その夜は夢の中でもまだ眠っていた。おかしな表現なのだが、そうなのだから仕方がない。目を開けてみると
あたりは薄暗い。
視界に金色の髪が見えた。
あれ。神の国に来たのかな。ガーベラ寝てたんだ。
横を見ると誰かいた。長い髪の男だ。
あ、ジンラだ。ってことは・・・まだガーベラはジンラと仲が良いってことなのね。よかったー
「ジンラ好きー！」
ゆりは思わずジンラに抱きついて、びっくりしたジンラが目を覚ました。
「な、なんだ？」
「ごめん。つい」
ゆりは舌を出してそのままジンラにくっついていた。
第32話
その日、神の国のダーナの神殿では、とにかく大勢の神やら妖精やらが集まっていた。そのメンバーはダーナの
親衛隊のような妖精達や、娘や息子たち、アリアスとジュライ以外の恋人達だった。ちなみに、二人を抜かして今
現在ダーナの恋人は３人いる。風の神ウィルと光の神が二人、その二人は双子だったのでそっくり同じ顔をしていた。
金色の短い髪でどちらかと言えばかわいい顔立ちをしている。
「ダーナ様がんばってー花の女神なんかに負けないで」
と妖精達。
「もういい加減父さんとは縁きっちゃえばー？」
「そーよそーよ」
と言ったのはアリアスとダーナの娘達だった。とにかく大勢集まってわいわいがやがやにぎやかな事になっている。
「みんな、慰めてくれなくても私そんなに落ち込んでないから」
ダーナが複雑な表情で言った。
「ダーナには俺らがいるじゃん。」
「私達にとってはダーナが一番美しい女神ですよ」
と双子の神が言った。横の方では妖精達が慰めの歌を歌っている。皆ダーナがよっぽど落ち込んでいると思っている
ようだ。
その時、老人姿の神が部屋に入ってきた。髪は長い白髪であごひげは異様に長い。
「あーおったおったダーナ」
「あら、森の長老どうなさったの？」
とダーナが言った。その神は森の神で皆に長老と呼ばれて親しまれている。
「恋人が二人抜けたと聞いてのう。代わりの男を連れてきたぞい。ほら、入れ」
長老がそういうとぞろぞろと部屋の中に10人ほどの男の子が入ってきた。皆見るからに少年だったので部屋の中に
いた皆がぽかんとした。
「わしの孫達じゃ。ほら、好きなの選べ」
「選べって言われても、皆子供じゃないですか」
「今は子供でもすぐ大人になるわい。大人は皆彼女がいるでのう」
「そうだぜ。ダーナ、俺なんかジュライよりよっぽどいい男になるぜ。」
「俺もさ、大人になったら毎晩満足させてやるぜ！ダーナ」
といいつつ男の子はダーナにウインクした。ダーナの顔は引きつっている。
「気持ちだけでいいですから・・・」
「皆粒ぞろいなんじゃが」
「せめて大人になってからにしてください」
「そうかのう。残念じゃが、早く元気になって美しい歌声を聴かせておくれ」
「私は元気ですよ。心配しないでください」
「じゃあな、ダーナ俺の事忘れるなよ！」
「愛してるぜ。ダーナ」
「ほれ、いくぞい」
長老と少年達はぞろぞろ部屋を出て行った。皆ぽかんとしていたが、部屋の隅の方では宙に浮いたウィルが
くっくと一人忍び笑いをしていた。
一方朝になり目覚めたガーベラ姿のゆりは、さっそくアマンザをひっ捕まえて状況確認をしていた。
アマンザは素直にいろいろゆりに教えている。
「ラクアとハロルド以外は大丈夫だったんだ。あーよかった。さーどうしようかな。とりあえず二人に会って
こようかな」
「そう。がんばってね」
広い部屋のほうに行くと、ジンラのほかにクーリーフンがいた。
「あら、クーリーフン」
「お母さん、来てたんだね」
クーリーフンは微笑んで言った。
「うん。来てた」
「実はハロルドのことなんだけど・・・」
クーリーフンは黄金の腕輪のいきさつをゆりに話したのだった。
「へーそうだったんだ」
アマンザが驚いて言った。
「ハロルドは騙されただけだったの？それならそうと言えばよかったのに」
とゆり。
「まあ、言わないと思うよ。ハロルド様にも男のプライドってもんがあるし・・・」
アマンザが言った。
「どうして？」
ゆりは良く分からずに聞いた。
「ただ見せてと言われて見せたわけじゃないってことだ。少しはファティマにそういう気があったんだろう」
ジンラが説明するように言った。
「ああ、そういうこと・・・」
「でも、ハロルドはちょっとの罰くらいで許してあげてほしいな。ファティマの恋人にはならないって言ったん
だし」
とクーリーフン。
「そっか。まあとりあえず、ラクアに会ってきてみるね、んじゃ行ってきまーす」
と言ってゆりは消えた。
「ファティマって、無邪気なだけの女神じゃないんですねえ」
アマンザがジンラを見て言った。女神といってもそれぞれ個性があり、人間と対して変わりはしない。違う所と
いえば、過度な争いや殺人などはしない所だろうか。神が極度の恨みや憎しみといった感情を持つことも禁止され
ている。そういった感情は神の国にゆがみをもたらしてしまうからだ。
「裏で余計な事を吹き込んだ者がいたんじゃないのか？産まれたばかりでそこまで考えないだろう」
とジンラがいい、アマンザは「なるほど」と納得した。
ラクアの元にまっしぐらに移動したゆりは、ジャボンとどこか水の中に落ちてびっくりした。
「きゃっ！」
「ガーベラ！？」
ゆりは胸元まで水につかっていた。前を見ると驚いた顔のラクアがいる。周りを見ると、どこかの泉のようだった。
「びっくりした。どうしたの？」
ラクアが水の上を歩いてゆりの元まで来て、ゆりの両腕をひっぱって水の上に引き上げた。
「びっくりした。まさか水の中に落ちると思わなかったから」
服も髪もびっちゃりだった。ラクアはゆりを泉の外で下ろして両手でゆりの身体を回すようにして上にふっと
あげた。
ゆりが不思議そうな顔をしていると、みるみる内に服と髪の水分が蒸発していき、すっかり乾いてしまった。
「すごーい。便利ね」
髪に触れてみると全然濡れてない。ゆりはるんるんでスカートをひるがえした。
「・・・あの・・・ガーベラ・・・」
ラクアがおずおずと聞いた。
「あ、そうそう、ラクアと話をしに来たの。噂ばかりじゃよくわからないから」
ゆりは草の上に腰を下ろして、ラクアがその横に座った。
「本当にファティマの方を好きになっちゃったの？」
「・・・分からないんだ。あの時は、なんだかふらふらとそんな気になっちゃったんだけど・・・二度目に会った
時はそうでもなかった」
「二度目？」
「うん」
ラクアは二度目にファティマに出会ったときに、服の中に水の塊をいれるいたずらをしたのだった。すると
「何をなさるんです」という普通の反応が帰ってきた。まあそれがたいていの女性の反応なのだが。
「僕はガーベラの時々女神らしからぬ所が結構好きだったんだなあってその時気づいたんだ」
「？」
ゆりは首をかしげた。
「君ってば最初に出会ったときから面白かったんだよなあ。僕がいるのに平気で素っ裸で泉の中から出てきて、
さっきみたいに髪を乾かしてあげたら、便利ね。便利だから恋人になってほしいなっていったんだ」
「え・・・そーだっけ？」
ゆりの顔が引きつった。
「便利だから恋人になってって言われたのは初めてだった。僕は結構上位の神なのに」
ガーベラ・・・便利だからはないでしょ。
「でもそれからしばらくして、あなたの顔が好きだったからよって訂正してくれたけど・・・」
「別に顔だけじゃないよ」
「君ってば上位の女神のわりには時々素っ頓狂で自分には男が一杯いるくせに僕が他の女と親しく話してる
だけでむっとするし、気まぐれだし・・・だけど・・・僕にとっては一番かわいい女神だったんだなあ・・」
「だったって過去なの？」
「いや。今もそうだよ。君の元に戻りたい」
「ラクア・・・」
ラクアは切なげな表情をしていた。
勝手により戻しちゃっていいかな。ファティマとも対して何もなかったようだし・・・
「んじゃ仲直り」
ゆりが手を出すと、ラクアがその手を握り締めた。
「ガーベラ・・・君を一番愛してるよ」
「私も、皆と平等に愛してる」
恋人が一杯いるのでゆりはそういった。
「よし、じゃあ次にハロルドに会ってくる。ハロルドとも話しなきゃ」
「ハロルドはまだ仕事だと思うよ」
「仕事？」
「西のはずれに魔物が出たようだから、退治に行ったよ」
「魔物？」
神の国にそんな物がいるとは思わなかったゆりはびっくりした。
「そうなんだ。じゃあ神殿で待っていようかな」
「近くの泉まで連れて行ってあげるよ」
「ありがとう」
ゆりはラクアと一緒に水の塊に包まれてハロルドの神殿の近くまで移動させてもらい、歩いて神殿まで行った。
「かあたま！」
神殿の中の奥の部屋に入っていくと、部屋にいたキュリアが飛びついてきた。
「キュリアー元気？」
ゆりはキュリアを抱き上げた。
「うん」
キュリアは人間の女の子でいえば5歳くらいだった。腰に小さな短刀を差している。かわいらしい女の子で、
アナスターシャが小さい頃を思い出す。
「かあたま、とうたまと会う？」
「うん。会うよ」
そういうと、キュリアが微笑んだ。ゆりは椅子に座り、キュリアを膝に乗せた。
「とうたまと仲良くしてね。キュリア、妹か弟欲しいの」
キュリアは大きな目でゆりをじっと見上げていた。
「そう。兄弟がほしいの」
「うん」
一人じゃ寂しいもんねえ・・・兄弟は多い方が楽しいし・・・
「ねえ、キュリア、かあたまにお歌歌ってよ」
「うん。いいよー」
キュリアはかわいい声でいろいろ歌を歌ってくれた。
しばらくすると召使の女性がやってきて、ハロルドが帰ってきたことを告げた。
「じゃあハロルドに会ってくるね」
「うん」
ゆりはキュリアを残して広間の方に行った。
そしてそこにいた男を見てぎょっとした。銀の鎧を着て赤いマントをつけたハロルドがそこにいたからだった。
腰には大きな剣。さすが軍神と言えるほど勇ましい姿だった。
「ガーベラ・・・」
ハロルドは顔があいている銀の兜を取ってこちらを見た。
「お帰りなさい。」
「ちょっと待っててくれ、身体を清めてくる」
ハロルドはそう言って違う部屋に行ってしまった。
うーん。あれぞ神話の本の挿絵にあるハロルドって感じね。ちょっとびっくり。
どきっとしちゃったなあ。
しばらくするといつもの神の服を着たハロルドがやってきた。
「クーリーフンから聞いたよ。若い女の子にしてやられたって」
ゆりがそういうと、ハロルドは目もそらさずにじっとゆりを見ていた。
「ああ、そうだ。実に間抜けな話だ」
ハロルドはテーブルを挟んでゆりの向い側に座った。
女のせいだとは言わないんだ。そこらは男らしいわね。
「お前に腕輪をさっさとやっておけばよかった」
「今更言っても遅いわよ」
「そうだな。」
ハロルドは視線をさげた。
どうやらかなり反省してるようだけど・・・私は許してあげたいけどなあ。ガーベラはどうなのかな。
でも私に身体預けてるってことは、好きにしてもいいってこと、のような気もするし・・・好きにしちゃおう
かなあ・・
「ハロルドはどう思ってるの？ガーベラが一番なの？」
「今更何を言ってもお前は許してくれないだろう」
「なんでそうあきらめるの。ずっと離れたままでいいの？離れたくないならもっと必死ですがらなきゃ」
「・・・」
「神様だって完璧じゃないんだから、たまにそういうへまも仕方ないわよ」
「じゃあ許してくれるのか？」
ハロルドの目がちょっと輝いた。
「うんにゃ、許さない」
ゆりが微笑んで言う。
「ガーベラ・・・なんなんだ・・・」
「でもずっと許さないのはかわいそうだからちょっとした罰を与えて許してあげるね」
「ちょっとした罰？」
しばらくしてゆりがハロルドの神殿を出て行くと、外にクーリーフンが立っていた。
「お母さん、どうなったの？」
「神殿で話すよ。連れて行って」
「うん」
クーリーフンはゆりの腰に腕を回して一緒に飛んで行った。
ガーベラがはっと目覚めるとそこは自分の神殿の部屋だった。長椅子にもたれていたようだ。
「えーと、今は・・・」
時刻はいつごろだろうと思っていると、クーリーフンが部屋に入ってきた。
「今いつ時？」
「夕方だよ」
「そう・・・」
「・・・母さん、ラクアとハロルドとより戻したよ」
「え？」
ガーベラが目を見開いた。
「・・・そうなの？あっさり戻っちゃったの？」
「ラクアは結構あっさり戻ったけど、ハロルドはぶん殴ったよ」
「え？」
「今顔見てきたら、左の頬がはれてたよ」
「・・・」
ガーベラはぽかんと口を開いた。
「それからしばらく抱かせないのが罰だってさ。お母さんそれくらいで許してあげてよ」
「・・・私が・・・この私がハロルドをぶん殴った？」
「うん」
「このおしとやかな私が？」
ガーベラの恋人達はだれもおしとやかだとは思っていないという事にガーベラは気づいていない。
「ちょっと行ってくる」
ガーベラはそのままハロルドの元に移動した。
ガーベラが部屋に入ると、椅子に座っていたハロルドがガーベラを見て一瞬びくっとした。
「あ、本当だ。顔腫れてる」
ハロルドの頬は片方だけ少し膨らんでいた。
「ぷ・・・ぷぷ・・・」
ガーベラは思わず噴出した。
「きゃはははは。あーおかしい」
「お前・・・お前が殴ったんじゃないか！全く細い腕してなんて力なんだ！」
ハロルドがむっとして言った。
「だってえ、元々ハロルドが悪いんでしょ。それにしても・・・ぷぷぷ・・・きゃははははは」
ガーベラはあまりのおかしさに笑いまくっていた。
「・・・」
ハロルドは左の頬をなでた。
子供の頃悪さをしてもヒルデリアに殴られた事もなかったハロルドだった。まさか大人になって女神に殴られるとは。
しかも拳で。
全くなんて女なんだ。こんな性格だとは全然知らなかった。
ハロルドにとってはまさにあっけに取られる出来事だった。
「何？やっぱりファティマの恋人になっておけばよかったって思ってるんじゃない？」
「別に思ってない」
ハロルドは横を向いて言った。
「ふふ、おもしろーい。」
ガーベラはおもむろにぺろんと胸元をめくって片方の胸を出した。
「・・・お前って・・・本当はかなり性格悪いんじゃないのか？」
ハロルドがむっとして言った。拳はわなわな震えている。
「別にいいわよ。他の女にのりかえても♪」
ガーベラはハロルドの横に座って言った。
ハロルドは口をへの字に曲げている。
こりゃ面白い。しばらくいじめて遊んでやろうっと。
ゆりが考えたちょとした罰はガーベラに大受けで、ハロルドはしばらくガーベラにいじめられることになったのだった。
一方、目覚めたゆりの方は、初めて殴った男が神様だなんて私ってすごいと一人感心していたのだった。
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