梅雨の時期が過ぎて、城の庭園にある王妃の花壇には小さなシャラの花が咲き乱れていた。この花を見かけるように
なると、今年ももう終わりに近づいてくる。空気は肌寒かったが陽は照っていたので陽が当たる所に蛇達が集まって
いた。
今年もいろいろあったねえ。
花壇を眺めていたゆりは左目が蛇の目のゆりだった。
来年も何事もなければいいけど・・・
いつか起こるであろう戦いのために、ハインリヒらなどは戦士らの強化に力を入れているようだ。
でも最初の頃よりは、空気がよくなってきたよね。確かに・・・
最近では古代叙事詩は学校の授業の中にも組み込まれていて、子供達も学校で合唱していた。ラクシュミ自身が
感じたことだったが、一族の質がわずかながらに上昇しているようだ。古代の世界にほんの少し近づいたという事だろう。
ぼんやりしていたら「王妃」と声をかけられた。横を見るとシャナーンがいた。
「あら、シャナーン」
「あの・・・王妃・・・おしりの痕・・・治りました？」
シャナーンはちっちゃな声で聞いてきた。
「おしり？ああ、あの時の？もう痛くないから平気よ」
ゆりは笑いながら言った。
「そ、そうですか・・・」
「あの時のシャナーン、最初の時よりも余裕がなかったね」
「え・・・はあ・・・そうですね。今思えば恥ずかしいですが・・・」
シャナーンはうつむいて頭をかいている。
「あの時よりもお互いの気持ちが増していたからかしら？」
シャナーンはちょっと頬を染めていた。
ああ、ほんとシャナーンってかわゆい。食べちゃいたいってのはこういうのを言うのね。
でも今日はやめとこう。たまにはじれじれにしないとね。
「また部屋に来てね。シャナーン」
ゆりは手を振って姿を消した。
「はい・・・王妃・・・」
シャナーンはゆりが消えた空間を見つめて言った。
第47話
その夜は夢の中でもまだ眠っていた。おかしな表現だがそうなのだから仕方がない。
目を開けるとあたりは薄暗い。横を見ると金色の短髪の男が寝ていたのでゆりはおおっと身体を離した。
ハロルドだった。
そういえば・・・この前殴ってから会ってなかったっけ・・・
ゆりはそろそろと身体を近づけてハロルドを眺めた。
一緒に寝ていたという事は、ガーベラとラブラブになれたのかな？
しかしよくあの時殴っちゃったなあ・・・
今思い出すと何であんなことができたのか不思議なほどだ。
でも相手がジンラだったら、絶対殴ってなかっただろうな・・・
手首がつかまれてゆりはぎょっとした。
「なんだ、おきてたの」
ハロルドは目を開けて、ちょっと不機嫌そうに目を細めてこっちを見ていた。
「どうしたの？朝から何怒ってるの？」
「・・・」
ガーベラのただの添い寝という嫌がらせはまだ続いていた。というよりも、ハロルドをいじめるのがちょっと快感になっ
てるらしい。ハロルドも何度強引にしてしまおうかと思ったかわからない。最初の時とは違い、今強引にしても前よりも
ガーベラは怒らないような気がしていたが、どうにも実行に移せない。
人間界では力の象徴として崇められるハロルドだったが、愛する女の前ではすっかり猛々しさもなりをひそめてしまって
いる。
「私の笑顔を見て機嫌直して」
と言いつつゆりはにっこり微笑んだ。
ハロルドははあとため息をついた。
「本当にお前って性格悪い」
「なんでよ」
「私を苦しませて喜んでるだろ」
「ん？」
「お前に襲い掛かりたい衝動を抑えているのに、平気で笑ってるのはその証拠だ」
ハロルドはぐちぐち文句を言っていた。
あれま。もしかして・・・昨晩は盛り上がったんじゃないのかな？
「お前って女は愛の名がついた女神のくせに愛が薄い。私が恋人じゃなくなってもどうせ平気なんだろ」
「そんなことないよ。こうして側に来るのはハロルドのことが好きだからよ。じゃなきゃ一緒に寝るわけないじゃない」
「ガーベラ」
ハロルドが上体をあげて顔を寄せようとした時、「かあたま〜」という可愛い声が聞こえてきてゆりはさっと
ハロルドから離れた。キュリアが寝室にやってきたのだ。
「あーキュリア、おいでー」
ゆりはベッドから降りてキュリアをだっこし、ハロルドはがくりとうなだれた。
ゆりは神殿にいた使用人達に髪を整えてもらった。
部屋のほうに行くとキュリアはハロルドの膝に乗っている。二人で飲み物を飲んでいるようだ。
ゆりも二人の横に座って同じ物を飲んだ。
「わ、すっぱい。けどおいしいね」
ぶどうジュースかと思ったら違っていた。ザクロか何かの果物のようだ。
使用人が一人部屋に入ってきた。
「ハロルド様、伝令神ですが」
「ん？そうか、入れていいぞ」
ハロルドが言うとグレンが部屋に入ってきた。
「キュリア様を空の神殿に連れていってもよろしいでしょうか」
グレンがハロルドに聞いた。
「いいぞ。キュリア、ヒルデリアと遊んで来い」
「はーい、じゃあね、かあたま」
キュリアはゆりに手を振ってグレンと一緒に行ってしまった。
「う・・・」
ゆりはグレンの顔に思わずカエルを思い出してうめいた。
「どうしたんだ？」
「ううん。別に。ねえ、時間があったらペガサスの牧場に連れて行ってほしいな」
「いいぞ」
「やったあ」
ゆりはハロルドと神殿の外に出た。今日も神の国はいい天気だ。ハロルドがぴゅーと口笛を吹くと、
どこからか真っ白なペガサスが飛翔してきた。
ゆりはペガサスに乗せてもらい、久々に空中散歩を楽しんだのだった。
「アー気持ちいい」
空中から眺める景色もまた最高だった。光り輝く神殿があちこちに点在している。
森や泉をいくつも越えて、ペガサスは下降した。牧場にやってきたのだ。緑の草の上に白いペガサスが20頭ほど見えた。
「素敵ーこの風景を絵に描けたらなあ・・・」
ゆりはうっとりと眺めて言った。
「お前絵を描く才能なんてあったのか？」
「全然ない」
「・・・」
「ねえ小さいのいる？」
「２頭ほどいたかな？」
「見せて」
「ああ」
二人は小屋の方に移動した。大人のペガサスの半分ほどの大きさのが２頭いた。
「きゃーかわいい！」
ゆりは腰ほどの柵の上から手を出した。すると2頭はよってきて手をなめた。
「ああ、もうメロメロになっちゃう。かわいすぎ」
横の方からがさがさと音がして、ゆりはそちらをのぞいてみた。するとそこにもペガサスらしきものがいた。
らしきもの、とは、ペガサスとはっきり言い切れなかったからだ。
「どうしたの？この子」
ゆりはハロルドの顔を見て聞いた。
「馬との合いの子だ。」
「馬との合いの子？」
それは、子供のペガサスだったのだが、見かけが違っていた。他のペガサスのように真っ白ではなく、茶色と白の
まだら模様だった。
やだー牛柄みたい・・・かわいい。
顔を見ると、半分は白で、半分は茶色。茶色い方も目の周りが白くなっている。背中にある翼も白と茶色の色が
混ざっている。しかもたてがみはやけに短かった。
「ぶさいくだろ」
とハロルドが言った。
「そんなことないよ。かわいいよ。ちゃんと翼がついてるし」
ゆりが手をだすと、白と茶のペガサスは近づいてきた。近くで見れば見るほど奇妙な柄だ。
「ふふふ。おもしろーい。こんなの初めてみた。大人になったら乗れる？」
「ばか言うな。こんなぶさいくなのは飛ばせられない」
「どうして？」
「アシュランに見つかったら殺されてしまう。あいつはこういうのが嫌いだからな」
「じゃあどうするの？一生閉じ込めておくの？」
「いや。人間界に落とすんだ。たまにこういうのが産まれるとそうしてる」
「人間界に落とす？」
ゆりは目を見開いた。
「この子人間界で生きられるの？」
「生粋のペガサスじゃないんでな。普通の馬と一緒だ。」
「人間界って、ど、どこに落とすの？」
ゆりはどきどきして聞いた。
「鳥の国だ。たいていあそこに落としてる」
「そうなんだ・・・」
ゆりはがっかりしてちらりとペガサスを見た。ペガサスは前足で干草をかいている。
ああ、欲しいなあ・・・子供らにも見せてあげたいなあ。でも、一頭だけじゃ寂しいかな。
他の馬と一緒じゃだめかなあ。欲しいなあ。欲しいなあ。
ゆりはじーっとハロルドを見つめていた。
「なんだ？」
「この子私がもらっちゃだめ？」
「もらってどうするんだ」
「私が人間界に連れて行くから」
ハロルドは首をかしげた。
「お願いー」
ゆりはハロルドに抱きついてぎゅっと胸を押し付けた。
「別にいいが、神殿の外で飼うんじゃないぞ？」
「うん」
「だがなんでー」
「ハロルド大好き」
ゆりは背伸びしてハロルドの首に両手を回して、ぶちゅっとキスした。考える隙を与えないようにしたのだ。
「ガーベラ・・・」
ハロルドはゆりをぎゅっと抱きしめて激しく口付けてきた。その口付けでハロルドの心に一気に火がついてしまった。
「ハ、ハロルド・・・何かあたってるんだけど・・・下半身に固い物が・・・」
「もうだめだ。我慢の限界だ」
ハロルドは壁に身体を押し付けてきた。
「ちょっとお、ペガサスが見てるでしょ！」
「じゃああっち行こう」
ハロルドは女神の身体を抱き上げて、さっさと移動して行った。そこは、ゆりがキュリアを産んだ小さな神殿だった。
ハロルドはわき目も振らずに寝室に直行してベッドの上でゆりの身体を下ろした。
ちょっとごまかそうとしただけなのに・・・
ハロルドはすぐに身体の上に乗ってきた。
「だめよう。お仕置きはまだすんでないんだから」
「もう限界なんだ。お前が欲しくてたまらない」
「じゃあ、前にここでしたようにしてあげるから・・・ね」
「うー・・・」
「もっといい事もしてあげるから」
「いいこと？」
二人は裸になって口付けをしあった。
「ガーベラ・・・ガーベラ・・・」
切ない声にゆりもその気になってしまった。
ゆりの手がハロルドの下半身に伸びた。
「ガーベラ・・・」
ハロルドはむさぼるように激しい口付けを続けている。
ゆりは唇を離した。
「この前殴ってごめんね」
そう言ってゆりは身体を移動して、ハロルドの下半身に顔を近づけた。
「ガーベラ・・・う・・・」
下半身に感じる舌の感触にハロルドは思わずうめいた。それは今までガーベラにもされたことがない行為だった。
「ハロルド、私のこと愛してる？」
「愛してる・・・・はあ・・・」
ゆりは口でハロルドの身体を興奮に導いた。
「あ・・・もう・・・」
ゆりは口を離して、ハロルドは女神の身体の上に乗り、下腹の上に精を放った。
「はあ・・・」
「気持ちよかった？」
「もっとしてくれ」
「え」
「頼む。な」
ゆりは再び口でする羽目になり、また下腹の上に出された。
それでもまだハロルドの身体は元気だった。
「今まで我慢してたからな」
「もー」
ゆりは今度は手で刺激してハロルドを快楽に導いたのだった。そしてやっぱり下腹の上に出された。
何でここに出すんだろう？
「身体拭きたい」
ハロルドは薄い上掛け布団をひっぱってお腹を拭いた。
まさか布団で拭かれるとは思わなかった。
すると、布団がなにやら盛り上がってきた。
「ん？」
「え？」
二人がぎょっとしていると、布団の中から男の子がひょっこり顔を出したのだった。
「・・・」
「・・・」
二人とも唖然としている。男の子はかなりでかかった。人間でいえば10歳くらいには相当するだろう。
よっこらしょっと布団の中から出てきて、何かを布団の中から取り出した。それは、少年の身体半分を覆うほどの
楯だった。
「はじめまして。お父さん、お母さん」
男の子は二人の顔を見てそう言った。
ゆりもハロルドも口を大きく開けたままだ。
「あのー僕早く名前決めてほしいんですけど・・・」
「もしかして・・あなた今産まれたの？」
ゆりは驚いて聞いた。
「そうじゃないんですか？」
「ハロルドに似てるねえ。ね」
かわいい顔立ちだが男の子って顔をしている。ハロルドが小さい頃はこんな感じかも？と思わせた。
ゆりがハロルドの顔を見ると、ハロルドはぼんやりしたままだった。
「お父さん・・・お父さん！！」
「うわっ！」
ハロルドがようやく正気に戻った。
「あのーとりあえず身体隠す物ほしいんですけど・・・」
「あ、ああ、そうだな。しかしびっくりした。ここは縁起がいいんだなあ」
ハロルドはうろうろと歩きまわって布を見つけてきて少年の腰にまいた。
「じゃあちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ゆりは手を振り、二人は外に出て行った。
また子供が産まれちゃった・・・しかも今度は結構でかかったよ。
一体神々の身体の構造はどうなってるんだろう。あんなことくらいで子供ができたら、
私あっちじゃ100人は余裕で子供産んでるね。
ゆりはそんなことを思いつつ服を着た。
しばらくすると、盛大に鐘の音が鳴り響いた。ヒルデリアも大喜びに違いない。
キュリアも兄弟ができてよかったよかった。
ゆりはうんうんとうなずいて建物の外に出た。
外のペガサスと戯れていると、一頭のペガサスが舞い降りてきた。ハロルドが乗っている。
「護りの神ジェイクに決まったぞ」
「ジェイクは？」
「まだ上だ。とりあえずお前を迎えに来ようと思って」
「ねえ、あの茶色のペガサス私の神殿に運んでくれる？」
「ああ」
ゆりはペガサスに乗せてもらった。子供ができたことでハロルドもすっかりペガサスのことはどうでもよくなっている。
ハロルドはゆりの頬にちゅっとキスした。
「ありがとうガーベラ。ずっと男の子が欲しかったんだ」
「そうなの。私も可愛い子ができてうれしいな」
ハロルドはとてもうれしそうだった。
ゆりはガーベラの神殿で下ろしてもらった。神殿の中に入るとクーリーフンがいた。今日は大きくなっている。
「クーリーフン、聞いて聞いて男の子産んだのよ」
「あれお母さんの子供の鐘の音だったの？誰の子？」
クーリーフンが瞳を輝かせて聞いた。
「ハロルドの子。護りの神ジェイクだって。空の神殿にいるよ」
「見てこようっと」
クーリーフンは出て行った。
ああペガサス早くこないかなあ・・・間に合えばいいけど・・・
ゆりはうろうろ部屋の中を歩き回り、待っていた。
お願い間に合って〜
祈るような気持ちで待っていると、「ヒヒーン」という馬のいななきが聴こえてきた。
「あ、来た。間に合った！」
ゆりは神殿の外に出た。すると布をかぶせられたペガサスがいた。
横にはふわふわ飛んでいる妖精らしき人がいる。
「ハロルド様に言われてお持ちしましたよ。」
「どうもありがとう。」
「それでは」
妖精はふっと消えた。ゆりは布をめくり、「おいで」と言ってペガサスを神殿の中に連れて行った。
「一緒に人間界に行こうね。」
「ヒヒン」
「よしよし」
ゆりはペガサスの頭をなでた。すると、ペガサスはとことこと部屋の外に出て行ってしまった。
「あ、だめよ。待って」
ゆりはあわてて追いかけたが、結構脚が速い。神殿の外の花畑でようやく捕まえた。
「ヒヒン」
「もうお前は神の国に来ることはないかもね・・・良く見ておきなさい」
ゆりはペガサスの背中をなでた。
ペガサスは周りをきょろきょろ見回している。
だれもいないと思っていたゆりだったが、実はちょっと離れた木の陰にグレンがいた。
グレンはガーベラの事が気になって仕方がなかったのだ。
それはガーベラを恋しいあまりだったのか、自分がガーベラに抱いた疑問を解消したかったのか、自分でもわからなかっ
た。
なんだ、あの変なペガサスは・・・
グレンはガーベラ姿のゆりといるペガサスを見て思った。すると、ペガサスはふっと消えてしまい、ガーベラの体は
そのまま花畑に倒れこんだ。
グレンははっとした。何がおこったのかと思った時、ガーベラはむくっと起き上がり、髪をかきあげて神殿の中に
入って行った。
・・・今のは？
「どうしたの？グレン」
声をかけられてグレンははっとした。横を見るとクーリーフンがいた。
「・・・・」
クーリーフンはニコニコ微笑んでいる。
「あなたの母君は時々おかしなことをしてますね」
グレンは真面目な顔で言った。
「おかしなこと？面白いことならしょっちゅうしてるけど？」
「私がアシュラン様に告げれば少々困る事になるかもしれないですよ？」
グレンの脅しともとれる言葉にもクーリーフンは微笑んだままだった。
「君の恋の花はまだ咲いたままだけど？」
「散る事はないですよ。永遠に告白なんてしませんからね」
グレンは横を向いて言った。
「君ももっと楽しくやったらいいのに」
「失礼します」
グレンは飛んで行ってしまった。
やれやれ、ほんとグレンって真面目な男なんだから・・・
クーリーフンはガーベラの神殿の中に入って行った。
そして人間界では、寝室の中を歩き回る動物を見てラクシュミが奇妙な顔をしていた。
「ねえ、王様かわいいでしょ？」
「これ、なんだ？」
「なんだってペガサスに決まってるじゃない。どっからどう見てもペガサスよ」
ゆりはベッドから降りてペガサスをなでた。
「これがペガサス？」
ペガサスって、真っ白で優美で、美しいもんだと思っていたが・・・
目の前の天馬はどう見てもラクシュミのペガサスのイメージとかけ離れていた。
「さあ、子供達に会いに行きましょうねー」
ゆりはペガサスを部屋の外に連れて行った。
こうして蛇の国の城の外では、白と茶色の模様のペガサスが飼われることになったのだった。
すすむ