湖の水が満タンになるという奇跡が起こって10日経ち、ようやくまとまった雨がようやく降り続いた。しかし
それも一日だけで、やはり今年梅雨らしいものは来なかったようだ。
王妃が何かしたらしいという噂は瞬く間に広がり、ゆりの人気はさらに上がっていた。
子供たちも再び母様はすごい、という尊敬の眼差しを向けている。水不足は解消されたのはよかったが、あれから
2回ほど神の国に行くことがあり、ゆりとしてはちょっと複雑な心境になっていたのだった。
その夜、ラクシュミが寝室に行くと、ゆりはベッドに座っていた。
「まだ寝ないのか？」
「なんだか、眠るのが怖くなっちゃって・・・」
「どうしたんだ？」
「たまーに神の国に行っちゃうんだけど、行くのやめられないの」
「もう行きたくないのか？」
「だって、もう用はないし、私なんかがそんなしょっちゅう神様の中に入るのもなんだか悪いような気がして・・・」
最初は面白かったのだが、だんだん怖くなってきたのだった。
「その内ガーベラに怒られるような気もするし・・」
「怒らないと思うぞ」
「なんで？」
「嫌なら最初から身体に入らせたりしないだろう。女神なんだから」
「うーん・・・」
「お前があっちに行ってしまうのは、向こうで必要とされてるからじゃないのか？」
「え？」
ラクシュミが思ってもいなかったことを言い出してゆりは驚いた。
「お前もガーベラも似たようなものだ。だから何度もガーベラになれるんだ」
「どこも似てないと思うけど・・・」
「お前はいろんな男に愛されて輝く女だ。そういうところはガーベラと一緒だ」
「私・・・輝いてる？」
「最初であった頃よりもずっと魅力的だ。だから私は飽きずにお前を抱けるんだ」
「・・・」
「それに愛した男を皆幸せな気分にする。そういう女はあんまりいない。お前を赤い月に独占できるのは今では
とてもうれしい事だぞ」
今までにない言葉だったので、ゆりはちょっと戸惑った。
なんだか怖いな・・・王様死期が近いんじゃないでしょうね・・・・
ゆりは不気味そうにラクシュミを見つめていたのだった。
第７話
その夜、ゆりは気づいたらまた神の国にいた。神殿の中で、白い調度品は花の模様が彫ってあったりして女性らしい
ものだった。
あ、もしかしてここってガーベラの神殿かな？
ゆりはそう感じた。
壁の方にはピンク色っぽい半透明な布が垂れ下がっていた。
その時部屋の中に翼がある金髪の男が入ってきた。
あ、息子だ。いや、クーリーフンだっけ。
ーお母さん♪
ークーリーフン♪
ゆりは呼びかけてみた。クーリーフンはにこにこしているから通じたようだ。
ーねえクーリーフン、この世界の地図ってないかな？
ーちず？
ージンラってこっからどうやって歩いて行ったら会えるの？
こっちに来た以上、ジンラにまた会いたいなと思ったのだ。
クーリーフンは首をかしげていた。
ーお母さんはいつでも恋人に会いにいけるじゃない。心の中に恋人の顔を思い浮かべたらすぐ側に移動できるんだよ。
ーええ！？
ーやだなあ、お母さんったら。
ーあははは
ゆりは笑ってごまかした。
ってことは、別に歩いてラクア探さなくても、念じたら移動できたってことかな？なんだあ、そんな便利な技があるとは
知らなかった・・・
ージンラって私の恋人よね？
ーそうだよ。
ーじゃあちょっと会いに行ってくるね。
ー行ってらっしゃい。
ゆりは心の中でジンラの顔を念じてみた。
ジンラ、ジンラ、ジンラ様〜
すると、ゆりの体はぱっとどこかへ移動した。移動した場所は建物の中だ。廊下らしい。壁に薄紫色の布が一杯下がって
いた。
ジンラの神殿かな？そういえばラクアにも御礼言いにいかないとなあ。この前言いそびれちゃったし・・
ゆりはいそいそと廊下を歩いて行き、部屋の中をのぞいた。この世界の神殿には、あまり扉というものはない。
布が垂れ下がっているくらいだ。
そしてのぞいて硬直してしまったのだった。中にジンラはいたのだが、他にもう一人女性がいた。二人は立ったまま
仲良く抱き合っていたのだ。
その時ジンラが顔をあげてこちらを見た。
ジ・・・ジンラの浮気者ー！
ゆりはそのまま走って神殿を出て行ったのだった。
ひどい！あの顔で浮気するなんて！ひどいー！
なんだか王様の浮気現場のぞいた気分だよーえーん
ジンラとラクシュミが妙に重なってしまい、ゆりはむしょうに悲しくなって泣いてしまったのだった。
すると女性達がどこからかわらわら心配そうにやってきた。
泣かないで、そう言ってるようだった。
女性たちはやがて去って行った。見ると目の前にジンラが立っていた。なんだかひどく驚いてる様子だ。
神々というのは恋人同志であっても、ガーベラに複数の恋人がいるように、他の男たちも皆ガーベラ一筋という
わけでもない。たまに浮気だってするし、それはお互い様というものだった。普段のガーベラならば、そういう場面を
見てもちょっとむくれる程度なのだが、これだけわんわん泣いてるガーベラを見たのは初めてだったのでジンラは
びっくり仰天していたのだった。
ジンラが近づいてきたのでゆりは反対方向に歩いて行った。すると腕がつかまれて抱き寄せられた。
もージンラなんて嫌い！
ゆりは離れようとしたが、そのまま移動させられて神殿の中の椅子に座らされた。ジンラはゆりの手を握り締めて
いろいろ言っていたが、ゆりには意味はわからなかった。
ああ、近くで顔を見れば見るほど王様そっくり。
そう思うとまたぼろりと涙が流れてきて、ジンラは困ったように頬に指をあてて涙をぬぐっていた。
ジンラは女神の身体を抱き寄せて、しばらく優しく髪をなでていた。
するとしだいにゆりも落ち着いてきたのだった。
ジンラはほっとしたようにゆりの額にキスした。そしてそのまま身体を抱き上げた。
え？どこ連れて行くのかな？
ジンラはそのまますたすたと奥の方に歩いて行った。そして奥の部屋には、紫の布がかかったベッドがどんとあった
のだった。
え？もしかして、抱いて慰めようって思ってるんじゃ・・・
ジンラはベッドの上に身体を下ろして、ゆりの身体を抱き寄せた。
だめだめ、いくら王様そっくりでも・・・
ゆりは身体を離して立ち上がろうとした。すると、ジンラがすごく切なそうな目で見つめていた。
やだ、そんな目で見ないで・・・
何かいいながら手を握ってきた。
だめだよ・・・
逃げようとしたが後ろから抱きしめられてしまった。
愛、愛、愛、愛
ん？なんだ？
愛、愛、愛、愛、
なんだかすごい思いを感じる。ジンラの？それとも、ガーベラの？
愛、愛、愛、愛
ジンラが頬に口付け、唇を覆ってきた。
どうしよう・・・ジンラの思いを受け入れたくてしょうがない。ガーベラとしての気持ちなのかな？
だめだもう。逆らえない。
私は今ゆりじゃない、ガーベラ！
ゆりは半ばやけになりジンラに抱きついた。ジンラはぎゅっと抱きしめてくれて、ベッドにいざなわれて、
そのまま抱き合ってしまった。
なんだか二人の感情が入り混じってる感じ・・・
きらきらとした光がジンラの方から振ってきて、自分の体に降りてくるような感じだった。
神同士の交わりって人間同士とちょっと違うみたい・・・
身体が交わるというよりは、二人の心が交わるようなそんな感じだった。
すごく愛してくれてるのを感じる。
私もジンラが好き・・・すごく愛しい・・・
ガーベラの感情なのか、自分自身の感情なのかまるっきり謎だが、とにかく目の前の男に愛情を感じてしまっている。
しばらく抱き合っていたのだが、やがて絶頂をむかえるような身体の感覚があった。
ジンラは身体を離してゆりに口付けした。二人でにこにこ微笑みあっていたら、ゆりのおなかの方から何かが上に
飛び出した。ゆりはぎょっとして目を見開いた。宙に紫色の髪の男の子が浮いている。
ジンラも唖然としていた。男の子は裸で、すでに5歳ほどの大きさだった。頭には木のつるのようなものを巻いている。
男の子はベッドの上に降りてきて、ジンラに頭のつるを手渡した。やがてジンラはうれしそうな顔をして男の子を
抱きしめた。ゆりはぽかーんとしていた。ジンラは自分の服を着て、ゆりにキスして男の子を連れたままあわてるように
部屋を出て行った。
どこ行くんだろう・・・もしかして・・・私子供産んじゃった？
でももうでかかったし・・・・まさか・・・でも・・・
神様の子供って、あんなに簡単にできるものなのかな？
もぞもぞ服を着てベッドに座っていると、キーンコーンカーンコーンと鐘の音が鳴るのが聞こえた。
そしてジンラが子供をつれて戻ってきた。とにかくジンラはうれしそうな顔をしている。そしてゆりにいろいろ言って
いた。男の子はちゃんと服を着せてもらっている。
よくわからないけど・・・むちゃくちゃ喜んでるのは確かみたい。
ジンラが子供を渡してきたので、ゆりは腕に抱いた。紫の髪、紫の瞳、とってもかわいい。
このくらいのシスに良く似てるなあ・・・
子供はちゅっと頬にキスしてくれた。
かわいい。
ゆりもちゅっとキスしてあげた。子供はうれしそうに笑っている。ゆりはしばらくうれしそうな顔のジンラを見ながら
子供を抱きしめて、一人神殿を出て行ったのだった。
そしてそこで目が覚めた。
・・・神様の子供産んじゃった・・・
横を見るとラクシュミはまだ寝ていた。
これって、王様を裏切ったことになるのかな・・・
しばらくじーと見ていたら、ラクシュミが目を覚ましてゆりを見た。
「どうしたんだ？」
「神様の子供産んじゃった」
「ん？神様ってだれだ？」
「ジンラ」
「ジンラの子供はアマンザというんだぞ。農園には一杯二人の銅像がある」
「アマンザ・・・」
「ジンラはこの国のぶどうが危機に陥った時に、何度か降臨して助けてくれたんだぞ。この国にとってはとっても
ありがたい神様だ。」
「・・・ジンラすごく喜んでた」
「そりゃそうだろう。神は、自分と同じ力の子供が産まれると、力があがるんだぞ。」
「そうなんだ・・・」
ラクシュミはゆりがジンラの子供を産んだ事に関しては、あんまり関心なさそうだった。
「あの・・・王様・・・王様私のこと、なんかもうあきらめてない？優しいのか無関心なのかよくわからないんだけど・・・」
「子供産んだのはガーベラだろ？お前がそのまま産んだわけじゃないだろ？」
「そうだけど・・・」
「それともなんだ？ジンラの方を愛してるっていうのか？」
「違うよ。違うけど」
「なら別に私にとってはそう重大な問題じゃあない」
「そうなの？」
「ああ」
「・・・」
ゆりは納得いかないような顔をしていた。
「・・・最近、たまに過去の事を夢に見るんだ」
ラクシュミが表情を変えて言った。
「過去？」
「私が王座についた頃のことだ。あの時は、とても辛くて、苦しかった。私だけじゃなく皆そうだった。
どんなに疲れていても眠る事もできなかった。夢から覚めて、お前や子供たちがいることを思うとほっとする」
「・・・」
「まあ、ようは、お前が幸せで私の横にいるならば、他はたいした問題じゃない」
「はあ・・・・」
「まあ、夢でもほどほどにな、行ったっきりになるんじゃないぞ」
ラクシュミはゆりの頭をなでてベッドを降りた。
「それに夢でなら私も何度か他の女抱いたし」
ボソッと言った言葉にゆりがえっと反応した時には、ラクシュミはもういなかった。
王様ってば・・・それって願望じゃないの？ひどい。
そういえば・・・最初出会った頃の王様って、もっと険しい顔立ちしてたなあ・・・全然笑わなかったし・・・
今は精神的にも随分楽になったんだね。よかったな・・・
あの頃の王様ってば、いっつも疲れた顔してたもんなあ・・・
向こうで子供産んだのって、ただガーベラの歴史をなぞってそうなっただけなのかもなあ・・・
所詮夢は夢で今ジンラが好きでたまらん、ってわけでもなかったので、ゆりは夢の事はあんまり気にしない事にした。
それよりもガーベラにばれたら殺されないだろうか。そっちの方が心配かも。
その日の午後、蛇の目のゆりがハザークの元を訪れていた。
「ねえ、ハザーク様、抱いて」
ゆりはぴったりハザークに寄り添った。
「王妃・・・あの・・・実は今日は、そういう気がない・・・」
ハザークが珍しく言った。
「なんで？」
「我にだってそういう時くらいある」
「・・・・」
ゆりが横目でじろりと睨んだ。
「ハザーク様、浮気したでしょ？」
「う・・・うわき？」
ハザークが目を見開いた。
「他に女できたでしょ」
「いや、できてないぞ」
「あやしい」
ゆりは怪しがっている。その時、部屋の中に結構大きい蛇がにょろんと入ってきた。
「もしかして・・・浮気相手あの蛇？」
蛇はメスだったのでゆりは思わず聞いた。
「え？いや、我は最近では、王妃だけだぞ」
「本当？」
「我はもう結構年だ。たまにそういう時くらいある」
「・・・」
実は昨晩、3人目のゆりとやらがハザークのところにきて、結構盛り上がったのだった。盛り上がった後にゆりは歌を
歌いまくっていたが。それでハザークもさすがに今日その気にはなれなかった。
ややこしいな・・・全く・・・しかし本当に昨晩来たことは知らないようだし・・・・
混乱させてはと思い、ハザークも3人目のことは今のゆりに言えなかった。
「まあいいけど、じゃあ口付けして。一杯」
「いいぞ」
ハザークはゆりに口付けして、なんとか難を逃れたのだった。
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