ゆりが三度目の神の国訪問を果たした夜、寝室で寝ていたゆりはパッチリ目を開けてすっとベッド
から降りた。その時横にいたラクシュミは気配を感じて目を覚ましたが、ゆりはそのまま眠っていたので
また目を閉じた。
その時ハザークの寝室にぱっとゆりの姿が現れて、ベッドに上がり、人の姿で寝ていたハザークは
目を覚まして驚いた。
「王妃、どうやってきたんだ？」
「え・・・えーと、愛の力」
「ん？」
「ねえハザーク様、歌聴いて」
「歌？」
「歌聴いて欲しいの」
「それはいいが、夜に来てもいいのか？」
「大丈夫」
やっぱりゆりに入っていたガーベラは歌を歌いだし、ハザークはしばらく驚いたように歌を聴いていたのだった。
第6話
うーん、なかなかジェスチャーってのは難しいもんね。
ゆりは出会う人達に水瓶のジェスチャーをしたりして聞いてみたが、相手はよくわからないようだ。
空を見てもなかなかペガサスは飛んでない。
ぶらぶら歩いていたら農園のような物が見えた。背丈より少し高い所に、紫色のおいしそうなぶどうが
一杯ぶら下がっている。
食べたいなあ。食べても怒られないかな？
ぶどうに手を伸ばしてつるからとろうとしたが、中々取れない。そうしていると後ろから手が伸びてきて、
誰かがぶどうを取ってくれた。ゆりは後ろをむいて固まった。
お、お、お、お、王様ー！
紫色の髪をしたその男は、顔立ちはラクシュミそっくりだった。瞳も紫色。背はラクシュミと同じくらい高く、
身体つきも良く似ている。髪もほぼ同じ様な長さで軽くウエーヴがかかっていた。
ゆりは思わずぼんやりとその男を見上げてしまった。
あ、もしかして・・・お酒の神様ジンラかな？過去の世界の石像もそっくりだったし・・・
ジンラはゆりにぶどうを渡して手を引いた。ゆりは素直についていき、木でできたベンチに並んで座った。
ジンラはラクシュミそっくりの顔で優しく微笑んでいろいろ言っていた。ゆりはぶどうを一粒口に入れた。
甘くておいしい。
前から思っていたけど、やっぱり王様の顔って神様系なんだね。
あんまり幸せな気分だったので、すっかりラクアのことは忘れかけていた。
ジンラって話によればガーベラの恋人だったんだよねー
ジンラはゆりの金色の髪をなでたり頬をなでたりしていた。性格は優しそうな感じだ。
しばらく二人でにこにこしていたが、ゆりははっと思い出して、ぶどうの残りをジンラに手渡した。
今日はラクア探すんだった！
さようなら。素敵な神様。
ゆりはジンラに手を振ってジンラも手を降り返してくれたのでそのまま去って行った。
そうかあ、王様ってあのままでも十分神様として通じるんだね。
ぶどう農園を抜けていくと空のかなたからペガサスが飛んでくるのが見えた。
ゆりはこれはチャンスと大きく手を振った。
するとペガサスは舞い降りてきて地上に足をつけた。ペガサスには一人の男が乗っていた。
金色の短髪の男だ。ちょっと目つきの鋭い男だったが、この際贅沢は言ってられない。ゆりは乗せて乗せてと
ジェスチャーで訴えた。すると男は手招きして、近づいたゆりの腰を持ち上げて自分の前に乗せてくれた。
ペガサスは翼を広げて空を飛んで行った。
わーすごい！
ゆりは男の身体に腕を回して抱きついて必死に髪を押さえつつ、地上を眺めた。
湖、湖、湖の中の神殿！
ただの湖はいくつも見えるが、神殿までは見えない。やがてそれらしき湖を発見して、ゆりは口を開いて
指を指した。
あそこ、あそこ！
ペガサスはいったん通り過ぎたものの再びぐるりと旋回して、やがて湖のほとりに降り立った。
湖の真ん中には白い神殿のようなものがある。
どうもありがとう。
ゆりは男に目で訴えて微笑んだ。男は頬にちゅっとキスしてきてゆりの身体を下ろして、飛び去って
行った。
よし、神殿に行こう！
ゆりはそう思い、神殿を眺めて、周りを見た。
あれ？ここって橋はないの？
湖には橋らしき物は見当たらない。まさかあそこまで泳いでいくわけにもいかない。
近そうだが、泳ぐと結構な距離がありそうだ。
どうしよう・・・
うろうろしながら水面を眺めた。浅いかも、と思ったが、そんなことはなさそうだ。
いや、案外浅い可能性も・・・そう思いそっと水面に足を入れようとしたら、足の下にぱっと大きな
花が出現した。
わお！
ピンク色の花は上に乗ってもびくともせず、違う場所に足を乗せようとするとそこにも花がぱっと現れた。
神の国って超便利ね。
ゆりは花の上を歩いて行き、神殿がある場所へとたどりついた。
神殿の中に勝手に入っていくと、広い部屋に一人の男がいるのが見えた。水色の長い髪の、優しい風貌の
男だ。男が座っている横には青い水瓶らしきものが見える。
ラクア！この人がラクアだ！
ラクアはこちらに気づくと微笑んで、近づいてきた。
あいたかったー！ラクア！
ゆりが思わず寄り添うと、ラクアはそのままぎゅっと抱きしめてきてそのまま熱烈にキスしてきた。
う、うわっ！そういえば恋人だっけ！
恋人なら抵抗するのもまずい、そう思い、ここは素直にキスされていた。ラクアは腰に手を回したまま、
ゆりを椅子に座らせて横に座り抱き寄せた。
いやーまったりしてる暇ないんだけど・・・・
ゆりはからだを離して、ジェスチャーで水をあらわした。
水、水、水がほしの。わかるかなあ。
ラクアはうなずいて、左手を宙に出した。ぱっと白い杯のような浮かび、手渡された。中に水が入っている。
どうやらのどが渇いたとおもってるようだ。せっかくだからとゆりは水をごくごく飲んだ。
これはこれでおいしいけど・・・そうじゃなくて。
雨、雨ザーザーにして。
ゆりは今度は両手で雨が降るジェスチャーをした。ラクアはきょとんとして首をかしげている。
だめかなあ・・・水が一杯ほしいの。一杯一杯。
今度は噴水の水があふれてるジェスチャーをした。ラクアは少し考えるように上を向いて、やがて
再び左手を宙にかざした。今度はその手に青い小瓶のようなものが握られていた。
ラクアはそれをゆりに手渡した。
これなんだろう・・・ちゃんと通じたのかなあ？
ゆりはとりあえずお礼に微笑んだ。ラクアも微笑んでいる。ゆりはそのまま神殿を出て、再び湖の外に出た。
もらったはいいけど・・これあっちにどうやってもっていこうかな？
そう思っていたら目が覚めた。
ゆりは自分の手が何かを握り締めていたのでぎょっとした。ちゃんと青い小瓶もこっちに来ていたのだ。
「やったあ！王様見て！」
横を見るとだれもいなかった。
「あれま」
ゆりは着替えて食堂に行った。アナスターシャとシスはもう食事が終わった所だった。
「ラギは？」
「水蛇の移動見に行ったよ。湖の水がなくなりそうなんで、蛇移動させるんだって」
シスが答えた。
「ねえ、これ見て、神様にもらったんだよ」
ゆりは二人に細長い青い小瓶を見せた。
「神様？」
「そうよ。夢の中で水の神様に会ってもらったの」
二人ともぼんやりしている。
「本当だってば」
「じゃあそれ何なの？」
アナスターシャが聞いた。
「さあ」
ゆりは首をかしげて小瓶の蓋を開けてみた。匂いをかいでみるが、匂いは何もしない。
「一体なんだろ？」
ゆり自身よくわからない。ゆりはとりあえず小瓶の中の水を右手に一滴たらしてみた。
「神様がくれたものだから何かありそうだけど・・・」
その時、右手から水がじゃばじゃばと吹き上がり、ゆりもびっくりしたが子供たちもびっくりした。
「な・・・何これー！！！！」
「ど、どうなってんの？」
「魔法？」
ゆりの服は水浸しだった。床にも机にもじゃばじゃば水が流れている。あまりの事に3人ともぼんやりしたが、
「そうだ！このまま母様を湖に連れて行こう！」
はじけたようにシスが言った。
「そうよね！そうしよう！」
二人はあわててゆりを瞬間移動させて、干上がりそうな湖の上につれて行った。右手からは噴水のように
絶えず水が溢れ出している。ゆりは二人に浮かされて、右手を下に向けていた。周りから見ればなんとも
奇妙な光景だろう。水芸みたい、とゆりは自分で思った。
「すごいなあ。ごめんね。母様ちょっと疑って」
シスが申し訳なさそうに言った。
「私も」
とアナスターシャ。その時、ミルキダスに連れられたラギが近くに飛んできて、その光景を見てぎょっとしていた。
「お、王妃！」
「どど、どうしたの。それ？」
ラギは不思議そうにゆりの右手を眺めていた。
「これ、これを湖にまいてきて」
ゆりは左手にもっていた青い小瓶をラギに渡した。
「神様がくれたんだよ。水があふれる物みたい」
アナスターシャが軽く説明した。ラギとミルキダスは顔をあわせたが、実際にゆりの手から水があふれているので
そのまま違う湖へと移動した。
そして水がわずかになった湖に小瓶の液体を一滴たらしてみたのだった。
すると底の方からじゃばじゃばと水が溢れ出してきた。
「すごい・・・信じられない・・・」
「・・・」
ミルキダスも口をぽかんと開けている。
「すごいよ・・・ミルキダス・・・」
「はい・・・ラギ様・・・」
二人は思わず涙目になっていた。
「次に行こう」
「はい！」
二人は次々と湖や川に液体を落として行き、どこも水があふれていった。
ゆりはずっと宙に浮かされたままだ。
「お・・・おなかすいた・・・」
「そうだね。何も食べてなかったもんね。人呼ぶからまっててね」
しばらくしてミカエルとお盆にパンを乗せたフリットがやってきた。
「王妃・・・・大丈夫ですか？」
ミカエルが聞いた。
「あんまり大丈夫じゃない。疲れたよう」
「代わりに私が王妃をダッコしますよ」
ミカエルは子供達からゆりを受け取ってだっこし、ゆりはフリットにパンをもらって食べた。
「いつになったら止まるんだー・・・」
右手からはまだじゃばじゃば水が出ている。
アナスターシャとシスは、ラギが液体をまいた箇所に行ってみた。湖はみるみる水位があがり、水蛇たちは
うれしそうに泳いでいた。
「すごいや。僕らの母様は世界一だ」
シスが感動して言った。
「本当だねえ。父様に報告しましょ」
「うん」
この奇妙な話しを聞いたラクシュミも、他の者もびっくり仰天だった。まさかそんな夢のようなことが・・・
そう思ったが、雨も降らないのに湖の水が増えているという報告が次から次へと届き、信じざるを得なかった。
やがてラギもにこにこして王の間に入ってきた。
「川も湖も結構な水量になりそうだよ」
「よかったねー」
「母様はすごいねえ」
「これで広いお風呂に入れるねえ」
皆大喜びだったが、ラクシュミは目を見開いたまま無言だった。
ゆりの手から水が止まったのは夕方の事だった。ずっと宙に浮かされていたゆりは、もう疲れてぐったり
していた。
「お母さん、今日から広いお風呂に入っていいからね」
長椅子で寝そべっていたゆりにラギが言いに来た。
「でも、雨が降らないと根本的解決にはならないんじゃない？」
「あれだけ湖や川が一杯になれば、結構もつと思うよ。はいこれ、全部使っちゃった。今度会ったら神様に
お礼言っておいてね」
「うん」
ゆりは青い小瓶を受け取って握り締めた。
その夜、ゆりは久々に広いお風呂に入らせてもらい、疲れを十分取ってから寝室に行った。すると、珍しく
ラクシュミがもういた。ゆりはあれ？っと首をかしげた。ラクシュミは水不足の不安がなくなって喜んでる
ふうではなく、逆に沈んでるようにも見える。
「王様、どうしたの？」
ラクシュミはゆりを抱き寄せて横に座らせた。
「お前があんまり奇想天外なことをやるから、不安になったんだ。その内どっかいったまま帰ってこないような
気がして」
「そんなことないよ。絶対王様の元に帰ってくるよ」
「絶対だぞ。ちゃんと帰ってくるんだぞ」
「うん。」
ゆりはラクシュミに抱きついた。その夜はかなりの熱々な夜になり、ゆりは夢を見ることもなくラクシュミの
腕の中で眠ったのだった。
そして、二日後の晩、ゆりは再び神の国に行くことができ、ちょうどうまい具合に湖の神殿の周りにいたので
ラクアに会いに行こうとした。しかし、神殿の外でラクアが他の女性と親しげに話しているのが見えて、
ゆりは邪魔しちゃ悪いかなと遠慮した。
うーん、どういう関係なんだろう。もしかして、ガーベラ振られちゃったとか？そんな・・・
ゆりはしょぼくれつつも森の中の小道をとぼとぼ歩いて行ったのだった。
一方、ゆりの体の方へまたガーベラが降りてきて、ガーベラはこっそり体を置いたまま、すっと抜け出した。
そして移動しようとした時、
「ゆり、お前いつからこんな芸当ができるようになったんだ？」
声がかかってびっくりして振り向いた。布を手でよけてラクシュミがこっちを見ていた。
「・・・ごめんなさい・・・」
「・・・お前、本当にゆりなのか？」
「ゆりよ」
「ガーベラじゃないのか？」
「え？」
ラクシュミは本当にゆりが神の国に行き、ガーベラになっていたのを知ってもしやと思ったのだった。
「やっぱりそうなのか？」
確信があったわけではなかったのだが・・・
「とりあえず、身体一つに戻ってくれないか？」
「うん」
ガーベラは寝ているゆりと合体して、身体を一つにした。
ラクシュミは神妙な面持ちのガーベラをじっと眺めていた。まさかとは思ったが、本当に
ガーベラが来ていたとは。あの美しい女神が。どうして普通の人間になど入っているのだろう。
「やっぱりゆりが神の国に行ってる間、ガーベラがこっちに来てたんだな？」
「私ゆりよ」
ガーベラはラクシュミを見つめて言った。
「だが・・・」
「この身体でいる時はゆりよ」
「・・・どこに行く気だったんだ？」
「他の恋人の所」
「・・・何で身体取り替えてるんだ？恋人なら、向こうにたくさんいるんだろう？」
「最初は偶然だけど、今向こうじゃ歌歌えないから、こっちで歌えるのが楽しいの」
「ガーベラ・・・」
麗しい女神の顔がよみがえってきた。見つめられただけで心が騒いだ、あの女神が今目の前にいる。
「私ゆり」
「じゃあゆりだと思っていいのか？」
「うん。」
「ゆり、歌もいいが竪琴を奏でてくれないか？」
「いいよ」
「もってくるから待ってろ」
ラクシュミは移動して竪琴を持ってきてガーベラに渡した。ガーベラは竪琴を奏でながら愛と安らぎの歌を
歌い、ラクシュミは横で寝そべって聞いていたのだった。
朝、目覚めたゆりにラクシュミが言った。
「昨日も神の国にいただろ」
「え？どうしてわかるの？」
「なんとなく、何したんだ？」
「動物達と遊んだの」
「そうか」
ラクシュミはゆりを抱き寄せた。
ゆりもガーベラも、性格は対して変わらないのかもしれないな。
まさかこんなことになるとは思いもよらなかったが・・・
ガーベラがゆりだと言い張ったせいか、心がときめいてどうしようもない、という衝動は起きなかった。
だが素晴らしい竪琴を自分のためにだけ弾いてもらったのだから、かなり役得だったといえる。
数日後の夜、ハザークに呼ばれて、ラクシュミは酒を飲みに行った。
「王、この前王妃が変だったんだ」
ハザークが真面目な顔で言った。
「夜中ベッドに来たと思ったら、ずっと歌歌ってるんだ」
「ああ、実は、3人目のゆりが現れたんだ」
「３人目？」
「そのゆりは歌が好きなんだ。だから来たら思う存分歌わせてやってくれ」
ハザークは首をかしげていた。
「ちなみに二人のゆりは3人目のことは知らないからな。言ってもわからないぞ」
「大丈夫なのか？王妃は」
「大丈夫だ。」
「歌好き・・・？」
「3人目はめったにこないし、いつ来るかもわからないがな」
ラクシュミは笑って酒を飲んだ。
3人目、奇妙なことにラクシュミはそう認識していた。
ガーベラだったからといってそのゆりを一番愛するという事もなく、あくまで3人共それぞれゆりだと思い、
愛しく思っていた。
まあ3人目は私が一番好きってわけじゃないが・・・・
それからもたまにゆりは神の国に遊びに行き、ラクシュミは時々3人目のゆりが奏でた竪琴を聴くという
楽しみができたのだった。
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