子供になるの？」
ゆりは聞いてみた。
「子供にはならないと思うよ。変わるのは子供だけみたいだよ」
とラギ。
「そうなの」
「種みたいなのがあったからそこらに植えてみようっと」
ラギが楽しそうに言った。
その時シスが「あ！」と声をあげた。一同が注目した時、
「いて、いててててて！」
シスは表情をゆがめて胸の辺りを押さえた。
「シス！どうしたの？」
「シス？」
皆が心配げな顔をした時、シスの体がみるみる小さくなっていき、元の大きさに戻ってしまった。
みんな口をあんぐりと開けている。
服はかなり大きくなり、だぼだぼになっていた。
「脱がしてー」
ゆりは上着の止め具を外して脱がしてやり、シスは下着を必死に押さえて自分の部屋に移動した。
「なんだか痛そうだからやっぱりいいや」
アナスターシャは大人になるのをあきらめた。
「一日弱大人になれるんだね。僕も今度ためしてみよう」
「大人になって何するの？」
ゆりが聞くと、「いろいろだよ。」と言ってラギは微笑んだ。
こうしてシス大人事件は終わり、子供たちとゆりの侍女らは時々大人になったシスを思い出してはため息をついていた。
その二日後、ゆりはシャナーンを部屋に呼んで、初めて気をもらっていた。横からひっつくとシャナーンはかなり恥ずかし
そうだった。
「うれしいです。呼んでいただいて」
「本当に？」
「はい・・・」
シャナーンといるとほんわかした雰囲気になっていいね。
男と女という仲ではなく、穏やかーな関係で、それがゆりにとってはよかった。
「シス様のこと聞きましたよ。私も見たかったです。王にそっくりだったそうですね」
「そうだよ。あれだけそっくりだと王様も気持ち悪がってたよ。」
ゆりがおかしそうに言った。
「そうですか」
「シャナーンはこの前大人になってどう思った？」
「うれしかったですよ。とても。こうして王妃にも会えましたし」
「ま。シスは大人になりたくないって言ってたよ。女の人が怖いって」
「ふふふ」
「シャナーンももてるでしょ？女の人怖くないの？」
「大丈夫ですよ。私は」
「そうなんだ。みんなに押し捲られて断れないタイプかと思ったけど」
「そんなことないですよ。そこらは父からちゃんと指導受けてますから」
「ヴィクター将軍から？へー」
女性の断り方を、将軍に教えてもらってるシャナーンを想像するだけで面白い。
しばらく時間がたち、ゆりが切り出した。
「ねえ、南の庭園に行こうよ」
「はい」
また一緒にお花を眺めたい気分だった。
しかし、王の花壇を眺めてみたら、この前見た花は綺麗さっぱりなくなっていた。
「あれ？ないねえ」
「そうですね。抜かれてしまったんでしょう」
「でも・・・」
庭師のおじさんにはちゃんと言ってあったのだから、抜かれるはずはない。
その時、女が二人近づいてきた。この前見た女達と同じ、王の侍女だった。二人はゆりに挨拶をした。
「ねえ、この前下のほうに生えていた小さい花、まさかあなたたちが抜いたんじゃないよね」
ゆりは二人に聞いた。二人はゆりに顔を向けた。
「いいえ。そんなことはしません」
「そう・・・」
「どっちみち、この花壇にはいらないではないですか。」
「・・・」
二人は花を切って花壇を離れた。
いらないと言われればそれまでだが、私はあの花を見てたのに・・・・
そう思うと、ゆりの心に怒りが湧いてきた。
その時、ゆりの左目がぱっと変わり、すっと右手をあげようとして、その手が押さえられた。見るとシャナーンの
手が自分の手に触れていた。
「王妃、いけません」
シャナーンが小さな声で言った。
「・・・」
ゆりは手を下ろした。
「些細な事ですから」
「・・あーあ、まいったなあ。まさかシャナーンにたしなめられるとはね」
ゆりは両手を軽く広げて言った。
「すいません」
「ううん。いいのよ」
「本当に怒ってないです？」
「怒ってないよ。王様に怒られずにすんだからね」
ゆりは苦笑して言った。
それから10日ほどして、たまたま南の庭園にぶらりとやってきたシャナーンは、庭園の花壇の方にアナスターシャとシスが
立っているのが見えたのでそちらによって行った。
「こんにちは、アナスターシャ様にシス様」
シャナーンはにこやかに二人に挨拶して、はっと下を見た。二人の前に、綺麗な石に囲まれた丸い花壇があったからだった。
二人はシャナーンを見て「こんにちは」と言った。
「これは・・・」
「この前作ったの。花壇。母様が突然作るとか言い出して、皆で作ったの」
「可愛い花だよねー。なんて花だっけ」
シスが聞いた。
「えーと・・・」
「シャラの花ですよ」
シャナーンが言った。あまり大きくはない花壇には小さな花が密集して咲いていた。それはまさしく、シャラの花だった。
「あ、そうそう」
「青いのは珍しいですね。」
花はピンクと薄い水色と黄色の三色あった。
「こうやって一杯植えたらきれいね」
アナスターシャが言った。
「そうですね・・」
シャナーンは目を細めた。
ゆりが手を汚して花壇を作っているところを想像して、シャナーンは心が温かくなるのを感じた。
本当に、優しい方ですね・・・私のことを気にしてくださったのでしょうか。
シャナーンは丸い花壇の横に、四角い花壇もできているのを見た。そこは土だけだった。
「こちらは？」
「こっちはラギが種植えてたよ。変身する花の種があったから、植えてみるって」
シスが言った。
「そうですか。王子には災難でしたね」
シャナーンが笑って言った。
「全くだよ。女の子に囲まれた時はびびったよ。大人はもうこりごりだよ」
「私は大人になってよかったって思ってますよ。大人でないと感じられない思いというものがありますからね」
「ふーん。よくわからないけど・・・」
その時、「あ、シャナーン！」と声が聞こえてシャナーンが顔を向けた。
見るとラギがこっちに走ってくる。
「シャナーンだ。ねえ、暇？僕の部屋で古代語で話しようよ」
「いいですよ」
「ねーも来る？」
ラギがにっと笑って聞くとアナスターシャは「いい」と言った。
「僕も行こうっと」
シスがいい、３人共歩いて行ってしまったので、アナスターシャは「やっぱり私も」と３人について行った。
ついていきながらも、古代語なんてつまらないのに、とぶつぶつ言っている。
「文句言うのならこなきゃいいじゃないか」
ラギが言った。
「だってえ、古代語ができた方がいいってザクート様がいったもん。だからやらなきゃ」
「じゃあぶつぶつ言わなきゃいいのに」
とシスがいい、アナスターシャは「べー」と舌を出した。
「そういえば、古代叙事詩とかいうやつはどうなったの？」
シスが聞いた。ザクート王がそういう話をしていたことを思い出したのだ。
「翻訳は進んでいるんですが、なかなか難しいようで。発音がよくわからない所が多いといってました」
シャナーンが答えた。
「ふーん」
「辞書見てもよくわからない発音があるんだってさ。今度ハザーク様に聞いてみなくちゃ」
ラギが言った。
「発音がわかれば、後は暗記ですね。それも大変そうですが・・・」
シャナーンの言葉にアナスターシャは気が遠くなった。
詩は100くらいあるというのは知っている。そんな長いものをどうやって暗記するのだろう。
「ちょっとめまいが・・・」
「まずは古代語だよ。ねー」
「わかってるわよ」
「・・・いい風ですね」
シャナーンが言った。
庭園を爽やかな風が吹いていた。ゆりが作った花壇に咲いているシャラの花も風で揺れていることだろう。
子供のころに感じた思いは、間違いではなかったんですね。
会うたびに、心が惹かれていく自分がいるのですから。
「やっぱり私は大人になってよかったです」
シャナーンがふいに笑顔で言って、わけがわからなかった３人の子供たちは首をかしげたのだった。
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