夕暮れ時、屋敷の中を美しい竪琴の音が響いていた。その旋律は少し寂しげでもあった。
部屋の中にレイアスが入ってきて椅子に座り、しばらくその竪琴の音に耳を傾けていた。
やがて曲が終わった時、レイアスが聞いた。
「本当は兄さんも行きたかったんじゃないんですか？ゆり様を追いかけて」
ディランは少し微笑んだ。
「巫女ならともかく、彼女は未来では王妃なんだぞ。王妃は赤い月を王以外と過ごすことはできない。向こうにも
恋人がいらっしゃるし、行っても寂しくなるだけだ。ここでゆり様の幸せを祈ってる方がいい」
「そうですねえ。ハインリヒ様、一緒に行っても赤い月を一緒に過ごせないのかあ・・・かわいそうだなあ」
「まああいつはゆり様を追いかけてってよりは、別の理由で行ったんだ。結構楽しくやるんじゃないか？」
「別の理由？シス様ですか？」
「他にも大きな理由がある」
「なんですか？」
「内緒だ」
ディランは再び竪琴を奏でだした。
私は、お前の分も、次の王位につく方の教育に全力を注ぐことにしよう。
ハインリヒ、お前は未来の世界で自由にがんばってくれ。
竪琴の音は、少し明るいものへと変わっていた。
第23話
未来の世界に帰った次の朝、ゆりは部屋でもらったお土産をしまっていた。
自分が入れた覚えのない、過去の部屋にあったつぼなども入っていて、ゆりはシスが入れたのかな？と思ったが、
とりあえず自分の部屋の棚に置いた。それはもう一人のゆりが入れたものだった。
「さすが短い期間でも、王妃様は皆様に愛されていたのですねえ・・・」
ゆりの宝石類を見て、ミラがしみじみと言った。
ゆりはレイアスとディランがくれた、緑に輝く宝石がついた首飾りを自分の首につけた。
「お似合いですよ。とても」
「見て見て、これ」
ゆりは丸められた３０センチほどの大きさの布を開いて見せた。
「これが向こうで住んでいたお城だよ」
「まあ・・・なんてきれいなお城なんでしょう・・・」
これは女王が住んでいた城の絵画だった。
「ミラ、これ額に入れてもらってくれないかな」
「はい、わかりました。頼んできますね」
ミラは絵を受け取って部屋を出て行った。
ゆりは小ぶりの宝石箱の裏のねじを回した。オルゴールになっていて、中を開けるとかわいい指輪が一つはいっていた。
これはルークがくれたものだった。
ゆりはしばしオルゴールの綺麗な音色を聞きながら、過去のきらきらした世界を思い出し、しんみりしていた。
しばらくすると扉がノックされて、ゆりは涙をふいて扉を開けた。
「・・・わっびっくりしたーえらく地味になっちゃったねえ」
外にいたのはハインリヒだった。こっちの普通の戦士が着る服を着ていたので、えらく地味に見えたのだ。化粧もしていない。
だが、整った顔立ちで背も高いので他の皆の中でも十分目立つだろう。
「ちょっと見てほしいものがあるんですよ」
「なあに？」
ハインリヒは部屋の中に入り、突然服を脱ぎだしたのでゆりはぎょっとした。
「え・・・何、いきなり・・・」
「蛇見て欲しいんです」
「蛇？」
ハインリヒがすっかり前をはだけた時、ラギがひょこっと顔を出した。そして「あ。ごめーん」といって去って行った。
「ちょ、ちょっとラギ、変な誤解しないでよ！」
ゆりはあわててラギを引き戻した。
「ん？僕いてもいいの？」
「いいよ。それで蛇がどうしたの？」
「見てください。これ」
ゆりはハインリヒのおなかから胸にいる蛇を見た。かなり動きまくっていた蛇だが、最後には最初と変わらない位置に
落ち着いたようだ。
「え・・・色が薄くなってる・・・」
鮮やかだった黒は、薄くなっていた。
「わっ黒い蛇だー僕初めてみたよー」
ラギも蛇を見て目を輝かせた。
「かっこいいねー！」
「向こうではすごい真っ黒だったんだよ？何で薄くなったのかな？」
ゆりは首をかしげた。
「実は私の力もかなり落ちてます」
ハインリヒが服を着ながら言った。
「え？なんで？」
「多分、この時代の一族の質が落ちてるからだと思います」
「そういえば、にーも過去ではすごい力があがったって言ってたもんねえ。過去の世界は一族の数もすごくて、力が
ものすごかったけど、この時代は一族の数が少ないから、ハインリヒの力も下がったんだね」
「でも王様はシスの力あがったって言ってたじゃない」
「それは向こうでいろいろ修行して力をあげてきたからだよ。」
「じゃあハインリヒの力はどの程度になるの？」
力についてはさっぱりわからないゆりには見当もつかない。
「ハインリヒは一番だよ。力が下がったって言っても僕らにしたらすごいよ。」
「へー一番なんだ・・・」
ーハインリヒ、ちょっと王の間に来てくれないか
その時ラクシュミからハインリヒに思念が届いた。
「すいません。王のお呼びですので」
ハインリヒはあわてて最後まで服を着て消えた。
「母さん、聞いたよー向こうでももてもてだったんだってね」
ラギはにやにやしてゆりをこづいた。
「あんた、それミカエルに言ったら首絞めるからね」
ゆりが睨んで言った。
「でも、母さんが一番強い男を持って帰ったってもう大騒ぎになってるよ？」
「え・・・なんでそうなるの？女王様に言われてきたんだよ。私が連れ帰ったわけじゃないよ」
「ばかだなー母さんが連れて帰ったって言ったほうが、微笑ましいじゃないか。」
「何が微笑ましいんじゃ」
「なんか町で号外が出てるみたいだし」
「何ー！？」
ゆりの顔が極限まで引きつった。
「さすが王妃様だって皆思ってるよ」
なんでそうなるんじゃー！！
ゆりは絶句した。
一方、ハインリヒは王の間でラクシュミとフリットに会っていた。
ラクシュミは過去の女王からもらった耳飾だけを身につけていた。首にかける飾りはちょっと重かったからだ。
「ハインリヒ、こちらフリットだ。今日一日いろいろ案内してもらってくれ。」
「はい、わかりました。」
「フリットです、よろしく」
「よろしく」
フリットは優しく微笑んでいた。ハインリヒは、なんとなくディランの面影のようなものをフリットに見て、ちょっと
うれしくなった。
「みんなもうお前の噂を聞いて興味深々でな、特に女たちが騒いでるようだ。すまないが適当にかわしてくれ」
「はあ・・・・」
「それから、ゆりに関して一言言っておきたいんだが、ゆりの恋人でいるのはかまわないが、他の男たちともうまく
やってくれ、フリットもその一人だ。それぞれゆりにとっては大事な男たちだからな」
「はい、わかりました」
二人は王の間をでた。
「あの・・・王に他の女性はいらっしゃるんですか？」
ハインリヒは外に出た所で聞いた。
「側室ですか？いらっしゃらないですよ」
「本当ですか？」
「本当ですよ。王は結婚されてから王妃だけですよ」
「・・・随分珍しいですねえ・・王妃の方には、恋人が数人いるのに・・・」
ハインリヒは驚いた。フリットが促して、二人は廊下を歩いて行った。
女王ヴィラルージュの先代の王も、王妃が３人いた。代々の王はそういうものだと思っていたが、王妃が一人で
側室もいないというのは珍しい。王のあの美しさなら女の方がほっておかないだろうにと思ったのだ。
「元々王妃にそういう気はなかったんですよ。ですが、蛇霊神の儀式などのために恋人ができてしまったというわけで。
今は本当に出産率が低くて、特に王の子供を孕むという事も大変なことでしてね、あまり力がある女がいない
ということもありまして・・・王妃は短い間に３人もの御子様をお産みになりましたから、王も王妃には大変感謝され
てまして、王妃の異性関係についてはあまり気に留められてないんです。」
「そうですか、もうすぐお子様が５人になるんですもんね。」
「城の中がにぎやかになってうれしいですよ」
フリットは微笑んだ。
廊下を歩いていたら通りすがりの男たちがハインリヒを見るなり目を輝かせた。
「騎士様、握手してください！」
「え」
「私も私も！」
男たちはハインリヒの手を握って喜んで去って行った。横でフリットはおかしそうに笑っていた。
ハインリヒは会う人みんなに「騎士様」と呼ばれ女性たちからは憧れの眼差しで見られていた。
格好はもう騎士の格好ではなかったのだが。なぜか会う人みんなに握手を求められていた。
フリットは城の中にいた連中にハインリヒを案内して戦士らの訓練所へと向った。
「一つ聞いてもいいですか？」
建物の外でフリットが聞いた。
「なんですか？」
「こちらに来る時、躊躇はなかったんですか？」
同じ世界とはいえ全く別の時代、自分ならば、と思うと、フリットは気になってしまったのだ。
「全くなくはないですよ。それは」
「他の連中は、あなたが王妃を愛してるから来たと思ってますが、私はそうは思えません。こちらに来ても、
王妃はあなただけのものになりはしないし」
「もちろんそういう理由だけではないですよ。シス様のこともありましたし、強くなりたい一心のシス様を見てると、
本当にいじらしく思えて、でも一番の目的は自分の楽しみのためですよ」
「楽しみ？」
「ええ、まあそれはおいおい」
ハインリヒはにっと笑って言った。それ以上言う気はなさそうだったので、フリットも聞かなかった。
午後、ゆりの部屋にとうとうミカエルがやってきた。
「ミカエル！すっごく会いたかった！」
ゆりは満面の笑みで言った。ミカエルはなんだか口を尖らせてゆりを睨んでいる。
「王妃、一体向こうで何してたんですか？」
低い声で聞いてきた。
「え・・・何って・・・別に何もしてなかった」
「何も？」
「うん。いろいろ観光した」
「・・・・どうして向こうに呼ばれたんです？」
「さあ、なんだか未来の情報が知りたいとかで、女王様シスにいろいろ聞いてたよ。私は関係なかったから
遊んでた」
ミカエルはまだ疑っている。
「ミカエル、しばらくぶりに会えたのに、そんな顔しないで」
「王妃、私は本当に毎日心配してたんですよ。あなたが困ってないか心配で」
ミカエルはゆりの腰に両手を回した。
「私も皆に会いたかったよ。何度も何度も何度も泣いた夜を過ごしたよ」
ゆりはちょっとせつなそうに言ってみた。
「さっきシス様に聞いたら、王妃は結構楽しそうに過ごしてたって言ってましたよ」
ゆりはぎくりとした。
「それはね、シスの前で泣かないようにしてたのよ。母親だから、こらえなきゃと思って」
「本当かなあ。怪しいなあ・・・」
「本当よ」
「じゃああの男は？」
「あの人は、向こうで結構気もらった人」
「他にもいろいろしたでしょ」
「いろいろって？」
「あなたの蛇見せたり・・・」
「えーやだなあ。まっさかあ・・・」
蛇同士が交わったなんていったら、殺されるかも・・・
「もういいじゃない。そんな話。あんまりごちゃごちゃ言ってると、お土産あげないよ？」
「お土産？なんですか？」
ゆりは棚の引き出しを開けて、一つ箱を取ってミカエルに渡した。
開けてみると紫の宝石がついた金細工の耳飾がついていた。
「素敵ですねえ」
「そうでしょ？向こうでは男の人も皆飾りつけてたから、男性用も一杯あったの。つけてみて」
ミカエルはつけていた飾りを外して、それを耳につけた。
「どうですか？」
「すごくかっこいい」
ミカエルはゆりの頭をなでてゆりを抱きしめた。
「本当によく無事に帰ってきてくれました」
「ミカエル・・・」
久々にミカエルの顔を見ると、やっぱりいいなあ・・・
ミカエルは機嫌を直して去って行った。
ああ、危なかった。シス、儀式の事まで口滑らせなきゃいいけど・・・
ゆりはほっと胸をなでおろした。
夕方になるとジュノーとヴィラも来てくれた。
「ジュノー、ヴィラ！」
ゆりは二人に抱きついた。
「王妃の変わらぬ姿が見れて本当にうれしいですよ」
「本当にね」
二人はしみじみ言ってゆりの頬にそれぞれ口付けた。
二人はミカエルほどあれこれ聞いてはこなかった。
ゆりは二人にもお土産を渡した。基本的に皆の肌にいる蛇の色の宝石がついた飾り物だ。二人はあんまり耳飾は
つけないのでネックレスだった。
「これはどうもありがとうございます」
「一生大事にしますね」
二人ともすごく喜んでくれた。
「向こうで皆親切にしてくれましたか？」
ジュノーが聞いた。
「うん、皆優しかったよ。女王様すごくきれいでさ」
「向こうで儀式しました？」
ヴィラに聞かれてゆりはどきりとした。
「え・・・儀式？」
「やっぱりね。ただで帰ってはこないと思いました。」
「どうりで、王妃前よりもきれいになったと思いました。過去で恋人作ったんですね。何人でしたんです？」
ジュノーは妬くでもなくにこにこして聞いている。
「え・・・え・・・なんでそう思うの？」
「おなかの赤ちゃんの力、かなり上がってるのを感じますよ」
「え・・・でもミカエルにはそこまで聞かれなかったよ？」
「あの人は、そう思いたくないから可能性を排除してるんじゃないですかねー」
ヴィラが苦笑ぎみに言った。
「・・・・」
「向こうで一番の男を連れ帰るなんて、さすが我らが王妃ですよ」
ジュノーは笑顔で言った。
「二人ともハインリヒに妬いたりしないの？」
「我々は別に・・・妬いてるのはミカエル殿くらいじゃないですか？」
「基本的には強い味方は大歓迎ですからね。イシュタール殿なんて剣の手合わせをして欲しいって大喜びでしたね」
「イシュタールらしいね・・・」
ゆりは笑って言った。
夕方、ゆりは子供たちと食堂で食事を食べていた。しばらく二人だったので、４人になってシスもうれしそうだ。
「今日は何してたの？」
ゆりがアナスターシャに聞いた。
「今日はシスにいろいろ過去の話聞いてたの。母様またガーベラ降りたんだってね。すごいねえ」
「今回は息子まで一緒だったんだってね」
アナスターシャに続いてラギが言った。
「そうみたいね。私は例によって全然見てないけどさ」
「また降ろしてー母様」
「いや、降ろしてって言われても・・・降ろせないよ」
ーとーだっこ
ーとーだっこ
その時声が聞こえた。
「わーだいぶちゃんとしゃべるようになったんだねー」
アナスターシャがうれしそうにいってる。
「トーって誰呼ぼう、王様今暇かな？」
「父様まだ王の間よ」
「今のところ一番トーはハインリヒじゃないの？」
シスが言った。
ーとーだっこ！
「ひええええ」
「ハインリヒ呼んできてあげるよ」
シスが出て行き、しばらくしてシスがハインリヒを連れて戻ってきた。
ーとー
ーとー
「よしよし、おいでおいで」
ハインリヒは笑顔で椅子に座りゆりを膝に乗せてだっこした。
「・・・」
「いい子いい子」
ハインリヒは笑顔でゆりのおなかをなでなでしている。
「ハインリヒって、すごく優しい人ね」
アナスターシャが言った。
「そうだね。赤ちゃんらもなついてるし、気をくれる人が増えてよかったね」
ラギもうれしそうに言った。子供たちは３人共微笑ましく見つめている。
いやー私としては複雑なんですけど・・・
「ハインリヒは今日何してたの？」
「今日はあちこちいろいろ案内してもらいました。」
「そう。あれじゃない？かなりがっかりしたんじゃない？」
「どうしてですか？」
「だって。こっちではきらびやかじゃないし、国的に地味だから物足りないでしょ？」
「そんなことはないですよ」
そうかなあ。そのうち帰りたくなっちゃうんじゃないのかなーこんな時代つまらんーとか言って。
その時食堂の扉がノックされて、ミカエルが顔を出したのでゆりはぎょっと目を見開き、ミカエルもゆりの状況を見て
ぎょっとしていた。
「なんで膝に乗ってるんです？」
「え？これ？赤ちゃんたちがだっこって言ったから、だっこしてもらってた」
ゆりはどきどきして言った。
「赤ちゃんすっかりハインリヒになついちゃって」
「そんなに向こうで仲良くしてたんですか？」
「え・・・そんなことは・・」
ゆりは子供たちに目を向けた。すると、３人ともいなかった。
げっいつの間に・・・
「あなたがミカエルですか？これからどうぞよろしく」
ハインリヒは笑顔で言った。
ゆりは膝から下りようとしていたが、ハインリヒはゆりの腰に両手を回したまま、降ろさなかった。
げーなんか修羅場になってる。怖いよー怖いよー！
「王妃、王がお呼びですよ」
ミカエルはむっとして言った。
「そうなの？そりゃ行かなきゃ」
ゆりはようやく膝から下りて、ミカエルと一緒に行った。
面白い男だなー皆仲良くじゃ面白くないもんなあ・・・
ハインリヒは内心笑っていた。
ゆりが連れてこられたのは、王の間からちょっとずれた所だった。
「王様のところじゃないの？」
「一つ聞きますけど、あの男とは本当はどの程度の仲だったんです？」
「え・・・どの程度って・・・」
ゆりの目はうろうろ辺りをさまよっている。
「気もらって子供がトーって言う仲」
「う・そ・で・す。もっと親密に見えました。やっぱり蛇の見せ合いとかしたでしょ」
「・・・」
「私はあなたの事毎日心配してたのに、あなたは向こうで男と仲良くしてたんですね。なんだか傷つきました」
そう言ってミカエルは消えた。
「ミカエル・・・ああ・・・」
ゆりはかなり疲れて王の間に行った。
「王様ー何か御用ですか？」
「ん？別に何も用はないぞ。ただお前の顔が見たかっただけだ」
ガーン・・・
「どうしたんだ？」
「いえ・・・別に・・・」
あーあ、これからどうなっちゃうんだろう。確かにミカエルからすれば、私って女は一体ってことになるよねー
ゆりは王の間を出てがくっとうなだれたのだった。
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