第２部 第1話
不思議な縁で違う世界へとやってきて、こちらの世界では５年もの歳月がたっていた。ゆりは一族待望の王の子供をとうとう
産み落とし、今では申し分のない王妃様である。
1月5日に子供が産まれてしばらく安静にしていたゆりだったが、10日も寝ているともう飽きてしまった。ミカエルや他の男たち
一族の女性たちも時々訪れてくれるのだが、みんなゆりを気遣って挨拶だけしてすぐ去って行った。
医師のフレイに後10日は寝てなさいといわれて、仕方なく寝ていたが、２の月も半ばになるとゆりは起き出して城の中を散歩した。
しばらくは一人っきりにはならないようにといわれて、どこに行くにも侍女がついてくる。
ゆりはようやく王の間の鏡でアヤコに自分の子供を見せることができた。アヤコの子供タロウは、もう結構な大きさになっていて、
アヤコがだっこするとすごく重そうだ。アヤコもガットも相変わらず熱々で幸せそうで、ゆりはうれしかった。
アナスターシャは不思議そうな顔で鏡の向こうを見ている。
「可愛い子だなあ。将来すごい美人になるんだろうなあ。タロウお嫁さんにしちゃうか？」
ガットが笑いながら言うと、ラクシュミはふざけるな、といって鏡を閉じてしまった。
ゆりは侍女と一緒にアナスターシャを部屋に連れて行った。アナスターシャは、もう立派な自分の部屋が
あり、すでに５人もの侍女がついている。
さすが王女様ね・・・
そう思って感心したゆりだったが、ゆりはたまに子供を抱くだけで、まったく世話らしいことはしてなかった。
こんなんでいいのだろうか・・・
ちょっと不安になる。
だが、王妃様が子供のおむつをかえるというのも確かに聞いたことがない話なので、まあいいだろうと思い、侍女たちに
まかせることにした。体の具合はだいぶよくなったが、まだ本調子とまでは回復していない。
ゆりが部屋に戻り、休んでいると、ミカエルがやってきた。
「王妃、大丈夫ですか？」
ミカエルは気遣うように聞いてきた。
「うん。もう大丈夫だよ」
ゆりは微笑んで答えた。
「随分やせましたね。ちゃんとご飯食べてくださいね」
「うん。ありがとう」
子供を産んだ時は一時はもうだめかと思ったが、こうして元気になり、いい男の顔を見るのもいいものだ、とゆりは
思い、しばらくミカエルの顔を見て目の保養をした。ミカエルもまさかこんな状況でゆりを誘惑するわけもなく、にこにこ顔を
見せている。
「そーだ。ねえハザーク様の所連れて行ってくれないかな」
「どうしてですか？」
「一応、ご報告しなきゃ。子供のこと」
「もうご存知ですよ？」
「そうだけど、私の口から言いたいからさ」
「いいですよ」
ミカエルはゆりの腕に触れてハザークの塔に飛んだ。
ゆりが部屋の中に通されると、ハザークは人になったまま長椅子に寝そべっていた。
「ハザーク様、無事子供産まれました」
ゆりが言うと、ハザークは金色の瞳を向けて、「とっくに知ってるぞ」と言った。
「一応ご報告しようと思って、私から」
「？」
「メメントのことでお世話になったから」
あの時は、いろいろあってゆりはすっかりお礼を言うのを忘れていた。しかもしばらくご無沙汰だった。
「別に我は何もしてない。」
「とにかくありがとうございました」
ハザークは不思議そうに首をかしげていた。
「それじゃ、失礼します」
ゆりは頭を下げた。
「・・ちょっとこっちにこい」
ハザークは体を起こしてゆりを呼んだ。
「はい？」
ゆりは寄って行った。
「そこに座れ」
ゆりはハザークの横に座った。
「じっとしてろ」
ハザークはゆりの額に左手を当てた。ひんやりした感触がした。
手の感触が気持ちいいな、と思っていると、なんだかむわっとしたものが体に入ってきて、ゆりはびっくりした。
ハザークは手を離した。
「行け」
「はい」
ゆりは首をかしげながら立ち上がり、部屋を出た。外にはミカエルが待っていた。
「どうしたんですか？」
ゆりが首をかしげているのでミカエルが聞いた。
「ううん。なんでもない」
ゆりはミカエルに部屋に送ってもらった。
ゆりはなんだか体が楽になったような気がしていた。
もしかして・・・ハザーク様、気くれたのかな？
何も言わずにくれるなんていい人ね。
ゆりはそう解釈した。
一方、ハザークの塔では、
「王妃様を楽にしてさしあげたのですね」
白い髪の侍女がにこにこっとして言った。瞳は赤い。ハザークの侍女は元は白い蛇なので、みんな白い髪に赤い瞳をしていた。
みかけも似たような感じである。
「ん？ああ、えらく疲れたひどい顔をしていたから見るに耐えなかった」
ハザークはまた寝そべって言った。
「・・・・」
「だからだ」
「はあ・・・」
「あれじゃあまりにひどすぎる」
「・・・」
そこまで言わなくても・・・と侍女は思ったが、黙っていた。
ハザークの感覚からすれば、ゆりの見かけも顔もいまいちなのだが、別にゆりの顔がそれほどひどいということもない。
ただ、この蛇の一族というのは昔から顔立ちが整った一族で、女も美人が多く、足も皆すらりと長い。そういう女しか
見たことがないからゆりの足がやけに短く見えるのだった。
その夜、ちょっと元気になったゆりは、ラクシュミの寝室にいた。
「ねえ、王様、次の交わりの月いつからか分かった？」
「ああ。３の月の10日からだ」
「10日かあ。それまでなら大丈夫よね」
「ん？」
ラクシュミが顔を向けた。
「ちょっと待て、お前一体何考えてるんだ？」
ラクシュミが驚いて聞いた。
「だから交わりの月」
「お前、まさか一緒に過ごす気じゃないだろうな」
「その気だけど？」
「だめだぞ」
ラクシュミはきっぱり言った。
「お前、子供産んだばかりで何考えてるんだ？」
「何って、あの時の王様に会って報告しなきゃ」
「報告？何をだ」
「だから子供産まれた報告」
ラクシュミは首をかしげた。ゆりの言ってる意味がわからなかったのだ。
ラクシュミは体を起こしてゆりを見た。
「お前何を言ってるんだ？私はちゃんと子供産まれたことは知ってる」
「わかってるよ。あの時の王様に言わないと」
「なんでだ」
「なんでって、言いたいから。」
「・・・昼間はともかく、夜は絶対一緒にはいないぞ？」
「なんで？」
「お前を抱くわけにはいかないからだ。すぐそんなことしたら、体がおかしくなってしまうぞ」
「別に抱かれたいわけじゃないよ。ただ、一緒にお話したいの。」
「今すればいいだろ」
「あの時の王様としたいの」
「・・・」
わからん・・・
「まあいい、寝ろ」
「うん」
ラクシュミは寝転んだ。瞳はうろうろさまよっている。
一体何を考えてるんだか・・・さっぱりわからん。
結婚してもう随分経つが、ラクシュミにはいまだ、ゆりの価値観の全てが理解できなかった。
次の日、ラクシュミはフレイを王の間に呼んだ。
「フレイ、ゆりが今度の交わりの月も一緒に過ごすと言ってるんだ」
ラクシュミは困ったように言った。
「え？」
フレイは驚いて目を見開いた。
「随分元気ですな。王妃は」
「ちょっとお前から言ってくれないか？」
「わかりました」
フレイは出て行った。
フレイがゆりの部屋に行くと、ゆりはベッドに寝そべって指に蛇のルーを巻きつけて遊んでいた。
「王妃様、体調はいかがですか？」
フレイは微笑んで聞いた。
「もうだいぶいいよ」
「顔色も随分よくなられましたね」
「うん」
「あの・・・お話があるのですが・・・」
「なあに？」
フレイは壁際においてあったいすをもってきて、ベッドの側に腰を下ろした。
「交わりの月のことですが、王妃は出産されたばかりですから、しばらくはそちらは控えられた方がいいですよ」
「うん。そりゃそうよね。私だってそのくらいわかってるよ」
「ですから、夜は王と過ごされないほうがよいですよ」
そういうと、ゆりの顔色がさっと変わった。
「いやよ」
「王妃・・・」
「私、あの時の王様にほめてもらいたくてがんばったんだもん。絶対あってほめてもらう」
「・・・今の王はほめてくれませんでしたか？」
「そういうわけじゃないけど・・・」
「夜会われると、王は抱きたくなるかもしれません。危険ですよ」
「大丈夫よ。あの時の王様、すっごい優しいから、そんなことしないよ」
「・・・・」
「絶対一緒に過ごすから」
ゆりは言い張っている。
フレイは首をかしげながら出て行った。
実は一族の女性は、出産してしばらくは、交わりの月を過ごす気にもならない。一生その気にならない女性すらいるのだ。
抱かれたいわけではなく、その時に異性と一緒にいたいだけだという感情も、ラクシュミやフレイにも理解できない。
フレイは王の間に入り、ラクシュミの顔を見るなり言った。
「王・・・王妃をちゃんとほめましたか？」
「ん？何のことだ？」
ラクシュミは眉をひそめて聞いた。
「王妃は、交わりの月の時の王にあって子供を産んだことをほめてもらうんだと言ってますが」
「ん？」
ラクシュミは大きく首をかしげた。
「抱かれたいわけではなくて、ただあの時の王に会いたいだけのようですよ？」
「なんでだ。会えば抱いてしまうかもしれんだろう」
「あの時の王は優しいから大丈夫だとおっしゃられてますが」
「そんな保障はできないぞ。私は」
「困りましたなあ・・・」
フレイは頭をかいた。
「・・・・」
そのころゆりはルンルン気分でベッドで寝そべっていた。
もう少ししたら、交わりの月の時のラクシュミに会える、そう思うとうれしくてならない。
ゆりとしては、別に抱かれたいというわけではなかった。
ただ、交わりの月の時のラクシュミにあって、よくやったと抱きしめて一杯キスしてほしかったのだ。
今のラクシュミとて、ゆりが言えばそれくらいはしてくれただろう。だが、ゆりとしては、ラクシュミが自分でそういう
気持ちになって抱きしめたりキスしたりしてもらいたかったのだった。
交わりの月を3回過ごすうちに、その時のラクシュミと普段のラクシュミの差があまりに激しいために、ゆりの中では
二人は全くの別人になってしまっていた。