ゆりとシスが過去の世界に戻ってきて、はや４月もの月日が流れていた。全く日常の生活に戻っては
いたのだが、ゆりは最近よく過去の男たちの事を夢に見ていた。たった４月ほどの付き合いだったが
おいそれと忘れられるわけもない。
これって逆ホームシックってやつかも？
と思ったりするゆりだった。
相手が違う国にいるのなら、手紙のやり取りくらいはできるが、遠い過去の世界にいて今はもう生きてすら
いないのだから。会いたくてもどうしようもない。
こちらに戻ってきてゆりが一番驚いたことは、絶対浮くだろうと思っていたハインリヒが、結構皆に溶け込んで
仲良くやってる事だった。
騎士の仮面を外したハインリヒは、前よりものびのびしているような気もする。
何事にも儀礼を重んじる騎士の生活が、ハインリヒには実は堅苦しかったのかもしれない。
最初出会ったときのとげとげしい感じも、今はすっかりなりをひそめている。
実は向こうの世界で、ストレスたまりまくってたんじゃないの？
と本人に聞いてみたいくらいだが、せっかく生まれ変わった気分でがんばっているのだからそれについては
黙っていた。
ゆりは部屋で竪琴を奏でていた。この曲はディランとレイアスに教えてもらった曲だった。
せめてこの曲だけは忘れないでおこうと思い、弾いていたのだった。
今では再びハザークの侍女からも竪琴を教えてもらっているし、ハザークにもたまに聞かせていた。
しばらく竪琴の音が部屋からやむ事はなかった。
第26話
「おや？なんだか顔色が優れないですねえ」
その日部屋にやってきたヴィラがゆりの顔を近くで見て言った。
「そう？」
「体調は悪くないです？」
「まあ、普通だよ」
「ならいいんですが・・・」
ゆりはヴィラと長椅子で引っ付いて気をもらった。
「この前みたいに一杯とらないでくださいよ？」
「はーい」
こちらで気をもらう時、つい向こうのつもりでもらっていたら、男達の顔が青ざめたのだった。
気をもらう加減がすっかり狂っていたようだ。
「向こうはもらい放題だったからさー」
「よかったですねえ。強い男が一杯で」
「ねえ、ヴィラ、私がいなくなった時、泣いた？」
ゆりは引っ付いたまま聞いた。こっちに帰ってから、あんまりそういう事は男たちに聞いてなかった。
男たちの中で一番泣きそうにないがもしやと思ったのだ。
「泣いてないですよ」
「本当？つれないなあ」
「フリット殿が泣いてましたよ」
「え？」
「あなたがあんまり帰ってこないんで、王の機嫌が悪くて悪くてひーって言ってました」
「・・・・」
「どうせあなたの事だから向こうでも楽しくやってるだろうと思ってましたよ」
「まあ、楽しくやってたけどさ・・・」
その時、ゆりの左目が蛇の目に変わった。
「あなたは更に楽しくやってたんでしょ？どうせ」
ヴィラが続けて言った。
「夜遊びとかしてたんじゃないんですか？」
ゆりがべーと舌を出した。
「大変だったんだから、みんな私の言う事聞かないし、もう少しでやばかった。向こうの男って、こっちの男より
性欲強くて、だから一杯人いるんだね」
「・・・だめじゃないですか。無防備に裸になっちゃ」
ヴィラがあきれたように言った。
「だって、短期決戦だったんだからしょうがないじゃない。」
「ところででハインリヒ殿って、あなたのお気に入り？それともむこう？」
「別にどっちのお気に入りでもないよ。ミカエル以上の強引さでがんがん攻められちゃって、向こうが最終的には
情にほだされてたけど。まあハインリヒにはこっちの方があってるのかもね。強い男って、自分の力を試してみたく
なるもんじゃない？」
「そんなもんですかね。まあ、確かに、平和な時代だとあの力は、宝の持ち腐れですけどね。好戦的な
性格だと、物足りないでしょうね。・・・何してるんです？」
ヴィラはゆりの足を見て聞いた。ゆりは片足をヴィラの膝にのっけてすりすりしていた。
「だってえ、ヴィラが全然その気にならないからつまんない」
「その気になったらいろいろサービスしてくれます？」
ヴィラが微笑んで聞いた。
「やだ」
「じゃあその気になりません」
「もージュノーやミルキダスやフリットはそんなことひとっことも言わないのにー」
ゆりは頬を膨らませた。
「あなたももうちょっとサービス精神が旺盛になれば、儀式で女蛇降りてくるんじゃないんですか？」
「いいよ今更降りなくても」
ゆりは再び舌を出した。
午後、ゆりは長椅子に寝そべってぐーと眠りこけていた。ゆりのおなかの辺りには蛇のルーが寄り添って
眠っている。
唇に何かぬめっとした感触がしてゆりは目を覚ました。上を見ると、ハインリヒの顔があった。
「今何かした？」
「なめました」
「・・・」
ゆりは唇を尖らせて体を起こした。ハインリヒは目を覚ました蛇を手にとった。
「かわいいね」
ハインリヒが下に降ろすとルーはそのまま離れて行った。
「何か用？」
「用といえば用ですよ」
「何？」
「そろそろ、あなたの胸が恋しくて」
「え・・・」
「あっちに隠し部屋あるでしょ」
ハインリヒが視線を横に送った。
「なんで知ってるの？」
「あなたが男といるのを感じた」
「・・・」
「恋人全員といちゃいちゃした？」
「え・・・全員じゃないよ。」
「一杯働いたんだから褒美くださいね。王妃」
「えー！」
ハインリヒはそのままゆりを抱き上げて横の部屋に移動した。
「ふーん。ここがあなたと恋人達の部屋なんだ・・・」
ハインリヒはゆりをベッドに下ろして部屋の中を見回して言った。
「ようやくハインリヒがまともな人だと思ってたところだったのに・・」
ゆりはぶつぶつ言っている。
「私はまともですよ。来て早々あなたにちょっかい出すのもひんしゅくだったので、しばらく我慢してたんです」
「別に私が目的でこっちきたわけじゃないんでしょ？」
「そう言ってほしいんでしょ。本当は？」
ハインリヒがにやっとして聞いた。
「いや、別に・・・自分の力を試したかったんじゃないの？」
「戦いは楽しいですが戦うばっかじゃつまらないじゃないですか」
「他に恋人つくったら？もてもてなんだし。胸の大きい恋人作ったら？」
ゆりは引きつった顔で言った。
「い・や」
「なんでよ・・・みんなかわいいでしょ？」
「あなたの柔らかい胸がいい。さ、ほら、早く脱いで」
ハインリヒはゆりの服に手をかけた。
「わ。私に拒否権は・・・」
「そんなもんないですよ」
「なんでー！」
「だって恋人でしょ？王も認めてくださったし、あなた私を好きだって言ったじゃないですか」
「そりゃ言ったけど・・・」
ハインリヒはベッドの上に寝かせて上に乗った。そしてゆりの胸元をはだけさせて下着をずらした。
すでにゆりの体を魔法で動けなくしているので、ゆりは全く動けない。
ハインリヒはゆりの胸をなでて胸の先端をなめまわした。
「あなたの肌、本当にいい匂いがしますね。王に一杯抱かれたからかな？」
「せっかく見直した所だったのにー」
「この柔らかい胸が好き」
全くこの男だけはわけがわからん！
「王妃、口付けしてください。ちゃんと心をこめて」
ハインリヒが顔を寄せて言った。
「なんで私にこだわるの。せっかくだから新しい生活で、新しい女の子と・・・うう・・・」
唇はそのままふさがれた。そのまましばらく口付けをされてしまった。
「まあ、赤い月を一人で過ごすのも寂しいし、その時には他の女の子と過ごすかもしれませんけど、普段は
いやです」
「なんで？」
「女に気遣うの面倒くさい」
「え・・・・普通王妃様に一番気遣うもんじゃないの？」
ゆりの顔は引きつっている。普通はそうだろう。
「普通の女の子と素で付き合えばいいでしょ！」
「今更何言ってるんです？あなたと私はすでに肌の蛇さえ交わった深い仲じゃないですか。
うれしいですよ。一番位の高い女性にこういうことできて。女王陛下には普段触られもしませんでしたからね」
ハインリヒはそういいつつゆりの服を脱がしだした。
「しかもあなたはすぐ感じてくれるし」
この男はー！！！やっぱりミカエルよりたち悪い！
「金色の蛇ちゃんに久しぶりに会える♪」
ハインリヒは楽しそうにゆりに愛撫を始めたのだった。
そしてしばらく後ー
「あんまり蛇ちゃん出てこなかったですねえ。あなた感じてる振りしたんです？」
ハインリヒがちょっと不服そうに言った。
「そんなわけないでしょ。こっち帰ってからそんなにでてこないの」
「そうなんですか？私の蛇も動かなくなってしまったし、残念だなあ・・・」
「いいよ。魔王動かなくて」
「魔王？ふふ、名前まで付けてかわいがってくれて」
「違うよ」
ハインリヒはしばらくゆりの体を抱きしめていたが、やっぱり胸ばっかり触っていた。
やっぱりハインリヒってよくわからん・・・
顔を見るとにっと笑っていた。
王妃様なのに、なぜ私は臣下であるはずの男たちに強く出られてしまうんだろう・・・
おかしい・・・何か間違ってる・・・
その時、過去の女王様のことが頭に思い浮かんだ。
そうか、私に足りないのは王妃様らしい気品だ。気品さえ備われば、男たちもははーと言うことを聞くに
違いない。
そう思ったが、王妃様らしい気品はどうやったら備わるのか。
ゆりは夜、寝室であったラクシュミに聞いてみた。すると、ラクシュミはぷっと吹き出した。
「そんな笑う事ないじゃない」
「ふふふ。お前、２０年もなかったものが今更どうこうしたってでてくるもんじゃないだろう」
ラクシュミはおかしそうに言った。
「昔王妃教育を受けたって無理だったじゃないか」
「ぐ・・・」
「しかもよくさぼってたし」
「あの頃は、微妙な時期だったからさー。王様も冷たかったし」
「まだ根にもってるのか」
「まあ今は優しいからいいけどー」
どうせ暇だから、王妃様らしくなる勉強でもしましょうかねー。
と思いつつゆりは眠りについた。
すると、夜中、なんだかおなかがずきずき痛んで目を覚ましてしまった。
ゆりはおなかのあたりをさすった。
痛みはすっと引いたのでゆりは別段気にしなかった。
次の日、ゆりはまず言葉使いを改めようと思い立ち、ちょうど部屋にやってきたフリットにいつもよりも高い
トーンで言ってみた。
「まあ、おはよう。フリット、本日はどうなさったの？」
優しい笑みを浮かべていると、フリットがぷっと笑った。
「どうしたんですか？なんか変ですよ？」
「えーなんで、王妃様らしい気品を感じなかった？」
フリットは横を向いて笑った。
「ひどい」
「それにどうなさったのって今日は気あげる日だったのでは？」
「そうだっけ？」
「・・・・」
「ほほほ、わたくしったらすっかり失念してましたわ」
とゆりは言いなおした。
「まあどうでもいいですが、どうなさったんですか？それ」
フリットはゆりがブランケットで体を巻いてるのを見て言った。
「今日なんだか寒くて・・・」
「そうですか？いつもよりも暖かいですがねえ」
外はぽかぽか天気だった。フリットはゆりに近づいて額に手をあてて、首元に手をあてた。
「ちょっと体温低くなってますね」
「そう？」
「いつもの王妃に比べてですが・・・フレイ様を呼んできますから、王妃はベッドで寝ててください」
「はーい」
ゆりは素直にしたがってベッドの上にいた。するとフレイとフリットがやってきた。
「確かに、いつもの王妃よりも体温が低いですね」
フレイはゆりの体に触れて言った。
「気分はどうですか？」
「別に悪いことはないけど・・・」
「うーん・・・」
フレイはゆりのおなかの方に触れてみた。
「妊娠中はよくあることなんじゃない？」
ゆりが言った。
「まあ、そうですが・・・とりあえず、あまり冷えるのもよくないですから、布団の中にいてください」
「はーい」
「何かあったらすぐ呼んでくださいね」
「うん」
フレイは出て行った。
「寝てるのも暇だなあ。」
「一応気あげましょうか」
「うん」
フリットは布団の中に入ってゆりを軽く抱きしめた。
ゆりは相手がフリットだったので、何の警戒心もなく、いつの間にやらぐーと寝てしまっていた。
白い世界に、緑の長い髪の男が立っていた。
「あーディランだ。ディラーン！」
男は振り向いた。やはりディランだ。ディランはゆりを見ると、微笑んで抱きしめてくれた。
ディラン・・・
ゆりが目を覚ますと、フリットは起きてゆりを見ていた。
「どうかしたんですか？」
「ううん」
まさか違う男の夢を見たとはさすがにフリットにも言えないので、ゆりは黙っていた。
それにしても・・・本当に過去の皆のこと頻繁に夢を見るなあ・・・
昨日はドルイドでてきたし・・・
なんだか人恋しい感じ・・・
ゆりはフリットの背中に腕を回してぎゅっと抱きついた。とても寂しい気分になったからだった。
体温が低いのは次の日には治っていたので、ゆりは午後、ハザークの元を訪れていた。
「ねえハザーク様、王妃様らしい威厳と気品はどうやったらでるの？」
ゆりの突然の質問に、ハザークは目を見開いて、やがて笑った。
「なんなんだ。突然」
「王妃様らしい気品が欲しいんです」
「気品？お前には無理じゃないのか？」
ハザークはあっさり言った。
「ひどい・・・」
「別にいいじゃないか今更」
「だってえ、もっと王妃様らしくなりたいんだもん」
「王妃ってのは、王の后だ。王の子供を産んだお前はこれ以上ない王妃だと思うが？」
「そりゃ、そうですけど・・・でももっと、皆がへへーっていうような何かがほしいんですよ」
「なんでだ？」
「皆に侮られないように」
「誰が侮ってるんだ？」
「誰って事はないですけど・・・」
「我が一言言ってやるから言ってみろ」
「え・・・」
いえませんって。
「もうこの話題はいいです」
変な事になりそうだったので早々に話を打ち切った。
その時、ゆりはまたおなかがずきりと痛むのを感じた。
わっまただー、なんかすごい痛い・・・
「ハザーク様、すいません、ちょっとおなか痛くなったので部屋送ってくれます？」
ゆりはおなかを押さえて言った。
「いいぞ」
ハザークも一緒に移動した。
「ミラ、ちょっとフレイ呼んできて」
ゆりは部屋にいたミラに言った。
「はい、わかりました」
「大丈夫か？王妃」
「大丈夫です。ベッドで寝てれば・・・」
寝室の方に歩いていこうとしたゆりは、そのままずるりと下に崩れ落ちた。
「王妃！」
ー王、王妃が倒れた
ハザークはラクシュミに思念を送った。
ラクシュミはすぐ部屋にやってきた。ハザークはゆりをベッドに乗せた所だった。
「ゆり、ゆり、どうしたんだ？」
ゆりの顔は蒼白になっていた。ひどく顔色が悪い。
「これはいかん」
ラクシュミはすぐにフレイを呼び寄せた。
「う・・・うー・・・・・うー・・・・」
ゆりは低くうめき声をあげていた。
「王妃！」
やってきたフレイはすぐゆりを診察した。
ーもしかして流産しかかっているのかもしれません
フレイがラクシュミに思念を送った。
ーえ？流産？
「今日、何か運動されました？」
「さあ・・・ゆりは普段そんなに運動はしないぞ？」
「変わった物食べられたとか」
「侍女に聞いてみよう」
ラクシュミは寝室を離れた。
「ひどく苦しそうだな・・・」
ハザークは心配げにゆりを見下ろした。ゆりは青い顔でうんうんうなっていた。
「今日は変わったもの食べてないようだぞ。」
ラクシュミが戻ってきて言った。
「こっちに来た時も何も食べなかった」
ハザークが言う。
「ではどうなさったんでしょうか。」
フレイも首をかしげるばかりだった。ラクシュミがゆりの額をなでると、汗がにじんでいた。
「うーん・・・」
ゆりはそのまま目を閉じてしまった。
「ゆり！」
「王妃！」
「脈はちゃんとあります。弱くなってますが・・」
フレイはゆりの手首にふれて言った。
「気をやってもだめなのか？」
ハザークが聞いた。
「何か原因があるとは思いますが、強い気を吸収すれば、少しよくなるかもしれません」
ハザークはゆりの額に手をあてて気を与えた。
「体温が高くなってきたな・・・」
「すぐ戻ってきますので」
そう言ってフレイは出て行った。
「ゆり・・・しっかりしろ・・・」
ラクシュミとハザークは、心配げにゆりを見下ろしていた。
やがて、ゆりがふっと目を開けた。
「ゆり、大丈夫か？」
「大丈夫だよ・・・心配しないで・・・」
ゆりはか細い声で言った。
「ゆり・・・」
「すぐよくなるから・・・王の間に戻ってて」
「いや・・・」
「我がここにいる。何かあればすぐ呼んでやる」
ハザークがラクシュミに言った。
「・・・」
「王様、大丈夫だよ・・・」
「ゆり・・・わかった。」
ー何かあったらすぐに呼んでくれ
そうハザークに思念を送り、ラクシュミは消えた。
フレイが戻ってきて、ゆりの額に氷嚢をあてがった。
「私大丈夫だから・・・」
大丈夫といっても顔色は悪く、体温もあがっていた。ひどくしんどそうだ。
「熱さましは飲ませないのか？」
「原因が分かりませんので、今下手に薬湯を飲ませるのも危険なんです」
「そうなのか・・」
ゆりはうつらうつらと眠ったり起きたりを繰り返し、なかなか状態は普通には戻らなかった。
夕方になり、話を聞いた子供たちもやってきた。
「お母さん・・・」
「母様・・・」
今まで見たこともない母親の様子に、子供たちも不安そうだった。横の部屋ではゆりの侍女たちが
祈るように手を合わせて座っていた。
その頃ゆりは夢を見ていた。
夢の中には過去で出会った５人の男達がいた。
「みんな・・・どうしたの・・・・？」
ーゆり様がんばって・・・
ーがんばってください・・・
ーあなたならきっとできますよ・・・
「何の事を言ってるの？」
ー我々はずっと、あなたのことを見守っていますよ
ーこれで、側にいれますね・・・
「うーん・・・レイアス・・ディラン・・ドルイド・・」
「あ、過去の男達の名前を呼んでる！」
シスがはっと気づいて言った。
「フークス・・・ルーク・・・・」
ーハインリヒ！すぐ母様の寝室に来て！
シスはハインリヒに思念を送り、ハインリヒはすぐに飛んできた。
「どうしたんですか？王妃！」
ハインリヒはベッドのゆりの様子を見てぎょっとした。
「わからないんだけど、母様が過去の男達の名前を呼んでるんだ」
「王妃！しっかりしてください！」
ハインリヒはゆりの手を握り締めて言った。
「うーん・・・うーん・・・」
「蛇紋が出てるな」
ハザークが言った。
「え？蛇紋ですか？」
フレイが聞く。
「ああ、おなかに二匹出てるぞ」
「どうしてこんな時に？」
その時ゆりの目がぱっと開いた。左目は蛇の目だった。
「子供が産まれる」
「ええ！？まだ御子様はだいぶ早いですよ？」
フレイが驚いて言った。
「違う。蛇の子供が産まれる」
「蛇の子供？蛇って、蛇紋のことですか？」
フレイの声は裏返っていた。そんな奇妙な話はきいたことがない。
その時ゆりの目が閉じて、両方黒目になった。
「服脱がせて、おなかだして」
「は、はい・・・お、御子様たちは外に出ててください」
フレイは３人の子供らに言った。これから何がおこるのか見当もつかないが、子供らの目にさらすのは
どうかと思ったのだ。
「僕いたい。何があっても母さんを嫌いになったりしないから」
ラギが言った。
「ですが・・・」
「いいよ・・いても・・」
ゆりが言い、フレイはゆりのおなかの方をはだけさせ、タオルで胸の方を覆った。
おなかには弱く金色の二匹の蛇が円を描くように浮かんでいた。
ハインリヒはあまりの事にベッドの横で呆然としている。
「あの・・・蛇紋の子供って・・・どうやってでてくるんですか？」
フレイがおそるおそるハザークに聞いた。
「さあ、我も見たことがないからなあ。」
「卵でしょうか、それともそのまま？」
「まあ、普通の蛇とは違うからな。卵ってことはないだろう」
「じゃあ、産まれた子供はどうすれば？」
「どれだけ産まれるかしらんが・・・オスなら王妃の肌においてはおけないだろうな。王妃の男らにやったら
いいんじゃないのか？」
「そんなことできるんですか？」
「わからんが・・・おい、王妃の恋人達を呼んでおけ」
ハザークが子供らにいい、シスが「僕が呼ぶ」といって、皆に思念を飛ばした。
「王妃、王を呼んでもいいか？」
ハザークがゆりに聞いた。
「うん・・・」
「大丈夫だ。何があっても、王はお前を嫌いになったりしない」
ハザークは優しくゆりに言った。
「シス、シャナーンとジェナサイトもよんでおいて」
「うん。わかったよ」
「なんか・・・10匹以上いるかも・・・」
ラクシュミがやってきて、一同が一体何が起こるのかと固唾をのんで見守る中、ゆりのおなかの金色の
蛇の真ん中に、やがて小さな大人の男の中指ほどの長さの蛇が、一匹浮かんだ。色は鮮やかな緑色をしていた。
「ヴィラ呼んで」
寝室にヴィラがやってきた。
「ヴィラ、おなかに手あてて蛇をもらって」
「は、はい」
ヴィラが右手の平をおなかにあてると、ゆりのおなかにいた蛇は、ヴィラの手に移った。
「・・・」
ヴィラは奇妙な面持ちで蛇を眺めながら横の部屋に移動した。
「次も緑だよ」
ラギが言った。
「ジュノー呼んで」
ジュノーも同じように蛇をもらった。そして次に浮かんだのは黒い蛇だった。
「ハインリヒのだね。もらって」
「・・・・」
ハインリヒは泣きながら右手の平をおなかにつけた。黒い小さな蛇はぺったりと手の平についていた。
「次は赤いね」
アナスターシャが言った。
「ミルキダス・・・」
「今度は紺色のがでてきた。」
「これは・・・シャナーン」
「また黒いのが出た！」
「・・・ミカエル呼んで」
ゆりはちょっと笑って言った。
「また緑だよ」
「フリット」
小さな小さな蛇は、それは鮮やかな色をしていてとても綺麗だった。この不思議な出来事に、子供達の目からは
思わず涙が出ていたし、フレイも感動していた。ラクシュミとハザークは優しげに見守っている。
「いいなあ。私も欲しい」
あまりに綺麗でかわいかったので、アナスターシャが言った。
すると金色の小さな蛇が現れた。
「それはメスだ」
ハザークが言った。
「アナスターシャもらう？」
「うん！」
アナスターシャは手の平をつけて、金色の蛇をもらった。
「また緑がでたよ」
「イシュタール」
「今度は赤」
「これはジェナサイトにあげて」
「また金色だよ」
「シスもらう？」
「うん」
シスも金色の蛇をもらった。そしてまた金色の蛇が浮かんだ。
「ラギも欲しい？」
「え・・・でも・・・」
「もらいなさいよ」
「そうだよ。」
アナスターシャとシスが言い、ラギがうなずいて手の平をかざして、金色の蛇をもらったのだった。
それっきり蛇は現れず、金色のゆりの蛇も消えてしまった。
「どうやら終わったようだな」
ラクシュミが言ってゆりのおなかの上に布団をかけた。
「女の子は一匹しか産まれなかったね。男の子あんなに一杯産まれたのに」
アナスターシャが手の平の蛇をなでながら言った。
「いや、二匹だろう」
ハザークが言った。
「え？もう一匹はどこにいるんですか？」
「きっとおなかの赤ん坊の所にいったんだろう」
「そうだな。これで黒蛇の謎も解けたな。全部で１４匹も産んだのか。大出産だったな」
ラクシュミが納得したように言った。
蛇をもらったのが１２人。きっと残りの２匹は赤ん坊の所に。
これで未来から来た息子の背中に黒い蛇がいた謎が解けたのだった。
横の部屋では、男たちが不思議な感動を覚えながら、蛇の見せ合いをしていた。
「それ、私の蛇の子供です」
ハインリヒがミカエルに言った。
「・・・別の色がよかったな・・・」
ミカエルが横を向いてぼそっと言った。
「でもすごくかわいいですねえ。もしかして、大きくなるのかもしれないですよ」
ジュノーが言った。
「そうだったらいいなあ・・・」
とヴィラ。
「ああ、王妃の蛇の子供ってだけで愛しい。毎朝なでなでしてかわいがろう」
シャナーンは蛇をなでながらうれしそうに言っていた。
やがて男たちは消えて行き、子供たちも自分の部屋に戻って行った。
寝室にはラクシュミだけになった。
「・・・王様・・・ごめんね・・・」
ゆりがぽつりと言った。
「ん？どうしてだ？」
「だって・・なんだか王様を裏切ったような気分だから・・・」
ラクシュミはゆりの頭をなでた。
「それだけ過去の男達の思いが強かったということだろうな。短い間だったのに、いい出会いだったな」
「・・・」
「それにあの子蛇からは力を感じたからな。もしかしたらみんなの力があがるかもしれないな・・・」
ラクシュミはそっちの期待をしていた。
「もう、王様ったら・・・」
「まあ、記録に残る大出産だったんだから、お前はしばらく安静にしていろ」
「はーい」
「じゃあおやすみ」
ラクシュミも消えた。
すごくびっくりしたけど・・でも・・・これで皆の蛇の子供にいつでも会えるんだね。うれしいな・・・
皆に見せてあげれないのは残念だけど・・
でも皆、喜んでくれてるよね・・・
ゆりは過去の男達の思いを胸に、穏やかな眠りについたのだった。