１３の月の１０日、ハザークの侍女が竪琴を教えにきてくれた。だが、その日はなぜか侍女が二人もいたのでゆりは驚いた。
いつも来てくれるのは一人だけなのだ。
「どうしたの？」
「暇だったものですから」
一人の侍女が言った。
一人の侍女が曲を一曲弾いて、少しずつ、ゆりに教えてくれた。この曲も数年前にはマスターしていた曲だ。だが今では
すっかり忘れている。
もう一人の侍女はゆりの横に座り、ゆりの指の位置などを細かく指導してくれた。２時間ほど過ぎて休憩に入った。
「王妃様、そろそろハザーク様にご披露にいらっしゃいません？」一人の侍女がにこやかに聞いた。
「え・・・いえ・・・まだ下手すぎるから・・・」
ハザークの話題になり、ゆりはちょっとあせった。もしかしたらこういう話になるとは、とは思っていたのだが。
「ですが、定期的にご披露された方が、やはり上達も早いですよ」
もう一人の侍女が微笑みつつ優しく告げる。
「それはそうだけど・・・」
あの誤解されまくり事件から５日ほどしかたってない。ゆりとしては、一年ほどハザークと顔を合わさなくてもいいくらいだ。
二人の侍女はにこやかにゆりを見つめていた。二人がこんなに親切でなければゆりだって拒絶することもできるのだが・・・「・・・・わかりました。じゃあ後で、ちょっとうかがいますね」
ゆりがそういうと、二人はにっこり微笑んだ。
「お待ちしております」
どうも優しいハザークの侍女には弱いゆりだった。
第８話
昼食の時間食堂に行くと、今日は子供らは３人共いた。「ねえ、だれか後で一緒にハザーク様の所いかない？」
ゆりは子供らを見て聞いてみた。一人じゃなければ変な事にもならないだろうと思ったのだ。
アナスターシャもシスも無言だった。
「ハザーク様は、見た目は怖そうだけど結構優しいんだよ」
ゆりは二人を見て言った。
「・・・だけど怖い・・」
アナスターシャが言った。
「僕も・・・父様は父親だから怖くないけど、ハザーク様は違うから怖い」
「ふーむ・・・・」
どうも、ハザークは子供らには怖く見えるらしい。かくいうゆり自身も、ハザークになれるには結構かかったし、
一族の者からも恐れられているくらいだから、子供らにも怖いのだろう。
「僕いいよ」ラギがいった。
「本当？」
「うん。ねえ、ハザーク様って、大体何歳くらいなの？」
「さあ、王様の予想では、一万年くらい生きてるんじゃないかっていってたけど」
「すごいね」
ラギは茶色のお目目を見開いた。
「じゃあ昔の話もしてくれるかな？」
「わからないけど聞いてみたら？」
ゆりはラギと一緒にハザークの塔に向かった。「ところで、母さんはハザーク様のところに何しに行くの？」
ラギがゆりを見上げて聞いた。
「ん？竪琴を披露しに行くの」
「え・・・」
ラギが驚いた顔をした。
「ハザーク様は、母さんの竪琴がすごく好きなんだって」
「・・・ハザーク様って、すごく優しい人なんだね」
ラギは目を細めて言った。
「それってどういうこと？」ゆりがにらむと、ラギは視線をそらせた。
全く・・・まだ子供のくせに・・・変なところで大人びてるんだから・・・・
ゆりは言葉通り、ハザークの部屋で侍女に竪琴を借りて一曲奏でたのだった。ラギはゆりの前の椅子にちょこんと座って聞いている。ハザークは少し離れた長椅子に寝そべっていた。
ラギはまだ子供だったが、母親の竪琴がそんなにうまくないというのはわかっている。ラギはちらりとハザークを見た。ハザークは別段嫌な顔もせずに普通に聴いている。
ハザーク様って、すごく心が広い人なんだな・・・・
ラギはそう思った。
母さんの竪琴を怒らずにずっと聴いてるもん。
ゆりの竪琴が終わり、ラギは一応ぱちぱち拍手した。「どうでした？ハザーク様」
ゆりがハザークを見ていった。
「一杯とちったな」
ハザークが言った。
「そうですか？これくらいなら許容範囲じゃないかな？」
ゆりは気に留めない様子で侍女に竪琴を返した。今更少々とちったくらいでは動じもしない。最初のころよりはかなり神経が
太くなっているかもしれない。
「でもだいぶ昔の勘を取り戻したみたい」
「昔はもう少しましでした？」
ラギはハザークを見て聞いたが、ハザークは答えなかった。
「ハザーク様は古代語はできますか？」ラギはめげずに聞いてみた。
「できるぞ」
ラギの目がぱっと輝いた。
「僕と古代語で話してくれませんか？」
「お前、もう覚えたのか？」
ハザークが驚いたように聞いた。
「少しだけですけど・・・」
ラギは椅子から移動して、ハザークの長椅子の下にぺたっと座り込んだ。
その時、違う侍女が部屋に入ってきた。「ケーキ焼いたんです。どうぞ」
「わー」
お皿の上には長細いパウンドケーキのようなのが乗っていた。
ゆりは侍女らとお茶を飲んだ。ラギは物怖じせずにハザークとなにやら話している。
あの子王様はだめなのにハザーク様は平気なのね・・・あの調子で王様とも話せばいいのに・・・
ゆりは時々ラギを気にしながら侍女らと一緒にケーキを食べた。
『ハザーク様は、母さんが好きですか？』ラギは古代語で聞いてみた。口調はたどたどしくゆっくりだが、ちゃんと文章にはなっていた。
『好きか嫌いかと聞かれれば好きだぞ。お前の母親は面白いからな』
ハザークは古代語で答えた。ラギの目がきらきら輝いた。ハザークの発音はとても素晴らしく、古代語を教えてくれる教師よりも
話し方も優雅だった。
『ハザーク様が・・・母さんの恋人・・に・・なってくれたらいいのにな・・・』
ラギが言葉を考えながら言った。
『母さんの気を・・・金ぴかにしてほしいな・・・』
『お前の母親は恥ずかしがって我に近づいてこないぞ』
ハザークがいった。ラギが首をかしげた。速すぎて理解できなかったようだ。ハザークはもう一度、ゆっくりと言った。
すると、ラギはにこっと笑った。今度は理解できたようだ。
「あの二人、何うれしそうに話してるのかしら」お茶を飲みながらゆりが言った。
二人の侍女は微笑んだ。侍女らは話の内容はわかっていた。
「すごいですね。あんなに小さいのに古代語を話されるなんて」
一人が感心して言った。
「本当に」
もう一人も同様である。
「何の話をしてるの？」
ゆりが聞いた。
「世間話ですよ」
侍女はそう答えた。
『恥ずかしい・・・・なんで恥ずかしいのかな？』ラギは首をかしげた。
『我が気をやるといっても、お前の母親が恥ずかしがっていらないというんだ』
『どうしてだろ。母さんはハザーク様の事好き・・・みたいなのに・・・・好きすぎたら・・・恥ずかしいのかな・・・』
ラギは言葉を考えながら一生懸命いった。
「僕の言葉、おかしくないですか？」
ラギは普通に聞いてみた。
『ちゃんと通じるぞ』
ハザークが古代語でそういったので、ラギはうれしそうに微笑んだ。
『そうか。お前の母親はそんなに我の事が好きなのか？』
『さっきも・・・優しい・・・言ってました。でも・・・もう一人の母さんは・・・嫌われてるって・・・・』
『別に嫌ってはいない。今の王妃の方がいいだけだ』
『どっちも・・・優しい・・・ですよ』
『今の王妃の方がなじみ深い』
ラギはよくわからなかったので首をかしげた。
『好みはそれぞれだ』
ハザークは言いなおした。
「はあ・・・・」
うまくいかないんだねー母さんは恥ずかしがってるし、もう一人の母さんは気が欲しいけどハザーク様はこっちの母さんがいいっていうし・・・・
恥ずかしがらない薬ってできるかな？難しそうだな。
ラギは首をひねった。
「ラギ、侍女さんのケーキ、おいしいよ」話が途切れたようなので、ゆりがラギに声をかけた。
「もらいます」
ラギは立ち上がってテーブルの方にいって椅子に座り、ゆりにケーキの皿を渡してもらった。
「お前の息子は賢いな」ハザークがゆりを見ていった。
「そうでしょ？私に似て」
「お前には似てないだろ」
ハザークはあっさり言い切った。
「ひどい・・・でも、ラギすごいね。あんなに会話するなんて。授業以外で教えてもらったの？」
「うん。辞書もらったから、自分でも勉強したんだ。でもハザーク様の発音はすごくきれいだ」
「そう。よかったね。一杯教えてもらいなさい」
「こら」
ハザークが口を挟んだ。
「いいじゃないですか。別に」
ゆりが微笑んで言った。
「この前変な誤解したお詫びにこの子にいろいろ教えてください」
ゆりが横目でみていった。
「良いぞ。その代わり、お前が儀式で喜んで男たちにしてることを、我にもしてくれるんならな」
ハザークが仕返しのように言ってきた。
しかもいやみっぽく笑っている。
ゆりはなにも言わず睨んで返した。
「お前が嫌だというのなら、我もいやだな」
くそー負けた・・・
「ご馳走様でした。おいしかったです」ラギはケーキを食べ終わり、お皿をテーブルの上においた。
「それじゃ、僕そろそろ行きます。今日はありがとうございました」
ラギは礼儀正しくいって、出て行った。
「かわいいですねえ」
侍女が微笑んだ。
「私の教育がよかったから」
とゆり。
「では私もそろそろ」
ゆりが立ち上がると、
「まあ、そうおっしゃらずに、」
「そうですよ。王妃様はもう少しいてください」
侍女たちが引き止めにかかった。
「お前の息子は、我にお前の恋人になってほしいといってたぞ」
ハザークの言葉に、ゆりはぎょっと目を見開いた。
「え？なんで？」
「お前をきらきらにしたいといってた」
「・・・もう十分きらきらしてます」
「どこがだ？」
「昨日王様に気もらったし」
「もっときらきらになってほしいようだぞ。お前の息子は」
「まあ・・・そのうちに・・・なんか、ハザーク様に今近づくのは危険だし」
「危険？我がお前に何かしたか？」
ハザークは全くわからないといった感じで聞いてきた。
「何かしまくったじゃないですか。この前！」
「あれはお前がかわいそうでたまらなかったからだ。ただの親切心でああしただけだ」
「その前だって抱きたいとかいったじゃないですか」
「せっかくお前を女として認めてやってるのに、なんで睨む」
「・・・」
どうも話が通じない。
「帰ります。ご馳走様でした」ゆりは部屋を去って行った。
「ハザーク様、もう少し、雰囲気を盛り上げて、くどかれませんと」侍女らはまだ部屋にいたので、当然ゆりとハザークのやり取りを聞いていた。
「そうですよ。もう少しほめるなりして、その気にさせませんと・・・」
「この前も散々ほめたぞ。だが王妃は恥ずかしがってだめだった」
ハザークとしては、あれでも褒めちぎったつもりだったようだ。しかも、子供のラギが恥ずかしがってるといったので、
すっかりそうだと思っていた。
「ハザーク様は美しすぎますから、王妃様が恥ずかしがるのも無理はありません」
「まあいい、当分子もできそうにないしな」
ハザークはからだの向きを変えて上を向いた
「それにこういうやり取りは初めてだから面白い」「まあハザーク様ったら、ほほほ」
侍女らは口元に手をあてて優雅に笑った。
塔から出たゆりは、気が向いたので庭園の方に行った。夕食の時間にはまだ間があった。庭園の奥の、東屋の所に誰かがいるのを見て、ゆりは寄って行った。
座っていたのは、白い戦士服を着たユリウスだった。
「あら、久しぶり、ユリウス」
ゆりが声をかけると、ユリウスは立ち上がった。
「王妃、こんにちは」
ユリウスは、相変わらず美しい顔で微笑んだ。
「もしかして、私を訪ねてきてくれたの？」
「はい・・・少し王妃の顔が見たくて・・・」
「そうなんだ。ハザーク様のところにいってたから」
ゆりはユリウスの前に腰をおろした。
「ジュメも最近見ないけど、元気？」
「ええ、元気にしてますよ」
ユリウスは答えた。
「今度一緒に遊びにきてね」
「はい・・・」
ユリウスはじーっとゆりの顔を見つめている。
「何？」
ゆりが瞬いて聞いた。
「私、王妃の笑った顔が好きです」
「？」
ゆりが首をかしげた。
「本当にそうなんですよ」
ユリウスはしみじみと言った。
そのころ、王の間のラクシュミは、渡された封書を開いて眉間にしわを寄せていた。ラクシュミの前には南の砦のロナウド将軍と国の内政を取り仕切るジェダンがいた。二人ともうつむきがちで瞳を翳らせていた。
「なんでこんなことになったんだ？」
ラクシュミは紙から目を離して言った。
その手紙は南と東の農園主たちからの、嘆願書だった。「どうか一族の女性から王妃を迎えて子を為してほしい」というもので、農園主の名前が最後に並べられていた。この国は蛇の一族が治める国であるが、全ての土地を一族の者が所有しているわけでは
なかった。比較的平和な南や東には、この国の季候や気風を好んで古くから住み着いている人々の土地がある。酒の原料となるぶどう
農園、畑、家畜の農場など、一族以外の者たちに管理させて税金という形で金を取っているのだ。
もちろん一族の者たちがその土地の治安維持に努めているし、農園主たちも、王であるラクシュミに忠誠を誓っている。
「それが・・・」ロナウド将軍が重い口を開いた。
事の発端は、２月ほど前のことだった。ある農園で、王のお子様であるアナスターシャとシスに、さほどの力がないのではという噂が流れたのだった。やはり異界の方との混血児のために、あまり力がないと王が嘆かれているらしいと。噂を聞いた戦士らは、
「そんな事はない、二人の御子様は小さいのにたいした力だ」と噂を否定して回ったのだが噂は瞬く間に広がり、
農園主らは不安になって、こういう嘆願書をラクシュミに書いたのだった。噂のことを将軍らはラクシュミには言わなかった。
だが、嘆願書という形で出されてしまい、ラクシュミに渡さざるをえなくなってしまったのだった。
「噂の出所は、農園で働いている者たちがよく行くような酒場のようなのです。何者かがあらぬ噂を流したようで・・・」ジェダンが言った。そういう酒場には、戦士らも、一族の者もあまり顔を出さない。
「その者は、王の間の番兵が街の酒場で愚痴っていたのを聞いたといったようで、その話をあちこちの酒場で撒き散らして、
こんなことになってしまったんです」
門近くにいた番兵たちが顔をあわせた。
「全く・・・」ラクシュミは息を吐いた。もちろん、番兵達がそんな事を言うはずはない。明らかに何者かが悪意を持ってばら撒いたデマなのだ。
「申し訳ありません」ロナウド将軍が頭を下げた。
戦士たちも今までぼんやりしていたわけではなく、噂をばら撒いた者を探し回ったのだが、一向に行方は知れなかった。噂を否定して回っても、無理に否定すればするほど、逆に怪しまれるという始末だったのだ。
「噂をばら撒いた者の狙いはなんだ？」ラクシュミが二人を見て聞いた。
「それは、世情不安をあおることでしょう。」
ジェダンが言った。
「皆アナスターシャが生まれた時は、あれほど喜んでいたのにな・・・」
どの農園でも盛大にお祝いが行われたというのに・・・
数年経てば気持ちもさめてしまうものらしい。
国民の大半の連中は、アナスターシャとシスに会うことはない。二人の力など知りようもないしそういう噂が流れれば、そうなのか、と思ってしまうのかもしれない。
「・・・農園主らを呼んで、説得されますか？」ロナウド将軍が聞いた。
「説得といってもな・・・妻が嫉妬深いから二番目の王妃を迎えられないというのか？」
ラクシュミが失笑まじりにいった。
嘆願書の内容自体はそうひどいものではない、国民の心理として、どうせなら一族の女性が産んだ御子様もいてほしいと思う
心理も理解できる。産まれないまでも、二番目の王妃が一族の女性なら、いつか産まれるかもという気持ちになるのだろう。
別にゆりが不満なわけではないのだ。
ラクシュミが二番目の王妃を迎えても、別におかしい事ではない。この国では、恋愛は一対一でなければならないということはないか
らだ。嘆願書を出された以上はこのままほっておくわけにはいかなかった。なんらかの回答はしなければならない。
そうでないと、王は一族の者以外の言葉を聞き入れないと、嫌なうわさが流れてしまうからだ。どの国も、王の一族だけで成り立って
はいない。今の世界の国々は、様々な一族が淘汰されて生き残った一族の国であり、いろんな血が混じった力がない者たちもたくさ
んいるのだ。そういう者たちも大切にしないと何かと都合が悪くなる。特に、この国は一族の数自体少ないので、他の者達に頼る事も
多く、何かと気を遣っていた。
「王妃は・・・やはりいやでしょうか」ジェダンが聞いた。
「・・そうなれば、やはりユリウスになりますか」
ロナウド将軍が伺うように聞いた。
「・・・もしそうなら・・・だが・・」
ラクシュミは言葉を濁すように言った。ラクシュミがゆりに会うまで結婚しなかったのは、力がある女がいなかったせいだ。
王の子供を産むには、それなりの力を持った女でなければならない。今一族の女で一番力がある女は、ユリウスだった。
そういう話になれば、当然候補にはあがるだろう。だが、農園主らは、そういうことを知っているわけではない。
ただ、一族の女性を二番目の王妃にしてほしいといってるだけだ。
「ユリウスも最近力が上がっているとはいっても、まだ上級ランクではないからな」「王妃様とユリウスなら、案外仲良くするような気もしますが・・・」
とジェダン。
「お前達も二番目の王妃を迎えてほしいのか？」
ラクシュミが二人を見て聞いた。結婚するまでは一族の女性らから猛抗議があったが、今はない。
「王妃様が嘆かれるのでしたら、我らとしても悲しいですから・・・ただ・・・王妃様も長年この国に住まれて、
一族の気風にもなれてきていらっしゃいますから、王妃様にも恋人がいらっしゃいますし、王も、そうされてもよいような
気がしますが・・・私の目から見ても、王は王妃に気を遣いすぎておられるような気がします」
ジェダンが続けて言った。
「・・・元々、ゆりが恋人を作ったのは儀式のためだし子供のためだ。私まで女を作ったら、私とゆりの関係はおかしくなる。
確かにゆりには気を遣ってはいるが、それは自分のためだ。ゆりが不機嫌になると私まで気がめいる。本当に面倒なんだ」
「はあ・・・」
「ゆりはこの短期間で私の子供を３人も産んだんだ。一人は力がないにせよ、この城で明るく暮らす権利くらいはある。交わりの月を
ずっと私と過ごすのを楽しみしているのだし、それくらいしてやりたい。だから、そういう話は考えたくない」
自分の欲望よりも心の平穏の方が優先していた。二人のゆりに責められるのは考えただけで気が滅入りそうだ。
ラクシュミにとっては王妃はすでに二人いるようなものだった。
その上ゆりは子供を産むことで、ラクシュミの心を楽にしていた。それは、他の誰にもできない事だった。
「あの・・・お二人の御子様に力があるという事が証明されれば、そういう話もなくなるのではないでしょうか」ロナウド将軍がいった。
「元々事の発端はその噂ですし」
「農園主らにお二人を合わせるんですか？」
ジェダンがロナウドを見て聞いた。
「どういう方法がいいでしょうか？」
ロナウドがラクシュミを見た。
「うーん・・」
ラクシュミも考え込んでしまった。
その夜、ラクシュミはベッドの上で頭をひねっていた。どうすれば一番良いか、考えていたのだがよい案が浮かばない。
あの後、ザメハやフレイを呼んで老人の知恵を借りたのだが、二番目の王妃の話はとりあえず置いておいて、
農園主らに子供たちを見せれば、噂はデマだと納得するでしょうということだった。力を見せなくてもラクシュミと同じ金色の輝く瞳を見せるだけでも、安心するはずだと。
だが、あわせるといっても、どこであわせるかという問題もある。
子供らを農園に連れて行くというのも警備が大変だし、農園主らを城に招くというのも・・・
ラクシュミとしても、嫌な噂は早めに沈めたかった。子供に力がないなどという噂が他国に広まると困るからだ。
噂というものは、時に国の命運を左右することさえあるのだ。
ハザークが前に言った通り、確かにあの二人にはラクシュミほどの力はないような気が、ラクシュミ自身にもしていた。まだ子供だし、どういう成長を遂げるかはわからないがラクシュミほど結界を作る力はないかもしれない。
それは異界の女との混血児だからなのかどうかはわからない。
もちろん、二人は他の子供らよりも優れているし、成長すればかなりの力を持つようにもなるだろう。
ラクシュミは悲観もしてはいない。ゆりが後何人か子供を産んで、結界を作れるものが３人ほどになれば、
３人で力をあわせて、結界を維持することだってできるからだ。
８日後の１８日の朝、朝の挨拶に王の間にきた子供たちにラクシュミがいった。「今日の午後農園主らが城に来る。アナスターシャとシスは挨拶するように」
３人共無言だった。
「返事はどうしたんだ？」
「父様、ラギは？」
アナスターシャが不服そうに言った。
「ラギは今回はいい」
「どうして？３人兄弟なのに」
「ねー・・・僕いいから」
ラギがアナスターシャに言った。
「ラギ、別にお前を嫌ってるわけじゃないからな」
ラクシュミはシスの後ろの方にいたラギに言った。ラギは「はい」といい、３人は出て行った。
アナスターシャは扉の外に出てもぶつぶついっていた。シスはラギの頭をなでた。
「気にしちゃだめだよ」
「うん・・・でもなんで農園主がくるの？」
「さあ」
二人は首をひねった。
どこの農園主がくるのだろう・・・
ラギは、王の間の番兵に聞いてみた。すると、番兵は、「南と東の一族の者ではない農園主ですよ」とラギに教えてくれた。
「どうして急にくることになったの？」
ラギが聞くと、
「さあ。そこまではわかりません」
と番兵が言った。
誰なら教えてくれるかなあ。
ラギは一人王の間の外にいた。アナスターシャとシスは行ってしまっている。
すると、ロナウド将軍がやってきたが、ラギに挨拶をするとすぐに王の間に入って行った。
ラギはロナウドに話しかけることはできなかった。その後フリットがやってきた。
「ねえ、フリット、なんで農園主が急にくるの？」
ラギはフリットの袖を引っ張って聞いた。
「え・・・王子・・・その話どこで聞かれたんですか？」
フリットが驚いてラギを見下ろした。
「さっき王様が言った。ねーとにーが挨拶するって」
「そうですか・・・」
フリットは複雑な表情をした。ラギだけ外されてかわいそうだと思ったのだ。今回は二人の王族の瞳を見せるのが目的
なので、その瞳ではないラギは農園主らと会う計画に入ってない。
「どうして急にくるの？」
「さあ、どうしてでしょうか」
「教えてよ。フリット」
フリットとしても、ラギには説明しにくかった。
「僕、その人たちみたいな」
「王子・・・その・・・」
「挨拶しなくていいから、どっかからみたいな。僕目はいいんだよ。変な人だったらわかる」
「大丈夫ですよ。ちゃんと身体検査もしますし、みんな瞬間移動さえできませんし」
「会いたい！」
ラギはフリットを見上げて言い張っていた。
「・・・」
フリットは頬をかいた。
「お願いだよー」
ラギはフリットの服をひっぱっり続けている。
「・・・わかりました。後で部屋に行きますから、まっててください」
フリットは根負けした。
「絶対だよ。約束破ったら両方の母さんに言うからね」
「わかりました。絶対いきますから」
フリットが苦笑ぎみにいって、ようやくラギは去って行った。
「少しかわいそうですね」番兵が言った。子供というものは他の兄弟と同じようにしたいものだろう。一人だけはじかれているのはかわいそうだ。
それでなくても、ラギは上の二人と差がつけられている。毎年街中で、アナスターシャとシスの誕生日を祝う催し物は開かれても、
ラギの時は何もない。もちろんお城の中ではお祝いパーティーのようなものは開かれるが、それだけだ。
「・・・王子はとても賢いし、あの賢さが、将来国の役に立つよ」
フリットはそういって、王の間の中に入って行った。
そして午後、アナスターシャとシスは正装してラクシュミと一緒に王の間に行った。二人とも金色の飾り物などを首に下げたりしている。シスもズボンではなくラクシュミのようにローブ状の垂れ下がった服を着ていた。
「お前まだ怒ってるのか」ラクシュミがアナスターシャに聞いた。アナスターシャはずっと口をへの字に曲げている。
「だって、ラギも王族だもん」
「ちゃんとわかってる。みんなに対してそういう顔をするんじゃないぞ」
「はーい」
そのころ、城の正門あたりを農園主らを乗せた２台の馬車が通り過ぎた所だった。
馬車は正門を入った所で止まり、農園主らが馬車から降りてきた。そして、城の方に向かっていった。
城までのところにも戦士が数人いた。
ラギは少し離れたところで、大きな木の陰に隠れて農園主らを見ていた。フリットにずっとここにいると約束するならいてもいいと言われたのだ。
農園主らは結構年配で、はげた男やかなり太っている男もいた。王に面会するためか、皆表情は緊張気味だ。
服装も新調したのか皆綺麗だった。蝶ネクタイをつけている者もいる。
ラギは、研究所の職員たちにこっそり街に連れて行ってもらったことがあったので、一族以外の者たちも見たことがあった。
確かにみんな余り力はなさそうだった。瞬間移動もできないかもしれない。
農園主らは戦士たちに囲まれて城の門に入っていこうとしていた。ラギはその一人に目を留めたのだった。
「父様、ラギが一人おかしいのがいるっていってる」王の間でアナスターシャがラクシュミにいった。
「ん？」
「農園主の中で、背が小さくて頭がはげてて白い髪の男入れるなっていってるよ」
「ラギはどこにいるんだ」
「外にいるみたい」
ラクシュミは一応農園主らといたロナウド将軍に思念を送った。
ロナウドはすぐにその男の腕をとって、その男だけは城の中に入れなかった。他の者たちが何事かとロナウドを見た。
「この男に用がある。他の者たちは入っていいぞ」
「ロナウド様、なんでわしだけ・・・・」
男が不思議そうにロナウドを見た。
「まあいいから。ちょっと来い」
ロナウドは男を引っ張って城から離れた表門の方に連れて行った。だが、ロナウドの目から見て、別にこのはげた男が
不審だとは思えなかった。力もそんなにない、老齢にさしかかったただの一般的国民だ。
「あの・・・」男はちょっと不安そうな顔でロナウドを見ていた。なぜ自分だけ中にいれてもらえないのかと目で訴えている。
「お前、この国に住んで何年になる？」
「産まれた時から住んでますよ。なんでわしだけ入れてもらえねえんです？」
「いいじゃないか。他の者から後で話聞けば」
「そんな！王にお会いできるのを楽しみにしてたんですよ！お願いですから入れてくれだされ。この通り！」
男は拝むように言っている。
「そう言われても」
「せがれが話を楽しみにして待ってんのに！」
「残念だったな」
男は涙目になってきた。
「そんなあ！」
一族の者でもない者が王に面会できる機会はそうはない。家族に自慢したい気持ちもわかる。
うーん・・・・別に、何の力もない普通の男だがな・・・
もちろん入る前に念入りに身体検査はしている。刃物などもってはいない。
その時、ロナウドの視界に、ラギがたったと走ってくるのが見えた。「ラギ様」
農園主もラギを見た。
「ひょっとして、この御子様が力がないという３番目の御子様ですかい？」
男が聞いた。ラギの銀色の髪を見てそう思ったらしい。
「あまり失礼な事は言うんじゃない。どうしたんです？」
ロナウドがラギを見下ろしてきいた。ラギは、ロナウドの後ろに回ってベタっとロナウドの足に腕を回して言った。
「このおじさんおかしいよ」
「え？」
「このおじさんの気はおかしい」
ロナウドは男と目を合わせた。
「別におかしくないですよ？ラギ様」
薄い茶色の気は他の農園主らと同じだ。
「この王子様は何をおっしゃってるんです？」男は失笑気味に笑っていた。
「僕、目がすごくいいんだよ。おじさんが口の中に何かいれてるのもわかったよ。左の口、そこら辺の気がちょっとゆがんでるもん」
ラギの言葉に男の顔がさっと反応したのをロナウドは見逃さなかった。
「口を開けろ」
「何をおっしゃってるんです？わしは何も」
男は後ずさっていた。そして、ジャンプしようとしたところをロナウドが力で捕らえた。男の体は宙に少し浮いたまま、
固まっていた。
「う・・・・くそ・・・・くそ・・・！」
「素直に白状するか？それともすぐに死ぬか？」
「うう・・・・」
「将軍！口かませないで！」
ラギが叫ぶようにいった。ロナウドは男の口を力で大きく開かせたまま、下におろした。
ロナウドは男をそのまま結界の外に連れて行って、男の口の中を調べた。男はロナウドに逆らえるほどの力はなく、口を大きく開けたまま転がっている。男の左上の奥歯には、青い物が埋め込まれていた。
そのころ王の間では、１０人ほどの農園主らが、ラクシュミに会えた喜びで涙を流していた。横には子供たちもいたが、みんなの目はラクシュミに注がれている。
なんて美しくて偉大な方なんだ・・・
みな嘆願書の事はすっかり忘れてラクシュミに見入っていた。
「農園の方で不穏な噂が流れているようだが、それは全て敵が流したものだ。私の子供アナスターシャとシスだ。見ての通り、私の血をちゃんと継いでいるし、相当な力もある。心配しなくていい」
ラクシュミは農園主らを見てそういった。
アナスターシャとシスは、どっから見てもラクシュミそっくりで、瞳もきらきら輝いていたので、農園主らはすぐに
ラクシュミの言葉を信じた。
「申し訳ありません。失礼な事をしてしまって」
一人が心底恥じるように言った。
「ヨハンがどうしてもというもんで、わしらも・・・」
「ヨハン？」
「さっき将軍に連れていかれました。なんでか知りませんが」
「・・・その男敵だったぞ」
ラクシュミが言った。
「え？」
農園主らが顔をあわせてざわめいた。
ラクシュミはロナウドと思念をかわしあっていたし、ロナウドも戦士らに男の事を調べさせていた。
「龍王様万歳といって死んだらしい。大方噂をばらまいたのもその男じゃないのか？その男は古くからこの国にいるようだから、
敵が知らないうちに摩り替わっていたのかもしれないな」
「そういえば・・・あの噂、ヨハンが聞いたっていってただな」
「まさか敵だったとは」
「・・・最近ヨハンは酒場でも一本か二本しか酒飲んでなかっただ。前は１０本は平気で飲んでただに」
そういわれればおかしかった、と男達が口々に言い出した。
「こういう事件が起こってしまったのは、あの者を守れなかった我々の方に落ち度がある。すまなかったな」
ラクシュミが皆の顔を見てそういった。
王が我らに謝ってくださった・・・
その事で、男たちはみな感動していた。
最後にはみな納得して出て行き、対面は終わった。
子供たちよりはラクシュミに会えたことが相当うれしかったようだ。二番目の王妃をというものはもういなかった。
子供らも出て行き、しばらくしてロナウドが王の間に入ってきた。
「あの男ですが、奥歯に青い宝石のような物を入れてました。ごく微量に魔術の気配を感じました。フレイ様がおっしゃるには、魔導石ではないかということです。大昔に、魔術を石の中に封じ込めて、何らかの形で発動させるような魔法があったと
文献にあったそうです。あちらもいろいろ古の魔法を研究しておりますから、それで作り出したのではと」
「魔導石・・・」
ラクシュミは、未来の息子に渡された結界石のことを思い出していた。それも、似たようなものなのかもしれない。
「どういう魔法かはわかりませんが、ここで発動されていたら、大変なことになっていたかもしれません」
まさか試しに発動させてみるわけにもいかないので、何の魔法かはわからなかった。
とにかく、男の狙いは王の間に来ることか、子供らに会うことだったようだ。なるべく怪しまれずに、一族の者たちがほっておけないような噂を流して農園主らを煽りたてた。嘆願書にも、ラクシュミに会いたいということも、子供らに会ってみたいとも
全く書かれていなかった。だから逆にラクシュミもあってやろうという気になったのだ。
皆古くからいる連中だし、ラクシュミもそこまで疑ってはいなかった。
「誰も気づかないのにラギが気づいたのか。それに」
ラクシュミが驚いて聞いた。
「はい。私たちも、奥歯までは調べませんでしたし、外から見ただけでは、本当にわからなかったんです」
「・・・・」
「王、今日は一杯ラギ様を、ほめてあげてください。大変な大手柄ですから」
「そうだな」
確かに、他人の気を見る力はずば抜けている。それも立派な力には違いない。
夕食後、子供たちはアナスターシャの部屋でトランプをして遊んでいた。そこに扉がノックされて、一番近くにいたシスが扉を開けると、外にはラクシュミが立っていた。
「ラギに話がある。お前達はちょっとでてろ」
ラクシュミが言うと、アナスターシャとシスは、何かを察して笑みを作って出て行った。一人ラギだけがぽつんと
ベッドの上に座っていた。
「カードで遊んでいたのか？」
布団の上に散らばっているのを見て、ラクシュミが聞いた。
「はい・・・」
ラギは隠れたそうにしていたが、アナスターシャとシスはいなかったので、隠れられなかった。
「今日はすごかったな。みんなほめてたぞ。ロナウドも見えなかったものが、よく見えたな」
ラクシュミが優しくいった。
「・・・はい・・僕目いいから・・・」
ラクシュミはラギに近づいてラギの体を抱き上げた。ラギはびっくりした顔をしている。
「お前に触れるのは、産まれた時以来だな」
ラクシュミは腕にラギをだっこした。ラギは恥ずかしいのか、真っ赤な顔をしていた。
「別にお前を嫌ってたから触らなかったわけじゃないんだぞ。お前が泣き喚いて大変だったんだ。だから触れなかった」
「・・・・」
「お前は何の力もないわけじゃないんだな。目はとてもいいし、あの二人と思念もかわせる。えらいぞ。」
ラクシュミはラギをだっこして頭をなでていた。ラギは恥ずかしすぎて、もう何も話せなかった。
もしかしたら・・・交わりの月以外にできた子供に何の力がないというのは嘘なのかもしれないな・・・
そうラクシュミは思った。周りはないと思っているだけで、本当は、何かラギのように変わった力があった者もいたのかもしれない。力がない者が他人の気を見ることなどできるはずはないし、気のゆがみに気づくはずもない。
ラギはアナスターシャが特訓したおかげで、アナスターシャとシスとだけ思念で話もできる。といっても、ラクシュミは今までラギに思念で話しかけたことはない。
ーお前は賢い子だな
ラクシュミは思念でラギに言ってみた。いくら目がよくても、農園主らを見ようと思わなければ、今日、何かしらの事件は起こっていた。
ラギは目を瞬いてた。もしかしたら聞こえたかもしれない。とラクシュミは思った。
ラクシュミが出て行った後、ラギはゆりの部屋に行き、「王様にほめられた」とうれしそうにいった。ゆりが「よかったね。」というと、ラギはうなずいた。
ゆりは、ラギがなぜほめられたのか、全く知らなかった。農園主らの話も、嘆願書の件も、知らされてはいない。
それでも、ラギがうれしそうにしていたのでうれしかった。
１３の月の最終日、お城では、一年が無事過ぎたお祝いが行われた。お祝いといっても、家族そろって夕ご飯を食べて、お祝いのお菓子を食べるくらいのものだ。
もうそろそろ次ができてもいいかも。
ゆりは仲のいい子供たちを見て本気でそう思い出していた。
来年の交わりの月は、がんばろうっと♪
ゆりはちらりとラクシュミを見た。「何にやけてるんだ？」
ラクシュミがゆりの視線を感じていった。
「別ににやけてないよ。微笑んでるんですよ」
「そうなのか？なんか不気味だったぞ」
「・・・ひどい、美しい妻に対して」
それに関しては誰も何も言わなかった。
「ねえ、もう一人の母様」
アナスターシャがゆりを見ていった。
するとゆりの左目がぱっと変わった。
「何？」
子供らは、ゆりが二人いる事も知ってるし、子供らがよびかけたら、ゆりもすぐ変わるようになっている。
「明日は授業お休みだから、かくれんぼと鬼ごっこするの。母様もしようよ」
「いいよ」
鬼ごっこは瞬間移動しながらで、アナスターシャがハンデとしてラギと一緒に移動することになっている。
こちらのゆりは時々子供らと一緒に遊んでいる。
「僕負けないよー」
シスがいった。
「まだまだ私には勝てないわよーだ」
アナスターシャがシスに舌を出した。
「僕はバラクのほうがいいな・・・」
ラギがぽつりと言った。
「だめだめ。運動もしなくちゃ。それでなくても本ばっかり読んで閉じこもってるんだから」
言ったのはゆりではなくアナスターシャだった。
「ねーはもうちょっと本読んだほうがいいよ」
ラギがアナスターシャを見ていった。
シスはあははと笑っていた。
そんな子供たちを、ラクシュミも酒を飲みながら優しく見つめていた。
街の酒場では、ユリウスがジュメや他の女戦士らと、今年の無事を祝って酒を飲んでいた。「あの話、たち消えになっちゃいましたね」
一人がいった。
「残念だって思いません？ユリウス様」
「別に」
あの話とは、二番目の王妃がどうのという話だった。農園でそういう要望があがっている件は、戦士らも知っていて、
もしそうなったらユリウスが有力候補だという噂も出ていた。いくら男嫌いでも相手が王なら話は別だろうと。
それはただの冗談交じりの話でもあり、本当にラクシュミが嘆願書ひとつで王妃をもう一人娶ると思ってるわけでも
ない。それくらいならとっくに娶ってるだろう。
「私だったら、候補にあがろうものなら、王に直談判してしまいます」「私も」
女戦士らはみな、もったいない事を、と思っていた。
「ユリウス様も、本当はもったいないって思ってないです？」
ジュメが聞いた。
「王は王妃を愛しているから、他に女がいないんじゃないか。この先も他に王妃なんて娶らないよ。なにせお二人は、この国で
一番微笑ましい仲なのだから。」
ユリウスがいった。
「それはそうですが・・・」
「でももったいないですね」
「一目でいいから・・・・変化した王を見たいです」
「私も・・・」
女達は名残惜しそうにずっといっていた。
ユリウスはそんな女達を見て苦笑していた。
変な事にならなくてよかった。王妃が一人といっても二人いるようなものだし、どちらの王妃にも笑顔でいてほしい。私は王妃と仲良くしてる王が大好きだ。
だから、よかった。
ユリウスは本気でそう思っていた。
「まあ、飲みましょう。今日は一杯」ジュメが言って、酒を頼んだ。
「シス様が早く大人になってくださらないかしら・・・」
「王妃様、早く身ごもってくれないかなー黒髪の若君に会いたい」
「その前に来年の交わりの月は、もうちょい良い男を捕まえなきゃ」
「ユリウス様は、せめてその気にならなきゃ。もったいないですよ。相手はよりどりみどりなのに」
「いやいい」
酒を飲みながらの女たちの話題は尽きることはなかった。
何はともあれ、今年最後の夜は穏やかに更けていった。