「あー気持ちいいー！」ゆりは両手をあげて大きく伸びをして、思わず大声で言った。
ここは城の庭園である。ゆりは子供を産んで久しぶりに外の空気を吸っていたのだった。
「あー全くしんどかった」
両手を横に振りながら歩いているゆりの左目は黄色と黒だった。子供が生まれて、一月ばかりはさすがにベッドにいたのだが、
いてもたってもたまらずに、城から瞬間移動して庭にきたのだった。黒目のゆりはまだ庭には出ていない。
アー久しぶりに草の匂いがする。
草を踏む感触も懐かしい。ゆりはあまり人がいなさそうな所を瞬間移動しながらぶらぶらしていた。いまだゆりの体は結構ぽっちゃりしている。さすがに子供を産んですぐ元の体型に、なんて無理な話だった。
上の二人の時は太らなかったのになー
ゆりは散々深呼吸して、瞬間移動で自分の部屋に戻った。
部屋の中には移動式の子供用ベッドが置かれ、そこにラギが寝ていて、アナスターシャはベッドの近くにイスを持ってきて座り、
絵本を読んで聞かせていた。
ラギの横にはシスも寝転んでいる。シスと比べると、生まれたてのラギは本当に小さかった。
ゆりは上からラギをのぞきこんだ。ラギはじーとゆりを見上げている。ラギの瞳は薄い茶色だった。金色に光る瞳ではなかった。シスがゆりに向かって手を伸ばしているので、ゆりはシスをだっこした。
「・・・そして、幸せに暮らしましたとさ。おしまい」アナスターシャは絵本を閉じた。
「じゃあ私お勉強にいくねー」
「ありがとうね。アナスターシャ」
アナスターシャはぱっと消えた。
「アナスターシャ様はいいお姉様ですねえ」
近くにいたミラが感心するように言った。ラギはゆりの部屋で育てることにしたが、今のところゆりが、というよりはゆりの侍女
たちがいろいろしている。ゆりは出産直後で寝ていたからだ。アナスターシャは時間を見つけてはやってきて、ラギを眺めている。
本当に微笑ましい姉と弟だ。
「それに比べて王様は・・・」ゆりは口を尖らせて言った。
「あれから一度も抱いてくれない」ラクシュミは、ラギが産まれた時抱いたっきりで、それっきりラギには触れてない。
ゆりはそのことでむっとしていた。
「ですが、王を責めるのは・・・」
ミラが苦笑ぎみに言った。
「ちょっと酷なのでは？」
「・・・」
「マー歌って。歌って」
シスが催促するように言った。
「あーかいへーび、あーおいへーび、きいろいへーびー♪」
「あーかいへーび、あーおいへーび、きいろいへーびー♪」
ゆりが歌うと、シスが続けて歌った。
「どーのへーびがいーちばーん、つーよいのーかなー」
シスも同じ様に歌っている。
ラギはじーとゆりとシスを見上げていた。
第４話
その日、フリットが王の間にいて、ラクシュミに書類を見せていた。50歳以上になった子供で、大人になりそうな戦士のリストと力の予想だった。
子供は大人になれば力もあがるが、それには限度というものがあり、子供の時あまり力がなかった者が大人になって驚くほど力が
あがるということはない。だからある程度予想もできるのだった。
「今の所、上級ランクになりそうな者はいません。残念ながら」
「そうか」
ラクシュミは書類を見ながらぼんやりした声で言った。なかなか力が飛びぬけた者というのはでてこない。せいぜい中級ランクの下で
大部分が下級ランクの戦士である。
「やはりシャナーンが大人になるのが待ち遠しいですよ」
ミカエルに対抗意識満々のシャナーンが、今の所群を抜いている。シャナーンは今４３歳なのでリストには載っていない。
「・・・」
ラクシュミは無言で書類をフリットに返した。
「どうなさったんですか？なんだかふさぎこんでおられるようですが」フリットが書類を受け取りながら言った。
「いや、別に」
「ラギ様のこと、気にされてるんですか？」
「・・・」
三番目の子供が産まれて一月になる。城の中も、街も、アナスターシャの時のようなお祝いのようなものは行わなかった。街では、「３人目がお産まれになったらしいがお力はなかったらしい」という噂が流れている。街の人たちの反応は
これだけ立て続けに産んでいるのだから、次もできるだろう、というくらいのものだ。たいして気にもしていない。
それでも儀式の男達は皆酒を飲んで子供の誕生を祝い、それぞれゆりの元にお祝いにも訪れている。
だが、ラクシュミだけはあれ以来子供にはあっていない。それには理由があった。
ラギが目が見えるようになったとたん、ラクシュミの顔を見るなり激しく泣き出したからだ。それも一度や二度ではない。その泣き方も尋常ではなく、真っ赤な顔でまるで死にそうになるほどに泣き喚くのだ。目の前に恐ろしい化け物がいるかのように。
だから、今ではラギがいる部屋にも入ってない。当然、腕に抱けるわけもない。
「王様、もしかして、この子を嫌ってるんじゃないの？それがわかって泣くんじゃないの？」両方のゆりに同じことを言われてにらまれる始末だった。
ラクシュミとしてはアナスターシャやシスと比べて、ラギを思ってないということは今の所ないと思っていたのだが・・・あそこまで嫌われるとさすがに面白くない。
「もしかして・・・私を恨んでるんじゃないのか？」ラクシュミはフリットがぎょっとするようなことを言い出した。
「え？ラギ様がですか？」
「力がないから恨んでるんじゃ・・・」
「王、赤ん坊が誰かを恨むということなどありえません。そういう理由ではないですよ」
「そうなのか？」
「そうですよ。それに、赤ん坊に力のことなどわかりませんから」
「そうか？」
「そうですよ」
「本当か？」
「本当ですから」
どうもラクシュミは納得がいかないのか、何度もしつこく聞いていた。
「目が光ってるから怖いんじゃないですか？」
フリットが言った。
「アナスターシャだって光ってるじゃないか」
「銀色の長い髪が怖いのかも」
「アナスターシャだってそうだろ」
「姫はまだ小さいですから、大人の方が怖いんですよ。王は、服装も、きらきらしていらっしゃるし・・・全体的にきらきらしてる
からじゃないでしょうか」
ラギが泣き喚くのはラクシュミに対してだけだった。他の男が抱いても、泣きはしない。
全く面白くないな・・・
その夜、ラクシュミはやけ酒でもないが、ハザークの塔を訪れて、「子供が産まれたぞ」と今更ながらに報告していた。子供ができて初めてここにきたのだ。
「知ってる。男らしいな」
「ああ」
ハザークの元には、ゆりの侍女がちゃんと報告に行っていた。
「お前、嫌われてるんだってな」
ハザークはラクシュミを見てそう言った。ラクシュミの表情が固まった。
「誰だ。そんなことまでお前に言ったのは」
「部屋にきた大蛇が言ってた」
「・・・・」
ラクシュミは渋い顔をした。
「なんで嫌われたのかわからん。私は別に・・・ラギを嫌ってないのに」
「本当にそうなのか？力がない子供でも、お前は愛せるのか？」
「・・・まだ赤ん坊だ」
「・・・まあそういう話はさておき、お前を見て泣くというのはいいことかもな」
「何がいいんだ」
「気づかないのか？なんで泣くと思うんだ」
「・・・」
ラクシュミは首をかしげた。
「多分我を見ても泣くだろう」
「なぜだ」
「目が相当いいからだ。お前の強い気が見えて恐ろしいからだ」
「・・・子供は誰でも他人の気が見えるのではないのか？」
「お前見えたのか？」
ラクシュミは記憶をたぐったが、そんな小さいころのことなんて覚えてなかった。
「気が見えるというのは力がある証拠ではないのか？力がない者には見えないだろう？」
普通、何の力がない者は、他人の気など見えない。
「目がいいだけかもな。だが・・・お前の息子にとっては、他人の力が見えるというのは、いいことかどうかはわからんがな・・・」
「・・・・」
成長すればいやでもわかってしまう。兄弟の中で、自分と、他の者とに差があることが。
「逆にかわいそうだな・・・」「もしくは、お前の顔が怖いのかも」
「そんなに怖い顔ではないだろう。お前、ちょっとラギに顔見せてみろ」
「いやだ」
ハザークは即答だった。
次の日、ラクシュミはアナスターシャに、「私の金色の気が見えるか？」と聞いてみた。アナスターシャはきょとんとしていた。どうやら見えてないようだ。
やはりラギが目がいいのか？それとも、私が嫌なだけなのか？
それはどうにもまだわからなかった。
そのころ、ゆりは自分の部屋のベッドに座り、ラギに母乳をあげていた。なぜか今回は出たのだ。子供の一族の気質が低いせいかもしれません、とフレイが言った。
赤ん坊はおいしそうにごくごく飲んでいる。
面白いなあ・・・もしかして、この子って、私よりなのかも。
髪は銀色なのだが、体温は結構高い。
赤ん坊は茶色の瞳でじっとゆりを見ていた。
ゆりはその瞳を見つめた。
こちらの世界に来て不思議な空間で出会った男。あの男の目も、確か茶色だった。
もしかしてこの子が・・・私を助けた子なのかな？
最初にラギの瞳を見てそう感じた。
そうなのかな。そうだといいな。
ゆりは幸せを感じながら暖かいぬくもりをずっと抱いていた。
ゆりは毎日子育てに没頭し、ラギはラクシュミを嫌っていたので、ラクシュミはそっちのけの生活が続いた。ゆりは子供らと一緒に寝ていたし、ラクシュミと一緒に寝るのも交わりの月くらいだった。
もう一人のゆりもさすがに別室を使うこともなく一緒に子育てしていたので、ミカエルらとは手を握り合う程度の仲になっている。
こうして城の中では穏やかに月日は流れて、気づけばアナスターシャは10歳、シスは６歳、ラギは４歳になっていた。ゆりはこちらの世界にきて、こちらの時間で１６年もの歳月が流れたことになる。
「もうやだ！もうやだ！やだー！」
11の月のある日のお昼過ぎ、今日もアナスターシャの絶叫が城の中に響き渡った。といっても、城の中は広いので、少女の絶叫があちこちまで響いているわけでない。アナスターシャはあちこち瞬間移動を繰り返しながらかんしゃくをおこしたように
叫びまくっていたのだった。
「やだやだ！古代語なんで大嫌いだ！」アナスターシャは古代語の授業になると、部屋から逃げまくっていた。
ようやくちょっと難しい本が読めるようになったというのに、発音が難しい古代語まで覚えさせられて、ギャーギャー言うのも
無理はない。
「母様もうやだよー！」アナスターシャは最後にはゆりに泣きついてくるのだった。
「よしよし、かわいそうにね」
としかゆりにはいえない。ゆりも古代語の教科書を見せてもらったが、さっぱり意味不明だった。
文字も難しいし、発音も難しい。アナスターシャの古代語の授業は３年も前から始まっていた。そのころは、簡単な単語を覚える
だけだったのだが、だんだん難しくなり、文章になると、アナスターシャの頭はパンクしていた。かなり前からわめいている。
アナスターシャは銀色の長い髪、ほっそりした体つきの可愛い少女だった。背丈もかなりのびて、ゆりの腰くらいまではある。アナスターシャは力の訓練は好きなのだが、机にへばりついて勉強するのは苦手のようだった。
「だって、古代語なんて使わないもん。普段いらないもん」「そうね。だけどね、覚えたらいいことあるんだって。だからがんばってアナスターシャ」
「やだ！」
アナスターシャは心根は優しい少女なのだが、やはり甘やかされて育てられたせいかちょっとわがままなところがあった。
「少しずつでいいからやりなさい。ね」
「や！遊んでくる！」
アナスターシャは瞬間移動で消えてしまった。
「やれやれ・・・」
そういえば、私、古文とか嫌いだったもんなあ・・・・こんなの覚えても使わないじゃんとか言ったような気がする。
もしかして・・・・私に似たのかも？
扉がノックする音が聞こえて、ミラが入ってきた。お茶を運んできてくれたのだ。「またアナスターシャ様逃げてましたねえ」
「うん。あれじゃあ先生は大変ね」
「さっきのぞいたら、ラギ様に教えられてましたよ」
「また？」
「ラギ様は、本当にお勉強がお好きですねえ」
ゆりは今でもラギと一緒に寝てはいるが、ラギは朝ご飯を食べると出て行き、夕食の時間まで帰ってくることはない。ゆりがついていこうとすると、母さんは来なくてもいいとまで言われるのだった。昼ごはんはどっかで適当に食べているらしい。
ラギはかなり賢い子で、今では何でも話すし、本が好きなのかしょっちゅう本を読んでいる。だが、瞬間移動をしたりはできない。アナスターシャやシスがどこでも連れて行ってくれるので、不自由は全くしてないようだった。
古代語の授業の時間、アナスターシャがいなくなると、部屋にラギが現れて、古代語の教師はラギに古代語を教えているようだった。
それもラギは熱心に聞いているらしい。
「それにしても・・・・親離れするの早すぎだよ！なんかつまんない」ゆりはむくれて言った。今では、ゆりの体重はすっかり元に戻っている。１６年もたったわりには、来た時からさほどは
外見は変わってない。それでも２１歳の時から、向こうの時間で５歳ほどは上乗せされてるかも、と思うゆりだったが、
虎の国のアヤコなんぞは４０年近くたっていてもまだ２９歳だと言い張っているので、ゆりもしばらくは２０代の気分でいる。
アヤコの子供はタロウだけだった。それでも昔と変わりなくガットとは仲良くやってるらしい。
「まあまあ、成長されてる証拠ですよ」
ミラはなだめるように言った。
「それにしたってー母親に引っ付いてる年齢だよ。まだ４歳なのに」
「ラギ様は話されたのも早かったですからね。早熟なのですよ」ミラが言った。ラギは話しだしたのはかなり早かった。一歳にならないうちに、かなりいろんなことを話していた。
「ルーと遊ぼうっと」
ゆりは子供らが誰も遊んでくれないので、仕方なく蛇のルーと遊んでいた。
そろそろ竪琴でも教えてもらおうかなー。
そう思い出していた。
「ありがとうございました」そのころ、アナスターシャの部屋では、小さなラギがかわいらしく古代語の教師に言っていた。
銀色の髪は首にかかるほどの長さで、茶色の瞳は好奇心に満ちていた。
「本当にラギ様は古代語がお好きですねえ」
教師は感心するように言っている。しかも、ラギは覚える速さも並ではなかった。前回教えた単語は、ちゃんと全部覚えているのだ。
かなりの知能の持ち主だと教師は思っている。教師だって、嫌がるアナスターシャに教えるよりは、喜んで教えられるラギのほう
がいい。
わずか４歳で古代語に興味を示す子供など初めてだった。
「僕、好きです。古代語」
「ラギ様、大きくなったら、古代語の研究者になりましょう。ね。そうしましょう」
「けんきゅうしゃ？」
「古代語をいろいろ研究する人ですよ。ラギ様にはぴったりですよ」
「母さんが、ラギは頭がいいからお医者さんになれって」
「そうですか。ならお医者さんで古代語の研究者になりましょう」
「はい」
ラギはうなずいた。
ラギはとことこ部屋を出て行った。
ーねーどこ？
ラギが思念を送ると、アナスターシャがぱっと目の前に現れた。「ねー、図書室に連れてって」
「いいよ」
アナスターシャはラギに触れて図書室に移動した。
アナスターシャが毎日思念の練習をしたせいか、ラギは思念だけはできるようになっていた。だが、相手はアナスターシャとシスだけだ。
アナスターシャはラギを図書室に連れて行き、「あれ」と指指す本を数冊とって机に乗せ、ラギをダッコして椅子に乗せて消えた。ここにはラギ用の背の高いいすがある。
ラギは大きな本をめくり、時折ぺらぺらめくってジーと眺めていた。
「王、お願いですから、私をラギ様の専属にしてください」古代語の教師はラクシュミに訴えていた。ラクシュミの椅子の横には、小さな椅子があり、シスはそこにちょこんと座っている。
シスの体は、青っぽい膜で覆われていた。結界の練習をしているのだ。シスはラクシュミのように髪も少しうねっていて、
肩にかかっている。どっから見ても女の子のようなきれいな風貌をしていた。背はラギよりもちょっと大きい程度だ。
「全く、アナスターシャにも困ったもんだ・・・」ラクシュミはため息交じりに言った。古代語がいやで逃げているのはよく耳にしている。
「ラギ様は本当に頭がいいんですよ。ですから、今の内から教えたいんです」
教師は熱心に言っていた。
ラギは頭がいい子だ。皆がラクシュミにそういっていた。だがラクシュミ自身は、よくラギのことはわかってなかった。なにせ、いまだに腕に抱いてもいないし、ほお擦りもしてない。最近ではさすがに顔を見ても泣かれることはないのだが、
近寄るのはどうもだめらしく、王の間に入ってきても、番兵に抱きついて遠くからじっとこちらを見るくらいのものだった。
全く変な子供だ・・・
そう思わざるを得ない。ラクシュミは横にいるシスを見た。すると、シスはにこっと微笑んだ。
「お前も古代語勉強するか？どうせならラギと一緒に」
「僕ですか？うーん・・・」
シスは考えるように上を向いた。
どうもシスはおっとりした性格だ。しゃべり方もゆっくりなのだ。
「・・・・」
「まあゆっくり考えろ」
かなり時間がかかりそうなのでラクシュミが先に言った。
「はーい・・・」
やれやれ・・・それぞれ個性的に育ったもんだな。
環境は一緒のはずなのに、なぜこんなに性格が違うのか、ラクシュミは不思議だった。
城の中は平和だったが、国の中は平和かと問われたら、平和とは言い切れない状態だった。確かに２０年前よりはかなりこの国は落ち着いていた。街の人たちも、比較的安心して暮らせるようにはなっている。旅人や商人も増えた。
だが、人口が増えたとはいっても、力がある者はそう増えてはいない。龍の国が、このままずっとおとなしくしているわけも
なかった。どこからともなく入ってくる敵は相変わらずいたし、戦士だって毎年10人はなくなっている。
アナスターシャが大きくなるのを待ってくれるほど、向こうものんきとは思えなかった。
図書室で、ラギはじーと本を見ていたのだが、そこにミカエルがやってきた。「おや、また読書ですか？」
ミカエルはラギの横の椅子に座った。
「こんにちは。」
「こんにちは」
ミカエルは横から本を覗き込んだ。でかい本に挿絵もなく、文字がびっしり並んでいる。
「理解して読んでるんですか？」
「ううん。さっぱりわかりません」
「そうなんですか？わからないのを読んでるんですか？面白いですねえ」
ミカエルはちょっとほっとした。分かって読んでいたら天才を通り越している。
「今は読んでるだけ」
「読めるのもすごいですよ」
４歳なら、まだ絵本を読んでる年齢だ。自分の息子のラリーだって、まだこんな難しい本は読まない。
「目疲れた」
ラギは目をぱちぱちしていた。
「いっぺんに読んだら疲れますよ」
「うん。ねえ、ミカエル遊んでー」
「いいですよ。何するんですか？」
「バラク」
「バラク？もう教えてもらったんですか？」
「うん。ミルキダスに教えてもらったんだーおもしろいねーバラク」
ラギはにこにこして言った。
「じゃあ王妃の部屋でやりましょうか」
「うん」
ミカエルは本を戻してラギと一緒に移動した。ゆりはその時部屋のすみで大きな蛇に話しかけていた。
「もー聞いて、子供らちっとも遊んでくれないんだよ」蛇はそんなのしらんとばかりにしらんぷりしている。
「何やってるんです？王妃」
ミカエルが笑って言った。
「あらミカエル」
「王子とバラクで遊ぶんですよ」
「ふーん。ラギ、私とはちっともしてくれないのに・・・」
ゆりがむくれていうと、ラギが言った。
「だって、母さん下手だもん」
「うう・・・子供にまでばかにされる・・・」
ゆりはしゃがんで蛇に言っていた。
「聞いてよ。おなかを痛めて産んだ子供なのに・・・ひどいと思わない？」
「王妃・・・」
「母さん、バラクの盤もってきてー」
「はいはい」
ゆりはテーブルにゲーム盤を出してやり、ミカエルはラギとバラクを始めた。
最初は涼しげな顔で微笑んでいたミカエルだったが、途中からミカエルの表情が変わってきた。駒の進め方に策略が感じられたからだ。しかも、ひとつではなく、２つの策略を同時に使ってきている。
子供を相手にしているのに、まるで大人を相手にしているような気になっていた。
「僕まだミルキダスには勝てないんだよ」「そうなんですか。ミルキダスは強いですからね」
ミルキダスはバラクが趣味で、バラク大会でも開かれれば、ミルキダスはトップを争うほどの腕前ということはミカエルも
知っている。
「わーい。僕勝った！」ラギは万歳して歓声をあげた。
「わーすごいラギ！」
ゆりも手をたたいている。
「王子はお強いですねー」
「うれしいなー。あー。にーが呼んでる。僕行くね。遊んでくれてどうもありがとう」
ラギはミカエルにそういうと、部屋を飛び出して行った。
「わざと負けてあげたの？」ゆりがミカエルに聞いた。
「いいえ、真面目に負けました」
「え？そうなの？すごいね」
ゆりは本気で驚いた。
「王子はたいしたもんですよ」「あの子ほんとに頭いいね。誰に似たのかな。私じゃないよね。やっぱり・・・」
「王妃」
「ん？」
ミカエルはゆりの腰に腕を回して持ち上げ、ゆりを自分のひざに乗せた。
「ミカエル！何するの！」
「そろそろ昔の仲に戻りましょうよ」
ミカエルは先ほどとは違う、男の顔で言った。
「え・・・」
「ね、王妃」
ミカエルはゆりの首筋をなでた。ゆりは久しぶりにどぎまぎしてしまった。
「何言ってるの。私はもう・・・子供も大きいし・・・」
ゆりの頬が赤く染まった。ミカエルに迫られるのは久しぶりだった。
「だけど、またお子様ができれば、儀式だってするんでしょう？」
「それは・・・」
「久しぶりだから、少し強引にした方がいいですか？」
「え・・・」
ミカエルはゆりごと別室の方に移動した。ここに来るのも久しぶりだった。だが、全然埃もかぶってない。
誰か掃除してたのだろうか。
「・・・・こんなこと子供にばれたら・・・」
「私はあなたの恋人なのだから、別にいいじゃないですか」
ミカエルはゆりを抱きしめて口付けた。最初は抵抗していたゆりだったが、久しぶりに口付けをされて、そのうちに気持ちよく
なってしまった。
なにせ、ラクシュミとも３の月に口付けされたきりだ。それから７ヶ月近くたっている。
「そろそろ、次のお子様を作る気はないんですか？」
ミカエルが唇を離して聞いた。
「今回はできなかったの」
「そうなんですか」
「うん」
かなりの確立で孕んでいたゆりだったが、今年の交わりの月は、子供はできなかった。去年までは子供ができないように抱かれても外に出してもらっていたのだが、今年はもう我慢できなかったのだ。
「早くあなたの可愛い蛇に会いたいですね」ゆりの蛇紋は、子供を孕まないと現れない。
「今日は久しぶりに、仲良くしましょう」
ミカエルはゆりの体をベッド乗せて、上に乗った。
しばらく禁欲生活を送っていただけに、ゆり自身も、欲望を感じてしまうと止められなくなってしまった。ミカエルに肌に触れられるだけで感じてしまっている。
「あ・・・」両方の胸をまさぐられて、ゆりが声をあげた。
「王妃、かわいいですよ」
「ミカエル・・・」
ゆりはミカエルに愛撫されて、体をふるわせた。
「久しぶりにピンクの気が見れましたね」
「ミカエルも全部脱いで」
「はい」
ゆりはミカエルの胸に抱きついた。ミカエルもぎゅっとゆりを抱きしめた。
顔をあげたゆりの左目は、黄色と黒に変わっていた。
「王妃・・・変わるの早いですよ」
思わずミカエルが言った。
「出てくるなら十分愛し合ってからにしてくださいよ」
「久しぶりの男の体につい・・・・」
ゆりは舌を出した。
「蛇見せて」
ゆりはミカエルから離れて、ミカエルをうつぶせにした。ミカエルの背中には、紫色の蛇がいる。
「お久しぶりー蛇ちゃん」
ゆりはその蛇をなでて、蛇にちゅっとキスした。
「私もそろそろ遊ぼうっと♪」
「あなたは遊ばなくていいですよ」
「やだもーん」
ゆりはミカエルにぎゅっと抱きついた。
「全くー・・・・」ミカエルはぶーたれていた。
夕方、黒目のゆりが食堂に行くと、ちゃんと子供たちは３人そろっていた。朝食と夕食の時間は決めてあって、４人で一緒に食べることにしている。
「ラギ、あれから何してたの？」
ゆりが横にいるラギに聞くと、ラギは恥ずかしそうにうつむいた。
「ん？どうしたの？」
ラギは足をぶらぶら揺らしたまま、答えなかった。
「王の間に行ったんだよ」
シスが変わりに言った。シスとアナスターシャはテーブルを挟んで向い側に座っている。
「王様にあったの？」
ゆりが驚いて聞くと、ラギはうなずいた。
「何か話した？」
「うん」
「側に近づいたの？」
「うん・・・」
「王様喜んだでしょ？」
「知らない」
何話したんだろう・・・・
ラギに無理やり聞き出すのもかわいそうなので、ゆりはラクシュミに聞いてみることにした。
ラクシュミはちょうど休憩室でお酒を飲んでいた。ゆりを見ると、ラクシュミは侍女を外に出した。「王様〜」
ゆりはラクシュミの横に座ってべったり抱きついた。毎晩一緒には寝ていないが、別にラクシュミへの愛情が冷めたわけでもない。
「ねえ、今日ラギが会いに行ったって本当？」
「ああ」
「どこまで近づいたの？」
「・・・今日はすぐ側まできたぞ。でもシスの後ろに隠れてたがな」
「何話したの？」
「部屋が欲しいといってた」
「え・・・・」
「お前と離れたいようだ」
ゆりの表情がしょんぼりしてきた。
「まだ４歳なのにい・・・寂しい・・・」
「別に遠くに行くわけじゃないだろう。ラギは私にお前ともっと仲良くしてほしいと言ってたぞ」
「え・・・どうしてそんなこといったの？」
「お前の気が薄くなってるといってた」
「薄いの？」
「まあ、ここの所、交わりの月以外で私もお前に気をやってないし、お前も男たちからもらってなかっただろう？
薄くなってるといわれれば、なってる」
「・・・ラギは気なんて見えるの？」
ゆりは驚いて聞いた。
「見えるようだ。だから私が怖いらしい」
「そうなんだ。王様かわいそう」
「まあ、もう別にいいけどな・・・」
ラクシュミはラギと話をした、といっても、ラギはシスの後ろにずっと隠れてたし、シスにぼそぼそ言ってシスがラクシュミにラギの言葉を伝えていたのだった。直接話したということになるのかどうか微妙だ。
だが、ラギがゆりの気のことを気にしていたとはラクシュミも驚いた。
「いつになったら、お父様って言って抱きついてくれるのかな」「さあな・・・」
夕食後、子供たちはアナスターシャの部屋にそろっていた。はたから見たら無言で３人が向かい合い床に座っているだけだが、思念で話をしていた。思念で話をするのは、ラギの力の特訓になるとアナスターシャが思っていたからだった。
ーねーラギ、父様って言った？アナスターシャがラギに聞いた。ラギは首を横に振った。
ーなんで？まだ怖いの？別に食べられないよ？
ー・・・
ーラギは恥ずかしいだけだよねー
シスがニコニコ微笑んで思念を送った。
ー父様がきれい過ぎて恥ずかしいんだって。ーえー・・・そうなの？
ー・・・・うん・・・
ラギはもじもじしていた。他の大人の男とは普通に接していたが、ラギはどうもラクシュミの顔を見ると、話ができなかった。
金色のオーラに包まれたこの美しい人が、自分の父親だといくら言われても、不思議な気がするのだった。
母親が普通の顔立ちなだけに余計そう思うのかもしれない。
ーラギって変な子ねーなんでそんなに恥ずかしいのかしら。アナスターシャが言う。
ーでも、父様ってきれいだもんね。神様みたいだもんね。
シスはニコニコ顔を揺らしていた。
ーねートランプで遊ぼうよ
ラギが思念で言った。
ーいいよー
ー神経衰弱はやよ。ラギが勝つから
３人はトランプで遊びだした。トランプの遊びは、ゆりが教えたものだった。ババ抜きをしている。
ー姉様また古代語逃げたんだってねーシスがからかうように言った。
ーだって嫌いなんだもん。仕方ないじゃない。
ー僕好き。古代語
ラギが言った。
ー私大嫌い！あんなのが好きなんて気がしれない
ー僕ももう教わった方がいいかなーラギと一緒に習うかって父様に聞かれたの。ー一緒におべんきょしよ。にー
ラギが言った。
ーじゃあそうしようかなー
ー私もあんたらと一緒にする。もう一回簡単なのから。
ー・・・あはは
シスが間を置いて笑った。
ー笑うならすぐ笑ってよーだってえ・・・ふふふおかしいもんね。ラギ
ーん？何が？
ーあーババが来た！
アナスターシャがシスのカードを取って悔しそうに言った。全部束にして広げ、ラギに向けた。
ラギが手を出すと、取ろうとするカードによってアナスターシャの表情がころころ変わっている。
ーねーって面白いね。ラギが思わず言って、ババ以外のカードを取った。アナスターシャは口を尖らせている。
ーにー、今日一緒に寝てもいい？ラギがシスを見て聞いた。
ーいいよー。一緒にねよー
ー私もー
アナスターシャがそういうと、二人は微妙な顔をした。
ー姉様は僕のおなか蹴飛ばすからやだ。
ーねーは寝相悪い。
ーべーだ！
アナスターシャは舌を出した。
その夜、ラギがシスのところで一緒に寝ると言ったので、ゆりは王の寝室でラクシュミにひっついた。ずっとラクシュミの匂いをかいでいると、いい気分になってきた。
「王様・・・一人で寝るのずっと寂しかった？」
「別に」
ラクシュミがすぐに言ったので、ゆりはむくれた顔をした。
「まさかここに女いれてないよね」
横目で睨んで聞いた。
「いいや。アナスターシャやシスがよく寝に来たから別にと言ったんだ」
「それならいいけど・・・」
「私はお前だけだ。なぜか」
「なぜかって何よ。もう、ずっとここで寝てやるから！・・・というわけで、抱いて」
「何がというわけなんだ」
「だって・・・・」
「おやすみ」
ラクシュミはさっさと寝てしまった。
「ひどい。愛がさめたんだ・・・」
ゆりはぐちぐち言ってみたが、ラクシュミにはまるっきり無視されたので、仕方なくラクシュミにひっつくだけひっついた。
あーあ、昼間その気になったから抱かれたかったのに・・・・ううう・・・
「なんでその気になったんだ？」ラクシュミに聞かれてゆりはぎくりとした。
「え？」
「昼間なんでその気になったんだ？」
ラクシュミはゆりを見て聞いた。
「え？え？もしかして・・・・読んだ？」
ゆりはぱっとラクシュミから手を離した。
「誰と向こうに言ったんだ？」
「誰とも」
ゆりは横に首を振ったが、顔が引きつっていたので嘘だとばればれだった。
「全く・・・ついでに恋人たちから気ももらえ」
「恋人たちって・・・・最近は別に・・・」
「適当にかまってやらないと、男たちの愛が冷めるかもしれないぞ」
ラクシュミがからかうように言った。
「別に冷めてもいいもん」
「次に儀式があったとき困るんじゃないのか？」
「・・・・」
「私ならいやだな。儀式だけの付き合いなんて」
「なんでそんな、不倫を助長させるようなこと言うわけ？」
「男達が気の毒だと思って言っただけだ」
「・・・・」
ゆりはむくれたまま眠った。
男達が気の毒って言われても・・・・私にどうしろと。
数日後、ヴィラにその話をしたら、ヴィラは笑っていた。「王も面白いこといいますねえ・・・」
「男達が気の毒って・・・・気の毒なの？」
「正直に言えば、そりゃ、あなたといちゃつきたいですよ。前の儀式からもう随分経ちますしねえ。みんなあなたと儀式以外で
そういうことしたいと思ってますよ」
「・・・・」
「最近は男と二人っきりであまりあってもいなかったでしょ？」
「うん。」
「とりあえず、みんなに抱きついて気もらったらいいんじゃないですか？」
「うん・・・そうする・・」
ゆりはヴィラにひっついた。
「今日はラギ様は？」
「フレイが連れて行った。毒蛇見せてもらうんだって」
「へー」
「あの子頭いいから、フレイの弟子にしてもらってお医者さんにしようかな」
「いいですね」
「でも・・・王様にあんなこと言われてかなりショックだった」愛する妻に言うセリフではない。
「あなたは普通の女じゃないですからね。王妃でいい巫女ですから。確かにあまりほっておかれると、忘れられてる気がして悲しい
ですよ。愛も冷めるかも」
「う・・・・愛って普遍じゃないの？」
「そんなのおとぎ話の中だけですよ」
ヴィラはあっさり言った。
「・・・・」
適当に男と遊んだ方がいいってことかな・・・・
自分としては貞淑な王妃を目指したい所なのに・・・
次の子供ができて儀式をしようと思ったら、やっぱり普段から男達は大切にしなきゃならないのかな・・・
ゆりが真剣に悩んでいるようなので、ヴィラはついくすっと笑ってしまった。
「一番いいのは、新たに巫女を作ることなんだけどなー。王様の側室にならさないで」「我々が別の女愛してるっていってかわいがってもいいんですか？」
「・・・それは・・・」
「そんなこといったら、あなたに気あげるのやになるかもしれませんよ」
「・・・わかったよう。もう言わない」
ヴィラはゆりの頬にキスした。その時、ぱっと部屋の中にシスが現れてゆりはあわててヴィラから離れた。
「あーヴィラ、こんにちはー」
「こんにちは、シス様」
「シス！ちゃんとノックしなきゃだめでしょ！」
ゆりの顔はまっかっかだった。
「ごめーん。恋人との仲を邪魔して」
「え・・・」
ゆりの顔がひきつった。
「最近はトーと言ってくださらないから寂しいですよ」
ヴィラは普通の顔で言っていた。
「今だってみんなトーだよー」
「え？シス、トーのこと覚えてるの？」
ゆりが仰天して聞くと、シスはうんとうなずいた。
「みんな母様が大好きなんだよねー。蛇入れるの手伝ってくれたんだよねー。僕覚えてる」
シスがのほほんとした口調でいい、ゆりはガーンと口を開けた。
まさか、その行為の内容まで覚えてるってことは・・・・ないよね？
聞きたかったが、まさか聞けるわけなかった。
「・・・」ヴィラの顔もさすがにちょっとひきつっていたが、シスは何食わぬ顔でヴィラのひざの上に乗ってきて、
ヴィラはシスの体に腕を回した。
「僕もみんな大好きー」
「ははは、私もシス様が大好きですよ」
「僕に遠慮しないでぺたぺたしていいよー」
しかもシスはぺたぺたまで覚えてる。
「・・・シス、昔のことはあんまり覚えなくていいから。忘れなさい。きれいに」
「なんで？」
「なんでも！」
シスは首をかしげてヴィラを見た。
ヴィラは困ったような顔で笑っている。
「そうだ、王子、おいかけっこしましょう」
「うん！」
ヴィラはシスを連れて出て行った。
記憶力がよすぎるのも困りものだ・・・一体どこまで覚えてるわけ！？
ゆりはしばらくがくりとうなだれていたのだった。
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