「やったー古代叙事詩が完全復活だー！」
ラギの歓声が上がり、５人いた古代語の研究者達はみな拍手した。ここは城の中の図書室である。
ハインリヒとラギ、シャナーンに古代語の研究者たちが集まり、分からない所をハインリヒが教えて、ついに
数千年ぶりに古代叙事詩が完全に復活したのだった。研究者達にとっては感無量である。
「いやーうれしい！」
「うれしいですねえ」
研究者たちは思わず泣いていた。長い道のりだった。
「後はこれを覚えたらいいのかな？」
机の上には10枚ほどの大きな紙が並べられていた。
「覚えるといってもこれをただつらつらと覚えるのは難しいですよ。歌にして覚えた方がいいですよ」
ハインリヒが言った。
「へー歌」
「ちょっと歌ってみましょう」
ハインリヒは後ろの机の上においてあった楽器を手に取った。それはこちらに来る時にハインリヒが荷物でもってきた
リュートだった。ギターのように弦がある楽器で、下の方が丸くなっていて、背面も丸みを帯びている。
「あ、ちょっと待って、にーとねーも呼んでくるよ」
ラギが言い、「私が呼んできますよ」とシャナーンが言って消えた。
しばらくして３人がやってきて、ハインリヒはリュートの弦をポロンと爪弾いた。
「では、２０章くらい歌ってみますから、見ながら聞いてみてくださいね」
ハインリヒはそう言って曲を奏でて歌を歌いだした。
「ディラ〜テュラ〜・ディラ〜ミュ〜ヴィ・ル〜・・・」
研究者達はほうと感心しつつ聞いていた。
確かに詩をそのまま覚えるよりも、こうやって歌で覚えた方が覚えやすい。
ハインリヒの歌はなかなかで皆しばらく黙って聞いていた。曲のフレーズはどの詩もたいてい似たような感じだった。
「・・・こんな感じですよ。」
ハインリヒが歌い終わり、皆拍手した。
「へーすごいなあ。こうやって聞くとちょっと感動したなあ」
ラギが言った。
「こ・・・これを全部覚えるの？」
アナスターシャの顔は青ざめていた。
「少しづつでいいんですよ。歌いながら覚えて行きましょう」
ハインリヒが優しく言った。
「私もがんばって覚えます」
シャナーンが張り切って言った。
シャナーンにすれば、突然強さの目標がミカエルからハインリヒにぐんと上がり、自分が行き着けないレベルだったので
かなりショックも受けていたのだが、今はできることからやっていこうという意欲に燃えている。
これも自分の愛を試されているのかもしれない。ここでくじけるもんか
と真面目に思っていた。
「では少しずつ一緒に歌いましょう。」
ハインリヒが１フレーズづつ詩を歌い、皆が同じように歌った。
しばらく図書室に、古代語の合唱が響いていたのだった。
第24話
「歌だったら私も覚えられそうだね。でも100も覚えられるかな」
アナスターシャが首をかしげた。
「少しづつやりましょう」
とハインリヒ。
「はーい」
「ねえねえ、ハインリヒ、あれいつ探す？」
シスが聞いた。
「そうですね。今日の午後探しに行きましょう」
二人の言葉にアナスターシャとラギは注目した。
「あれって何？」
「実は、ヴィラルージュ様に貴重な本の写本を頼んでいたんですよ。我々が旅立った後、数年後に埋めてくれている
はずなんです」
「えー本当！？」
ラギの目が輝いた。魔法は使えなくても、魔法の本には興味津々だ。
「ただ、7800年も昔の事なので、その間に何度か地震もあったようですから、ちゃんとあるかどうかはわかりませんが」
「へー楽しそう。私も行ってもいい？」
アナスターシャが楽しそうに言った。
「いいですよ。男性にも数人協力してもらいましょう」
こうして午後、ハインリヒらは女王がいた城の方へと移動した。この時代、城はすっかり廃墟と化していて昔の面影の
微塵もない。城の周りは森になっていた。ハインリヒは両手の親指と人指し指をあわせて丸を作り、女王の力の波動を
探った。しばらく城の周りを飛び回り、やがて、波動を感じ取った。
「この下辺りに感じます。掘りましょう」
やがて力を使った穴掘りが開始され、20メートルもの深さを堀り進めてようやく目当ての物がでてきたのだった。
「おお！」
一同から歓声があがった。でてきた大きな箱は頑丈な金属でできているらしく、しかも、7800年もの昔とは思えないほど
の新しさだった。女王の保護の魔法の賜物である。
「城の方に運びましょう。すいませんが埋めといていただけますか？」
「わかりました」
ハインリヒは箱ごと瞬間移動をして城の裏手の庭園で下ろしたのだった。
箱の表には、「15100年以降まで開けるべからず」と彫られていた。ハインリヒは頑丈な留め具を外して、アナスター
シャとシスはわくわくしてそれを見守った。中には２０冊ほどの本と、手紙の束が納められていた。
「お宝でてきたんだって？」
ゆりがわくわくして城の中の広間にやってきた。すでにラギが来て本を読んでいる。
「いやーすごいな。こりゃすごいな。」
ラギは一人でぶつぶつ言っていた。
「すごいねえ。さすが綺麗だねえ。女王様の魔法だねえ」
ゆりは感心するように本を眺めた。
だからあの時本くれなかったのねー、女王様ったら
「はいこれ」
ハインリヒがゆりに手紙を数通渡した。
「何？」
「みんなからの恋文ですよ」
「・・・部屋で読もうっと」
ゆりは手紙を胸に抱いて部屋に戻って行った。
『ゆり様、お元気ですか？こちらではあれからもう５年もの月日が流れてしまいました。今でも時々あなたの事を
懐かしく思い出します。あなたの肌のぬくもりも、優しい微笑みも、今でも忘れることができません・・』
「ううう・・・」
ゆりは手紙を読みながら大泣きしてしまった。手紙はちゃんと５通あって、どの手紙も、涙なくしては読めなかった。
みんな、こんなに想ってくれてありがとう・・・
ゆりはしばらく皆の手紙を読み返して、涙を流していた。
夕方、ハインリヒの部屋を訪ねてみると、ハインリヒも部屋にいた。机の上に手紙があるのが見えた。
「ハインリヒにも手紙あったんだね」
「ええ、女王陛下からと皆からね」
ハインリヒの目はちょっと赤くなっていた。やっぱり泣いていたのだろう。
「来たこと後悔してるでしょ」
「そんなことないですよ」
「私にも一曲聞かせてほしいな」
ゆりは部屋の中にたてかけらていたリュートを見て言った。
「いいですよ」
ゆりはしばらくハインリヒの横に座って、リュートの音色に耳を傾けていた。
すると途中から歌が加わった。
「かわ〜いい〜あな〜たへ〜恋の歌を〜捧げましょう・・・」
その日は二人で過去の事を思い、しんみりしてしまったのだった。
そんなこんなで過去の事を思い出しつつも、ゆりは過去に行く前と変わらぬ生活を送っていた。
もう一人のゆりも時々現れては男たちと再開の喜びをしあっている。
お土産も全員配ったし、虎の国のアヤコにもお土産の宝石を送った。手紙になんて書いたらいいやらかなり迷ったの
だが、アヤコも心配していることだし、何かの手違いで過去に呼ばれて観光気分を満喫してきたと書いた。
随分怪しい理由だが、まああまり詮索もしてこないだろう。
問題はミカエルなんだよねーあれから来ないし・・・
あの日から10日ほど経過していたが、ミカエルの顔は見てはいない。
どうしようかと思っていたらフリットがやってきた。フリットはゆりがあげた耳飾を付けてくれていた。
「良く似合ってるよ」
「ありがとうございます。これすごく高価だったんじゃないんですか？」
「さあ、値段はよくわからない。こっちと貨幣価値違うし、もらったからね」
「はあ・・・あの、王妃、実はミカエルがうっとおしいくらいに落ち込んでまして・・・」
フリットが椅子に座って言った。
「やっぱり？向こうでの事がばれちゃって」
「向こうでの事？やっぱり何かありましたね？」
「実は女王様のために儀式しちゃった」
フリットは一瞬目が点になっていたが、やがて納得がいったような顔つきになった。
「そうですか。それでこれだけ豪華な贈り物をいただいてきたんですね」
「実はそう・・・」
「そうだったんですか・・・」
「ミカエルにはそこまで言ってないんだけどね」
「ハインリヒがかなわない相手だから余計落ち込んでるんですよ。よっぽど王妃と仲がよかったのだろうと想像して」
「いや、別に一番仲よかったってわけでもないよ。仲良くなったの最後の方だったし」
「儀式のためにあちらの人達と仲良くなったんですか？」
「うん。でも皆良い人だったから・・・ミカエルにはなんて言ったらいいかなあ。」
「そうですねえ、ミカエルは王妃の事となるととたんにうっとおしくなりますからね」
「・・・」
「まあ、そのうち立ち直るとは思いますが・・・また呼んでやってください」
「うん。」
「ところでハインリヒなんですがね・・・あの人大丈夫ですかね？」
「え・・・何かしでかした？」
ゆりはちょっと青ざめて聞いた。
「いえ、そうではないんです。毎日朝から晩まで働いてるようなんですが・・・」
「え？そうなの？」
そういえば、宝箱掘り出した日からあまり見てないような気も・・・
「王としては、しばらくは御子様たちの指南役で戦士らにも時間があるときにいろいろ教えてやってくれると
ありがたい、ような感じで思われていたんですが・・・夕方しょっちゅう砦の方にでかけていっては他の戦士らと
見回りにでかけていってます。皆喜んでるんですが将軍らが恐縮しちゃって」
「へーどうしたのかな？ハインリヒってそんなに働き者だったのかな」
そういうイメージはまるでなかったので、ゆりは首をかしげた。
「よくわからないですが・・・見かけたら、あまりがんばり過ぎないように言っておいてください」
「うん。わかった」
ゆりは夕方ハインリヒの部屋に行ってみたが、だれもいなかった。
どうしたのかな。まさか、女王からのお手紙を読んで、帰りたくても帰れないから辛さを紛らわせるために
働いてるとか？だったらかわいそうだなあ・・・・
ゆりはちょっとハインリヒのことを心配してしまった。
夕闇が迫るころ、ミカエルは北東の森で敵を追っていた。
ーあなたの左に来ますよ
思念が聞こえて、ミカエルは同時に左の方向に力の刃を飛ばした。現れた敵は、「ぐえっ」と低い声をあげて
倒れた。
「お見事」
ミカエルの前にハインリヒが現れて、ミカエルはげっと顔を引きつらせた。一番会いたくない男だった。
「ねえ、今晩酒おごってください」
ハインリヒが突然言い出した。
「は？酒なら城でただ酒が飲めるだろ？」
「一人も寂しいんですよ。まさか夜に王妃を誘って飲むわけにもいかないし」
「・・・・」
「いいじゃないですか。ねえ」
「断る。」
「なんでです？私が怖いんですか？」
「・・・」
ミカエルはなにやら不気味さを感じてハインリヒを見た。ハインリヒは何か意味ありげにミカエルを見ている。
こいつ・・二人っきりになったとたんに殺すつもりじゃ・・・
と思ったが考えてみれば今も二人きりだ。
「あなたと王妃のいきさつでも教えてくださいよ。家どこ？」
「一体何考えてるんだ」
「別に。何も」
「・・・まあいいだろ」
こうなったらこいつがどういう奴なのか探ろうとミカエルは思い直して、共に砦に帰り、夕飯を食べて後、
ミカエルの屋敷へと向ったのだった。
しかし変な奴だ。何で一緒に酒を飲みたがるんだ・・・
ミカエルは酒を二本棚から出して杯も渡した。ハインリヒは自分で酒を注ぎ、「では我らが王妃に」と言って
酒を飲んだ。
「酒は向こうの方がずっとうまいんじゃないのか？」
ミカエルも自分の杯に酒を注いで聞いた。
「向こうは向こうで、こちらはこちらで、それぞれいいですよ」
「どうしてこっちに来たんだ？女王の命だからか？それとも王妃に思いいれがあったからか？」
「王妃の事を愛してたからです」
ハインリヒがあっさりそういうと、ミカエルはちょっと面白くなさそうに目を伏せた。
「と言ったほうが格好はいいですが、本当は違います。もちろん王妃の事はとても好きですが、あなたなら、自分の
ものにならない女を追って違う時代に行きますか？」
「・・・」
「私は戦いたかったからここにきたんですよ」
「戦いたかった？向こうでも戦えるだろう？」
「いえ、あんまり戦えません」
「なぜだ。向こうだって敵はいるだろう」
「もちろん敵はいますよ。ですが、味方も大勢いましたので、下の連中で事が足りてしまうのでね。私も大人に
なったばかりのころは敵と戦うこともありましたが、大きな戦も一度しかなかったし、騎士で上位になればなるほど
強い力を持ちながらもその力を発揮できる場というものがあまりなかったんですよ」
「・・・そりゃうらやましい話だな・・・」
ミカエルはぽけーとして言った。味方がいすぎて戦えないというのはミカエルには想像もできない。
「一番騎士の座についてからは、騎士らのまとめ役としての仕事ばかりで。それはそれで重要な仕事でしたが・・
確かに私はあなたよりは力が上でしょうが、実践経験でいったら、あなたの方がはるかに上ですよ」
「・・・」
「あなた方にはわからないでしょうが、私は楽しいですよ。こっちの生活が。」
「ふーん・・・よくわからんが・・・」
「それで王妃とのなれ初め教えてください」
「なれそめって別に・・・」
「儀式今まで何回くらいしたんですか？」
「何回って・・覚えてないな。え？儀式？」
「私二回しました。あれ？聞いてないんですか？儀式のために王妃があっちに呼ばれたんですよ」
「・・・」
ミカエルは口を開けていた。
「あんな短期間で二回も？」
「といっても一日何度もあったから、実質5.6回はしたことになるかも」
「・・・」
ミカエルは絶句していた。
「まあいいじゃないですか。向こうの皆も、本当に王妃の事を好きになってましたよ。」
「・・・」
「女王を愛してる騎士らをそういう気にさせるんだから、王妃は本当にたいした女ですよ」
ハインリヒがしみじみといい、ミカエルはもう、やれやれといった表情を浮かべていた。
次の日の午後、ミカエルがゆりの部屋にやってきた。ミカエルの表情が穏やかだったので、ゆりはほっとした。
「もう怒ってない？」
「怒ってないですよ」
「よかった」
「昨日ハインリヒと酒を飲みました」
「え？そうなの？いつの間に仲良くなったの？」
ゆりは驚いた。てっきり仲良くなりそうにない二人だと思っていた。
「それで向こうでの事を聞きました。儀式２回したんですってね」
「え・・・・」
ゆりはたじろいだ。
「でもそれはあの・・・事情があって・・」
「それについてはもういいです。別に気にしてません」
「そ、そうなの？」
「ですが一つ許せない事があります」
「え・・・何？」
「私にも蛇ください」
「え・・・」
「ひどいじゃないですか。私ももらってないのに、あんな出会ったばかりの男にやるなんて！」
ハインリヒは昨晩、蛇をもらった自慢をミカエルにしていたのだった。
「そういわれても・・・・」
「というわけで、今日は向こういきましょうね。久しぶりに」
「え・・・でも・・・最近王様と熱々で・・・昼間はそういう気には・・・」
「私のこともう嫌いになったんですか？」
「そうじゃないよ。ミカエルのこと好きだよ」
「じゃあ行きましょう。大丈夫。久しぶりだから、じっくり時間をかけてかわいがってあげますね。」
「はあ・・・」
ゆりはそのまま久々に横の部屋に移動させられた。
ハ・・・ハインリヒのアホー！！！！
ハインリヒはその頃、アナスターシャとシスに力の指南をしていたところで、もちろんゆりの心の叫びは
全く聞こえてはいなかった。
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