「う・・・うーん・・・」
う・・・なんじゃこの匂い・・・強烈に酒臭い・・・
ゆりはあまりの酒の匂いに鼻をつまんで体を起こしてぎょっとした。自分の周りに男たちが青い顔で横になっていた。
ルークはベッドの下で裸で寝ていた。
げげっ・・・皆大丈夫かな？ひえーやりすぎちゃった？
男達は誰一人起きる気配もない。
みんなどっか連れて行ってもらわないと・・・
その前に、私お風呂行きたいなあ・・・
「ハインリヒ、ちょっと起きて」
ゆりは横で寝ていたハインリヒの頬を軽くつねった。するとハインリヒがうつろな目をあけた。
「お風呂連れて行ってよ。お風呂」
「・・・」
ハインリヒは目を閉じてしまった。
「起きろー」
ゆりはぺちぺちと頬をたたいた。やがてハインリヒが幽鬼のように起き上がり、ゆりを連れて瞬間移動した。
着いた場所はちゃんとお風呂だったが、ハインリヒはそのまま浴槽の外のタイルの上に寝そべってしまった。
「あらら。しょうがないなあ・・・」
ゆりは水を桶にすくってきてハインリヒにぶっかけた。
「しっかりしてーハインリヒ」
ゆりはちょっと笑っていた。
ゆりはハインリヒをほって体を洗い、お湯の中に入った。お湯はすっかり準備してくれていたようだ。
ハインリヒはやがて起き上がり、湯の中に入ってきた。
「大丈夫？」
「参りました」
ハインリヒはうつろな目で言った。
「勝った・・・」
ゆりはにんまり微笑んだ。
第19話
今までの儀式と同じで、ゆりの髪はものすごく伸びていたので、ゆりはとりあえずお風呂から出て部屋に戻り、
侍女らに髪を切ってもらった。
「巫女様、本当にお疲れ様でございました」
部屋には全員侍女が勢揃いして、ゆりにねぎらいの言葉をかけてくれた。
「結局女王様に蛇何匹入ったのか知ってる？」
ゆりは聞いてみた。
「なんでも４０匹弱ほどは入ったそうにございます」
「え？そんなに？」
ゆりは驚いた。今までの最高記録ではないだろうか。
「なんでも、その中の一匹は虹色の蛇だったそうでございます。たいそう珍しい蛇が入ったと、女王陛下もそれは
お喜びで」
「へー・・・虹色の蛇なんていたの？知らなかった」
なんだかいろんな蛇がごちゃごちゃきたのでゆりは全然気づいていなかった。
「普通の巫女が３度にわたってする儀式を一日でしてしまうのですから、さすがはすごい巫女様でございます」
侍女らは尊敬しきりだった。
「いやあ・・・」
ゆりは頭をかいた。
どうも儀式になると巫女魂に火がついちゃうんだよねー困ったもんだ。
今回はかなり自分でものりのりだった。いやいやするよりはやはりのりのりでするほうが自分でも気持ちいい。
部屋の外に出るとシスがいた。
「母様おめでとう。さすが母様だね」
シスも笑顔だった。
「ありがとう」
「これで、後もうちょっとで帰れるんだね」
「いーや、まだ帰らない」
「え？」
「せっかくだから、この子達にも綺麗な蛇入れなきゃね」
ゆりはおなかをなでた。
「ふふ、そういうと思った。」
シスは笑っていた。
「女王様に会ってくるね」
ゆりは笑顔で去って行った。
王の間に行くと、女王は大満足の顔でゆりを出迎えて、両手を握り締めてくれた。
「ゆり殿を呼び寄せて本当によかった」
「はあ・・喜んでいただいてよかったです」
女王の横にいた大臣らしき男達も笑顔だった。皆満足そうで、ゆりとしてもやってきたかいがあったというものだ。
「約束通り、時が来れば無事、お二人を未来にお返しいたそう」
女王はゆりを見て言った。
「その事なんですが、どうせだから、私の赤ちゃんのために儀式したいんですけど・・・いいでしょうか」
ゆりは伺うように聞いてみた。
「おお、もちろんよいとも。好きなだけ滞在しておくれ。私はこれだけ蛇を入れてもらえばもう満足じゃ。」
女王は自分のおなかをなでた。
「じゃあもうしばらくお願いします」
ゆりは王の間を出た。
目的も達したし、これで心置きなく滞在できるってもんだ。
いやーよかったよかった。
女王に蛇を入れることができたので、ゆりの心はかなり軽くなっていた。
あ、でも・・・みなもうこりごりって思ってたらどうしよう・・・それはやばいな。ちょっとお見舞いに行こう。
向こうでは儀式の後しばらく男達に会いたくないのだが、こちらでは皆知り合って日が浅い、ちょっとここは
かわいくお見舞いでもしておこうとゆりは思った。
ゆりは通りすがりの騎士を引き止めて、男たちが運ばれた救護室に運んでもらった。
部屋に入ると、皆ベッドの上で寝ていた。額に氷嚢のようなものを置いている。
「みんな大丈夫ですか？」
側にいた医師らしい男に聞いた。
「大丈夫ですよ。ですが、一体どれほど飲まれたんですか？大人の男が酒にこれだけ酔いつぶれるののも
珍しいですよ」
「はあ・・・」
「ゆり様〜」
低い声が聞こえてきた。見るとレイアスが手を振っていたのでゆりはそちらに近づいた。
「大丈夫？レイアス」
次の儀式まで逃げられたらまずいと思い、ゆりは命一杯優しくレイアスを見つめて頬をなでた。
「ごめんね。一杯飲ませちゃって」
「すごく楽しかったです〜」
「そう。よかった」
「でも別れたくない・・・ぐすん・・」
「レイアス・・・私もう一回儀式するんだ。今度は自分の子供のための儀式、協力してね」
「本当ですかうれしいなあ」
ゆりはレイアスの手を握り締めた。ゆりは一人一人お手手をなでなでして声をかけていった。
「大丈夫？ルーク」
ゆりはルークの手を握り締めた。
「ちょ、ちょっと、何で私飛ばすんです」
ルークの手前にいたハインリヒが言った。
「あ、ハインリヒおきてたの？」
ゆりは横を見た。
ハインリヒは口をへの字にまげてゆりを恨めしげににらんでいた。
「冗談じゃない。よしよし。いい子いい子」
ゆりはハインリヒの頭をなでなでした。
「ルークは平気？」
「はい、だいぶ頭がはっきりしてきましたよ」
ルークの顔色はよくなっていた。
「ハインリヒよりルークの方がお酒強いんだね」
ゆりが言うと、ハインリヒがむっとして言った。
「違いますよ。あなたが私に大量にお酒飲ませたんじゃないですか。なんだか一番飲ませられましたよ」
「そーだっけ？」
ルークを見ると、ルークはおかしそうに笑っていた。
「それはまあ、あれだよ。愛情の裏返しってやつよ」
ゆりは言い訳のように言った。
「そうですか。私の事が一番好きってことですね？」
「いや、そこまで言ってないけど・・・それじゃ皆ゆっくり休んでね」
ゆりは皆に手を振って出て行った。
「全く・・・どうなってるんだ。あの変わりよう・・・」
ハインリヒはゆりが出て行った後、ぶつぶつ言っていた。
昨晩の事など夢であったかのように、ゆりの表情も雰囲気も普通に戻っている。
昨日の女のかけらはどこにもない。
本当にあれは夢だったんじゃないか？と思ってしまうハインリヒだった。
「まあ、良い巫女ってのはああいうもんなのかもしれないなあ。儀式をあまりひきずるようじゃ、精神的におかしく
なっちゃうかも。普段はああだからいいのかもしれないよ」
フークスが言った。
「引きずるのは男だけなのか。それもなんだかなあ・・・」
「そうだね。欲望だけならともかく、こっちの愛情に働きかけてくるんだから参っちゃうよね。」
フークスは苦笑している。
「女蛇が降りたゆり様ってすっごいかわいい。」
レイアスが言った。
ディランは無言でぼんやりしていた。
ゆりは部屋に戻り、寝室で横になっていた。
一人になるとしみじみと儀式の事を思い出してしまう。
かなり壮絶だったなあ。なにせ、皆の蛇まで来てたし・・・
まあいいや、深く考えないでおこう。
ああ・・・王様に抱かれたい・・・
儀式でゆりも大興奮して満足もしていたが、やはりラクシュミに抱いてもらわないと体的に治まらない。
うう・・・王様〜一杯抱かれたいよ〜
次の儀式はいいけどまさかすぐには起きないだろうしなあ。このままこっちいたら、まじで欲求不満になって
まずいかも・・・
ゆりはそっちの心配をしていた。
その頃未来ではー
「なんでこんなことになってるんだ？」
「申し訳ありません・・・」
ラクシュミの前でフリットが謝っていた。
「こんなことじゃ困るぞ」
「はい・・・」
フリットは王の間を出てはあとため息をついた。
「参ったなあ・・・最近王の機嫌がすこぶる悪くて・・・」
フリットは番兵に珍しく愚痴っていた。今怒られていたことも以前ではたいして気にも留めないようなことなのだが。
「月のせいもありますけど・・・最近本当に機嫌がお悪いですねえ」
と番兵。
「もうすぐ王妃がいなくなって３月になるのか・・・早く王妃が帰ってきてくださらないと参るなあ・・」
フリットはため息をつきつつ去って行った。
「王もお寂しいんだろうなあ・・・」
「そりゃそうだよ。これだけ離れたことないもんなあ」
「私らでさえ寂しいんだから・・・」
「王妃の笑顔がしばらく見えないと、寂しいなあ・・・」
番兵らもうなだれた。
「はーい、イシュタール♪」
アナスターシャは庭にぼんやり立っていたイシュタールの背中にぶらさがった。
「アナスターシャ様・・・なんですか？」
「なんですかって・・・イシュタールまで暗いわよ？」
アナスターシャは背中から降りて言った。
「皆暗くて参っちゃう。イシュタールまで暗くならないでよ」
アナスターシャはイシュタールの背中に肩で体当たりした。これくらいじゃイシュタールもびくともしなかったが。
「私暗いですかねえ」
「暗いよ。ミルキダスほどじゃないけど。心配しなくても母様はそのうち帰ってくるからさ」
「別にそういう心配はしてなかったんですが・・・」
イシュタールが立っていたのはゆりの花壇の前だった。今は小ぶりの赤い花が植えられている。
イシュタールはその花をぼんやり見下ろしていた。
ああ、もう皆暗すぎる！いやになる！
今では開き直って明るくしているアナスターシャだったが皆の暗い顔を見ると一緒に暗くなっちゃいそうだった。
王妃はかわいいから、向こうの男に強引に言い寄られていないか心配だ・・・
イシュタールはそういう心配をしていた。いなくなった今では、ゆりの姿はイシュタールの中でえらく美化されていた。
「もーラギ、皆なんとかしてよ。こっちまで暗くなっちゃうよ！」
アナスターシャはその後ラギの部屋に移動していた。ラギは机に向って本を読んでいた。
「んー？もう少ししたら帰ってくるんじゃないかなあ」
「ルーすっかりしょんぼりしちゃったからハザーク様に預けちゃった」
「そう、ルーもかわいそうにね。あー・・・母さんら、古代叙事詩の事思い出してくれてるかなあ・・・」
ラギは両肘を机について顔を支えて言った。
「あんたってそればっかりね」
アナスターシャはあきれて言った。
ーアナスターシャ！お前何サボってるんだ！結界作る練習をちゃんとやれ！
その時ラクシュミから怒りの思念が飛んできてアナスターシャの体がぴょんと飛び上がった。
「ひえええ、父様は機嫌悪いし、もういや！」
アナスターシャは消えた。
「やれやれだねえ・・・」
ラギもため息混じりに言って遠い所にいる母と兄に思いをはせたのだった。
すすむ