ランランラ〜ン
儀式が終わって数日後の夜、ゆりはお城を抜け出して、ぱっととある屋敷の一室の中に移動していた。
部屋の中で長椅子に寝転んで本を読んでいたレイアスは、ゆりを見るなりぱっと顔を輝かせた。
「こんばんは」
「ゆり様〜よく自分でこれましたね」
レイアスは本をほおりなげてゆりの腰に両手を回した。
「へへー遊びにきちゃった」
「大歓迎ですよ。」
レイアスはゆりの額にちゅっとキスした。
「朝まで熱く盛り上がりましょう」
「べー、今日はただ一緒にお酒飲みに来ただけだよーだ。ディランは？」
「今ハインリヒ様がいらしてましてね。一緒にお酒飲んでますよ」
「へーハインリヒ来てるんだ。混じっちゃおうかな。」
ゆりはにんまり笑って言った。
「二人っきりで飲みましょうよ。」
「まあまあ、レイアスも行こうよ」
「まあ、いいですけどね」
「行こう行こう」
ゆりはレイアスの背中を押した。
第9話
ハインリヒとディランがいたのは、屋敷の中の酒飲の間というところだった。壁沿いの棚にはずらりと様々な
種類の酒瓶が並んでいる。二人はちびちびと酒を飲みながら話をしていた。
ハインリヒがディランの屋敷に来ることは珍しいことではない。二人は年も近く、同じ頃に大人になった仲なので、
何かと行き来しては酒を飲んでいるのだ。話題は仕事の事だった。
そこへ扉をノックしてレイアスが顔を出した。
「僕も混じっていいですか？」
「いいよ」
とハインリヒが言ったとき、レイアスの後ろから左目が違うゆりが顔を出した。
「こんばんは。二人とも」
「ゆり様、いらしてたんですか？」
ディランが驚いて言った。
「うん。遊びにきちゃった」
ゆりはまじまじとハインリヒの顔を見た。
「あは、化粧してないハインリヒの顔見るの初めてー」
化粧なしのハインリヒは、普通のかっこいい兄ちゃんになっていた。服装も昼間のような派手なものではない。
「あなたは夜中でも化粧した方がいいですよ」
ハインリヒがむっとして返してきた。
「そんなことないよねーディラン」
ゆりはディランの横に座って聞いた。
「あなたは化粧しなくてもかわいいですよ」
ディランは微笑んで言った。
「ゆり様どんなお酒飲みたいですか？」
レイアスが棚の前に立って聞いた。
「うーん。向こうじゃ飲めないのがいいなあ。変わったやつ」
「女性に人気のお酒がありますよ」
ディランが席を立ち、棚の上の方から一本酒を取って新しいグラスに注いでくれた。
「綺麗な色だね。ピンクだ」
「他の果物が入ってるんですよ」
ゆりはグラスを持ってお酒を一口飲んだ。
「あー、おいしいねー」
レイアスは勝手に自分のグラスに酒を注いで飲んでいる。
「それも味見させて」
「いいですよ」
ゆりはレイアスのお酒もちょっと飲ませてもらった。
「これもおいしいね」
ゆりがちらりと見ると、ハインリヒ一人面白くなさそうな顔をしていた。
「どうしたの？この前のことまだうらんでるの？」
「いえ、別に」
「この前って何です？」
レイアスが聞いた。
「この前さーハインリヒに犯されそうになったから、気一杯奪ってやったの」
ゆりがさらりと言った。
ハインリヒの顔が引きつり、レイアスとディランの目が真ん丸くなった。
「本当ですか？」
「お前、だめじゃないか、」
ディランは真面目に受け取っている。
「ちょっと待った、人聞きの悪い事言わないでください。私はちゃんと同意を得たじゃないですか」
「そーだっけ」
「あのね・・・」
「ハインリヒってさ、なんだかんだ言って私に興味があるんだよね。それならそうといえばいいのに」
ゆりは笑って言っている。
「・・・」
ハインリヒの右頬はかなり引きつっていた。
あーハインリヒからかうのって面白い・・・
ゆりは結構楽しんでいた。
「そうですね、興味ありますよ。あなたの体だけはね」
とハインリヒは反撃してきた。二人とも微妙に笑っていたのでレイアスはおかしくなってぷっと笑った。
「ハインリヒ様ったら、ゆり様は体以外も魅力的ですよ。兄さんもすっかりメロメロになっちゃったし」
レイアスの言葉に今度はディランの顔が引きつった。
「ディランは優しいからそう言ってるだけだろ」
「違うよねーディラン」
ゆりがディランを見て言うと、ディランはちょっと恥ずかしそうに「はい」と言った。
「・・・・」
ーお前ばかだな。だから下手に優しくするなと言ったのに。
ハインリヒがディランに思念を送った。
ーそうじゃない。本当に好きになってしまった。
ディランの思念にハインリヒはいぶかしげな顔をして首を少しかしげた。
ーそんなによかったのか？体
ーばか、そうじゃない。
「なんかやらしい事聞いてるでしょ」
ゆりがハインリヒを見て指摘した。
「やらしいことなんて聞いてないですよ」
「意地張ってると結局損するのは自分なのにねー、この前の水蛇さん可愛かったでしょ？レイアス」
「すごく可愛かったですよ」
レイアスがにこにこして言った。
「水蛇？」
「この前儀式の時の女蛇が降りてきたんだよ。それでフークスも入れて４人で儀式の練習したんだよね」
「すごく楽しかったですよ。ハインリヒ様」
ハインリヒがディランを見ると、ディランは頬を染めて横を向いた。
「ディランも楽しかったのか？」
ハインリヒが聞くと、ディランはさすがに楽しかったとも言えず、無言だった。
「あの、ゆり様その話はもう・・・」
ディランが困ったように言った。
「私はそろそろ失礼します」
ハインリヒはそう言って席を立ち、消えた。
「ゆり様はハインリヒ様に参加してほしいんですか？」
レイアスが聞いた。
「そういうわけじゃないけど、ハインリヒっておっかしいんだもん。一応ドルイドにも声かけたんだけどねえ」
「ドルイド様ですか？あんまりああいうの好きそうには見えないですけどね・・・」
「・・・」
ディランは無言だった。
一方黒目のゆりはというと、濃厚な儀式の後遺症で、しばらく男とは会いたくない状態になっていたので、一人で
５日ほど過ごしていた。儀式といっても蛇が一匹も来なかったのでショックが大きく、今ディランたちに会うのも
恥ずかしかった。
誰かに引っ付いて気もらう気にもなれやしないよ・・・・ああ、ルークあれから連絡してないから気にしてるかも。
だけど今儀式の話をする気にもなれないな・・・
そーだ、３日後に部屋にきてって伝言を頼もう。３日後くらいならなんとか・・・
そう思い、ゆりは侍女にルークへの伝言を頼んだ。
女王様、たまには女性騎士でも貸してくれないかなあ・・・女の子同士で過ごしたい・・
ゆりは散歩がてら王の間の前に行ってみた。
「女王様今忙しい？」
番兵に聞いてみた。こちらの番兵は正装服も派手だ。
「今は入られてもよろしいですよ」
「そう？じゃあ入れてもらうね」
扉を開けてもらって中に入り、ゆりは赤いじゅうたんの上を歩いて行った。
「おお、ゆり殿、どうしたのじゃ？」
女王はにこやかに聞いてきた。
「いえ、ちょっとご機嫌伺いに来ただけです」
「そうであるか」
ラクシュミとはタイプが違うが、やはり金色の瞳を見ると、懐かしい気分になる。
ゆりは女王の右にいた黒髪の男に目を留めた。服の上下も黒で、マントも黒だった。地味かと思えばそういうわけでも
なく、黒い服の所々がきらきら光っていた。腰のベルドは銀製で、腰に剣を指している。男は軽く頭を下げた。
「ゆり殿、この男知っておるか？」
ゆりは「いえ」と言った。
「ドルイドじゃ、第４騎士じゃ」
「そうですか。よろしく」
ゆりは笑顔をむけた。
「よろしく・・・」
ドルイドは、ゆりを奇妙な目で見ていた。自分のことが全くわからない様子だからだ。
知らない振りをしているかと思ったがそうでもないようだ。
ドルイドはゆりの左目を見た。
いつもは違っていたからだろうか？
「あの、女王様、女性騎士さん貸してほしいんですけど」
ゆりはおずおずと切り出した。
「女性騎士、なぜじゃ？」
「たまには女の子と過ごしたいなーと思って。瞬間移動できる女の子にいろいろ連れて行ってほしいなって思って」
「そう言わずに、このドルイドどうじゃ？ちょうど今から暇じゃし」
「え？」
ドルイドがぎょっとした。ドルイドはたった今、女王に用を申し付かっていた所だったのだが。
「先ほどのことは・・・・」
「そんなもの他の者にやらせるからよいよい。ゆり殿は蛇の目を持つ者は嫌か？」
「え？いやじゃないですよ」
「ならば、ドルイドに好きな所に連れて行ってもらうとよい」
女王は満面の笑みを浮かべて言っていた。
「あの、私、女の子のほうが・・・」
「そういわずに、ほら、ドルイド、一緒に行くがよいぞ」
「はあ・・・・」
女王にせかされて、ドルイドはゆりと一緒に王の間を出た。
女の子って言ったのに・・・なんでこうなるの・・・
「どこにいかれたいんですか？」
ドルイドが聞いた。
「中央のお城」
「わかりました」
ドルイドはゆりに触れて移動させた。
ゆりは城の前方から少し離れた所に移動していた。
中央の城は、未来ではラクシュミがいる場所なのだが、過去のこの世界のお城の姿とは、似ても似つかない姿をしていた。
こちらの城も、塔をいくつも組み合わせたような巨大な城で、女王がいるお城よりも大きく、雄大だった。
青がふんだんに使われていて、とても綺麗だ。
前にシスと一緒に来たのだが、未来にラクシュミがいると思うと、たまにやってきたくなる。
このお城には、女王の父君が住まれているらしい。だが病気で床についておられるようだ。
「中に入られますか？」
ドルイドが聞いた。
「ううん、外から眺めるだけでいいや」
「そうですか」
元気にしてる？王様・・・みんな・・・
ゆりはしばらく未来の皆の顔を思い浮かべていた。ドルイドは横でじっとしている。
しばらくすると、ゆりがぽろぽろ涙を流して、ドルイドはどうしたものかと戸惑った。
「あの・・・」
「ごめん。ちょっと未来の皆のこと思い出しちゃって・・・」
「そうですか」
ゆりは手で涙を拭いた。
「違う場所に行きますか？」
「うん」
「綺麗な場所がありますよ」
「どこ？」
ドルイドは軽くゆりの腕に触れた。
来た場所は、一面のお花畑だった。背の低い花がまるでじゅうたんのようにしきつめられている。
「わあ、きれい・・・」
ここは小高い場所らしかった。ちょっと斜めになっていて、端まで行くと遠くに町並みが見えた。
下を見るとかなり高い。がけになっているらしい。
ゆりは地面に座ってしばらくかわいいお花を眺めていた。
「花壇のお花もいいけど、こういう自然なお花っていいね」
「そうですね・・・」
どうやら夜に出会う人とは違うようだ、とドルイドは感じていた。
ゆりの側ににょろにょろと青い蛇が近づいてきた。
「あら、ルーみたいなのがいる」
ゆりはその蛇をつかんで膝に乗せた。ルーよりもかなり鮮やかな色の蛇だ。
「綺麗な色。こっちの蛇ってみんな綺麗だね。」
ゆりとはかなり離れた所にいたドルイドは、ゆりの側に近づいてきて横に座った。
「あの・・・あなたは・・・」
二人いるんですか？と聞くのも妙だと思い、ドルイドはそれ以上聞けなかった。
「なあに？」
「いえ・・・」
「もしかして私に何か用？」
ゆりの左目が急にぱっと変わり、ドルイドは目を見開いた。
「ごめんね。あっちは、あなたとの事覚えてないの」
「・・・」
「ここも素敵な場所ね」
「あなた達は不思議な人ですね」
「ねえ、向こうの私にも、夜のあの綺麗な泉見せてあげてほしいな。」
「はあ・・・」
ゆりはにこっと笑って目を閉じた。すると、左目は黒目に戻っていた。
「あの・・・」
「ん？」
ゆりが顔をむけた。
「夜、綺麗な泉があるんですけど・・・いかがですか」
「夜綺麗なの？」
「ええ、光る虫が一杯飛んでるんです」
「へー蛍みたいなのかな。見たいなあ」
ゆりの目が輝いた。
「私でよければ・・・夜連れて行ってさし上げますが・・」
「シスも一緒でもいい？」
「もちろんいいですよ」
「じゃあもう帰りましょう。夜迎えに来てね」
「はい」
ドルイドに部屋まで送ってもらって別れた後、夕食を食べて、ゆりはシスと一緒に部屋で待っていた。
夜の闇が覆う頃、ドルイドが部屋にやってきて、二人は夜の泉へと連れて行ってもらったのだった。
「わあ、すごいねー」
「きれいだねえー」
二人とも大喜びだった。
「姉様やラギにも見せてあげたいなあ・・・」
「そうだねえ・・」
「この虫、未来にもいる？」
ゆりがシスに聞いた。
「さあ、わからないなあ。ラギなら知ってると思うけど」
二人とも夜は外出しないので、よくわからなかった。
二人はしばらく飛んでいく光を目で追ったりして、楽しんだ。
ドルイドは横で二人を眺めていた。
変な人だ。まるっきり、位が高い女性という感じがしない。
どちらのゆり様も、前の巫女とは違うんだな・・・
同じであるはずはないのだろうが・・・
「どうもありがとう。とても楽しかったわ」
しばらくしてゆりがドルイドを見て言った。
「そうですか。では帰りましょう」
ドルイドは少し微笑んで言った。
部屋に戻ってきて帰り際、ドルイドは「今度部屋に来てもいいですか？」と聞いてみた。
ゆりは「もちろんいいよ」と言い「今のところ３日後以外は空いてるよ」と言った。
「わかりました。それじゃあ、おやすみなさい」
ドルイドは軽く頭を下げて消えた。
「ドルイドって良い人だね」
ゆりは横にいたシスに言った。
「うん。良い人だよ。僕好き」
「そう、じゃあ寝ようか」
「うん。おやすみ」
シスは自分の部屋に移動した。
ドルイドかあ・・・私、黒髪の男の人って結構好きなんだよねー
まあ良い男は皆好きだけど・・・・ハインリヒ以外は・・・
ゆりは寝室に行き、布団の中にくるまって眠りについた。
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