古代叙事詩の授業は、５日に一度ほど定期的に行われていた。教えていたのはハインリヒで、３人の子供たちは

毎回参加して、シャナーンや、古代叙事詩に興味を示した他の戦士たちも手が空けば参加している。

ハインリヒは丁寧に発音の仕方を教えて、皆で分かるまで発音し、訳を思い浮かべながら歌にして覚えていくのだ。

ハインリヒがこの時代に来てくれてよかった、とラギなどは心底思っていた。ただ訳と発音だけあっても、簡単には

覚えられるものではない。発音も、教本を見ての発音よりも、詳しい人の発音をじかに聞いた方がいいにきまってる。

３人の子供たちの中で、一番覚えがいいのがやはりラギだった。ラギはただ自分の楽しみのために覚えている。

次にはシスで、アナスターシャがどうしても最後だった。授業が進めば進むほど、最初から暗記していく

のが難しくなっていた。全部で詩は１００以上あるというのだから気が遠くなる話だ。


あーあ、私が母様のおなかにおいてきた記憶力を、ラギが持って行ったに違いない。


アナスターシャは真面目にそう思っていた。


本当に全部覚えることなんてできるのかなあ・・・

最近は力の修行も、古代流で全部古代語で行われていた。古代語そのものは前より大変ではなくなっていたが、

それでも得意な方ではない。


あーあ・・・

まあ、ちょっとずつやるしかないけどね。

後50年もすれば、嫌でも全部覚えてるに違いない。多分・・・


と将来に淡い期待を抱いているアナスターシャだった。



ある夜、アナスターシャは夢を見ていた。空は澄んだように青くて、木々の葉っぱもきらきら輝いている。

どこかの森にきてしまったようだ。

森を抜けていくと、目の前に綺麗な大きい屋敷が見えた。


まるでつくりたてみたいに綺麗だなあ。ここは一体どこだろう？


どこからか楽器の音色が聞こえてきた。

アナスターシャは屋敷の前の庭を歩いて行き、裏に回ってみた。庭には綺麗な花々が植えられていて、綺麗な色の

蛇もいる。


あ・・・誰かいる・・・

庭においてある白いテーブルと椅子のところに、だれかが座っていた。その人が楽器を弾いていたらしい。

ハインリヒがもっているようなリュートの音色だった。


銀色の髪だ・・・王族の人かなあ・・・


肩の真ん中くらいまでのびている髪は、銀色にきらきら輝いていた。

楽器の音色がやんで、その人物が顔を向けた。


「こんにちは、かわいらしいお嬢さん」

銀の髪、紫色の瞳をしたその人は、とても優しい笑顔をアナスターシャに向けたのだった。



第27話

奇跡の大出産から１０日が経過していた。ゆりはまだベッドにいたが、寝たきりというほどへばってもいない。

自分自身の出産の時よりもかなり楽で、念のためごろごろしていただけだ。

体はちょっとだるいかな、程度だった。


今では皆のところに行った子蛇ちゃんを見せてもらうのが楽しみになっていた。

なぜ子蛇ちゃんが出てきたのか、という事については、だれもゆりに何も聞いてはこない。ミカエルもそうだった。

まあ、ゆりが元気になれば聞いてくるのかもしれないが、結構皆蛇をもらって喜んでいるようだ。


その日もゆりの寝室にはミルキダスがお見舞いに来てくれていた。


「大丈夫ですか？王妃」

「うん。もう元気よ」

ゆりはミルキダスの左手の甲にいる蛇をなでなでした。蛇によってのびているものもいれば丸まっているものも

いる。ミルキダスの蛇は胴体がちょっとくねっと曲がっていた。


「産まれた時よりは皆色ちょっと薄くなってるかもね。」

「はい。でも、肌の蛇よりはかなり濃い色ですよ。子供たちがうらやましがって・・・」

「へー」

「なんだか自分の蛇の子供のような気がしますよ」

「そうだね。そのうち子蛇ちゃんはそっちがお父さんだと思うかもね」

ゆりは笑って言った。ジュノーやヴィラも同じ様な事を言っていた。シャナーンにいたっては、あまりに可愛がり

過ぎているようで、前からいる肌の蛇が妬くんじゃないかと思うくらいだ。

皆それぞれ愛着をもってくれて、子蛇ちゃんも喜んでいることだろう。


「あれから不思議な事がありました」

「なあに？」

「瞬間移動で飛べる距離が遠くなったんです」

「力があがったってこと？」

「そうみたいです」

「よかったね。王様大喜びだね」

ミルキダスはうれしそうだった。


その日の午後、アナスターシャとシスがやってきて、暗記中の古代叙事詩を歌ってくれた。


この地に永久の平安を

我が一族が永遠に続くように

いかなる災いも退けられるように

人々の顔から笑みが消え去らないように

私は祈りを捧げよう


古代叙事詩はこんな書き出しで始まるのだった。訳の内容はその章によって様々で、綺麗な情景を

歌ったものや、恋愛の話、戦いの話、神々の話様々だ。初代の王様は結構なロマンチストであったようだ。


二人は綺麗に合唱して歌ったので、ゆりは拍手した。

「すごいねー結構覚えたんじゃない？」

「えへへ」

アナスターシャが得意げに言った。

「姉様間違えなかったねえ」

シスも驚いている。


「実はね。夢の中に男の人が現れて、一緒に歌ってくれたの」

「男の人？」

「銀色の髪で、なんだかかわいらしい顔した人がでてきたよ。そしたらすんなり覚えられた」

「へーフークスかなあ。シスも？夢みた？」

ゆりがシスを見て聞いた。

「僕はドルイドに出会ったよ」

「ドルイド？」

「きっとドルイドの子蛇じゃないのかなあ」

「てっきりフークスの子供かと思ってたら違ったんだ。」

ゆりは驚いた。ドルイドの子蛇は一匹紺色のが出てきたが、もう一匹は母親に似て金色だったようだ。

「ラギのは誰の子供だろう・・・」

「僕も、あれから古代語とかがすんなり頭に入ってくるんだ。なんだか覚えやすくなったみたい」

「へーよかったねえ」

「うん」

二人はうれしそうだった。


一方ラギは、元々頭がいいので、古代語や古代叙事詩が覚えやすくなったという自覚はなかったのだが、

たまに夢の中で綺麗なお城が見えたりしていた。

親蛇の記憶を子蛇が受け継いでいるのかもしれない。

ラギはそう思っていた。


町の図書館に行きたいなあ・・・誰かに連れて行ってもらおうかな？


ラギはそう思い、部屋から外に出ようとして、気づいたら城の外にいた。

「あれ？」

ラギはきょろきょろ辺りを見回した。

僕部屋の中にいたのになあ・・・なんで城の外にいるんだろう・・・・？？？


ラギは首をかしげながら歩いて行った。それからも不思議な事は続いた。どっかに行きたいと思えば

勝手に違う所に移動している。といっても、そんなに遠くではなく、城の別の場所だったり、部屋のすぐ外という

近場なのだが。


もしかして・・・僕瞬間移動ができるようになった？


どうやら子蛇ちゃんは、ラギに力をちょっと与えてくれたようだった。



「ありがとうございます。私の子供産んでくださって」

ベッドの横である日ハインリヒがゆりに言った。

「産んだのはハインリヒの子供じゃなくてハインリヒの蛇の子供だから」

とゆりは訂正した。

「どっちも同じですよ。マー」

「いや、大きな違いがあると思うけど・・・」

「マーとこっちに来てよかった♪」

ハインリヒはとってもうれしそうだ。

まだマーマー言ってるのね・・・


「ハインリヒだけは唯一本当のお父さんと一緒だね。喜んでるかな」

「喜んでますよ。きっと。皆にも見せてあげたかったですよ」

「そうだね・・・」

ほのぼのしていたらミカエルがやってきた。そしてハインリヒを見てちょっとむっとした顔をした。

「ミカエルの子蛇ちゃんも見せてー」

「王妃ーなんで私に黒いのくれたんです？」

ミカエルはゆりに手を見せながら言った。

「だって、ミカエル黒似合うから。いいじゃん。せっかくだからハインリヒと兄弟のように仲良くなったら」

「それは嫌です」

とハインリヒが言った。

「私もやですよ。」

「ミカエルは何か変化あった？みんな力があがったり不思議な夢みたりしたようだよ」

「ありましたよ。力が上がったのを感じます。それから、ハインリヒが女に囲まれてキャーキャー言われてる

夢見ました」

ハインリヒがぎょっとした。

「返してください。子蛇！」

「いやだ。王妃の蛇の子供だから返さない」

ミカエルは舌を出した。


その時、遠慮がちにジェナサイトが寝室にやってきた。

「あ。ジェナサイト」

「こんにちは、王妃、後で出直しますね」

ジェナサイトはハインリヒとミカエルを見て言った。

「いいよ。おいでよー子蛇ちゃん見せてー」

「・・・それが・・・」

ジェナサイトの顔がしょんぼりしてきた。

「どうしたの？」

「いなくなってしまったんです・・・せっかくもらったのに・・・本当に申し訳ありません」

「いなくなった？」


ジェナサイトがそれに気づいたのは蛇をもらって5日目のことだった。どこを探しても子蛇の姿はなく、まさか

部屋の中に逃げたのかも、と思い部屋の中を探したものの、いなかったのだ。

それ以来かなりしょげていた。


「いなくなることなんてあるのかなあ？」

ゆりが首をかしげた。他のみんなの蛇はちゃんと肌にいるのに、一匹だけ消えてしまうことがあるのだろうか。

「本当にすいません」

ジェナサイトはひどく悲しげだった。

「他の場所に移動したんじゃないのか？どれ、確かめてやる」

ミカエルが言ってジェナサイトを横の部屋につれて行った。


「彼は王妃の恋人じゃないんでしょ？どうしてあげたんですか？」

ハインリヒが聞いた。

「なんとなく頭に浮かんだから。ジェナサイトにたまに気もらったりしてたし」

「そうですか」

実はジェナサイトの名前を言わせたのはもう一人のゆりだった。理由は、昔一緒に死んだ振りをした仲

だからだ。


やがて、二人が戻ってきた。ジェナサイトはほっとした顔をしている。

「いましたよ」

「どこにいたの？」

「足の裏」

「えー？」

ジェナサイトは靴下を脱いだまま、足を少し曲げた。確かに右足の裏に赤い蛇が丸まっている。

「やだーめちゃくちゃ移動したんだねえ」

「よかったですー。でも、蛇踏むのは嫌なんですが・・・」

まさかそんなところにいるとは思わなかったので、ジェナサイトも足の裏まで探してなかった。

「また移動するんじゃない？ジェナサイトの蛇が一番やんちゃなんだね」

ゆりは笑って言った。

「あなたも暇な時に古代叙事詩の授業参加しませんか？子蛇をもらった人は覚えやすいようですよ」

ハインリヒがジェナサイトに言った。

「はい、わかりました。今度参加します」

「ミカエルも覚えてるの？」

ゆりが聞いてみた。

「いやーなかなか暇がなくて・・・」

「シャナーンはもう結構覚えてますよ」

ハインリヒの言葉にミカエルはぎょっとした。

「あの坊や、すごく熱が入ってますね。時々私をすごい目で凝視してるんですが・・・」

「くそ、シャナーンには負けてられない。それでは王妃、また」

と言ってミカエルはでていき、他の二人も出て行った。


みんながんばってるねえ。


いずれは学校の授業で古代叙事詩を皆に教えるのが夢らしい。そのため学校で古代語を教えてる教師たちにも

教えたいようだ。


後20年もすれば、子供たちも自然に歌うようになるのかな。そうすれば過去の時代に一歩近づくのかもしれない。

そうゆりは感じていた。


その頃ラギは、広い庭園で瞬間移動の練習をしていた。

「わーいわーい。飛べた飛べた」

移動する距離はすぐ側でたいしたものではなかったが、今まで全然できなかったことができるのだから、

ラギとしてはかなりうれしいことだ。

「よかったですねえ。ラギ様。本当によかった」

それを見ながらミルキダスは涙目になっていたのだった。



すすむ