その瞳に見つめられるだけで私の心は張り裂けそうになる。
あなたの手を握り締めたい。
あなたの頬に触れたい。
ほんの一時でいいから私だけを見てほしい。
私の心が見せられるものならば見てほしい。
心にあるのはあなたへの愛だけ。
そのわずかでもいいから想いが返ってくればいいのに・・・・
第34話
ベッドの上でからみあう男女の姿があった。
二人は裸で抱きしめあい、激しく口付けあっている。
「ああ・・・愛してます。王妃・・・」
「シャナーン・・・」
シャナーンははっと目を覚ました。そしてごろりと横を向いた。
夢を見ていたのだ。
ああ。また邪な夢を見てしまった・・・
シャナーンは深くため息をついた。
暦は８の月に入っていた。ここの所、ぽかぽか天気が続いている。
ある日の昼下がり、ゆりは休憩中のラクシュミの元にナナミを連れて行った。部屋に入ると、ナナミは一人で
とことこ歩いて行き、ラクシュミの膝に乗った。
「あら、ヴィラもいたのね」
ゆりはラクシュミの向い側に座っていたヴィラの顔を見て言った。
「ええ、いましたよ。王に息子の愚痴を言ってたところです」
「愚痴？」
ゆりはラクシュミの横に座った。
「心理的攻撃がすごいんですよ。弟か妹を作れ作れと」
ラクシュミがくっと笑った。
「王以上に圧力をかけてくるんですから・・」
ヴィラが渋い顔をした。
「おや、私がいつ圧力をかけた？」
とラクシュミ。
「これは失礼を」
「まあこればっかりはしょうがないもんね。今年は誰もできなかったし」
ゆりの恋人達の中では、今年は誰も子供はできなかった。
「でもヴィンセントはクリスと兄弟みたいなものじゃない」
「赤ちゃんの世話をしたいみたいですよ」
「へー・・」
「ナナミは今日何してたんだ？」
ラクシュミは膝に座っているナナミに聞いた。
「パパに遊んでもらったの」
「そうか。よかったな」
「うん」
ナナミは機嫌がよさそうに微笑んでいる。
「ハザークがこんなに子育てが好きとは知らなかった。私が小さい頃は全然遊んでくれなかったのに・・・」
「王様も遊んでほしかったの？」
ゆりがおかしそうに聞いた。
「そういうわけではないが・・・」
「ロイ様は何してるんですか？」
ヴィラがゆりに聞いた。
「ロイは外で遊んでもらってるんじゃない？天気がいいとすぐ外でてくからねえ。ラギが次から次へと遊び考えて
遊ばせてるよ」
みっちり遊ばせてるせいか、最近ではいたずらは減っていたが、それでもやんちゃはやんちゃだ。
「ヴィラは最近シャナーンに会った？」
ゆりが話題を変えた。
「シャナーンですか？一月ほどは会ってないですが、どうかしたんですか？」
「なんだか忙しそうで来てくれないから、もしかしたら体調が悪いのかなあと思って・・・王様はシャナーンに
最近会った？」
「会ってはいないが体調が悪いという話は聞いてないぞ」
「そうなの。ならいいけど」
神の国の話をいろいろしてあげようと思って最近二度ほど呼んだのだが、忙しくていけませんという返答が返って
きたのだった。シャナーンにすればかなり珍しい。
「この前誘わなかったからいじけてるんじゃないのか？」
ラクシュミが言った。
「この前って？」
「儀式っぽいのしたろ？」
「え・・・シャナーンもそれ知ってるの？」
ゆりが酔っ払った時の話だ。男の中にシャナーンはいなかった。
「7人が一斉にいなくなって変だなと思ったかもしれないですが、儀式とは思ってないでしょう。王妃は妊娠中
ではないし」
「だよねえ。それにそれくらいでいじけないよ。シャナーンは」
「シャナーンは何で誘わなかったんだ？まだ恋人じゃないのか？」
「なんでって聞かれても・・・シャナーンにはあまり見られたいもんじゃないし・・・」
「おや、我々ならいいんですか？」
とヴィラ。
「シャナーンの前では清楚な王妃様でいたいの。」
「はあ・・・」
「今更・・・」
とラクシュミがボソッと言ったので、ゆりがラクシュミを睨んだのだった。
何で誘わなかったのか、と聞かれても、その時の記憶はないのだからわからないけど・・・
たまには見つめあうだけの関係ってのも、なんだかほのぼのしていいじゃない。
一度は儀式やっちゃったけど、私だってたまにはプラトニックな関係でいたいんだよう。
手を握り合うだけで精一杯みたいな。
ゆりはそう思っていた。
同時刻、北の砦に来ていたミカエルは、休憩室でシャナーンを見かけて寄って行った。
「シャナーン、次の休みにでも指南してやろうか？久しぶりに」
ミカエルが微笑んで言うと、シャナーンは「結構です」とそっけなく返してきた。
「お前・・・人がせっかく」
「ハインリヒ様に教えていただいてますので」
「う・・・」
大人になってもやっぱりかわいくない。
「子供の頃は指南指南とうるさく私の足の周りを付きまとってたくせに」
「そんなに小さくなかったですよ」
「ミカエル様、私達に指南してくださーい」
若い女の子達がよってきた。
「あ、そろそろいかないと」
と言ってミカエルは逃げるように消えた。女の子達がシャナーンを見ると、シャナーンは横を向いた。
「もう、冷たいんだから。」
「シャナーン様ってほんと、堅物！」
「ほっといてください」
シャナーンはそっけなく言った。
その時ぞろぞろと5人ほどの男が休憩室に入ってきた。いずれも若く、大人になりたての男達だ。口々に王妃がどう
とか言っている。
「昨日城を案内してもらってる時、偶然庭園で王妃様に会ったんだぜ。握手してもらっちゃった」
「いいなー。俺も握手してもらえばよかった」
「王妃様って、もっと妖艶な人かと思ったら、愛らしい感じの人だったなあ。とても5人もお子様を産んだとは
思えない。それにいい匂いがした」
「お前、どれだけ接近したんだ」
「手がすごく柔らかかったんだ」
男達は楽しそうに話していた。
ゆりの人気は結構なものだ。大人になった戦士達はたいていお城を案内してもらうのだが、王妃様にお会いしたい
という者も多い。ラクシュミに愛されている、というだけでゆりの魅力は皆に増して見えていたので、出会って
がっかりする者もいなかった。ちなみに黒目のゆりの時には「がんばってね」と微笑んでくれる程度だが、蛇の目の
ゆりの時は、もっと近づいて手を握ってくれたりする。その男がかなりのいい男だった時は、一緒にお茶でも
どう？とお茶を飲むこともあった。
シャナーンは心にもやもやとした物を感じで休憩室を出て行った。
王妃は人気がある。それは分かっている。
王妃を嫌う男なんていない。
皆王妃が大好きなんだ。
もっと力を増してからと思っていたけれど・・・
最近ゆりの側にいるとゆりをどうにかしたいという衝動にかられてしまい、どうも二人っきりになるのが
怖くなってしまった。だからゆりの誘いを断ってしまったのだ。
シャナーンのそういう気持ちを察するように蛇の目のゆりが現れて、別室にいくこともあるのだが、それも嫌だった。
別に蛇の目のゆりが嫌なわけではない。どちらもシャナーンにとっては王妃で愛情に差はない。
ただ、ゆりに欲望を感じて欲望を満たすことが、あさましい気がしていたのだ。
自分はまだたいして役に立つ存在でもないのにと。
相手を愛して、その見返りを期待するのは間違っているのではないかと思い、仲良く話をするだけでいいじゃないか
と思いつつ、ゆりといると欲望を感じてしまうのだ。どうしてもあの柔らかい肌に触れたくなってしまう。
黒目のゆりがそういう事を望んではいないのはシャナーンにも分かっていた。自分もゆりが望む男のままいたい
と思うのだが、ゆりの噂を他の男から聞くと、心にもやもやしたものが起こり、うかうかしていたら他の男が
ゆりに迫るかも、という恐れも抱かずにはいられない。
子供の頃はただ王妃に憧れて、いつか王妃の側に、と単純に思っていたが、大人になったらなったで大人なりの
感情がいろいろ出てきて、頭の中は複雑だった。様々な感情が行ったりきたりしている。
そんなことを考えながら眠りにつくと、ゆりと引っ付いている夢をみたりするのだった。夢に出てくるのはいつも
黒目のゆりだった。どちらのゆりともそうなりたいという願望も、心の底にあると自分で感じていた。
ああ・・・王妃に会いたいのに・・・
自分のこの邪な思いを悟られるのも嫌だ・・・
大人になり、初めて愛と欲望の狭間で悩んでいるシャナーンだった。
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