その日は朝からザーザー降りだった。午前中は子供達と遊んでいたゆりだったが、午後になるとゆりの左目が
ぱっと変わってハザークの塔へと移動していた。
ハザークは小窓から外を眺めていた。ゆりはその背中に抱きついた。
「ハザーク様〜いちゃいちゃしよ〜」
「ん？」
ハザークが振り向いた瞬間金色の髪がぱさっとゆれてゆりの鼻がむずむずしてきて「はっくしょん」と大きな
くしゃみをした。
「風邪か？」
「違いますよ。」
ゆりは鼻がむずむずするので指でかいた。そして何気に部屋の中を見回して「あ」と言った。棚の上に見覚えのある
物がおかれていたからだ。ゆりは棚に近づいて行った。皿の上に蛇クッキーが壁にたてかけておいてあった。
それもハザーク用に黒目のゆりが作った大きいやつだ。
「ハザーク様、どうしてここにおいてあるの？」
ゆりはハザークを見て聞いた。
「ああ、せっかく王妃が作ってくれたから、飾ってるんだ」
ハザークは微笑んで言った。
「ハザーク様、これは飾るものじゃなくて食べるものなんだよ？」
「食べたらなくなるからもったいないじゃないか」
「だけど、ずっとおいておいたらカビちゃうよ？」
「でも飾りたいんだ」
「まあいいけど・・・」
あっちが見たらどう思うか微妙だけど・・・
「それはいいとして、ハザーク様、一杯抱いて」
「ああ、こっち来い」
ゆりはるんるんで寝室に行った。
最近はラクシュミがさっぱりその気がない時期らしくぜんぜんかまってくれないので、ゆりはその日おおいに
盛り上がったのだった。
第38話
半日裸でいたせいか夕方冷えたせいかは不明だが、ゆりは次の朝から熱を出してしまった。朝フレイがやってきて
ゆりを診察した。
「風邪をひかれたようですね」
「そう、昨日ちょっと寒かったせいかな？」
「熱冷ましを飲んで休まれてください」
「うん」
ゆりは薬を飲んで氷嚢を額にあててもらって自分の部屋で休んだ。
子供らに移さないようにしなきゃね。
今日は子供達にもラクシュミにも会うことはできない。
「軽い風邪のようですから大丈夫ですよ」
王の間でフレイがラクシュミに報告した。
「そうか。それならいいんだが・・・ゆりの熱というと前のことを思い出すな」
「そうですね」
フレイは思わず笑ってしまった。前回ゆりが高熱を出した時はこちらの世界に来てからの記憶をすっかりなくして
しまったのだ。今となれば笑い話だ。
「まさか二度も続けてそんなことにはならないでしょう」
「そうだな」
所が昼になっても夜になってもゆりの熱は中々平常には戻らなかった。
「うーん。だるーい・・・身体がべたべたして気持ちわるーい」
汗をかいていたので寝間着がべったり肌にへばりついて気持ち悪い。
「着替えましょうね」
侍女が新しい寝間着に着替えるのを手伝ってくれた。
「軽い食べ物をお持ちしますからね」
「うん」
侍女が外に出ると3人の子供達がいた。
「母様大丈夫？」
シスが聞いた。
「まだ熱がおありなので、部屋にはお入りにならないでください」
「うん・・・」
その日はフレイが何度もゆりの部屋を訪れていたが一向に熱は下がらず、夜になるとゆりの視界もふらついていた。
「あーよかった。今妊娠中じゃなくて」
ゆりはぼんやり言った。
なかなか熱が下がらないのでフレイも首をかしげていた。元々ゆりはこちらの世界の人間ではないので、薬などは
効く物と効かない物があった。そこら辺の情報交換は虎の国のアヤコを診ている医者とやりとりしているのだが、
二人ともめったに病気にはならないため良く分からないことも多い。
あーしんどーい。だるーい。
「王妃、がんばってくださいね。」
「うん。がんばるーフレイ、風邪うつらないように気をつけてね。年なんだから風邪ひいてもやばいよ」
ゆりがもうろうとなりながら言った。
「はい。」
ああ。だるいなあ・・・そういえば、子供らってめったに病気にならないね。
こっちの子供は丈夫なのかな？
いいことだ・・・・
ああ、なんだか頭の中がぼんやりしてきた。もう何も考えられない。
一日上がったままだった熱だったが、次の朝になるとすっかり平常熱に戻っていた。
「あー身体の節々がいたーい！」
ゆりは身体を起こして大きく伸びをして腕をぐるぐる回したり首をもんだりした。
朝早くやってきたフレイがゆりを診た。
「すっかり熱が下がられましたね。よかったです」
「うん。あーしんどかった。王様に会いたいなあ」
「まだだめですよ。もう少したってからですよ」
「うん」
侍女がゆりの着替えをもってやってきた。
「元気になられて本当によかったですわ」
ゆりは侍女の顔を見た。
「新しい侍女？」
「え？」
「王妃？」
フレイがぎょっとした。
「彼女は10年も前から王妃の侍女じゃないですか」
「え？10年？私去年ここに来たばっかりなのに？」
「王妃・・・」
フレイも侍女も唖然とした。
「え？また記憶喪失になったのか？」
王の間でラクシュミも唖然としていた。ゆりの事を心配して早めにきたミカエルとフリットもいた。
「熱が出ると毎回記憶が飛んでしまうのか？」
「さあ、まだ二回目なのでよくわからないですが・・・」
「かわいそうな王妃・・・」
ミカエルが悲痛な表情を浮かべて言った。
「また前のように怯えているのか？」
「いいえ。今回はこちらに来て赤い月を一度過ごしたあたりまでは覚えられているようなんです」
「え？」
「ですから王のことはちゃんと覚えていらっしゃいますし、自分は王妃だというのもわかってらっしゃいます」
ラクシュミはほっと胸をなでおろした。
「そうか、ならたいした問題じゃないな」
「ちょ、ちょっと待ってください。私と王妃の愛の歴史は？」
ミカエルがぎょっとして言う。
「そんなことはどうでもいいじゃないか」
ラクシュミがあっさり言った。
「どうでもよくないですよ！」
「ミカエル！また余計な事言って王妃を混乱させるんじゃないぞ」
フリットがたしなめるように言った。
「とりあえず、あまり言い過ぎると王妃が混乱しますので、じょじょに話していかれるのがいいのではないかと」
「じゃ、その役目私に」
ミカエルが言うと
「だめだ。」
とラクシュミとフリットが同時に言った。
「とりあえず病み上がりですから、今はミラに側にいてもらいます」
フレイがきっぱり言った。
その日は古代叙事詩の授業の日だったので図書室に数人集まっていたが、話題はやはりゆりの事だった。
「え？王妃記憶喪失になっちゃったんですか？」
ハインリヒが驚いて聞いた。
「うん。だから僕ら産んだ事も覚えてないんだよ。お父さんと最初の赤い月を過ごしたあたりなんだって。覚えてる
の」
ラギが言うとハインリヒの顔がこわばった。
「ガーン・・・」
「それじゃ私の事は覚えてますね。もう一人の王妃はどうなんですか？」
ジュノーがちょっとほっとして聞いた。
「フレイが言うには時期が微妙だからもしかしたら出てこれないかもしれないっていってた」
「そうですか・・・まあすぐに元に戻りますよ。前の時もそうでしたからね」
ジュノーが子供達を励ますように言う。
「まあお母様が元気だからね」
とアナスターシャ。
「そうだね。元気だからどうとでもなるよ。」
シスも微笑んで言った。
その場にはシャナーンもいたのだが、無言だった。
ああ、王妃が無事でよかった。でも、この前王妃と仲良くなったばかりなのに・・・
綺麗に忘れられてしまったんですね。
まあ皆のことも忘れられているからいいかな。
シャナーンも心情としては複雑だったが、ゆりが元気になったのでほっとしていた。
午前中はお風呂に入ったりして身体をさっぱりさせたゆりは、それからベッドで上半身を起こしてミラにいろいろ
聞いていた。
「25年も経った？信じられないなあ・・・」
ゆりは目を真ん丸くしていた。今のゆりの記憶では、ついこの間この世界にやってきたことになっている。
この世界にきてそれだけの年月が経っているなんて信じられない。
「私の外見もたいしてかわってないし・・・なんだか前より綺麗になった感じがする・・」
「それは王様に愛されていたからですわ」
ミラが微笑んで言った。
「そ、そうなのかな・・・」
ゆりの頬がポッと赤くなった。
「王様って、ずっと私だけ？」
「はい、ずっと王妃だけですよ」
「よかった・・・王様に会いたいな」
「夕方にはお見えになりますからね」
「うん・・・」
王様も25年経ってもあんまり変わってないのかな？前よりももっと素敵になってるのかな？
ミラはゆりに聞かれたことだけを話して、あまり刺激的なことは言わなかった。
でもよかったわ。言葉を覚えていてくださって。前の時は大変だったもの。
とミラも内心ほっとしている。
「ミラ、何かジュースもってきて。のど乾いちゃって」
「はい」
ミラが寝室を出て行った。
25年か・・・いろいろあったのかな。王様と喧嘩したりもしたのかな。
そういえば子供は・・・まだできてないのかなあ・・・
それが気がかりな事だった。まだ子供のこの字もミラの口から出ていなかったし、まさか5人も産みまくっている
とは想像もしていない。
その時男が二人寝室にやってきた。
「あ。ミカエル、フリット」
「王妃。元気になってよかった」
ミカエルがゆりの顔を見て微笑んだ。
「フリットは髪切ったのね」
ゆりはフリットの顔を見た。二人ともちょっと変わってる程度でさほどの変化はない。
「はい、この間」
「ミカエルはもっといい男になったね」
ゆりはちょっと頬を赤く染めていた。
「王妃・・・」
ミカエルがふらふらとゆりに寄って行ったのでフリットが腕を押さえて止めた。ミカエルがどうしてもゆりに会うと
聞かないのでフリットは余計な事を言わないように一緒にきたのだ。
「ねえ、この国の今の情勢ってどうなの？戦いとか」
ゆりが不安そうに聞いた。
「しばらくは平和な日々が続いていますよ」
フリットが優しく言うと、ゆりはにこっと笑って「よかった」と言った。その時寝室にもう一人男が入ってきた。
青い短髪の背が高いいい男だったので、ゆりはちょっとぽっとなった。
「王妃、熱が下がられてよかったです。でも私のこと忘れてしまったんですね」
やってきたのはハインリヒだった。
「ごめんなさい・・・」
「私はー」
「この男は、王妃とはたいして関係の無い男ですよ」
ミカエルが笑顔でハインリヒの言葉を遮った。
「こら、何言ってるんだ！私は、王妃を守るために過去からやってきた騎士ですよ」
ハインリヒはさっとゆりに近づいて顔を近づけ、言った。
「過去？騎士？」
「王妃を混乱させるような事を言うんじゃない」
ミカエルがむっと怒って言う。
「そっちこそ余計な事を言うな！」
こいつらは・・・・
フリットの顔が引きつっていた。
子供みたいな奴らだ・・・何を考えてるんだ。
「王妃！私は×××で○○○○・・・」
「○○○が××××！」
フリットはゆりの両方の耳に指をつっこんで聞こえないようにした。ゆりが不思議そうにフリットを見ると、
フリットが優しく微笑んだ。
「ちょっと！何してるんですか！」
戻ってきたミラが仰天して言った。
「今の王妃に変な事言わないでください。もー出て行ってくださいよ」
ミラに怒られてミカエルとハインリヒはゆりに笑顔を向けて去って行った。フリットがようやくゆりの耳から
指を離した。
「あの二人何喧嘩してるの？」
ゆりはきょとんとしていた。
「ほっといたらいいんですよ。男同士の醜い争いは。」
ゆりは首をかしげている。
「今は安静にしてくださいね。王妃」
「うん」
フリットも消えた。
「全く油断も隙もない」
ミラはゆりにジュースを差し出した。ゆりはジュースを飲んでしばらく寝転んでいた。
するとしばらくしてぽろぽろと涙がこぼれてきた。
「どうしたんですか？王妃」
「なんだか不安な気持ちになっちゃったから・・・」
ゆりは涙をふいた。
「王妃はここで幸せに暮らしていたんですよ。本当ですよ」
「うん・・・お、王様に会いたい」
ゆりがかなり不安な気分になっていると聞き、ラクシュミが王の間からゆりの寝室に飛んできた。
「ゆり」
優しく声をかけると、ゆりはラクシュミを見上げて泣き出した。
「どうしたんだ？悲しいことなんて何もないぞ」
ラクシュミはベッドに座ってゆりを抱きしめた。
「王様・・・王様・・・」
「よしよし」
「王様」
ゆりはラクシュミに抱きついてしばらく泣いていた。
なんだか不安だった。ぽっかり空いた記憶が。
「王様、私のこと愛してる？」
「愛してるぞ」
「本当？本当に？嘘じゃない？」
「嘘じゃないぞ」
「ひっく・・・ひっく・・・」
ゆりはしゃくりあげて泣き出した。
「どうしたんだ？何が悲しいんだ？」
「子供ができてないから、王様に悪くて」
「できてるぞ？まだ聞いてなかったのか？」
「え？本当？」
「ああ、今呼んでやろう」
やがて、部屋の中に5人やってきて、ゆりはぽかんと口を開けた。
「アナスターシャ、シス、ラギ、小さいのがロイとナナミだ」
ナナミはアナスターシャにだっこされていて、シスにだっこされていたロイはゆりの膝に移動してきた。
「マー元気なった？」
「うん・・・」
ー母様ひどく驚いてるね
シスが思念で言った。
ーそりゃいきなり5人もくれば驚くよ。
とラギ。
ーうつろーな目してるけど大丈夫かしら・・・
アナスターシャも心配そうだった。
ゆりは何度も子供達を見回していた。
5人も産んだの？私が？いつの間に5人も？20年もあれば5人産むことはそりゃ可能だけど・・・
本当に私が産んだのかなあ。
まるで実感がない。
「安心したか？ゆり」
「うん、よかった。子供いて」
「お前は何も心配することないからな」
ラクシュミはゆりの髪をなでた。
「お母さんはい、これ」
ラギがゆりに一枚の紙を渡した。
「これ・・・」
年号と子供の名前が書かれている。
「僕らがいつ産まれたか書いておいたよ」
「ありがとう」
「じゃあ私は行くからな。」
ラクシュミはゆりの頭をなでて消えた。子供達とゆりだけ残された。
「ねえ、この子達って双子なの？」
ロイはゆりのひざの上に座ったままだ。
「そうよ。一緒に産まれたのよ」
アナスターシャが言った。
「全員私が産んだんだよね？ちゃんと」
「そうだよ。お母様が産んだんだよ」
とシス。
「５人も・・・」
「どしたの？マー」
ロイが金色の瞳を向けて聞いた。
「ん？なんでもないよ」
ゆりは笑みを浮かべた。
これだけ子供がいるってことは、王様との関係は良好だったってことだよね。
ゆりはそう納得したのだった。
その夜、ゆりは全然眠くはなかったが、王の寝室に行った。寝室は自分の記憶のまま、全然変わってない。
なんだか、頭の中だけタイムスリップでもしたみたいだなあ。
20年以上も経っちゃったなんて・・・王様や子供達との思い出が全く思い出せないのは悲しいな。
「ゆり、落ち着いたか？」
いつの間にやらきたラクシュミが、ベッドの横に立ったままゆりの顔を上からのぞきこんでいた。
「うん」
「前の時は結構早く元に戻ったからな。今回もすぐ戻るだろう」
「これって二度目なの？」
「ああ。前に熱が出た時もお前は記憶をなくしてしまったんだ。その時はこの世界の事を全て忘れていたので
大変だった」
「そうなの。どうやって元に戻ったの？」
「私がお前を抱いたら元に戻った」
「抱いたら？」
ゆりの頬が赤くなった。
「元気になったら試してみよう」
ラクシュミはゆりの頭をなでて横に寝転んだ。
王様、私に気を遣ってるせいかもしれないけど、顔つきが穏やかになったような気がするなあ。
王様がいるから大丈夫だよね。万が一記憶が取り戻せなくても、私には王様や子供達がいるんだから。
ゆりは安心するように言い聞かせて、しばらくラクシュミの横でじっとしていた。
すると自然に眠気が襲ってきて、ゆりはいつの間にか眠っていた。
『王妃・・・愛してます・・・』
水色っぽい髪のやたら綺麗な男が自分に優しく微笑んで頬に触れていた。
『うれしい・・・』
なんだか自分も喜んでいるようだ。
顔が近づいてきて唇が覆われた。自分は何の抵抗もなくそれを受け入れている。肌に男の手が触れていた。
男は首をなでながら首にも口付けをして、やがて唇は胸に移動した。
「ぎょえ！」
ゆりは思わず声を発してばっと起き上がった。
なんなんだ。あの夢は・・・
「どうしたんだ？」
ラクシュミに聞かれて、ゆりはびくっと身体を揺らした。
「べ、別になんでもないよ」
「そうか？ならいいが・・・」
どうしてあんな夢見ちゃったんだろう・・・
王様以外の男と裸でいるなんて・・・
「ゆり？」
「へ？」
「本当に大丈夫か？顔色悪いぞ」
「大丈夫よ」
ゆりは無理に微笑んだ。
夢の中とはいえ王様を裏切っちゃだめじゃない。私ったら・・・
でも妙にリアルな夢だったな。あれ誰だろう。夢の男、だよね・・・
心臓はどきどきしていたが、あまり深くは考えないようにして、ゆりは着替えて朝食を食べに食堂に行った。
毎日子供達と食堂で一緒に食べているとミラに聞いていたからだ。
「おはよう。お母さん」
「おはよう」
3人共それぞれゆりに挨拶してくれた。
「おはよ」
ゆりは子供達と一緒に食事をした。
「ねえ、それって、刺青じゃないよね？」
ゆりは3人の手を見て聞いた。実は昨日から気になっていたのだ。手に金色の模様のような物が見える。
「これ、これはー」
ー余計な事言っちゃだめ！
ラギがすかさず思念を飛ばしてアナスターシャの言葉を遮った。
「一族の者には蛇の模様があるんですよ。皆。それで僕らも」
シスが微笑みを浮かべて言った。
「そうなの？でも王様はないよね？」
「そうだね。でも他の人には結構あるんだよ」
とラギも笑顔で言う。
「そうなんだ。全然知らなかった」
「ははは」
「ふふふ」
「へへへ」
子供達は奇妙な笑いを浮かべていた。
「今日は天気がよさそうだよ。お母さん庭に出てみたら？もうすっかり元気そうだし」
ラギが話題を変えた。
「うん。そうするね。皆は何してるの？普段」
「お勉強だよ。」
「そうなんだ。がんばってね」
「うん」
王族の子供って大変そうね。
ゆりは部屋に戻って化粧をして、侍女に庭に行くから、と告げた。
「一緒に行きましょうか」
「大丈夫よ。お城の中のこともちゃんと覚えてるから」
「そうですか」
ゆりは一人で庭に出てみた。
確かに今日は天気がよさそうだ。太陽がまぶしい。
城から外に出た景色は記憶の中とたいして差はなかった。
木の高さが所々違っていたりはしていたが、庭園に続く石畳もそのままだ。
ゆりは奥の花壇の方に歩いていき、小さめの可愛い花壇があるのを発見した。
あらかわいい。これは前はなかったよね。王妃の花壇って書いてある。するとこれは私のなのかな。
ゆりは木でできたプレートを読んで思った。
その向こうの花壇はなんなんだ？
草もつるもぼうぼうに生えまくっている花壇が近くにあり、ゆりは側に行ってしげしげと眺めた。
咲いている花も、なんだか毒々しいピンク色をしていた。
怪しい花壇だなあ・・・
木のプレートには『ラギの花壇』と書かれていた。ラギというと3番目の息子の事だ。
あの子って変なシュミがあるのかな？
「王妃」
声をかけられて横を向いた。
「お元気そうですね」
ゆりの瞳は側にいた男を凝視し、そのまま固まっていた。
夢の男だ・・・
その男は、今朝方夢に出てきた男と同じ顔をしていた。
「王妃？どうかなさったんですか？」
男は心配げにゆりを見ている。
「・・・・」
「あの・・・・？」
ゆりの顔がみるみる青ざめてきた。
男がもっと近づいてきたのでゆりはそのままぱっと走って逃げてしまった。
「どうしたんだろう・・」
シャナーンはゆりの背中をみながらつぶやいた。
夢の男は現実だった！
ってことはあれは私が体験したこと？
まさかあ・・そんなばかな。
私があの人と不倫してた、なんてこと、あるわけないよね。
まさかね。
あれはただの夢よね。
誰か夢だと言って！！
ふらふらと城の中に入ろうとしていたら、胸に何かがべったりくっついてきてゆりはびっくりした。
「マー」
「あ・・・ナナミちゃん・・・びっくりした・・・」
ゆりの心臓は激しく音を立てている。
「一緒にパパのところいこ」
「パパ？王様今暇かな」
ゆりはナナミの背中に腕を回して王の間に行こうとした。するとぱっと視界が変化した。
見ると長椅子に金色の長い髪の男がいる。
「うわあ！」
ゆりはハザークを見て思わず声をあげた。
「パパ」
ナナミはいつの間にやらハザークの膝に乗っていた。
「ハ、ハザーク様・・・」
ゆりはハザークの記憶はあった。
「王妃、記憶をなくしたと聞いたが、大丈夫なのか？」
「は、はあ・・・」
「あ、蛇ちゃんクッキー」
ナナミがどっかを指さして言ったので、ゆりは反射的にそちらを見た。棚の上に蛇の形をしたかわいい物がおかれ
ている。
「おおきーね。パパ」
「ああ。大きいなあ」
何でこの子ハザーク様のことパパって呼んでるんだろう？
「あの後風邪を引いたんで心配してたぞ」
ハザークがゆりを見て言った。
「あの後って？」
「ん？なんでもない」
あの後って？私ハザーク様と何かしてたのかな？
なんだかナナミすごくハザーク様になついてるなあ。
ナナミはハザークの膝の上でご機嫌で身体を揺らしていた。
「あのう・・・なんでこの子ハザーク様のことパパって言ってるんです？」
ゆりは恐る恐る聞いた。
「さあ、知らない内に言ってた」
「パパだもん」
とナナミ。
「パパは王様でしょ？」
「王はとーだ。」
とハザークが言ったので、ゆりはますますわけがわからなくなった。
なんだか混乱してきた。
さっきの男の事もあるし・・・あの人は私とどういう関係の人なんだろう。
その日の夕方、ゆりが子供達と一緒にご飯を食べていると、ラギがゆりに言った。
「お母さん、シャナーンが心配してたよ」
「シャナーンって？」
「銀色がかった青っぽい髪の、こーんな髪型の、綺麗な男だよ」
ラギが身振り手振りで説明した。
「あの人シャナーンって言うの。戦士？」
「そうだよ。お母さんとわりと仲がよかったんだよ。」
ラギがそれとなく言った。
仲がよかった・・・それって・・・どの程度？
まさかそんなこと自分の息子に聞けるわけもない。
あれはただの夢よね。私が愛する王様を裏切るわけがないもの。
そう思っていたゆりだったが、その夜またしても変な夢を見てしまった。
今度夢に出てきたのは別の男だった。朝会ったハザークだったのだ。しかも、夢の中で自分はハザークに
抱かれていた。
何であんな夢見るの？
まさか・・・双子はハザーク様の子供・・・なんてことは・・・
だからあの子あんなに懐いてパパって・・・・
そんなばかな・・・
ゆりは昨日よりもさらに青ざめて、横で眠るラクシュミを凝視していた。
すすむ