ある日の昼下がり、時間が空いたヴィラは城の南の庭園の方にやってきていた。そして庭園でたたずんでいるシャナーンを

みかけたのだった。

シャナーンじゃないか。王妃に会いにきたのかな？


シャナーンはぼんやりと王妃の花壇に植えられている花を眺めていた。

「シャナーン」

ヴィラは近づいて話しかけた。だがシャナーンは全く反応しなかったのでヴィラは軽くシャナーンの肩をたたいた。

「ああ、ヴィラ様」

シャナーンはようやくヴィラに顔を向けた。

「どうしたんだ？ぼんやりして」

「え、いえ、別に。ただ王妃の花壇はいつも可愛い花が植えられているなあと思って眺めていたんですよ」

今はピンク色のこぶりの花が咲き乱れていた。

「王妃に会いに来たんじゃないのか？それとも会ってきたところ？」

「いえ・・・」

「最近シャナーンが会いにこないって王妃が心配してたぞ」

「え。そうなんですか？」

「どうしたんだ？王妃にぞっこんのシャナーンにしては珍しいんじゃないか？」

ヴィラが笑って聞くと、シャナーンはちょっと気まずそうに視線を伏せた。

「別になんでもないですよ。ただ、忙しかっただけです」

「そうか、ならいいが・・・」

「失礼します」

と言ってシャナーンは消えてしまった。

うーん。なにやら悩んでる様子だなあ。若々しくていいね。シャナーンは。

ヴィラは城の方へと移動した。


第36話

ヴィラがゆりの部屋を訪れてみるとゆりはいなかった。侍女に聞くと、「お料理をしておられますよ」と言われたので

調理場の方に行ってみた。いつも王族の料理を作っている料理人が一人と、ゆり、アナスターシャが中にいた。

なんだか香ばしくて甘い匂いが漂ってくる。

「何作ってるんですか？」

「お菓子だよー」

とゆりが顔を向けて言った。

「またけったいな物でも作ってるかと思いましたよ」

「クッキーだよ。じゃーん蛇ちゃんクッキー」

ゆりが楽しそうにクッキーを持って言った。お皿に乗っている茶色いクッキーはどれも蛇の形をしていて、目がついていた。

黒と縞になってるのもいる。

「これは毒蛇ちゃんクッキー。ラギ用。別に毒は入ってないよ」

「・・・」

王妃ってば絶対蛇は食べないくせに、どっからこういう発想が浮かぶんだろう。


ヴィラは不思議だった。

「せっかく娘がいるんだからたまには一緒に何か作りたくてさ」

「はい、ヴィラあーん」

アナスターシャが皿の上のクッキーを一個つまんでヴィラに近づけた。あーんと言われたのでヴィラは素直に身をかがめて

口にクッキーを一個入れた。

「あ・・・あつっ！」

ヴィラはあわててクッキーを口から出した。クッキーはかなりの高温だった。

「へへへ」

アナスターシャが笑っている。

「焼き立てだからー」

「ひどいですねー」

「だってヴィラってばいっつも私をいたぶるんだもん。だからお返し」

「いたぶるって・・あなたがわがままなだけじゃないですか」

「母様、ヴィラったらこの前、私のスカートめくったんだよ」

アナスターシャの言葉にゆりがぎょっとした。

「え？」

「こらこら、あなたが足が痛いって言うから見ようとしただけじゃないですか。すぐ仮病使うんだから」

ヴィラがあわてて言う。

「イシュタールとかだったらすぐ信じてくれるのに、ヴィラは全然信じてくれないんだよーほんと疑り深いんだから」

「いやーそれはアナスターシャが悪いわよ。だめよ嘘ついちゃ」

ゆりが言うとアナスターシャは口をへの字に曲げた。

「みんなでクッキー食べようっと」

アナスターシャは分が悪くなってきたのでクッキーの皿を一個もって消えた。

「ヴィラ、一杯あるからヴィンセントにも持っていってあげる？」

「いいんですか？」

ヴィラはさっき口に突っ込まれたクッキーを食べていた。甘さ控えめでおいしい。

「うん。いいよ。ついでにクリスの分も」

料理人が紙袋にクッキーを詰めて渡してくれた。

「それじゃあ部屋でおやつにしようっと」

ゆりは残りの皿を持ってヴィラに部屋まで飛ばしてもらった。


「でもアナスターシャって王様に似て美少女だから、たまにどきっとするんじゃない？」

ゆりは座ってクッキーを食べながらヴィラに聞いた。今年アナスターシャは18歳。こちらでは子供だが、ゆりがいた世界だと

もうボーイフレンドがいてもおかしくない年齢だ。

「私は子供にときめくシュミはないです」

「そう？」

「さっきシャナーンが庭園にいましたよ」

「本当？来てくれればよかったのになあ・・」

「なにやら物思いにふけってましたよ。悩みでもあるんじゃないんでしょうかね？」

「悩み？どんな？」

「それは・・・シャナーンも誰かさんと同じで、悩みと言えば王妃の事だと思いますけどねえ」

ヴィラはしましまがある蛇クッキーを食べた。黒い部分はチョコレートっぽい味がした。

「私のことで？何悩むの？」

ゆりはきょとんとしている。

「別にけんかした覚えないし・・シャナーンを傷つけるようなことも言ってないよ」

「王妃に恋人だと認められたいんじゃないのかな」

「はあ・・・」

「それとも王妃と深い仲になりたいと思ってるとか」

「まさかあ・・・」

ゆりはあははと笑った。

「どうしてそう思うんです？」

「シャナーンはそういう感じじゃないし・・・そういう性欲とは無縁っぽい所が魅力だし・・」

「それはかわいそうですよ。シャナーンだってもう何度も赤い月を経験してる男なんですから。前に儀式だってしたし、

儀式をして王妃にその気にならない方がおかしいですよ」

「え・・・そうなの？」

「普通の男ならね」

「・・・」

シャナーンは見るからに絵本の世界から抜けてきた王子様って感じの外見なので、そういうシャナーンに性欲がある、と

いうことまでは考えてなかった。自分に好意を抱いてくれているという事はもちろんわかっていたが。


「いつまでも男の子じゃないですよ」

「そりゃわかってるけどさあ・・・相手がシャナーンじゃ私も複雑だよ。すごく純粋でいい子だから、儀式みたいなのには

誘いたくない。なんだか綺麗な物を穢してるみたいで罪悪感がある」

「穢してるって・・・あれは一応神聖なもんじゃないですか」

「何が神聖よ。皆大喜びしてるくせに」

ゆりはぶつくさ言っていた。

「それじゃこのままあたらずさわらずの関係を続けるんですか？シャナーンにはちょっとかわいそうですが」

「かわいそうなのかなあ・・・」

「どうせなら王妃の方から迫ってあげてください」

「え？！」

「シャナーンはなかなかそういえないでしょうからね」

「そう言われても・・・」

「王妃の方が年上なんだから。それじゃ私はそろそろ行きますね。クッキーどうも」

ヴィラはそう言ってお土産を持って部屋を出て行った。

シャナーンって本当にそこまで思ってるのかなあ・・・全部ヴィラの想像ってこともあるし・・・

シャナーンのことはそりゃ好きだけど・・裸の付き合いとなると抵抗があるなあ・・・


シャナーンにとっては、かわいそうなことなのかな。

シャナーンにだって可愛い恋人いっぱいいるだろうに、それでも私の方がいいのかなあ。

どうも想像しにくいな。


まさかシャナーンに何か悩みがあるの？と聞くのもはばかられたので、とりあえずシャナーンのことはそのままにしておいた。

その数日後、ミカエルが眉間に皺を寄せてゆりの部屋にやってきた。

「王妃、蛇クッキーって何です？」

「蛇クッキー？ああ。この前作ったやつ？」

「ラリーがいじけてるんですが」

「え？なんでラリーが？」

「王妃が僕には蛇クッキーくれなかったってぶつぶつ言ってるんです。僕よりヴィンセントの方が好きなんだって」

「え・・・」

ゆりの頬が引きつった。

ミカエルの息子ラリーとヴィラの息子ヴィンセントは学校ではライバルのような関係にあるらしく、弟ができたラリーに

最近押されぎみだったヴィンセントがゆりにクッキーをもらった事を言ったようだった。それでラリーがいじけたらしい。

「いや、別に・・・たまたまヴィラがいたからあげただけで・・・私はラリーだって好きだよ。大人になった顔超好みだし」

ゆりは思わず前にラリーが大人になった顔を思い出して言った。

「じゃあラリーにもあげてくださいよう。ところで蛇クッキーって蛇入ってないですよね」

「入ってるわけないでしょ！蛇の形してるだけよ。」

「私にもください。蛇クッキー」

「じゃあ明日作るよ。どうせなら他の子らにもあげた方がいいね」

「そうですね。あれくらいは傷つきやすいお年頃ですからね」

「ふーん。」

こりゃ大量に作らなきゃいけないなあ。料理人の人らにも手伝ってもらおうっと。


次の日、ゆりは朝から調理場でクッキーを焼き始めた。

「蛇ちゃん、蛇ちゃん、蛇ちゃんクッキー♪」

ちゃんと全部形は蛇にしてある。目の部分には干し葡萄をはめこんでいた。


「わーどうしたの？売るの？」

様子を見に来たラギがいっぱいのクッキーを見て言った。

「ううん。皆の子供達にあげるんだよ」

「ふーん。このでかいのは？」

クッキーの中で一個だけでかいのがあった。

「それハザーク様にあげるの。王様は甘い物食べないけど、ハザーク様たまに食べてるから」

「ふーん・・・」

うーん。ハザーク様に受けるかどうかは謎だけどなあ・・・


「あんた暇だったらハザーク様のところもって行ってくれない？」

「え？僕が？」

「いいじゃない。はい」

ゆりは皿の上にでかいクッキーと小さいクッキーをいくつか乗せてその上に布をかぶせてラギに渡した。

「んじゃよろしく言っておいてねー」

強引に渡されたのでラギはしぶしぶハザークのところにそれをもって行ったのだった。



そうだ。シャナーンにもあげよう。手紙もそえて様子を見てみようっと。

ゆりは次々とクッキーを綺麗な布でラッピングしていった。



一方皿の上のクッキーを見たハザークは、しばらくそれを凝視していた。

「なんなんだ？これ」

「おやつですよ。母さんが作ったんですよ」

「そうなのか」

ハザークは小さいクッキーに手をのばして口に入れた。

「おいしいですか？」

「ああ」

うーん。もしかして、蛇の形してるって事に気づいてないのかも？


「なんでこんな形してるんだ？」

ハザークがラギに聞いたのでラギはどきっとした。

「えっと・・・・お母さん流のシャレです」

「しゃれ？ふーん・・・」

ハザークは深く考えなかったようなのでラギはほっとした。

こうして王妃様手作りクッキーはお城から配達人により、各家庭に届けられたのだった。


その日の夜シャナーンが屋敷に帰ると、召使がシャナーンに紙袋を手渡した。

「なんですか？」

「夕方お城から届いたんですよ」

「そうですか」

部屋に入って中を見てみると、布に包まれたクッキーと手紙が添えられていた。

シャナーンは手紙を開封した。

『シャナーン元気ですか？クッキー作ったの。よかったら食べてね。また暇になったら遊びに来てください。ゆり』

手紙にはそう書かれていた。

「王妃・・・」

シャナーンはクッキーを一つ手に取って微笑んだ。

本当にかわいらしい・・・

王妃は私のことを気にしてくださっている。だが、今会えば、どうにも変な事を言ってしまいそうだ・・・

だけどこのまま黙っているのも辛い。


恥を忍んで手紙を書こうか・・・



数日後、ゆりの部屋に可愛い花束と手紙が届けられた。

ゆりは手紙を開けてみた。


『王妃へ。

先日はどうもありがとうございます。とてもおいしかったです。

この間は王妃のお誘いを断ってしまい、申し訳ありません。最近は、どうにも王妃のお顔を見ることができません。

王妃への思いが強くなるにつれて、邪な感情が芽生えてきてしまったからです。

どうか軽蔑なさらないでください。しばらくして心が落ち着いてから、

今まで通りの私のまま、また王妃に会いに行こうと思います。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　シャナーン』

ゆりは瞬いて、何度も何度も手紙を読み返していた。

「シャナーン・・・」


そしてしばらく手紙の文字を凝視していたのだった。


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