梅雨が終わり、ゆりの花壇に再びシャナーンが好きなシャラの花が植えられた。ゆりはナナミと花壇を
眺めている。
「可愛いお花でしょ？」
「かわい。かわい。ちっこい」
「ちっこいねえ」
双子は12月1日に誕生日を迎えてもう２歳になる。しみじみ花を眺めていたら、「王妃」と声をかけられた。
振り向くとフリットが立っていた。
「王妃、ちょっと話があるんですが・・・」
「いいよ。そこでもいい？」
ゆりが近くの東屋を指指した。
「いいですよ」
ゆりは近くにいた侍女にナナミを渡してフリットと東屋で腰を下ろした。
「最近ミカエルと会いましたか？」
「ううん。会ってないよ。会いにもこないし。まだ暗いの？」
「はあ、毎日淡々と仕事してる感じです」
「そう」
「・・・王妃は、ミカエルのこと好きじゃないんですか？」
「好きだよ」
「ではなぜ、その、ミカエルだけ避ける気持ちになるんですか？我々だって、他に彼女がいますし、王妃は
ジュメとは仲良くやってますよね」
「ミカエルは若い彼女とかなりラブラブだって聞いたよ。しょっちゅう屋敷で夜一緒に過ごしてるらしいし」
「え？誰にそんなこと聞いたんですか？」
フリットが驚いて聞いた。
「ここにいたっていろいろ聞くよ。せっかく仲良くやってるんだから私が邪魔することもないでしょ？」
「ミカエルは、王妃のお声がかかるのを、きっと待ってますよ？」
「だって会っても何話していいやらわからないし・・・」
「私が思うに、ミカエルはその子に王妃の姿を重ねてるだけなんじゃないかと思いますがね・・・」
「いや、それはかなり無理あると思うけど・・・」
ゆりが引きつった顔で言った。
重ねようにも重ならないと思う。
「王妃と同じ黒髪ですし、純粋で、あどけない所とかも似てますよ」
「・・・」
ゆりは首をかしげた。
「王妃はもうミカエルから離れたいんですか？」
「自分でもよくわかんないけど、出会えば笑って挨拶するくらいの関係にはなりたいけどなあ。無理かな」
「無理ですよ・・・」
「とにかく、今は何話していいかわからない。その内ほとぼりが冷めれば、また違う感情が芽生えるかもしれない
けど」
「そうですか・・・」
ゆりはそれでフリットとは別れた。
男達との関係も、転換期に来てるのかもしれないなあ・・・
本当は、みんなが恋人達と仲良くやるのが一番いいんだよね。
ただ問題は儀式だけで・・・どうしたもんやら・・・
結局はそこに行き着き、全くいい答えは浮かんでこないゆりだった。
第24話
城の図書室では古代語の合唱が響いていた。古代叙事詩の授業はずっと続けられている。ラギはもう全部覚えて
しまったし、アナスターシャやシスも後半くらいまで覚えていた。ただ子供達は理解力が伴わないので、
取り合えずは暗記してるだけだが。その日は3人の子供達にハインリヒ、ジュノー、シャナーンもいた。
ハインリヒのリュートに合わせて、皆で歌える所まで大合唱している。
やがて授業が終わり、シスが「最近ミカエル来ないね」と言った。
「もうあきらめたんじゃないんですか？一番遅れてましたからね」
とジュノーが笑って言った。
「ミカエル最近暗いよね」
とアナスターシャ。
「何かあったの？」
「さあ、知りませんけど」
ハインリヒが答えた。
子供達が出て行った後、ハインリヒがジュノーに聞いた。
「王妃はまだミカエルと仲悪いの？」
「別に仲が悪いわけじゃないですけどずっと会ってないようですね」
「なんだか原因を聞いてもよくわからなかったんだがなあ・・・結局王妃は何が気に入らなかったんだ？」
「王妃の価値観は我々とちょっと違いますからねえ」
とジュノー。ハインリヒはヴィラから話を聞いたのだが、ミカエルの彼女を見てミカエルを避けるようになった
ってのがよくわからなかった。
「自分と同じ黒髪で、自分より可愛かったのがむっときたとか？私は最近の子らは良く知らないんだが、シャナーン
は良く知ってんだろ、可愛い子？」
ジュノーはハインリヒの横に座っていたシャナーンに聞いた。
「王妃の方が可愛いですよ」
とシャナーンは答えた。
「・・・いや、可愛いといったからって別に王妃に告げ口はしないよ？」
「王妃以上に可愛い人はいませんよ。それでは」
シャナーンはそう言って消えてしまった。
「それじゃさっぱりその子のことがわからないじゃないか・・・」
「そういえば、前に若い子は好きか、とか王妃に聞かれたなあ。自分より若い子が彼女じゃ、やっぱり面白く
ないのかな？」
ハインリヒが思い出して言った。
「そういうもんですか・・・王妃もまだ若いのに・・」
「そういうもんだろう。王妃も女だし」
二人はそれで納得した。
「ミカエル・・・おい、ミカエル！」
ラクシュミの言葉にミカエルははっと我に帰ってラクシュミを見た。
「なんですか？」
「えらくぼんやりしてるな」
「そうですか？」
ラクシュミは一緒に酒をのもうと休憩室にミカエルを誘ったものの、ミカエルは杯をもったまま酒も飲まずに
ずっとぼんやりしていた。
「大丈夫か？お前」
「何がです？」
「・・・最近ゆりとうまくいってないんだろ？」
「・・・王妃は・・・結局私のことなんとも思ってないんですよね・・・」
ミカエルがぼんやりした口調で言った。
そしてそれっきり何もしゃべらずにどこかをぼんやり見つめていた。
・・・重症だ・・・
困ったな。もう一人のゆりもその気がなさそうだったし・・・・
あんなことするんじゃなかった。
ラクシュミはミカエルにクロエを紹介した事をかなり後悔していた。
今年もいよいよ末の月になった。その5日の午後、なんとクロエがゆりの部屋を訪ねてきたので、ゆりは驚いた。
「こんにちは。王妃様」
クロエはかわいい花束をゆりに渡してくれた。
「こんにちは・・どうしたの？」
「王妃様に相談したいことがありまして・・・」
「そ、そうなの？」
ゆりはどぎまぎして答えた。こうして久しぶりに見ると、やっぱりクロエはかわいらしい。自分が男なら、ちょっと
むらむらきてしまうかもしれない。ミカエルを責めるのも酷かもとゆりはちょっと思った。
「ちょっと言いにくいことなんですが、その、夜の相談なんです」
「よ、夜？」
「はい、ミカエル様って、どうされるのが一番お好きなんでしょう」
クロエは頬を赤く染めて聞いてきた。
「は、はい？」
「ミカエル様ってなかなか口では言ってくださらないので、良く分からないんです。王妃様なら良くご存知かと
思いまして」
「・・・」
ゆりは驚きを通り越して無表情になっていた。
「王妃様？」
クロエが首をかしげた。
「え・・・さあ・・・どうされるのが好きかと聞かれても・・・」
「ミカエル様ってよく練習はしてくださるんですけど、もっと喜んでいただけるには
どうしたらいいのか見当がつかなくて。私異性経験もあまりないのでよくわからないんです」
クロエは全く大真面目だった。どうにかしてミカエルを喜ばせたい一心らしいとゆりは感じた。
こんなに必死になって・・・クロエってすごくミカエルのこと愛してるんだね。ミカエルも果報者だね。
「私にそう聞かれても・・・説明のしようがないよ。まあ、本能のままやればいいんじゃないかな」
「本能のままですか・・・王妃様って、ミカエル様とどういう体位でいつもされてるのですか？」
「え・・・・た・・・体位？」
ゆりの声は完全に裏返っていた。
「ミカエル様って・・・・（完全18禁内容）」
あれがどうしたこうしたと、クロエはミカエルとの夜の生活を赤裸々に語りだして、ゆりの身体はそのまま
だったが、心は部屋の隅っこの方へと移動していた。どうやら赤い月以外でもかなりそういう関係にあるというのは
嘘ではないようだ。
「私ばかりがいつも感じてしまって、もっとミカエル様を感じさせてあげたいんです」
「はあ・・・でもまあ、それだけやってるってことは、ミカエルもかなり楽しんでると思うけど」
「そうでしょうか」
「そうだよ。まあ自信もっていいと思うけど。ばっちりうまくいってるよ」
「ありがとうございます。」
クロエはにっこり微笑んだ。そして失礼しますといって出て行った。
若い子って・・・若い子って・・・・若い子って・・・怖い・・・
それはいわば、とどめの一発ともいえるもので、ゆりの心は完全にミカエルから遠ざかっていた。
ちょうどゆりの部屋の前の廊下にやってきたシャナーンは、奥の曲がり角に曲がっていく黒髪の女を見た。
え・・・あれは・・
シャナーンはゆりの部屋をノックして、中にいれてもらった。中にいたゆりは、蛇目のほうのゆりだった。
「王妃、今クロエが来てなかったです？」
「来てたよ。あの子。面白い子ねえ」
ゆりは笑いながら椅子に座った。シャナーンがむっとした顔をした。
「何か言いに来たんですか？」
「どうも、ミカエルと私を遠ざけたいみたいね」
「・・・・」
「ふふふ・・・ほんとおっかしい。」
ゆりはあんまりおかしかったのでけらけら笑っていた。
「王妃にまで失礼な事を言うなんて許せません」
「まあまあ可愛いじゃない。本人は悪気ないんだよ。まあ私とミカエルは夫婦じゃないしね。でもミカエルの他の
彼女らはどうするのかなあ。体ではもう一歩リードしてるようだけど。それで私のところに来たのかな」
「・・・」
「一族の女性にもああいう子がでてきたんだねえ。いやはや、世の中変わったもんだ」
「ミカエル殿に言ったほうがいいんじゃないですか？彼女やりすぎですよ」
「ほっといたらいいよ。あんな子に迫られてミカエルもまんざらじゃないんじゃない？嫌なら別れればいいんだし」
「ですが・・・」
「ほっときほっとき」
ゆりは笑いながら言った。
彼女には好きな男を独占したいという独占欲があるだけだ。面と向って別れろとは言わずにああいう手法をとった
という所が味噌だろう。後でミカエルにばれた時に、ミカエルを愛してるから言っただけだと言い逃れもできる。
最初出会った後ミカエルとゆりの仲がおかしくなったのを知り、これはいけると気を良くしてとどめを刺しに
やってきたのに違いない。別にゆりを傷つけることを言ったわけでもないし、それとなく引かせようとした
あたりは好感がもてる。
ほんと悪気はないんだろうなあ・・・ああいう子が将来魔性の女になっちゃうのかな。
ミカエルったら無駄に女性経験は多いくせにああいう子に引っかかっちゃって・・・
「ミカエル殿がなんだか気の毒になってきましたが・・・」
シャナーンがさすがにミカエルに同情して言った。
「そう？男だったらああいう子に迫られてベッドの上で奉仕しまくられたら、だれでもうれしいと思うよ。」
「私はそうでもないですよ」
「大体はそうだよ」
とゆりは言い切った。
その夜、クロエはやっぱりミカエルの屋敷にやってきていた。
クロエはミカエルと一緒に裸でベッドの上にいて、ミカエルの下半身に手で触れて刺激していたのだが、その夜は
ミカエルは全然興奮しなかった。
「気持ちよくないですか？」
「今日はどうも気が乗らない」
ミカエルはクロエから体を離してローブを着た。
「私は違う部屋で寝るから」
そう言ってミカエルは部屋を出て行ってしまった。
赤い月以外でも感じられるクロエに、ミカエルも一時はかなりはまり込み、ゆりでは晴らせない欲望をクロエに
ぶつけたりもしていたのだが、ゆりとの関係がギクシャクし始めてから、ミカエルもおかしくなってきたのだった。
まさかこんなことくらいで20年以上も愛を深めてきたゆりとの関係が壊れるなどと、ミカエルは最初思っていなかっ
た。その内にゆりから声がかかるだろうと思っていたのだが、声は一向にかからない。
クロエが彼女だったのが気に入らないというのもよくわからない理由だった。
今までゆりが誰かの彼女にいちゃもんをつけたことはなかったからだ。
クロエと別れればゆりとの関係が元に戻るのかとも思ったが、問題はそういう事だけでもないような気がしていた。
愛してるといくら言ってもゆりの心には届いてはいない。
二人の関係は、こんなよくわからないことであっさり崩れてしまうほどもろいものだったのだ。
それもショックだった。
それとももう少し待てば・・・ごめんと言っていつも通りの笑顔を見せてくれるのだろうか。
当のゆりは、クロエからとどめを刺されてミカエルと話す気すら失せていたのだが、そんなことミカエルが知る由も
なかった。
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