年が明けた。アナスターシャの誕生日を迎え、和やかなお祝いムードの中、ミカエルは淡々と城の警護の仕事に

就いていた。ミカエルの様子がしばらくおかしい事から、どうも王妃と喧嘩でもしたらしいという噂がまことしやか

に流れていたが、周りは誰も事の真相というものを知らない。

2の月に入ると、毎年のように迫ってくるミカエルが今年はやってこず、ゆりもちょっとしんみりしてしまっていた。

自分に会いに来ないという事は、相当あのクロエにのめり込んでいるのだろうとゆりはそう解釈していた。

それならそれで、下手に出合ってミカエルの心を揺さぶることもない。

時間を置くと、ミカエルにずっと会えないのも寂しいなと思いだしたゆりだったが、そう思い、ミカエルに声を

かけることはしなかった。


自分はしょせんミカエルの子供を産んであげられる存在ではないのだから。


それにしても思いもかけずにこんなことになっちゃったもんだなあ。

ミカエルが他の女性とうまくいってるのなら、それにこしたことはないよね。


ゆりはそう自分に言い聞かせた。


第25話


3の月がやってきて、今年も夜空に赤い月がかかった。例年通りラクシュミとラブラブな夜を過ごしたゆりだったが

赤い月が過ぎ去った後もゆりは気が欲しい状態にはならなかった。どうやら妊娠しなかったようだ。

ちょっと残念ながらも、これでまた当分儀式が延びたことにゆりはほっとしている。


赤い月が終わり5日後、北の砦に仕事でやってきたミカエルをシャナーンが見かけて、呼び止めた。

「ちょっといいですか？」

「なんだ？」

「こっちへどうぞ」

シャナーンは空いてる部屋にミカエルを招きいれた。


「戦線離脱したと思っていいんですね？」

シャナーンはミカエルを見つめて言った。

「何のことだ」

ミカエルの表情は、前と比べて険しくなっていた。

「王妃の事ですよ。その内あなたを蹴り倒して上に行って、王妃のお気に入りの座をつかもうと思っていたのに」

シャナーンが微笑んでいった。

「・・・・」

「随分簡単に引き下がってしまうんですね。あの子がそんなにいいんですか？」

「王妃は、所詮王しか愛しはしない。20数年愛してると言い続けたのに、簡単に捨てられた。お前もいずれそうなる」

ミカエルは目を細めて言った。

「別に無償の愛だったわけじゃないでしょう。あなただって、今まで散々いい思いもしてきたくせに。」

「たいした理由もなかったんだぞ。私が王妃に何か悪いことをしたわけでもない」

「あなたが自分の彼女をちゃんと把握しないから悪いんですよ」

シャナーンが冷たく言った。

「何？」

「女達の間では、あなたがあのクロエに参ってるって相当噂になってましたよ。私は去年の赤い月の後にすぐ噂を

聞いたほどですからね。あなたが普段もクロエと仲が良いので、怒りがたまっていたあなたの彼女らは王妃に愚痴を

言ったらしいですよ」

「え？」

「クロエはかなりしたたかな女ですよ。王妃に自分がどれほどミカエル様と仲が良いか、王妃に散々言ったようです

よ。それを聞いた王妃が、あなたと仲良くできるわけないでしょう」

「・・・クロエが？なぜそんな事をするんだ。私と王妃の仲が悪くなれば、クロエだって・・・」

「だからあなたは間が抜けてるんですよ。今の若い子の間では、赤い月を一対一で過ごすのが流行ってるんです。

儀式に参加すれば格があがるとかそんなことどうでもいいんです。彼女はあなたを独り占めしたかったんですよ」

「・・・」

ミカエルは唖然とした顔をしていた。

「王が王妃を愛するように愛されたいってのが、今の若い女の子らの願望なんですよ」

「クロエが・・・私と王妃が離れるように仕向けたっていうのか？」

ミカエルは信じられない面持ちで聞いた。

「間接的にはそうですけど、もう一人の王妃が言うには、あの程度ならかわいらしいもんだって言ってましたよ。

直接王妃になんだかんだ言ったのではないので。ただ、あなたとの熱い夜を散々暴露しただけみたいですし」

「・・・あ・・・熱い夜？」

「今回のことはあなたが悪いんですから、あまり彼女らを責めちゃだめですよ」

ミカエルは無言のまま消えた。

「やれやれ、仕方の無い人だ・・・」

シャナーンはぼそりとつぶやいた。



その夜、一人自分の部屋で寝ていたゆりは、頬にひんやりとした感触を感じて目を覚ました。

ベッドの横に誰か座っていた。

「王妃・・・」

「ミカエル？」

「久しぶりですね。王妃」

ミカエルは暗闇の中、顔を近づけてきた。

「どうしたの？」

ゆりは体を起こして言った。

「・・・さっきクロエと別れました」

「え？どうして？！」

ゆりは驚いて聞いた。

「彼女らを皆集めて、皆で話をしたんです。それで決めました」

「・・・彼女ミカエルのこと相当好きだったのに・・・」

「私は、彼女だけの男にはなれません。泣いてましたけど、まあ大丈夫でしょう」

「・・・・」

「会いたかったですよ。王妃」

ミカエルはゆりを抱きしめた。

「ミカエル・・・」

ミカエルは泣いているようだった。

「王妃に捨てられたと思って辛かったんです」

声は震えていた。

ゆりは思わずミカエルの頭をなでた。

「泣かないで・・・」

ミカエルはぎゅっとゆりを抱きしめた。


ミカエル・・・


抱きしめられていると、つい、ミカエルとの日々が頭の中をよぎってきた。

涙を流されると、ゆりの瞳も涙でにじんできている。

「・・・でも、本当によかったの？彼女の事好きだったんでしょ？」

「好きでしたよ。王妃と同じ黒髪で、王妃を抱いてる気分だった。でも、王妃じゃない」

ミカエルはゆりを抱きしめたままゆりの頬に口付けた。


・・・なんかそういう言い方されると、私があの子にひどいことした気分になるなあ・・・大丈夫かな。

あの子・・・


「すごくその気になってきた」

「へ？」

「王妃の暖かい体を抱いていたら、すごくその気になってきた」

「あの・・・ミカエル・・・」

「王妃、私今回の赤い月、興奮できなかったんです」

「え？」

「こんな事初めてでした。私はやっぱり王妃がいないとだめなんです」

「いや、そう言われても・・・」

「元の恋人にはなってくれないんですか？」

ミカエルがすがるように聞いた。

「なってもいいけど・・・いきなり今夜しなくても」

「今がいいです」

ミカエルは布団の中に入り、ゆりを抱きしめた。

ゆりが逃げる暇は全然なかった。

「ああ、やっぱり王妃のあったかい身体に定期的に触れないと・・・あのままじゃ不能になる所でした」

ミカエルはゆりに熱烈に口付けた。手はさっさとゆりの寝間着を脱がそうとしている。

「ちょっともーさっきの涙はどこ行ったの！？」

「今度は歓喜の涙を流させてください」

「あほかー！！」

ミカエルはさっさとゆりを裸にしてしまった。

その時、ゆりの脳裏にクロエの夜の大告白がリアルに思い返されて、ちょっとぎょぎょっとなった。


「王妃、王妃、愛してます」


「でも本当にいいの？ミカエルあの子の体、相当好きだったくせに」

ゆりはちょっと癪にさわったので嫌味のように言った。

「でも口は王妃の方が好きです」

こ・・・この男は・・・

ゆりの頬がぴくぴく引きつった。

「というわけで一杯してください」

「知らないわよもう！」

「愛してます」

「愛してくんなくていいよ！」

と言い合いながらも、結局は元通りの仲になった二人だった。



その数日後、町の図書館の二階にいたシャナーンの元に、不機嫌そうな顔のクロエが近づいてきた。

「なんですか？」

「シャナーン様、あの事ミカエル様に言ったでしょう」

「あの事って？」

「私が昔、シャナーン様に愛してるって言ったことですよ。絶対黙っててねって言ったのに」

「ああ、あなたが子供の頃の話じゃないですか。そんな事言ってませんよ」

「じゃあなんで私振られたんです！？せっかくうまくいってたのに！」

「あなたが彼女の一人で満足しないからですよ。自業自得です」

とシャナーンはあっさり言った。

「彼女の一人なら、ずっとミカエル様といれたのに」

「独り占めしたかったんだもの。どうせなら普段も、赤い月も、全部私を見て欲しかったんです！」

「将来有望な男を捕まえて愛してもらってください」

クロエはシャナーンを睨んだ。

「シャナーン様は冷たい。子供の頃、大人になったら赤い月を一緒に過ごしてくださいって言った時も、

あっさりいやですって言ったし・・・」

「嫌だったんだからしょうがないです」

「憧れていたのに・・・」

「ミカエル様にもそう言ってたじゃないですか」

「どちらかの恋人になりたかったんです」

「・・・・」

「というわけで恋人にしてください」

「絶対嫌です」

「私、赤い月にはすごいですよ？」

クロエはちょっと身体をくねらせて言った。

「大丈夫、あなたなら、すぐ他の男捕まりますから、そっちとよろしくやってください」

シャナーンは微笑みを残してさっさと消えた。

「ひどい・・・もう、絶対良い男捕まえてやるから！」

クロエは両手を握り締めていた。

ミカエルに振られた傷も、かなり早めに回復しそうだった。



一方、ゆりがミカエルと元に戻ったという話を聞いたラクシュミは、よかった、よかったとかなりほっと胸を

なでおろしていたのだった。

おしまい


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