それは10の月の5日の事だった。庭園をぶらついていたゆりは、東屋の所に女の子達が座っているのが見えてそちらに
近づいて行った。
「こんにちは、王妃様」
皆立ち上がりお辞儀をしてくれた。
「こんにちは。皆で何をしてるの？」
「ただお話してただけです。」
皆にこにこわらっていた。 どうも一族の女性っぽい。全部で５人いた。皆美人だが、その中の一人は、さらさらの黒髪で
とてもかわいらしい女の子だった。女の子といっても胸は大きいから大人なのだろうが、体つきは華奢でセーラー服が
似合いそうな感じだ。
５人とも今まであまり見たことがない顔ばかりだった。全員大人になりたてくらいの若い女の子のようだ。
それぞれゆりに自己紹介してくれた。やはり大人になって１年２年といった所らしい。まだあどけない感じがする。
「そうなんだー大人になってどう思った？」
ゆりは楽しそうだったので一緒に混じって話をすることにした。
「すごくうれしかったです。ずっと大人になりたかったですから」
一人が言った。
「そうなんだ」
「赤い月を早く異性と過ごしてみたくて」
「まあ」
女の子達がきゃはっと笑った。若いだけあって他の女性達とはノリが違うようだ。
「皆去年、今年が始めてだったんでしょ？怖くなかった？」
「私は怖かったですーとても」
「私はまだなんです。いい相手が見つからなかったので」
「やっぱり相手は若い男の子なの？」
ゆりは興味津々で聞いた。
「私シャナーン様がよかったんですけど断られちゃったんですー」
一人の女の子が残念そうに言った。
「そうなの」
「彼女はいい相手と過ごしたんですけどねー」
女の子が横にいた一際かわいい子を指でこづいた。
「へー誰？」
「ミカエル様です」
「え？」
「クロエったらすっごくミカエル様に憧れていて、去年から彼女なんですよ」
「よかったよねーほんと」
本人は真っ赤な顔をするだけで何も話していなかったのだが、周りの子がぺらぺら教えてくれた。
こ・・・この可愛い子がミカエルの彼女？なんですとー!？？？？
ゆりはガーンとショックを受けた。
こ・・・こんな男も知らないような子が・・・ミ・・・ミカエルの彼女・・・？
「でもよかったねー。彼女になれて、がんばった甲斐があったよね」
「ちゃかさないで・・・」
クロエが恥ずかしそうに言った。
「いつも言ってたじゃない。ミカエル様の彼女になれるなら死んでもいい、愛してるって」
「やだったらもう・・・」
頬が真っ赤に染まっている。
ゆりはぽかんとして聞いていた。
「ク・・・クロエってミカエルのこと本当に好きなんだね」
ゆりは引きつった笑いを浮かべて聞いた。
「はい・・・子供の頃からずっと憧れていて、本当に心の底から愛してるんです」
クロエは恥ずかしげに頬を染めていたが、それでも瞳は輝いていた。
「そ・・・そうなんだ・・・」
女の子達はその後もいろいろ話をしていたが、ゆりはこのセーラー服が似合いそうなクロエがミカエルの恋人だという
事がショックで、その後はろくに話を聞いてはいなかった。
第22話
あんなかわいい子がミカエルの・・・
あんなかわいい子がミカエルの・・・
あんなかわいい子がミカエルの・・・
彼女、なんて・・・全然知らなかった。
そういえばハインリヒに彼女一人取られてその補充があの子なのかな。もしかして・・・
なんか犯罪っぽいな。まああの子は成人してるから犯罪じゃないけど・・・
しかも愛してるとか言ってたじゃん・・・愛してるって
ゆりが知っているミカエルの彼女は、皆美女系で、背も高めで大人の女性達だった。まさかあんなかわいらしい彼女がいた
とは思わなかったゆりは、かなりのショックを受けて、ふらふらと部屋に戻って行った。
アー驚いた。あんなかわいい子がミカエルの・・・
驚きすぎたのか同じ言葉が頭の中でぐるぐる回っている。
自分と同じ黒髪だったが、クロエはタイプは全く正反対といった感じだった。おとなしめで控え目そうだ。それに頬を
染めた恥ずかしげな仕草もすごく可愛かった。しかも体つきが華奢で、胸があってもゆりには子供にしか見えない。
去年彼女になったというから、もうミカエルとは赤い月を二度も過ごしたことになる。
20後半の男が女子高生に手を出しているような感じだ。
あーなんだかなー・・・
その場面を妄想してしまったゆりはかなり引いてしまったのだった。
それから二日後、ミカエルが部屋にやってきたがゆりはすぐに用事があるからと追い返してしまった。
ミカエルと話をするって気に全然なれない。
最近は男達からそんなに気ももらっていなかった。子供が５人できたのでしばらくいいやという気持ちもあった。時々猛烈に
ラクシュミの子供が欲しくなるゆりだったが、たまには数年体を休めたほうがいいとフレイにも言われていた。
まあできたらできたでいいとは思っているのだが。
ゆりはその日双子の部屋でナナミとおもちゃで遊んでいた。するとハインリヒがロイをだっこして現れた。
「あら、寝てるの？」
「はい、遊び疲れて寝ちゃったんですよ」
「ご苦労様」
ハインリヒはロイをベビーベッドに寝かせた。
「ナナミも寝る？」
ゆりが聞くと、ナナミはうなずき、二人仲良く並んで眠りだした。
二人はそろって部屋を出た。
「ねえハインリヒ、リュート聴かせてくれない？」
「いいですよ。部屋にどうぞ」
「うん」
ゆりは下の階に下りてハインリヒの部屋に入った。
そしてしばらく、綺麗なリュートの音に耳を傾けていたのだった。
「横に来てくださいよ」
ひとしきりリュートを奏でた後、ハインリヒがゆりを横に呼んだ。ゆりが座るとハインリヒはゆりを抱きしめて頬に
キスしてきた。
「ねえ、ハインリヒ、大人になりたての女の子ってどう思う？」
ゆりがいきなり聞いたのでハインリヒはきょとんとしていた。
「どうって？」
「その、ハインリヒもてそうだから、赤い月前には若い子らからも言い寄られたんじゃないの？」
前に出会ったハインリヒの彼女らは、平均年齢90から100といった感じだった。
「私は若い子よりは落ち着いた年齢の女性の方がいいです。若い子のノリには付いていけなくて」
「えーおじさんみたーい」
「若い子は赤い月でも不安定なので、面倒なんですよ」
「そうなんだ」
「王妃のようにすぐに感じてくれればいいですけどね」
「む」
「どうしたんですか？まだ年齢を気にする年じゃないでしょ？王妃は」
ハインリヒがにんまりして聞いてきた。
「私は別に気にしてないけど」
ハインリヒの手がもぞもぞゆりの体に触れてきた。
「もーどこ触ってるの」
「胸」
ゆりがハインリヒの手の甲をつねる。
「王妃はかわいいですよ。無理すれば、大人になりたてで通るし」
「無理すればって・・・」
「夕食の時間まで仲良くしましょう」
ハインリヒがゆりの耳元でささやいた。
「そういう気持ちできたわけじゃないんだけど・・・」
「私はそういう気持ちです」
ハインリヒはきっぱりといってゆりをさっさと寝室に運んで行ったのだった。
その後も、ゆりはやっぱりミカエルと親しくするのを避けていた。さりげなくミカエルと接する事ができず、
それが何度も続くうちに、ミカエルもどこかゆりが変だと気づいていた。ミカエルからの伝言があり、次の休みに
来たいといっても都合が悪いと断っていたからだ。
11の月に入り、ゆりは子供らが作った特別結界の中を、子供たちと散歩していた。アナスターシャとシスが双子をだっこし
ている。
「今年はちゃんと梅雨くるかしらね」
ゆりが言った。
「大丈夫だよ。今年は後半雨も降ったし、まさか二度も飛ばないよ」
ラギが答えた。
「そうだといいけどねえ・・・」
「あれ、あれ」
ナナミが草の間を指さしていた。
アナスターシャが近づいていくと、大きいバッタのようなものがいた。
「バッタだよ。バッタ」
ラギがバッタをとっ捕まえてナナミに見せた。
「私が前いた世界にもこういう昆虫いるんだよ」
ゆりが言った。
「ここのは随分大きいけどね」
「へーそうなんだ。面白いよね。違う世界なのに似た生き物がいるってさ」
「そうねえ」
ロイがシスの腕の中でばたばたしだした。
「あーあ、もう暴れたくなってきたなー」
シスが仕方なくロイを下に降ろすと、ロイはたったと走っていく。
「あ、ミカエル」
アナスターシャの声にゆりはぎょっと振り向いた。見るとミカエルが近くにいた。
「こんにちは。皆様で散歩ですか？」
「そうよー。たまにはねー」
とアナスターシャ。
ミカエルがゆりを見て、ゆりは思わず目をそらしてしまった。
しまった。どうして私は自然にできないんだ・・・
「王妃は最近忙しいようですね。私と話をする時間もないほど」
ミカエルがゆりの側によってきて言った。
「え・・・たまたまよ。たまたま都合が悪くて」
「たまたま・・・」
ミカエルにじーと見られてやっぱりゆりは視線をそらしてしまった。
「・・・それでは私はこれで」
ミカエルはそう言って消えたのでゆりはほっとした。
「お母さんミカエルと何かあったの？」
ラギに指摘されてゆりはぎょっとした。
「え？何もないよ！なんで？」
「だって・・・見るからに変だったよ？」
私ってわかりやすすぎる・・・
ゆりはがくりとうなだれた。
別の日、蛇目のゆりはフリットと別室でまったりしていた。ハザークはまだその気になれないようで、会いに行っても
なんだかため息をつかれる始末だったので、最近はもっぱら男達とここでまったりしている。
「王妃はまだ神の国に行ってるんですか？」
フリットが聞いた。
「たまーにね。でもここの所、行っても動物たちと戯れてるけどねー」
「そうですか」
フリットは自分の胸にもたれているゆりの髪をなでた。
「・・・ミカエルが王妃に聞きたいことがあるって言ってますが」
フリットが言った。
「えー？」
ゆりはあからさまに嫌な顔をした。
「ここにどっちがいるか聞いてきたの？」
「はい」
「ったくしょうがないなあ・・・いいよ。呼んでも」
「いいんですか？」
「うん」
フリットが思念を送り、ミカエルが部屋の中に現れた。
「どうしたの？ミカエル」
ゆりは裸だったので布団で体を隠したまま聞いた。
「王妃が私を避けてますよね？理由はなんですか？」
ミカエルが立ったままゆりを見下ろして聞いた。
「避けてる？そう？」
ゆりは目を見開いた。
「気のせいじゃない？」
「気のせいじゃないですよ」
「別に一年や二年避けられたわけじゃあるまいに、気のせいよ」
「そんなことはないですよ」
「理由なんて別に思い当たらないけど？」
「・・・そうですか。邪魔してすいませんでした」
ミカエルは消えた。
ゆりはミカエルが去った後、ふふっと笑った。
「何かあったんですか？」
フリットが聞いた。
「ん？まああったといえばあったけどねえ。ミカエルに絶対言わないなら教えてもいいけど」
「教えてください」
「この前さ、ミカエルが彼女にしたクロエって子に会っちゃったんだよね。すっごい可愛い子でさ。それで向こうは
ミカエルと仲良くするのが嫌になったみたいよ」
「クロエ・・・ああ、そういえば新しい彼女がいましたね」
フリットが思い出すように言った。
「可愛い子でしょ。すごく」
「まあそうですね。子供の頃からミカエルがかなり好きだったみたいですね。それでどうして王妃が嫌になるんです？」
「そりゃあさー嫌にもなると思うけどー」
「わかりません」
「女ってさ、自分より若くて可愛い子とは、あんまり張り合いたくないもんよ」
「王妃だって若くて可愛いですよ？」
「こっちは５人も子供産んでるんだよ。身体の線でいったら比べ物にならないよ」
「そんなことはないと思いますが・・・」
「それにミカエルにほれてるっぽいし、そういうの聞いたら、こんなことする気にはなれないだろうね」
「・・・」
「あっちはほら、純だから。愛してるとか聞くと罪悪感を感じちゃうわけよ」
「最近若い子の間では、愛してるって言うのがはやってるようですよ」
「へーそうなの」
「そういう感情に憧れも抱いてるんでしょうけど」
「フリットは若い彼女いるの？」
ゆりは聞いてみた。
「いえ・・・」
「ふふ・・・いたとしても、城には連れてこないことだね」
ゆりは苦笑して言った。
しかしあっちも態度があからさまだからなあ。その内詰め寄ってきかねないけど・・・
ミカエルの性格ならありえることだとゆりは思った。
「あー参ったなあ・・・」
黒目のゆりはため息をついていた。
ミカエルには明らかに不審がられている。
一体どうすればいいんだ・・・まさか彼女のことを言うわけにもいかないし・・・
侍女らにも最近ミカエルと何かあったのかと聞かれる始末だった。
「最近ミカエル殿と何かありました？」
その日部屋を訪れたヴィラにまで聞かれてしまった。
「どーしてそう思うの？」
ゆりはテーブルに両肘をついて顔を支えて言った。ヴィラは向い側に座っている。
「最近不機嫌だから」
「・・・」
ゆりははあとため息をついた。
「それでなんで私とつながるの？」
「あの人が機嫌が悪い理由なんていつも王妃のことしかないじゃないですか」
「そんなことはないでしょう」
「ありますよ」
「・・・・」
「それで何があったんですか？」
ヴィラもゆりと同じ格好をして聞いた。
「実はさ、この前ミカエルのかわいい彼女に会っちゃって。それで一気にミカエルへの気持ちが冷めちゃったって言うか・・・」
「はあ、どうしてですか？」
「なんだか一途な感じでかわいかったんだもん。目がきらきらしてて眩しかった」
「はあ」
ヴィラは少し首をかしげていた。
「でもミカエルにどう言っていいやら・・・」
「つまりミカエル殿の恋人はやめたいって事なんです？」
「うーん、まあ、顔をあわせて話をするだけの仲になれないもんかなあ」
「・・・そんなこと言ったらその子とは手切るって言いますよ。絶対」
「う・・・」
「王妃の事だからまた極端な態度とったんでしょう」
「だって、ここで話してたらその内あっちに誘われるし・・・それは嫌だったんだもん」
ゆりはうなだれた。
「王妃、男の立場から言わせてもらえば、王妃に突然冷たくされたら、誰だって悲しいですよ？」
「うん・・・」
「しかも相手が悪いですよ。あの人はたがが外れると何するかわからないですからね。無視するのはまずいですよ」
「うーん・・・分かってるけど・・・」
その時部屋の扉がノックされてゆりはどきりとした。
ヴィラが席を立ち扉を開けに行った。
するとミカエルが立っていた。
「おや、ミカエル殿、ちょうどあなたの噂してたんですよ」
ヴィラの言葉にゆりの心臓が跳ね上がった。
な、な、何言い出すのヴィラー！！！
「私の噂？」
ミカエルがゆりを見た。
「王妃があなたの可愛い彼女に嫉妬したようですよ」
「え？」
え・・・・
「それじゃ私はこれで」と言ってヴィラは出て行った。ゆりは座ったままじっとしている。
「どういうことなんですか？王妃」
ミカエルが扉を閉めて近づいてきた。
「え・・・えーと・・」
「私の彼女って？」
ミカエルはゆりのすぐ前に立っている。
「その、噂を聞いて。ミカエルがすごく可愛い彼女を作ったって。それで、その・・・カチンときて・・・」
ゆりはしどろもどろになりながらも説明した。ミカエルはその場にしゃがんでゆりの手を握り締めた。
「私が愛してるのは王妃だけですよ。誰であろうと、王妃の魅力にはかなわない」
「・・・・」
「王妃に無視されてすごく悲しかったですよ」
「ごめん・・・」
ミカエルはゆりの頬にキスして、座ったままのゆりを軽く抱きしめた。
ああ、なんだかあの子の純粋な瞳が心に突き刺さるー
それはゆりにとって初めて感じる罪悪感になったのだった。