「あのー・・・王・・・」

その日、王の間で伺うようにラクシュミに聞いていたのはイシュタールだった。

「なんだ？」

「王妃から聞かれたんでしょう？子供の性別」

「聞いたぞ」

「どっちなんですか？」

「イシュタール、それは、産まれてからのお楽しみじゃないか」

ラクシュミが微笑んで言った。

「意地悪ですね。王も王妃も」

ゆりもラクシュミも、おそらくはイシュタールとジュメ以外に他に知ってる者もいるのだろうが、だれ一人として

二人に教えてくれない。聞けばにやにやしてはぐらかすばかりだ。完全に周りは楽しんでいる。

「教えてください。王」

「その内産まれるんだからいいじゃないか」

「周りが知ってると気になりますよ」

「ふふふ」


だめだ、王も楽しんでおられるようだし・・・どうにも教えてもらえそうにない。

まあいい、もうすぐ産まれるし・・・


イシュタールはあきらめて王の間を出て行ったのだった。


第34話

ザクート王が降りられて５日が過ぎていた。ザクート王の古代叙事詩は皆にとってかなりの刺激になったようで、

特にハインリヒは暇さえあれば古代叙事詩とにらめっこしているようだ。さすがのザクート王には古代の一番騎士も

かたなしで、すっかり自信喪失してるようだった。


蛇の目のゆりはその日、ハザークの塔へと瞬間移動していた。ちょっとしたご機嫌伺いだ。

ノックして部屋に入ると、ハザークがにこやかにゆりを出迎えてくれた。

「ハザーク様、こんにちは」

「ああ、王妃」

あーよかった。機嫌よさそう・・・この前睨まれたからびびったよ。


ゆりはるんるんでハザークの横に座った。ハザークはさも機嫌がよさそうにゆりの髪をなでた。

「王妃、今日お前を抱きたいな。いいか？」

「いいよ」

「そうか」

二人はそろって寝室の方に行き、しばらくして、寝室から「きゃー」という悲鳴があがった。


「ちょ、ちょっと！ハザーク様！」

ゆりは裸のまま天井にひっついていた。ゆりが顔を横によじってハザークを見下ろすと、うって変わって不機嫌そうな

ハザークの顔があった。

「しばらくひっついてろ」

「えーちょっと！」

ハザークはさっさと寝室を出て行ってしまった。

「ちょっとお、降ろしてよ！ハザーク様ったら！」

くそー機嫌がいい芝居をしてたとは！やられた！


あまりに寝室できゃーきゃー言ってたので、横の部屋にいた侍女が気にしたようにハザークを見た。

「しばらくほっとけ」

「はあ・・・」

ハザークは長椅子で寝そべった。

「全く・・・どうにもあの男が相手だと腹が立つ」

「ですが、結局何もなかったのでしょう？」

「そうだが、我が行かなきゃ何かあったじゃないか」

「はあ・・・」

「王妃が我よりあの男の方を好きになるのがいやだ」

「まあ、たまにしかおいでになりませんから・・・」

「たまにの割りには強烈すぎるんだ。あの男は」

ハザークはぶつぶつ言っていた。

「・・・・」

侍女らはもちろんハザーク命だったが、相手がザクートとなると、ちょっと話は別だった。侍女らでさえザクートは

大好きだったし、たまに顔を見れると、本当にうれしくなってしまうのだ。

ザクートは見つめるだけで女を幸せにしてしまう何かを持っているのだ。だから、ザクートに好意を寄せる

ゆりの気持ちは理解できた。


何もなかったのだし、こればっかりは、王妃様を責めるのもかわいそうな気も・・・


と、珍しくゆりに同情した侍女だった。



あーあ、全く散々な目にあっちゃったよ・・・ハザーク様ったらあんなに焼餅焼きだなんてびっくり・・・

どうせならベッドで激しくされる、とかの方がいいのに・・・


結局は何もされず、天井に張り付いていただけで部屋を出てきたゆりだった。

「あーもー疲れた」

ゆりは、部屋に戻り黒目のゆりに交替した。


ゆりは長椅子でむくりと起き上がり、なんだかむしょうにのどが渇いたので、侍女にお茶とお菓子をもってきてもらった。


うーん、なんでこんなにのどが渇いてるんだろうなあ・・・


まさかハザークの寝室で散々悲鳴をあげていたなど知る由もない。


三杯目のお茶を飲んでいる時、ユリウスが部屋にやってきた。

「今いいですか？王妃」

「いいよ。一緒にお茶しようよ」

ゆりは侍女にいい、ユリウスの分も用意してもらった。ユリウスはいつも通り、白っぽい戦士服を着ている。

「あの時のドレス姿きれいだったよ。たまにはスカートはいたらいいのに」

「はあ・・・・」

ユリウスはなにやら言いたげにちらちらゆりを見ていた。

「どうしたの？何か言いたいこと？」

「実はちょっとご相談が・・・」

「なあに？」

「実は、生まれて初めて、赤い月を男と過ごしてもいいかなーという気になってるんです。今」

「え・・・」

ゆりはぽかんとした。

「本当？そりゃまたいきなりどうして？」

「あの晩、ザクート様を見つめて詩を聞いていたら、なんだかちょっとその気になりまして・・・」

「へー・・・」

ゆりは目も口も開いていた。


このユリウスをその気にさせるとは、すごいな。ザクート様は・・・


「でも、よかったじゃない。来年誰かと過ごしたらいいんじゃない？」

「ですが、この気持ちが来年まで持続するかどうかは・・・」

「赤い月この前終わったばかりだからねえ・・・ザクート様、来年の２の月くらいに現れてくださったらよかったのに

ねえ」

「はあ・・・私としては、今のこの気持ちの時に、男と交わってしまいたいんですが・・・」

ガチャンと音がした。部屋に入ってきた侍女がずっこけたのだ。

「大丈夫？」

ゆりはとりあえずそちらの心配をした。

「はあ・・・」

侍女はユリウスのティーセットを置いて部屋を出て行った。

「・・・」

見たところ、ユリウスは大真面目のようだった。せっかくそういう気になったのだから今の内に、と思うのもわかるが

それはあまりに早急すぎる気もする。


「ユリウス、その、相手の男の候補はいるの？」

「男ですか？いいえ」

「ユリウスってどういう人が好きなの？」

「はあ、今一番好きなのは、ラギ様ですかねー」

「え・・ラギ？」

ゆりの顔が引きつった。

「なんだかけなげでかわいいんです。」

「別にラギあげてもいいけど、後40年は待たなきゃいけないし・・・」

「別にそういう意味で言ったのではないです。」

ユリウスはちょっと困ったように言った。

「誰か良くしゃべる男とかいないの？」

「別にいないです」

「交わるには男がいるよ」

「誰がいいですかね」

そう聞かれてしまった。

「そう言われても・・・私の好みで選んでも仕方ないし・・・やっぱりユリウスがいいって思った男の方がいいよ。」

「それがいないから悩んでるんです」

「はあ・・・」

こりゃ困ったもんだ・・・ザクート様はもういないし・・・

「私としては、今誰かとそうなれたら、来年の赤い月も男と過ごせるような気がするんですが・・・」

「ふうん・・・でもさ、普段そうなるのはきついんじゃないかな？無理にそうして、嫌になっても困るでしょ？」

「はあ・・・」

「まずは、男に慣れないと」

「男に慣れる。どうしたらいいですか？」

「近い場所でいろいろ話をするとか、手つないでみるとか、腕組んでみるとか」

「はあ・・・」

ユリウスが奇妙な顔つきになってきた。

「とりあえず一人の男に絞って仲良くなってみたらいいじゃない」

「一人、だれがいいでしょ」

「うーん・・・」


まさか、自分の恋人達を勧めるもあれだしなあ・・・それに性格的にみんなユリウスとあんまりあいそうにないし

その時、ぱっと一つの顔が浮かんだ。

「そうだ、ジェナサイトは？」

「ジェナサイト？」

「あんまり力が強い男は嫌でしょ？」

「嫌です」

「ジェナサイトなら、今力そこそこだし、その内力もっとあがるかもしれないし、性格的に素朴でいいと思うんだ

けど。美男子ってタイプじゃないけど、笑うとかわいいし。ジェナサイトも古代叙事詩習ってるんでしょ？たまに一緒

に勉強したりしたらどう？」

「はあ・・・」

ユリウスはぽかんとしていた。

「別に無理にジェナサイトじゃなくていいのよ。ユリウスが他にいいって人がいればそれでいいし。ジェナサイトの

女性関係もあるだろうし」

「そうですねえ・・・」

「せっかくだから、長く一人の人と付き合ってみるのもいいと思うよ。まずは会話から。」

「会話ですか・・・」


ユリウスは考え込むように横を向いた。



次の日、北の砦にいたジェナサイトは、なんだか背中に寒いものを感じて後ろを向いた。少し離れた所で、

なんだかユリウスがじっと自分を睨んでいる。


・・・俺、あいつに何かしたか？


考えたがわからなかった。

「おい、ジェナサイト、お前、ユリウスの胸でも触ったんじゃないのか？」

こそっと近寄ってきた戦士が言った。

「え？そんなことするか！」

「だけど、お前を殺したそうな目で見てるぞ」

「え・・・」

もう一度後ろを見たらユリウスはもういなかった。

「お前、後ろ気をつけろよ」

戦士はそう言って肩をたたいて去って行った。


・・・何かした覚えなんてないんだが・・・


その後見回りに出たジェナサイトが夕方砦に戻ってきた。

「おい、ジェナサイト」

突然真後ろで声がして、ジェナサイトはぎょっとした。後ろを向くとユリウスが立っていた。

「お前に話がある」

ユリウスはジェナサイトを凝視して言った。

「話・・・？」

「ジェナサイト、何やったか知らないが、謝れ！」

「すぐ謝るんだぞー！」

それを見た戦士らが言っていた。


「ちょっとこい」

ユリウスはジェナサイトの腕をつかんで砦の中の開いてる部屋へと移動した。

なんなんだ・・・一体・・・


部屋に連れてこられたジェナサイトだったが、ユリウスは何か言う気配もなく、腕を組んで前に立っていた。

「おい・・・話ってなんだ？」

「ん？」

「んじゃないだろう。話があるから連れてきたんだろう」

「んー・・・お前何か話ないか？」

ユリウスが聞いた。

「・・・・」


なんなんだこいつは・・・


ジェナサイトの顔は引きつっている。


「俺はお前に何もしてないと思うが・・・」

「別に何もしてないぞ」

「ならなんで呼んだんだ？」

「用があるからだ」

「用ってのはなんだ」

「・・・」

「・・・」

しばらく沈黙が続いた。


「おい、ユリウス・・・」

「うーん・・・難しいな。男と女ってのは普段どんな会話をするんだ」

「は？」

ユリウスは真面目な顔でジェナサイトにすればわけの分からないことを言っていた。

「お前何言ってるんだ」

「だから会話だ。お前と会話をしようと思ったんだ」

「・・・・え？会話？」

「お前何か話せ」

「・・・」

こいつ俺をおちょくってるのか？


ジェナサイトは真面目にそう思った。


「そうだ、いいこと考えた。お前の子蛇見せろ。結局見せてもらってなかった」

「え？なんでみたいんだ」

「いいだろ。別に」

「まあいいが・・・」

ジェナサイトは右手をめくりあげた。子蛇はちょうど右腕にいたのだ。

「おお、かわいいな」

ユリウスはその蛇をじっと眺めた。

「・・・・もういいか？」

「ああ」

ユリウスはふいにジェナサイトの手を握り、大きく上下に手を振って離した。

「じゃあな」

そう言ってユリウスは消えてしまった。

「なんなんだ・・・わけわからん・・・」

ジェナサイトは大きく首をかしげた。元の部屋に戻ったジェナサイトは、戦士仲間から「無事でよかった」と

言われる始末だった。


ユリウスにすれば、ゆりに言われたことを実行してみようと思っただけだったが、まさか今のことでジェナサイトが

「ああ、あいつ俺に気あるのか・・・」と思うはずもなく、奇妙に思っただけだった。


だがその奇妙な事はそれで終わらず、ジェナサイトはその二日後も、ユリウスに呼び出されて「蛇を見せろ」と言われ

たのだった。

「・・・・」

ジェナサイトにすれば他の女の子にもたまに言われるし、まあ別に拒絶する理由もないから上着を脱いで背中を見せた。

この日、子蛇は背中の上の方にいたのだった。

「随分移動したんだな・・・」

ユリウスはそういいながら、しげしげと子蛇を見つめた。

「もういいか？」

「ああ」

ジェナサイトは上着を着た。すると、ユリウスはまたもやジェナサイトの手を取ってぶるぶる振るって去って行った。

「なんなんだ。一体・・・」


笑ってありがとうっていえないのか。あの女は・・・

もしかして手を握るのは子蛇を見せたお礼？なわけないよな・・・


奇妙なユリウスに首をかしげっぱなしのジェナサイトだった。


この二人がこの後どういう風になってしまうのか、当の本人らにもゆりにも全く分からないことだった。



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