「神々の長アシュラン、出産の女神ヒルデリア、軍神ハロルド、知恵の女神カサンドラ・・・・」黒目のゆりはシスとラギと一緒に城の外にいた。暦は１３の月に入ったところだ。梅雨は終わり、今日は晴れていた。
ラギがほれ薬を作るといってから、そんなに経っていない。黒目のゆりはラギがそんな物に興味をもっているとは知らない。
３人は神々の石像が並んでいる庭園にいた。石像は左右に１０体ずつ並んでいる。どの神様も一匹の蛇が足元にいたり、腕に巻きついたりしている。この神様は蛇の国の神様ではなく、この世界共通の
神様だった。国々によって信仰する神様がいろいろ違うようだ。ギリシャ神話でいう所のゼウスがアシュランに匹敵するが、
アシュランが浮気者で妻のヒルデリアにしょっちゅうとがめられているというような所はよく似ている。
ただ、ギリシャ神話と違い、この世界の神々は、時々大地にぽっと降りてくるということだった。この世界の西には、聖地と呼ばれる
神々の島があり、そこにはよく神々の姿が目撃されている。この蛇の国にも、昔酒の神ジンラが降りてきて酒作りを指南してくれた
との言い伝えが残っているほどだ。
シスとラギは一緒に石像を指指しては神様の名前を言っていた。
「えっと、慈愛の女神ダーナ、酒の神ジンラ、水の神・・・えっと・・・」
シスが首をかしげた。
「水の神様は、ラクアだよー」
ラギが教えてあげた。
「そうだ。ラクアだ」
シスとラギはそんなに年は違わないが、記憶力や、理解力はラギのほうが上らしい。シスが結界の修行をしている間も、
ラギは本を読んだりしているから、そのせいかもしれないが、とにかくラギは本が好きだ。しかもゆりがびっくりするほどの
記憶力だ。ラギと神経衰弱でもやろうものならまず勝てない。そしていつもばかにされる。母親の威厳はまるでない。
「愛欲の女神、ガーベラ・・・・母さん、愛はわかるけど愛欲って何？」シスが無邪気に聞いてきた。
「え・・・・」
ゆりは返答に困った。別に愛の女神でいいような気がするが、なぜ欲までついているのだろう。
「ラギわかるー？」
シスはラギを見て聞いた。ラギも首をかしげた。
「それは、大人になるまでわからなくていいの」
「なんで？」
「なんでも。この話はおしまい」
ゆりは強引に話を終わらせた。
子供のなんで攻撃には困りものだ。
「ダーナとガーベラはね、女神の中でも1、２を争うほど美しかったんだって。それで一杯恋人がいたんだよ。母様みたいだね」シスがにこにこしていった。
それは・・・美しいってとこ？それとも恋人が一杯いるってこと？
ゆりがどっちだろうと思ってると、「母さんは女神様みたいに美しくないのにね」
とラギが言った。
子供というのは残酷だ。とよく聞くが、本当にそうだ、とゆりはよく思う。
「僕は母様は美しいと思うよ」シスがフォローするように言ってくれた。シスのほうが優しいところがある。
ゆりはしゃがんでかわいいシスにほおずりした。
「ラギ、その調子で王様とお話したら？」
ゆりがラギを見て言うと、ラギはとたんに口を閉じてしまう。
「でも前よりましだよねーラギ」
「母さんにはいろいろ言うくせに、なんでお父様はだめなの」
「だって・・・きれいすぎて恥ずかしい」
「女の人じゃないんだから恥ずかしがることないのに」
「それに金ぴかだもん」
「金ぴかでも銀ぴかでもいいじゃん」
とゆり。ラギはべーっとゆりに舌を出した。
「ほんと憎たらしい子ねー」
「もっと王妃様らしくしないと、王様に嫌われるよ」
ラギは捨てセリフを残してたーっと走って行った。
「まー、むかつく子ねー」
ゆりが口を尖らせていると、シスはあははと笑った。
「でもラギは、一番母様が大好きなんだよ」
シスがゆりを見上げていった。
「わかってるよ」
ゆりは笑って言った。子供らの中で一番ラギが遠慮がないのは、やはりずっと同じ部屋で育てたからだろう。
「じゃあ僕も行くね」
シスも走って行った。
ついこの間産まれたばかりだと思ったのに、知らない内にでかくなったもんね・・・
ゆりが感慨に浸っていると、目の前にミカエルが現れた。「あ、今日はミカエルと約束してたっけ」
「してたっけって・・・大事な私との予定を忘れないでくださいよ」
ミカエルがいじけたように言った。
「ごめんごめん」
ミカエルはゆりに触れて瞬間移動した。
第７話
「うーあーもういやー！」城の中の広間では、アナスターシャが癇癪を起こしていた。何度も地団駄を踏んでいる。
今日は古代語の授業ではない。アナスターシャが大好きな力の授業なのだが、今日は全然うまくいってなかった。「もうやめる！」
「何言ってるんです。まだ始めたばかりじゃないですか」
「だってー今日は月もないし・・・」
「だめです！」
「お願い」
アナスターシャはかわいらしく両手をそろえて目の前の男を見上げていった。たいていこの攻撃は他の男にはきくのだが、
目の前の男には全然きかなかった。睨むようにアナスターシャを見下ろしている。今日の教官はヴィラだった。
「月がなくたって力が使えるようにならなきゃだめです。甘ったれたこと言わないでください」
「だからヴィラ嫌い」
アナスターシャは口を尖らせていた。力は月の影響を受けやすい。アナスターシャには特にその傾向があった。
満月の時はすごいのだが、昨日から月はなく、かなり力が落ちている。だから特訓をしてもついていけないのだ。
「ま別にいいですよ。この分じゃ、全てにおいて、シス様のほうが上になってしまうかもしれませんが、
しょうがないですね」
ヴィラが悪魔のように微笑んで言うと、アナスターシャはむっとした顔をした。アナスターシャには長女のプライドがあり、
シスにいろいろ追い越されるのは面白くなかった。
「くそー女王様になったらぎゃふんと言わせてやるから！」
「・・・・王妃に教わったんですね。その言葉」
「がんばる」
「その意気ですよ」
ヴィラは微笑んだ。
一方、ゆりは別室に直行で飛ばされてぐだぐだ言ってたが、結局裸にされてミカエルにひっついていた。「今日は月もないのによくその気になるね」
「王妃の肌の感触好きなんですもん、柔らかくて、お菓子みたいですね」
「お菓子・・・」
そういえば・・・儀式の時になるとよくみんなにかみつかれるなあ・・もしかして、お菓子かと思ってかみつかれてるのかな。
ミカエルはゆりを抱きしめて腰をなでている。時折唇にキスするくらいで、今日はさほどいろいろ触られはしてない。
「ねえ、ミカエルって、普段でも女の人抱いたりするの？」ゆりはミカエルの目を見つめて聞いてみた。考えてみれば、ミカエルはいい男だし力もある。その気になれば、女はよりどりみどり
のはずだ。
「まあ、たまには」
「ふーん」
「遠慮せずに妬いてください」
「別にー」
とゆりは言ったが、内心ではやっぱりちょっと面白くない。
「嘘ばっかり」
ミカエルはゆりの鼻を指でつまんだ。
「う・・・ちょっとは妬けた。でも、ミカエルを独り占めにはできないもんね」
「私が交わりの月に女を抱かなくなったら、王はもう私をあなたと合わせてくれないですよ。きっと」
「そうだね。ミカエルが10人くらい子供作ったら別だろうけどまだ１人だし」
「はあ・・・王妃なら簡単に孕ませられそうな気はするんですけどね・・・」
ミカエルはため息交じりにいった。
「それしゃれにならないから」
なんだかんだいって、ミカエルとも長い付き合いだ。よくもまあ、こういう関係がずっと継続していると自分でも感心する。
「でも交わりの月に彼女抱くの好きなんでしょ？」「好きですよ」
ミカエルはあっさり言った。
ゆりはみんなの子供を産んだ彼女らにあったことがあった。一度城に子供をつれてみんな来てくれたのだ。それぞれ美人で、男達にお似合いといった感じがした。みんなゆりに対しては笑顔で、だれ一人自分の男との仲を恨んでるような
感じはない。むしろもっと仲良くしてください、といった雰囲気だった。子供を産んだことにとにかくほっとしている感じで
まだ交わりの月を男と過ごしたりする気はないようだ。男たちも、自分の子供を産んだ彼女にはそれなりの情は感じているよう
だった。二人の間には「すごいことを成し遂げた」というような一種の達成感のようなものがあるらしく、もし女の方が交わりの
月に過ごしたいと言えば、優先的にその女性と過ごすようだ。子供は最初の内は女の方が育てるのだが、ある程度大きくなった
今ではお互いの家を行ったりきたりしているらしい。
その女性らはあくまで子供を産んだ女性たちなので、もちろん、他に男達の彼女は一杯いるだろう。ゆりは全員把握しているわけでもなく、たまに一族の女性らがゆりに会いに来て、その中にたまたま誰かの彼女がいたりもするのだが
向こうもなんとも思ってないので、ゆりもなんとも思ってない。
むしろこういう気質でよかった、とゆりは心底思っていた。こうでなければ、ゆりは女達に恨まれまくり、大変なことになっていたかもしれない。誰かを泣かせてまで儀式をするのも気が引ける。
「何考えてるんですか？」ゆりがじっと黙っていたので、ミカエルが聞いた。
「ミカエルとも長い付き合いだなって考えてた」
「そうですね。私もあなたを最初に見たときは、こんなに好きになるとは思いもよりませんでした」
「・・・・最初に見たときどう思った？」
「え・・・」
ミカエルが何気に視線をそらせた。
「どう思ったの？」
「あなたはまだ子供でしたから。別になんとも」
「あの時も大人だったんだけど・・・」
胸が小さい自分がなんだか懐かしい。
「今の方がいいですよ。王妃の胸が好き。」
ミカエルはゆりの胸に指をはわせた。やがて形が変わるほどにもまれて、ゆりは「痛い」と声をあげた。
「でも感じているでしょ？ピンクになってきてるから」
「・・・」
「王妃のすぐ感じる体も大好きですよ」
ミカエルはそういうと、ゆりに口付けた。
その夜、ラクシュミの機嫌が悪そうなのはわかっていたが、ゆりは王の寝室にいた。
真夜中、ラクシュミがやってきたが、ゆりは背中を向けていたので、ラクシュミは何も言わずにベッドの中に入り、そのまま眠りについた。
ラクシュミと結婚して随分になるわけだが、交わりの月以外で激しく求められたということはあんまりない。ゆりが抱いてといってそうなる方が圧倒的に多い。
夫婦仲は悪くはないと思うのだが、ゆりも普段のラクシュミの感情はつかみきれない所がある。
普段のラクシュミは嫉妬や独占欲といった感情もなくなり、ゆりを愛する代わりに、一族の者皆をも愛している。
日々、他の男に抱きついて、いちゃついてもいる妻に対してどう思っているのか、と考えると、正直な所なんとも思ってないのだろう。ここ数年子育てで交わりの月以外は余り会っていなかったせいか、どうもラクシュミの自分に対する
感情が、薄まってきてるような気がするゆりだった。交わりの月も、優しくはしてくれるが、今年は愛してるとも言われなかった。
ラギが部屋を出て行き、久しぶりにここで寝るようになったものの、毎日べったり引っ付いて寝てるわけでもない。
ラクシュミが毎晩気を奪われると辛いせいもあるのだが。
もしかして・・・倦怠期ってやつかも・・・でも、昔から王様ってそっけない時はそっけないけどなあ・・・
久しぶりに夜そっけなくされてそう思ってるだけかな。
自分がここに来なかった間、他の女の人を寝室に入れたりはしてないだろうと思ってはいるが、そういう気になったことも、あったのかもしれない。
じーっとラクシュミを見ていたら、「なんだ？」と声が聞こえた。視線を感じたようだ。「ううん。なんでも」
ゆりはそう答えた。
「そうか」「・・・・」
ゆりはまだ眺めている。
「王様、他の女の人とくっつきたいと思ったことある？」
「別にないな」
ラクシュミはそっけなく答えた。
聞いてもしょうがない質問だ。そう自分でもわかってる。そうだといってももめるだけだ。そういうはずがない。
王様だって男だもん。そういう気になったことだって・・・・そりゃあるよね。ばれないようにしてるだけかも。
「なんなんだ？」「ううん。なんでもない」
「何落ち込んでるんだ」
「月がないから」
ゆりがぼそっと言った。
「お前に月は関係ないだろ」
「そーだけど・・・」
「うっとおしいから落ち込むな」
冷たく言われてしまった。
うっとおしいって・・・ひどい・・・
ゆりはしょんぼり目を閉じていた。
月がない夜に変な質問するんじゃなかった・・・
ふいに頭がつかまれて、乱暴になでられた。「な、なに？」
ゆりは驚いて聞いた。
「そのうちに抱いてやるから我慢してろ」「そういうことじゃないよ。ここんとこ、王様と疎遠になっていたからちょっと・・・」
「疎遠？」
「しばらく夫婦って感じじゃなかったから」
「交わりの月はずっとお前といただろ？それに３日に一度ほどは話もしていたじゃないか。なんで疎遠なんだ？」
「・・・・じゃあ私らって仲がいい夫婦？」
「お前がいいと思ってればいいじゃないか」
「そりゃ、まあそうだけど・・・」
「それともお前は私の言葉を全然信用しないのか？この前お前だけだといっただろう。王妃であるお前が私の言葉を信用しないって
のはどういうことなんだ」
う・・・
確かに・・・そういわれたら言い返す言葉もない。
「ごめんなさい。信用します」「お前が男達と何をしようが、別にあてつけに何かしたりはしない」
「・・・」
「お前が他の男を愛したりしないと私だってお前を信用してる」
「はあ・・・」
「寝ろ」
「はい」
ゆりは首をかしげた。結局は、煙に巻かれたような感じだ。
だが確かに夫を信用できないってのは問題だ。同じような質問をされれば面白くないのは当然。
そうよね私が仲がいいと思ってれば、いいんだよね。
王様はちゃんと私と話してくれるし・・・
ごめんね王様。
ゆりはきもちラクシュミにひっついて、手を伸ばしてラクシュミの服を握り締めて寝た。
だがそこは服といっても腰紐の部分だったので、だんだんと引っ張られて、腰紐ははずされた。しかもゆりは眠りながら無意識に手を伸ばして今度はラクシュミの腰のあたりの服を握り締めていた。
どこひっぱってるんだ。こいつは・・・
ラクシュミの寝間着はガウン状になって腰で紐を結んでいるだけだったので、すっかりはだけさせられていた。
そうか。よっぽど欲求不満なんだな・・・全くしょうがないやつだ。早いうちにかまってやらないとだめだな。
ラクシュミはすっかり誤解していた。
「ディー、ラー。ティーア。タウィー。ツクァー」子供たち３人の声が響いていた。
「ミー。ディラー。ユール。ディルラー」
ゆりは３人の後ろでおとなしく聞いていた。ここはアナスターシャの部屋で、今は古代語の授業の時間だった。
ラギとシスも古代語の授業を受けることになり、アナスターシャもなぜか最初から習っている。
男の教師が言い、３人は同じ言葉を復唱していた。発音が悪いと教師が丁寧に直している。舌を歯の裏ではじいたり
丸めたりする発音などがあり、難しそうだ。
丸いテーブルに、４人は座り、ゆりは後ろの長椅子に腰を下ろしている。
古代語というものは、一族の子供たちが通う学校の授業でもあるようだった。だが、全員ぺらぺらになるほど熱心にしているわけでもないようだ。興味ある者は授業以外にも習ったり、独学で勉強し、そうでないものは、さわりを習って
そのまま、といった感じらしい。
向こうの世界でも、英語の授業はあるが、みんながみんなぺらぺらしゃべるわけでもない。それと同じようなことなのだろう。
教師は古代語についてもいろいろ子供たちに説明していた。
古代語という言葉は、その国によっていろいろ違うらしい。およそ、この国では一万３千年ほど前までに話されていた言葉とか。古代語には一緒の魔力のようなものが秘められていて、古代語をマスターすると、自分の魔力を引き上げる効果があるのではないか
ということだった。
「それは確実なことなの？」アナスターシャが聞いた。
「古代語ぺらぺらになったら絶対魔力あがるの？」
「絶対とは言い切れないですが、そういう効果があるようです」
教師が答えた。
「ようですって・・・絶対魔力があがるんならともかく・・・・」
アナスターシャはぶつぶつ言っている。
「アナスターシャ、先生に対してそういう口は聞いちゃいけません！」
ゆりが思わず口を挟んだ。
「すいません。先生。生意気なこと言ったら遠慮せず叱ってもいいですから」
ゆりがそういうと、アナスターシャは口をへの字にしている。教師は恐縮したような表情をしていた。
「私王女様だから別にいいのに・・・」
「よくありません。大人には敬意を持って接しなきゃだめよ」
ゆりがびしっと言うと、アナスターシャは「はい」と返事をした。
「一気に覚えなくていいですから、大人になるまでにだいぶあるんですから、少しずつ覚えられたらいいんですよ」教師は優しくアナスターシャに言った。
「はい」
「先生、どうして古代語は話さなくなったんですか？」
シスがゆっくりした口調で聞いた。
「古代語は難しい言葉だったので、簡単な言葉に途中から変わったんですよ。昔はそれでも、両方話されていたようなんですが、
途中から古代語はぱったりと話されなくなりまして、それがおよそ５千年前ほどでしょうか。しばらく見向きもされなかったん
ですが、およそ千年ほど前の王が一族の魔力の衰えは、古代語と何か関係があるのではと思われて、そのころから古代語の復興に
力を入れ始めたのです。ですが、古代語の本はそんなには残っておりませんで、研究者らが少ない本から研究して
古代語の辞書を編成したんですよ。昔の本はかなりぼろぼろになっていましたから。それから王族の方は必ず古代語を習うように
なったんです。学校の授業でもしてますが中々皆さん覚えるという所まではいってませんが、古代語も、使わなければ忘れてしまい
ますしね」
「大変だったんですね」
シスが同情するように言った。
「研究はまだ続いてますよ。古代語にも第一期、二期、三期とありまして、第三期の古代語が一番新しいものです。その前の
古代語はさすがに辞書も残ってなくてわかりません。古代語が盛んだった昔は、古代魔法も盛んだったそうですよ。昔は、
王族だけではなく、他の者も古代魔法を使っていたようです。今皆さんが使われている力は、古代魔法の名残のようなものです」
「古代魔法・・・」
アナスターシャが上ずった声を出した。
「かっこいい響き・・・私も古代魔法使ってみたいな」
「僕も」
とシス。
「がんばって魔力をあげれば、使える日も来るかもしれませんよ」
教師は言った。
魔法か・・・古代語は魔力に関係あるってことは・・・・ラギが覚えても別に何もないような気がするけど・・・
ゆりはちらっとラギを見た。ラギは古代語の辞書をぺらぺらめくっていた。
まあいいか。好きで勉強してるんだし、水差すのもかわいそうだし・・・
授業が終わり、教師は出て行った。「母さん、今日僕午後研究所に行くから、明日まで帰らない」
ラギがゆりを見て言った。
「またいくの？みんなの邪魔にならないようにしないとだめよ」
「うん」
「今度は何作るの？」
シスが聞いた。
「秘密」
「記憶力が上がる薬つくってよ」
アナスターシャが言った。
午後、髪を青く染めたラギは、研究所の職員が迎えに来て、今日は馬車で一緒に連れられて行った。ゆりは表門の所まで行き、ラギを見送った。ここから先は結界の外だ。
「大丈夫かなあ。ほんとに」
「大丈夫ですよ」
表門の門番がゆりに言った。
「でも、アナスターシャとシスは、まだ結界の外にはでれないのに」
「医学研究所はお城から近いですから。それに、それとなく戦士が見張ってますから」
「そうなの？」
「はい。」
「そうなんだ・・・」
ゆりはちょっと安心した。
アナスターシャとシスの気質は、王族だとすぐわかってしまうが、ラギの気質は違うので、他の二人よりは狙われにくいようだ。
そのため他の二人よりは気軽に外に連れて行ってもらってるが、親としては心配だ。
だが、ちゃんとだれかがついててくれてるのなら大丈夫だろう。
城に戻ろうとしたら、目の前を羽がある短い蛇がパタパタ飛んで行った。「あ。おいでおいで」
ゆりが声を出すと、蛇はゆりの方を見たが、無視して飛んで行った。
「ひどい」
たいして予定もなかったゆりは、蛇の後をついて行った。蛇はゆりが早足でも追いつけるくらいの早さでゆりの目の高さ
くらいのところを飛んでいた。城の回りをぐるりと回り、南の庭園の方に行こうとしている。
あれ？
ゆりは地面の上を這っている蛇たちが、みんなそろって同じ方向に行こうとしているのを見た。
何かあるのかな？
ゆりも蛇たちと一緒に歩いて行ってみた。
すると、庭園の垣根の向こうの草の上に、金色の人影が見えた。
ハザーク様？！
金色の長い髪が見えた。ゆったりとしたローブのような服を着ている。紛れもなくハザークだ。
珍しくもハザークは草の上に寝そべっていた。その回りは青っぽい大きな蛇が取り巻き、小さい蛇らもよっていっている。ハザークはこちらに背中を向けて、手で頭を支えて横向きになっていた。
珍しいなー
羽が生えた蛇は、ハザークのところに飛んで行った。ゆりが横の方からのぞくと、ハザークになでられて、うれしそうにしていた。
ハザークがゆりに目を向けた。「珍しいですね。お外にいるなんて」
「ああ」
ゆりは蛇たちを見た。なんだかみんなうれしそうだ。
好き好きハザーク様、大好き♪
ってな感じでハザークに頭を摺り寄せたりしている。
「こっちに来い」ハザークがゆりを見ていった。
「でも、蛇ちゃんらとの仲を邪魔したらかわいそうだから」
ハザークが少し手で仕草をすると、ハザークの前にいた蛇たちがささっと少しどいた。
すごい・・・
ゆりは開けられた場所に腰を下ろした。
「ハザーク様って・・・女の子の蛇の恋人っていないんですか？」ゆりはちょっと疑問に思って聞いてみた。
ハザークは元々蛇なのだから、蛇の恋人がいてもおかしくない。
「昔はいたが、最近はいない」「そうなんですか・・・」
長生きしてるから、いろいろ恋愛ドラマがありそうだな・・・
「今は人の方がいいな」「はあ・・・もっと一族の女の人と会ったらいいのに・・・」
ハザークが自分に対してそういう気持ちになったのは、自分しかあそこにいってない、というのもあるのかもしれない。
そうゆりは思ったのだった。他の女性とも触れ合えば、気に入る人もいるだろう。
「今はお前がいればいいな」ハザークはからかうように言った。
「他に美人がたくさんいますよ」
「お前・・・自分の容姿によっぽど自信がないんだな」
ハザークはゆりを見つめていった。
「え・・・別に・・・」
「昨日男とあったぞ」
ハザークがゆりを見たまま言った。
「え？」
「儀式のことを聞いた」
「え？」
ゆりの目はまん丸に見開かれていた。
「だ、だ、だれに！？」
「・・・赤い蛇がいる黒髪の男だ」
ミルキダスだ・・・
「なんでそんなこと聞くの！ひどい！」ゆりは真っ赤な顔でいった。
「お前が本当のことを言わないから悪い」
ゆりはぷんと横を向き立ち上がろうとした。すると、でかい蛇がするりとゆりの体を取り巻いた。
「げ。こら！」
蛇はぐいっと体重をかけたので、ゆりはすてんと草の上にしりもちをついた。
「ちょっと！」
蛇をどけようとしても、かなり重くて持ち上がらない。
「話を聞いて驚いた」
ハザークは、ゆりの様子は気にも留めずに話しかけている。ゆりは両手を蛇の体にかけて懸命に蛇をどけようとした。
「ちょっと！この蛇どうにかして！」
「お前が逃げようとするからだ」
「だって！もうハザーク様嫌い！」
「なんでだ？」
「なんでって・・・」
ゆりは涙目になっている。
「お前は自分の容姿を気にしてたんだな。男達にその気になられないとはかわいそうに・・・」
「え・・？」
ゆりはぎょっとした。
「かわいそうってなにが？」
「王以外は誰も抱いてくれないのだろう？」「え・・・いえ、そういうわけじゃ・・」
ハザークは体を起こして、ゆりの髪をなでた。
「男たちもあまりにひどすぎる。いくら抱くのがいやだからといって、そんなことをお前にさせるとは」
「え・・いえ・・・だから・・・」
ゆりは冷や汗をかいていた。
ハザークの目はえらく真面目で、ゆりに心底同情しているかのようだった。
なんか・・・えらく誤解されてるみたい・・・
「我はお前の事を誤解していた。お前が好色だから、良い巫女になれたんだと思っていた。お前は子供のために必死になってただけだったんだな。儀式で男たちにそんなに虐げられてるとは思わなかった」
「え、別に、虐げられては・・・っていうか、全て誤解ですって！」
ゆりは必死に強調していったが、ハザークはゆりを哀れむように目を細めていた。
「お前は王妃なのにあまりにかわいそうだ。我はちゃんと、最後までしたいと思ってるぞ」
「え・・・？」
「お前はそんなにひどくないぞ。自信をもて」
「・・・」
「足も、慣れればそんなに短くないし」
誰かどうにかしてこの人！
あんまり誤解されすぎて涙がでてきたゆりだった。
「女にこんなに同情したのは初めてだ。交わりの月でなくても、ちゃんと抱いてやるぞ」「え」
ゆりは気づくとふんわりした感触の上にいた。
っていうか、ここベッドじゃん！
周りの景色は、どう見てもハザークの寝室だった。横にハザークもいる。
「あ、あの・・全部誤解！全部誤解ですから！」ゆりは必死で両手を横に振っていた。背中は汗をかいている。
「遠慮しなくていいぞ。抱いた後にまずいなんていわないぞ。」
「そーじゃなくて！」
「今夜にでも王に言ってやろう。王も、今までほっとくとはひどすぎる。お前を可愛がってる風だったのに・・・
お前をこんなに傷つけて」
「何も言わなくていいです。誤解ですから！別に傷ついてないです！」
「遠慮しなくていいぞ。我はお前にすっかり同情してしまった。ちゃんとお前の味方をしてやる」
「いいってばー！」
ゆりはハザークに押し倒された。
「ぎゃー！」
「女としての自信を取り戻させてやるぞ」
「いいです。誤解誤解誤解！うぐ」
唇を覆われた。「うー・・・・」
ハザークはゆりをしっかり抱きしめてキスしていた。
ハザークの背中をどんどんとたたいてみたが、全然動じない。
「うーうーうー」やがて唇が離されて、ゆりは空気を求めてぜいぜいいった。
「ご・・・誤解・・・本当に誤解ですから。ど、どいて・・・・」
「遠慮するな」
「遠慮じゃなくってー！」
「みんながお前を抱かないのは、お前の容姿のせいじゃないぞ。きっとお前の体温が高すぎるせいだ」
「慰めてくれなくていいですから！」
ゆりはなみだ目で反論していた。
「違うんです！私が抱かないでっていってるの！王様以外はやだからそうしてるだけです！」
ハザークはゆりの上にのっかったままでゆりのスカートを上にたくしあげていた。その手がゆりの太ももをなでて、上に
あがってきた。
「本当ですって！本当なんですって！」
ゆりは足をじたばた動かして必死に訴えた。
「わかったわかった。じっとしてろ。優しくしてやるから。足をラクにしろ」
「やだってば！」
「本当はいやじゃないだろ？」
「やです」
「嘘だろ？」
「やなんですってば！」
「遠慮しなくていいんだぞ」
「遠慮じゃないんです！！！」
かなりの問答の末、ようやく体が離された時には、ゆりは叫びすぎて息も絶え絶えだった。
「もーひどいよ。ハザーク様、」ゆりはなみだ目で体を起こして服をなおした。髪もひどい有様だ。
全く・・・もう少しでやられるところだったよ・・・・
「お前が喜んでそんなことをしてるとはとても信じられない」ハザークはぜいぜいいっているゆりとは対照的に、涼しい顔をしている。
「別に喜んでしてるわけでは・・・」
「やっぱりいやなんだろ？」「だから・・・・」
話は元に戻っていた。
そのころ、ラギは医学研究所の本が一杯ある部屋で、背の高い椅子にちょこんと座り、大きな図鑑を読んでいた。この本は薬草図鑑である。ちゃんと葉や花の絵がついていて、説明が書かれている。
白衣を着た若い女性が、ラギにジュースとお菓子をもってきた。「どうもありがとう」
ラギは女性を見上げていった。
「熱心ですねえ。今度は何を作るんですか？」
「ほれ薬」
「ほれ薬ですか」
女性はラギの横に座った。
「だけどほれ薬は難しいんだって、ほれ香水の方が良いって言われた。蛇が好きな匂いを、いろいろ混ぜてつくってみたらって」
「そうですか。がんばってくださいね」
「うん」
ラギはうなずいた。研究員たちはいろいろラギにアドバイスはしていたが、本を渡すだけで、考えることはラギにやらせていた。
最初からいろいろ考えた方が、ラギの知能を伸ばすのに良いと思っていたからだ。
「えーと、蛇好草。この花の匂いをかぐと、蛇が酔っ払ったようになってしまう、へー。これいいな。ほれ香水にいれてみよう」ラギは本の横に置いていた小さな紙をはさんでページをめくった。
母さんは全然王妃様らしくないから、せめて金ぴかにして王妃様らしくしないと。忙しい王様から一杯気もらったらかわいそうだから、ハザーク様に金ぴかの気をもらおう。
そのためには、ハザーク様に母さんを好きになってもらわなきゃ。
大好きな母のために、ラギは小さな頭でいろいろ考えていた。
部屋に戻ってきたゆりは、ハザークとのやり取りですっかり疲れきり、長椅子に寝転んでぐったりしていた。
ああ、今日は疲れた。全く、なんでああいうとんでもない誤解をするんだ。
のんびりしていたら扉がノックされた。侍女がいなかったので仕方なく自分が出ると、ミルキダスが立っていた。ミルキダスは部屋に入り、いいにくそうな顔でいった。
「あの・・・実はハザーク様に・・・昨日・・・」
「聞いたよ。大変だったね。ミルキダスも」
「すいません・・」
「いいんだよ」
ゆりはミルキダスの腕に手をあてた。
ハザークに問い詰められて、ミルキダスもさぞかしこまったに違いない。ミルキダスを責める気はなかった。
「それで・・・ハザーク様は最後に、王妃のことをかわいそうな女だとおっしゃられていたんですが・・・何か誤解されてません
でした？」
「大誤解してたよ」
「それはどういった・・・」
「私がみんなに相手にされないでかわいそうだっていってた」
「え？」
「それで慰めてくれた。いろいろ」
「はあ・・・」
「一応は・・・良い人なんだろうけど・・・」
容姿がどうのとか、足が短いとか、いろいろ傷つくことも言われたけど・・・全く・・・変な人。
そう思っていたら、扉がまたノックされた。ゆりは扉の側にいたので、すぐに扉を開けた。すると、ハザークの侍女が立っていた。「侍女さん」
「王妃様、ハザーク様が、今日は寝室で強引にしてしまって、申し訳なかったと申しておりました。」
「え・・・」
ゆりの顔が引きつった。
「これも王妃様を思ったゆえでの行為ですので、お気を悪くなさらないでくださいませね」
「・・・」
ゆりはちらりとミルキダスを見た。ミルキダスは、かなりこわばった顔で、ゆりが見ると目をそらした。
「それではまた、竪琴の日に伺いますね」
「はあ」
侍女は去っていった。
「あの・・・ミルキダス・・・誤解・・・」ゆりがミルキダスを見ておずおずというと、
「いえ、私は何も聞いてませんから」
ミルキダスはそういって、部屋をでていった。
「ミ、ミルキダス！・・・誤解。誤解だから！」
ゆりは廊下に出て叫ぶように言ったが、もうミルキダスはいなかった。
なんなんだ・・・今日は誤解デー？
ゆりは廊下で呆然と立ち尽くした。
ハザーク様に誤解されて、なんでミルキダスにまで・・・・
その夜、王の寝室のベッドで寝転んでいると、寝室に来たラクシュミに言われた。「もうしばらく待ってくれ」
「何を？」
ゆりは聞き返した。
「お前抱かれたいんだろ？」
「え・・・」
「欲求不満なんだろ？」
「・・・・」
「月がもっと出るまでは・・・」
「ぐす」
ゆりは布団を頭までかぶり、隠れてしまった。
「ぐすん・・ぐすん・・・」「なんだ？お前、泣くほど欲求不満なのか？」
「違うよ！」
ゆりは布団から顔を出して言った。
「なんで王様にまで誤解されなきゃならないの！もういや！」
ゆりはまた布団をかぶった。
ラクシュミはよくわからないまま、首をかしげてゆりの横に入った。
もうひどいよ。みんな！なんでそういう誤解ばっかり・・・
「大丈夫か？ゆり、そんなにしたいなら・・・」「違うっていってるじゃん！王様ひどい！」
ゆりは布団をかぶったまま言った。
「ひどい？どこがひどい？」
「もういいから寝て！」
「なんなんだ・・・」
ひどい・・・ぐれてやる・・・
男３人に誤解され、結局どの誤解も完全に解けることもなく、ゆりは一人でいじけてそのままふて寝したのだった。
すすむ