ミカエルのことを避けるとまではいかなくなったゆりだったが、ミカエルとの関係はどこかぎくしゃくしたもの
になってしまっていた。自然にと心がけようとするほどに態度は不自然になり、ミカエルに抱きしめられたりする
だけで身体は拒絶反応を示してしまう。別室に行くなんてとんでもない話だった。
「どうしてそんな顔するんです？」
「え？」
「まだ気にしてるんですか？私の恋人のこと」
ミカエルに聞かれてゆりは「別に」と答えた。
「まあいいじゃない。話だけでも」
「いいですが・・・」
別にミカエルのことが嫌いになったわけではないのだが、心境は複雑だ。ミカエルといると、あの女の子にすごく
ひどい事をしている気になってしまうのだ。
「その後どうなりました？」
あれから10日ほどしてヴィラがゆりの部屋にやってきた。
「別に普通だよ」
とゆり。
「どう普通なんです？」
「普通に話してさよならしてる」
「はあ・・・・」
「あの時さっさと逃げちゃって・・・」
ゆりは恨みがましくヴィラを睨んだ。
「あれが一番いい方法だと思ったんですよ。仲直りしやすいと思って」
「別に喧嘩していたわけじゃないよ。ちょっと興ざめしちゃっただけで。まあいいや。当分儀式もないし」
「来年御子様ができたらどうするんです？」
「んー最近気もらってないからどうかわからないけど・・・できたらできたでまた考える」
「はあ・・・」
「はあ・・・」
ゆりは大きなため息をついた。
第23話
ミカエルはその日、街の大きな図書館を訪れていた。一族の者が良く利用している所で、ラギがしょっちゅう来てい
る場所でもある。
ミカエルは受付で話をし、2階の奥に向かって行った。大きな脚立にのり、上の方の棚に本を収めている女性がいた。
「クロエ」
ミカエルが声をかけると、脚立に乗っていた女性は下を向いてぱっと表情を輝かせた。
「ミカエル様」
「ちょっと話があるんだが、いいか？」
「はい」
クロエは本を全部納めて脚立を降りてきた。
頬はバラ色に染まっている。クロエは性格的に戦闘系ではないために、戦士ではなく他の仕事についていた。
ミカエルが彼女にしたのは、それなりに力があったからだが。
「クロエって王妃に会ったことあるか？」
ミカエルは突然聞いた。ゆりは噂を聞いただけだと言ったが、それだけの割りにはゆりの様子はおかしすぎると
思ったミカエルは、クロエに直接聞いてみることにしたのだった。かわいい彼女、というのがクロエを指していると
しか思えなかったからだ。
「はい、お会いしました」
クロエは笑顔で答えた。
「いつだ？」
「えーと、10の月に入ってすぐのことでしたよ。王妃様ってとっても素敵な方ですね」
「・・・・」
やっぱり会っていたのか・・・
「その時私のことを言ったのか？」
「周りの友人が暴露してしまって・・・悪かったでしょうか」
クロエはちょっと不安げに聞いた。
「・・・いや・・・」
「ミカエル様、今晩屋敷の方に行ってもいいですか？」
クロエは伺うように聞いた。
「・・・今晩はちょっと・・・」
「そうですか、ではいずれまた」
「それじゃ私は行く」
「はい」
ミカエルは瞬間移動で消えた。
「・・・」
クロエはその空間を見つめていた。そして気配を感じて横を向いた。そこにシャナーンが立っていた。
「あら、シャナーン様、こんにちは」
クロエは微笑んで言った。
「こんにちは」
シャナーンはなにやら意味ありげにクロエを見つめていた。
「なんですか？」
「やるなあと思って」
「やるなあ？」
「別になんでもないですよ」
とシャナーンは去って行った。
シャナーンも、ミカエルとゆりの仲がどうもおかしいという噂は聞いていた。その理由までは知らなかったが、
偶然立ち聞きして理由もわかったのだった。
シャナーンはまだ大人になってそう経っていないので、付き合う友人も似たような年齢だ。若い子の情報もいろいろ
入ってくる。最近若い子らにはある風潮があるのだった。それは、赤い月を一対一で愛し合いたいという風潮だ。
王が王妃以外の女性と全く過ごさないので、自分も王が王妃を愛するように愛されたいという事に憧れる若い女性
が多いという。
シャナーンはそういうのは御免なので、そういう女性は全く相手にはしていない。
ミカエルの話を推測すると、クロエが王妃と会って、王妃とミカエルの仲がおかしくなったということだが、
出会ったのはわざとじゃないのだろうかとシャナーンは疑っていた。
王妃は純粋だからあんな見た目あどけない女の子がミカエル様の彼女と知れば、引いてしまうだろう。
それが分かっていて会ったのかどうかは謎だが。
いずれはミカエル様を自分だけの物にしたいと考えてるんじゃないのかな？
あんな小娘に翻弄されるなんて・・・あの人も案外抜けてるな・・・
まあ私にすればありがたい事だけど。
ちょっと王妃に会いに行ってみよう。
シャナーンはそのまま城の方へと移動した。
その夜、屋敷に帰ってきたミカエルは、ラリーに「あの人また来てるよ」といわれてぎょっとした。
「クロエか？」
「あの人良く来るね。」
「・・・」
部屋に行ってみると本当にクロエが座っていた。
「クロエ、今日はだめだといったじゃないか」
「ごめんなさい。どうしてもミカエル様にお会いしたくなってしまって・・・すぐ帰りますから怒らないで
ください」
「・・・」
クロエはミカエルの胸にすがった。
最近の若い娘はどうなっているのだろう。
それともクロエが特別なのか。
クロエは普段でも身体に触れられる事に全く抵抗を感じない女だった。むしろ、性に貪欲だった。
赤い月ではそれは顕著で普段では想像もできないほど淫らな女へと変身する。
まるで普段のゆりと儀式の時のゆりを見るようで、ミカエルもそんなクロエにはまってしまった感も否めなかった。
しかもけなげで自分に対して愛情をぶつけてくる。
「愛してます。ミカエル様・・・」
これが王妃だったらどんなにか・・
ミカエルはクロエの黒髪を見つめて思ったのだった。
王妃にとっては私は恋人の一人でしかない。離れた所で気にもされない存在なのだろうか。
そう思うとミカエルの心は深く沈んで行った。
ある夜、ラクシュミはすでに眠っていたゆりをつついて起こした。
「ん？なあに？」
目を開けたゆりは蛇目のほうのゆりだった。
「ミカエルと何かあったのか？」
ラクシュミはゆりの横に座って聞いた。
「ミカエル〜？」
ゆりが眠そうに聞く。
「最近やけに暗いんだ。王の間に来ても用事だけ済ませてさっさと出て行くし、お前たちと何かあったとしか思え
ない」
「ふーん？」
「何かあったんだろ？」
ゆりはラクシュミの方に体を向けて、クロエのことをラクシュミに話したのだった。
「原因はクロエ？なんでだ？」
「なんでって、あんな若い子と張り合うのは嫌でしょ。」
「シャナーンの彼女だって若いぞ？」
「それは最初から分かってるからいいの。」
「別にいいじゃないか。男達に彼女がいるのは最初から分かってるんだし、今更気にすることもないだろう。」
「女心は複雑なのよ。いろいろと。」
ラクシュミは眉をひそめた。
「原因がクロエというのは困る」
「なんで？」
「私がミカエルにクロエを引き合わせたからだ」
「え？」
ゆりの眠そうな目はぱっちり開いた。
「王様が？」
「ああ、ミカエルは大人っぽい女しか相手にしないからな。クロエの父親に泣きつかれたんだ。娘がミカエル以外
の男とは赤い月を過ごすのは嫌だと言い張っているからどうにかならないかと。それで・・・」
「・・・」
「ちょうど一人彼女がいなくなった所だったし、それなりに力がありそうだったのでまあ・・・」
「ふーん。泣き落としで男って手に入るもんなんだ」
ゆりは冷めた口調で言った。
「そういうわけじゃない。誰にも言うんじゃないぞ。皆にやられたら困る」
「・・・・」
「だから、原因がクロエというのは困る。ミカエルに恨まれるじゃないか」
「知らないわよ。そんなの。それに二度も相手をしたってことは、ミカエルもそれなりに気に入ったんでしょ？」
「向こうはともかく、お前はミカエルと仲良くすればいいだろう」
「えーいやあよ。あんなほそっこい子と身体比べられるの」
「今更じゃないか」
ゆりはむっとしたのでラクシュミに背中を向けた。
「ゆり、お前の魅力は肌の美しさだろ？」
ラクシュミはヨイショするように言った。
「別に男に不自由してないし、最近はミカエルよりシャナーンがおきにいりだし・・・」
「ゆりー・・・」
「おやすみなさい」
ゆりは布団をひっかぶってしまった。
ああ、何でこんな事で悩む羽目に・・・・
ラクシュミはちょっと頭痛がする頭を押さえて寝転んだ。
それからぱったりミカエルはゆりの部屋に来なくなり、ことづけもなくなった。ゆりとしては気まずい思いを
しないのでよかったが、思いも複雑だ。
こんな時は神の国に行って思いっきりペガサスと戯れたいが、ミカエルの彼女の一件以来神の国にはいけてない。
心にわだかまりがあるといけないのかもしれないとゆりは思った。
11の月の末になり雨が降り出した。それが梅雨の入りになり、しばらく雨の日が続いた。一回梅雨が飛んだだけに
皆ほっと胸をなでおろしていることだろう。
そんな時ジュメがやってきたのだった。
「暇だったので遊びにきちゃいました」
「よかった。ちょうど私も暇だったの。子供ら遊んでくれないし」
ナナミはお昼寝中だし、ロイは誰かが遊びに連れて行ってしまった。3人の子供らもそれぞれ授業やら何やらで
忙しそうにしている。
「最近ミカエル様と何かありました？」
ジュメは椅子に座るなりゆりに聞いた。
「どうして？」
「なんだか様子がおかしいんですよ。暗い気がここんとこ漂ってます」
「ふーん・・・」
ゆりはまあジュメに話してもいいかとクロエのことを話した。
「はあ、確かにかわいい子ですね」
「あんな純粋な目で愛してるって言われちゃったらねえ・・・」
「本当にそう思ってるかどうかは分からないですよ。最近は、愛してるって言うのがいわば流行りなんです」
「流行り？」
「若い子の間ではですけど」
「ふーん。でもミカエルの彼女には代わりないんだし。ねえ、ジュメはイシュタールのこと愛してる？」
「え・・・」
突然話題をふられてジュメの頬が赤くなった。
「そりゃあ、愛してるか愛してないかと聞かれれば、愛してるといっていいと思いますが、イシュタール様、
最近王妃にちっとも呼ばれないなって言ってましたよ。もしかして私に遠慮してるんですか？」
「そうじゃないよ。休みの日は子供と遊んでるそうだから、邪魔しちゃかわいそうだなって思って。」
「ならいいですけど、たまにはイシュタール様とも仲良くしてあげてくださいね」
「はあ・・・まあ。イシュタールの場合は、別にジュメの次でもいいとは思えるんだけどねー」
「？」
自分にはラクシュミがいることだし、イシュタールがジュメを好きで、その次に自分を好きというのでもいいような
気はする。実際過去の男たちも女王の次だったし。だが、ミカエルの場合は話が違う。あんな女の子を抱いてるって
のがまずショックだったのだ。
その時扉がノックされて、ゆりが出ると女性が二人立っていた。見覚えがある女性達だった。
どちらもミカエルの彼女で、どちらともミカエルの子供を産んだ女性だった。
「ど、どうしたの？」
二人ともむっとした顔で立っていたので、ゆりは思わず聞いた。
「王妃様、愚痴を聞いてくださいませ」
「愚痴？」
「あ、あの、それでは私はこれで」とジュメは去って行こうとしたので、ゆりはついでに侍女にお茶をもってくる
ようにとジュメに頼んだ。
「ま、まあ座って」
ゆりは二人を取り合えず椅子に座らせた。なんだかおだやかじゃない感じだ。
「実はミカエル様が、若い娘にすっかりぞっこんになってるんです」
一人が切り出した。
「クロエのこと？」
「そうです。ご存知でしたか・・・」
二人とも、タイプが似た感じのすらっと足が長い大人っぽい美人だった。
「クロエったらしょっちゅうミカエル様の屋敷で寝てるんですよ。一緒に」
「え？そうなの？」
ゆりは驚いた。一族の女性は普段はそう性欲も感じないとのことだが。
「今年の赤い月なんて、ミカエル様はかなりあの子に日数をあてがったんです。それで他の二人もかんかん
なんですよ」
「あらら・・・」
「私はしばらくは一緒には過ごしませんけど、本当ならばミザリーに最も日数をさくべきです。それが筋って
もんです」
ミカエルの二人目の子供を産んだアゼリアが言った。アゼリアは子供を産んで間もないので、しばらくは赤い月を
男と過ごすことはない。
「そ、そうだよねえ。」
とゆりは答えた。ミザリーはラリーを産んだ女性なので、本当ならば4人の中で一番優先されなければならないの
だろう。
その時お茶が運ばれてきて、険悪なムードが和らいでゆりはちょっとほっとした。
ふーん。ミカエルって、あの子に結構はまってるんじゃん。
「それでミカエルに文句言ったの？」
「言ってません。言えないから王妃様に愚痴りにきたんです」
アゼリアが言った。
「そうなの・・・」
「大体王がひどいんです」
「え？王様？」
「元々クロエをミカエル様に紹介したのは王なんです。最初の一年だけでいいからどうかとおっしゃられていたん
ですが・・・ミカエル様はすっかり、クロエが気に入ってしまわれて結局今年も一緒に過ごしたんですわ」
ミザリーがむっとした顔で言った。
「王様が紹介したの？なんで？彼女そんなに力が強いの？」
「いーえ。強いんならしょうがないとあきらめますが、私達より上ってことはないです。あのかわいさで王に取り
入ったに決まってます！」
「ほんと、若い子は恐ろしいことをしますわ」
二人はぷんぷん怒っていた。
二人はその後もひとしきり愚痴っていたが、しばらくすると、すっきりした顔で出て行った。かなりたまっていた
ようだ。
まさか王様がからんでいたとはびっくり・・・
来年の赤い月も穏やかにすまないかもねえ・・・
かといって私がミカエルにどうにかしろって言うわけにもいかないし・・・
それにしても・・・かなりはまりまくってるじゃん！それも腹立つ
結局はそこが一番むかついたゆりだった。