第11話
暦の上では６の月になっていた。城の南側に位置する街の大きな診療所に、フレイの姿があった。フレイは城に在住する医師であるが、たまに街を巡り、流行っている病などの調査もしている。最近は戦いで負傷する戦士たちがほとんどの患者で、
流行っている病などはないようだった。その診療所の地下には大きな部屋があり、そこには様々な薬品が置かれていた。
そこにいた白衣を着た若い男がフレイの顔を見て微笑んだ。首には赤と緑の混じった蛇を巻いている。部屋の床にも様々な蛇がいたが
、大半は二つの色が混じった蛇だった。ここにいた全ての蛇は毒蛇だった。戦い用に毒の製造をしている場所なのだ。
この国には多くの毒をもった蛇がいるのだが、一族の血が混じったものには耐性があるため、蛇の毒は全く効かない。
「南の方は、だいぶ落ち着いてるようじゃな。」フレイが言った。診療所に来た戦士達の記録をみても、そんなにひどい傷の者もいないし、人数も多くはない。そんなに強い
敵はきていないようだ。
「そうですね。ですが、多くの敵が、やはり国境を渡ってきてるようですが・・・・最近は大きな戦いも収まっているので、
商人の数も増えているようですからね」
戦いが減れば、それだけ商人や旅人も増える。国にとってはよいことなのだが、それだけ怪しい者も入ってきやすくもなるのだ。スパ
イもあちこちにいるだろう。その全てを排除することはできない。
龍の国は、相変わらず雑魚などは送り込んできていたのだが、大きな戦いを仕掛ける気配は今の所なかった。
二回もの戦いで、得体の知れない男女が現れたために、ひどく疑心暗鬼になっているようだ。しかも、龍の国と対立関係にある
麒麟の国が、龍の国に戦いを仕掛ける気配があるとかで、龍の国も、蛇の国ばかりをかまっていられなくなったのだった。
「それよりも、王妃様が御懐妊という噂は本当ですか？」男が聞いた。
「本当じゃ。またメメントを食べておられるよ」
「そうですか。よかった。よかった。」
男が首の蛇をなでながら言った。
「楽しい話題が多いというのはいいですねえ」
「そうじゃな。」
二人が微笑んだ時、違う男が部屋に入ってきた。
「フレイ様いらしていたんですか。城に別の者が行ったんですよ！」
男はあわてた様子で言った。
「なんじゃ」
「南の方で流行り病が出たんですよ。羊の国でも、結構病人が出ているようなんです。今の所死者はまだいない
ようですが・・・」
蛇の国の南には、羊の国というのがある。そこで流行った病はたいていこの国にもやってくる。
「症状は？」
「高熱と吐き気、それが続くようです」
「流行風邪じゃな。薬の用意を各診療所にさせねばならん、お前たちは診療所をめぐってくれ、わしは城に行く」
「はい」
フレイは城に瞬間移動した。この世界でも、もちろん様々な病気があるが、一番恐ろしいのは、流行り病という人にうつる様々な病だった。それは空気にのって撒き散らされ、あっという間に国中に広まってしまう恐れすらあった。
この蛇の国の歴史からいっても、過去に何度か大きな流行病が流行して、薬が全く効かなかったために、一族の数が激減した
ということがあったのだ。目に見える敵よりも、目に見えない敵の方が恐ろしい。
フレイはすぐに城中に体調の悪い者は絶対に城には近づかないようにと、厳命を出した。城に入る者たちも、南からの者は制限しなければならない。
ラクシュミだけは、何があろうと病に倒れさせるわけにはいかないのだ。もし結界の力が一時でもなくなり、城の一部分が攻撃でもされようものなら、その噂は瞬く間に国中に広まってしまい、この国はもうだめだ、と見切りをつける者たちさえ
現れてしまう。それだけは避けなければならない。
フレイは様々な者たちに命令を下し、各国境にも通達を出させた。そして落ち着いた所で、ゆりの様子を見に行った。
ゆりは部屋にはいなかった。部屋にいた侍女に、南の庭園の方だといわれて、そちらに行ってみると、東屋の方で、ゆりはお茶を飲んでいた。
「具合はいかがですか？王妃」フレイがにこやかに近づいていくと、ゆりは微笑んだ。
「元気よ。今回は早々とメメント食べてるし」
「そうですか」
その時、ゆりがけほっけほっと咳をして、フレイはぎょっとした。
「王妃、咳が・・・」
「大丈夫。ちょっとのどがいがらっぽいだけだから」
「本当ですか？風邪には気をつけねば」
「わかってるって。ちょっと咳が出ただけだよ」
ゆり自身、なんてことはないと思っていたのだが、その日の夕方、急にゆりの体温が高くなり、フレイが再びゆりの部屋に行った時には、ゆりは真っ赤な顔で苦しそうにしていた。
「王妃・・・」
ベッドの横には不安そうな顔の侍女たちがいた。「大丈夫だよ。ちょっと熱が出ただけだよ」
ゆりが真っ赤な顔で言う。
フレイは熱さましの薬を飲ませたりしてゆりの体温を下げることに専念した。
「ゆりは大丈夫なのか？」王の間で、心配げにラクシュミが聞いた。
「流行り風邪ではなく、ただ熱が出ただけのようだとフレイ殿は言っておられますから、大丈夫ですよ。王、それよりも、絶対に、
王妃に近づかないようにしてください」
ザメハが言った。
「絶対ですぞ」
「わかっている」
ラクシュミもアナスターシャも、ゆりの体が元に戻るまで、近づくことはできない。
夜中になると、ゆりの体温はさらに高くなった。ラクシュミも、一人グーグー寝ることもできずに、うろうろ歩き回ってはどうなんだ、どうなんだとゆりの側にいるフレイに思念で聞いていた。
朝日が昇るころになりとようやくゆりの体温も普通に戻ってきた。
ーもう大丈夫ですよ。王
フレイから、ようやくいい思念が届き、ラクシュミはほっと胸をなでおろした。
徹夜で看病していた侍女たちも、フレイもほっとして、ゆりの寝室から部屋の方へと移動した。体温が元に戻れば大丈夫だ。フレイは侍女が入れてくれたお茶を飲み、パンを食べていた。昨夜は何も食べていなかったのだ。
侍女らとよかったよかっと言っていると、寝室の方から「ぎゃあ」という凄まじい悲鳴が聞こえてきて、フレイは驚いて寝室に行った。
見ると、部屋の壁にべったりとくっついたゆりがいた。ゆりの顔はひどく驚いた様子で、ゆりは寝室に来たフレイらの顔を見て、
もう一度「ぎゃあ」と悲鳴をあげたのだった。
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