10の月に入り、ようやくゆりのおなかはちょっと膨らんできはじめた。

ああ。いよいよきたかー。でも出産の時を考えると怖いけどなあ・・・


ラギの時はわりと平気だったが、上の二人の時は本当に大変だったことを思い出すと、子供を産むのが怖い気に

なってくる。


早く産みたい気もするけど、産みたくない気もするよねーこの複雑な女心・・・


ぼんやりしてたらシャナーンがやってきた。

「こんにちは、王妃」

「こんにちは」

シャナーンはお花を手渡してくれた。かわいいカゴに小さな水色の花が植えられている。

「かわいいねー。どうもありがとう」

「王妃もいよいよですね」

シャナーンは視線をゆりのおなかに落として言った。

「うん。」

「女性はすごいですねえ。なんだか、尊敬してしまいますよ。本当に。妹を産んだ女性も、本当に大変そうでしたから。

男はただ周りでおろおろしているだけで」

「そうだねえ。男にも味合わせたいよ。」

「がんばってくださいね。王妃」

シャナーンは優しくゆりの手をなでて出て行った。


なんだかシャナーンの優しい顔見たら安心したなあ・・・


ゆりはしばらく椅子に座ってお腹をなでていた。


第38話

その日、城の中の図書室では毎度おなじみ古代叙事詩の授業に数人が集まっていた。今日のメンバーは

子供らが３人にハインリヒ、ミカエル、ジュノー、ユリウスがいた。戦士らは毎回参加できるわけではないので、

章を飛び飛びに習い、空いた日に前の章を教えてもらう、というような感じだった。

「なんだか最近感じが違いますねえ。何かあったんですか？」

ハインリヒが椅子に座ったユリウスを見て言った。

「え・・・別に・・・」

ユリウスの気は、以前は見かけは女といえども中性的なものだったのだが、今では女らしい気質を放っているように

見えた。ハインリヒはそれで聞いたのだ。

「本当だな。前よりもちょっと女らしくなったじゃないか。何なら来年の赤い月は一緒に過ごすか？」

ミカエルが聞いた。ほんの冗談で聞いたのだったが、

「私はもうジェナサイトと過ごすって決めてますから」

ユリウスがはっきりと言ったので一同ぎょっとした。

「ジェナサイト？いつの間にくっついたの？」

ジュノーが目を真ん丸くして聞いた。

「ジェナサイトやるねー」

とシス。

「意外な組み合わせだねえ。でも、お似合いかも」

アナスターシャも続けて言った。

ミカエルはぽかんとしている。相手がジェナサイトということよりも、いつの間にユリウスがそういう気になったのか

、さっぱり不明だった。

その話はそれで終わったが、ミカエルがこんな面白い話をラクシュミに言わないわけはなく、ユリウスと

ジェナサイトの話は瞬く間に広まってしまったのだった。



「ジェナサイト、一体どうやったんだ？」

「え？」

「一体どうやってユリウスを落としたんだよ？！」

「は？」

次の日、砦に来たジェナサイトは、会う男みんなにそう聞かれてぎょっとした。

「でかしたぞ。ジェナサイト。ほら、お祝いの酒だ」

とヴィクター将軍からはお酒までもらう始末。

「あのーどっからその話が・・・」

「ん？ユリウスがはっきり言ったらしいぞ。来年の赤い月はお前と過ごすって。見かけによらずやるじゃないか」

ヴィクターに背中をばしっとたたかれた。


あいつ・・・そんな事言ったのか・・・来年まで内緒にしといてくれればいいのに。


「あー、ジェナサイト、ねえ、どうやってユリウス様口説き落としたの？ねえ」

「私たちもびっくりー」

女戦士にまで問い詰められて、ジェナサイトはとっとと砦を出て行った。


しかし午後、ラクシュミにお呼びがかかり王の間に行ったジェナサイトは、ラクシュミにまで「どうやったんだ？」

と聞かれて顔が引きつった。


すでに王もご存知とは・・・・


ユリウスはきつい性格ながらも顔立ちは整ってるので、下級戦士や同レベルの中級戦士らからは、断られてもしつっこく

毎年赤い月を誘われていたし、その都度あっさり皆断られていた。

そのユリウスをジェナサイトがその気にさせたというのでみんな興味津々、ラクシュミにまで聞かれても、ジェナサイト

としては答えようもなかった。



「やっぱり王妃が何かしたんですね〜」

その日ジュノーがゆりの部屋に来ていた。ユリウスのことでもしやと思って聞きにきたのだ。

「何かしたって言っても、ジェナサイト薦めただけだけど・・・うまくいってるんだねえ。すごいじゃん」

ゆり自身驚いている。

そこまでうまく行くとはびっくりだ。

「もしかして、ジュノー自分を薦めて欲しかった？」

ゆりが伺うように聞いてみた。

「いえ・・・私はああいうきつい女性はちょっと・・・王妃のようなかわいらしい女性がいいです」

「ユリウスも案外、ジェナサイトの前ではかわいくなっちゃってるかもよ？」

「あんまり想像できないですけどね・・・」

その夜、ジェナサイトはこっそりとユリウスの屋敷を訪れていた。

出会う人皆に「どうやった？」と聞かれて、今日はかなり疲れている。


今頃は、自分とユリウスの話題が酒の肴になっているに違いない。


あんまりに変な事を言わないように、と釘をさしに来たジェナサイトだったが、使用人達に部屋に案内されて、

やがてやってきたユリウスを見てぎょっとした。珍しくも青いワンピースのようなものを着ていたからだ。

しかも、胸の谷間まで見えるくらいに首元は大きく開いていた。

「どうしたんだ。それ」

ジェナサイトは思わず聞いてしまった。

「使用人達に強引に着替えさせられたんだ。いつの間にかこんな服を作らせて・・・」

ユリウスは口を尖らせていた。

「・・・・いや、なかなか似合ってるじゃないか。いいぞ。それ」

ジェナサイトは思わず微笑んで言った。元々スタイルがいいだけに、女らしい格好をすると、かなりぐっとくる。

「そうか？あんまり好きじゃないが・・・」

「いい。いい。ユリウスのそういう姿を独占できるってのはうれしいな」

ある意味裸を見るよりもうれしいかも。


文句を言うつもりだったのだが、すっかりそういう気もなくなってしまい、その夜は仲良くお酒を飲んだ

二人だった。

「今日はベッド行くか？」

ジェナサイトがしばらくして聞いた。

「昨日しばらくは無理とか言ってたじゃないか」

「男ってのは単純な生き物なんだ。そういう見慣れない格好をしてるのを見ると、とたんにその気になっちゃうもんだ」

「なんでだ？」

ユリウスは不思議そうに聞いた。

「それが男ってもんだ」

「ふーん。ならいつもお前といる時はこういう格好をしてりゃいのか？」

「いつも？・・・いや別に・・・・たまにでいいんだが・・・これだけ練習したらもう来年の赤い月は

ばっちりだぞ？」

「だが、赤い月の間は昼も夜もするんだろ？体が持つかちょっと心配だな」

ジェナサイトが青ざめた。

「・・・誰がそんなこと言った」

「女戦士仲間が言ってた。」

「お前、そりゃ男が複数いる場合だ。男が一人の場合はそんなにしないぞ。お前の体より、俺の体の方がもたないじゃ

ないか」

「そうなのか？」

「10日毎晩ってのも無理だぞ。途中休憩日を入れないと・・・」

「ふーん」

「お前、他の男とも過ごすってのは頭に全然ないのか？」

「ない。面倒だからいい」

「それは俺のこと好きってことか？」

ジェナサイトがにんまりして聞いた。

「ん？・・・うーん・・・まあそういえなくもない」

「なんなんだ。あいまいだな・・・」

ユリウスは珍しく照れたように横を向いてしまった。


まあいいか。時々かわいいと思えるようになったしな・・・

俺だけってのもかなりうれしいし・・・

俺をユリウスに薦めてくれた王妃には、感謝しなきゃな・・・


ユリウスの女らしい姿にそう思ったジェナサイトだった。



11の月に入り、ゆりのおなかはぽっこり出てきだした。

「ああ、ようやく私の子供が産まれるんですね」

ハインリヒがゆりのおなかをなでながら言った。

「まだ言ってるの。それ」

「なんだか王妃に出会ってから、父性に目覚めちゃって・・・トーが一杯いろんなこと教えてあげるからね」

ハインリヒはとにかくうれしそうだったので、ゆりはもうほっておいた。なんだか毎日おなかの様子を見に来ている。

その時ミカエルがやってきた。

「だいぶ大きくなりましたね。おなか」

ミカエルはハインリヒを無視してゆりのおなかをなでなでした。

「王妃、今回も私がずっと側にいてあげますからね。産まれる時」

「え？」

「え？」

ハインリヒがむっとした顔をした。そしてなにやら訴えるようにゆりを見た。

「・・・あのね・・・二人とも、離れた所で暖かく見守ってくれるだけでいいから」

「どっちみち、今回は皆で王妃に気をあげないといけないじゃないですか」

とミカエル。

「あ、そうか、じゃあ部屋の外で見守ってて。終わるまで」

「中で励ましたいなあ・・・」

ハインリヒが言った。

「いいから。」

ゆりは眉間に皺を寄せて言った。

11の月の10日、アヤコの二人目の子供が産まれた。今度は女の子だった。ガットは魔法の鏡で女の子を見せてくれた。

金の髪とおめめのかわいい女の子だった。アヤコは疲れてしばらく寝ているらしい。

12の月の1日、午後になり、ゆりはとうとう大きいおなかを抱えて苦しみだして、違う部屋へと運ばれた。


「とうとう来たか。」

ラクシュミは力が強い男たちを呼び、ゆりが出産する部屋の前で待機させた。子供たちも心配そうに部屋の外で

待っている。今回は敵の大きな攻撃がないために、ラクシュミとしてはかなり気は楽だった。

夕方を周り、夜の闇が辺りを覆うころ、ようやくゆりは男の子を産んで、続いて女の子を産んだ。

二人いただけに出産の苦しみもいつも以上で、ゆりはようやく二人産んだ後、


しばらく子供はもういいー！！！


と心の内で絶叫したほどだった。

息も絶え絶えのゆりに戦士たちが次々と気を送り込んだ。

「がんばれー母さん！」

「母様がんばって！」

「がんばってー！」

「がんばってください王妃！」

「おぎゃおぎゃあ」

「おぎゃあ！」

声援と赤ん坊の産声が入り混じる中、ゆりは意識を失ってしまった。



「大丈夫なのか？王妃は・・・」

夜中、疲れ果てて眠るゆりの顔をハザークがのぞきこんでいた。

「大丈夫だ。」

傍らにはラクシュミもいた。赤ん坊達は、違う部屋でもうぐっすり眠っている。二人もいたせいか、上の3人よりも

小さめだったが産声は元気だった。二人ともゆりと同じ黒い髪をしていた。男の子はおしりに小さな黒い蛇が、

女の子は背中に金色の小さな蛇がいた。

「しばらくはベッドで寝たままの生活だろうが、数ヶ月もすれば元気になるだろう」

「大変だな・・・」

「お前も時々会いにきてやれ」

「・・・ああ・・・」


出産の痛みも苦しみも、こればかりはハザークにもラクシュミにもわかりはしない。

ラクシュミの母は自分を産んですぐに亡くなり、ハザークの母親も、ハザークを産んで数年で亡くなってしまった。

母という存在に縁が薄かった二人にとっては、この短期間で4度もの出産を成し遂げたゆりは、本当に不思議な存在

だった。


「20年あまりで5人も産んだのか・・・本当にすごいな・・・」

ラクシュミがしみじみ言った。

「もう20年で後5人産んだらすごいな」

ハザークが何気に言った。

「それはさすがに・・・ないとも言い切れないが・・・」

「よかったな。王妃が丈夫で。この先王妃は見かけよりも丈夫さで選ぶべきだな」

「・・・」

これでもゆりをほめてるつもりなんだからな・・・全く・・・


「しばらく王妃を大事にしてやれ」

ハザークはそう言って消えた。

「・・・いつも大事にしてないみたいじゃないか・・・」

ラクシュミはそう愚痴り、しばらくベッドの傍らに座ってゆりを眺めていた。


ゆりは5日ほど、うつらうつらと寝たり起きたりを繰り返して、食事も侍女に食べさせてもらう有様だったが、10日ほど

するとようやく起き上がることができるようになってきた。

双子を自分の手で抱いて、ああ、産んだのか・・・と実感もできた。


二人とも金色の瞳でじっとゆりを見ている。

黒い髪はまぎれもなく自分の遺伝子の証だ。

「王妃様、二人とも体に小さい蛇がいるんですよ」

ベッドの横についていたミラが言った。

「え？本当？どれ」

ゆりは赤ん坊の服をめくり、ロイのおしりをみて止まった。どう見ても黒い蛇だ。


だから息子息子言ってたのか・・・・


ゆりはようやくその事に気づいた。

「女の子のはだれのだろうなあ・・・それにしても・・・上の3人の時と比べると、ちょっと小さいね。」

「ですがミルクはよく飲むんですよ。きっとすぐ大きくなられますよ」

ミラは男の子のほうをダッコしていた。


ああ、この御子様がいずれあの王子様に・・・


そう思うとミラもにんまりしてくる。

「まーようやく安心したね。ねー、ナナミ」

女の子の頬にちゅっとキスすると、女の子はうれしそうに笑っていた。ほっぺはぷにょぷにょだ。

「かわいい。天使みたーい」

「かわいいですよね。本当に」

赤ちゃんの笑顔を見ると、出産で苦しんだ事も忘れてしまう。

子供たちがやってきて、赤ん坊を抱いて連れて行ってしまった。３人ともやはりかわいくてならないようだ。


子供が５人になったのかあ・・・

次は・・・まあしばらくいいや・・・しばらくは7人家族で楽しくいこう。


ゆりは寝転んで、幸せを感じながら、もうしばらく出産で疲れた体を休めたのだった。



おしまい。

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