ゆりが消えてしまい、15日が経っていた。
ヴィラは城にきたついでになんとなくゆりの部屋の扉を開けた。部屋の中に当然ゆりはいなかったが、
代わりに机に伏している黒髪の男がいた。
「何サボってるんです」
ヴィラが声をかけると、ミカエルが顔をあげた。
「別にさぼってない。ああ、心配だ。王妃が私に助けを求めてるんじゃないだろうか」
「王に助けを求めても、あなたには求めないと思いますけど」
ヴィラに冷たく言われてミカエルはまた机に伏した。
「全く・・・しっかりしてくださいよ」
ヴィラはミカエルの向かい側に腰を下ろした。
「ヴィラ、お前理由聞いたか？」
ミカエルが顔だけ向けて聞いた。
「二人が消えた理由？みんなが聞いたのと同じですよ」
皆、未来の王族に何らかの用事があったらしいと言われていた。
「王は過去の女王からの手紙があったというが、絶対手紙を見せてくれない。何か変な事でも書いてあったんじゃないのか」
「さあ、知りませんが、まあ未来の王族に変なまねもしないでしょう。」
「王妃はシス様のついでに連れ去られたといっていたが、本当は逆じゃないのか？王妃に用があったのかも」
「王妃に？どんな用です？」
「さあ・・・」
ゆりの事となると鋭い勘を働かせるミカエルだったが、それから儀式で呼ばれたとまでは想像していなかった。
「ちゃんと過去の男から気もらってますかねえ・・・」
「いやなこと言うな・・・」
「王妃の事だから案外過去の男とも仲良くなってるかも」
「・・・・」
「まあそのうちに帰ってきますよ。だめですよ。帰ってきた王妃に根堀葉堀聞いたら」
「う・・・」
ミカエルはしょんぼりして口をつぐんでしまった。
第6話
「ディ〜ラン！」
ディランは背中に両手をつかれて後ろを向いた。そこには自分の背中ほどの高さの男が立っていた。ここは城の中の通路、
ディランはたった今女王に会ってきたところだった。
「ああ、フークス」
騎士仲間のフークスだった。
「ちょっと時間あるかい？」
「いいですよ」
二人は城の中のだれもいない個室に移動して椅子に座った。
「巫女様と仲良くなったかい」
「はい、まあ、先ほど女王にも話してきましたけど」
「どんな人？ハインリヒは巫女様の外見でぶつぶつ文句言ってたけど」
「可愛い人ですよ。全然高慢な所もなく、」
「ふーん。ディランはその気になった？」
「・・・」
ディランの頬がちょっと赤くなってきたので、フークスがおや？という顔をした。
「へー、ディランがそれだけ気に入ったんなら、僕も興味でてきたなあ。」
「おや、あなたはもう女王以外の女性は抱かないんじゃなかったんですか？」
「そう思ったけど、はたで見てるだけも寂しくなってさ、ちょっと会ってみ〜よおっと」
フークスはにんまり笑って言った。
午後、ゆりは一人で神々の像が並んでいる庭園に行き、ラクシュミそっくりのジンラ像に会いに行った。
今日は午前中少し雨が降っていたので、草も花も雨粒できらきらしている。
王様〜
ゆりはジンラ像の前でしばらく石像を眺めた。
王様、浮気しちゃだめだよ。私が帰るまでちゃんと待っててね
ゆりはジンラ像に祈るように言い、しばらく眺めてその場を後にした。
城に戻ろうと歩いていたら、城の近くで突然誰かが目の前に現れて、ゆりはびっくりしてしりもちをついてしまった。
「きゃ！」
「あ！すいません！」
男はあわてて振り向いて転んだゆりの体を抱き上げた。
「あー・・・」
下がぬれていたのでスカートの後ろはびっしょりぬれてしまった。
「すいませんでした。ほんと、あの、もしかして巫女様ですか？」
「うん」
「すいません。部屋までお送りします」
男はそのままゆりと瞬間移動してゆりを部屋まで送った。
ゆりは服を着替えて部屋の外をのぞいた。男は外で待っていた。
「本当にすいませんでした。」
「ううん。もういいよ」
ゆりは男の顔を見た。
うーん。なんて派手な髪なんだ・・・
男らしい顔立ちをしていたが、逆さだっている髪は、黒と赤が混じっていた。瞳も赤に黒がまじっている。
結構がっしりした体格の男だった。
「怪我してないですか？」
「うん。」
「そうですか・・・」
男はほっとしたように言った。
「それでは私はこれでー」
「待って」
ゆりが男の腕に手をかけると、男の頬がぱっと赤くなった。
「何か？」
「一緒にお茶飲まない？」
ゆりは微笑んで誘った。
「ですが・・・」
「来て」
ゆりは男の腕をひっぱって部屋の中にいれ、中にいた侍女にお茶を頼んだのだった。
向かい合わせで座ると、男はなんだか居心地が悪そうに目をきょろきょろさせていた。頬はほんのり赤くなっている。
黒と紫がかった襟の大きい騎士の服装で、飾りもそんなになく、派手な格好もしてない。
なんだか・・・ミルキダスと同じ匂いを感じる・・
先ほど外でゆりを抱き上げたときも、男の顔は真っ赤だった。顔立ちはきりっとしてかっこいいのに意外と純情タイプの
ようだ。
「私、ゆり、あなたは？」
「ルークです」
「ルーク。よろしくね」
「はい・・・」
よし、決めた。ここは積極的に攻めよう。
ゆりの瞳がぴかっと輝いた。
ミルキダスと同じ匂いを感じただけに、ここで逃がすのはおしい。
「ルーク、いきなりだけど、あなたって特定の恋人いる？」
「え・・・」
いくらなんでもいきなりだったが、ゆりとしても愛してる恋人がいる男をくどくわけにもいかない。
ルークは真っ赤な顔で目をきょろきょろさせていた。
「なぜそんなことを・・・」
「実は・・・私あなたが気に入っちゃった」
「え？！」
「だから、できたら仲良くなりたいなと思って」
ゆりがちょっと恥ずかしそうに言うと、ルークの顔は固まっていた。
「もちろん、あなたに女王様以外に愛してる女性がいるなら、あきらめるから」
「・・・・」
ルークは口をぽっかり開けたまま本当に真っ赤になっていた。
その時侍女がお茶を運んできてくれて、ルークの真っ赤な顔をちらりと見て出て行った。
「あ・・・あの・・・それはどういう意味ですか？仲良くなるとは」
しばらく経ってから、ようやくルークが聞いてきた。
「つまり、蛇の儀式に参加してほしいなっていうこと」
「・・・私は無理です」
ルークは真っ赤なまま言った。
「いや？」
「あの・・・私は２３番なんです」
「何が？」
「騎士の順位です。私はそんなに上の方でもなく、巫女様と親しくなるわけには・・・」
「女王様は騎士は誰でも選んでいいって言ったよ」
「え・・・でも・・・上にたくさん騎士がいますし、そちらから選ばれてはいかがですか？」
「・・・」
ゆりがしょんぼりした表情をした。
「私が気に入らなかったらそう言ってもいいよ」
「いえ・・・そういうことでは・・・私はその・・・・女性の扱いがあまりうまくは・・・」
「いいの。私そういうのあんまり気にしないから」
「え・・・」
「とりあえず明日の午後も来てほしいな。あなたが嫌だったら無理に儀式に誘ったりはしないから」
「はあ・・・」
ルークは恥ずかしそうにがしがしと頭をかいた。
その時扉がノックされて、ゆりは席を立ち、扉を開けた。銀色の髪の、可愛い男の人が立っていた。
「こんにちは、巫女様、私は・・・おや？」
男は中にいたルークに目を向けた。
「ルーク」
「フークス様！！！」
ルークは飛び上がらんばかりに驚いて、「失礼します！」と言ってそのまま消えてしまった。
「あらら・・・」
「すいません。お邪魔でしたか？」
「ううん。あの、あなたは・・・」
「私はフークスといいます。あなたとお話がしたくて来たんですよ」
フークスは微笑んで言った。
フークスはゆりより少し背が高いくらいで、体つきも華奢で、一見女の子にも見える可愛い風貌だった。
ゆりはフークスの銀色の髪が気になった。瞳は紫色だったのだが、背中にかかる髪は綺麗な銀色だった。
「あの、あなたって王族なんですか？」
「遠縁ですが王族の血も入ってるんですよ」
「そうなんですか・・」
先ほどルークが座っていた場所にフークスが腰を下ろした。ルークは背が高く、ゆりは目線を上げていたが、今は
自分と同じくらいの目線だ。
「あ。新しいお茶持ってきてもらいましょうね」
「先ほど侍女にもう頼んでおきました」
フークスが言った。
「そうなんですか。用意がいいですね」
「ふふふ・・・」
いやーかわいい人だなーフークス・・・どっかで聞いたけどどこだっけ。
「あの・・・あなたって・・・大人？」
目が大きめであまりに可愛い顔立ちだったので、ゆりはどちらかわからなかった。
「大人ですよ」
「そうなんですか。」
シャナーンみたいに大人になりたてなのかな？
その時侍女が入ってきて、お茶を取り替えて去って行った。
「実は、あなたと仲良くなりたくて」
「え？」
「儀式に入れてほしいんです」
「それはだめですよ」
ゆりは即座に言った。
「どうしてですか？」
「大人になりたての人は入れれません」
フークスはふふふと笑った。
「私はこれでも100超えてるんですよ」
「え？」
「顔立ちは幼く見られますけどもうすっかり大人ですから」
フークスは言ってからお茶を飲んだ。
「・・・・」
100超えてる？信じられない。超童顔じゃん。
「あれ？フークス・・・確か女王様の子供の父親が」
「私です」
「えー！！！」
ゆりはかなり驚いた。どう見ても女王の方が背が高いし、二人がそうなる所が想像できなかったのだ。
「ひどいなあ。巫女様は、外見で人を判断するんですか？」
フークスが傷ついたように聞いてきた。
「え？ごめんね。だって、あなたってあまりにかわいいから、」
「私は総合力ではハインリヒやディランに負けてますけどね、魔力は一番強いんですよ。ところで、ルークとはいつから
仲が良いんですか？」
「え。まだ仲良くないよ。さっきぶつかっただけで」
「そうなんですか。ディランやレイアスは儀式に参加させると決めてるんですか？」
「決めてるってことはないけど、今のところ仲良くしてるから、そうなるかも」
「私も参加したいな。」
「あなたはだめだよ」
「なぜです？」
「いくらなんでも、女王様の子供の父親と儀式はちょっと・・・女王様が嫌でしょ？」
「そんなことないですよ。」
「いや、内心嫌だと思うなあ・・・」
「本当ですって、女王は私だけ愛してるわけじゃないんですよ。」
「うーん・・・」
「女王に聞いてみたらいいですよ。まあ今日はここらで退散します。明日きてもいいですか？」
「明日はだめ」
「ならあさってね」
フークスはお辞儀をして去って行った。
うーん。信じられん。あれで100超えてるなんて・・・王様と変わらないじゃん。
なんだか混戦してきたなあ。ルーク誘っちゃったのにこうなるなんて・・・
ディランやレイアスにも儀式の話しなきゃだめかな。
しかしあの人と儀式は・・・なんだかシャナーンと儀式をしてしまったような罪悪感を感じそうだなあ・・・
ほーんとかわいいんだもん。
ゆりは両肘を机について、うーんとうなった。
可愛いか・・・確かに巫女っぽくも王妃っぽくもないなあ。庶民っぽい所が面白いな。
フークスはそう思いながら城の中を歩いていた。すると向こうからシスとハインリヒの二人が歩いてきた。
「あ、こんにちは、フークス様」
「こんにちは。シス様、私に様はいいんですよ」
フークスはシスに近づいて頭をなでた。
「でも・・・なんとなく・・・」
シスにすれば銀色の髪のフークスは王族だという考えがあるから、つい様をつけたくなってしまう。
「二人並んでいると兄弟のようですね」
ハインリヒが言った。二人とも顔立ちがかわいい系で、別に兄弟でもおかしくない。
「そうかなー」
二人は仲良く手をつないでいた。シスもフークスには親近感を覚えているようだ。
「今日は授業は終わったんですか？」
「はい」
「明日の午前中は私が遊んであげますね」
「本当ですか？」
「フークスの遊びはかなり疲れますよ」
ハインリヒは苦笑気味に言った。
「ところで母君の事ちょっと聞いてもいいですか？」
「はい」
「向こうでは何人恋人がいらっしゃったんですか？」
「６人とハザーク様」
シスは一瞬シャナーンもかな？と思ったが、とりあえずわからなかったので抜かしておいた。
「ハザーク様？」
聞いたのはハインリヒだった。
「はい。ハザーク様に会えなくて残念だったなあ。僕お会いしたかったなあ」
「残念でしたねえ。ちょっとハインリヒと話があるのでいいですか？」
「はい、では明日お願いします」
シスは礼儀正しく言って消えた。
「いやーほんと可愛い子だねえ」
フークスは感心するように言った。
「ハザーク様が恋人なんだ。はははは」
「子供が言うことですよ。本当かどうかわからないじゃないですか」
とハインリヒ。
「さっき巫女様に会ってきたんだよ。なんだか庶民的で面白い人だね。君は接触しないの？」
フークスはちらりとハインリヒを見上げて聞いた。
「私はもう、女におべんちゃらを言うのはうんざりなんですよ」
ハインリヒは両手を広げて言った。
「おべんちゃらねえ。いやなら言わなきゃいいじゃないか。今日部屋に行ったらルークがいたよ。そんなに人数選ばない
みたいだし、君がまごまごしてたら相手の男決まっちゃうよ」
「別にいいですよ」
「いいの？君は一番騎士としてのプライドがあるだろうに。内心面白くないくせに」
「・・・・」
「私は積極的に攻めることにしたからね。じゃあね」
フークスはそう言って消えた。
さて、未来ではー
夕食が終わる時刻、王の間の魔法の鏡が音を立てた。ちょうどラクシュミはいなかったので番兵が代わりに鏡を開けた。
そこにはラギがいた。
「ラギ様、こんばんは」
「こんばんはー」
「ちょっと待っていてくださいね。王を呼んで参りますね」
「うん」
一人の番兵は消えて、外にいた番兵がちょうど通りがかりのミルキダスに鏡の事を話した。するとミルキダスは喜んで
王の間に入って行った。
「王子！」
「ミルキダス！元気」
「元気です・・・なんだかたくましくなられましたね・・・」
ミルキダスがぼろぼろ泣き出して、ラギはぎょっとし、横にいた番兵もぎょっとした。
「ど、どうしたの？」
「王子が無事でうれしくて・・・」
「やだなあ、泣かなくても、僕はずっと元気だよ」
番兵はあわててミルキダスの腕を引っ張り鏡に映らないようにした。
「ミルキダス〜」
ラギは鏡の横の方からミルキダスが消えた方角をのぞいている。別に横の方から見たかといって鏡の正面に移る所以外は
見えないのだが。
その時ラクシュミとアナスターシャが入ってきた。
「どーしたの。ミルキダス」
アナスターシャがぐすぐす泣いているミルキダスを見て言った。
「すいません。つい・・王妃のー」
番兵がミルキダスの口をあわてて手でふさいた。
「ラギ、前よりもっと顔の色が変わったな」
ラクシュミはやれやれと思いながらも鏡を見た。ラギはもっと陽に焼けていた。
「わー本当だ。」
横からひょいとのぞいたアナスターシャが言った。
「ねえ、にーと母さんは」
「にーは・・・今日は外泊だから帰ってこないよ」
アナスターシャはついシスといわずににーと言っていた。
「いつ帰るの？」
「えーと来年かな」
「？」
ラギが不審そうな顔をした。
「今のは冗談だぞ。まあその内に帰る。ゆりは最近よく寝てるんだ。今もぐっすり寝てる」
「そうなんですか？僕そろそろ帰ろうかなあ。」
ラギが言い出して二人はぎょっとした。
「なんで？えらい早いじゃない」
「だって、いろいろ研究しようと思っても、すぐ邪魔されて外に連れて行かれるしなあ。まあ、楽しいけど、」
「ならもっといればいいじゃない」
とアナスターシャ。
「みんなが恋しくなっちゃったんだよ。ミルキダスなんだか泣いてるし」
「せっかくだからもっとたくましくしてもらって帰ってきたらどうだ？」
ラクシュミもそう言っていた。
「・・・僕が帰らない方がいいの？」
ラギがちょっとしょんぼりして言った。
「え？そんなことないよ。ほら、猫の町行ったの？ミラ喜んだ？」
「行ったよ。すごいでかい猫がいたんだ」
「へー見たいなー」
「とにかくもうしばらくがんばれ」
ラクシュミが言い、「それじゃあな」といってさっさと鏡を閉めてしまった。
鏡の向こうのラギは、なんだかおかしいなと首をひねっていた。
にーはどこ行ったんだろう。どこにいても瞬間移動できてくれそうなもんなのに・・・
ラギは部屋にいた人に鏡を使わせてくれた御礼を言って部屋を出て、廊下を歩いていてミラに出会った。
「王妃様に会えましたか？」
ミラは白い猫をだっこしていた。
「ううん。今日も寝てるんだって」
「あら、そうですか。」
「なんだか変なんだよ。にーも鏡にこなかったし」
「シス様もですか？」
「うーん」
ラギはアヤコの部屋に行ってみた。
アヤコは部屋で大きな皿一杯の果物を食べていた。横で猫耳の侍女がひっきりなしに丸い果物の皮をむいている。
「アヤコ様、母さんから手紙来ました？」
「ん？そういえばまだ来てないわね」
おかしいなあ・・・
アヤコはラギがこちらに来て二日目くらいに手紙を書いたといっていたのだ。自分の息子が世話になっているのだから
すぐ返信してきそうなものだが。
「どうかしたの？」
「僕明日帰ろうと思います」
「えーもう？どうして？」
「なんだか変なんですよ。母さんの調子がよくないのかもしれません」
「えー、そうなの？」
「魔法陣ですぐ来れるから、また遊びにきますね」
「そうね。いつでもいらっしゃい。」
ラギは次の日の朝、タロウや他に遊んでくれた子供たちや自分を乗せてくれた虎に別れを言って国王に魔法陣で送って
もらったのだった。そして、ゆりとシスがいないのを初めて聞かされた。ラギとミラはびっくり仰天だった。
「エー！過去に行っちゃった？」
「お、王妃様が連れさられたなんて！ひどいですう。何で教えてくださらなかったんですか！？」
ミラは涙ながらにラクシュミに訴えた。
「二人は帰ってくるんだ。どうせなら知らないままで向こうでいる方がいいとおもったんだ」
ミラはぐすぐす泣いていたが、ラギはじっと考え込んでいた。
「7800年の過去かあ。いいなあ。僕一緒に行きたかったよ。もしかして、時代を超える魔法はそこで教えてもらったのかな
あ。将来、兄弟たちが過去に飛んだ魔法。どこから学んだのか不思議だったんですよ。今は伝わってないし」
「王子、ちょっと冷たいですよ。もっと悲しんでください」
横でミラが言った。
「大丈夫だよ。敵の国に行ったんじゃないんだから、元気にやってるよ。それよりも僕は、母さんが古代叙事詩の完全な
訳と発音を教えてもらってきてくれるかどうかの方がきになるなあ。他にはすごい魔法とか」
ラギはそっちの心配をしていた。あの二人が違う時代で泣いて暮らしてるというのは想像できなかったのだ。
「シスはともかく、ゆりにあんまりそういう期待をしない方がいいぞ」
ラクシュミが言った。
ラクシュミが指摘したとおり、過去にやってきたゆりの脳裏には、古代叙事詩の「こ」の文字も浮かんではいなかった。
やってきた当初はそれどころではなく、この世界に慣れた頃には儀式の事で頭が一杯だったからだ。
その朝、ゆりはかなり眠かったのでいつもよりも遅い時間まで眠っていた。遅くまで寝ているからといって、侍女らも
起こしにきたりはしない。すやすや眠っていたら唇に何か柔らかい感触がした。ゆりの右目だけがぱちりと開いた。
すぐ目の前に青い髪の男の顔があった。ハインリヒだった。
「巫女様は本当に男をたらしこむのがうまいですね。私にも性技を披露していただけませんか」
ハインリヒは嫌味のように言ってゆりに口付けた。口の中に舌をさしいれても、ゆりは別段抵抗もしなかった。
なんだ・・・抵抗しないのか・・つまらないな・・・
てっきり抵抗すると思っていたのに、ゆりは全然抵抗しないのでハインリヒは拍子抜けした。
ハインリヒは唇を離してゆりを見た。ゆりは閉じていた瞳を開いた。
蛇の目・・・・
ゆりの左目は、普通の黒目ではなかった。
「それで終わり？」
ゆりが聞いた。
「続けてほしいです？」
「うん」
「そうですか。なら遠慮なく」
ハインリヒは布団をめくり、ゆりを抱きしめて口付けた。ゆりは積極的に口付けを返してハインリヒの背中に両手を
回した。
簡単に落ちる女なんて面白くもなんともないな・・・
と思った瞬間、体から急激に気が失われ、ハインリヒは驚いてゆりをばっと離した。
「何を・・・・」
「どうもご馳走様」
ゆりは笑って言った。
「・・・・」
ハインリヒは一瞬ゆりを睨み、そのまま消えた。
おーあれだけ気を抜かれて瞬間移動できるとは、やるじゃん。ハインリヒ。ミカエルなら死んでるだろうなあ・・・
ゆりは「ふふふ」と笑ったのだった。
遅めに起きたゆりは、侍女を通して女王に謁見を頼んだ。
昨日のフークスのことは一応聞いてみなければならないと思ったのだ。女王からまた昼食を一緒にとの伝言があり、
再びゆりは昼食を一緒にさせてもらった。女王はゆりを見て、一瞬首をかしげた。ゆりの気が、ハインリヒの気で
覆われていたからだ。だがそれについては聞かなかった。
「私に話とはなんであろうか？」
女王は笑顔で聞いてくれた。さすがに女王の目の輝きには少し慣れてきた。女王は結構光るアクセサリーも好きらしく、
いつも手首や首にきらきらしたものを付けている。ネックレスはどうもダイヤっぽい。ネックレスが全てダイヤでできてい
るのだ。かなりの値段がするだろう。
一体これらの宝石は、どこに消えてしまったのだろう。
ゆりは不思議に思った。向こうの城には宝物庫のようなものもあるが、これほどすごい王冠などはなかったような気がする。
「ゆり殿？」
ゆりがぼんやりしたままだったので、女王が首をかしげて聞いた。
「すいません。つい見とれてしまって」
そういうと、女王はほほほと笑った。飾り物はゴージャスだが、それに負けていない所が女王のすごい所だ。
「この時代は宝石とかもすごいですね。向こうにはそんなにはないので、ちょっとびっくりしてます」
「北の方に鉱山があってのう、全てそこで採掘されたものなのじゃ。」
「そうなんですか」
「この前シス殿に聞いたのじゃが、未来ではどうも龍の国にその鉱山は奪われてしまったようじゃ。まあ、鉱山で採れる
宝石も無限ではないであろうし、掘りつくしてしまったのかもしれぬが。なかなか長期の保存もできなかったのかもしれぬ
のう」
「そうですね」
形ある物はいずれ崩れてしまうもの。しょうがないのかもしれない。
「実は、フークスのことなんですが」
「フークス」
「女王様の赤ちゃんの父親ですよね？」
「そうじゃ。」
「昨日、儀式に参加したいといわれたんですが・・・」
「そうであるか。」
女王は微笑みを崩してない。
「女王様は嫌じゃないんですか？彼が儀式に参加するのは」
「なぜじゃ？」
女王は瞬いた。
「だって、赤ちゃんの父親ですし、特別な感情はないんですか？」
「無論、私はフークスに対して愛情を感じておるぞ。だが、他の騎士達にもそれは同じじゃ。私は一人を心底愛するという
ことができないたちなのじゃ。女王としてこの方が良いと思っておるから、別に気にもしておらぬ。」
「はあ・・・」
「ゆり殿は、フークスが気に入ると思うぞ。」
「それはなぜですか？」
「ふふふ、肌を合わせてみれば、私が言った意味もわかるであろう」
女王は意味ありげに笑っていた。
え・・・肌・・・・？
ゆりはどぎまぎして赤くなっていた。
それって、彼のテクニックがすごいとかそういうこと？
どうしても想像がそっちの方に行ってしまう。
「フークスはかわいいじゃろう？あの顔を見ていると心が和む。是非、儀式の相手にお勧めするぞ」
嫌な顔をするどころか逆に勧められてしまい、ゆりは頬を赤らめたまま女王と別れたのだった。
午後、シスは城の中の個室でハインリヒに本を読みながら魔法の説明を受けていた。午前中フークスと魔力を使った
遊びをして、シスは結構ばてばてだったのだが、なぜか自分よりもハインリヒのほうがしんどそうなのが気になった。
「あの、どうかしたんですか？」
「え？何がですか？」
「なんだか、気がすごく弱いですよ？」
シスは他人の気が見えるようになっていたので、ハインリヒの気がかなり減っているのに気づいていた。
「なんでもないですよ」
ハインリヒは微笑んで言った。
くそー、一体なんなんだ！あの女は・・・
ハインリヒはあの後、城の一室で休んでいたのだった。自分の屋敷に帰る元気もなかった。正直ゆりにかなり腹を立てて
いたが、その怒りをあどけない子供にぶつけるほどハインリヒは子供じみてはいなかったので、シスの前では笑顔だった。
「なんだかすごくだるそうですよ。僕いいですよ。休んでください」
シスが気遣うように言った。
「・・・あなたの母君は、変わった力があります？」
「はい？」
「外見も、ちょっと変わってますよね。さっき会った時、左目がいつもと違っていたんです」
「ああ、もう一人の母様に会ったんですね」
「もう一人？」
「母様は二重人格なんですよ。時々変わるんです。蛇の目の時は瞬間移動とかもできるんですよ」
「そうなんですか。」
「母様は違う世界からやってきた人なんですよ。それで僕の父様と結婚したんです」
「違う世界？では元々同族ではないんですか？」
「そうですよ。」
「ですが、気とか匂いは・・・」
「母様は自分で気が作れないから他の人からもらっているんですよ。それで同族に見えるんです。」
「そうなんですか・・・」
どうりで最初に会った時とは気質が違うと思った。
「あれ？もしかして、母様に気をとられたとか・・・」
シスがはっと気づいて言った。
「え？いいえ。そんなことはないですよ」
ハインリヒは否定した。言えばそのいきさつまで話す羽目になってしまうからだ。
「そうですか？ならいいんですけど」
「続きをやりましょう」
ハインリヒはさっさと話題を変えて本に視線を向けた。
ゆりは部屋でルークを待っていたが、なかなかやってこなかった。
来ないかもなあ。嫌われたかな・・・・
さすがに昨日のあれは早急過ぎたと自分でも反省していた。
まあいいや。来なかったらルークのことは忘れよう。
そう思い、竪琴を奏でて暇をつぶしていた。すると、３時くらいになり、ルークがやってきたのだった。
「すいません。中々抜けられなくて・・・」
「ううん。来てくれてうれしい」
ルークはゆりを見て不思議そうに首をかしげた。
「なあに？」
ゆりも同じように首をかしげて聞いた。
「いえ・・・」
なぜハインリヒ様と一緒の気になってるんだろう。昨日は違ったのに・・・
ルークは不思議だった。ルークは机の上の竪琴に目を留めた。
「弾かれるんですか？」
「練習してたの。ルークは何の楽器弾くの？」
「私は横笛です。ですが下手糞で・・・」
「仲間だね。私も竪琴下手で」
「え・・・」
うーん。なんだか親近感。
「来て来て」
ゆりはルークの腕をひっぱり、長椅子に並んで座った。ルークは恥ずかしそうにしている。
「あの・・・昨日の事なんですが・・・あれ、本気ですか？」
ルークがおずおずと聞いた。
「儀式の事？本気よ」
「なぜ、その・・・私を・・・・私の上には１９人も騎士がいますし」
「２２人じゃないの？」
「３人は女性なので」
「へー、そうなんだ。強い女性もいていいなあ・・」
「儀式って何人選ばれるんですか？」
「さあ、３人か５人」
「え？それだけなんですか？」
ルークは目を見開いた。てっきり１０人ほど選ばれると思っていたのだ。
「それならなおさら私が入るわけには」
「だけど私、あなたが気に入っちゃったし・・」
「どこが気に入ったんですか？」
「すぐ赤くなる所。純情な人って好きなの」
「・・・・」
ルークは頭をかいた。
「恥ずかしいのは巫女様が位が高い女性で、昨日はじめて側でお会いしたからですよ。」
「でもぴんときたんだもん」
「ぴん？」
「うん」
「・・・」
「もちろんあなたが嫌ならいいよ。誰にだって好みはあるし」
「私は男ですし、もちろんあなたを抱きたい気はありますよ」
ルークはちょっと頬を染めたまま、ミルキダスは言わないようなセリフを言ったのでゆりはびっくりした。
「え・・・ごめん、私、儀式でも抱かれないの」
「え？」
「その・・・それらしき事はするけど・・・最後までやらないの」
「そうなんですか？」
「うん・・・」
ルークはじいっとゆりの胸の辺りを見ていたので、ゆりは内心ひやっとした。
もしかして・・・早まったかも・・・
ゆりがえらく緊張してきたのでルークはゆりの顔をのぞきこんだ。すると、ゆりは一瞬どきっとして身を震わせた。
「巫女様って、おかしな人ですね。男になれてるかと思ったら、そうでもないんですか？」
「え・・・はあ・・・すいません・・・」
ゆりは緊張していたのでつい謝っていた。
ルークはおかしそうに笑った。
「私よりも巫女様のほうが純情なようですね」
ゆりは真っ赤になっていた。
「前の巫女様とかなり違うんですね」
「仲よかったの？」
「いいえ。20番から下は、お声がかかることはめったにありませんでしたから。だから昨日あんな事言われてびっくり
したんです。昨日はどきどきして眠れませんでした」
「はあ・・・」
「他の方々とも会われたらよいですよ。私よりもずっと素敵な方ばかりですから」
「でも、せっかくだから、あなたと何度か会いたいな。これも縁だし」
「私はいいですよ。純情な女の子好きですから」
ルークがからかうようにいい、ゆりの頬がもっと赤くなった。
それから取りとめの無い話をして別れたものの、ゆりはなんだかどっと疲れてしまった。
ミルキダスと似てると思ったけど・・・ちょっと違ってたみたい・・・
悪い人じゃないみたいだけど・・・
ゆりはそのまま長椅子に横になった。
眠っていたらなにやら声が聞こえてきた。
ートーは？
ーマー、トーどこ？
トーはね、ちょっと遠いところにいるの。しばらく会えないの。我慢しようね。
ゆりは寝ぼけていたのでつい言ってしまった。
ーわあ〜ん！トー！
ーわーん！トーに会いたいよう！わーん。わーん
「わっ！」
ゆりはびっくりして飛び起きた。
ーぎゃーん
ーわーん！
「げ！すごい泣いてる！ど、どうしよう！」
ゆりがあわてふためいていると部屋の中にシスとハインリヒが入ってきた。
「どうしたの？なんで赤ちゃん泣いてるの？」
「シスにも聞こえたの？」
「うん。突然泣き声聞こえてびっくりした」
「トーがいないって泣いちゃって、ちょっとディラン呼んでよ。ハインリヒ」
ゆりはハインリヒに言った。
「ハインリヒにだっこしてもらったら？」
シスがぎょっとする事を言い出した。
「えーいやよ！それにハインリヒトーじゃないもん」
シスにはゆりの気が、かなりハインリヒと一緒になってるのが見えた。
もう一人の母様だな。全くしょうがないなあ・・・
「ハインリヒ、悪いけど、しばらく母様だっこしてくれる？」
「いいですよ」
ハインリヒはあっさり言った。
「えー！なんで！ディランの方がいい！」
「どっちでもいいじゃない。せっかく今いるんだから」
「えー」
「さ、どうぞ」
といってハインリヒが両手を広げた。
「やだーやだー！」
「なんで？ハインリヒとってもいい人だよ。かっこいいし」
「私はディランの方が・・・第一ハインリヒにまだ気もらってないし」
「ハインリヒでも大丈夫だよ」
ートー・・わーん・・・わーん・・・
ートー・・・わーんわーん
赤ん坊はわんわん泣いていた。
「仕方ないですねえ」
ハインリヒはゆりに近づいてぎゅっと抱きしめた。
ートー・・・
ー・・・・・
「泣き止んだね。よかった」
シスがほっとしたように言った。
「なんで？」
ゆりは不思議でならない。
まだハインリヒから気はもらってないのに。
「あれじゃないですか？あなたが無意識の内に私を意識してるからじゃないですか？」
ハインリヒが笑っていった。
「は？なーに言ってるのかな。全然そんなことないよ」
「ちょっと座りましょう。立ってるのが辛いんです」
ハインリヒは長椅子に座った。
「さ、どうぞ」
といって両手を広げている。
「・・・・」
どうして私がこいつの膝に乗らなきゃいけないんだ・・・
ートーダッコ・・・
ーダッコダッコ・・・
「ほら、だっこいってる」
ハインリヒにも聞こえたらしい。
「うう」
ゆりは仕方なくハインリヒの膝の上に横向きになって乗った。
「赤ちゃん安心してよかったね」
シスはにこにこして言っていた。
わたしゃよくないよ！なんでこんな屈辱を・・・
「私の膝に乗ってそんな顔しないでほしいんですけどね」
「だってえ・・・」
「じゃあしばらく頼むね。」
といってシスは消えた。
「え？何で消えるの。二人っきりにしないで！」
といってももうシスはいなかった。
「シス様は勉強熱心ですね。ほんと」
「・・・」
ハインリヒはやたらにやにやしていたので、ゆりはさらにむっとした。
「そんな顔してたら赤ちゃんが怪しみますよ。マーとトーはもっと仲良くしないと」
「ううう」
「悪いマーですねー」
といってハインリヒはゆりのおなかをなでた。
「どうして一緒にきたの？」
「一緒にいたからですよ。ちょうどいろいろ教えてたんです」
「そうなの・・・」
「シス様は素直でかわいくて、あなたが産んだとはどうしても思えません」
ハインリヒは笑って言った。
ゆりは口をへの字にしていた。この状況では文句も言えない。
ーなかよくして
ーけんかやだ
「え・・・別にけんかしてないよ」
「ほら、抱きついて」
「えー」
「イやならもう行きますよ」
「ううう」
ゆりは仕方なくハインリヒの背中に腕を回した。
「仲良く仲良く」
「うー、なんだかすっごく悔しい」
ゆりを悔しがらせることができたので、とりあえず、朝の一件の恨みを晴らせたハインリヒだった。
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