「はあ・・・・」
儀式から５日が過ぎていたが、ゆりは毎日ため息をついていた。
「どうしたの？母様最近元気ないね」
食事の時間だったのでアナスターシャが聞いた。
「なんでもない」
ため息をつきつつも、ゆりはご飯はしっかり食べていた。食欲はあったのだ。
ラギはどうもあれから機嫌が悪いと察していたのであえて何も聞かなかった。
ああ・・・・どうしよう・・・・
いたいけな若者シャナーンにあんなことをしてしまい、ゆりはかなりの自己嫌悪に陥っていた。
昨日も竪琴の日だったのだが、それどころではなく、ハザークのところに顔は見せたものの、
顔を見せただけで帰ってきた。
あれからシャナーンには会っていない。まさかゆりから呼び出せるわけもなかった。
ああ・・もしかしたら、嫌われたかもね。
王妃があんな人だとは思いませんでしたって言われるかも。
もう二度とシャナーンとはお花見れないなあ。ぐす。
ゆりは悲しそうにパンをかじっていて、子供たちはみんな不思議そうな顔をした。
第30話
食事の後部屋でぼんやりルーの尻尾をつついていたらミカエルがやってきた。
ミカエルは部屋に入るなり、口を尖らせてゆりを見ていたが、ゆりもミカエルをにらんでいた。
「ミカエルのばか！なんでちゃっちゃと敵やっつけなかったのよ！」
ゆりが突然叫んだので驚いたルーは膝からぴょんと飛び降りた。
「そういわれましても、敵は３人もいたんですよ。」
ミカエルは出鼻をくじかれたようにたじろいで言った。
「夕方には終わってたんですが、王に今更行くなといわれて・・・」
「うう・・・おかげで私はシャナーンにあんなことを・・・・」
ゆりは口をへの字にしていた。ミカエルはゆりの横に座った。
「フリットから話は聞きましたよ・・・」
フリットは絶対ミカエルが妬くと思っていたので、あれは王妃のせいじゃないんだから妬くんじゃないぞ、
とミカエルに説明して念押ししていた。
「ああ。それにしても、よりによって私の一番好きな女蛇が降りてきたなんて・・・」
ミカエルとしてはそれが残念でならない。
「前回ならよかったのに」
「はー・・・」
世の中はままならないものだ、と二人は思った。
「ところで何で王妃は落ち込んでるんです？」
ミカエルは不思議そうに聞いた。
「落ち込むよ。前途ある若者にあんなことしちゃったんだから！あれのせいでゆがんだらどうするの」
「は？」
「変な性癖もっちゃうかもしれないじゃんかー」
ゆりは両手で頬を挟んでいた。
「ふふ」
ミカエルはあんまりおかしかったんで笑ってしまった。
「笑い事じゃないよ！」
ゆりがきっとにらんだ。
「そうだ、ミカエルからシャナーンに話をしてよ。あれは異常な行為だって」
「異常な行為？」
いや・・・そういったら、まるで私が異常な女のようじゃないか。
「その、普通はあんなことしないって言ってよ。先輩でしょ。」
「何なら、手取り足取り指導してやったらどうですか？」
「・・・・」
ゆりは横目で睨んでいた。
「大丈夫ですよ。シャナーンだってばかじゃないし、ちゃんとわかってるでしょう」
「そんなのわかんないじゃない。まだ大人になったばかりなのに。それも心配だけど、女性恐怖症に
なってないかも心配」
「女性恐怖症？」
「だって、あんなことされて、もう女はいやだってなったかもしれないじゃない」
「それはないですよ。フリットによれば、シャナーンはすごく喜んでたみたいですし、シャナーンの蛇に
王妃がすごく興奮したって言ってましたよ。私としてはその方がしゃくに障ります」
「え・・・」
シャナーンの蛇・・・
ゆりは思い出してしまった。肌に薄い紺色の蛇がいたが、変化するともう一匹足に現れていた。
「王妃を嫌いになってくれた方が私としてもうれしいですけどね、そうはなりそうにないですよ。
だめですよ。二人であっちの部屋行ったら」
「行かないわよ」
「王妃は気にすることないですよ。シャナーンが自分で参加したんだから。」
「・・・」
「全く運がいいやつだ・・・」
シャナーンがゆりの恋人になりたがってるのはミカエルだって知っている。恋人になるためには、儀式に
参加するのが一番手っ取り早い。シャナーンがあんな千載一遇の機会を見逃すわけはない。
「だけど、ああいうものだって思わずに参加したかもしれないじゃない」
「性的なものだとは知ってますよ。」
「うう」
「王妃が思ってるほど、あいつは子供でも無邪気でもないですよ。」
「でも・・・」
「それから、異常な行為なんていっちゃだめですよ」
「え・・・」
「確かに日常的な行為ではないですけど、我々は、異常だと思ったことはないんですから」
「ごめんなさい」
ゆりは素直に謝った。
ミカエルはゆりの頭をなでて、「それにしても参加できなかったのが悔しい」とぶつぶつつぶやいた。
それから数日、ぼーっと過ごしたゆりだったが、
ある日庭園の東屋に一人でいたら、目の前にシャナーンが現れた。シャナーンはゆりに気づいてこちらに
近づいてきて、ゆりの左目はぱっと蛇の目に変わってしまった。隠れてしまったのだ。
「こんにちは。王妃」
シャナーンがにこやかに言ってきた。
「こんにちは」
「座ってもいいですか？」
「どうぞ」
シャナーンはゆりの前に腰を下ろした。
「大丈夫だった？あれから」
「はい。二日酔いになりましたが、大丈夫でしたよ。」
「あっちは恥ずかしいみたい。あなたにあんなことして気がとがめるって」
「そうなんですか？強引に参加してまずかったでしょうか」
「参加したかったんでしょ？」
「はい」
「シャナーンって、ベッドの上では目つきが変わるのね、びっくりした」
「え？そうですか？」
シャナーンはちょっと頬を染めた。こうしていると本当にあどけないのだが、ベッドの上では、
すっかり大人の男の目になっていた。がらりと印象が変わるほどで、思い出すとちょっとぞくぞく
してしまう。
だから儀式であっちも燃えたんだろうなあ・・・本人気づいてないけど・・・
「儀式ではあちらの王妃しか出られないんですね。」
「そうよ。私はなぜかやれないの」
「そうなんですか。私両方の王妃と仲良くなりたいです。」
シャナーンはあどけない顔でさらっと言った。
うーん。確かに・・・シャナーンはもう子供じゃないな・・・
それどころか、かなりすごいかも。
「いいよ。もっといい男になったら」
「はい」
シャナーンは微笑んだ。
「それでは私、ラギ様に会ってきますね」
そう言ってシャナーンは去って行った。
儀式の事は何にも心配しなくていいみたいね・・・
シャナーンって、二面性があるのかな。
ちょっとどきどき。
いい男が多いっていいよねえ。いつまでも若いままでいれそう・・・
それから２月ほどたつと、ようやく黒目のゆりも、シャナーンに会おうかなという気になってきた。
あのままほったらかしておくわけにもいかない。シャナーンだって気にしているかもしれない。
だが、いざシャナーンを呼んだものの、実際に部屋で会うと、まだ恥ずかしかった。
「王妃、顔が真っ赤ですよ。大丈夫ですか？」
シャナーンがゆりの顔をのぞきこんで言った。
「うん・・・シャナーン、あの・・・この前の儀式のことなんだけど・・・ごめんね。」
ゆりは下を向いたまま言った。
「どうして謝るんですか？私はとてもうれしかったですよ。」
ゆりは首をぽりぽりかいた。やっぱり恥ずかしくて仕方ない。
「あれは儀式だからね。私は普段はその・・・」
「わかってますよ。他の方達からも散々言われましたから」
「そうなの？」
「はい。皆さん王妃の事をとても愛してるのがよく分かりました。私も負けたくないです。想いだけは」
ゆりの顔はまっかっかだった。
その時、
ーうた・・・うた・・・
ーうた・・・
なにやら声が聞こえた。
「あれ？」
ゆりがきょろきょろと周りと見た。
「今誰か何か言った？」
「私にも聞こえましたよ。王妃の御子様が言ったんですよ」
「そうなの？」
ーうた・・・
ーうた・・・
「歌を歌ってほしいんですね。」
「シャナーン歌ってくれる？」
「はい。」
ゆりは長椅子に並んで座り、シャナーンの歌を聴いていた。
男性にしては高めの声で、綺麗な声だった。
歌の内容は、母親の子供に対する愛情を歌った歌だった。
ゆりはそれを聞いていたら心が温かくなってきた。
よかった。シャナーンとはもうこういう和やかな関係になれないかと思ったけど・・・
また一緒にお花見たりもできるかな。
ゆりはちょっと安心した。
「その歌、私にも教えてくれる？」
「はい、もちろんいいですよ」
ゆりはシャナーンに歌を教えてもらって、しばらく一緒に歌って過ごした。
ーあーあー
ーあー・・・
合唱には時々赤ちゃん達も参加して、ゆりは久しぶりにシャナーンとほのぼのとした時を過ごしたのだった。
おしまい
目次に帰る
いきなりですが、これで３部終わり〜
次からは怒涛の第４部です。