赤い月が終わって一月が経過した。ゆりは完全に体力も回復して昼間は普通の生活を送っている。
赤ん坊の成長が今の一番の楽しみでもあるが、元気になるととたんにそろそろ夜はどうかな？という気になってくる
から困ったものだ。赤い月が終わってしばらくは、ラクシュミはそういう気になることは無いので、ゆりも別に
催促する事もなく、ただ一緒のベッドに並んで寝ているだけだった。
そんなある晩、ふいにラクシュミが言った。
「ゆり、ハザークの所には行ってるのか？」
「たまに行ってるよ」
「行くのはいいが、まだ抱かれるんじゃないぞ？」
ラクシュミは真面目な口調で言っていた。
「王様ともしてないのにしないよ」
「ならいいが、まだしばらくは、男たちに可愛がってもらう程度にしておくんだぞ？いいな」
「はい」
ラクシュミは有無を言わせぬ感じだったので、ゆりは素直に返事をした。
「うむ」
ラクシュミはゆりが即答したので満足したかのように上を向いて眠った。
うーん。
こんなこと言う旦那様も旦那様だが、返事をする私も私だよね。
王様って相変わらず面白い人。
私を気遣っての言葉なのだろうが、だからといって自分が可愛がってやろうとまでは思わないようだ。
そこらは普段の王様らしい。
まあ、今ではそういう面白い所も好きだけどね。
私がハザーク様とそういう関係になってからも、王様はあてつけに浮気したりする事なかったけど・・・
本当の所どうなんだろうなあ。普段はそんなに性欲ないって言ってるけど、他の女の人抱きたいって本当に
思わないのかな？実はばれないようにこっそり浮気してるとか。
それとも他の女に全く興味ない？
心の底のどこかではちゃんと信じてるけど、実際王様がどう思ってるのか、謎だなあ。
そんな事を考えながら眠ったら、なんだかおかしな夢を見てしまったのだった。
第３話
その夜、ゆりは大きすぎるベッドで一人寝転んでいた。一人ぽつんといると、なんだかひどく寂しい気分になる。
しばらくしてラクシュミがやってきた。
「今夜の相手は誰なの？」
ゆりが聞いた。
「何の事だ？」
ラクシュミがベッドに上がって言った。
「香水の匂いがする」
「気のせいだろう」
ゆりはもう何も聞かなかった。
王様には女が数人いる。相手は時には侍女だったり一族の女性だったりするのだが、今では嫉妬するのさえ
ばからしい。何せ20年以上もこんな生活をしているのだから。
最初は嫌で泣いていたけれど、その内にお前も恋人を作ればいいといわれてしまった。
あてつけに恋人を作って浮気しても、別に王様はなんとも思ってない。
どうも王様は赤い月以外では私に触れる気はないらしい。
王というものはそういうもので、どの王も側室やら他の王妃やらがいたそうだ。だから一般的にはおかしな
事でもないらしいのだが、庶民産まれの私としては釈然としない。
王様と私の間にあるのは愛ではなく、子作りをがんばる同志としての思いだけだった。
「ねえ、王様新しい女できた？」
ゆりは横にいた裸の男に聞いた。
「さあ、知りませんが」
横にいた黒髪の男はミカエルだった。
「あなたには私がいるじゃないですか」
そう言ってミカエルはゆりを抱き寄せて口付けた。
「ミカエルとも長い付き合いだね」
「そうですね。ずっと変わらず愛してますよ」
「愛してるなら妻にして」
「何言ってるんですか。あなたは王妃じゃないですか」
「もういいじゃん。子供一人産んだんだし」
「まだ産めるかもしれないでしょう？わがまま言わないで。ね」
ミカエルはちょっと困ったようにゆりの髪をなでた。
私がこういう態度に出るととたんにミカエルは困った顔をする。
本当に愛があるのか疑いたくなってくる。
「ねえ、ミカエルってさあ、もしかして王様に頼まれて私の恋人やってるんじゃないの？」
ゆりがちょっと睨んで聞いた。
「そんなわけないでしょう。」
奪う気がないなら愛してるなんて言わないでほしい。全く、この国の男は皆中途半端だ。
一人の女だけを抱いて愛するというのができないなんて。
その夜、寝室に来たラクシュミにゆりが言った。
「ねえ、王様、来月の赤い月なんだけど、パスしたいな」
「パス？」
「夜は一人で過ごしたい。」
「お前赤い月は好きだったじゃないか」
「いいでしょ。一回くらい。好きな女の子と過ごしたらいいじゃない」
「ゆり、赤い月を私と過ごすのは、王妃としてのお前の義務だ。」
「一人は子供産んだんだから、義務は果たしたと思うけど？私もう、王妃降りたい」
「ゆり・・・」
ラクシュミが驚いた顔をした。
「最近じゃあ、力の強い女の子もちらほらいるんでしょ？その子ら王妃にして子作りがんばってみたら？」
「突然何を言い出すんだ。お前・・・」
「突然じゃないよ。ずっと考えてたの。私、性格的に王妃向いてないし、町の片隅で花屋でもして細々と生活
してみたい」
「花屋？」
「食堂で働くんでもいいけど」
「・・・」
ラクシュミは唖然としていた。
「一体何が不満なんだ？」
「王様のことは好きだけど、所詮私一人の物にはならない人なんだもん。なんだか疲れちゃった」
「お前にだって恋人がいるじゃないか」
「恋人がいたってみんな他に女いるじゃない。誰も私のものにはならない。王様と同じで愛してるって言って
抱くだけだよ」
「・・・お前を城から出すわけにはいかないぞ。それにお前にはまだ子供を産んでもらわなきゃ困る、お前だって
困るだろう？」
「・・・」
結局はそこに行き着くのだ。
「機嫌を直せ、しばらくは他の女と過ごさないから。な？」
しばらくって何ヶ月よ。
ゆりはふてくされて寝転んだ。
うーん・・・なんか変な夢見ちゃったなあ・・・
目覚めたゆりは身体を起こした。横でまだラクシュミは眠っている。
「・・・・」
ゆりはしばらくラクシュミの寝顔を見つめていた。その時ラクシュミが目を開けた。
「どうしたんだ？」
「え？」
ゆりは涙を流していた事に気づいた。
「怖い夢みたの」
「どんな夢だ？」
「その・・・お化けが包丁もって追いかけてくる夢」
「なんだそれは・・」
ゆりはラクシュミの胸に頭をのせた。
ラクシュミはゆりの頭をなでた。
「王様ってさあ、今まで私以外で好きになった女性いるの？」
「いる」
「だれ？」
ゆりは顔を向けて聞いた。
「ガーベラ」
「女神様じゃない・・・」
「女は女だ」
「そりゃそうだけど・・・」
ま、いいか、女神様くらいは。
ゆりはべったりラクシュミにひっついた。
「王様〜」
「何甘えてるんだ」
「だって王様のこと愛してるんだもん」
ゆりはしばらくごろごろひっついていた。
あーよかった。王様が浮気性じゃなくて。
夢でよかった〜あんな王様嫌〜！
その日、ゆりはしばらく双子と遊んでから自分の部屋に戻ろうとして、廊下でミカエルと出くわし、
「うげっ」と言った。
「なんですか、人の顔を見るなり」
「いやー昨日ミカエルの変な夢見ちゃって・・・・」
「ははーん、さては、やらしい夢でも見たんでしょ」
ミカエルがにやっとして聞いてきた。
「違うよ」
ゆりが部屋に入るとミカエルがついてきた。
「また〜久しぶりにいちゃいちゃしましょうよ」
「いや」
「王妃」
ミカエルが背中の方からゆりを抱きしめてきた。
「あ・・・出産の古傷が・・・」
ゆりはおなかを押さえて言った。
「どこにあるんです。古傷って」
「うるさいなあ。もう。とにかくまだだめなの」
「しょうがないですねえ」
ミカエルは手を離した。
「ミカエル私にかまわなくていいから古代叙事詩でも覚えたら？」
ミカエルがぎくりとした。
「ミカエル一番遅れてるんでしょ？子蛇仲間じゃ」
「王妃の意地悪」
ミカエルはぷんとなって出て行った。
やれやれ、冗談じゃないよ。
あんなつまんない世界。
私と王様が愛し合ってるから、子供が5人も産まれて世の中平和なのね。
これからも王様を信じて愛し続けようっと。
ゆりはるんるんで竪琴の練習をし始めたのだった。
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