ある日の午後、久しぶりにイシュタールがゆりの部屋を訪れてきた。
「あら、イシュタール久しぶり」
「久しぶりじゃないですよ。ひどいですね。王妃は全然呼んでくださらないんだから」
イシュタールが珍しくすねたように言った。
「だって、可愛い彼女との間を邪魔しちゃかわいそうだから」
「可愛い彼女？」
「メリッサ」
「メリッサは確かに可愛いですけど、王妃も負けずに可愛いいんです。私には」
「まあ」
二人は微笑んで話をしていた。
「おーひ」
後ろから不機嫌な声が聞こえてきてゆりは後ろを向いた。
「あれ？ミカエルまだいたの？」
長椅子にはミカエルがしかめっ面で足を組んで座っている。
「ずっといますよ。ずっと！」
「イシュタール、ミカエルしょっちゅう来るんだけど仕事さぼってない？」
ゆりはイシュタールに聞いた。
「ふふっ・・・」
イシュタールがおかしそうに笑っている。
「まあ座って」
ゆりはイシュタールを長椅子に座らせて、真ん中に腰を下ろした。
「王妃ってばまだ怒ってるんですね」
「何を？」
ミカエルの言葉にゆりが笑顔で聞いた。イシュタールはゆりの髪をなでていた。メリッサを産んでくれたジュメに特別
な思いを抱いてはいたが、やはりゆりへの感情もまだ心の内に残っているようだ。第一ゆりがいなければ、自分に子供
が産まれるなんて事は一生なかったと思っている。
「怒ってるじゃないですか。あれから絶対口でしてくれないし・・・」
「ミカエルって下品だよね」
ゆりがイシュタールに言った。
「下品ですね」
とイシュタール。
絶対怒ってる・・・・
元の鞘に納まった二人ではあったが、ゆりはまだどっかにもやもやしたものがあるようだった。何かあるとミカエルを
ちょっといじめて遊んでいる。もう一人のゆりにいたっては、「一度抜けたから8番目だね」と嫌味を言われる始末だ
った。恋人達の中で一番下ってことだ。
ひどい・・・私はそんなにひどいこと王妃にしたっけ？？？
と思うミカエルだった。
「お願いです。もう一日だけ私と過ごしてください」と赤い月の最中にクロエに泣いて訴えられて、他の彼女より
クロエにかなり日数を裂いてしまい元からの彼女らをむっとさせたのも事実だったが、けなげで一途だと思っていた
クロエを捨てたことに対しては、ミカエルもちょっと悪かったと感じていた。クロエがゆりに言ったことにはショック
だったが、彼女が悪い女だとは思ってはいない。ちょっと変わった子だとは思っていたが。
すっぱりクロエと別れたのに・・・
「イシュタール向こうで話しない？」
ゆりはにこやかにイシュタールに言った。
「いいんですか？」
「ひどい王妃、王妃はジュメとも仲いいくせに・・」
ミカエルが横でぶつぶつ言っている。
「だって、ジュメがイシュタールと仲良くしてあげてっていうから。」
「私の時は彼女の顔見ただけで引いたくせに・・・なんなんですか。自分より可愛い女は嫌ってことなんですか？」
「そう、私ってわがまま王妃様だから♪」
「・・・・」
「それにさあ、イシュタール聞いてよ。ミカエルったら普段もしょっちゅう若い子に淫らなことをして
たんだよ。それなのに私にもちょっかい出してさ。どう思う？これ」
「ひどい話ですね」
「でしょ？」
「・・・いじけてやる・・・」
ミカエルは泣きそうな顔で言った。ゆりはべーとミカエルに舌を出してイシュタールと別室に行ってしまった。
王妃ってば、結局は嫉妬してたくせに・・・普段は他の女に触れないでって言えばいいのに・・・
見せ付けるってことは嫉妬させたいからだ。
結局は私のことが一番大好きなくせに。
ミカエルはあんまり懲りていなかった。
第28話
ゆりが再び神の国に行ったのは、桃を持ち帰って10日ほど経ってからのことだった。
ガーベラ姿のゆりは草原の風を受けながらるんるんでスキップしていた。
「今日はだれに会いに行こうかなー」
すると遠くの方から一頭のペガサスが飛翔してくるのが見えた。金色の髪の長い女が乗っている。
ダーナだ。
「ダーナ」
ゆりは手を振った。すると、一旦通り過ぎたペガサスは旋回して降りてきた。
「はーい、ダーナ」
ゆりは笑顔で手を振ってあれ？っと思った。ダーナは女神様らしからぬ顔でゆりを睨んでいたからだ。
あれ？どうしたのかな？
ダーナの眉はすごくつりあがっていた。
「もう！あんたってば何でこんな時にのほほんと笑ってんの！ばか！」
「え？ばかって・・・」
あまりの剣幕にゆりは背中をそらせた。
「ハロルドの奴！首絞めてやる！」
ダーナは鬼のような形相で言い、さっさとペガサスに乗って飛び去って行った。
「・・・・どうしたんだろ」
ゆりは首をかしげた。
ハロルドが何かしたのかな？
誰か教えてくれないかな。
きょろきょろ周りを見たが、妖精らしき姿も無い。その時、風が人の形を取った。ウィルだ。
「やあ、ガーベラ」
「ねえ、さっきダーナがすごい顔で去って行ったけど・・・」
「ダーナにはしばらく近寄らない方がいいよ」
「どうして？」
「どうしてって・・・ガーベラは大丈夫？」
「え？」
ゆりはきょとんとした。
「カサンドラが見かけたら連れてきてくれって言ってたよ。連れて行くよ」
「はあ」
ウィルはゆりの身体を軽く抱いて、風に乗った。
そしてカサンドラの神殿に連れてきて、ウィルは去って行った。まさに風のごとくだ。
神殿に入っていくと、部屋の中にカサンドラがいた。
「こんにちは」
「おお、ガーベラ、大丈夫か？」
何が？
「まあお座り」
「はい」
ゆりは椅子に座った。
「あのバカはともかく、ラクアは取り返した方がよいぞ」
「は？ばかって？」
「ハロルドのことじゃ」
「ハロルド何かしたんですか？」
カサンドラは目を見開いた。
「まだ知らなんだのか？ハロルドがガーベラからファティマにのりかえた。」
「フォティマ？」
「ガーベラに子供まで産んでもらっておきながら、まったくしょうもない奴じゃ」
カサンドラは眉をひそめて言った。
のりかえた？それって・・・私が捨てられたってこと？この美しい私が？
ゆりはついガーベラ気分で思った。
「それでなんでダーナが怒ってるの？」
「ハロルドが黄金の腕輪をファティマにやってしまったからじゃ」
「黄金の腕輪・・・」
「それは知っておろう。ハロルドが持っていた神器じゃ。前々から、ハロルドは最も美しいと思う女神にやるとそう
言っていた。ダーナは恋人だった時散々ねだったようだが渡さなかった。それなのにファティマにやってしまったから
カンカンになるのも無理はない」
「あれ？さっきラクアもどうとか・・・」
「ラクアもファティマになびいてしまった」
「え、そうなの？ファティマってそんなに魅力的なんだ」
ガーベラやダーナより美しいなんて一体どんな女神なんだろう。とゆりが気になるのも無理はない。
「・・・さて・・・とにかく困ったものじゃ。ヒルデリアはしょっちゅう雷を落とすわ他の女神達も泣いているわで
・・・」
カサンドラは眉間に指をあてた。
ファティマってだれ？
さすがに今聞けば怪しまれるだろうと思い、ゆりは聞けなかった。
なんだかただならぬことになっているようだ。
ゆりはこの前出会った笑い上戸のラクアのことを思い出していた。
優しそうな神様だったのに。
他の女に行っちゃったのかあ・・・まあラクアはそれほど接触してなかったからあれだけど・・・ハロルドめ、
子供まで産んであげたのに・・・ちょっと情報を仕入れなければわけわかんない。
ゆりはカサンドラの神殿を出て後、アマンザに聞こうと思い、ジンラの元に移動した。
他人よりは息子に聞いた方がよいだろうと思ったからだ。クーリーフンは聞こうにもどこにいるやらわからない。
たどり着いた場所は神殿ではなかった。農園は農園のようだ。紫色のぶどうが一杯ぶら下がっているのが見える。
木々の間に紫色の長い髪をした男が見えた。
「ジンラ」
声をかけるとジンラは振り向いた。
「ああ、ガーベラ」
「ジンラ、アマンザは近くにいる？」
「ああいるぞ、あっちの方だ」
「ありがとう」
ゆりは農園の間を抜けて行き、アマンザを発見した。
「アマンザ！」
「やあ母さん」
アマンザはゆりを見てにこりと微笑んだ。
「あのーいろいろ聞きたい事があるんだけど・・・暇ある？」
「いいよ。木の様子を見てただけだから」
ゆりはアマンザと農園のわきにあった木でできたベンチに座り、周りを見た。そしてだれもいないのを確認して、
アマンザにこっそり言った。
「変だと思わずに教えてほしいんだけど・・・ファティマってだれ？」
アマンザはきょとんとした顔をしていた。
「変だと思わずに教えてほしいんだけど」
とゆりは念を押した。だがあからさまに怪しいだろう。
アマンザはふふっと笑って言った。
「ファティマっていうのは最近産まれた花の女神だよ。ほら、この前空の神殿の鐘が一度カーンって鳴ったでしょ。
あの時の女神」
「へー・・・それですごい美人なの？」
「まあすごい美人らしいよ。それであちこちで男神をとりこにしてるようだよ」
「へー私より美人なの？」
「そんなことないよ。お母さんが一番美人だよ」
アマンザは微笑んでそう言った。
「でも、ラクアとハロルドいっちゃったんでしょ？」
「アリアス様とジュライ様もいっちゃったんだよ。ダーナ様も最近機嫌悪いよ。他の女神もだけど」
「アリアスも？浮気じゃなくっていっちゃったの？」
ゆりは目を見開いた。ジュライというのは緑の神で、この神もダーナの恋人だ。ゆりはまだ会ったことはなかったが。
アリアスは浮気しながらもダーナとくっついているようだったので、すっぱりのりかえたとなるとすごい。
それほどファティマって女神は魅力的だということだ。
「そんなに一杯恋人作ってるの？産まれたばっかりなのに」
「よくわからないけど、恋人になりたい男が多いようだよ」
「ふーん。ジンラは大丈夫かな」
ゆりはちょっと心配になってきた。ゆりとしてはジンラがガーベラの恋人じゃなくなるのはいやだった。
「お父さんは僕が見張っててあげるから、とりあえずラーズ様やオルガ様の様子を見てきた方がいいよ」
「うん。わかった。じゃあちょっと会ってくる」
「うん。」
ゆりは消えた。
「・・・」
アマンザはゆりが消えた空間を見つめていた。
うーん。いくら美しい女神といってもお母さんやダーナ様よりも上って事はないと思うけどなあ・・・
カサンドラ様もどうしてそこまでみんながとりこになったのか首をひねっていたし・・・
一体どうなってるんだろう？？
一方ゆりはオルガの元へと移動していた。オルガの神殿っぽい建物の近くに移動したゆりは、近づいてくる女性に目を
留めた。
「あら、ガーベラ様こんにちは」
女神らしき女性は軽く会釈した。
「こんにちは・・・」
金色の大きめの巻き毛は腰まであった。髪や首に花の飾り物がついている。
「オルガ様にご挨拶しようと思ったのですけど、ガーベラ様がいらっしゃるのならやめておきますわ」
そう言ってその女神は背中を向けて去って行った。
「・・・・」
花の飾り物・・・もしかして花の女神？あれがファティマ？
確かに綺麗っていえばきれいだけど、どっちかというと可愛い感じよね。
どっちにしろ・・・私ほどじゃないでしょ！
ゆりはガーベラ気分で思った。
ハロルドめ、許さん！
ゆりは神殿の中に入って行った。神殿の中は濃い青っぽい布があちこちにかぶされていて、結構暗かった。
部屋の中にはだれもいない。奥の部屋に行ってみると、ベッドの上に子供が二人眠っていた。
あらかわいい。
子供はそっくり同じ外見で、黒いちょっと癖がかかった髪をしていた。
額には淡く輝く丸い光物がついている。それもおそろいだ。
何歳くらいかなーまだ小さいなあ。5.6歳くらいかな？ぐっすり寝てる。
ゆりは部屋を出て違う部屋に行ってみた。するとそこにオルガが眠っていた。
ゆりはそろそろとオルガの顔をのぞきこみ、つんつんと指で頬に触れた。すると、オルガが薄目を開けた。
「ガーベラ、どうしたんだ？」
「さっき女の人がいた」
「ん？」
「オルガに挨拶に来たって・・・」
ゆりの面白くなさそうな顔を見て、オルガは口の端をあげて上体を起こした。
「ははーん。来てたのはファティマか？行く先々で男をとりこにしているようだからな」
「顔見たことある？」
「ないがいろいろ噂は聞いた。」
「美しいって？そんなに美しいかな。私よりも」
ゆりはガーベラに思い入れがあるので、ガーベラよりもあの女神が美しいというのがどうも納得いかなかった。
「別にハロルドがそう思ったからといって、皆がそう思うわけではないだろう。美に対する考えはそれぞれ違うのだし」
「オルガは？ファティマが私よりも美しいと思ったら、私から離れてしまうの？」
「花の女神は夜は寝てるからな。全員お前から離れるなんてことはない。そんな不安そうな顔をするな」
オルガはゆりの頬をなでた。
でもあんな産まれたての女神に恋人とられたら、そりゃダーナもガーベラもショックだろうなあ。
私だってミカエルが可愛い彼女にはまってたってだけでショックだったし。
その日はオルガの神殿を出てから目が覚めてしまい、ラーズの元にはいけなかった。
あんなに美しい女神でさえも、恋人問題で悩むことがあるなんて・・・
まてよ。アリアスもハロルドもアシュランの子供よね確か。ファティマもアシュランの浮気の子供だっていってたって
ことは・・・血縁にあるってこと？神々は兄妹で恋愛してもいいのかな？
ゆりはベッドの上でしばらく首をかしげていた。
すすむ