ルンル〜ン♪


夜、蛇の目のゆりはベッドから抜け出して夜の散歩をしていた。夜空を見上げると降るような星空である。そして
大きな丸い月が一つぽっかり浮かんでいた。

「いやはや、空も向こうとは違うわねえ・・・」
こんな星空は向こうではお目にかかれなかったような気がする。星とでかい月のせいで結構あたりは明るかった。


しかし昔はかなりお金持ちだったのねえ。帰る時には絶対、部屋の調度品はいくつかくすねて帰らなきゃ。


ゆりは小刻みに瞬間移動を繰り返して、昼間案内してもらった噴水にやってきた。噴水は夜でも水を噴出している。


ゆりは噴水の縁に腰を下ろして足をぶらぶらさせた。少し肌寒い。我慢できないほどでもなかったのでそのまましばらく
ぼんやりしていた。


向こうがあんなに早く儀式をやるって決断するとはびっくりだったなあ。
母は強しか。私もいろいろ協力してあげなくちゃ。


ゆりは噴水の中を何気にみて、水の底がきらきら光っているのに目を留めた。
何かあると思い、水の中に手を入れて底から一つつまみあげた。それは親指ほどの長さの透明な丸い石だった。
よく見ると、結構いくつか転がっている。


石だよねえ。まさか宝石なわけないよねえ。こんな所に無造作においてるくらいだから。

でもきれいだなあ・・・金目のものかなあ・・・

帰りにこれもくすねて帰ろうかな・・・


そんな不遜な事を考えていた時、側に気配を感じて顔を向けた。そこには黒髪の男が立っていた。


やばい・・・盗んでると思われたかも・・・


ゆりはそっと石を元の水の中に返した。
「・・・」
「・・・」
男は無言で、驚いたようにゆりを見ていた。

「こ・・・・こんばんは・・・」
ゆりは笑みを作って言った。
「こんばんは・・・巫女様・・・」
男は低い声で言った。肩にかかるほどの黒髪、どこか寂しげな風貌をした男だった。左目は黒なのだが、右目は紫色の
蛇の目だった。真ん中に黒い縦線がある目で、白目のところは黄色い。上下とも黒で統一されていて、他の男と比べると
地味な服装だった。まあこんな夜中に派手な服を着ていてもしょうがないが。背はかなり高い。ハインリヒやディラン
よりも高そうだ。
「私ゆり、あなたは？」
「ドルイドです」
男はそういった。
「よろしく、ドルイド。よかったら話でもしない？」
ゆりが気軽にそういうと、ドルイドは「はい」と言ってゆりの横に座った。真横ではなく人が一人座れるほどの隙間
を開けて。どうも自分から積極的に話す方ではなさそうだったので、ゆりから話しかけた。
「あなたも散歩？」
「ええ・・・まあ・・・」

噴水の水音だけが響いていた。


もしかして・・・私邪魔かな・・・


ゆりはどうもそう感じた。
「あの、邪魔だったら私もういくけど・・・」
「いえ、そんなことはありません」
「そう？ならいいけど」
「すいません。私は話が苦手でして・・・」
「ううん。初対面だし、いろいろ話すのが無理よね」
「・・・初日に会った時は、両方黒目だったような気がしますが・・・」
どうやらドルイドもあの場にはいたらしい。
「私時々変わるの」
「そうなんですか」


・・・どうもどこか悲しそうな所が気になるなあ・・・


ドルイドの、時折ゆりにむける瞳が、どこか奇妙だった。ドルイドはゆりの気持ちを察したかのように目をそらせた。
「実は、妹を最近亡くしまして・・・黒髪の女性を見ると思い出すんです」
「そうだったの。それはつらかったわね」
「はい・・・」


だからそんなに悲しそうなんだ・・・


ゆりがただ慰めようとドルイドの手に手を乗せようとした時、ドルイドがはっと驚いた顔をして、ゆりの方が逆に
びっくりして手をあげた。
「なんですか？」
一瞬ひどく敵意のようなものを感じてゆりは驚いた。
「え・・・私は別に・・寂しそうだったから、妹さんの代わりに手を握ってあげようと思って・・」
「あ・・・すいません・・私はその・・・赤い月以外で女性に触れられるのは嫌なほうで・・・失礼しました」
ドルイドが戸惑ったように言った。
「そうなの・・・」
「本当にすいません」
「ううん。気にしてないから・・」


それにしては異常な反応だと思うけど・・・まあいいや。ドルイドは儀式には関係なさそうだし、もう行こう。


「それじゃあね。おやすみドルイド」
「すいませんでした。巫女様」


ゆりは姿を消した。

その後も、ドルイドはしばらくその場にとどまっていた。


第３話


過去の世界に来て３日目、シスは朝ごはんを食べるとさっさと部屋を出て行った。どうやら昨日約束していたようだ。


はりきってるねえ・・・


シスは授業全般に真面目な方だったが、あれほど強くなりたがってるとは思わなかった。


あーあ。ラギを連れてきたかったなあ。ラギだったら、きっとこの国の図書館に行ったまま、帰ってこないに違いない。


そうだ、土産に難しい本でも持って帰ってあげないと。

アナスターシャには何がいいかなあ・・・


すでに帰る時のことを想像している。その間に大きな難関が立ちふさがっていたが、つい考えたくないあまりに飛ばして
考えていたのだった。

扉がノックされて、侍女が出た。
「ディラン様でございます」
「入ってもらって」
「はい」
「おはようございます。巫女様」
ディランが笑顔で入ってきた。
「おはよう。今日もよろしく」
「はい。少し外を散歩されますか？」
「うん」
ゆりはディランと一緒に城の外に出た。


こっちは庭園も広くていいなあ・・・


城の四方に庭園があり、一つ一つの庭園もかなり大きいようだ。一般人らしき人もかなりいる。
「女王様は結界どこまではってるんですか？」
ゆりはわからなかったので聞いてみた。
「この庭園の外側まで張られていますよ」
「へー・・・」
「見たい景色などありますか？」
ディランに聞かれてゆりは首をかしげた。
「綺麗な湖がみたいな」
「では行きましょうか」
ディランはゆりの腕に軽く触れて移動させた。一度の瞬間移動で行き着いた先は、本当に綺麗な澄んだ湖のほとりだった。
遠くにある山が映って見える。

「ここってバカラ湖？」
「そうですよ」


バカラ湖は未来にもある。だが、こんなにきれいな澄んだ色ではなかったような気がする。湖にはきれいな大きい水鳥が
浮いていた。湖の水が少し波立ち、水鳥が飛んで行った。長いものの幻影が見える。
「あれって水蛇？」
「そうですよ」
「結構大きそうだねえ。」


綺麗な湖を見ていたら心が穏やかになってきた。


「巫女様は気丈な方ですね」
ディランは感心したように言った。
「シスも一緒だからね。それに、おなかに赤ちゃんもいるし、女は弱し、されど母は強しってね」
「なるほど・・・そうかもしれませんね。女王も子供ができたらさらに強くなられたような気がしますし」
「そういえば、女王様のだんな様は？」
「夫はいないんですよ。」
「じゃあ子供の父親は？」
「騎士の一人ですよ。フークスという男です」
「じゃあその人が恋人？」
「いえ、騎士は皆女王の恋人のようなものです。たまたまフークスの子供を身ごもられたのです」
「はあ・・・」


騎士は皆恋人・・・さすが女王様はすごい・・・

え・・・というわけは・・・


「私、女王様の恋人と儀式やらなきゃいけないの？もしかして・・・」
「まあ、そうですね」
「・・・」
ゆりの顔が引きつった。
「女王様嫌じゃないの？」
「嫌ではないでしょう。あまりそういう事は気にされませんから」
「でも私は気にするんですけど・・・騎士って皆女王様の恋人なの？全員？」
「まさか、全員が赤い月に相手はできないですよ。」
ディランは少し笑って言った。
「ディランは恋人なんでしょ？」
「そうですよ」
「・・・・女王様の恋人以外の騎士の人紹介してほしいんだけど・・・」
「どうしてですか？」
ディランが瞬いた。
「だってディランは女王様のこと愛してるでしょ？」
「はい。私だけではないですよ。騎士は全員、女王の事を愛しております」
「・・・・」

ゆりの顔が固まった。


「巫女様？」
ディランが首をかしげた。


・・・どうしよう。それじゃ儀式なんて無理かも・・・

儀式で愛してる？なんて聞いちゃったら、それでもう儀式できないじゃん・・・


「どうなさったんですか？」
「困っちゃったなあ・・・」
ゆりは頭をかいた。


その後ゆりは部屋に戻してもらい、午後は一人で過ごした。
侍女らが何かと気を遣い、だれか連れてきましょうかというのだが、ほっておいてもらった。


皆女王様に熱烈なら、私を好きになるわけないじゃない。


ああ、もう帰りたいよう。
王様にぎゅって抱きしめられたい。
この際ハザーク様でも、ミカエルでもいいから・・・


かなり弱気になっていた。



その頃未来のアナスターシャはといえば、しくしく泣いていた。しかもハザークの部屋で。
部屋の中にはアナスターシャを気遣うハザークの侍女と、うるさそうな顔のハザークがいた。
「何でここで泣くんだ」
「だって、部屋で泣いたら侍女らも泣くんだもん」
アナスターシャの首には蛇のルーがぶらさがっていた。ルーがしょんぼりしてかわいそうだったので、アナスターシャと
ずっと一緒にいたのだ。
「ハザーク様本当に過去で母様とシス見た記憶ないんですか？」
「うーん。女王の事はいくつか思い出したが・・・王妃の事は覚えてないなあ・・・」
ハザークもあれからいろいろと記憶を探ったのだが、ゆりのことについては何も思い出せない。
「侍女さんらもあってないの？」
アナスターシャが侍女を見た。
「その時は、まだ私たちは産まれてないんですよ。残念ながら」
「そうなの？」
「うーん・・・」
ハザークは一人うなっている。
長い時を生きているだけあって記憶は膨大だが、もちろん出会った全ての人間を覚えているわけもない。
鮮明に思い出せるのはせいぜい自分の親族か、本当に仲がよかった恋人くらいのものだ。
「シス泣いてないといいけどなあ・・」
「その時代は魔法も結構盛んだったからな。案外強くなって帰ってくるかもしれないぞ」
「え・・・嘘！」
アナスターシャがぎょっとした。
「そんなのずるい！」
「我に言われても・・・」
「私も行きたかった！わーん」
アナスターシャは今度は行きたかったといって泣き出したのだった。


悲しんでいるのは無論アナスターシャだけではない。主不在のゆりやシスの侍女たちは毎日部屋でしょんぼりしていた
し、城全体が暗い雰囲気になっていた。話を聞いた儀式の男たちも同様だった。
「王妃なら大丈夫だろう。向こうでも元気にやってるよ」とヴィラなどは言っていたが、それでも心中は穏やかでは
なかった。

いなくなって、初めてその存在の大きさというのを実感してしまうもの。


まだたった数日だったが、二人が帰ってくるまでにこの先どのくらいの時がかかるか誰も見当もつかなかった。



過去の世界では、夜中、またゆりは部屋を抜け出して城を出ていた。今日は肩にショールのようなものをかけていた。
これで昨日よりはだいぶ暖かい。向こうではあまり夜出歩いたりしなかったのだが、こちらでは誰も注意する人もなく、
こちらのゆりは結構羽を伸ばしていた。


夜空の元見る城も、なかなかおつなものだ。



ゆりはぶらぶらっと噴水の方にまた行き、ぎょっと立ちすくんだ。昨晩であったドルイドが噴水の縁に座っていたのだ。


もしかしてあの人毎日来てるのかしら・・・


ゆりはそのまま消えようとしたが、「巫女様」と声をかけられた。
ゆりは仕方なくドルイドの側に行った。
「こんばんは」
「こんばんは、あなたって毎晩来てるの？」
「そういうわけではないんですが・・・昨日の事が気になって・・・」
「昨日？」
「あなたの優しさを無碍にしてしまって、申し訳ありませんでした」
「別にもう気にしてないのに」
「・・・」
ドルイドはなんだかすごく気にしてるようだった。
ゆりはドルイドの横に腰を下ろした。
「本当に気にしてないよ」
「そうですか？」
「うん・・・じゃあその、ちょっと踏み込んだこと聞いていい？」
「何ですか？」
「あなたって女王の恋人なんでしょ？」
「ええ。そうです」
「女王様は、赤い月以外ではどうなの？騎士たちとそうなったりは・・・」
「女王は赤い月以外ではさっぱりその気になられない方ですので、我々がお相手するのはその間だけです」
「そうなの。じゃあ巫女は？私普通の巫女ってどんなのか知らないから・・・」
巫女という言葉を聞いたとたん、ドルイドの表情がさっと変わったので、ゆりはおや？と思った。
「巫女は・・・毎晩のように騎士を部屋に呼んでいましたよ」
「そうなの。じゃあ、騎士たちは巫女の恋人でもあったわけ？」
「・・・皆ではないですが・・・」
「あなたあんまり巫女が好きじゃなかったの？」
ゆりはずばり聞いてみた。
「好きではなかったです」
ドルイドははっきり言った。
「そうなの。ごめんね。変な事聞いて」
ドルイドは視線を下に落とした。


どうやら、前巫女は、全ての騎士とよろしくやってたというわけではないようだ・・・


「あの・・・儀式は・・・」
「心配しなくても嫌な人は誘わないよ。」
「別に嫌ではないです。」
「あなた赤い月以外では女に触れたくないんでしょ？」
「儀式は別です。女王のためですから」
「・・・女王のため」
「ですから誤解しないでほしいんです」
「・・・そういうのって面白くない」
「え？」
「私そろそろ行くね。おやすみ」
ゆりは片手を振ってそのまま消えてしまった。
「あ・・・」
ドルイドは瞬いた。ゆりの言葉の意味が分からなかったからだった。


女王のためかあ・・・・もしかして、ディランも内心はそう思ってるのかもねえ。
こりゃ前途多難だなあ・・・３月で儀式できるのかなあ・・・
男を数人あの女王よりも愛させるってのは、どう考えても無理っぽいけど・・・

他に見込みありそうな男を捜した方がいいかもね。



ゆりは部屋に戻り、眠りについた。


それから数日、黒目のゆりはディランの言葉が引っかかり、男と一緒に過ごすという気にもなれず、シスもいなかった
ので、一人ぶらぶらして過ごした。城の中には様々な部屋があり、絵画の部屋や宝石、美術品の部屋などもあった。
それらを見て回るだけでも結構面白い。城の中で出会う人たちは皆ゆりを見ると会釈してくれるが、中には奇妙そうな
目を向ける者もいる。未来の人間というだけで珍しいのに、ゆりの耳はこの世界の者と違っていたので、特に奇妙に見
えるのだろう。


ぶらぶらしていたら廊下の向こうから嫌な男が歩いてきた。ハインリヒだった。ハインリヒはゆりを見るなり、にやっと
笑ってきた。
「今日はお一人ですか？それとも新しい男の物色中ですか？」
「・・・」


なんなんだこいつは・・・


ゆりはハインリヒに会うたびにそう思わざるを得ない。自分に対してこれだけ嫌味を言ってくる男は今までいなかった
ため、面白いといえば面白いが、嫌な男には代わりはない。

「あなたって・・・しゃべらなきゃいい男なのにね」
ゆりが横目で睨んで言った。
「しゃべってもいい男ですよ」
ハインリヒは笑って言っている。
ゆりは軽く舌を出して通り過ぎた。


もしかしてディランに変えて怒ってるとか？まさかね。

時折見せる視線が気になる。なんだか軽蔑めいた視線が・・・


まあいいや、あいつとは絶対仲良くなれそうにないし、ほっとこうっと。


ゆりが部屋に戻るとシスがいた。
「母様、今日午後は空いたから一緒に過ごそうよ」
「本当？」
ゆりは喜んだ。
「僕いいところ見つけたんだよ。連れて行ってあげるね」
シスはにこっと笑って言った。


昼食後、シスが瞬間移動でゆりをつれて行った場所は、城の庭園の一角のようだった。まだゆりが来てない所だ。
「ここはね、お城の南東の方角にある庭なんだよ」
「ふーん」
左右に白い石像が並んでいた。
「神々の像？」
「そうだよ。むこうと似たような所でしょ」
「うん」
木々に囲まれた開けた場所に、およそ２０体ほどの石像が並んでいた。噴水の方には女神しかいなかったが、こちらには
男神もいる。その一つの像の前でゆりは立ちすくんだ。その男神は右手にぶどうをもっていた。
「似てるでしょ？」
シスも同じ用に石像を見上げて言った。
「王様・・・・」
その男神の顔は、本当にラクシュミによく似ていた。髪も少しうねっていて長い。上半身は右肩に軽く布がかけられて
いて、腰にはぶどうの弦のようなものが巻きついていた。
「お酒の神様ジンラだよ。ジンラって父様に似ていたのかな」
ゆりはついラクシュミそっくりの石像を見上げてぼろぼろ泣いてしまった。
「母様、そのうちに父様や皆と会えるからね」
シスが慰めるように言ってゆりはうんうんとうなずいた。


次にシスが連れて行ってくれた所は、大きな街だった。通りには人々や馬車が行きかっている。かなり活気がある
街だ。その街の真ん中には、すごくでかい像が建っていた。ゆりとシスは少し離れた所からそれを見上げた。
「もしかして、ザクート王？」
「あたりだよーなんとなく似てるよねー」
その石像は人の３倍ほどの大きさのものだった。美しい顔はまさしくザクート王のものだ。右手には剣を持ち、左手には
蛇が一匹巻きついている。足を少し広げてポーズをとっていた。
「カッコいいねえ。」
「僕ザクート様にあった事があるっていたら、皆驚いてたよ。母様何か買い物する？」
「私お金持ってないよ」
「サインすれば買えるんだよ。女王様が好きなもの何でも買っていいって言ってたよ」
「へーじゃあお菓子」
「うん。買おう買おう」
ゆりは街のお店をぶらぶらして珍しいお菓子を一杯買い込んで城に戻ってきたのだった。


夕方、騎士達の訓練場の建物の中で、若者の訓練が終わったディランは廊下に出た所でドルイドに出くわした。
「ディラン・・・ちょっと話があるんだが・・・」
「なんだ？」
どうもドルイドはディランを待っていたらしい。休憩場に行くと誰もいなかったので二人はそこで話をすることにした。
ここは２階だったので、窓からは夕焼け空が見えた。
キーンコーンと時刻を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「実は・・・巫女様に二度会ったんだが・・・二度とも失礼な事をしてしまった」
「ん？」
ディランはドルイドを見た。ドルイドは伏せ目がちだ。
「いつあったんだ？」
「夜、噴水の所であった」
「そうなのか」
「ディランは巫女様と仲良くなったんだろう？」
「二日ほどお会いしただけだが・・・一体何したんだ？」
「一度目は・・・触れてほしくないと言ってしまった。二度目は・・・女王のために儀式は参加すると言ったら、怒って
行ってしまった」
「・・・」
ディランは瞬いた。
「まあ、それは、女性の立場から考えれば・・・怒っても仕方ないな・・・」
「考えが足りなかった・・・謝っておいてくれないだろうか」
「まあいいが・・・自分で言えばいいだろうに・・」
「また余計な事を言ってしまいそうだ・・・」
ドルイドは伏せ目がちに言った。
「儀式の男はどうやって選ぶんだろう・・・」
ドルイドがぼそりと言った。
「それは、巫女様が気に入った男を選ぶんじゃないのか？」
「じゃあ私はもうだめだな」
ドルイドは全然残念そうでもなく言った。
「ドルイド・・・もう過去の女のことは忘れろ・・・」
「ディランは忘れられたのか？」
「死んだ女のことだ・・・」
「分かってはいるんだが・・・」


儀式か・・・・


儀式に誰が参加する事になるか、実は騎士達の間でも、かなりの話題には上っている。女王の本音としては、上位
10人を選んで欲しい所だが、こればかりはまさか強制もできない。騎士達の中でも参加したいと男はいるが、それは
女王の子供のための儀式だから参加したいという思いでしかない。女王はしばらく巫女の部屋をあまり訪れないように
と騎士達に言ってあるので、今の所は儀式希望者がゆりの部屋を訪れるということはなく、ゆりがこの世界の男性に
慣れるのを待っている状態だった。


あれからお呼びがかからないが・・・ちょっと行ってみよう・・・



ドルイドと別れたディランはそう思い、城に飛んだ。

ゆりの部屋を訪れると、ゆりはシスと一緒に座って果物を食べていた。
「少しいいですか？巫女様」
「いいよ。」
「夕食は終わりました？」
「うん。食後の果物食べてる所」
二人は綺麗に紫色に染まったぶどうを食べていた。
ディランはゆりの向かい側に腰を下ろした。
「母様、ディランは騎士の中で二番目なんだよー」
シスがニコニコして言った。
「そうなんだってねー。すごいね」
「実は、私の弟が大変巫女様に会いたがってまして、よかったら明日うちにいらっしゃいませんか？」
「ディランの家？」
「はい」
「いいよ」
ゆりは気軽に言った。こっちでは王妃ではないので、気軽に外に出れるのはうれしい所だ。別に明日の予定もない。
「シスも行く？」
「僕は明日は授業だもん」
「そうなんだ。がんばってるねえ」
「若君は大変熱心ですね。評判ですよ」
ディランが微笑んで言った。
「だって、いつ戻る事になるかわからないから、今の内にできるだけ覚えないと。力の授業とか全部古代語でやるんだよ
。僕勉強しておいてほんとよかったよ。」
「へー・・・」

その時ー


ートー・・・
ートーだっこ・・・


声が聞こえてゆりはぎょっとした。シスが瞬いた。
「今僕にも聞こえたよ。父様いないことに気づいたのかな」
「うー・・・」


ートー・・・
ートー・・・


声はなんだか寂しそうだった。
「どうしたんですか？」
「おなかの赤ちゃんがお父様がいないことに気づいたみたいで、なんだか寂しそうにしてるの」
「おや、かわいそうに・・・」
「母様、とりあえず、ディランに父さんになってもらったら？」
「え・・・うーん・・・」
「私になれるですか？」
「うん。なぜか赤ちゃんって気をくれた人はみんな父親だと思うみたいなの。悪いけど、ちょっとダッコしてくれる？」
「いいですよ」

ゆりはディランのひざの上に横向きに乗せてもらった。
「ごめんねー」
「いいえ。ついでに気もあげますよ」
「ありがとう」
「僕お風呂に入ってくるね」
シスはそう言って出て行ってしまった。
「ほら、トーですよ。トーにダッコしてもらってますよ」
ゆりはおなかをなでなでしながら言った。
「巫女様は何歳なんですか？そんなに子供が大勢いらっしゃるようには見えないんですが」
「よくわからないけど、80歳くらいかな」
「それでもう３人もいらっしゃるんですか？」
「うん。王様との相性がいいみたい。あっちでもみんな次から次へとできるからびっくりしてるよ。ディランは子供い
るの？」
「いいえ。まだです」
「そうなんだ・・・」


ートー・・・
ートー・・・


「ディランちょっとおなかに触ってくれる？」
「はい」
ディランもゆりのおなかをなでなでした。
「・・・安心して寝たみたい」
「そうですか・・・」
ディランは視線を伏せた。
「どうかした？」
「・・・あなたは想像していた巫女とはまるで違う人ですね」
ディランは視線を上げて言った。
「え？」
「なんだかほのぼのした人なので・・・」
「はは、私庶民の出だから、ちょっと王妃としての品位にも欠けてるし。前の巫女ってどんな人だったの？」
「美しい女でしたよ。女王ほどではないですが」
「そうなんだ。じゃあみんな私を見てがっかりしただろうね」
「そんなことないですよ。ただ、あなたが儀式をやるというのが想像できなくて・・・」
「儀式ってどういうのだって聞いてる？」
「祭壇の上で、巫女が10人ほどの男と交わるものだと聞いてますが・・・」
「私の場合は違うよ。第一交わらないし」
「え？そうなんですか？」
ディランは驚いたように目を瞬いた。
「ではどういう儀式なんですか？」
「それは、もしディランと儀式をやるようになったら教えるけど、それまでは秘密。」
「はあ・・・」
「それに男の人は１０人も選べない。最低３人かなあ・・・」
「そんなものでいいんですか？」
「うん。他の巫女はどうかしらないけど、私の場合は交わらない代わりに男の人たちと感情的にちょっと通じ合わないと
いけないの。だから皆女王様を愛しまくってるのならちょっと難しいなあと思って」
「はあ・・・想像していたのとかなり違うんですねえ。正直、今まで儀式にはあんまり参加したくなかったんですけど、
ちょっと興味がわきました」
「え？」
「実は、儀式に参加した事はないんですが、その、練習のようなことには何度か強制的に参加させられまして・・・
それが気持ち悪くて、私とドルイドはちょっとトラウマになってたんです」
ディランはちょっと表情をゆがめて言った。
「気持ち悪い？」
「はあ・・・そうそうドルイドと会われたでしょう？巫女様に失礼な事をしたようで、謝って欲しいといってましたが」
「ドルイド？ううん。知らないよ」
「え？」
「私、まだあなたとハインリヒしかしらないよ」
ゆりははっきり言ったので、ディランは不思議そうに首をかしげた。
「それよりも気持ち悪いってどういうこと？」
「それは・・・その、他人の交わりを見るのはあまり気持ちがいいものでは・・・」
「ああ。そういうこと・・・」


なるほど・・・確かにそういうのが嫌な人もいるだろうなあ・・・向こうの皆は誰もそんなこと言わなかったけど・・
交わらないといってもそれなりの事はするし、ディランはちょっと無理かも・・・

それにしても、強制的に参加させられたってのはどういうことだろう・・・


「あの・・・儀式の男の人数の事、女王に言ってもいいですか？」
「人数？最低３人のこと？」
「はい、結構気にしておられますので・・・」
「いいよ。本当は５人くらいいた方がいいけど、まあ、それはまだよくわからない。」
「向こうでは何人いらしたんですか？」
「最初は少なかったけど、最終的には５人から６人でやってたよ。」
「それは毎回同じ人なんですか？」
「そうよ。その人たちからたいてい気ももらってたから、シスもおなかにいるときは父様が一杯いるって思ってたの」
「そうなんですか」
ディランはおかしそうに笑った。
「なんだか微笑ましいですねえ」
想像すると、平和的光景が浮かんできた。


お世辞ではなく、本当にかわいらしいと思えてきたな・・・


「明日、朝迎えに来てもいいですか？」
「うん。弟さんかわいい？」
「かわいいこともないですが・・・」
「ディランにそっくり？」
「性格はそう似てないですよ」
「ちょっと楽しみだな・・・」
ゆりは微笑んだ。


儀式はともかく・・・こういうのは悪くはないな・・・


ディランは時折ゆりのおなかをなでながら、ほのぼのとした雰囲気を味わったのだった。



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