古代叙事詩の授業に参加者が増えだしてきた。子蛇をもらった男たちも時間が空けば参加していたし、ユリウスやジュメ

も参加していた。といっても皆それぞれ仕事があるので、毎回参加できるわけでもなく、授業も初心者用から中級者

用にわけていた。全部ハインリヒが教えるのも大変なので、古代語の研究者らも教師として教えたり、ラギも教えたり

している。この日も図書室にユリウスとジュメ、ジェナサイトとヴィラがいた。

ジュメは、最近激しく運動すると怒られるので、頭でも使おうと思い参加していたのだった。

「ヴィラ様、子蛇見せてください」

ジュメがヴィラに言うと、ヴィラは「いいよ」と言って右手を見せてくれた。ジュメとユリウスが一緒にそれを眺めた。

「イシュタール様と同じ色ですね」

「そうだよ。」

「かわいいですねー」

ユリウスも言った。二人ともアナスターシャらからも子蛇を見せてもらっていた。やはりそこは女性、小さくて

可愛い物には目がない。

「ジェナサイトお前のも見せろ」

ユリウスは向かい側にいたジェナサイトに言った。

「無理だ」

「なんでだ」

「ん？もしかして、まだ手に戻ってこないんだ？」

ヴィラが気づいて言った。

「そうなんですよ。今背中にいるんです」

「え？背中にいるんですか？」

ジュメが驚いた。

「ジェナサイトの子蛇は結構移動しまくってるんだよ」

「はあ・・・元気なようで・・・」

ジェナサイトは頭をかいた。

別に移動すること自体、ジェナサイトに何の害もないのだが、足の裏やおしりにこられると、ちょっと困る。

一時蛇が移動する所を見届けようと思い、じっと眺めていたのだが、見ている時は全然動かず、ジェナサイトが

寝てる間に勝手に動いてるようだった。蛇が動いても感触はまったくなく、全然気づかないのだが、毎朝子蛇

探しが日課になってしまった。

ジェナサイトの肌には元々完全な蛇はいない。胸からおなかにかけて蛇の胴体のような模様があるだけだった。

蛇が一匹肌にいるというのは一族の中でも40人ほどで、ジェナサイトのように蛇の体の一部があったり、胴体

だけだったりする者も多いのだ。だからたとえ子蛇でも、一匹肌にいるというのは、ジェナサイトにとっては

うれしい事だった。


ラギがとことこ図書室にやってきた。

「すいません、ラギ様自らに教えていただいて」

ユリウスが言うと、ラギは照れたように笑った。

「いいんだよ。僕皆の役に立ててうれしいから。じゃあ始めようね」

そう言って、ラギはみんなに古代叙事詩の本を渡した。本はシスが持って帰った本を、新たに作ってもらったのだ。

こうしてラギによる古代叙事詩の初心者向け講座が始まったのだった。


「ラギ様は本当に物を教えるのが上手ですねえ」

授業が終わった後、ジュメが心底感心するように言った。

「そうかな？」

「私もびっくりしましたよ。」

とヴィラ。わずか8歳の子供に教えてもらうということについては、だれもなんとも思ってないようだ。

「僕全部覚えたら、子供たちに教えたりもしたいなーって思ってるんだー。絶対子供の方が覚えやすいからねー」

「王子様に教えていだけるなんて、子供たちも緊張してしまいそうですね」

ユリウスが微笑んで言った。


その時、部屋の中にぱっとハインリヒが入ってきた。

「どんな感じですか？」

「今終わったよ」

「そうですか。王子は良い先生でしょう？」

ハインリヒが皆を見て言った。

「なんといっても僕の先生がいいからね」

ラギが言うと、ハインリヒは笑っていた。


ハインリヒが出て行った後、ジュメが思わず言った。

「やっぱりハインリヒ様って素敵ですねえ・・・」

強いだけではなくハインリヒの気も魅力的だった。

「ジュメ、イシュタールにいっちゃうよ？」

ヴィラがにやっとして言い、ジュメは手で口をふさいだ。

「ユリウス、本当はハインリヒに教えてもらう方がよかったんじゃない？」

ラギがユリウスに言った。

「いいえ、私はラギ様の方がいいです」

「そうなの？」

「はい」

ラギはユリウスが男嫌いという噂は聞いたことはあったが、そこまで根深い物だとは思っていなかったのでちょっと

不思議そうな顔をした。古代叙事詩というよりは、ハインリヒに近づきたいから参加したい、という女性も結構

いるようだ。今のところ、そういう女性らは古代語の研究者達が教えている。本人らはかなり不服げだが。



その日の夕方、ラギはラクシュミに呼び出されてとことこ休憩所に行った。

ラギは部屋に入り、ラクシュミの向かい側に座った。

「古代叙事詩の方はどうなんだ？進んでるのか？」

「はい、でも皆毎回参加できるわけじゃないので、個人差がありますけど」

「そうか・・」

侍女がラギの前に飲み物を置いて去って行った。

「そのうち学校で教えられるようになればいいと思います」

「そうだな・・・ところで、ユリウスも参加してるそうだな」

「はい」

「あれじゃないか？ユリウスもさすがにハインリヒには興味を示してるんじゃないのか？」

「え？さあ・・・」

「どうにかして二人くっつかないか？」

「僕に言われましても・・・」

「お前ならどうにかできそうな気がしたんだがなあ・・・」

ラクシュミもまさか残りの二人の子供に言っても無理ってことはわかっていたので、ラギに言ってみたのだった。

ラギが３人の中で一番ませているというのはすっかりわかっていた。


ラクシュミとしても、ユリウスの男嫌いをどうにかしたかったが、本人には何も言えないし、周りから圧力を

かけるのもかわいそうなので黙っていた。男になら多少強引にできても、女にはやはり躊躇してしまう。


「別にハインリヒも、子作りのためにこっちきたわけでもないですし・・・」

「それはわかってる。私だってハインリヒには何も言わない。ただ、自然に赤い月を過ごす仲になればいいなーと

思っただけだ」

「はあ・・・」

「まあ、お前はあんまり気にしなくていいぞ」

とラクシュミは言った。


なんだかいろいろあるんだなあ。大人にも・・・

女は皆強い男に目がないと思っていたけど、全員そうとは限らないようだ。


以前、自分の母親には惚れ香水を渡したラギだったが、他の女の人をその気にさせようとまでは思えない。


まあいいや、お父さんには悪いけど、僕はあんまり関わらないでおこうっと。


ラギはその事については深く考えないようにした。


第30話

「へーミルキダスやイシュタールも古代叙事詩習ってるんだね」

ゆりは二人の顔を見て言った。今日はミルキダスから気をもらっていて、たまたまイシュタールもやってきたので

珍しい二人が鉢合わせている。イシュタールは珍しい果物をもってきてくれた。

今日は天気は雨だった。ザーザー降りではなく、しとしとと軽い雨が朝から降ったり止んだりしている。

「イシュタール、ジュメにも持っていってあげた？」

「ええ、昨日。相変わらず私の顔を見ると逃げてますけどね」

「そうなんだ。まだ恥ずかしいのかな。でも想像したらおかしいな。二人が歌歌ってる所」

ゆりは思わず手で口を押さえた。ミルキダスの顔は赤くなっている。二人とも絶対人前で歌なんて歌いそうにない。

「ねえ、ちょっと歌ってみて」

「え・・・それはご勘弁を・・・」

「イシュタールは？」

「私も王妃に聴かせるのはちょっと・・・」

「聴いてみたいのになー」

「恥ずかしいですよ」

ミルキダスは本当に恥ずかしそうだった。

「おや？ミルキダスの子蛇は？」

イシュタールがミルキダスの両手に蛇がいないのに気づいて言った。

「ちょっと移動したんだよ。腕の辺りに。赤蛇ちゃんは結構動いてるみたいだね。イシュタールの蛇ちゃんもその内

動くかも」

「別に動いてもいいですよ。ちゃんと肌にいてくれれば。なんだか奇妙な感じがしますよ。時々、妙に王妃の顔が

見たくなります。子蛇の父親の意思なのかもしれないですね。もちろん、私の意志でもありますけど」

「私も、王妃の顔を見ると本当にうれしいです」

とミルキダスが言った。

「ありがとう。二人とも」

過去の皆と、本当に心が通いあっていたんだなーと思うと、本当にうれしい気分になる。

「もうどこにも行かないでくださいね。王妃」

イシュタールが目を細めて言った。

「うん。どこにも行かないよ。多分。誰かに呼ばれない限りは」

「呼ばれても行かないでください。王妃がいないと寂しいです」

ミルキダスがゆりの手を軽く握って言った。

「ありがとう」

3人の気持ちがちょっと盛り上がった時、ゆりは何かが入ってくるのを感じた。


え・・・嘘ー！！！


ゆりはにこっと笑ってミルキダスの頬にちゅっとキスした。ミルキダスが瞬いた。

「あれ？」

ゆりの目元がちょっとあがっていたので、ミルキダスはおやっと思った。

「どうしたんだ？」

「王妃の顔つきがちょっと変わってます・・・」

「どなたか降りられたんですか？」

イシュタールがゆりの顔をのぞいて言った。

「ん？気のせい気のせい。ねえ、愛し合お〜一杯」

ゆりはミルキダスに抱きついた。

「お、王妃？」

「ねーイシュタール」

「・・・どう見ても誰か降りられてますけど・・・儀式じゃないんですか？」

「これだけ蛇入ってたら儀式はいいでしょ。遊びましょうよ」

「え？」

イシュタールもきょとんとしている。


ちょっとー儀式じゃないなら降りてこないでよ！


ゆりは絶叫していた。

ーいいじゃない。また子供ができたら協力するからさ〜私、遊ぶのがくせになっちゃって・・


なぬー？

ーいやならいいけどーしくしくしくしく・・・ぐすんぐすん・・・

「・・・・・」

「王妃・・あの・・・」

ミルキダスが戸惑った顔をしている。

「もうしょうがないなあ。なんだか遊びにきちゃったみたい」

「遊びに？」

「いちゃいちゃしよ。ミルキダス」

ゆりが表情をがらりと変えて言った。

「え・・・」

「イシュタールもね。二人といちゃいちゃするの久しぶりだね」

「大丈夫ですか？王妃」

イシュタールがちょっと心配げに聞いた。

「大丈夫よ。フリット今暇かな？」

降りてきたのはやっぱり水蛇さんのようだった。


イシュタールにゆりの別室の方に呼ばれてやってきたフリットは、3人を見てぎょっとした。

裸で抱き合っていた事に驚いたわけでなく、男がイシュタールとミルキダスだったからだ。

「えらく珍しい組み合わせですね」

フリットは驚いて言った。イシュタールと口付けていたゆりがフリットに向けた。

「また水蛇さんが降りてきたんですか？」

「うん。そうみたい。儀式なしで降りてくるんだよー」

「あらら・・・儀式してくださればいいのに。せっかくだから」

フリットの言い分も最もだが、

「でもね、今このあたり、いい蛇いないから、別にやらなくてもいいよ。フリットもこっちきて」

「はあ」

「別にいいじゃない。あなたたちだって楽しいでしょ？」

「私は楽しいですが・・」

とフリット。

「私も、久しぶりに王妃に触れられてうれしいですよ」

イシュタールが言った。ミルキダスは無言だったが、同意してるっぽい。


ゆりは３人と熱々の時を過ごし、しばらくすると満足した女蛇は「じゃあねー」と言って陽気に出て行った。


じゃあねじゃないよ。残された私の立場は・・・・

すっかり興奮が過ぎ去ったゆりは、ちょっと困った様子で3人の顔を見た。

「3人とも、すごく満足した顔だね・・・」

「すいません。久々に、すごく興奮しました」

イシュタールが言った。

「私もですよ。時々遊びにきてくれるといいのに」

フリットが言った。

「冗談じゃないよ。それでなくても来月は梅雨があるってのに」

「王妃、愛してます」

ミルキダスはゆりの手を握り締めていた。


ゆりはお風呂に連れて行ってもらい、綺麗さっぱりになって部屋に戻ってきた。幸いあまり肌に痕は残ってなかった。

水蛇さんが降りると雨の日にむらむら来るのも困るんだよねえ・・・


ゆりは部屋の扉を開けて、中にハインリヒが座ってるのを見てぎょっとして扉を閉めた。

なんでいるんだ。


ゆりは扉を開けて、そこから「何か用？」と聞いた。

ハインリヒはなんだか不機嫌そうな目を向けている。

「何よ。一体」

「側に来てください王妃、じゃないと大声でいいますよ？」

「何を？」

「あなたが横でしてたこと」

「は？！」

ゆりは部屋に入って扉を閉めた。

「な、何のこと？」

「さっき男３人といたでしょ」

「・・・・何のことかしら」

ゆりは笑って言ったが、やっぱり引きつっていた。

「そんなに欲求不満なら、私呼んでくれればいいのに？」

「ち、違うよ！女蛇が遊びにきちゃったんだよ。それでそういう気になっちゃって・・・」

「なんで私呼んでくれないんです？」

「儀式じゃなかったんだから男一杯いらなかったの」

「ふーん。ミカエルにも言おうっと」

「ハインリヒ！やめてよ。しゃれにならないから」

ゆりはあわてて言った。

「じゃあこれから私の部屋きます？そしたら黙ってます」

「やあよ。あんなことした後で」

「じゃあ言います。」

「・・・・」

「子供じゃないんだから・・・また今度でいいでしょ？」

「いや。今すごくその気なんです。今がいい」

「わがままな男ね」

「わがままですよー王妃にだけはねー」

「・・・全くこの男は・・・」

ゆりは小声でぶつぶつ言った。

「行きましょうね。王妃」

ハインリヒはゆりに近づいた。

「うー・・・」

「ねえ、ミカエル呼ばなかったのは、一番好きってわけじゃないから？」

「たまたまよ。変な事ミカエルに言わないでよ。」

「言わないですよ」

ハインリヒはゆりを連れて自分の部屋に移動した。

「わがまま大王め」

「だって・・・想像したら興奮してきちゃって」

ハインリヒはゆりをベッドに座らせて抱きしめた。

「ねえ、そろそろ空いてる屋敷に移ったら？」

「ここの方がいいです。あなたに近いし」

ハインリヒはゆりのおなかをなでた。

「私の子供♪」

「人聞き悪い事言わないでよ。王様の子供」

「私の子供だもーん。産まれてくるのが楽しみだなー」

ハインリヒは前の追いかけっこで、赤ちゃんのおしりに黒い蛇がいるのを見てしまった。


なんかハインリヒ、前より怪しくなってる気がする・・・大丈夫かな。


「仕事のしすぎで頭切れかかってない？」

「大丈夫ですよ。あなたがこうやって時々癒してくれればね」

ハインリヒはそう言ってゆりを寝転ばせて上に乗った。


しばらくして後、ゆりの左目が蛇の目に変わった。

「ねえ、真面目に彼女作ったらいいのに」

「なんでです？」

「あなたって、普段も性欲結構あるんでしょ？恋人欲しくならないの？」

「たまに夜女来ますよ」

「だれ？」

「ふふふ・・・」

「誰よ」

「王の侍女」

「えー！？」


狙ってたわねー！


「それで抱いたの？」

ゆりはとたんに不機嫌な顔になり聞いた。

「ねえ、私あんまりあなたと仲良くしたことないんですよね。あなたにもしてほしいなーいろいろと」

「いやよ」

「じゃあ、王の侍女にしてもらおうかな」

「してもらえば？」

「いいんですか？」

ハインリヒはじーとゆりを見ている。

「あーいやだいやだ。自分に自信がある男は」

ゆりはむくれて言った。

「だって、私いい男でしょ？」

むかつくー！！！


「私のこと好きじゃないんですか？好きなら普段は独占したいでしょ？」

「・・・・独占されるのはもうこりごりじゃないの？」

「性格が違うからいいですよ。だから優しくしてください。王妃」

ハインリヒは甘えるように言ってゆりを抱きしめた。

強引にされるよりは、甘えられる方がゆりは弱い。


「・・・王の侍女に何もしないでよ？」

「しませんよ」

「絶対だからね。」

「絶対」

どうも怪しい。この男だけは裏で何してるやらわかりゃしないなあ・・


ゆりはそう思ったが、まあいいや、と思い、ハインリヒに口付けたのだった。


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