第15話
その日、神の国には晴れにもかかわらず、ピカっと黄色い稲光が地上に落ちていた。神国ではよくあることで、
時々雷が森の木々に落ちては森の妖精たちがひーひー逃げ惑っている。そこから大火事になることはな
いのだが、地上の神々や妖精、動物達にとってはえらい迷惑な事だ。雷が落ちる時は、たいていヒルデリアの機嫌
が悪い時だった。大方アシュランがまた他の女を追いかけているか、子供を産ませたかに違いない。
もーだったら私の声元に戻してよー
ガーベラは神殿の外で稲光を見ながらぶつぶつつぶやいていた。
その時ペガサスがばさばさ飛んでくるのが見えた。
また来た。
とガーベラは思った。ペガサスにはハロルドが乗っている。ハロルドはあれ以来よく会いに来る。おかげで、
周りは皆恋人になったと思っていた。ハロルドは神格の高い神なので、ガーベラが恋人にしたからといって
なんらおかしいこともないのだが、ハロルドを長い間避けていたガーベラなだけに、すぐに仲良くというわけにも
いかない。
ーガーベラ・・・
ハロルドがペガサスから降りて、わりと機嫌のよさそうな顔で近づいてきた。
そしてガーベラの頬に軽く口付けた。
ーちょうどよかった。ねえ、ジェラルドのところに連れて行ってくれない？
ーああいいぞ。
ガーベラはハロルドと一緒にペガサスに乗った。
ゆりの時は落ちたら怖いのでぎゅっとハロルドにしがみついていたが、ガーベラは落ちないとわかっているので
普通に前に乗ってるだけだ。ペガサスはしばらく飛翔して、ある神殿の前に降り立ったのだった。
二人は神殿の中に入って行き、中にいた召使にハロルドがガーベラの言葉を告げた。するとジェラルドがやって
きて、ガーベラを見ると理解したように二人を奥の部屋に招いたのだった。ジェラルドは棚においてあった
３体のガーベラ像を示した。ガーベラがにこりと微笑んだ。それは、30センチほどの大きさの木像のガーベラ像で、
どれもポーズが違い、その一体には足元に蛇もいた。
「素晴らしい出来だわ。どうもありがとうと言ってるぞ」
ハロルドがジェラルドに告げた。ジェラルドも微笑んでいる。ガーベラはジェラルドの頬にぶちゅっとキスをした。
ジェラルドが照れたように頬を染めて、ガーベラ像を布でくるんで渡してくれた。
ガーベラはそれを抱えてるんるんで神殿の外に出た。
ーどうするんだ？それ
ハロルドが聞いた。
ー人間の国に落とすのよ。私の信者増やすために。
ーそうなのか。なんで木像なんだ？石像の方がいいだろうに。
ー石だったら重いから。
ー・・・私の神殿にも、お前の像があるぞ
ーへーみたいな。
ーじゃあ来い。
ガーベラは木像を抱えたままペガサスに乗り、今度はハロルドの神殿に連れて行ってもらった。
真っ白なガーベラの石像は、狭い部屋に隠すように布をかぶされておかれていた。
そのガーベラは等身大で、しかも裸だった。優しそうに微笑んでいる。
ー・・・ハロルド石像で何か変なことしたでしょ。
ガーベラが横目で見て言った。
ーえっへ、変な事ってなんだ！？
ハロルドの頬が赤くなっていた。
ー図星だ。
ー・・・お前何言ってるんだ。女神のくせに。
ハロルドは横に顔を背けてしまった。
へーハロルドって、こんな顔もするんだ。なんだかかわいいじゃない。
ガーベラはそっとハロルドの胸に身体を寄せた。ハロルドはぎくりと身体を少し震わせて、そのままガーベラの体を
抱きしめた。
人間の世界では暦は５の月に入っていた。ゆりはシャナーンを呼んで、この前神の国に行った時のことを話していた。
「神殿の中に剣や鎧が置いてあったんですか。ハロルド様かもしれないですね」
「ハロルド？ハロルドってガーベラの恋人でしょ？」
「本ではそういうことになってますが、ダーナや他の女神との間を行ったりきたりもしていたようですから、
王妃が行かれた時はどうかわからないですねえ」
「ふーん。そうかあ・・・ハロルドって気多いんだね」
人間の世界では数多く神話の本もあるが、二人の馴れ初めは、美しいガーベラに一目ぼれしたハロルドが、
強引にくどいて恋人にして、その後別れたという事になっている。襲い掛かったという話はない。そこらの
表現はかなりソフトになっているのだ。
「どういう方でしたか？」
シャナーンは興味津々で聞いた。神の国を直接行った人の話なんてそういるものではない。
「うーんと、目つきが鋭い人で、男らしい顔立ちの人だったなあ。ちょっとたくましい感じで。でもペガサスに
すごい好かれていたから、優しい人だろうね」
「そうですか」
「あ、それから、すごい綺麗な男の人も見たよ。長いオレンジっぽい髪でね、頭の周りにわっかが浮いてるの。
首にも飾りしてたなあ。あれってもしかして、太陽かな？ってことは、太陽の神様？」
「アリアス様でしょうね。王妃のお話は本当に楽しいです。わくわくします」
「えへへ。そうやって喜んで聞いてくれるのシャナーンだけだよ。ラギなんてさあ、へーってくらいでほんと
つまんないんだから・・・」
シャナーンが苦笑した。
しばらく自分の寝室で寝ていたゆりがラクシュミの寝室で寝るようになった夜、ゆりはまた気づくと神の国にいた。
わーい、今日は何して遊ぼうかなー
神殿の中にいたのでゆりは神殿から外に出て行った。
ーお母さん
クーリーフンがぱたぱた飛んできた。子供ではなく大きい方だ。
ーあら、クーリーフン。
ーラーズのところ一緒に行かない？
ーラーズ？いいよ。行こう行こう。
ーじゃあ連れて行って。
ーうん。
クーリーフンがゆりにひっついて、ゆりは派手な髪のラーズを思い浮かべて、一緒に移動した。着いたところは
神殿の中らしい。七色の綺麗な布が壁に垂れ下がっていた。さすが虹の神っぽいところだ。
部屋の中に入って行くと、ラーズがいた。相変わらず背中の翼がすごい。
クーリーフンはラーズと何か話して、棚から大きなブラシのようなものを取り出してラーズの後ろに回った。
ゆりは何をするのだろうとクーリーフンの横に立って見ている。部屋の中の椅子は、どれも背もたれがなかった。
翼に邪魔だからだろう。クーリーフンは白い毛がついたブラシでラーズの翼をさっさとなでていた。
ー羽整えてるの？
ーそうだよ。
ー私にもやらせて。
ーいいよ
ゆりはブラシを受け取ってみよう見真似でやってみた。ブラシの毛はすごく柔らかい。羽はどれも真っ白でとても
綺麗だった。
「ラーズ、気持ちいいかって聞いてるよ」
クーリーフンがラーズに伝えた。
「気持ちいいぞ。すごく」
クーリーフンがゆりに伝えると、ゆりはにこにこしながら翼の羽を整えていった。
それにしても、この翼、結構重いだろうなあ。ゆりは思わず「重くないの？」と聞いてみた。
「私は産まれた時からついてたからな。そりゃあ、お前が突然翼を背負ったら、重くて大変かもな」
クーリーフンはそのまま通訳している。
そうかあ。産まれた時からあるんだもんね。慣れるよね。翼あったら便利そうだけど、お風呂入るとき大変
そうだな。
ーお母さん、ラーズが膝においでって言ってるよ。
ーえ、膝？
ゆりはぎくりとした。
クーリーフンがゆりからブラシを受け取った。
まあいいか。そのくらい。
ゆりはラーズの前に周り、膝に乗って抱きついた。ラーズが両腕を身体に回して来た。
なんか・・・ラーズってすごいいい匂いがするなあ・・・爽やか〜なミント系の匂い。
顔を寄せられてゆりがどきりとした。
ーこ、子供の前だよ。
ー僕全然気にしないよ。
とクーリーフン。
ちょっとは気にしてほしい・・・
まあいいか。恋人だし・・・拒絶するの変だし・・・
優しく口付けされた。
しばらくすると、「じゃあ僕行くね。」とクーリーフンが言って、ブラシをしまって出て行った。
え・・・じゃあ私も・・・
ゆりは膝から下りようとしたが、そのままぎゅっと抱きしめられて口付けをされた。
うわっどうしよ・・・
ラーズは服の上から身体をまさぐり、首筋にもキスしてきた。
なんだかその気っぽいなあ。やばいな。いろんな神様とそうなるのもなあ・・・
この前ジンラとは最後までいってしまったが、いろんな神様とそうなるのはさすがに抵抗がある。
よし、ここはなんとかごまかそう。
ゆりはラーズの膝の上に向かい合わせて乗り、ラーズの両手の指をからめて何もできないようにした。
じっと見つめているとラーズが顔を寄せてきたのでゆりは積極的に口付けをした。
ラーズが手を離してどこか触ろうとすると、その都度指をからめて、手の動きを封じた。しだいにラーズも
あきらめて、長いことキスだけしていた。ゆりは最後にラーズの頬にちゅっとキスして膝から降りて、
笑顔でさよならと手を振った。ラーズも手を振り返してくれたので、ゆりはやった全然不審がられてないと
神殿を出て行った。
ラーズはしばらくぼんやりしていたが、やがて微笑んだ。
「そうか、じらして次で燃えようって作戦なんだな？可愛い女だ」
そう解釈していた。
一方、ゆりの体の方にまたガーベラが来ていたのだが、今夜はラクシュミに土産を持参していた。
ラクシュミはその土産に目を白黒させている。それは、ガーベラがジェラルドに彫ってもらった
ガーベラの木像だった。小さいながらも細部まで精巧にできていて、とても素晴らしいものだ。
「せっかくだからこの国の人達にもっとガーベラのこと好きになって欲しいと思って」
「うーん・・・すごいなあ・・・」
ラクシュミは木像を回したりひっくり返したりしながらじっくり眺めていた。
「しかし、いいのか？神の国の物をもらっても。しかられたりしないのか？」
「いいわよ。このくらいは。女神が信者を増やすためにたまに使う手なのよ。」
「この髪も・・・うーん。すごく細かいな・・・しかもこの表情がまたいいな・・・」
ラクシュミは感動のあまりしばらく木像から目が離せなかった。
朝、ゆりは気持ちよく目覚めて体を起こした。ラクシュミの横の方に何かが３つ横になっているのが見えた。
「王様、それなあに？」
「ん？ああ。ほら」
ラクシュミはその一つをゆりに渡した。ゆりはぎょぎょっと目を見開いた。それはガーベラの姿をしていたからだ。
「どうしたの？これ」
「実は昨晩ガーベラの幻が現れて、置いて行ったんだ。信者を増やしてほしいとか言ってた」
「ええー！？」
ゆりはぽかんとして木像を眺めた。
「あ、それ蛇ついてる。すごーい、細かい。」
「神様が彫ったらしいぞ。すごいな」
「へー・・・でも私、どうせならジンラの像がほしかったなあ」
思わずつぶやいたゆりだった。
食堂のテーブルに並べられた３体の女神像に、それを見た子供たちも目を白黒させていた。
ガーベラの美しさもさることながら、木像の精巧さに感動している。
「見て、ほら、足の裏も綺麗に彫ってあるよ」
シスが像の裏を見て言った。
「すごいねえ。」
「神様ってことは、技の神、ジェラルドが彫ったのかな。それとも弟子かな。ジェラルドが彫ったんなら
すごいなあ」
ラギも感心して眺めていた。
「お母さんジェラルドに会ったことある？」
「ううん。ない。その神様かっこいい？」
「あんまりかっこよくないらしいけど・・・」
「そうなの？」
「一体は城においておくとして、二体は町の者も見れる所に置いておこうと思うんだが、どこがいいかな？」
ラクシュミが聞いた。今朝は一緒に食事を食べている。
「盗まれないですかね」
とラギが言った。
「せっかくだからガーベラの信者が増えるようにしてやらないとな。一体は置いておくから」
「どうせだから庭のガーベラ像も作り変えようよ。これを元にしてさ」
とシスが言った。
「あ、それならジンラ像もとっかえてよ。王様をモデルにして」
とゆり。
「そうだな。彫刻家もあたってみよう・・・しかし、そんなに私に似てるのか？ジンラは」
「うん。そっくり。でも王様の方が素敵。」
ゆりはラクシュミをよいしょしたものの、ラクシュミには無視されてしまった。
こうして二体のガーベラ像は町々を巡り、最終的には北と南にある美術館に展示されることになった。ジェラルドの
作品はそれを見た人々を感動させ、噂が噂を呼んで画家や彫刻家などもこの国を訪れるようになったのだった。
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