その朝、ベッドの上で目覚めたラクシュミは、横に黒髪の女が座ってるのを見た。
「おはよう。王様・・・」
「ゆり・・・」
手を伸ばしたものの、その姿は瞬く間に消えてしまった。
どうやら幻を見てしまったらしい。
「昔は強い男もたくさんいた。案外もう一人の王妃などは喜んでいるかもしれんぞ」
ハザークはラクシュミにそう言っていた。
まあ泣いて暮らしているよりは、楽しんでいてくれた方がいいが・・・
シスが一緒でよかった。ゆりも一人よりは二人の方がいいだろう。
それにしても、城から二人消えてしまっただけでこんなにも寂しいものだとは・・・
いつも当たり前のようにいた存在がいない。
それだけで、皆の心はどこか暗く沈んでしまっている。
元気でいればよいが・・・儀式ともなれば、２月３月は帰ってはこれまい。
あれだけ皆の心を捉えてしまったゆりの事だ。どの時代の男でも大丈夫のような気はするが・・・
ミカエルらはそれを知れば面白くないだろうな・・・
実は巫女として呼ばれてしまった、ということは、ミカエルらには伏せていたし、女王の手紙も見せてはいない。
ゆりが帰ってくればばれるかもしれないが、それまで秘密にしていようとザメハやフレイと相談し、
「多分未来の王族に何か聞きたいことでもあったのでは？」という事にしておいた。
鋭いミカエルは当然怪しんでいたが、何ヶ月も嫉妬させておくよりはその方がいいだろうと思ったのだ。
帰ったら帰ったでゆりは大変だな・・・
ラクシュミはため息をついて寝室を後にした。
第４話
ラクシュミが王の間に入るころ、王の間の奥にある魔法の鏡が音をたてた。鏡を開くと、そこにラギとミラが映っていた。
ラクシュミはアナスターシャを呼んだ。
「みんな元気ー？」
鏡の向こうのラギはすごく元気そうだった。
「・・・なんか顔の色変わってない？」
アナスターシャがまじまじとラギを眺めて聞いた。
「うん。毎日外に出ていたら黒くなっちゃったよ」
ラギの顔は茶色っぽくなっていた。
「ラギ様はすごくたくましくなられましたよ」
後ろでミラが笑って言っている。
「毎日外に連れ出されていろんな遊びに付き合わされるんだよ。何度か死ぬかと思ったよ」
ラギが小声で言った。
「へー楽しそうね」
アナスターシャが笑って言った。
「虎に乗るのも随分うまくなられましたものねー」
とミラ。
「楽しくやってるようだな」
ラクシュミが言った。
「ところでにーと母さんは？」
ラギが聞いた。
「ゆりはまだ寝てる」
とラクシュミが言った。
「シスは・・・」
「トイレ」
アナスターシャが言った。
「なんかおなかの調子が悪くてずっとトイレにいるよ」
「えー？大丈夫？」
「大丈夫よ。」
「ふーん。お大事にって言っておいてねー」
その時、ガットが横からぬっと入ってきた。
「ラクシュミ〜！お前の息子は帰るまでにちゃんとたくましくしておくからな〜」
「え！僕は別にたくましくなるために来たんじゃないんですけど・・・」
ラギの顔が引きつっている。
「子供は元気にたくましくだ。わはは」
「それじゃねー」
ラギが手を振り、アナスターシャも手を振った。
「怪我しないようにねー」
鏡はそこで途切れた。
「ねえ、父様、ラギが帰ってくるまでに母様たち帰ってくるよね」
「うーん。だといいがな・・・」
一度や二度はごまかせても、三度目の鏡で二人がこないとなれば、頭のいいラギならおかしいと思ってしまうだろう。
どうせならしばらくラギには悲しい思いをさせないでおいてやりたいが・・・
「アナスターシャ、お前もいつまでもめそめそしてるんじゃないぞ。皆まで暗くなるからな」
「はーい。」
「さて、客を入れていいぞ。番兵」
ラクシュミはちょっと沈みがちの番兵達を見て言った。
その頃過去では、ゆりは迎えにきたディランに連れられて、ディランの屋敷にやってきていた。
「おお〜」
思わず感嘆の声をあげるほどの豪華な屋敷だった。庭も広々としている。３階建てのようだ。
ヨーロッパの貴族の世界に迷い込んだみたいだなあ・・・
ああ、デジカメがほしい・・・
周りを見ると、はなれた所に同じような屋敷が並んでいた。
どうやら上の方の騎士の居住区らしい。
「どうぞ」
入り口の大きな扉が開かれると、中にずらりとメイドらしき女性が並んでいてゆりはびびった。
「いらっしゃいませ」
メイドたちは声をそろえて言った。そして入り口のホールにある階段から一人の男が降りてきてゆりの目の前に
きた。
「始めまして巫女様。私はレイアスといいます。どうぞよろしく」
ディランと同じ緑の髪の男だった。こちらは短めだ。ちょっとやんちゃそうな目をしている。人懐っこい感じだ。額には水色と赤い宝石
が入ったサークレットのようなものをはめていた。服装も上下緑系で統一されていた。
レイアスはえらくゆりに顔を近づけて見つめていたので、ゆりは思わずのけぞって「よろしく」と言った。今度は横の
方の部屋から一人の女性が現れた。上品そうな年配の女性だった。
「これはようこそ、巫女様、息子達をよろしくお願いしますね」
女性は微笑んで言った。
「は・・・はあ・・・」
どうやら二人の母親らしい。女性の髪は緑色で、後ろに綺麗に結われていた
よろしくって何をよろしく？
「か、母さん・・・」
ディランがちょっと驚いて言うと、女性は「ほほほ、ごゆっくり」と言って去って行った。
「二人はお母さん一緒なの？」
ゆりは二人を見て聞いた。
「そうですよ。父も母も一緒です」
「へー。」
「こちらへどうぞ」
ゆりは客間に案内されて、大きな長椅子に腰を下ろした。
調度品も凝ってるなあ・・・あるもの全部が高そう・・・
ゆりは部屋の中を見回して思った。壁には大きな風景画。棚の上には素敵な陶器でできた蛇の置物などがおいてある。
かわいいメイドさんがお茶とお菓子を運んできてくれて、ゆりはテーブルの方に移動した。するとレイアスがゆりの右
横に座った。レイアスはなんだかにこにこしてゆりを眺めている。
「可愛い耳ですねえ。丸っこくて」
「そう？」
「僕は、いえ、私は黒髪の女性がすごく好きなんですよ」
「お前は髪の色に関係なく女性好きじゃないか」
向かい側にいたディランが突っ込んだ。
「そうなの？」
「そんなことないですよ。」
レイアスは笑っている。
なんとなく、レイアスって犬っぽい性格だなあ。人懐っこいし・・・
ゆりはスコーンのようなものを口に入れた。
「二人はどれくらい年が違うの？」
「ちょうど30歳ですよ」
レイアスが言った。
「そうなんだ・・・年が近い兄弟がいていいね」
向こうでは全然近くはないが、こちらの世界なら30歳くらいなら近い内だろう。
「巫女様、私の気もらってほしいんですけど」
「気？なんで？」
「兄がとても楽しいものだと言ってたので」
「そんなに楽しいかな」
ゆりがディランを見ると、ディランは「楽しいですよ」と言った。
「だから私の気ももらってほしいんです」
「そりゃうれしいけど・・・じゃあ今からもらっちゃおうかな」
今は別に気が欲しくはなかったが、あげたいというのだからもらっておこう、ゆりはそう思い、長椅子の方で
レイアスに引っ付いた。レイアスはやたらにこにこしている。
「レイアスって大人になったばかり？」
「そんなことないですよ。今年85歳です。ちなみに兄は115歳」
「ふーん。」
「ちょっと失礼します」そういってディランは部屋を出て行った。
「巫女様、今度寝室に忍んで行ってもいいですか？」
レイアスはゆりの耳元に口を近づけて言った。
「・・・え？」
ゆりは一瞬理解できなかった。
「今なんていいました？」
「今度寝室に忍んで行きたいんですが・・」
「・・・」
ゆりの顔がかーと赤くなってきて、レイアスはちょっとびっくりした顔をした。
ゆりはレイアスから体を離した。
「顔が真っ赤ですよ」
「だって、変な事言うから・・・」
「変な事？どこか変でした？」
レイアスはきょとんとして聞いていた。
「全体的に変でしょ。いきなりそんなこと言うなんて」
「そうですか？何も言わずに忍んだ方が変ですよ？」
「・・・」
なんじゃこいつはー！
その時ディランが戻ってきた。そして真っ赤な顔で体を離しているゆりを見て、レイアスをにらんだ。
「お前何かしたろ」
「まだ何もしてないですよ」
「全く・・・すいませんね。あまり相手にしなくていいですから・・・」
「はあ・・・」
「巫女様って、体に蛇は？」
「レイアス！」
「兄さんだって気になってるくせに」
レイアスは口を尖らせて言った。
「ほんとすいませんねえ・・・」
「はあ、レイアスって、女性に対してはいつもそうなの？」
「そんなことありませんよ。まさか出会う女性全てにあんなこと言いません。巫女様がかわいいからですよ」
「そりゃどうも」
「本当ですよ」
「はいはい、ところで二人とも、巫女様ってのやめてくれないかな？ゆりって名前で呼んでほしい」
「じゃあゆり様、続けて気をもらってください」
レイアスが両手を広げた。
「なんか危険を感じる・・」
「私はあまり強引な男じゃないんで、ゆり様が嫌がるようなことはしませんよ」
「うー・・・」
レイアスのほうからひっついてゆりを抱きしめた。
「ゆり様って、純情でかわいいですねえ」
「二人って全然似てないね」
「どっちの方がいいです？」
「ディラン」とゆりが言うと、レイアスはまた口を尖らせていた。
レイアスってなんだか可愛いかも。憎めない感じで。
その後、豪華な昼食をご馳走になり、ゆりはレイアスに連れられて庭を散歩した。お城の庭園ほどではないが、
様々な花が咲き乱れて、綺麗に手入れされている。
「ゆり様、儀式のこと聞いてもいいですか？」
レイアスがゆりの横に並んで言った。
「何？」
「やっぱり上から選んでいくんですよね」
「上から？」
「儀式で相手をする男ですよ。僕は13番目なので無理ですよね」
「ああ、騎士の順番の事？そんなの関係ないよ。」
「じゃあ僕も、いえ私ももしかして選ばれる可能性あります？」
「無理に私って言わなくてもいいよ」
ゆりが苦笑した。
「そうですか？兄には子供っぽいと言われるんですが・・・」
「僕の方がかわいい」
「そうですか？ならゆり様には僕で行こう。そろそろ中に戻りましょうか」
「うん」
居間にいたディランは戻ってきたゆりを見てきょとんとしていた。
「あれ？」
レイアスもゆりの変化に気づいて顔を見た。
ゆりの左目は黄色と黒の瞳に変わっていたからだ。
ゆりはにこっと微笑んだ。
「実はドルイドにあったの私なの」
ゆりはディランを見て言った。
「あなたは・・・全く別の人なんですか？」
「まあそう、二重人格のようなもの。」
「へー面白いですねえ。」
レイアスは喜んでいる。ゆりは長椅子に座ってレイアスがその横に座った。向かいにいたディランは、まだ驚いたような
顔をしていた。
「ちょっといろいろ聞きたい事があってね。たとえば、私の時代は、一族の男の人って普段はあんまり性欲ないんだ
けど、こっちの人はどうなの？」
「人によりますよ。僕は結構平気ですよ」
「ディランは？」
「私は・・・まあ、その時によります」
「そうなんだ。じゃあ女王様のほかに愛してる人はいるの？」
「僕はいませんよ」
「ディランも？」
「はい」
「そうなの。二人とも赤い月の時は女王様以外の女性とも過ごすの？」
「たいてい皆そうですよ」
「そう・・・」
「どうしてそういう事聞くんですか？」
ディランが聞いた。
「儀式やるんならこっちの男の人のこと知らないと。」
「儀式の時は、どちらなんですか？」
「向こうよ。だけど、向こうだけなら３月で男集まるかどうか心配だから、私も協力するの」
「向こうのゆり様は、儀式では男と交わらないといってましたが・・・」
「交わらないけど、それなりの事はするよ。だから、他人のを見るのがいやだったら、きついかもしれないよ」
「・・・・」
「騎士の名誉とか、女王のためとか、そういうんじゃなくて、儀式に参加する男の人には、女王様の次くらいには
好きになってほしいの。私達のこと。あれは愛の儀式なんだからね」
「愛の儀式・・・」
レイアスの瞳が輝いた。
「なにやら心躍る響きですねえ。僕は断然参加したいです」
ゆりがディランを見ると、ディランは無言だった。
「レイアス、明日遊んでくれる？」
「もちろん。いいですよ」
しばらくして、ゆりははっと目を覚ました。
「あれ？」
ゆりはレイアスにもたれて寝ていた事に気づいた。
「私いつ寝たっけ」
「先ほどですよ。」
「そう・・・ごめんね。勝手に寝て」
「いいんですよ」
「そろそろ城のほうに送りますよ」
ディランがいい、ゆりはディランに部屋に送ってもらった。
「どうもありがとう」
「いえ、明日は弟があなたと遊びたいようです」
「レイアスが？」
「ええ、変なことしてきたらひっぱたいてくださいね」
「わかった」
「それでは」
ディランは優雅にお辞儀をして去って行った。
夜、ディランが書斎で酒を飲んでいるとレイアスがやってきた。
「ゆり様は、かなり面白そうな人ですね。僕断然気に入りましたよ」
「・・・」
「兄さんは儀式参加したくないんですか？」
レイアスは椅子に座って聞いた。
「せっかくゆり様と仲良くなったのに・・・」
「あまり好きにはなりたくない」
「どうして？」
「考えても見ろ。あの人は、儀式が終わればいなくなってしまうんだぞ。たった３月ほどで元の時代に帰ってしまう
んだ。別れが見えているのに好きになるのは、なんだか悲しいじゃないか」
「まあ、それはそうですけど・・・兄さんが参加しなくても、他の誰かが参加するだけですよ。参加したい男は一杯
いるんですからね。僕はもっとゆり様のことが知りたいな。」
「お前は気楽だな・・・」
ディランはあきれるように言った。
「別れは確かに見えてますけど・・・誰だって明日生きる保障なんてないじゃないですか。」
「まあ、そりゃそうだが・・・あまり強引にするんじゃないぞ」
「わかってますよ」
レイアスは微笑んだ。
次の朝、ゆりはシスと朝食を食べていたが、いつになくシスがもりもり食べていたのでゆりはしばしシスを眺めて
しまった。シスはそんなに食欲がすごい方ではないからだ。
「今日はいつになく食べるね」
「うん。今日は一杯運動するから」
「へー。皆優しくしてくれる？」
「うん。優しいしいろんなこと教えてくれる。時間が空いたらいろんなところ連れて行ってくれるし、本当によくして
くれるよ」
「そうなんだ。よかったねえ」
「うん。僕皆のためにもいろんなこと教わらなきゃ」
なんだかシスが輝いて見えた。
すごい・・・さすが王様の息子・・・
それに比べて私は・・・毎日男と遊んでるだけだし・・・なんだか自己嫌悪。
「ごめんね。私は遊んでばっかりで、私も何かした方がいいかな」
「えー？僕は母様が元気でいるなら遊んでてくれていいけど」
「小さいシスがこれだけ勉強してるのに母親は遊んでばかりってのもねーみんなに白い目で見られてないかな」
「そんなことないよ。大体母様がいなかったら僕ここにこれなかったんだから」
「まあそりゃそうだけど・・・」
「じゃあ僕行くね」
シスはそう言って部屋から出て行った。
うーん・・・旅は子供を成長させる。
別にこれは旅じゃないけど。この世界がかなりの刺激になってるみたいだなあ。
そういえばラギはどうしたかな。まだ虎の国にいるのかな。
「巫女様、本日はどう過ごされるのですか？」
侍女の一人が聞いてきた。
「今日はレイアスが来るから彼とちょっと・・・」
「さようでございますか。ではお化粧いたしましょう」
「はーい」
きっと全部女王様に報告されてるんだろうなあ・・・
化粧をして髪を整えてもらい、しばらくしたらレイアスが笑顔でやってきた。
「今日もかわいいですよ。ゆり様」
「どうもありがとう」
「どこか行きたい所ありますか？」
「街をぶらぶらしたいな。ザクート王の大きい像があるところ」
「いいですよ。行きましょう」
レイアスはゆりに触れて移動させた。
ゆりがのんきにレイアスと街ブラデートをしていたころ、シスは結構ハードな訓練をされていた。
いわゆる追いかけっこだったが、相手は３人いて攻撃もしてくる。シスはそれから瞬間移動で森の中を逃げまくって
いた。瞬間移動で飛べる距離は決められていて、一気に遠い所までは飛べないというルールだった。
相手はもちろん手加減はしてくれているのだが、瞬間移動したと思ったら光の玉が飛んできたりで息つく暇もない。
しまいには力が尽きてしまい、その場にハインリヒが飛んできてシスはぎょっとした。
『ここまでですね。』
ハインリヒは古代語で言った。
「大丈夫ですか？」
「はい・・」
ハインリヒはシスの腰をひょいともって移動した。移動した所は騎士たちの訓練所の建物内にある休憩場だった。
「休憩しましょう」
「はい・・・」
シスは椅子に座ってぐたーっと頭を机につけた。ハインリヒが飲み物をもってきてシスの顔の横においた。
「どうぞ。」
「どうもありがとう」
シスはそれをごくごく飲んだ。冷たい紅茶だった。
「おいしいな」
「シス様は熱心ですねえ。せっかく父上もいらっしゃらないのに、もっと遊びたいと思われないんですか」
「だって、いつ帰るかわからないから。遊ぶのは帰っても遊べるから」
ハインリヒは少し微笑んだ。
「失礼ながら、シス様はあの巫女様の御子様とはどうしても思えないですねえ。巫女様のほうは結構楽しくやられてる
ようですが」
「母様は楽しくやっててくれたらそれでいいんだよ。母様が笑顔でいると僕も安心するから」
「そうですか。できた御子様ですね・・・」
ハインリヒは苦笑ぎみに言った。さすがにハインリヒの嫌味も純真なシスには通じてない。
シスは休憩場の壁にかかっている絵を眺めた。
「あれはどの女神の絵かな？」
大きな絵には女神らしき女性がいた。裸体ではなく、服を着ていて、きりりとした表情の女性だった。椅子に座って
本を読んでいるようだ。
「知恵の女神カサンドラですよ」
「そうですか。だから本読んでるんだ。お城の中はダーナの絵は多いけど、ガーベラはあんまりないですね」
「そうですね。ダーナのほうが人気がありますからねえ」
「僕はガーベラの方が好きだけどなあ」
「おや・・・シス様は意外とませてますね」
ハインリヒはからかうように言った。
「ませてるって？」
「ガーベラは官能的な女神でしょう。多くの男神を誘惑したりと、ちと子供が憧れるには早いですよ？」
「それは違うよ」
なぜかシスがまっすぐにハインリヒを見つめて言ったのでハインリヒは瞬いた。
「違う？」
「ガーベラは美しすぎるからガーベラが誘惑しなくたって男神は愛しちゃうんだよ」
シスがすごく真面目に言っていたのでハインリヒは少し首をかしげた。
「あの、シス様は何かガーベラに思い入れでも？」
「僕ガーベラ見たことある」
「え？本当ですか？」
ハインリヒは驚いて目を見開いた。
「うん。前に母様にガーベラが降りてきたんだよ。すごく綺麗だったんだよ。だから女王様がすごい巫女を呼んで
母様が選ばれたのは分かる気がするな。だって女神様降ろしたんだもんね」
シスは自慢げに言っていた。
「・・・」
ハインリヒが信じられずに眉をひそめていたとき、女騎士達が３人ほど入ってきた。
「あー王子様！」
「こんにちは」
その中にはシスを前に案内してくれたメリクルもいた。
「かわゆーい」
「たまには私達に王子様貸してくださいよ。ハインリヒ様」
「そうですよ。私たちと修行しましょう」
「え・・・」
シスは赤くなっていた。
「男達とするよりも楽しいですよ」
「でも・・・」
「午後私たちがシス様もらってもいいですか？」
「いいよ」
「え！」
ハインリヒがあっさり言ったので女騎士たちはにんまり笑った。将来絶対いい男になりそうなかわいいシスは、結構
女性たちに人気があるようだった。
「早速行きましょう」
「さ、王子様早く！」
女性達はシスの手を握り、引っ張っていた。
「ハインリヒ〜」
シスは助けを求めるように名を呼んでいたが、ハインリヒは聞いていなかった。
あの巫女にガーベラが？全然想像つかないな。何かの間違いじゃないのか。
女神を降ろせる巫女がいるなんて、聞いたこともない。
ぶつぶつ考えていた時、男の騎士が２人入ってきた。
「あれ？シス様は一緒じゃないんですか？」
そういわれてハインリヒは横を向いた。
「あれ？いない。そうだ、さっき女達が来てつれて行った。」
「いいんですかー？女たち、変身花使ってみたいとか言ってましたよ」
「え・・・」
「心配だなあ・・・大人にされてるかも」
「そりゃまずいな・・・・」
ハインリヒがシスを見つけたときには、シスは頭に黄色い花粉をかぶり、すっかり大人にされていた。
「想像以上に素敵ー！」
「麗しいです〜」
「ああ、王子様・・・」
女たちはうっとりしてみていたが、当のシスは突然また大人になり、顔はかなり引きつっていた。
「お前達何やってるんだ。ああ、もう、全く。大丈夫ですか？」
ハインリヒが近づいて手でぱっぱと花粉をはらった。
「ふ・・・服が・・・」
服はびりびりやぶれていた。
「素敵な服にお召しかえを・・・」
「もうお前たちは触るんじゃない」
ハインリヒはシスを城に移動させて、大人の服をもってきて着させたのだった。
「あの・・僕こういう派手な服は・・・」
それはシスが自分で赤面するほど派手な服だった。肩には青い鳥の羽もついてるし、腰のベルトも金ぴかで、
ブーツもなんだか輝いている。青系の服でマントまでついていたが、あちこち銀色に光っていた。
「とてもよくお似合いですよ」
ハインリヒが真面目に言った。
「ああ・・・まさかまた変わるなんて・・」
「すいません、話を聞いた女王陛下がお会いになりたいそうです」
ハインリヒの元に女王からの思念が飛んできたのだった。
シスが女王に会いに行くと、そこには先ほどの女騎士たちもいた。
「おおーこれは麗しい」
女王はシスを見て目を輝かせた。
「ほら、もっとこちらへ」
「はあ・・・」
シスは仕方なく近づいた。
「もしかして、シス様って未来の王様になられるかもしれないんですよね」
傍らにいた女騎士がいった。
「いや、それはまだ・・上に姉様がいるし・・・」
「未来の王様・・・」
「素敵・・・」
「本当に麗しいのう・・・できる事なら大人になってから出会いたかったのう・・・」
女王もうなずいていた。
後ろの方でハインリヒはやれやれと両手を広げている。
「あのう・・・僕この姿では母様に会えません」
シスは困ったように頭をかいて言った。
「なぜじゃ？自分の息子の大人になった姿を見れば、ゆり殿も喜ばれるであろうに」
「僕のこの姿は父様に瓜二つなんです。ですから僕を見たら、きっと母様帰りたくなって泣くと思います」
「それはまずいのう・・・なら私がいいようにゆり殿に言っておこう。城の別の部屋で休まれたらいい。
一日ほどで元に戻るであろうから」
「はあ、お願いします」
シスは自分の部屋に戻ってゆりが来るとまずいので、違う部屋にそのまま移動した。
「すいませんでしたね。シス様」
一緒にきたハインリヒが言った。
「ううん・・・僕、なんだか父様に会えた気分だよ」
シスは部屋にある丸い鏡を見ながら言った。
やはりそこはまだ子供、父親が恋しい事に変わりはない。
鏡の向こうで、ラクシュミが自分を励ましてるような気さえした。
ハインリヒはそっと部屋を出て行った。
夕方、レイアスに部屋に送ってもらったゆりの耳には、金色の小さな蛇がひっついていた。
レイアスが記念にイヤリングを買ってくれたのだ。蛇の瞳には黄色い宝石がはめこまれていた。
えへへ、ハザーク様みたい〜
ゆりは鏡を眺めてイヤリングを眺めていた。
今日は別に迫られることもなく、にこやかにデートして別れたのだった。街の中をぶらついたり、公園で休んだり、
屋台の物を買い食いしたりと、ゆっくり男の子と二人でデートするのもこっちの世界に来てからそうないことだったの
で、ゆりとしても楽しいひと時だった。
レイアスは一緒にいても全然気を遣わなくていいところがいいかもしれない。
勝手にいろいろ話してくれるし、いろいろほめてもくれて、女性を楽しくするのが自分でも楽しいようだ。
ああいう弟がいたらかわいいだろうなあ・・・恋人っていうよりも弟って感じだよねー・・・
昨日は忍んできたいなどといわれて驚いたが、一緒にいると楽しいし結構いい人だな、と感じていた。
扉がノックされて侍女が入ってきた。
「女王陛下から伝言でございます。シス様は、今夜は仲良くなった騎士の屋敷で過ごされるようです。」
「へーそうなの。」
「ですから心配なさりませんように」
「わかりました。どうもありがとう」
「はい」
侍女はささっと出て行った。
シスもいろんな人と付き合ってるのねえ。
社交的で感心感心、と思っていたが、夕食を一人で食べるのもなんだか味気なかった。
アナスターシャ元気にしてるかなあ・・・
王様、心配してるかな・・・
ラギは・・・私の話聞いたかなあ・・
一人でもそもそ食べていたら家族みんなで食事したことを思い出し、なんだかしょんぼりしてしまった。
今日は早く寝よう。
早めにお風呂に入り、寝室で寝転んだ。中々眠れなかったがそのうちにうつらうつらとしてきた時、
頬をそっとなでられてゆりは目を開けた。
「ゆり・・・」
「・・・王様？」
目の前には長い銀色の髪が輝いて見えた。瞳も輝いている。
「まさか・・・そんな・・・」
ゆりの瞳から涙があふれてきた。
「ゆり・・・がんばれ。」
懐かしい声だった。
「王様・・・うん・・私がんばる・・・」
ゆりはぎゅっとラクシュミに抱きついて、ラクシュミもゆりを抱きしめた。
「あまり泣くんじゃないぞ」
「うん・・・うん・・・」
体の感触も匂いも懐かしい。
ラクシュミはゆりの髪をなでたり頬をなでたりしてやがて消えてしまった。
ああ、王様が私を想うあまりに幻になってやってきてくれたに違いない。
ゆりはそう思って感動した。
次の日は、ゆりはラクシュミに出会ったうれしい余韻に浸り、ごろごろしていたが、侍女に頼んで竪琴をもってきて
もらい、部屋で奏でていた。
夕方になり、シスが部屋に入ってきた。
「ただいまー母様」
「あら、シス、お帰り」
「あ、竪琴だ」
「うん、貸してもらったの。昨日お泊り楽しかった？」
「うん」
シスがうなずいた。
「昨日ね、すごかったんだよ。王様が私に会いにきてくれた。夢かもしれないけど、確かに王様に会ったんだよ」
ゆりが興奮して言うと、シスが「僕も会ったよ」と言った。
「え？本当？」
「うん。父様、がんばれって言ってくれた」
「そうなんだ。愛は時を越えるんだねえ。さすが王様だねえ」
ゆりが胸元で両手の指を組んで言った。
「そうだね。さすが父様だね」
シスも笑顔で言っていた。
もちろん昨晩のあのラクシュミは、大人になったシスが演技をしていたのだが、それは秘密のことだった。
母様喜んでよかった。今回は、大人になってよかったな・・・ばれないか、かなりどきどきしたけど・・・・
「ねえ、母様竪琴弾いてよ」
「うん。いいよ。」
長椅子でゆりは竪琴を奏でて、しばらくシスはそれを聴いていたのだった。
すすむ