「ねえねえ、もう一人の母様」
シスが座って果物を食べていたゆりの服をひっぱった。
「何？」
ゆりの瞳がぱっと変わり、シスを見た。
「レイアスが呼んでるよ」
「レイアス？」
シスはたっと扉のところまで行き、シスと入れ替わりにレイアスが入ってきた。
「ありがとうございます」
「いいんだよ〜」
という声が聞こえる。
「どうしたのー？」
ゆりはりんごのような果物をしゃりしゃりかじりながら聞いた。
「あっちのゆり様が、僕の顔見ると逃げるんです」
レイアスは口を尖らせて言い、ゆりの横に座った。
「あはは、そりゃレイアスが蛇くれってうるさいからだよ」
ゆりが笑って言った。フークスの件以来、レイアスがうるさく迫ってくるのでゆりはレイアスが来ると寝た振りをしていた。
ディランはさすがにあからさまに蛇くれとは言ってこないが、内心欲しがってるようだ。
「だって・・・欲しいんですもん」
レイアスも果物の皿に手を伸ばして口に入れた。
「あっちは毎日男といちゃつくのは無理だからねー。そんなに蛇欲しいの？」
「欲しいです。僕もあなたの蛇に話しかけられたいです」
「え？」
「フークス様は金色の可愛い蛇に好き？って聞かれたって言ってましたよ。」
「えー？」
それは初めて聞いた事だったのでゆりは驚いた。
「それは知らなかった。やるねえ、私たちの蛇も」
「だからお願いですう」
「いいよ。今晩遊びに行くよ」
「本当ですか？楽しみだなー約束ですよ」
「うん」
「それじゃあ後で」
レイアスはゆりの頬にちゅっとキスして部屋を出て行った。
そうかあ、そりゃ女の子だもん。たまには男の子の蛇と仲良くなりたいよねー
果物を食べ終わり、ゆりの瞳が黒目に戻った。ゆりは無意識の内に皿に手を伸ばした。だが皿にはもう何も無かった。
「あれ？もう全部食べちゃった。うーん。恐ろしい食欲」
ゆりは新しい果物の皮をナイフでむぎ出した。
第12話
その夜、ゆりはレイアスの部屋にぱっと瞬間移動した。
「わーい、ゆり様〜♪」
レイアスはゆりを見るなり喜んで抱きしめた。
「こっちは長距離の瞬間移動が楽にできていいなあ・・・」
一族の力が高い分、ゆりの力もあがってるようだった。
「湯上りでいい匂い」
「ねえ、レイアスってさあ、彼女何人かいるんでしょ？」
ゆりは椅子に座って言った。
「いますよ。そりゃ」
「レイアスって普段でも結構女の子の相手してそうだね」
「そんなことはないですよ。男がその気でも女の方はその気にならない人が多いですよ」
「そうなの？普段でも平気な女の子も多いのかと思った」
「女王陛下がまるっきり普段その気になられないですからねえ。なかなか普段いちゃいちゃするってこともそんなに
ないですよ。それに僕は、ゆり様がここにいる間は、ゆり様一筋ですからね」
「ほー」
「本当ですよ」
「ま、そういうことにしておきましょう。ところでディランは？」
「自分の部屋にいますよ」
「せっかくだからディランも呼んだら？」
「えー？二人の愛の一夜じゃないんですか？」
「せっかくだから３人で研究しようよ。肌の蛇の研究」
「研究って・・・それじゃあしばらくいちゃついてから・・・」
「もう思念で呼んじゃった」
ゆりはにこっと笑って言った。
「えー」
「まあまあ、３人で遊ぼうよ」
ゆりはさっさと寝室に行った。
「ひどい・・・・どっちのゆり様も、男を好きにさせたらあんまりかまわないじゃないんですか？」
レイアスは後をついていきながらぶつぶつ言っていた。
こうして寝室にディランもやってきた。
「ゆり様、最近ドルイドが変ですよ？」
「ドルイド？」
「話しかけてもぼんやりしてるんです」
「そうなの？蛇もらってすごい動揺してたからなあ。大丈夫かな？」
「僕もはやく欲しいですー」
「私はあげたことないけど、試してみようね」
「はい。じゃあ僕から」
レイアスがゆりを抱きしめた。
「向こうのゆり様は、普段はあまり男とこういうことしないんです？」
横にいたディランが聞いた。
「ん？」
「昨日ちょっと触ろうとしたら逃げられました」
「ふふふ、儀式の反動がきてるんだよ。儀式がすごすぎるとしばらくそういう気にならないよ。でもこの間は、水蛇が降りた
せいか雨が降ってちょっとその気になってたからフークスとひっついてたけど」
「そうなんですか。」
「もうお話は終わり」
レイアスはゆりの顔を自分の方にむかせて口付けた。
裸にしてレイアスがゆりの肌に触れて肌に口付けている内に、ゆりの胸の辺りとおなかに金色の蛇が出現してきた。
「わーい、ください」
「んー手じゃなくてもできるかな？」
ゆりはべたっとレイアスにひっついて、「緑のかっこいい蛇ちゃんに会いにいってごらん」と念じてみた。
ディランは興味深げに成り行きを見守っている。
「あ・・・き、来たかも！」
レイアスが声をあげてゆりが体を離した。ゆりの胸にいた蛇がべったりレイアスの胸にひっついてる。
「わーすごい！」
「・・・本当にひっついている・・・」
ディランは口をぽかんとあけていた。
「蛇ちゃんに会いに行くかな？」
ゆりもわくわくしてそれを見ていた。蛇はしばらくその場でじっとしていたが、やがてレイアスの左腕の方ににょろ〜んと
移動し始めた。
「わ、きたきた！すごい！」
レイアスは大興奮している。
「もうちょっと、もうちょっとがんばれー」
ゆりは声援を送り、ディランは口を開けたままそれを見ていた。
金色の蛇はレイアスの蛇の顔の近くまで行き、じっと見つめていた。
「わー見つめてる。好きになるかな？なるかな？」
３人がどきどきして見守っていると、金色の蛇は消えた。
「消えちゃった。好きって聞かれた？」
「いいえ、好き？じゃなくて・・・「来る？」って聞こえました。
「来る？意味深だね」
ディランがちょんちょんとゆりの腕をつついた。
「私もほしいです」
「いいよ。次ディランね」
ゆりはディランの方に体を寄せた。
レイアスは蛇が来た感動でしばらくぼうっとしていた。
なんだかすごくどきどきするなあ。
くる？って誘われたら、やっぱり男としては行かなきゃなあ・・・
しばらくして、ゆりの胸にでた蛇がディランの胸に移った。
「今度は近いね。どうなるかな？」
蛇はディランの胸にいる緑の蛇のすぐ側に移っていた。ディランはうれしそうに自分の体を見ている。
金色の蛇はしばらくじっとしていたが。やがて少し横に移動して、ディランの蛇の胴体に寄り添っていた。
「いいなあ。僕のより仲良くしてる！」
レイアスが悔しそうに言った。
「なんだかすごいどきどきする・・」
心臓の音が聞こえそうだった。
その時、ゆりとレイアスが同時に「あ！」と言った。
「どうしたんですか？」
「蛇が・・ディランの蛇が舌出した」
「え？」
「僕もみましたよ。紫色のがちろって出ましたよ」
ディランは全く気づいてなく、見たときには金色の蛇も消えていた。
「すごい・・・この蛇って生きてるんだねえ」
「すごいなあ・・・びっくりした」
「・・・」
ディランは首をかしげている。
「兄さん何か聞かれてました？」
レイアスが聞いた。
「いや、何も」
「そうなんだ・・・」
「まあ無言の誘惑もあるからねえ」
ゆりはふふふと笑って言った。
「今度は僕があなたの方にあげたいです」
レイアスがゆりの背中にひっついた。
「来るって言われたから行きたい」
「できるかな？」
「できますよ。きっと」
レイアスは両腕をゆりの体に回して抱きしめた。
じっと抱きしめて念じていると、レイアスの左腕の蛇が、顔の方から移動してゆりの肌をつたっていった。
「わー！すごい・・・肌に触って、金色の蛇出してあげたい」
レイアスはゆりの胸に触れながら口付けた。
「私も・・・あなたの蛇に会いに行きたい・・・」
ディランもゆりに体を寄せた。
ディランの緑の蛇もゆりの肌にべったりとくっついて、ゆりの肌に金色の蛇が浮かぶと、二匹はその蛇を追って移動
していた。
「うわー・・・」
ゆりはあっけにとられている。いくらなんでも自分の肌に４匹も蛇がいるのは、ちょっと異様すぎる。
ディランとレイアスは、何も言わずにじっと蛇を見ていた。
これはすごすぎる・・・・なんか二人の目も異様だけど・・・
緑の蛇は両方とも、金色の蛇に寄り添って、尾の方をぺたっと重ねた。
「ちょ、ちょっと・・・もしかして・・・何かやってない？」
「交尾してる」
「えー！！」
レイアスの言葉にゆりが声をあげた。
「体は抱いてないのに蛇同士は交わったなんて・・・・なんだかすごいなあ」
レイアスが自分の蛇の上に手を出すと、蛇は手をつたい、自分の肌に戻ってきた。
ディランは胸を寄せて、蛇を受け取った。最初と上下が逆になっている。
「・・・」
ゆりはあっけにとられていた。まさかこんな展開になるとは思わなかった。
「なんだか、すごい高揚感と満足感があるなあ。すごくいい気分です、ゆり様」
「私もですよ。あなた方のことがもっと好きになってしまいました。」
二人は満足げな表情を浮かべていた。
いいのかなあ。こんなことしちゃって・・・今更言ってもしょうがないけど。
「ゆり様大好きですー」
レイアスがべたっとゆりに抱きつき、ディランも抱きついた。
次の日の朝、王の間には女王の他、50人の騎士と、国の大臣らがそろっていた。彼らは月に一度、こうして勢揃いして
女王に挨拶をする慣わしがある。いつもの通り、女王から皆へのねぎらいの言葉があった後、女王は最後に
「ディラン、フークス、ドルイドは残るように」
と言った。他の者たちは瞬間移動や直接扉を出て行ったりしていなくなり、３人が残った所で女王が聞いた。
「それは一体どうしたのじゃ」
「それとは？」
ディランが聞いた。
「肌の蛇じゃ、場所が変わっておるではないか」
女王は肌の蛇も、蛇紋の蛇も、両方見ることができるのだ。３人はしばし無言だった。レイアスが呼ばれなかったのは、
昨晩戻った場所がほぼ同じだったからだった。
「どうしたのじゃ？体調が悪くて変わったわけではあるまい？」
女王は３人を見回して聞いた。
「その・・・ゆり様に触れられて、場所がなぜか変わりました」
ディランが言った。
「ゆり殿に触れられて変わった？」
女王が目を見開いた。
「はい」
ディランとしても、女王にまさかゆりの蛇が恋しくて移動したとも言いにくかった。
彼らにすれば、ゆりは好きだったが、女王は愛する一番の恋人でもあるからだ。
「不思議な事があるものじゃのう・・・」
「すごい巫女様ですから・・・」
フークスが言った。
「すごい巫女とはそのようにすごいとは・・・・」
女王は一応納得したようにぶつぶつ言っていた。３人は扉から出て行った。
「あれ？ドルイド結局ゆり様とひっついたの？」
フークスがドルイドに聞いた。
「え・・・」
ドルイドがぎょっとした顔をした。
「いつの間にか仲良くなったんだな」
ディランが言った。
「え・・いや・・・」
「ドルイドもゆり様に惹かれるような気がしてた。」
ディランは納得したように言った。
「・・・」
ドルイドは赤い顔で胸をなでていた。
ドルイドはあれ以来ゆりには会ってなかった。なんだか毎晩ゆりの事が頭をよぎり、知らないうちに胸を見たら
蛇の胴体のうねり方が違っていて、位置も真ん中の方に移動していたのだった。
どうしよう・・・・ゆり様に会いたいけど・・恥ずかしくてあえない・・・
ドルイドはため息をついて歩いて行った。
その日の夕方、ハインリヒは一人、人もまばらなバリカの庭園を歩いていた。西の空は赤く染まっていた。遠くで時を
知らせる鐘の音が鳴っていた。ぼんやり歩いていたハインリヒは、遠くのベンチで女が横になって寝ているのに気づいて
近づいて言った。そこに寝ていたのはゆりだった。
「・・・」
ハインリヒは複雑な表情でゆりを見下ろした。
ディラン、フークスに加えて、ドルイドまでもがゆりと仲良くなってるようで、ハインリヒとしては当然面白いわけは
なかった。
ハインリヒは少ししゃがんでゆりをゆすった。
「巫女様、こんな所で寝ないでください。部屋で寝てください」
ゆすってもゆりは起きなかった。
全く・・・どうしてこんな女がいいんだか・・・
その時、ベンチの下から何かがもぞもぞと這い出してきて、ハインリヒはぎょっと足を浮かせた。それは白いぼんやりした姿の
二人の赤ん坊だった。
ハインリヒが思念でシスを呼ぶと、シスはすぐに飛んできた。その時ハインリヒは二人の赤ん坊を腕にだっこしていた。
「あー出てきちゃったんだねえ」
シスがぱっと目を輝かせて言った。
ーにーにー
ーにー
「あはは、そうだよ。にーだよー」
シスは一人を受け取った。
「あ、男の子だ。」
股の間に男のしるしがちょんとついていた。
「じゃあお前がロイだね」
「もう名前あるんですか？」
「あるよ。そっちがナナミ」
シスはうれしそうに赤ん坊をダッコしていた。まだぼんやりしているが、前に見たときよりもはっきりしている。
「楽しみだなあ。産まれてくるの」
「全部で５人の兄弟になりますね。すごいですねえ」
「にぎやかになるよ。」
ーとーとー
ハインリヒがだっこしている方はとーとー言っていた。
「そっちの子抱かせて」
ハインリヒは赤ん坊を取り替えた。
「まだ私をトーだと思ってるんですね」
赤ん坊はおとなしくハインリヒにだっこされている。
「いい子、いい子、元気に産まれておいで」
ーにーばいばい
「ばいばい、またね」
シスは赤ん坊をゆりのおなかの側においた。
ーとーばいばい
赤ん坊が手を振っていたので、ハインリヒも手を振って返して、同じように赤ん坊を横においた。二人はそのまま
消えてしまった。
ゆりが目覚めた時、ハインリヒはもういなかった。目の前にいたのはシスだけだった。
「あれ？私・・・こんな所で寝てた？」
「赤ちゃんがでてきたよ」
「え？本当？」
「ハインリヒが教えてくれたんだよ。僕がきたらだっこしてくれてたよ」
「へーそうなの・・・」
「部屋に帰ろうよ」
「うん」
ゆりはシスに連れられて移動した。
ハインリヒって、子供には親切な人ね。嫌味がなきゃいい男なのに・・・
次の日、ゆりは朝食を食べて朝の身支度をすませると、そっと部屋の外をうかがった。
よし、レイアスはいないね。
ゆりは部屋を出て行った。ここの所レイアスがちょくちょくやってきては蛇をくれと言われていたので、ちょっと警戒
していたのだった。別にレイアスが嫌いではない、むしろ好きだったが、ついこの間儀式で引っ付いた所だし、ゆりと
しては、しばらくは手をつなぐくらいの仲になりたい所だった。
城から出ると、天気もよく、ぽかぽかしていた。蛇たちもひなたぼっこしている。
気分もいいし、一人で散歩しようっと♪
思い切って馬車でどっかに行ってみようかなあ。近いところなら、一人でも平気かな？
城からは馬車が出ていたし、言えば近くの町くらい連れて行ってくれるだろう。
お金がいるなあ。やっぱり侍女の一人と一緒に行ったほうがいいかな。
その前にジンラ様に会いにいこうっと
ゆりは神々の像がある庭園に行き、ラクシュミそっくりのジンラに会いに行った。
王様、元気にしてる？もうちょっとで帰るからね。待っててね。
ゆりはジンラ像を眺めて、そして、女神の像の方に移動した。ずらりと並ぶ像の中には、もちろんガーベラもいる。
ガーベラちゃん、素敵よ
ゆりはしばしガーベラの像を見上げた。その時、ぴかっとガーベラの目が光ったような気がした。
あれ？光の加減かな？
ゆりが首をかしげた時、ふっと意識は途切れてしまった。
ゆりの瞳は澄んだ海のように青くなり、体からは強烈な光を放ち出した。ゆりはにこりと微笑んで、
軽やかに歩いて行った。
行き着いた場所はバリカの庭園だった。庭園には花を眺める人々がいたのだが、行きかう人たちは、皆奇妙な目で
ゆりを見ていた。そこには休日の騎士らもいた。
ゆりが機嫌よさそうな顔でそばにきたので、
「おはようございます、巫女様」
とその騎士は挨拶した。だが、ゆりの体からは金色の気がのぼっていたので、何か変だなあと感じていた。
ゆりはにこにこ微笑んでその騎士の頬をなでなでした。すると、その騎士はそのままばたりと倒れてしまった。
それを見た人々はぎょっとしたが、なんだかゆりを見るだけでぽやんとしてしまい、敵だとも思えなかった。
ゆりはにこにこしながら若者から老人までなでなでして、庭園の中に立っていたのは、ぼんやりした顔の女性だけに
なってしまった。ゆりはそのままたったとどこかに行ってしまった。
「へ、へ、陛下！バリカの庭園でおかしなことが起こってます！」
庭園を見てぎょっとした騎士が、あわてて王の間にかけこんだ。
「おかしなこと？」
「庭園の中にいた男が皆倒れてます！」
「なんじゃと？敵か？どこから入ったのじゃ！」
女王は立ち上がり言った。庭園はもちろん女王の結界が張ってあり、敵が入ることはできない。
「それが、良く分からないのですが・・・皆死んでるわけでもなく・・・」
「ん？」
ーハインリヒ、ディラン、バリカの庭園で何か起こったようじゃ、急ぎ調べよ！
女王は二人に思念を飛ばした。
ハインリヒとディランが庭園に行った時には、他に騎士らもいたし、倒れた男たちは、一箇所に集められていた。
「一体何があったんだ？」
ハインリヒがその場にいた騎士に聞いた。
「それが、さっぱりわけがわかりません。男たちはぼんやりしてるし、その場にいた女に聞いてもちんぷんかんぷんで」
ハインリヒとディランは男達を見た。皆ぼんやりしていたが、どこか幸せそうだった。
「何があったんです？」
ディランがもっとも最年長であろう男に聞いた。
「・・・・・幸せじゃー・・・」
老人はほんわかした顔で言った。二人は首をかしげた。
「誰かが間違ってほれ薬でもばらまいたのでは？どうもそういう感じですが・・・」
「ほれ薬？まさか・・・」
「敵じゃないようだがな」
とディラン。
「新手の敵かもしれないぞ」
ハインリヒが言い、ディランがうーんとうなった。
その頃ゆりは、馬車に乗って移動中だった。城から出た馬車に乗り込んだのだ。
ご機嫌で歌を歌っていたので、他にいた３人の乗客は、みんなぽやんとして歌を聴いていた。
やがて馬車は城に最も近い北の大きな町にやってきて、止まった。
ゆりはさっさと降りて町の中に入って行ってしまった。降りたのが一人だったので御者はおかしいと思い、
馬車の中をのぞいた。すると、３人はだーだーの涙を流して泣いていた。
「ど、どうしたんです？」
「感動した！」
「はあ？」
「生きててよかった」
「本当じゃのう・・・」
御者はわけがわからなかった。
その頃、その町の警備についていたルークは、人々がざわめいて空を眺めているのを見た。ルークも同じように空を見上げる
と、白い翼をもった人間が、遠くから近づいてくるのが見えた。
「うわー！鳥の一族かなあ？」
横にいた騎士が空を眺めて言った。
「そうかなあ。鳥の一族は他の国の町中は飛ばないんじゃなかったっけ？」
とルーク。
「大きな翼だなあ。近づいてくる」
翼を持った人間は金色の髪をしているのが見えた。ちょうど町中の上空を輪を描くように旋回し、高い時計台の出っ張りの
部分に腰を下ろした。人々はキャーキャー言いながらそちらに向かっている。女の子たちが黄色い歓声をあげていた。
「すげえ綺麗だったな・・・」
「ああ・・・あれは人間なのか？？？」
ルークは自分の手がそっと握られているのに気づいて横を向いた。そこにゆりがいた。
「ゆり様・・・？？？」
ゆりの目が青かったのでルークは首をかしげた。
「ルーク・・・」
ゆりはちょいちょいと手で呼ぶ仕草をした。ルークが少し身をかしげると、ゆりはちゅっとキスした。
「・・・・」
ルークはそのままふらふらと地面に倒れてしまった。
「ル・・ルーク・・！」
横にいた騎士が驚いてゆりを見た。
ゆりはその騎士もちょいちょいと呼び、ふらふらと近づいてきた騎士の頬にちゅっとキスして離れた。時計台の近くでは
住民たちがきゃーきゃー言っていたし、ゆりの周りにも人だかりができはじめていた。ゆりはニコニコ微笑んで歌を歌い、
住民たちは涙を流してそれを聞いていた。
「なんだなんだ？」
「何が起こったんだ！？」
こうして北の町でもてんやわんやの大騒ぎになり、人々はこぞって通りに集まって大変なことになっていた。
ー女王陛下！ジェグーの町に神様が現れています！
町にいた騎士からの思念が届いて、女王は驚いた。
ー神？どの神じゃ？
ー鮮明に見えるのは翼を持った美しい神です。それから・・どうやら巫女様に女神が・・・・ああ・・・
ーどうしたのじゃ！？
思念はそこで途切れてしまった。
「どうしたんですか？」
横にいたのはフークスだった。
「ジェグーに神が降りたといっておる」
「ええ？本当ですか？どの神様でしょうか？」
フークスが驚いて聞いた。この時代でもめったに神は見ることはできないのだ。
「翼をもった神と、巫女殿に女神が・・・とか言っておったぞ」
「ゆり様ですか？」
「よくわからんが・・・」
「ちょっと見てきますね」
フークスは北の町に飛んだ。
「うわーなんだこりゃ！」
町中はまるで祭りのような騒ぎになっていた。通りの端の方には男たちがのびているは、女たちの奇声は聞こえるは
通りは人々が押し合いへしあいでわけがわからなくなったので、フークスは宙に浮いてみていた。すると、女達が群がる
時計台の所に確かに翼のある男がいた。かなりの美貌の男である。
金色に輝いていたし、尋常の美しさではなかった。女達の声がすごい。失神しそうなほど叫んでいる。
フークスはほうと息をついてもう一つの人垣の方に行ってみた。
うわー・・・ゆり様だ・・・・
ゆりはベンチに座り、歌を歌っていた。人々がうっとりと聞きほれている。
すげー・・・
フークスはとりあえず報告のために城に戻った。
王の間にはシスも呼ばれていた。そして１番から１０番の騎士が勢揃いしていた。
「フークス、どうであった？」
「確かに神様でしたよ。すごく綺麗な翼を持った神と、ゆり様に綺麗な女神が降りてました」
「ほお・・・・」
女王が感嘆の声をあげた。
「母様またガーベラ降ろしたのかな？」
シスが言った。
「ガーベラ？」
「前にも向こうでガーベラ降りたんですよ。その時もすごく綺麗でみんなばたばた倒れたんですよ」
「それ、本当のことだったんですか？ゆり様は嘘だって言ってましたよ」
ディランが言った。
「女神降ろせって言われたら困るから言っちゃだめだって、でももう降りたからいいよね」
騎士たちがざわめいてきた。
「ガーベラ・・・」
「ガーベラといえばダーナと１２を争う美女・・・」
「み・・・みたい・・・」
「あのう、翼がある神ってもしかして、クーリーフンでしょうか？子供でした？」
第５騎士のメリクルが聞いた。
「大人だったよ」
フークスが言うと、
「失礼します！」
といってメリクルは消えてしまった。
「神様はいいですが、住民がこれだけ騒いでたらまずいんじゃないですか？」
ハインリヒが言った。
「そうじゃのう・・・」
「大丈夫ですよ。一つのところにはいないし、敵も同じようにぼんやりしてるから」
「なるほどのう・・・」
「あのう・・・我々も失礼していいですか？」
と騎士の一人が聞いた。
メリクルが北の町に移動した時には、すでに神の姿はなかった。通りにいる人々は皆ぼんやりして座り込んでいる。
「そんなー！クーリーフン様は！？」
町にいた女騎士に聞いた。
「すっごい素敵でした〜」
女騎士も他の女の子も、うっとりしていた。
「私も見たいよーどこいったのー」
「飛んで行ってしまいましたよ。だれか女の子だっこして」
「そんなあ！」
ゆりはクーリーフンにだっこされて空を飛んでいた。クーリーフンはガーベラと虹の神ラーズとの子供であるが、ガーベラに
そっくりの美貌の神で、愛の神だった。
ゆりは崖の上のお花畑で下ろされた。クーリーフンはニコニコしてゆりの頬をなでている。
『あら珍しい・・・ガーベラ様だわ』
『本当だわ』
『人に降りられたのねえ』
ゆりの周りに花の精が３人現れた。３人はくるくると花に向けて指を回し、花でできた輪を作り、ゆりの首にかけたり
額にのせたりして飾りつけた。
『歌ってくださいな』
『翼の若君もご一緒に』
ゆりが歌いだし、クーリーフンも一緒に声を乗せた。その麗しい歌声に、花の精たちは踊りだした。
時刻は昼を回っていた。騎士も女騎士たちも、皆ゆりの姿を探していたが、どこにも見当たらなかった。
「どこに行ってしまったのかのう・・・」
女王は食堂で昼食を食べながらため息をついた。
「最後には帰ってきますよ」
シスはのんきなものだった。
「僕はガーベラ様の竪琴がもう一度聞きたいなあ」
「竪琴、おお、そういえばガーベラは竪琴が得意であったのう」
「本当に素晴らしいんですよ。女王様にも是非聞いていただきたいなあ」
「それは聞いてみたいのう。」
女王も神のことで頭が一杯で、今日は仕事どころではなかった。
「ああ、もう、どっこにもいない！」
城の外の庭園で叫んでいたのはレイアスだった。
騎士らと思念を交わしながらゆりをあちこち探していたのだが、どこにも見当たらない。
その場にはフークスとディランもいた。
「なんだかすごい髪してたよ。女神様」
フークスが言った。
「僕も見たいですよ。女神様」
「・・・」
ディランはガーベラの姿を想像していた。絵画に描かれるガーベラの姿が脳裏をよぎった。
その時、急に後ろから抱きつかれてディランは驚いた。
「あっ！ゆり様！」
レイアスが声をあげた。ディランの後ろにいたのはゆりだった。だが目は青くなっていたし、金色に輝いていた。
頭にはきれいな花輪も乗っている。
「女神様・・・」
「ディラン」
ゆりはディランの袖をひっぱった。
「？」
ディランがかがんだ所に、ちゅっと唇に口付けた。
「・・・・」
ディランはそのまま下に崩れた。
「すごい・・・」
フークスは口をぽかんと開けている。
「女神様、僕も、僕も」
レイアスがゆりに抱きついた。
ゆりはレイアスにもちゅっと口付けてあげた。
「ああ・・・幸せ・・・」
レイアスもばたっといった。ゆりはじっとフークスを見た。
「・・・」
ゆりはフークスに近づいて口付けた。
ああ・・・なんて美しい・・・
こうして仲良く３人共倒れてしまったのだった。
その頃クーリーフンは、バリカの庭園の方にいた。朝倒れていた人々はすでにいない。クーリーフンをようやく見つけた
メリクルは、他の女性騎士らと一緒に遠巻きにクーリーフンを見ていた。背中にある翼は本当に純白で美しい。
クーリーフンは花壇の花を見つめているようだ。まさに神としか言いようがない美しさだった。
ーああ素敵、なっんて素敵なのかしら・・・
ーああ。この気持ちが愛なのね
ー愛って素晴らしい・・
クーリーフンは愛の神なので、彼を見た人間は心に愛を感じてしまうのだった。
クーリーフンがちらりと３人に視線を向けた。
ーああ、私を見た！
ー何言ってるの！私でしょ
ー目が合ったのは私よ！
視線を送っただけで女達は言い争いになっている。
クーリーフンは微笑んで手で呼ぶ仕草をした。
ー私に来いって言ってる！
ー私でしょ！
ー私よ！
３人はおずおずと近づいて行った。
クーリーフンは花壇から花のつぼみがついている茎を三本折り、ふっと息をふきかけた。
すると、つぼみは瞬く間に開き、綺麗な花になった。花の色はピンクだったが、きらきら輝いている。
クーリーフンはそれをさっと女性らの耳にさしてあげた。
ーああ、近くでみるともううっとり・・・
ー素敵・・・
ー愛してます〜
女性らがぼんやりしてる間に、クーリーフンは飛んで行った。
その頃ドルイドとハインリヒは、女神騒動のあった町の後かたずけをしていた。
人々はほぼ正気に戻っていたが、どこかぼんやりしていた。幸いけが人などはいなかったが、町にいた騎士らも
皆ぼんやりしてこれじゃ仕事にならない。
「困った女神様だな・・・」
ハインリヒが苦笑ぎみに言った。
「あーあ、だれも神を連れてこられん・・・・」
王の間で女王は頬を膨らませていた。庭園で気絶していたフークスらは発見されていたが、ゆりの姿はもうなかった。
「なんとしても姿がみたいのう・・・」
「うーん。男の人じゃ無理かもしれませんよ。女の人じゃないと」
シスが言った。
「女たちも男の神にうっとりしてしまって無理じゃ」
「そうだ、まだ成人してない女の子ならどうですか？」
「そうじゃのう・・・」
女王からの指令が飛び、まだ成人していない女の子たちも女神捜索に借り出された。
ゆりは城の南にある森や泉などをクーリーフンに連れられて転々とし、南の町に出没した所で若い女の子らに
王の間に連れて行かれた。時刻はすでに夕方のことだった。
「おおお、女神殿、是非にこの竪琴を奏でておくれ」
女王は喜んでゆりに近づき、竪琴を渡した。それはこの国の家宝、ヴューラという名品だった。
ゆりは竪琴を受け取り、ぽろんと弦を鳴らして、さっと瞬間移動で消えてしまった。
「ああ！どこに行くのじゃ！」
ゆりが移動したのは噴水のある庭園だった。そこで噴水の周りにあるガーベラ像を眺めていたドルイドは、側にきたゆりに
気づいた。
「あ・・・ゆり様・・」
「ドルイド」
ゆりはくいっとドルイドの腕をひっぱった。ドルイドが少しかがみ、ゆりはちゅっと口付けた。
「・・・・」
ドルイドはそのままずるずると下に沈んでしまった。
ー陛下！噴水がある庭園です！
ゆりに気づいた他の騎士らが思念を送った。
「おお。噴水じゃな。私もいくぞ」
女王も、王の間にいたほかの者たちも、シスもこぞって移動した。
ゆりは噴水の所に腰を下ろして竪琴を奏でていた。
噴水の側なのに、水の音がしなかった。よく見ると水は吹き出たまま止まっていた。
その上には、水色の長い髪をした水の精がうっすらと座っているのが見えた。
美しい竪琴の音と歌声を邪魔する物は何もなかった。
「おお・・・これは素晴らしい・・・」
女王が思わず感嘆の声をあげた。他の者たちも静まり返っていた。竪琴の音と、女神の歌声だけがその場に響いていた。
ヴューラをこれほど見事に弾きこなした者は、他におるまい。
女王は目を閉じた。
様々な情景が心に浮かんでくる。
言葉は分からなかったが、それでも心にこみ上げてくるものを感じた。
知らず知らずの内に、目には涙がにじんでいる。
その時、おなかがもやもやした感触がし、はっと目を開いた。女王がおなかに手をあてると、白いもやっとしたものが
外に出てきて、女王の腕にくるまっていた。それは白くぼんやりしていたが、赤ん坊の形をしていた。
なんだかうれしそうだった。
おお・・そうか・・・喜んでおるのじゃな。ほんに・・・素晴らしい音色じゃ・・・・
シスも泣いていたし、女王も泣いていた。他の者たちも。皆竪琴に心が震えて、女王の赤ん坊を見てまた感動して
いたのだった。
やがて、曲が終わり、ゆりは竪琴を下において立ち上がり、そのまま消えてしまった。
女王の赤ん坊もおなかの中に戻って行った。皆しばらくそのままぼんやりしていた。竪琴の余韻に浸っていたのだ。
その時、ハインリヒは神々の像がある庭園にいてぼんやりたっていた。ここにいても竪琴の音は聞こえてきた。
目の前にふっとゆりが現れてハインリヒははっとした。金色の豪華な巻き毛の、美しい女の姿がうっすらと見えた。
ゆりはちらりとハインリヒを見たのだが、ハインリヒには近寄らずに、そのままガーベラ像の前で寝そべった。
「・・・・」
ハインリヒはゆりに近づいた。ゆりの体から金色の輝きはすっかり消えていて、そこに寝ていたのはただのゆりだった。
ゆりが目覚めた時には、部屋の中はかなり薄暗かった。
「あーおなかすいた。あれ？今何時？」
いつの間に昼寝していたのだろうとゆりは不思議に思いながら寝室を出た。
「あー母様起きた？」
シスはご飯を食べていた。
「私も食べるーおなかすいたー」
「ただいま」
侍女が言って、熱いスープを注いでくれた。
「なんでこんなにおなかすいてるんだろう」
ゆりは座ってテーブルにあったパンをほうばった。
「お昼食べなかったからね」
「そうだっけ？」
ゆりはテーブルの横の方にあった二つの花輪に目を留めた。
「あら、きれいねえ。シス作ったの？」
「母様が頭に乗せてたんだよ？首にも巻いてたし」
「え？」
ゆりはあまりにおなかがすいていたのでスープも飲んだ。
「またガーベラ降りたんだよ」
「・・・う・・・げほ・・・」
「大丈夫？」
ゆりはげほげほいいながら胸をたたいた。
「今なんて言った？」
「ガーベラが降りたんだよー今回はクーリーフンも一緒にいたんだって、僕みなかったけど」
「えー？」
「やっぱり記憶ないんだねえ・・・」
ゆりはぼんやりしつつもパンを口に入れた。
「嘘お」
「本当だよ。竪琴また聞かせてくれたんだよ。きれいだったよ。女王様もすごく喜んでた」
「へー・・・」
「へーって・・・」
「だって、実感ないし・・全然覚えてないし・・・」
「皆喜んでたよ」
「よかったねえ」
としかゆりも言いようがない。
「あの、巫女様、食事が済んだら王の間に来ていただきたいと女王陛下が申しております」
部屋に入ってきた侍女が言った。
「わかりました。」
ゆりは一杯食べて満足してから、化粧を直して王の間に行った。
そこには女王のほか、ずらりと騎士らが並んでいたのでゆりはびびった。しかも、騎士らが皆熱い視線を
注いできているような気がする。
「ゆり殿、本日は、まことに良い思いができたぞ、礼を言うぞ」
女王はご機嫌だった。
「そうですか・・・」
「実は、皆儀式にどうしても参加したいと言い出してのう・・・どうじゃ？後10人ほど選んでは」
「え・・・じゅ・・・じゅうにん？」
ゆりの顔が引きつった。
「巫女様ーお願いです」
「あなたと仲良くなりたいんです！」
「お願いします！」
「巫女様〜」
騎士らがゆりに詰め寄ってきて、
「失礼します！」
と言ってゆりは逃げた。
冗談じゃないよ！１５人もの男とそんなことできるか！
ゆりはあわてて階段を登り、自分の部屋に戻った。ほっと息をつき、次に「げっ」と言った。
部屋の中に、なんだか不機嫌そうな顔をしたハインリヒが立っていた。
「な・・・何か用？」
「ひどい・・」
「え？」
「あなたは私に何もしてくれなかった。他の者は口付けされたり触られたりしたのに・・・何もしてくれなかった・・・」
ハインリヒは寂しげな様子で言っていた。
「いや・・そ・・そんな事言われても・・・・誰に口付けた？」
「ディラン、フークス、ドルイド、レイアス、ルーク」
「へー・・・」
「へーじゃないですよ」
ハインリヒは近づいてきた。
「そんな事言われてもしょうがないじゃない。私はもう女神様じゃないし、私の意識はなかったんだから。女神が勝手に
私の恋人だって思った男に口付けしただけで・・・ハインリヒは恋人じゃなかったからしょうがないじゃない」
「代わりにあなたが口付けしてください」
ハインリヒはゆりの目の前で言った。
「え？いやよ」
「・・・・」
「私もう女神じゃないから」
ハインリヒはじっと睨んでいる。
目が怖い・・・
「口付けしてくれないと出て行きません」
「いいよ私が出るから」
ゆりはささっと横に移動して扉を開けようとした。だが開かない。
「あれ？」
「魔法で開かなくしてあります」
「ええ！？」
「口づけしてくれないと出しません」
「・・・」
この男は・・・・
女神様も頬なでくらいしてあげればよかったのに・・・・
「わかったわよ。口付けだけだからね。」
「はい」
ゆりは仕方なくハインリヒに近づいた。そして顔を近づけたハインリヒに、軽く唇をつけた。
「これで・・」
いいでしょ、といおうとしたゆりの唇が再びふさがれた。
「う！」
ゆりは後ろに下がろうとしたが、すぐ後ろは壁だったので、そのまま壁に押し付けられて口付けられた。
こ・・・こいつは・・・・
口の中にまで強引に侵入されて、両手はおさえつけられるは、体は固定されてるはで、ゆりは逃げる事ができなかった。
うーうー離してー！！！
その時、ガチャンと金属音のような音がして部屋の扉が開き、ハインリヒが顔を離した。
ゆりがぜいぜい言いながら横を見ると、そこにドルイドが立っていた。
「ハインリヒ、何やってるんだ」
ドルイドはとがめるようにハインリヒを見ていた。
「ドルイド・・・」
ゆりはドルイドの元に行こうとしたが、その腕ががっと捕まれた。
「同意の上だ。ねえ巫女様」
ハインリヒはゆりに言った。
「本当ですか？」
ドルイドがゆりに聞いた。
「いや・・・なんていうか・・・」
ここまで同意しちゃいないよ、と言いたかったが、今のハインリヒは怖かったのでいえなかった。
「ドルイドはどうしてきたんだ？」
「ゆり様に会いたくてきたんだ」
「ふーん、ねえ、巫女様、私も儀式に参加させてくださいよ」
ハインリヒが言い出してゆりがぎょっとした。
「え？もう人数集まったからだめだよ」
「女神が口付けした５人？ドルイドは儀式したいのか？」
「・・・」
「ドルイドはもう決定してるんだから、これでもう５人で終わりなの」
ここでドルイドに逃げられちゃやばいと思い、ゆりは強引に言った。
「大体女神が降りたからってそんなこと言い出さないでよ」
ゆりが睨んで言うと、ハインリヒはむっとした顔で去って行った。
「本当に大丈夫ですか？」
ドルイドが聞いた。
「うん。ドルイド、儀式に参加してくれる？」
「・・・はい・・・」
「よかった・・・」
ゆりはほっと胸をなでおろした。
まったくとんだ女神様だよ・・・降りるなら向こうで降りてよ
ハインリヒのあの様子に一抹の不安を抱いたゆりだった。
すすむ