第２話
未来ではアナスターシャとラクシュミが消えた二人を心配していた頃、ゆりとシスはというと、目の前に突然現れた
光景にただ唖然としていた。光の渦に飲み込まれた、と思ったが、まだ世界は光り輝いている。どこもぴかぴかで眩しい
ほどだった。
離れた場所には光り輝く女性がいて、左右にずらりと人が並んでいた。しかも、ざっと見ただけでも、周りにいた者たちの
服装はかなり派手だった。
やがて、その女性が椅子から立ち上がり近づいてきたが、瞳がすごく輝いていて顔が見れないほどだった。銀色に輝く
ドレスを着ている。そのドレスはひらひらしたものではなく、体の線がよくわかるイブニングドレスのような感じだった。
胸元は開いていて胸の谷間がよく見える。そこにはきらきら輝く宝石が見えた。
「呼んだのは巫女殿だけだったのだが、一緒に来てしまったようじゃな・・・」
女性がシスを見下ろして言った。かなり背は高い女性だった。ゆりはシスの肩を抱きしめていた。
なんなんだこれは・・・なんなのここはー！！！
ゆりの足は震えていた。
「突然で驚かれたであろう。私はこの時代の女王ヴィラルージュ。実は、私は妊娠中なのだが、巫女が２年前に亡くなって
しまって儀式ができぬ。それゆえに、私はこの蛇の国の巫女で、一番経験豊富な巫女を呼び出した。それでそなたが選ばれて
ここにきたというわけじゃ」
「・・・・」
女性はりんとした声でよどみなく言っていたが、ゆりにはさっぱり内容が理解できなかった。いや、言葉はわかっていたし、
内容も理解できたはずなのだが、頭が理解する事を拒否していたのだ。
「すまなんだのう。一人だけ呼んだつもりが、偶然巫女殿と一緒にいたのじゃな？その銀色の髪と瞳は、王族の者と
お見受けするが・・・そなたたちはどの時代の者なのか」
ゆりはぼんやりしたままだったので、シスが「15101年です」と答えた。
「15101・・・今は7251年じゃ。随分な未来からやってきたのだのう。未来にはそういう耳の者もおるのか。」
女王はゆりの耳を見て言った。
「7251！？」
シスが驚きの声をあげた。
「あの・・・さっきなんておっしゃいました？」
ゆりはようやく正気に戻って聞いた。
「私は妊娠中じゃ、蛇霊神を呼び出す儀式をそなたにしてもらいたい」
「は？」
「巫女殿にはすまぬが、一度だけで良いから儀式をしていただけないであろうか」
「絶対嫌です」
ゆりは言った。
「そんなのこの時代の人でなんとかしてください！」
「できないから巫女殿をわざわざ呼んだのじゃ」
「だからって何で私がやらなくちゃならないんです。第一私は巫女じゃありません。」
「巫女ではない？」
女王がえっという顔をしたようだが、顔全体が輝いて見えていたのでよくは見えない。周りにいた者たちがざわめいた。
「それはまことのことか」
「私は私の時代の王妃です。巫女じゃありません」
「・・・では間違えて呼んでしまったのか？」
「間違えです。元の時代に返してください」
ゆりはきっぱり言った。シスはゆりと女王のやりとりをハラハラしてみていた。
冗談じゃない。過去だかなんだか知らないが・・・なんで他人のために儀式をやらなきゃいけないんだ！
こうなったら巫女じゃないと押し通してやる。
「困ったのう・・・」
女王は両手を腰にあてた。
「まさか間違えるとは・・・私の魔法に今まで狂いはなかったのだが・・・若君よ、この女性の言うことは本当か？」
女王はシスを見た。
「この人は僕の母親で、王妃です。それは間違いありません」
シスは女王を見上げて言った。
「それではそなたの時代の巫女殿が別におるのじゃな？」
「え・・・まあ・・・」
女王がすっと近づいてきてゆりは後ずさった。もしや心を読むつもりでは？そう思ったのだ。
「なぜ逃げるのか」
「なぜって・・・」
「私はそなたらに危害は加えぬぞ。同族ではないか。恐れることはない」
「恐れます。お願いだからすぐ元の時代に返してください」
「それは無理じゃ。あの魔法は大変難しい。最低３月はそなたらを返すことはできない」
「えー！そんな！」
女王は驚いているゆりのすぐ前に移動してぱっと腕を握ったのだった。
「・・・・」
ゆりの顔が引きつった。
「この若君の儀式は誰がしたのか？」
「・・・私の時代の巫女です」
ゆりは引きつった顔で言ったが、女王は微笑んだ。
「やはり我が魔法に狂いはなかったようじゃな。そなたは今までに３人も子供を作り、その都度何度も蛇霊神を降ろして
おる」
ひえー！！！王様助けてー！！！
ゆりの顔はまるでムンクの叫びのようになっていた。
「とりあえず、今日は混乱しておられるであろう。部屋で休まれるがよい。ハインリヒ、巫女殿を部屋に案内せい」
女王は顔を横にむけて言った。
「はい。陛下」
右の一番奥にいた男がすっと移動してきた。青い短髪の男だった。美しい男だが格好は派手だった。まぶたに青い
アイシャドーのようなものをひいている。それは他の男達も同様だった。皆格好は派手で、ひらひらしたレースのような
飾りがついていたり、鳥の羽がついていたり、とにかくド派手だった。服はきらきらだ。
「こちらへどうぞ。巫女様」
ハインリヒはそう言って、片手を広げてゆりとシスは扉から外に出た。
柱も壁も、眩しいくらいに光り輝いていた。
「あの、ここはどこの城ですか？国の中央にある城ですか？」
シスが聞いた。ゆりはそんな事を聞く気力もない。
「いいえ、中央の城から南西に位置する所にある城ですよ。女王が大変この城を気に入ってまして、ここで過ごされて
いるのです」
「ああ、そういえば、城の廃墟のような物があります。あそこかあ」
シスは納得したように言った。
「巫女様の部屋は２階に用意してあります。もう一人こられるとは思わなかったのですぐその横の部屋も準備させましょう」
３人は階段を上がって行った。そして、あるでかい扉の前で止まり、扉を開いた。中には５人の女たちがひざを突いていた。
「この女たちはあなたの世話係りです。何でも用を申し付けてください」
「はあ・・・」
ゆりは部屋の中を見回した。かなり絢爛豪華な部屋だった。真っ白な壁。左の壁には綺麗な女性の絵が飾られていた。
でかい竪琴のようなものまである。棚に置かれている置物なども、どれもきれいで宝石までついているものがあり、
向こうの世界では見たことのないものばかりだった。大きなテーブルも、女性的なカーブを描いていて、かなりしゃれて
いた。
ゆりの部屋のゆうに２倍はあるだろう。床もぴかぴかだった。
げ・・・なんだか下着までうつりそう・・・
右の奥に扉があった。どうやら奥が寝室らしい。
「若君の部屋はこの左に用意しましょう」
ハインリヒが言った。
「別にいいわよ。一緒で」
ゆりが言った。
「一緒は都合が悪いんじゃないんですか？」
ハインリヒはなんだか意味ありげに言ってきた。
「どうして？」
「まあ、いろいろと・・・」
「？」
「では今日はこれで失礼します。ゆっくり休まれてください」
ハインリヒはそう言って出て行こうとした。
「ちょっと待って、いろいろ聞きたい事があるんだけど」
「いいですよ」
ハインリヒが振り向いて言った。
「ちょっとここでは・・・」
儀式の話をシスには聞かせたくなかった。
「では違う部屋に行きましょう」
「シスはここにいてね」
「大丈夫？母様」
「大丈夫」
ハインリヒはゆりに触れて一緒に移動した。着いた部屋は、豪華な客間のようだった。
「どうぞ」
ハインリヒが椅子を示して、ゆりは腰を下ろし、ハインリヒは向かい側に座った。
ああ・・・なんでこんなことに・・
ゆりはいすに座り、ため息をついた。
誰か夢だといって。
「聞きたい事とはなんでしょうか」
ゆりが黙りこくっていたので、ハインリヒが聞いた。
「どうして私ここにきたの？」
「女王は確実に儀式ができる巫女をと思われて、経験が豊富な巫女を呼び出された。それであなたが呼ばれたんです」
「経験豊富？」
ゆりの頬が引きつった。
「巫女様は何度も儀式を経験されているんでしょう。一度だけでいいから我が女王のために儀式をしていただけませんか」
「・・・」
何で私が・・・・
「この時代のほかの女の子がやればいいでしょう」
「あれは誰もがやれるわけではありません。神官の家系の女子は、残念ながら、まだ誰も大人になってはいないのです」
「だからって何で私が！」
「先祖のためですよ。」
「だからって何で私が！」
声はほとんど悲鳴になっていた。
「呼ばれてしまった以上は腹をくくってください」
「はっ？」
「あなたがやらないとダダをこねると、女王の機嫌が悪くなりますよ。それはお互いのためにならないですよ。どっちみち
あなた方はしばらく元の時代に帰ることはできないのですから。あなたがこちらに滞在する間、あの若君は我々が責任を持っ
て指導してあげます。未来の王族は、どうやらあまり力がないようですね」
「・・・」
「あれでは未来の王は大変ですね」
くそーくそーくそー逃げられないのは分かったけれど・・・
私の人権はまるっきり無視かい！
この男・・・いけ好かん！
顔は超美形だったが、どうも目つきも冷たげだし、言う言葉にも棘がある。女王のためなら他を犠牲にしてもいいってな
考えらしい。
「私はこれでも向こうでは王妃なのよ！」
「たった一度でいいんですよ。もちろん、それなりの褒美は女王が用意してくださいますし」
「・・・もういいわよ。部屋に返して」
「わかりました」
そういうと、ハインリヒはゆりに触れてゆりの部屋に移動した。
シスは椅子に座り、お菓子を食べていた。
「あ、母様！」
「それでは失礼します」
ハインリヒは優雅にお辞儀をして消えた。部屋の中には侍女らしき女は一人だけいた。結構年配の女性だった。
青い髪をきれいに後ろに束ねていた。
「すぐにお茶を用意いたします」
そういって侍女は出て行った。ゆりはシスの横に座り、ため息をついた。
「大丈夫？母様」
「うん・・・シスは大丈夫？」
シスと一緒ということがゆりを気丈にさせている原因かもしれなかった。来たのが一人なら、今頃泣いていたかもしれない。
「僕は大丈夫だけど、母様が心配だよ」
「この世界、どう思う？」
「すごい世界だよ」
シスは真面目な顔で言った。
「空気がまるで違うんだよ。僕の力もかなり上がってるのを感じるよ」
「そうなの？」
「うん。それに、僕初めて皆の気がはっきり見えたんだ。あの女王様すごいよ。」
「・・・顔が見れなかった」
「話にはよく、昔はすごかったって聞いてたけど、本当にすごいよ。僕驚いた。ラギと姉様にも見せたいよ」
「・・・あんたを鍛えてくれるって」
「本当？」
シスの目が輝いた。
「まあ、私が儀式をやるならだけど・・・」
「母様大丈夫？」
「さあ、わかんないけど・・・とりあえずシスは鍛えてほしいんでしょ？」
「うん。それはそうだよ。この時代は魔法も盛んだったし、僕、いろいろ教えてもらいたい」
「シスって男の子なのねえ。びっくりした」
まるで泣く様子がないシスに、ゆりはかなり驚いた。普段はのほほんとしているが、こんなに強い子だとはびっくりだ。
「だって母様が一緒だから。もしかして、僕らが消えて姉様の方が泣いてるかもよ」
「そうかもね・・・」
未来の世界では、フレイが分厚い本を手に、ラクシュミに説明していた。
「ヴィラルージュという女王は、大変力のある女王だったようですね。この時代・・・」
「うわーん・・・うわーん！！！」
アナスターシャは王の間に座り込んで泣き喚いていた。
「アナスターシャ、泣くなら自分の部屋で泣いてくれ」
ラクシュミが言った。
「やだ！父様まで消えたらどうするの！」
「私は消えない。大丈夫だ」
「絶対？」
「絶対だ」
そういうと、アナスターシャは立ち上がって消えた。
「無理もありません。突然二人は消えてしまったのですから」
フレイがため息交じりに言った。
「おかわいそうに・・・」
フレイの横にいたザメハが言う。
「この場合一番かわいそうなのはゆりだろう・・・」
ラクシュミが目を細めて言った。
なにせ巫女として呼ばれてしまったということは、ゆりは儀式をやらされてしまうのだ。
「王妃なのにかわいそうに・・・」
「確かに失礼ですね。我らが王妃を勝手に連れ去るというのは・・・」
「といって直接文句も言えませんしね・・・」
一同はそろってため息をついた。
「さっきの話を続けてくれ」
「はい、この女王の時代、３度ほど龍の国に攻められておりますが、そのいずれも、難なく撃退されたようです。女王の中で
は一番の実力者と歴史研究家に評価されておりますな。」
「そんなに強いなら、その子供も強いだろう。別に蛇の儀式をしなくてもいいような気がするが・・・」
「そうですなあ・・・まあ・・・・王妃が呼ばれたということは、なんらかの理由でその時代の巫女がいなくなってしまった
のではないでしょうか。女王も母親ですから、可愛いわが子のために儀式をしてやりたかったのでは？」
「うーん・・・」
「ラギ様にはお知らせしますか？」
ザメハが聞いた。
「ラギが帰ったからといってどうなるわけでもない。黙っておこう。行ったばかりだし」
「そうですな」
「他の者にはどうします？」
「うーん。まあ、黙ってるわけにもいかないだろう。ゆりがいつ帰ってくるかわからんし・・・儀式の男たちには言っておこう」
「強引に儀式をやらされなければよいのですが・・・」
フレイが心配げに言った。
「まさかそこまでひどいことはしないでしょう。未来の王妃なのですから、それなりの敬意も払ってくれるでしょう」
とザメハ。なにせ書物でしか知る事はできない過去の事。こちらの常識が通用するのかどうかも謎だ。
ゆり・・・たとえ何があってもちゃんと私の元に帰ってくるんだぞ。
ラクシュミは遠い過去に行ってしまったゆりを思い、祈るように心の内でつぶやいたのだった。
ゆりとシスは部屋で豪華な食事を食べていた。テーブルの上には食べきれないほどのたくさんの食事が並び、そのどれもが
しゃれていた。部屋の中は綺麗な竪琴の音が響いている。部屋にあった大きな竪琴を女性が奏でていた。
なんと生演奏付きなのだ。
ゆりとシスは黙々とご飯を食べていた。両端には女性が待機している。料理の味はおいしく、未来にはない食材などもあり、
これが普段のゆりならば、わーすごい！と言って喜んでいただろうが、状況が状況だけに楽しめなかった。
少なくとも３月は未来には帰れない。しかも、ゆりは儀式をやらなければならないのだ。
見ず知らずの男と。
どうせなら男達も一緒に連れてきてほしかったよ。それならさっさとできたのに・・・
王様心配してるだろうな・・・・向こうじゃどう思ってるんだろう。
「もしかして、王様敵にさらわれたと思ってたりしてね」
ゆりがシスにこっそり言った。
「そうだねえ。思念も通じないし・・・」
どうしよう・・・帰ってたら王様が心労ではげたりして・・・そんなのいやだー
夕食後、二人はお風呂に連れて行ってもらった。別々のお風呂だったが、侍女の女性らが体を洗うとか言い出して
ゆりは辞退した。お風呂も女性的で、女神らしき像などもあり、お風呂の中には一杯花びらが浮いていた。
しかしこの城ってどっこもぴかぴかねえ。まるで建てられて間もない感じ。傷一つないし、どこも真っ白だ。
未来の古びたお城とはえらい違いだ。
ゆりはその夜は、シスと一緒に寝た。寝室も広々として豪華だ。中々眠れなかったが、その内に眠りに落ちた。
すると、夢の中にラクシュミが出てきた。
王様聞いて！すごい変な夢みちゃったんだよ。笑える夢だよ。王様・・・
ゆりが走り寄るとラクシュミは何も言わずに消えてしまった。
ゆりははっと目を開けて、ここは元の自分の部屋ではないと気づき、とても悲しくなった。
泣いちゃだめ。シスが心配する。
ゆりは横を向いて涙をこらえた。
朝食後、ゆりは女王に呼ばれて、シスと共に向った。今日はこちらの服を用意してもらったのだが、胸元は開いているし、
ゆりとしてはセクシーすぎる服だった。だが生地の肌さわりはとてもいいし、着心地もいい。頭には綺麗な髪飾りも
つけてもらい、化粧もしてもらっている。シスもきらびやかな服を着せられて、なんだか恥ずかしそうだった。
女王は昨日の王の間ではなく、狭い部屋に座って待っていた。二人を見ると微笑んだ。
「よく眠れただろうか」
「はい」
二人は女王の前に座った。相変わらず瞳の輝きはすごい。よく見ると、頭には小さな王冠のようなものがついていた。
赤や青の宝石が入った小さくてもとても豪華そうなものだ。女王は銀色のストレートの髪で、髪は腰くらいまであった。
おでこは出されている。じっくり見ると、かなりの美女だということがわかった。ちょっと冷たい感じの美女だ。
「突然このようなことになり、本当にすまないと思っておる。まさか、未来の王妃とは思いもよらず。」
「私の時代には巫女という存在はいないんです。しばらく王妃自身が自分で儀式をしてるんです」
「そうであったのか。」
「それよりも、未来の王が心配してると思うんで、それが・・・」
「一応私からの手紙を残しておいた。気づいて下さるとよいのだが」
「手紙ですか」
「そうじゃ。それを読めば私の時代に連れてきたことは分かってくださると思う」
「母様」
シスはゆりの腕に触れた。
「この時代ってハザーク様いるんじゃない？」
「あ・・・」
ゆりはそこで初めてハザークのことに気づいた。
そうだ、ハザーク様がいるはず！ハザーク様に何とか相談しよう！
ゆりの顔が喜びに満ちた時、女王が言った。
「ハザーク殿は脱皮の期間に入っておってのう。しばらくは会えぬぞ」
「え・・・」
ゆりの表情ががらりと暗くなった。
「その間って話とかできないんですか？」
「一切できぬ。ハザーク殿の脱皮は準備期間も含めてかなりの長期にわたる。先月入られたばかりであるから、後12月は
無理であろう」
ガーン・・・・
「ハザーク殿はまだ生きられておられるのか。すごいのう・・・」
女王ははるか遠い未来にハザークがまだ生きていることにすごく驚いていた。
何も今年脱皮しなくてもいいのに。ハザーク様のばかー！
別にハザークはちっとも悪くないのだが、見知った顔に会えるという希望がもろくも崩れ去り、ゆりはつい悪態をついていた。
「ところで、儀式のことなのだが、どうであろうか。未来の王妃に儀式をやってもらうというのも、未来の王に悪い気は
するし・・・どうしてもそなたが嫌だというのなら、私も次を考えねばならない」
女王は昨日ほど強引ではなかった。
「あの、儀式の話はとりあえず後にして、こちらにいる間、シスをお願いしたいんですけど。」
「もちろん良いとも。とりあえず今日は城の周りなどをいろいろ案内させよう。」
扉がノックされて、女性が中に入ってきた。腰に剣を指しているし、見たところこの女性も騎士なのだろう。
黒い髪はポニーテールにされている。胸元には銀の胸当てのようなものをしていた。結構な美人だ。
「メリクル、シス殿を今日一日城や周りを案内してさしあげよ」
「かしこまりました。陛下」
「シス殿、こちらメリクルじゃ。あちこち案内してもらうとよい」
「はい、じゃあ母様」
「うん。行ってらっしゃい」
シスはメリクルと出て行った。
「実は、儀式については前向きに考えさせてもらいます」
シスがいなくなったところでゆりが言った。
「まことか？」
「はい、だけど私は他人に蛇を下ろしたことはないんです。ですから、ちゃんと成功するかどうかわかりません」
「そうであるか。まあ、巫女殿は何度も蛇を降ろされておるし、そういう気になってくれたのなら私としてもありがたい」
女王はゆりの意外な言葉にひどくうれしそうだった。
「でも、すぐに儀式をやるのは無理です」
「もちろんわかっておる。儀式は相手がいることゆえ、別に急ぎはしない。」
「女王様は妊娠してどのくらいですか？」
「今が６の月であるから、一年とちょっとというところじゃな」
「そうですか・・・ならまあそんなに急がなくても大丈夫ですね」
「相手は巫女殿の好みの騎士を好きなだけ選ばれるとよい。」
「はあ・・・」
ゆりは頬をかいた。この時代は戦士ではなく皆騎士と呼ばれているらしい。昨日ずらりと並んでいた連中のことなのだろう。
「巫女殿が話が分かる方でよかった」
「あの・・・ゆりって呼んでほしいんですが・・・」
「そうであるか。ではゆり殿、今日もハインリヒで良いか？」
「いえ、あの人はちょっと・・・見かけが優しそうで、中身も優しい人お願いします」
ゆりが言うと、女王がおかしそうに笑った。
「ほほほ、ではディランを呼ぼう。」
しばらくして、扉がノックされた。
鮮やかな緑の髪の男が中に入ってきた。優しそうな風貌の男だ。
「ディラン、今日はそなたがゆり殿をいろいろ案内してさしあげるように」
「かしこまりました。よろしくお願いします。巫女様」
ディランは微笑んで言った。
なんだかこの人雰囲気がフリットに似てるなあ・・・・
ゆりは一緒に歩いていてそう思った。髪が長いところも一緒だが、笑った雰囲気も似ている。
昨日は儀式は絶対いや、と言ったゆりだったが、３月もここにいるのなら、状況は変わってくる。それはゆりが妊娠中
ということだった。３月の間、だれからも気をもらわないわけにもいかない。シスはいるが、当然シスだけでは足りない。
こちらには力の強い女性もたくさんいそうだがどうしたって男からももらわなきゃならないし、ただで歓待されて気も
もらい、シスの特訓をしてもらい何もしないというわけにはさすがにいかないだろう。いつまた気がすごく欲しい状態に
なるかわからないのだ。嫌な顔をされるくらいなら、最初からそのつもりでいた方がこちらの人々の態度もかなり優しく
なるだろう。そう思ったのだった。
「突然違う時代に飛ばされて大変でしたね。こちらの都合で本当に申し訳ありません」
ディランはゆりをいたわるように言った。
どうやら昨日の男とは違い、本当に優しいタイプのようだ。
「こちらの人って、皆派手なんですね。びっくりしました」
ゆりが言った。このディランも軽くアイシャドーをひいているし、あちこちに金の飾りがあり、全体的にきらきらしている。
「女王がきらびやかなのが好きなので、皆そうしているんですよ」
「そうなんですか」
「今日は天気が良いですから、庭園を散歩しましょうか」
ディランはゆりを城の外に連れ出した。
外に出ると、陽の光がまぶしかった。城の中もきらきらしていたが、外に出てもそれは変わらない。
なんだか同じ国とは思えないなあ・・・
シスは空気が違うと言っていたが、確かに、それはゆりにも多少なりとも感じられた。色彩がかなり鮮やかだった。
たとえば、土の上にいる蛇を見てもそれは分かる。こちらの蛇たちはどの蛇も、鮮やかなのだ。色がはっきりしていて、
まるで置物にしたいほどきれいだった。
ゆりは城から離れた所で城を見上げてみた。
「わあ・・・シンデレラ城みたい・・・」
たくさんの白い塔が空に向って建っていた。塔の屋根はピンク色で、女性的な城だった。確かにあの女王にはぴったりだ。
「綺麗なお城ですねえ・・・」
「この城は５００年前に建てられたばかりなんですよ。その時代の王が、次に女王になる娘のために建てたのですよ。」
「へー」
白い鳥の群れが城の上空を飛んで行った。
この城はもう未来には存在していない。それを思うとちょっと残念だった。
「こちらへどうぞ」
ディランは城の右横のほうへゆりをいざなった。ゆりはきょろきょろ周りを見ながら歩いて行った。どこもかしこも綺麗で
色とりどりの花壇があった。未来では見れないお花もある。やがて、ゆりの目の前に巨大な噴水が姿を現した。噴水の真ん中
からは水が吹き出ていて小さな虹がかかっていた。
「素敵・・・」
「ここは女王陛下がお気に入りの場所なんですよ」
ゆりは噴水の縁に腰を下ろして、ディランも一緒に座った。綺麗な真っ白な石でできていて、噴水の底を見ると蛇の絵が
見えた。ゆりはあれっと思って自分が座っている所の向こう側を見た。何かが噴水の縁に座っている。歩いて行ってみると
白い石像が腰を下ろしていた。
「まあ・・・」
石像は髪の長い女性で、かなりの美人だ。少しうつむくように座っている。
「神話の女神ですよ。慈愛の女神ダーナです」
ディランがゆりの側に来て言った。
「ダーナ？ガーベラは？」
「ガーベラは、あそこにいますよ」
ディランが噴水の横の方を指さした。噴水から少し離れた所に、円を描くように10体ほどの女神像が建っていた。
近づいていくと、豪華な巻き毛の麗しい女神がそこにいた。
「わー素敵ね。こっちのガーベラは」
ゆりはしげしげとガーベラを見上げた。右手に小鳥を乗せて、優しく微笑んでいる。ゆりが皆から聞いて想像したとおりの
美貌の女神だった。未来の庭園にある像よりも、はるかに美しい。
ゆりがあんまりガーベラに魅入っていたので、ディランが微笑んで聞いた。
「巫女様はガーベラに何か思い入れがあるのですか？」
「うん。でも言っても信じてくれないだろうけどねー」
「なんですか？」
「とにかく、私の時代ではダーナよりもガーベラなの」
「そうなんですか」
「こちらではどう？」
「ダーナのほうがどちらかといえば人気がありますね」
「なんだ。残念」
ディランは少し首をかしげた。
「次は違う庭園にご案内しましょう」
ディランはそう言ってゆりに触れて移動した。
「こちらはさっきの所とは反対側にある庭園ですよ」
「わっ。すごい・・・」
ゆりは思わず言った。そこはバラのような大きな花が見事に咲き乱れた庭だった。
「バリカの庭園です」
「バリカ？」
「この花がバリカというんですよ。女王のお気に入りのお花なんです」
「へー」
庭園はかなりの広さで、先ほどの噴水とは違い、結構他の人たちもいた。ベンチでくつろいでいる人もいれば、ただ
花を眺めて歩いている人たちもいる。色は様々で、花の大きさも様々だった。所々アーチ状になっていて、弦のように花が
巻きついている。通路はいくつもあり、これだけ咲き乱れていたらまさに圧巻だ。
「ちょうど今が一番いい季節ですね」
「そうなんだ・・」
銀色の輝く花が見えた。幾重にも花びらが重なった美しい大輪の花。
その花はラクシュミを連想させた。
「王様・・・」
ゆりがぽつりとつぶやいた。
「・・・」
ゆりの表情がしょんぼりしてきたので、ディランがゆりの背中に手を当てようとしたときだった。
「おや、巫女様の世話役は私ではなかったのかな」
横から声が聞こえてディランは手を引っ込めた。近づいてきたのはハインリヒだった。
ゆりも顔を向けた。
「今日は私が・・・」
「巫女様、儀式には是非私も指名してくださいね」
ハインリヒは冷たく笑って言った。
ゆりがぎょっとすると同時にディランが制した。
「ハインリヒ、やめろ！」
「それでは」
といってハインリヒは去って行った。
「すいません。巫女様」
「・・・・」
「普段はあんなやつではないんですが・・・」
「お部屋に戻りたいな」
「はい、戻りましょう」
ディランはゆりの腕に軽く触れて移動させた。
ハインリヒはその後王の間に移動していた。女王はハインリヒを見るなり機嫌よさそうに微笑んだ。
「ハインリヒ、ゆり殿が儀式をしてもよいと言っておったぞ。一時はどうなる事かと思うたが」
「そうなのですか？てっきり嫌がられるのかと思ってましたが・・・よかったですね。陛下」
ハインリヒも微笑んだ。
「なかなか話がわかる方でよかった」
「さっき巫女殿はディランといましたが・・・」
「ああ。どうもそちは気に入らなかったらしいぞ。」
「どうしてでしょうか。こんなにいい男なのに」
「まあ人の好みもそれぞれであるからのう。」
「残念ですねえ」
「そちにはシス殿のことを頼むぞ。皆にもよく言っておくように」
「はい、わかっております」
ハインリヒは王の間を出て行った。
部屋に戻ったゆりはしょんぼりしたままで、その横ではディランが心配げな顔をしていた。
「あの・・・大丈夫ですか？巫女様・・・」
「うん。」
「すいませんでした。あいつが無神経な事を言ってしまって」
「いや、そうじゃなくて、ちょっと気分が悪くて・・・」
「え・・医師を呼びましょうか？」
「ううん。実は、私妊娠中なんだけど、私自身は気が作れないの。だから向こうではいっつも他の人からもらってたんだけど
・・・」
「気ですか？」
「うん。その・・・できれば気ほしいんだけど・・・」
「いいですよ。どうすればいいんですか？」
「ひっついてたらもらえるんだけど・・・・」
「そうですか。ちょっと鎧脱ぎますね」
ディランは胸当てを外して身軽になった。
ゆりは優美な背もたれの花の模様のついた長椅子に座り、ディランに引っ付いた。
「ごめんね。出会ったばかりでこんなことして」
「いいえ」
気分が悪くなると、恥ずかしいだのとは言ってられない。
うーん。なんだかフリットに引っ付いてるみたいで落ち着くなあ・・・
気の質もどうやら似てるような気がした。気分がだいぶ楽になったところでゆりはからだを離した。
「ありがとう。しんどいでしょ？」
「え？もういいんですか？」
ディランは瞬いた。
「え？結構もらったよ。」
「まだまだ平気ですよ」
「・・・・本当？無理してない？」
「大丈夫ですよ」
ディランは本当に平気そうだったのでゆりはまた引っ付いてもっと気をもらった。
うーん。これだけもらったら、ミカエルなら倒れるけどなあ・・・やっぱりこっちの人ってすごいのかな。
「いやじゃない？」
ゆりは顔を上げて聞いた。
「いやじゃないですよ。中々楽しいですね」
「楽しい？」
「はい。巫女様の気が私と一緒になるのは面白いですよ」
「そう？」
ゆりとしては、自分に気を遣って言ってるのか何なのか、よくわからなかったが、嫌がらずに気がもらえるというのは
かなりありがたい。
その時、ゆりのおなかがグーっと鳴り、ゆりの顔が真っ赤になった。
「そろそろ昼食の時間ですからね。用意させましょうね。後でまたきますね」
「ありがとう」
ディランは微笑んで部屋を出て行った。
昼食の時間になってもシスは帰ってこなかった。侍女によれば、街の方にまで遊びに行ったらしい。
中々楽しくやってるようね。美人とデートだし。
部屋でくつろいでいると、またディランがやってきた。
「さっきの続きしますか？」
「本当に大丈夫？いきなり倒れないでね」
「大丈夫ですよ」
うーん、一体どうなってるんだ・・・・
向こうでは二人からもらっていたものを、ディラン一人からもらってまだ平気な顔をしているということは、ディランの
力は、軽く見積もってミカエルらの２倍以上はあるということだろう。
ゆりはこの日かなりの気をディランからもらっていたが、それでも平気そうだった。
「ディランって、力すごく強いのね」
「一応二番目ですから」
「そうなんだ。この国で二番目ってことは、相当強いのねえ」
ディランは微笑んだ。
「そういえば・・・昨日はあんまり年が上の人見なかったような気がするなあ。あそこに並んでいた人、結構皆
若かったよね。ざっとしか見てないけど」
「騎士は180歳ほどで引退しますからね。それにどうしても若者の方が力が上になるので、あそこにいたのは上位40名
でしたから」
「引退・・・そんなのがあるんだ・・・」
向こうでは年とっても皆がんばってるのになあ・・・
力強い人も結構いるんだ。うらやましいなあ。
「明日もきてもいいですか？」
「え、仕事は大丈夫ですか？」
「はい、巫女様との事の方が優先ですので」
「そうなの？・・・あの、ディランって儀式に参加したことあるの？」
ゆりはちょっと聞いてみた。
「いいえ、ないですよ」
「そう。以前は巫女いたんだよね。」
「はい、ですが、難しい儀式などはする前に亡くなってしまいましたからね。」
「そうなんだ・・・」
「昨日あそこにいた騎士では、蛇霊神の儀式を経験した者はおりません」
「そう」
「経験者の方がよいんですか？」
「え？ううん。ディランは参加したいって思う？」
「巫女様が私を気に入ってくださったのなら、参加いたしますよ」
「そう・・・」
「それでは今日は失礼いたします。また明日来ますね」
「うん。ありがとう」
ディランは優雅に礼をして出て行った。
うーん。優しい人だと思うけど、心の内はまだよくわからないな・・・
それにしても・・・私ってなんて前向きなんだ。自分で感心するね。
長椅子で寝そべっていたらシスが帰ってきた。顔には満面の笑みを浮かべている。
「楽しかった？」
「うん。あちこち連れて行ってもらった。向こうとはどこもかしこもまるで違うからびっくりしたよ」
「そう。よかったねえ」
子供はさすが順応性が高い。
それともこの順応性の高さは私に似たのかしら。
と思うゆりだった。
その後、ディランは王の間で女王に謁見していた。その横にはハインリヒもいた。
「今日ゆり殿はどうであったか？」
「楽しく過ごされてましたよ。時々未来の事を思い出されて寂しそうでしたが・・・」
「そちはゆり殿のことをどう思ったのじゃ？」
「かわいらしい方だと思いますよ。」
「そちの言葉は本音かどうかいまいち分からぬのう・・・」
女王は苦笑ぎみに言った。
「本音です。明日も私が巫女様にお会いいたします」
「そうか、ゆり殿はそちの事が気に入ったようじゃのう。まあ、失礼のないようにの」
「はい」
ディランはそれで王の間を後にした。ディランが城の中の別の廊下に移動した時、目の前にぱっとハインリヒが現れた。
「ハインリヒ、なぜ昼間あんな事を言ったんだ」
ディランが目を細めて聞いた。
「あんな事？あの巫女様は儀式をするためにきたんだから、別におかしなことじゃないだろう」
「だが来たばかりなんだぞ。ちょっとは考えろ」
「・・・ディラン、お前こそ、優しすぎるのはどうかと思うがな」
ハインリヒは横目で見ながら言った。
「・・・どういうことだ？」
「お前が優しいままだと巫女様が誤解するだろうという事だ」
「誤解？」
「たいして興味もないくせに。抱きたくもないんだろ？最初からそういう意思を示す方が、お前のためだし巫女様のためだ」
「・・・心配は無用だ。かわいらしいと言った言葉に嘘はない」
「お前は赤い月以外で女を抱くのはいやなんだろ？」
「相手による」
ディランはそう言って通り過ぎて行った。
「・・・」
ハインリヒはちらりとディランの後ろ姿を見て、そのまま姿を消した。
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