その朝、ラクシュミが目覚めた時ゆりはすでにいなかった。ラクシュミは上半身をもたげて髪をかきあげた。
昨日はここで寝ていたな・・・
ラクシュミは起き上がってゆりの部屋へと移動してみた。
その時ゆりは服をすでに着替えて双子の部屋にいた。双子はまだぐっすり並んで眠っている。
寝顔はとてもかわいらしい。
「・・・」
王様の子供・・・だよねえ・・
あの夢は・・・・ただの夢。
ぼんやりしていたら肩に触れられて、ゆりはぎょっと体を奮わせた。
「ゆり、こんな所にいたのか。」
「王様・・・」
寝間着姿のラクシュミがそこにいた。
「どうしたんだ？冴えない顔して」
「ねえ、私って、王様にとっていい妻だった？」
「ああ、いい妻だぞ」
「本当に？」
「ああ」
ラクシュミはゆりの髪をなでながら、ゆりの思考を探った。
私って本当はどんな女だったんだろう・・・もしかして・・・ふしだらな女だったとか。
でも、こんな素敵な王様を裏切るなんて考えられないし・・・
20年の間に変わっちゃったとか？
ハザーク様とそんな関係になるなんてありえない。でも変な夢みちゃったし。
まさか双子がハザーク様の子供で王様の子供と偽ってるとか、そんなバカなことあるわけないよね。
でもこの子やけにハザーク様に懐いてるし・・それにハザーク様もまるで自分の子供のようにこの子に接してたし。
王様が浮気してその腹いせに私も浮気したとか？
まさか浮気がばれて怒った王様が私の記憶を消したとか。
ラクシュミは頭が痛くなってきた。
・・・なんなんだ・・・なんだか一杯いろいろ考えてるな。おかしなことばかり・・・
どうしていつもこうなんだ。
ラクシュミは何か言おうと思ったが、何と言っていいやらわからない。
うーん・・・困ったなあ・・・
この子らは私の子供だ！と主張するのもおかしいし・・・
「ゆり、私はお前のことはとても愛してる」
「王様？」
「記憶がなくていろいろ不安なのかもしれないが、勝手に妄想して悲しむのはやめるんだぞ？」
「・・・・」
「何か不安な事があるなら、すぐ私に聞くんだ。」
「はい」
王様ってこんなに優しげな人だったかな。なんだか怪しい。
ラクシュミはゆりに触れたままだったので、その思考も読んでいた。
私に一体どうしろと言うんだ・・・
ラクシュミは内心深くため息をついたのだった。
午前中、ヴィラが王の間にやってきた。ラクシュミに呼ばれたのだ。
「おはようございます。王妃の様子はいかがですか？」
「ああヴィラ、もっと近くに来い」
「はい」
ラクシュミが手招きし、ヴィラはラクシュミのすぐ側に移動した。
「ゆりが記憶をなくした話は聞いたか？」
「はい、心配しておりました」
「またへーんな妄想で勝手に苦しんでるんだ。ゆりが」
「はあ。どんな」
「双子は自分がハザークと浮気してできた子供じゃないかと疑ってるんだ」
ヴィラは三度瞬いた。
「一体なぜそのような誤解を？」
「さあ、ハザークの子守ぶりを見てそう思ったらしい。よくわからんが、私も何でもかんでも聞くわけにもいかない
し、お前ちょっと話をしてくれ」
「それはいいですが・・・王がじっくり話して聞かせるほうがいいんじゃないんですか？」
「優しくすればするほど怪しむんだ。なぜか」
「はあ・・・？」
「私はあの頃そんなにゆりに冷たかったか？」
それについてはヴィラは無言だった。
「最初の赤い月を過ごした頃だから、ゆりはお前の事を結構信頼してるはずだ。毎日顔を見せて話をしろ。」
「わかりました」
ヴィラは王の間を出て行った。
ヴィラはすぐにゆりの部屋を訪問した。
侍女がでてきた。
「王妃は？」
「寝室の方にいらっしゃいますよ」
「そうですか」
ヴィラは部屋に入り、寝室の方をちらっとのぞいてみた。
するとゆりはベッドの上に座り、うなだれていた。
「王妃」
声をかけるとゆりがはっと顔をむけた。きょとんとした顔をしている。
あ、そうか、その頃まだ王妃は私の顔を知らない。
「ヴィラですよ。王妃」
「ヴィラ？」
ゆりは目を見開いた。ヴィラは微笑んでベッドに近づいた。
「ヴィラ・・・」
ゆりの頬が赤くなってきた。
うーん。なんだか初々しいなこの王妃は。私が夜訪問した事を、昨日のように覚えているのかな。
「大丈夫ですか？王妃」
「うん・・・」
「何か不安な事でもあるんですか？私が相談に乗りますよ」
ヴィラはベッドの端に座った。
ゆりはじろじろとヴィラの顔を眺めていた。
「本当にヴィラ？」
「私の声、覚えてないんですか？」
「覚えてるけど・・・ねえ、本当にあれから20数年経ってるんだよね？」
「そうですよ」
「信じられない。どっきりにかかってる気分」
「どっきり？」
「その内これは嘘だよーって誰かでてきそう」
「王妃を騙して何の得があるんですか？」
「わかんないけど・・・」
ゆりはまたうなだれた。
「御子様達も自分が産んだと思えないんですか？」
「だって・・あまり私に似てないし」
「アナスターシャ様は性格は王妃に良く似てますよ。」
「・・・双子の女の子が、ハザーク様のことパパって言ってた。どうして？」
「ああ。それは、ハザーク様に子育てをしてもらおうと、ラギ様がそういわせたんですよ」
ヴィラは顔色も変えずに言った。
「どうしてハザーク様に子育てさせるの？人不足なの？」
「そんなことないですよ。ハザーク様が、まあ、暇そうだったので、」
ゆりは首をかしげていた。
「王妃はハザーク様の侍女に竪琴を教えてもらっていたんですよ。それで、ハザーク様とも交流があったんです」
「竪琴。私が？なんだか似合わない」
「結構上手になられてましたよ」
「でも夢が・・・」
「夢？どんな夢です？」
ゆりは沈黙してしまった。
「20数年本当にいろいろな事がありましたよ。あなたは我々にとってはとても素敵な王妃でしたよ」
「・・・ありがとう・・・」
ヴィラと話をしてゆりもちょっと落ち着いてきた。
ゆりはヴィラと目を合わせて恥ずかしそうにうつむいた。
うーんやはり初々しいなあ。最近じゃあ、全然こんな風にならなかったからなあ。
「ヴィラは何か変わったことがあった？」
「私ですか？・・・そんなには・・・」
子供の事を言おうかと思ったヴィラだったが、今はまだ伏せておいた。
「王様って、ちょっと感じが変わったよね？」
「そうですか？まああなたに５人も御子様を産んでもらったんですから、愛情が増してるのは当然ですよ。
しばらく平和なので、王も安心しておられますし」
「私と王様、本当に仲良かった？」
「仲よかったですよ。赤い月を毎年楽しみにしておられましたよ」
「そう・・・」
ゆりはヴィラの右手の平を見つめた。緑色の蛇の模様のようなものが見えた。
ヴィラにもあるんだ。そういえばフリットの手にもいたような・・・
前からいたかな？
「そうだ。王妃気分転換にバラクでもしましょう」
「うん」
二人は寝室から出て行き、バラクを始めた。
「ねえ、ヴィラ、あのお城、どこのお城？」
ゆりは部屋の壁にかかっている絵を指さして聞いた。白い塔がいくつもそびえる、とても綺麗なお城の絵だった。
「ああ、あれは大昔にあったお城ですよ。今はもうないんです」
「大昔・・・」
なぜだろう・・・なぜか懐かしい・・・
「王妃の番ですよ」
「うん」
ゆりはゲーム盤に視線を戻した。
ゲームは3度してどれもゆりが負けてしまった。
「20年以上経っても弱いままなんだ・・・」
ヴィラが思わず苦笑した。
「そろそろ昼ですね。午後も来ましょうか？」
「大丈夫だよ。子供じゃないんだから」
「明日また来ますからね。」
「うん。わかった」
ヴィラは出て行った。
ヴィラってあんな顔してたんだ・・・なんだかヴィラと話していたらちょっと落ち着いた。
だけど面と向って話をしてたら、ちょっと恥ずかしかったな。
昼食の時間、子供達が一緒に散歩しようと言うのでゆりは付いて行った。
城から離れた表門から出て行こうとしたのでゆりは驚いた。
「ねえ、結界の外に出てもいいの？」
「僕と姉様で結界作るから平気なんだよ」
ゆりと手をつないでいたシスが言った。
「へえ、すごいんだね」
「お花が綺麗な所いこうね」
シスがいい、ゆりはそのまま移動させられていた。ラギはアナスターシャが移動させて、4人は小高い丘の上に
移動していた。綺麗な野花が咲き乱れている。すぐに周りには結界が張られていた。
「わあ、綺麗ね」
ゆりは喜んで丘の上を歩いて行った。遠くの方に町が見える。
ゆりはしばらく周りをきょろきょろと眺めていた。
結界の中だけが私の世界だと思っていたけれど・・・こんな風に外に出れるようになったんだ・・・
そう思うとゆりはうれしかった。
子供達は3人ともニコニコ微笑んでいる。
子供達は皆良い子みたいだし、私は幸せにやってたのかな。
「アナスターシャってもう18歳なのよね」
「そうよ」
「私の世界じゃ18っていったらもう大人に近いけど、こっちじゃまだまだ子供なのね」
アナスターシャはまだゆりよりも背は低く、胸もぺちゃんこだった。顔立ちもまだまだ子供って感じだ。
「こっちじゃ50から60歳で大人になるからね。まだまだ子供だよ」
ラギが言った。
「でもよかった。私の外見がたいして変わってなくて。気づいたらすごいおばさんじゃ、ちょっとショックだもん」
「そうだね。ふふふ」
シスが笑った。
「母様、お花摘んでいこうよ」
「うん。」
ゆりはアナスターシャとお花を摘んで、しばらくそのあたりをぶらぶらしていた。たまに男の子たちをみると、
ラギがなにやらシスに草をもって説明している。シスは「へーそうなんだ」と感心しながらそれを聞いていた。
シスの方がお兄ちゃんなのに・・・面白い関係だなあ。
外の世界でリフレッシュできたゆりはしばらくしてお城に帰ってきた。子供達と階段を上っていくと、自分の部屋の
前の廊下に黒髪の男がうろうろしているのが見えた。
「あ、ミルキダス」
とラギが言った。
「ミルキダス？」
「母様まだ知らなかったっけ？彼はミルキダスよ」
とアナスターシャが言った。
ミルキダスはこちらに気づくと、はっとした顔をした。
「こんにちは」
ゆりが近づいて言った。
「こんにちは・・・もう大丈夫ですか？王妃」
ミルキダスが優しく微笑んで聞いた。
「記憶がない以外は別に」
「そうですか・・・」
「ごめんね。あなたの事覚えてなくて」
「いいえ。王妃がお元気ならそれでいいんです。それでは私はこれで」
ミルキダスは去って行った。
「優しそうな人ね」
ゆりが子供達に言った。
「優しいよ」
とラギ。
「お花に水あげなくちゃ」
侍女に花瓶を用意してもらおうとゆりは部屋に入った。
その時、何かの映像が脳裏にふっと浮かんだ。
『遠慮しなくていいのよ。ミルキダス、私の恋人じゃない。』
『王妃・・・』
恋人という言葉に、ミルキダスはうれしそうに微笑んでいた。
『まだ、私のことそういう風に思ってくれてるんですね』
『うん。ミルキダスがもういいって言うまで、恋人よ』
「王妃様、いかがなされました？」
部屋に入るなりぼんやり立ったままのゆりに侍女が聞いた。
「え、いや、別に・・・あ、このお花、花瓶に挿してくれる？」
「はい」
侍女はお花を受け取って出て行った。
なんだろう。今の・・・
さっきの男だった。恋人がどうとかって・・・言ってたのは私だったような・・・？
ゆりはぶるぶると頭を振るった。
まさかあの人が恋人なわけないし・・・
ゆりは気になったものの、深くは考えなかった。
「王妃の様子はどうですか？」
ハインリヒが廊下で出会ったシスに聞いていた。
「元気だよ。なんだかいつもの母様よりかわいくなってるみたい。最初の頃は結界の外に出れなかったから、
出れて大喜びしてた」
「そうですか・・・すっかり忘れられるってのも悲しいもんですねえ」
「その内思い出すよ」
「そうですね」
頭の中は大人になりたての頃になっちゃったのか。それはそれで心惹かれるものはあるな・・・
ああ、くどきたい・・・
でも王に怒られそうだ。
ハインリヒはぐっと堪えて去って行った。
夕方、北の砦ではー
「これで全部終わりましたね。それじゃ私はこれで」
「ちょっと待った」
将軍の部屋から去って行こうとしたミカエルをヴィクターが腕ををつかんで止めた。
「お前って奴は・・・何か目的があると仕事早いな・・・」
思わずヴィクターがいい、ミカエルの顔が引きつった。
「私はいつも仕事早いですよ」
「そうだっけか？」
「そうですよ」
うーん。何かないかな。こういう時に限ってたいした敵もいないときたもんだ・・・
ヴィクターはラクシュミから、しばらくミカエルに暇をやるなと言われていたのだった。それで朝からいろいろと
用事を言いつけていたのだ。
「あ、そうだ。3階のトイレが詰まってた。お前直してくれ」
ヴィクターが笑顔で言った。
「あのですね・・・なんで私がそんなことまでしなきゃならないんです！」
ミカエルは眉をつりあげている。
「掃除の人にやってもらってください」
「いいじゃないか。たまには」
「嫌ですよ」
「今日はもう城には行くんじゃないぞ。明日は一日未成年の力の指南な」
「はいはい」
ミカエルは消えてしまった。
全く・・・王ってば全然私のことを信用してない。
王妃が心配なだけなのに・・・
ミカエルはしぶしぶ自分の屋敷に帰って行った。
その夜、ラクシュミはゆりに「抱いてもいいか？」と聞き、ゆりがうなずいたので二人で裸になって引っ付いた。
「あ・・・王様・・・ああっ！」
ラクシュミは優しくゆりを抱いて体を離した。
「どうだ？」
「うれしかった」
ゆりが頬を染めて言った。
「いや、そうじゃなく、記憶の方だ。戻ったか？」
「ううん」
ゆりが横に首を振る。
「そうか」
興奮の度合いが足りなかったか？
ラクシュミは思ったが、まあ抱いて記憶が戻ると決まってるわけでもない。
「来い」
「はい」
ゆりは身体を寄せた。
ああ、いいにおい・・・王様大好き。
ゆりはラクシュミの肩枕してもらいひっついて眠った。
ゆりは白い空間の中にいた。
『王妃・・・』
呼ばれて振り向くと、ミカエルが立っていた。
『ミカエル・・・』
『愛してます。王妃』
え？
ミカエルが近づいてきて額にちゅっとキスされて、ゆりはぎょっと驚いた。
『私はずっと王妃だけを愛してますよ』
ミカエルはふっと消えてしまった。
変なミカエル・・・
ゆりはおでこをなでた。
違う場所に薄い紫色の髪をした男がいたのでゆりはそちらに歩いて行った。
『フリット、ミカエルってば変な事言うんだよ』
ゆりが言うとフリットが顔をむけた。
『私も王妃の事を愛してますよ』
フリットも微笑んで言っている。
フリットまで！？
フリットもふっと消えてしまった。
なんなんだ・・・
別の場所にまた違う男が立っていた。
『あのー』
と声をかけると男が振り向いた。
あれ？
男は昨日出会った青っぽい短髪の男だったが、目元に青いアイシャドーをひいていた。しかも格好がえらく
派手だ。服には赤い宝石のようなものがついているし、生地自体がキラキラ光っていた。青いマントも
蛇の刺繍があったりして光っている。ゆりは思わず宝塚の人を連想した。
『私と一夜を過ごしてください』
『は？』
男の言葉にゆりはぽかんと口を開けた。
『それか、蛇ください。私も可愛い蛇が欲しい』
『蛇って？』
『他の男達にはあげたくせに』
何のこっちゃ・・・
ゆりが戸惑っていると、男の顔がしょんぼりしてきた。
『蛇って何のこと？』
『あんなに激しく愛し合った仲なのに・・・あなたって寝て起きると全部忘れる冷たい女ですね」』
は？
男の姿もふっと消えてしまった。
ゆりは頭をかいた。
ぼんやりしていると黒髪の男が近づいてきた。今日会った男だとゆりは気づいた。
『ミルキダス・・・』
『どうしたんですか？』
『皆が変な事言うの。愛してるとか蛇くれとか。』
『私も王妃のこと愛してます』
『・・・・』
『王妃がたとえ私のこと好きじゃなくなっても・・・』
ミルキダスも消えてしまった。
「・・・」
ゆりは目を覚ました。
部屋の中はまだ薄暗い。
私って・・・愛に飢えてるのかも？
ゆりはラクシュミに引っ付いたまま、そんな変な事を思ったのだった。
すすむ