その日、シスは力の授業はお休みで、ハインリヒに国一番の武器屋に連れて行ってもらっていた。
騎士たちが持っている武器や鎧も、ほとんどここの職人達が作っているようで、店は大きく、一階二階部分にはずらりと
様々な剣や鎧などが並んでいた。
シスは目を輝かせてそれを眺めている。どれも向こうではお目にかかれない逸品ばかりだ。宝石がはめ込まれていたりして
美しく、武器というよりは飾っておきたい美術品のようだった。
「とっても綺麗だねえ・・・これらの武器って魔法の効果とかもあるの？」
「いいえ、魔法の効果を入れれる職人はもう今はいません」
「そうなんだ・・・・」
シスは壁にかかっている剣を眺めていて、ある対の剣に目を向けた。それは普通の剣よりも短めで、少し内側に曲がった
剣だった。皮でできた鞘に入れられている。
「あの、あの曲がった剣見せてもらっていいですか？」
「いいですよ」
ハインリヒが取ってくれて一本渡してくれた。剣はシスにはずっしり重く、かなりの重量感だった。ハインリヒが鞘から
抜いてくれた。銀の刀身は輝いていて、蛇の模様が彫られてあった。柄の部分は黒に金の色が混じっている。
その時、ちょっと昔の会話が頭をよぎったのだった。
ーねえねえ、イシュタール、未来の弟の話してよ。
ー黒髪の若君の話ですか。いいですよ。とにかく強かったですよ。そして太陽のように明るい方でした。
対になっている二本の少し曲がった銀の剣をもたれてましてね、それを見事に扱われてましたよ。綺麗な剣でしたよ。
今の職人では作れないでしょうにと不思議だったんですがね・・・
「・・・・ねえ、ハインリヒ、僕これ欲しいなあ」
シスはハインリヒを見上げて言った。
「これですか？こういう剣は敵と接近して戦う戦士用ですから、王子様には向きませんよ」
ハインリヒは言った。
「それに二本の剣を扱うのは難しいですし、片手剣の方がいいですよ。」
「僕の弟にあげたいんだ。」
「弟？頭が良いといっていた弟さんですか？」
「ううん。まだ母様のおなかにいる弟だよ。将来すごい戦士になるんだよ。僕女王様に頼む」
シスは、これは絶対弟のためにもって帰らなければと、ある種の使命を感じて思った。
「いいですよ。陛下に言わずとも。ではこれはよけておきますね」
ハインリヒは部屋の隅にいた男に視線を向け、男が剣を受け取りにきた。
「せっかくですからシス様も何か剣を選びましょう。」
「ううん。僕はいいんだよ。ザクート様に素敵な剣をいただいたから」
「ザクート様とは？」
「古の王ザクート様だよ」
「・・・」
ハインリヒは驚いたように目を見開いていた。
「どうやっていただいたんです？」
ハインリヒももちろんザクート王は知っている。
「前に、儀式で降りられた時にくれたんだよ。聖剣ダ・ムーって言うんだって」
「聖剣ダ・ムー、知ってますよ」
「え？本当？」
「ザクート王の時代にはすごい腕を持った職人がいましてね。ほとんどの魔法剣は一人の男が作ったものなんですよ」
「その話はきいたことがあります。」
「ダ・ムーはその中の一本ですよ。」
「イレイザは？」
「イレイザもそうですよ。」
「へーすごいんだねえ・・・」
シスは目を輝かせて言った。
「そのほとんどはもう失われてしまいましてね、一本だけ女王陛下がお持ちですが・・・シス様は時々びっくりするような
事をおっしゃいますねえ。私もさすがにザクート王にお目にかかったことはないですよ」
「綺麗な人だったよ。建国祭のお祭りにいらしたんだよ」
「あの時は王に会えるのは祭壇の女たちだけでしたよ」
「そうなんだ。母様が僕らにもあってほしいって言ったら会ってくれたよ。それで僕の力もちょっとあげてくれたんだよ」
「そうなんですか・・・・」
「あれ？女王様に赤ちゃんができて、ザクート様が来る儀式があるんじゃないのかな？」
「ああ、その儀式は行っていないんです。巫女様達が来る前に、蛇がうじゃうじゃ集まった時があったんですがね。まあ
陛下はお力が強いので、保護の魔法はなくても大丈夫でしょう」
「そうだね。城の周りってすっごい平和だもんね。」
「偉大な王にお目にかかれなかったのは残念でしたけどね・・・」
ザクート王の伝説は、今の時代色濃く残されている。
「弟がねえ、ザクート様の日記をいただいて訳していたよ」
シスが思い出したように言った。
「日記？さぞかしすごい事が書かれていたんでしょうねえ」
「それが、その日出会った女の人のことしか書かれてなかったって言ってた」
「え・・・」
「ザクート様ってすごく女の人が好きだったんだね」
「・・・まあ、偉人というものはそういうものですよ」
「ふーん」
なんだかザクート様の想像が崩れていくな。やっぱりお会いしなくてよかったかも、と思ったハインリヒだった。
第11話
その頃、ゆりの部屋ではたどたどしい竪琴の音が響いていた。
部屋にやってきたレイアスにずっと竪琴を教えてもらっていたのだ。せっかくだから新しい曲を覚えて帰ろうと思って
ゆりは一生懸命だったが、２時間ほど経つと、レイアスの顔がしょんぼりしてきた。
「ネーゆり様ーもしかして今日これで終わりじゃないですよねー」
「ん？何が？」
ゆりが手を止めて聞いた。
「ひどい・・・」
レイアスはいじけている。
「レイアスってほんとかわいいねえ。」
ゆりはレイアスの頭をなでなでした。
「ううう、くすんくすん・・」
「まあまあ、あんまりしょっちゅう興奮したら、体に悪いよ」
「興奮したいー可愛い蛇ちゃん、見たいー。じゃあせめて口付けだけでもしてくださいよ」
やっぱりレイアスってじゃれてる犬っぽい。
犬ってかまってあげないといじけるし。
「いいよ」
レイアスが顔を寄せて、ゆりが唇を寄せようとした時、部屋の扉がノックされた。
「あ」
ゆりが顔を元に戻し、
「無視ー」
レイアスは自分からちゅっとキスしようとし、ゆりはさっと席を立ってどけた。
「誰かなー」
ゆりが扉を開けると、ディランが立っていた。
「ディラン・・・」
「こんにちは」
ディランは脇に平べったい物を持っていた。
「何だ兄さんか」
中にいたレイアスがぶーたれたように言った。
「レイアス・・・きてたのか」
「どーぞ」
ディランは部屋の中に入り、持っていたものを机に乗せて、包みを開いた。
「あ・・・ガーベラだ・・・」
それは額縁に入った一枚の絵だった。ガーベラが裸で水浴している。場所は泉かどこかだろう。ガーベラの横に翼が生えた
男の子がいた。
「天使がいる」
「ガーベラの息子のクーリーフンですよ」
「へー」
「前にガーベラが好きって言ってらしたから」
「素敵ーあの絵ととっかえて」
ゆりが部屋に飾ってある絵を指さしていった。
「いいですよ」
ディランは部屋にあった絵と取り替えてかけてくれた。
「綺麗ですねーガーベラ」
レイアスもゆりと並んでガーベラの絵を見つめた。
「レイアスはダーナとガーベラどっち好き？」
「僕はガーベラの方が好きですよ。誘惑されたいです」
「ははは」
「あの・・・ハインリヒが、シス様に変な事聞いたって言ってたんですが・・・」
ディランがおずおずと言った。
「変な事？」
「ゆり様がガーベラを降ろしたって」
「は？」
ゆりの顔が引きつった。
「えー？本当ですか？僕ガーベラみたいです！」
レイアスは目を輝かせて興奮していた。
「あはは、まっさかあ、女神を降ろすなんてできるわけないじゃない。シスにからかわれただけだよー」
ゆりは笑って言った。
「そうなんですか？」
「そうに決まってるじゃない。やだあ」
「えー、なんだー」
レイアスはがっかりしていた。
全くシスってばなんてこと言うんだ。ガーベラ降ろしてって女王様に言われたらどうすんだ。
降ろそうにも降ろせないってば。
その日の夕方、ご飯を一緒に食べに来たシスに、ゆりはしっかり口止めした。
「だめよ、もうあんなこと言っちゃ」
「だってえ・・・ここじゃあダーナ様のほうが人気があるからさー、ガーベラ様に味方したかったんだもん」
「そういうすごい事ができると思われたら困るよ。もう絶対言っちゃだめよ」
「はーい。でもあの絵より本物の方が綺麗だよ」
「そういう事も言っちゃだめ」
ゆりが言うとシスはぷっと頬を膨らませた。
その夜、蛇の目のゆりは何度目かの夜間外出をしていた。今夜は残念な事に曇り空、空は暗く、月も見えなかった。
噴水の所にいくと、闇にまぎれるようにドルイドが立っていた。今日は偶然の出会いではなく、ゆりが伝言を送って
呼び出したのだった。
「今晩は、今日は曇りね」
ゆりが近づくと、ドルイドが顔をむけた。
「今晩は」
ゆりがドルイドの顔をのぞくとドルイドが瞬いた。
「呼び出して怒ってない？」
「怒ってないですよ。ですが、何の用ですか？」
「ただお話がしたかっただけだよ。ねえ、あなたの家行ってもいい？ちょっとお酒飲ませて」
「はあ・・・まあいいですが・・・」
ドルイドはゆりの腕にそっと触れて移動した。
移動してきた場所は酒を飲む部屋だった。ディランの屋敷と同じように、ここもお酒がずらっと棚に並んでいる。
ドルイドはテーブルの上のランプに触れた。するとぱっとランプの灯りがともった。
「どんなお酒がいいですか？」
「あなたと一緒でいいよ」
ドルイドは足の長いグラスにお酒を注いでくれた。
「ドルイドもお酒一杯飲む方？」
「飲もうと思えば飲めますよ」
「そうなんだ。こっちの人もお酒すごく飲みそうだね」
「皆すごいですよ。普段はそうは飲まないですが」
ドルイドは自分のグラスにもお酒を注いでグラスを口元に運んだ。
どうやらだいぶ慣れたみたい・・・
ゆりはそう感じた。
「あなたたちは、面白いですね。ちょっと性格が違うんですね」
「そうだね。向こうの方が好みだった？」
「好みという事はないですが・・・あまり儀式をするように見えないです。本当にフークスらとしたんですか？」
「してたよ。儀式は向こうしかできないんだけど、蛇が入るとちょっと人格が変わるからね」
「そうですか」
「儀式ではさ、男たちには抱かれないんだよ」
「え？」
ドルイドは驚いた表情をしていた。
「だからあなたが思ってる物とは結構違うと思うよ」
「・・・・」
「そのせいか降りてくる女蛇も自由なのが降りてくるの。」
「良く分からないですが・・・では儀式では何をするんですか？」
「裸でいちゃいちゃ」
「はあ・・・」
「私といちゃいちゃしてみる？」
「え・・・」
「ふふっ・・・冗談だよ。」
ゆりは笑って言い、酒を飲んだ。すると、
「してみたいです」
とドルイドが言い出してゆりは思わず酒をぶっと吹いてしまった。
「え？」
「冗談です」
ドルイドが笑って言っていた。
「ドルイドが冗談言った」
「私だってたまには言います」
「ふふ・・・」
ゆりはおかしくなって笑ってしまった。
「あまり男をからかっちゃいけません」
「どうせその気にならないじゃない」
「そんなことは・・・分かりませんよ」
「今日は月ないし、普段その気にならない人は更にその気にならないはずだもん」
「そこまでその気にはなってないですが、その、ちょっと口付けしてみたいです」
「女に触るのやじゃないの？」
「あの時は、言い訳にああいっただけです。すいません」
「ふーん。私にちょっとなれたんだねえ。いいよ。膝に乗せて」
ゆりは席を立ち、ドルイドの膝に横向きに座った。そして顔を近づけてちゅっと唇にキスした。
「どんな気分？」
「さあ・・・わからないです」
「嫌じゃないならいいよ。じゃああなたからして」
「私から？」
「うん。」
ドルイドは顔を寄せてゆりに軽く口付けた。
「もっとしてもいいです？」
「うん」
ドルイドは今度は軽く舌をからめてきた。
「久々に陛下以外の女性に触れました」
「そうなんだ」
「だけど、これ以上あなたに触れるのはなんだか切ないですね。あなたとは、来年の赤い月を共に過ごすこともできない」
ゆりはドルイドの髪をなでた。
「そうだね。だけど、出会わないよりも、出会ってよかったって私は思うよ。短い間でもさ」
「・・・」
ドルイドはゆりの右手を軽く握り締めた。
次の日、外はしとしと雨が降っていた。ゆりは窓辺に立ち、外を眺めていた。
雨か・・・いやだなあ・・・男といたら変な気になりそう・・・
まさかこの前あったばかりでまた蛇は降りてこないだろうけど・・・
儀式の後遺症でどうも水蛇が降りた後は雨が降ると変な気分になってしまいがちだ。
あと一人かあ・・・・あと一人いれば５人そろう。５人男がいれば儀式ができるはず。
儀式をすれば王様の元に帰れるんだ。あと一人、あと一人、どうしよう。
その時一瞬ハインリヒの顔が浮かんだが、ゆりは横に追いやった。
ドルイドはどうかなあ。優しそうだし、今度呼んでみようかな。
そう思っていると、扉がノックされて侍女が出た。
「ドルイド様です」
「そう、入ってもらって」
呼ぶ手間が省けた。ちょっと儀式の話をしてみよう。
ゆりはドルイドににこにこ顔を向けた。
「おはようございます」
「おはよう。今日はどうしたの？」
「あの・・・・ちょっと話がありまして・・・」
「そうなの？」
侍女は気を利かせて出て行った。
「じゃあこっちどうぞ」
とゆりは長椅子の方を指した。
「はい」
こうなったら、ここは、押してみようかな・・・
並んで座っていたゆりがそう思っていた時、ドルイドが口を開いた。
「あのう・・・お願いがあるんですが・・・」
「なあに？」
「く、口付けしてもいいですか？」
「え？」
ゆりは目を見開いた。まさかそんなことを突然言われるとは思わなかった。
「い、嫌ならいいです。どうもすいません」
ドルイドは恥ずかしげにしている。
「それは、私に好意があるってこと？」
「は・・・はい・・・」
これはチャンス、もうドルイドに決〜めたっと♪
「い、いいよ。そのくらいなら」
「いいですか？」
「うん」
ここは仲良くなっておこう。
ゆりがじっとしてるとドルイドがゆりの頬に触れた。
昨晩、蛇の目のゆりを膝に乗せていたらなんだかどきどきしたので、そのどきどきをもう一度味わってみたかったのだった。
ドルイドはそっとゆりに顔を寄せて、軽く唇を合わせた。ドルイドは口の中には入ってこなかったが、何度もキスしてきた。
ドルイドって、意外と情熱的な人かも？
ゆりはそう思った。軽く抱きしめられてキスされていると、ゆりはなんだかやばい気になってきた。
やばいやばい、今日はこの辺にしとかないと、変な女かと思われる。
「あの、その辺で・・・」
とゆりが顔を離した時、ドルイドは下を向いていた。ゆりも下を向き、思わず心の中で「ぎょえー！」と叫んだ。
左手の平に金色の蛇の頭が見えたからだ。ゆりはぱっと右手でそれを覆った。
「綺麗ですね。じっくり見せてください」
ドルイドは思わず現れた蛇紋に気にする様子もなく言った。
「でも・・・」
「お願いします」
「んー」
ゆりは仕方なく左手を見せた。ドルイドはゆりの袖をちょっとめくってそれを見つめている。
ああ、恥ずかしい。興奮してるってばればれじゃん！
「かわいいですね」
ドルイドは蛇をなでていた。
「・・・欲しい？」
「え？」
ゆりはぱっとドルイドの手を握り締めた。
「蛇あげるね」
「ええ？」
ゆりの手の平にいた金色の蛇はドルイドの右手にするすると移動して行った。ドルイドは驚いた表情で自分の手を見た。
蛇はそのまま手首をつたって袖の中に入り、見えなくなってしまった。
「わ・・・・わ・・・」
ドルイドは袖をめくったが、もう蛇はいない。
「ちょっと脱いでいいですか？」
「うん。でも、そんなに長い間いないよ」
ドルイドはあわてて上着を脱いで下のシャツのボタンを外した。
「わー紺色の蛇ちゃんだ。かっこいい」
ドルイドのおなかから左胸に、紺色の蛇がいた。
「あ、まだいる」
右胸の方にゆりがあげた蛇がいた。なんだか紺色の蛇を見つめている。
「そっかあ、友達に会いに行ったんだねえ」
ゆりは無邪気に言っていたが、ドルイドは大変な事になっていた。
心臓は激しくばくばくいっていたし、まるで赤い月の時のように、体が騒いでいる。
「わー、まだいる。すごいなあ」
向こうではラクシュミに蛇をあげてもすぐ消えてしまったのだが、こちらでは蛇の輝きも違うし、その分長持ち
しているのかもしれない。
金色の蛇はさらに紺色の蛇に近づいて、すぐ側まできた。
すき？
えー！！な、なんか声が聞こえた！
「どうしたの？ドルイド、顔の色が変わってるよ」
ゆりは真っ赤な顔のドルイドを見て驚いた。目は血走ってるし、口もぱくぱくしてるし、とにかく尋常な様子ではない。
「あわわわ・・・し、失礼します！」
ドルイドはあわてて右手で服の前を握り締めて、逃げるように部屋を出て行った。
「い、いいけど、そのまま？」
バタンと激しい音がした。
ドルイドは部屋の外に出て、激しく息を吐き、シャツをめくってみた。金色の蛇は消えていた。
あーびっくりした。なんか声が聞こえた。蛇が・・・好きって・・・
なんだかどきどきしすぎて心臓が止まりそうだ。
いや、もう死ぬかも・・・
いまだかつてない体験にドルイドは動揺しまくっていた。
「何やってんだ。ドルイド」
その時横から声をかけられて、ドルイドははっと顔を向けた。そこにハインリヒが立っていた。
ハインリヒはドルイドの胸元を見た。ゆりの部屋の前で服がはだけた格好で、しかも真っ赤な顔でいたドルイドは、
誰が見てもかなり怪しかった。
「いや・・・これは・・・別になんでも・・」
ドルイドはせわしなく視線を動かしながらいい、消えた。
「・・・」
ハインリヒはゆりの部屋の扉をちらりと見た。
うーん、ドルイド大丈夫かなあ。なんだかおかしかったけど・・・
部屋の中でゆりは首をかしげていた。
王様やハザーク様は喜んでくれたけどなあ・・・
その時扉がノックされて、ハインリヒの顔が見えた。
「巫女様、陛下が今晩夕食を一緒にどうかと申されてますが・・・」
「あらそう、わかりました。シスも一緒でいいのかな？」
「いいですよ・・・」
ハインリヒはじーとゆりを見ていた。
「何？」
「あなたドルイドを襲いました？」
「は？」
「さっき、そういう感じのドルイドが外にいましたよ？」
「あのね・・・私痴女じゃないんだから自分から襲うわけないでしょ」
「じゃあなんで服脱いでたんです」
ハインリヒは疑いのまなざしを向けている。
「あれは自分で脱いだんだよ」
「自分で？どうしてです？」
「説明するの面倒だけど、私が脱がしたんじゃないよ」
「・・・・」
ハインリヒは何かいいたそうな顔をして、ぱたんと扉を閉めた。
冗談じゃないよ。全く・・・
ゆりはその時、自分がドルイドの上に馬乗りになって強引に服を脱がしている所を想像してしまった。
それはないでしょ。そこまで欲求不満じゃないよ。
「ハインリヒの中では私は一体どういう女になってるんだ・・・・」
ゆりはしばらくぶつぶつ言っていた。
その頃、ドルイドは、城の中の休憩場で一人ぽつんと座っていた。
その時、明るく笑いながら３人の女騎らが休憩室に入ってきた。
「ドルイド様、おはようございます」
「おはようございます」
３人はそれぞれ部屋の奥にいたドルイドに挨拶をし、離れた所に座ろうとして、もう一度ドルイドを見た。
「・・・・？」
ーどうしたのかしら・・・
ーなんか変ね。
ー服もおかしいし・・・
ドルイドはただぼんやりして座っていたが、中の襟は片方上着の外に出て立っていたし、上着も変だった。留め具を掛け
違えているかのようだ。しかも髪も乱れている。騎士というのは見出しなみには最も気を使うものだ。あんな格好で城の中
にいるのはおかしい。
それにいつもなら、挨拶すれば、おはようぐらいは返ってくるのだが、何の返答もない。
ー・・・なんだか魂が抜けた顔してる・・・
ーえー？死んでないよね？
ーまさかあ・・・敵に何かされたとか？
ー怖い、だれか呼んでくる
一人が部屋を出て行った。そしてフークスを連れて戻ってきた。
フークスは３人と同じようにぼんやりしたドルイドを見て驚いた。目の前で手をちらつかせてもまるっきり
反応しない。
ーあれ？ドルイドの身内に不幸あった？
フークスは３人に聞いた。
３人は顔を見合わせた。
ーいいえ、そんな話はきいてませんよ。
ーだよねえ・・・
「おい、ドルイド！」
フークスはドルイドの目の前でぱちんと手をたたいた。すると、ドルイドがようやくフークスに目を向けた。
「ん？どうしたんだ？」
「それはこっちの言葉だよ。どうしたのその格好」
「え？あれ？」
「ちょっと直してあげて」
フークスが女の子に言い、「はーい」と言ってドルイドの上着を脱がして、きちんと調えた。
そして櫛でぱぱっと髪も元に戻した。
「・・・」
「一体何があったの？」
「うー・・・ん・・・」
ドルイドは女の子らを気にしてるようだったので、フークスは「ありがと、もういいよ」と言って、
二人の周りに分厚いシールドをはってしまった。
「あーずるーい」
「もー」
こうされると話を聴くことはできないのだ。フークスはドルイドの前に座った。
「どうしたの？君があんなになるなんて、よっぽどすごい事でもあったの？」
「その・・・さっき・・すごく驚く事があって・・」
「うん？」
「ゆり様にあったら、蛇くれた」
「はあ」
「それがびっくりして・・・死にそうなくらい驚いた」
「？？？」
フークスはさっぱり分からなかった。
「もう少し分かりやすく言ってくれないかな。蛇って何の蛇？」
「金色の可愛い蛇くれた」
「え？」
「そ、そしたら、蛇が私の蛇の近くまで来て・・・びっくりした。とにかく」
フークスは頭をかいた。
よくわからないなあ・・・
「蛇紋が他人の肌に移動するなんて知らなかった。フークス知ってた？」
「え？蛇紋？もらったのは蛇紋の蛇なのか？」
「うん。手にもらって、こんな風にここまで来た」
ドルイドは自分の体を指で示して移動した。フークスはぽかんと口を開けていた。
いまだかつてそんな奇妙な話は聞いたことはない。
その前に、すでにゆり様とそういう仲になっていたとは・・・
それも驚いていた。
この前あおったせいかな？とフークスは思った。蛇紋をもらったというのは、すでに裸のお付き合いをしたとフークスは
思っている。
「私は全然知らなかった。蛇紋が動くなんて」
「そういえば・・・今思えば、儀式の時はゆり様の蛇動いていたなあ・・・興奮のさなか忘れてたけど」
「もらった？」
「いいや、もらってないよ。いいなあ。私も欲しい。もらってどうだった？」
「びっくりした。」
「うれしかった？」
そう聞くと、ドルイドは真っ赤な顔でうなだれていた。
うーん・・・もうすっかり参っちゃってるじゃないか・・・すごいなあ・・・
「私も後でもらいにいこう。ひどいなあ。私の方が先に仲良くなったのに・・・」
フークスは口を尖らせて言った。
「それよりもどうしよう・・・かわいそうな事してしまった」
ドルイドは突然顔をあげて言い出した。
「かわいそうな事って？」
「蛇に好きって？聞かれたんだ。あんまりびっくりしたんで無視したら、なんだか悲しそうな感じで消えてしまった。
好きって言ってあげたらよかったな・・・傷つけていたらどうしよう・・・」
ドルイドはなんだかわけのわからないことをぶつぶついっていたのでフークスは不安になった。
「ドルイド、今日は帰って寝た方がいいよ」
「なんだか眠れそうにないし・・・」
「眠り薬でももらって帰って寝なよ。その方がいいよ」
「うん・・・」
うーん。一体どういうことなんだろう。とにかく後で行ってみようっと。
フークスは心配だったのでドルイドを屋敷まで送り、午後ゆりの部屋を訪問してみた。
外はまだしとしと雨が降っている。部屋に行くと、ゆりは竪琴の練習をしていたようだった。
「一曲聴かせてもらえませんか？」
フークスがそういうと、「いやー下手だからさー」とゆりは恥ずかしそうに言った。
「いいですよ。下手でも。あなたが弾いてるから意味があるんですよ」
「うーん。じゃあ笑わないでね」
「はい」
フークスが向い側に座り、ゆりは竪琴を一曲奏でた。確かにお世辞にも素晴らしいといえる腕ではなかったが、自分のため
に一生懸命弾いてくれてるのがフークスとしてはうれしかった。
「とても素敵ですよ」
「どうもありがとう」
ゆりは微笑んで竪琴を部屋の隅の棚に置いた。
「ところでゆり様・・・私にも蛇ください」
「え？」
ゆりはちょっとのけぞった。
「さっきドルイドから聞いたんですよ。ずるいなあ。私のほうが先に仲良くなったのに・・・」
「え・・・え・・・」
「朝からドルイドといちゃついてたんですか？」
「え？ち、ちがうよ！」
ゆりはあわてて手をぶるぶる横に振った。
「口付けされたら、手にでちゃって、それであげたんだよ」
ゆりは頬を染めて言った。
「私も欲しいな」
フークスは立ち上がってゆりの腰に腕を回した。
「ね」
「うーん・・・」
あどけない顔だちのフークスに頼まれるとゆりは弱かった。
「あれは、手に出ないと・・・」
「じゃあ手に出るまでがんまりましょう」
フークスは手をつないでゆりを寝室に連れて行った。
外はまだ雨が降っていたし、ゆりもちょっとその気になりがちだったので、抵抗もせずにあっさり一緒に行って
仲良くなった。
３度目の興奮でようやくゆりの右手に蛇が浮かび、ゆりはぺたっとフークスの胸に手をつけた。すると蛇はフークスの
肌に移動した。
「うわー！！！！すごい！これはすごい！」
実際に体験したフークスは目を見開いて感動していた。金色の蛇は肩を登ってするすると背中に行ってしまった。
「あー見えない！」
「どうも蛇に会いに行きたいみたい。」
フークスはうつぶせになった。
「よかったねえ。同じ色のお友達に会えて、うれしい？」
ゆりは自分の蛇に聞いた。蛇は背中にいる金色の蛇の近くまで行き、伺うように見ている。
「話してたりして、あはは」
ゆりはのんきにそれを見て言った。
うわーなんだか、すごくどきどきする・・・・・
フークスもドルイド同様、かなりのどきどきを感じていた。
好き？
うわ！なんか聞こえたー！！！
あまりの事にひどく動揺したフークスだったが、すぐにドルイドの言葉を思い出し、「好きですよ。すごく好きですよ」
と念じてみた。
「私の蛇消えたよ」
「え？消えちゃったんですか？」
「うん」
「なんだあ・・・」
フークスは仰向けになった。
「あーびっくりした。すごく驚きましたよ。女の子にこんなことされたの初めてです」
「うれしい？」
「うれしいですよ。」
なんだか、直接好きっていわれるよりも効くなあ・・・いや、好きとは言われてないか。聞かれただけだし。
好きって言ったのに何も返してくれなかったなあ。それも切ないな。
「向こうではよくこういうことしたんですか？」
「ううん。蛇あげたの二人だけだよ。でも二人とも体に蛇いないから、別になんとも。向こうではあげてもすぐに
消えちゃったよ。」
「そうなんですか・・・」
フークスはゆりを抱き寄せた。
「あなたは楽しい人ですねえ」
「お前は器用だなって王様に良く言われた」
「本当に器用で楽しい人ですよ」
フークスはそのままゆりに口付けた。しばらくそうしていると、ゆりがぱっと体を離した。
「どうしたんですか？」
「なんだか変」
「何が？」
「体が・・・」
ゆりが自分のおなかを見ると、金色の蛇がおなかの周りに斜めにべたっとくっついていた。
「え？」
フークスはゆりのおなかをまじまじと見た。
「・・・・これ私の蛇じゃないよね」
「オスですね・・」
ゆりはフークスの背中をのぞいた。
「蛇いないよ」
「え？」
「フークスの蛇背中にいない」
「・・・」
「さっきあげたから、遊びに来たとか？」
ゆりはどこまでものんきだった。
「・・・まさか・・そんなばかな・・・」
フークスはあまりの出来事にしばし固まっていたが、ゆりのおなかの周りにいる蛇を見ると、信じざるをえない。
「体引っ付けないと帰れないかも」
ゆりはべたっとフークスに引っ付いた。すると蛇はフークスのほうに戻っていき、フークスの胸に頭を向けて、とどまった。
「あ・・・場所変わっちゃった」
「・・・」
フークスは自分の体を見て、しばし呆然としていた。
「こっちの人の蛇って動くんだね」
「いえいえ、初めてですよ。動いたのは」
「そうなの？」
「・・・・」
もしかして・・ゆり様の蛇に会いたかったとか？
蛇に意思があるなんて・・・・
蛇の模様は一族の力の強さの象徴でもあるが、普段は肌の飾りくらいとしか認識していなかったために、
蛇が自分で勝手に動いたということにかなりの衝撃を受けてしまったのだった。
これは驚いた。びっくりだ。
この不思議な体験に度肝を抜かれてしまったフークスは、どうしても黙っておけずにディランに言ってしまった。
こうしてゆりはレイアスやディランからも蛇をくれと言われて、かなり困ったことになったのだった。
すすむ