第40話
うーん。なぜあんな夢ばかり見るのだろうか・・・
20年以上もの間、私はここでどんな生活を続けていたのだろう・・・
朝食の時間、ゆりがあまりにぼんやりしていたので子供達３人は顔を合わせた。
その時瞬いたゆりの左目が蛇の目に変わっていたので子供達ははっとした。
「母様！」
シスが言うとゆりが顔を向けた。ゆりの目はぱっと普通の黒目に戻ってしまった。
「なあに？」
「え。あの、母様があんまりぼんやりしてるから・・・」
「いろいろ考える事が多くて・・」
ー今確かに目変わってたよね？
シスが二人に聞いた。
ー変わってた。どうして出てきてくれないのかな？
とアナスターシャ。
ーもう一人の母さんも記憶がないんだろうし・・・僕らが知らないと思ってるのかもしれないね。
ラギが二人に言った。
「お母さん今日は何するの？」
ラギがゆりに微笑んで聞いた。
「別に決めてないけど・・・ヴィラが来るって言ってた」
「今日は竪琴の日だから竪琴習ったら？」
「竪琴？」
「毎月1日と10日に習ってたんだよ。今日は10月10日だから」
「そうなんだ。弾けるかどうか分からないけど、やってみようかな・・・あの、えっと・・・名前まだ聞いて
なかったっけ。青い髪で、背が高くて、かっこいい人誰？」
「ん？ハインリヒのことかな？」
シスが首を傾げて言った。
「ミカエルとフリットがいる時に来た人」
「多分ハインリヒだよ」
「その人に会いたい」
「後で部屋に行ってもらうからね」
「うん。ありがと」
「竪琴の方は午後に来てもらうからね」
「うん。わかった」
部屋で待っていると、ハインリヒとヴィラが一緒にやってきた。
「おはようございます。王妃」
二人はそれぞれゆりに挨拶した。
「おはよう」
二人はゆりの向い側に腰を下ろした。部屋にはミラもいたのだが、ヴィラがいるからまあ安心だろうとお茶の
用意をしに出て行った。
「あの・・・実はあなたの事夢に見たの」
ゆりがハインリヒを見て言った。最初の頃ちらっとでも出会った記憶は全然なかった。かなり強烈に印象深い男
なので、出会ったら絶対忘れないだろう。自分に自信がありそうな青い瞳も印象的だが、お辞儀の仕方とか、立ち居振る舞いが
やけに優雅な感じがする。顔的にはミカエル並に好みだ。
「私のことですか？何か思い出しましたか？」
ハインリヒが少し微笑んで聞いた。
「化粧してた。」
「化粧・・・ああ、前はしてましたよ」
「それですごい派手な格好してた」
「そういう時もありましたよ」
「この前過去から来た騎士とか言ってたような気がするけど、あれは・・・」
「私はあなたにとって騎士のような存在だったんですよということですよ」
「そうなの？？？」
ゆりは首をかしげた。
とりあえず過去から来たという事は伏せておいた方がいい、という事になっているのでハインリヒはそう言ったのだ。
「他に何か思い出しましたか？」
ヴィラが聞いた。
「ハインリヒが、私に夢の中で蛇くれって言ったの。」
「蛇？」
ヴィラが目を見開き、ハインリヒが一瞬気まずそうな顔をした。
ー何の事です？
ー前に、蛇紋の蛇をくれと言ったことがある。
ー蛇紋の蛇？
ヴィラはその話は全く聞いてなかったので話を聞いただけでも何のことやらわからなかった。
「あれって何の事？」
「前に、王妃が蛇を育てていたことがあったんですよ。それの事です」
ハインリヒはうっすら笑みを浮かべて言った。
「その蛇今どこにいるの？」
「大人になって外に出ていきましたよ」
「そうなの？ルーはずっといるのに」
ルーは長椅子の上でとぐろをまいていた。その時ミラが笑顔でお茶とお菓子を運んできた。
「ねえ、ミラ、私が育ててた蛇ってどんな蛇？」
「え？」
ミラは一瞬きょとんとした。
「金色の二匹の蛇ですよ」
とハインリヒ。
「どっちも女の子で可愛いかったんです」
「そうなの・・・見たかったな・・・」
妙な気配になってる・・・とミラは思ったが、もちろん顔には出さなかった。
「はい、王妃様の大好きなマフィンですよ」
「ありがと」
「あの、王妃、ハインリヒ殿以外のことで何か思い出したことあります？」
ハインリヒの話はこれ以上まずいと思い、ヴィラが聞いた。
「よくわからない・・・なんだか変な夢ばっかり見て・・・」
「どんな夢です？」
「ちょっと言えない・・・」
「そうですか。まあ無理せずにおいおいとね」
「うん・・・」
どうも話を聞いてもしっくりこないなあ・・・
その日の午後、ハザークの侍女が竪琴を持ってやってきた。
「竪琴の事、思い出されましたか？」
侍女が優しく聞いた。
「よくわからないんだけど・・・これもってたらなんだか懐かしい感じがする」
「そうですか。最近練習していた曲を奏でてみますね」
侍女は椅子に座り、竪琴を奏で出した。
綺麗な曲・・・本当に私がこれ弾いてたのかな。なんだか難しそうだけど・・・
ゆりはしばし竪琴の曲に耳を傾けた。
すると声がふっと聞こえてきた。
『楽園の曲だ。一面の花畑、お前好きだろう？』
「楽園の曲？」
ゆりの声に侍女が手を止めた。
「なんですか？」
「それって楽園の曲？」
「違いますよ。楽園の曲が聴きたいんですか？」
「うん」
侍女は曲を変えた。
「あれは本来二重奏なので完全な曲にはならないですが・・・」
先ほどよりも優しい旋律だった。聴いていると穏やかな気持ちになっていく。
うとうとしてきそうだ。
「ねえ、私それいつ聴いたのかな？」
曲が終わってゆりが聴いた。
「あれは、王妃様がとても精神的に苦しんでいる時でした。夜眠れなくて、それで私達がこの曲を弾いたんですよ」
「どうして苦しんでいたの？王様と喧嘩したとか？」
「いいえ、王は関係ありません。悪い女の霊にとりつかれてしまったんですよ」
「そんなことあったの・・・」
ゆりは竪琴をひざの上に乗せて、指でつまびいた。すると勝手に指が動いていく。
「やはり覚えられているんですね」
侍女が微笑んだ。
全くの初心者が弾く感じではなかった。ちゃんと曲になっている。
「うん。そうみたい・・・懐かしいな・・・なんだか・・・私、あなた以外にも教えてもらったことある？」
「いいえ、私どもだけだと思いますが」
「そう・・・この曲も？」
「それは・・」
ゆりが奏でていた旋律は、侍女が教えたものではなかった。
「それは・・・王妃様が旅先で教えてもらったものですよ」
「旅？どこに旅したの？」
「それは私の口からはなんとも・・・他の方に教えていただいてください」
「うん。わかった・・・」
ゆりは侍女と別れた後、一人、部屋で竪琴を奏でていた。すると懐かしい気分がこみあげてくる。
もう少しで思い出しそうな気がするのに思い出せない。
『この曲だけは、ずっと覚えているからね』
教えてくれたのは一体だれだったろう・・・
西の空が赤く染まっていた。
夕方たまたま城にやってきたジュノーは、塔の上の部分にゆりがいるのが見えてそちらに移動した。
「王妃、自分で上られたんですか？」
振り向いたゆりの左目は蛇の目になっていたのでジュノーははっとした。ゆりはぱっと消えてしまった。
「王妃！」
もう一人の王妃になってた！
ゆりは違う塔の外にいた。壁に背を向けて立っている。
「王妃、どうして逃げるんです！」
ジュノーはゆりの姿を追ってやってきて、ゆりがまたもや逃げようとしたので腕を捕まえた。
「離して」
「王妃、私ですよ。ジュノーですよ。覚えてないんですか？」
「私のこと、知ってる？」
「もちろんですよ。もう一人の王妃」
ゆりは何度か瞬いた。瞳に涙が浮かんでいる。
「誰も知らないかと思った」
「皆知ってますよ。王も、御子様たちも、さあ、王に会いに行きましょう」
ジュノーはそのままゆりを連れて王の間に行った。
「ゆり、出てこれたんだな」
ラクシュミが立ち上がり、ゆりを抱きしめた。
「王様・・・」
「お前は覚えているのか？」
ゆりがぷるぷると首を振る。
「そうか」
「私って、なんでいるの？」
ゆりが不思議そうに聞いた。
「お前はゆりから別れたもう一つの人格だ。一度めの赤い月が終わり、ゆりが妊娠してからお前が出てくるように
なったんだ」
「そうなの・・・」
「大丈夫か？」
「うん。分からないことだらけだけど・・」
「しばらくすれば記憶も戻るだろう」
「だといいけれど・・・」
「ゆり、もう一人のゆりはお前の事は知らない。記憶があまりに違うと困るから向こうに戻る時は気をつけるんだぞ」
「はい」
ゆりは王の間を出て行った。
夜になり、黒目のゆりは緊張してきていた。また変な夢を見たらどうしようと思ったのだ。一度や二度なら偶然
ですむが、三度目となるとますます怪しくなってくる。
どうか変な夢を見ないように・・・・
ゆりはそう願いながら眠りについた。
だが、朝方ー
ゆりは今まで以上にかなり強烈な夢を見てしまった。それも男達と儀式をした夢だったのだ。女は自分一人。
複数の男達に囲まれて、抱き合い、身体をなであい、さらにすごい行為にまで及び、それを見たゆりは
意識を飛ばしてしまった。
「王様、起きて」
蛇目のゆりはゆさゆさとラクシュミを揺り動かした。
「ん？もう朝か？」
ラクシュミが目を開いた。
「むこうが変になっちゃったよ」
「ん？」
「すごくいやらしい夢見て変になった」
「いやらしい夢？」
ゆりが説明するとラクシュミが頭をかいた。
「それは儀式の夢だ」
「儀式って？」
ラクシュミが儀式の事を説明した。
「じゃああれって現実にあったことなの？」
ゆりが驚いた顔をした。
「困ったな・・・うーん・・・向こうに変われるか？」
「大丈夫かな」
「ちゃんと説明した方がいいだろう。こうなったら」
「そうね」
ゆりの左目が黒目に変わったとたん、ゆりの顔がかなりこわばった。
「ゆり」
ラクシュミが伺うように聞くと、ゆりはうつろな目でラクシュミを見た。
「お前に言っておくことがある。この国の王妃は、代々子供を妊娠すると、ある儀式をしていたんだ。それは子供の
力が増すようにと蛇霊神というものを取り込む儀式なんだ。昔は巫女がその儀式をやっていたんだが、今ではその
巫女はいなくなり、王妃が変わりに儀式をやっていた。」
「・・・」
「その儀式というのは複数の男達と仲良くするというもので、お前はラギ以外の子供を妊娠した時は、何度かその
儀式をやっていたんだ」
ゆりの瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。
「じゃああれは現実にあったことなの？私あんなことしてたの？私って汚らわしい！」
「ゆり」
ラクシュミはゆりを抱き寄せた。ゆりは泣いていた。
最初の頃の価値観しかない今のゆりには、どう説明しても理解できない事だろう。
「汚らわしい・・・いやだ・・」
「ゆり、私も、周りの皆も、お前のことをそんな風に思ったことはない。」
「でも、複数の男とあんな・・・」
「男達は皆お前の事を愛しているし、お前も少なからず皆の事を思っていた。だから儀式をしてもお前は平気
だった」
「・・・」
「今のお前には耐えられないことだろうが・・・」
「王様は平気だったの？私がそんなことして・・」
ゆりは泣きながらラクシュミを見た。
「全く平気ということはないが、この国では、男と女の関係は、一対一でなければならないということもないんでな」
「・・・」
「お前が儀式をしたのは子供のためでもあったんだ。お前は子供の力を強くしてやりたいと願っていた。」
「私、記憶をなくした理由が分かった」
「ん？」
「もう一度、王様と最初からやり直したいと思ってたんだわ。きっと。王様だけの女になりたいと思ってたのよ」
「いや・・・別に最初からやり直さなくても、私はお前と仲良くやってたぞ」
「もう子供は5人産まれたんだし、儀式とやらはやらなくてもいいんでしょ？」
「6人目が産まれるかもしれないじゃないか」
「儀式しなかったらそんなに子供の力が落ちるものなの？」
「それはわからんが・・・」
「もしかして、ハザーク様も？」
ゆりがもしやと思って聞いた。
「ああ、まあ」
「ハザーク様も儀式してたの？」
「いや、儀式は関係ない。お前に気をやってただけだが、まあ恋人だった」
「私、儀式なんてもうやらないし、男の人達とはすっぱり別れる」
ゆりはそう断言した。
「ゆり・・・お前は皆のことを大事に思ってたんだぞ」
「だとしても、こんなのおかしいもん。きっと私もおかしいって思ってたに違いないよ。私は、王様だけの女に
なりたい」
「・・・まあ、私はどっちでもいいが・・・」
「もう記憶が戻らなくてもいい」
生まれ変わった気分になってこれから生きていこう。そう思うと、ゆりは気が楽になってきた。
その時の自分がどう思っていたかなんて今のゆりにはわかりはしないが、記憶を失ったというのはそういうこと
じゃないだろうかと思っていたのだ。
内心、いたたまれない気持ちでいたに違いない。
うーん。変な展開になってきたなあ・・・
そうラクシュミは思った。
「え？儀式の事思い出してしまったんですか？」
王の間で驚いていたのはヴィラだった。横にイシュタールもいた。ゆりの様子を伺いにやってきていたのだ。
「ああ、それでえらく追い込まれてしまって、一応説明したんだが、男全員と別れるって言ってる」
「いきなりあれを思い出してしまえば・・・そうなるのもしょうがない気はしますが・・・」
「そういう事なら王妃に会わない方がいいですね」
イシュタールが言った。
「うーん・・・」
ラクシュミは額に手をあててうなっている。
「顔を見せた方がいいかもしれませんよ。記憶を取り戻すきっかけになるかもしれませんし・・・ちょっと一緒に
行ってみましょう」
「大丈夫かな」
「王妃にあまり接近しなければ大丈夫でしょう。ちょっと行ってみます」
「ああ」
二人は王の間を出て行った。
部屋に行ってみるとゆりはいなかった。侍女が双子と遊んでいるゆりを呼びに行った。
「おはようございます。王妃」
「おはよう・・・」
ゆりは一際背が高くたくましい男を見上げた。
「彼はイシュタールですよ。王妃、王から聞かれたと思いますが、私も彼もあなたの恋人だったんですよ」
恋人と言う言葉にゆりはどきりとした。
「・・・」
ゆりはうなだれている。
「別に責めようと思ったわけじゃないんですよ。王妃。」
「ごめんね。私、みんなと別れることにしたの。怒らないで」
「怒ってはいないですよ。」
ヴィラが優しく言った。ゆりは二人の顔を見た。
『あなたに私のお気に入りになってほしいの』
自分の声が聞こえてきた。
『私のこと愛してほしい・・・』
「もしかして、私のほうから恋人になってって頼んだ？」
ゆりがイシュタールを見て聞いた。
「きっかけは、まあそうでしたが・・・」
「ごめんなさい」
「どうして謝るんです？」
とイシュタール。
「なんだかわからない。自分がどうしてそうしたのかも思い出せないし・・・」
ゆりの顔はひどくこわばっている。
「王妃、そこにいたるまでにはいろいろあったんですよ。最初から全員恋人だったわけじゃないし・・・」
「恋人って全部で何人？」
「８人ですよ」
「そんなに！？私、皆に謝らないと・・・」
「いいですよ。そんなことしなくても」
ヴィラが優しく言った。
「でも・・・私・・・」
「私から皆に言っておきますからね。王妃は皆のことを気遣う必要はないですよ。今日はこれで行きますから」
二人は出て行き、ゆりはふらふらと椅子に座った。
８人もいたなんて・・・それにプラスしてハザーク様？
私の日常は一体どうなっていたんだろう・・・
王様は儀式だけの関係ではないと言ったけれど・・・そんなに大勢と仲良くするなんてこと、ありえるの？
私が単に男好きだったってことじゃないの？
ちょっとハザーク様に会いに行ってみよう。
ゆりは歩いてハザークの塔に向った。
「こんにちは・・・」
侍女に部屋に入れてもらうと、寝そべっていたハザークは顔を向けた。
「ああ」
侍女が出て行き、部屋に二人っきりになった。
「何か思い出したか？」
ハザークが身体を起こして聞いた。
「あんまり・・・ハザーク様に聞きたいことがあるんですが・・・」
「なんだ？」
ゆりはハザークの横に少し離れて腰を下ろした。
「ハザーク様と私が恋人同士だったって本当ですか？」
「ん？まあ、そうだな」
「それって、私から？それともハザーク様から？」
「我からになるのか？我に情を持って欲しいのなら、そうなれといってそうなった」
「申し訳ないんですが・・・私皆と別れて王様だけの女になりたいんです」
「そうか」
ハザークはあっさり言った。
「あっさりしてますね」
ゆりが思わず言う。
「記憶がないお前に何を言っても無駄だろう？」
「・・・・」
ゆりは横を向いて、棚の上に置かれている蛇の形のお菓子を見た。
「あれはお前がくれたんだ」
「え？私があれを？」
「ああ。だから飾ってる」
「お菓子でしょ？食べなかったんですか？」
「食べたぞ。小さいのは。大きいのだけ飾ったんだ」
「・・・」
ゆりはちょっと色が白くなっているお菓子をじっと見つめた。
だがそのくだりは思い出せない。
そしてハザークを見たゆりの左目は、蛇の目に変わっていた。
「王妃・・お前もちゃんといたんだな」
「私もハザーク様の恋人だった？」
ゆりが聞いた。
「ああ、そうだぞ」
「どの程度の？」
「たまに交わる仲だ」
「王様はそれ知ってた？」
「ああ」
ゆりは身体を寄せてハザークに抱きついた。
「私、全部思いだしたいな。楽しい事も一杯あったと思うから」
「その内思いだすだろう」
「だといいけど・・・」
だが、月が変わっても、ゆりは記憶を取り戻す事はなかった。黒目のゆりは子供達との愛情を深めようと毎日
双子と遊んだり、上の子らとは話をしたりして過ごし、蛇の目のゆりが現れても、そう変わった事もなかった。
蛇の目のゆりも、自分の性格がどうだったのか良く分からずに戸惑っていたのだ。
ゆりはその日ナナミを連れて庭を散歩していた。
「虹ないかなあ・・・」
ナナミがあちこち探して言った。
「虹？虹は雨が降った後に出るのよ。今は雨降ってないから無理よ」
「前でたもん」
「そうなの？？」
ゆりは首をかしげつつ歩いて行った。
「あ、トーだ」
ナナミはちょこちょこ歩いていき、花壇の横に立っている男の元に行った。男達は皆トーだとゆりも今では理解している。
そこにいたのはシャナーンだった。
「こんにちは。ナナミ様、王妃」
シャナーンはナナミをだっこした。
「こんにちは」
ゆりがちょっと微笑んで言った。男達にはすでに別れると全員言っていた。男達は皆たいして何もゆりには言わなか
った。シャナーンもそうだ。
シャナーンとの間にどんな事があったのか、ゆりも気にならないでもなかったのだが。
「花壇の花が変わったのね」
ゆりは自分の花壇を見て言った。
「ええ、そうですね。王妃は何の花が一番好きですか？」
「シャラの花」
ゆりがさらりと答えてシャナーンがはっとした。
「シャラの花ってまだ？」
「梅雨があけたら・・・」
シャナーンが涙ぐんでいたのでゆりが首をかしげた。
「どうしたの？」
「いいえ。何でもありません」
「トーあれとって」
ナナミが横の木の枝に巻きついている白い花を見て言った。
「いいですよ」
シャナーンはナナミを抱いたまま宙を移動して花を採ってナナミに渡した。
「きれー」
白い大きな花だった。
「綺麗ね。どうもありがとう」
ゆりが微笑んで言った。
シャナーンがナナミを降ろすと、ナナミはゆりの元まで歩いていき、「あっちに行く」というナナミと共に
ゆりは行ってしまった。
シャラの花のことを覚えていてくださっただけでもうれしいですよ。王妃・・・
シャナーンはゆりの後ろ姿を見て微笑んだ。
その夜、フリットの屋敷の客間に７人の男が集まっていた。シャナーン以外のゆりの恋人達だ。
「ああ王妃・・・」
ミカエルは酒の杯を握り締めたままうなだれていた。
「王妃・・・私の王妃・・・」
あんたのじゃない、と突っ込む者もいなかった。
「ところで、これは何の会合なんだ？」
イシュタールが聞いた。
「一応王妃の相談じゃないんですか？」
とジュノー。
「まあ、一応王妃に対する態度を統一しておかないと・・・一部の人に変なまねをされるとますます困ります」
ヴィラが言った。その一部がミカエルとハインリヒを指していたのは明らかだ。
「前回は結構早めに戻ったのにな・・今回は中々戻らないな・・・」
フリットが言った。
「何か刺激を与えれば戻るんじゃないかと思うが・・・」
ハインリヒが言った。
「刺激って、だめですよ。押し倒したりしちゃ」
「だめ？」
「だめです！」
ヴィラとジュノーの声は同時だった。
「ジュノー、もう一人の王妃に会ったって本当？」
ミルキダスが聞いた。
「本当ですよ。あちらも記憶がないみたいでしたよ」
「そうか・・・」
ミルキダスはしょんぼりうなだれた。
「シャナーンも王妃の恋人になったんだろう？呼ばなかったのか？」
イシュタールが聞いた。
「声をかけたけど来ないって。」
ジュノーが言った。
「そうか」
「まあしばらくは、王妃をそっとしておくしかないんでしょうかね・・・」
ジュノーが続けて言う。
「もう一人の王妃になら迫ってみても？」
ハインリヒがしつこく聞いていた。
「王妃があの状態でよくその気になりますね・・・」
ヴィラが呆れるように言う。
「刺激を与えたら思い出すかもしれないじゃないか。まさか無理やり服ひんむいたりはしないよ。いくらなんでも」
「私の王妃はいつになったら戻ってくるんだろう・・・」
ミカエルがため息交じりに言った。
王の寝室のベッドに寝転んでいたゆりは、ラクシュミが来てから聞いた。
「ねえ、王様、今日神話の神様の像を眺めてたんだけど・・・なんだかすごく懐かしかったの」
「そうか」
「それで、顔が違うって思ったの。どういうこと？神様に会ったことなんてないよね」
「お前はよく神様の夢を見ていたからな」
「神様の夢？」
「ああ。神様に縁があったんだ。いろいろと」
「よくわからないけど・・・」
今のゆりはガーベラの性格とは違うから、神の国にはいけないのかもしれないな。
そうラクシュミは思った。
ラクシュミの脳裏に美しい女神の姿が浮かんだ。
ガーベラ・・・
自分に一途なゆりも、それはそれでいいのだが・・・なんだか物足りない。
大勢の男と仲良くしている妻の方がいいというのも奇妙な話だが。
ああいうゆりを愛していたんだなあ。私は・・・
まあ今のゆりを愛してないこともないが。
ラクシュミはラクシュミで複雑な心境だった。
「あれからどうだ？あまり夢の事は言わないな」
「いろいろ見るよ。子供達の夢とか、他にもいろいろ」
「そうか」
「シャナーンって、前はもうちょっと髪長かった？」
「ああ、最近切ったんだ」
「そうなんだ」
「何か思い出したのか？」
「顔が浮かんできたから。」
「シャナーンは子供の頃からずっとお前に憧れていたんだ。」
「・・・」
『私はこのシャラの花が大好きなんですよ・・・』
今より髪の長いシャナーンの顔が浮かんできた。
シャナーンが好きな花だったのかな？
なんだか・・・胸が痛い・・・
皆とはただの身体だけの関係じゃなくて、それぞれ大切な思い出があったような気がする。
だけど私はもう皆とそんなことできない。
王様以外の男に抱かれまくるなんて・・・どう考えても淫らすぎるもの。
子供達の教育上よくないし。
ゆりはすっかり全員と最後までやっていると思っていた。
すすむ