女神事件から数日、ゆりは部屋の外に出れば出会った騎士らに追いかけられる始末だった。まるで売れっ子芸能人の
ようだ、と自分で思いつつ、女王には儀式の男はもうそろいました、と言ったのだが、「そういわずにあと５人ほど
どうじゃ？」といわれる始末だった。どうも女王はこの状況を楽しんでいるふしがある。
全く困った女王様だ、みんな自分の恋人なのに、こだわらないのにほどがあるよ・・・
王様も嫉妬しない人だけど、王様のはるか上を行くね。あの人は。
仕方なく部屋でじっとしていたら珍しく女騎士が３人尋ねてきた。３人ともえらくご機嫌だ。
「こんにちは巫女様。男達が騒がしいですね」
「本当にねえ」
「男達にも困ったものですねえ。ほほほ」
３人共片方の耳に大きな花をさしていた。おそろいだったので、今の女騎士の流行か何かかな？とゆりは思った。
ゆりは３人が持ってきてくれたお菓子を食べながら、しばらく歓談した。
「３人共すごくご機嫌だねえ、よっぽど良いことがあったみたい」
「はい、とっても良いことがありました。クーリーフン様をまじかで見たんです」
「とっても素敵な方でした」
「きれーな翼で」
「へー・・・そういえば、一緒にいたみたいだねえ。私は全然覚えてないけど、どんな顔？」
「超美男子様です」
「優しそうに微笑まれてました」
「ほんとにすてきで〜とろけそうでした〜」
３人ともうっとりしている。
「あそこの絵は子供だけどねえ」
ゆりはディランがもってきてくれた壁の絵を指した。そこにいる翼がある男の子はまだ子供だ。
「絵画で描かれる時は結構子供の姿で描かれることが多いんですよ。」
「神話では、大人になったクーリーフン様にダーナがめろめろになって恋人にしたがったというお話が
あるんです。」
「へー・・・」
ああ、見たかったなあ・・・超美男子様・・・
なんでいっつもおいしい所が見れないんだ・・・
「このお花もクーリーフン様にいただいたんですよ」
一人が耳のお花をさした。
「え？そうなの？」
「あれから３日経ちますけど、綺麗なままなんです。」
花はきらきらして瑞々しく見える。
「へーよかったねえ」
ゆりが首や頭につけていた花輪の方は、しんなりしてしまい、もうだめだった。
「今でも幸せな気分です。ありがとうございました。巫女様」
「本当に感謝いたします」
３人は幸せそうにゆりにお礼を言って去って行った。
第１３話
夕食の時間、シスがゆりをうかがうようにちらちら見ていた。
「なあに？」
「儀式の男の人決まったの？」
「決まったよ」
「ハインリヒは入れないの？」
「もう５人集まったから・・・」
「僕ハインリヒが一番好きなのになあ・・・」
シスは小さな声でぶつぶつ言っていた。
「赤ちゃんたちもトーだと思ってるのに・・・」
「いやーでも、儀式は私のじゃなくて女王様のためのものだから」
シスは不服そうだ。どうも自分が好きな男を恋人にしてほしいらしい。
シスといいラギといい、こっちの子供の感覚はよくわからない。
「母さんだってハインリヒには感謝してるよ。シスにいろいろ教えてくれたし」
「一番なのに参加できないのはかわいそうだな・・・」
シスはまだぶつぶつ言っていた。
「かわいそうって誰が言ったの？」
「他の騎士たちが言ってたのを聞いたんだ。儀式で参加できなかったら後で肩身が狭いだろうなって言ってた」
「そんなことないでしょ」
「そう言ってたよー」
「・・・まあ、とにかく、私ちょっと散歩してくる」
「行ってらっしゃい」
ゆりは夕闇が迫るころ、城から外に出た。昼間は一人で外出できないからだ。
やれやれ・・・参ったな・・・まさかシス経由で責められるとは・・・
だけどまさかかわいそうだから参加させるってのもやだし・・・
ハインリヒが後々どうなろうが知ったこっちゃないし・・・
ゆりはバリカの庭園に行ってみた。あたりは薄暗く、人はまばらで、だれかに追いかけられることもなさそうだ。
ゆりは花を眺めながらぶらつき、ベンチにハインリヒが座っているのを発見したのだった。
ぼんやりした様子で横を向いている。
ゆりは無言のまま回れ右をして去って行こうとした。
「巫女様じゃないですか、ちょっと話をしませんか」
話しかけられてゆりはぎょっとした。
「・・・・」
「何もしませんよ」
ゆりは仕方なく近づいていき、ハインリヒの横に座った。
「この間はすいませんでしたね」
「はあ・・・」
「あなたはたいした巫女ですね・・・嫌味ではなく、本当にそう思いますよ・・」
ハインリヒの様子がいつもと違っていたので、ゆりとしてもどう対処していいやら困った。
「昼間外出ると皆がよってきて困るんだよね」
「いいじゃないですか。みんなあなたが気になっているんだから」
「気になってるのはガーベラだと思うけど・・・」
「私もあなたが気になってますよ」
ハインリヒが視線を向けて言った。
「はあ・・・」
「こんなことなら最初からあなたに優しくしておくんでしたね」
ハインリヒは苦笑気味に言った。
「なんで嫌味言ったの。シスには優しいのに」
「あなたが巫女だったからですよ。私は前の巫女にかなり執着されてましてね、ほとほと困っていたんです。
しょっちゅう夜も呼ばれて、それはまあまだよかったんですが、私が他の女と親しくしようとすると嫌がらせまで
されました。ドルイドやディランは巫女を避けていたので、その分も私が相手をして機嫌をとっていたんです。
それなのに、あの二人はあなたと楽しそうにしているから本当に腹が立つ」
ハインリヒの頬が引きつっていた。
「大変だったね・・・」
ゆりは同情して言った。
「儀式はともかく、私と夜を過ごしてくれませんか」
ハインリヒが真面目な顔で言い、ゆりは一呼吸置いてのけぞった。
「え？」
「あなたを抱いたら、過去の嫌なことも忘れられそうな気がする」
「そう言われても・・・」
「私もあなたの蛇紋が見たい・・・」
「いや・・それは・・・」
「それが嫌なら蛇ください」
「は？」
「レイアスがなにやら言ってるのを聞きました。私も可愛い蛇が欲しい」
「・・・」
ゆりは顔を引きつらせたまま、口を開けていた。
一夜過ごすのも蛇紋見せるのも蛇あげるのも、全部似たようなことやん！
「全部無理です」
「冷たいですね。」
「そういう問題じゃないよ」
「マーは冷たい。ねえ赤ちゃん」
ハインリヒはゆりのおなかをなでた。
「ちょっと、赤ちゃんに訴えないでよ！」
「だって、私はトーだし・・・」
ーとー
ーとー
「げ！」
「ほら、仲良くしろって言ってる」
「言ってません。暗くなったしかーえろっと」
ゆりはすたっと立ち上がった。
「まあそういわずに」
ハインリヒもさっと立ち上がり、ゆりにぱっと触れた。ゆりの視界が瞬時に変わり、ゆりは瞬いた。
「どこここ」
横にどんと大きなベッドがあった。どう考えても自分の部屋じゃない。
「私の屋敷」
「はー！？」
「もっと話しましょう」
ハインリヒは微笑んで言った。
「あのねー！何もしないって言ったでしょ」
「だって・・・」
「だってじゃないよ。私が帰らないと侍女が心配する」
「シス様に思念送りました。あなたが私といるって」
「えー！」
「あなたはそんなに私が嫌いなんですか？」
ハインリヒが悲しげに聞いた。
「いや、そ、そういうわけじゃないけど・・・強引な人はやだ」
「無理やり抱いたりはしませんよ。怯えないで、他の男にするように優しくしてください」
「そういわれても・・・」
「お願いだから」
ハインリヒは切なげに訴えていた。
誰かどうにかしてくれ！
「わかった、じゃあ続きは後日って事で・・・今日は帰して」
「やです」
「帰しなさいって」
「次に言ったら逃げるでしょう」
「私もうお風呂はいって寝たい」
「うちのお風呂はいっていいですよ」
「やよ！何でここでお風呂はいんなきゃいけないの！」
ーわーん
ーえーんえーん
その時おなかの赤ん坊が激しく泣き出した。
「ほら、あなたが怒るから、怒っちゃだめですよ」
「あなたのせいでしょ」
ゆりは泣きたくなってきた。
なんなんだ。この男は・・・帰りたいよう・・・
この強引さ、なんだかミカエルを思い出す。もしかして、ミカエルってハインリヒの生まれ変わりじゃないでしょうね。
ゆりは一瞬そう思った。
「もしかして、ハインリヒの肌にいる蛇って紫じゃないよね？」
「違いますよ。見たいですか？」
ハインリヒはうれしそうに言った。
「見たくないよ！」
「珍しいんですよ。私の蛇。きっと気に入りますよ」
「いや、いいです。とにかくもう帰して」
「じゃあ、今日はとりあえず添い寝だけでいいですから側にいてください」
「えー！」
「じょじょに仲良くすれば、あなたが帰る前日くらいには、その気になるかもしれないでしょ？」
「いや、ならないと思う」
「お願い、マー」
「マー言うな！」
その後も散々やりとりをしたものの、ハインリヒは全くゆりを帰す気にならず、ゆりはしだいに疲れ果ててきた。
ミカエル以上に話が通じない・・・
「そろそろお風呂はいって寝ましょう」
ハインリヒはずっと笑顔だった。
「そんな事言って、ベッドに上がったとたん変なことされたらわたしゃどうなるの」
「しませんよ。何も。横で寝るだけですよ。私は無理やりはしません」
「・・・」
「赤ちゃんに誓ってしませんよ」
もう疲れた。寝たい・・・
「お風呂に連れて行ってあげますね」
ハインリヒはゆりを部屋の外に促した。お風呂は廊下に出てすぐの所だった。
「何か着替えを用意しておいてあげますよ」
やれやれ・・・
ゆりはシャワーで体を流して髪と体を洗った。
騎士ってのは、女性に乱暴な事はしないだろう。多分・・・
何かしようとしたら、もう儀式はやらんとかいって訴えよう。
お風呂から出たら、脱衣所に服らしきものがおいてあった。広げてみると、ひらひらのフリルがついたネグリジェ
だった。ショーツもやけにかわいいのがおいてある。
だれのだろう・・・もういいよ。この際・・・
ゆりは体を拭いて髪をかわかし、長めのネグリジェを着て部屋に戻った。
寝室にはだれもいなかったので、ゆりはベッドにあがり、よっぽど疲れていたのかそのままぐーと寝てしまった。
しばらくして、ハインリヒが部屋にやってきて、ゆりの横に入り、そのままじっとしていた。
気がつくと森の中にいた。
木々の間からは穏やかな木漏れ日が漏れていた。世界がきらきら輝いているようだ。
なにやら遠くから美しい歌声が聞こえてきて、誘われるようにそちらに移動した。
森の中の開けた場所に、一人の女神が座っていた。
輝くような黄金の髪、澄んだ青い瞳、美貌の女神は優しい表情で歌を歌っていた。
女神の周りには森の動物達も集まっていた。
ガーベラ・・・
ハインリヒは、少し離れた所に腰を降ろして、じっと歌を聴いていた。
知らず知らずの内に涙が流れていた。
ゆりはうーんとうなりごろんと寝返りをうった。そして目を開けた。
横に男がいて驚いたのだが、その男が泣いていたので更に驚いた。
そういえば昨日ハインリヒのところで寝たんだっけとようやく思い出した。
自分が泣くならわかるが、なんでハインリヒのほうが泣いているのだろうとゆりは不思議だった。
「どうしたの？」
ハインリヒはゆりをジーと見たまままだ泣いている。
「？？？」
「いい夢が見れました」
「夢？」
「なんだか幸せです」
「？」
ゆりは首をかしげた。
「それ似合いますよ」
ハインリヒが涙をふいてゆりの服を見て言った。
「これ誰の？」
「母のですよ」
「そうなんだ・・・」
ハインリヒは胸元がＶの字に大きく開いた服を着ていた。服の間から何か黒いものが見えて、ゆりは思わず
目で追った。
「何か黒いのみえた」
ハインリヒは体を起こして、上に着ているものをぬいだ。
ゆりはぎょぎょっとした。
ハインリヒの胸にいたのは、黒い蛇だった。しかも結構でかく、蛇の頭は左胸にあったが、胴体はおなかのところでうね
り、背中の方まで回っている。蛇の瞳は紫色だった。
「悪役のボスみたいな蛇だね」
ゆりは思わず言った。
「悪役？」
「だって、なんだか悪そうな蛇だ」
「ひどいなあ。黒は珍しいんですよ。」
「確かに珍しいけど・・・」
「蛇紋になるとこれが変化するんですよ。それもすごいですよ」
「え・・・」
「今度見せてあげますね」
「・・・」
ゆりは唇を尖らせた。
「着替えたら送ってあげますよ」
「・・ハインリヒは化粧しない方がいいね」
ゆりは率直な意見を言った。
「そうですか？」
「うん。その方がいいよ」
ハインリヒはすっきりした顔で微笑んでいた。
結局何もされずに、ゆりは自分の寝室まで送ってもらい、着替えてシスと朝食を食べた。
「ねえ、母様ハインリヒと仲良くなった？」
「え・・・」
「ハインリヒって良い人でしょ？」
「別に悪い人だとは思ってないよ」
ゆりはどぎまぎして言った。
「ハインリヒってミカエルにちょっと似てるよね」
「え！？」
やっぱ似てるのか！
ゆりはガーンとなった。
「いろいろ教えてもらってるとミカエル思い出すんだー。ディランはフリットに似てるし、向こうの人と似た人結構
いて面白いな。向こうではミカエルが母様のお気に入りだったから、こっちではハインリヒがお気に入りになると
思ったんだけどなあ」
シスの無邪気な言葉に、ゆりは口をあけたままだった。